IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○告白

 

昼を食べ終え、つかの間の平穏な時間を楽しんだ後に、今度はナギの水着を買う為に女性用の水着コーナーまで足を運んだ。

 

当たり前のことながら、女性用の水着コーナーに生まれて十五年、足を踏み入れたことすらなかった俺は、そのスケールの大きさに驚きを隠せないでいた。通常、水着は季節コーナーの一部にコーナーが増設されているものだと思っていたが、俺のイメージとは裏腹にワンフロアを全て水着だけで占領している状況。

 

俺の現実のイメージが一瞬のうちにガラガラと崩れる瞬間でもあったわけだが、俺のイメージが崩れ去ったところで買うものが変わるわけでもないし、とりあえず二人で回ってみようか、というのがお互いの結論だったわけだが……。

 

こんな女性の水着しか置いていない場所等、男一人で取り残されたら拷問以上の何物でも無い。周りには女性ばかりで、何故か今日に限って男性が近くにいない状況。周囲からは相も変わらず好奇の視線が飛び交うばかり。幸い今日は近くにナギがいるからまだ緩和されるが、ボッチにされていたらと思うとぞっとする。

 

はたから見たら女性の水着コーナーに一人男が忍び込んでうろついているだけにしか見えないだろうし、彼女の水着を一人で買いに来ました! なんて言う勇気もない。

 

 

「……」

 

 

一切役に立っていない俺がこの場にいて何をすればいいのかと、途方にくれながら柱にもたれ掛かる。一旦水着を流し見してきたいと離れ離れになるからこそ、俺にはすることがない。一緒に行こうと言われればそれに従うが、一旦一人で見て来たいと赤面しながら言われたら俺には楯突く術など無く、ただその後姿を見つめるしか無かった。

 

通り過ぎる女性客がさっきからチラチラとこちらを流し見してくるのがつらい。IS学園に入学したばかりの興味深げな視線とはまた違った感情が入り乱れていて、別のことをして気を紛らわせたくなる。

 

仕方がないから携帯を取り出して、ネットを検索しながら最新のニュースを眺めたりとか、適当なサイトにアクセスして面白いネタは無いかと、そんなくだらないことをして暇つぶしをしている現状。

 

もっと有意義なことで時間を使えよと言われれば、ごもっともな話だ。

 

 

ナギさんや、早く戻ってきてくれ……。

 

 

「あ、大和くんお待たせ。ごめんね、待ったでしょ?」

 

「いや、そんなには。良い水着は見つかったか?」

 

「うん。それなんだけど……」

 

 

戻ってきてほしい時に戻ってきてくれるナギが女神に見えた。ナギの手には買い物かごが握られていて、その中には二枚の水着が入っている。

 

 

「あれ、二着買うことにしたんだ」

 

「いや、そうじゃないの。少し前に買った水着があるから一着だけにするつもりだったんだけど、自分で選んじゃうとどうしても選びきれなくて。いつもは友達が選んでくれるんだけど、今日は大和くんに選んで貰おうかなと思ってるんだ」

 

 

元々ある選択肢の中から結構悩んで選別したんだろう、それでも決めきれずに全てを持ってきたってことは、この中から自分に合う水着を俺に選んでほしいということ。俺のセンスで果たしていいものなのかは甚だ疑問だが、参考の一つとしてくれればうれしい。

 

 

「俺の意見で本当に大丈夫かどうか不安で仕方ないけど、参考にしてくれれば」

 

「そうだよね、中々女性の水着一緒に買う機会なんてないもん。私だってさっき選んだ大和くんの水着、本当にそれでよかったのかなって未だに思ってるし」

 

 

ここだけの話。

 

即決したとは言ったものの、多少なりともナギの意見は取り入れている。流石に俺だけの独断で選ぶわけにも行かなかったし、折角だから女性であるナギの意見も取り入れて二着ほど新しい水着を購入した。にしても最近の水着って結構高いのな、お会計の際に金額聞いて若干びっくりした。

 

 

「じゃあ私ちょっと着替えてくるから」

 

「おう。じゃあ俺は待ってるから、着替え終わったら呼んでくれ」

 

 

ぱたぱたと俺の横を通り過ぎ、すぐ後ろにある更衣室へと入ってシャッターを閉める。

 

一から着替えるし、どれくらい時間が掛かるだろう。少なくとも脱いで終わりの簡単な水着じゃない。何十分もかかるものじゃないにしても、そこそこ時間が掛かるのは間違いない。

 

今回は臨海学校とはいえ水着は学校指定のものではなく、完全にプライベート水着オッケーの状態。更に言えば露出度も見えない限りは大丈夫といった、年頃の男子高校生にしてみれば中々に刺激が強いものになる。

 

つまり好きな水着を買って着てもいいといった、世の中の男子高校生及び男性が発狂して喜びそうなイベントにもなるわけだ。

 

 

「……」

 

 

頭の中を過ぎる更衣室の中を猛烈に覗きたいという煩悩を振り払い、再度携帯の待ち受け画面を開く。このやることのない時間に携帯電話を開く癖はやめたいところだ。

 

ただ最近結構な頻度で携帯が鳴る。大体はメールなんだけど、知っている子だけじゃなくてチラホラ知らない子から送られてきているメールもある。『IS学園の二年生です!』とか『今日時間空いてる?』とか、一体どこから情報が流れているのかは知らんけど、以前とは比べ物にならないレベルのメールが送られてくるのもまた事実。

 

教えているのはプライベートの方のアドレスだから大丈夫とはいえ、今の時代の拡散力には圧倒される。

 

 

「あの、大和くん。着替え終わったから見てもらっても良いかな?」

 

「ん? おう、いいぞ」

 

 

そうこうしている内にいよいよお披露目タイムだ。

 

女性のプライベート水着を見るのは何年ぶりだろう……いや、女性のプライベート水着は雑誌やニュースでは見ても、買い物とか遊びに行った海で見たとこは一切ない。普段も精々見ることがあるとすればIS学園指定の水着か、ISスーツのみ。水着っていえば水着だが、それとこれとは話が違う。

 

勝負下着なんて言葉があるが、女性にとっては友達にファッションとしてではなく、男性に見てもらう特別なものでもある。ナギ自身もそのつもりでいるのかもしれない。

 

返事をして数秒後、右から左へカーテンが開かれる。

 

 

「その……どうかな?」

 

 

恥ずかしがりながらおずおずと様子を伺うように俺を見つめてくる。

 

白い生地をベースにしたトップスにハート型の赤い斑点が随所に刺繍され、トップスとボトムにはそれぞれフリルが付いた何とも愛らしいデザインとなっている。

 

年相応の可愛らしさとでも言うのか、どちらかといえば大人らしさという雰囲気は伝わってこない。でも当然ビキニだから胸元はぐっと強調され、ナギのその……大きな胸がクローズアップされる。恥ずかしがって俺が見ると視線を横に逸らすその仕草が言葉に言い表せない程に可愛らしい。

 

あれだ、膝をちょっと曲げてぐっと前屈みになったら峡谷が見えるタイプだこれ。スタイルの良さが尚更際立ってしまい、本音を言うと誰にも見せたくない。過大評価ではなく、紛れもなく綺麗だと伝えてやりたい。

 

 

「あーうん……可愛いと思う」

 

 

全くと言っていいほど褒めきれていないし、アドバイスの欠片もない。俺の心底から沸き上がってくる言葉はそんな簡単に終わらせられるほどチープなものではないのに、いざ言うと『可愛い』とか『綺麗だ』とか『素敵だ』とか誰もが言えるような言葉ばかり。

 

お前は小学生か! と言われるのも時間の問題かもしれない。

 

だが俺の言葉に対して、嫌な表情一つ見せずニコリとほほ笑みを返して喜んでくれる。

 

 

「ありがと♪ じゃあまた別の水着に着替えてくるね」

 

 

再度シャッターを閉め、ガサガサと物色し始める。

 

いつも一緒にいたけど、制服姿、たまに部屋着や私服を見ることはあっても、水着を見たことは一度もない。そもそも名前が違うだけで土台は下着と何ら変わらないことに、今さら恥ずかしくなってくる。

 

普段着ている服は良くも悪くも、ある程度までボディラインを隠せてしまう。だからこそ完全にボディラインがはっきりと浮き出る水着は、視覚的に相当な破壊力を持っていた。

 

……改めてナギのスタイルを思い返そうとすると、鼻腔の奥から何やらムラムラと込み上げてくるものがある。無駄な肉は一切付いてないし、だからといって全部がそうではなくEカップは越えていそうなサイズに、キュッと引き締まったウェスト、そして肉付きの良いヒップ。

 

部活の都合上、毎日運動は欠かさずに行っているらしいが、もって生まれた体格というものは早々変えれるものではない。

 

はっきり言うと怒られそうだけど、エロい体つきなのは間違いなかった。俺の見た限りではクラスの中でもトップクラスに。

 

 

「大和くん、次良いかな」

 

「はい、大丈夫でございます! いつでも来てください!」

 

「き、急にかしこまっちゃってどうしたの?」

 

「いや、特に何でもないんだ、うん。ごめん忘れさせてください」

 

「???」

 

 

さらば俺の煩悩。

 

誰が何を言っても口外出来そうにない単語の数々。まとめると色々と女性が羨むようなスタイルをしてるってのは間違いない。話の内容が全く掴めないナギはカーテン越しに顔を覗かせ、首を傾げるしかなかった。

 

 

「そ、それより次の水着は?」

 

「あ、そうだったね。えーっと、これなんだけど、どう?」

 

「お、おぉ……」

 

 

可愛らしさの中に潜む色気。

 

先ほどとは雰囲気は真逆で、可愛らしいと表現するよりかは綺麗で大人びていた。黒色の水着は一見、ナギとは正反対の色に思えるがむしろそのギャップがかえって、大人の色気を醸し出している。

 

大人っぽくあろうと背伸びしている感じではなく、自然に体と同化した一つの芸術。道行く男性のほとんどが振り向くであろう美貌。こんな子が俺の側にずっと居たのかと思うと、自身の立場が如何に恵まれていたのかを再認識出来る。

 

 

「いつもと違って大人っぽいと思う」

 

「ホント? 良かった。似合わないって言われたらどうしようかと思って……」

 

「似合わないわけないだろ。お前に似合わない水着があるなら俺が教えて欲しいくらいだ」

 

「大袈裟だよ……でもありがと、仮にお世辞だったとしても凄く嬉しい♪」

 

 

満足そうな笑みを浮かべながら更衣室のカーテンを閉める。俺のアドバイスが参考になってくれれば良い。とはいえ参考になるとは言いがたいし、最終的にはナギの判断に委ねることになる。

 

 

「……はっ!? いかんいかん!」

 

 

水着姿は二着とも、きっちりと脳内保管されているらしい。少し目を瞑ると、鮮明なまでに二着の水着が浮かんでくる。同時に肉付きも良く、引き締まったナギのスタイルまで。

 

結局試着した二枚ともナギは買うことになった。理由はどこかの誰かさんが鼻の下を伸ばしてくれたからとのこと。誰なのか言及まではしなかったが、シチュエーションからすぐに分かる。

 

それからしばらくの間、変に想像をしてはナギに突っ込まれるを繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ一日は始まったばかりだーなんて言ってたけど、本当にあっという間だったな」

 

 

日が若干暮れ始めている。

 

初夏ということもありまだまだ周囲は明るいが、オレンジ色に染まった太陽が二人を照らし、影となって地面に写し出す。朝のうちは混み合っていた沿道もピークを過ぎ、所々に隙間がみられるようになり、随分と歩きやすくなった。

 

午前中の約束通り、俺たちはテーマパークへと立ち寄った。ここも午前中に比べれば人は減っていて、入場する俺たちに向かってくるような人ばかり。既にアトラクションを終え、十分に楽しんだことだろう。

 

ガヤガヤとした喧騒はそこには無く、テーマパークとはかけ離れた静かな雰囲気が漂っていた。

 

 

「そうだね。前ってこんな早かった?」

 

「んーどうだろ? 服を見てお昼を食べて。んで確かその後は……」

 

「そ、その後は思い出さなくて良いよ!」

 

 

頬を膨らめ、そこから先は思い出しちゃダメ! と言わんばかりに口を塞ごうとする。急にどうしたと、ナギの言動が初めのうちこそ理解出来なかったが、そういえばナギにとっては思い出したくないようなことがあったなと思い出すと、自然と笑みが溢れる。

 

初めて本心をぶつけてくれたあの日。俺にとって彼女がかけがえのない大切な存在だと再認識させてくれた日。脅威から守ったあの子を初めて異性として認識し、好意を抱き始めたきっかけになった日でもある。

 

 

「こ、こら。あまり押すなよ! それに思い出すなって言われても無理だって!」

 

「じゃあそこだけ記憶を上手く切り取って!」

 

「んなこと出来るかっ!!」

 

 

最近明確に変わったのは俺だけじゃなくて、ナギもそうだ。初めて会ってから常に一歩引いた立ち位置なのは変わらなくても、笑顔をよく見せてくれるようになった。

 

良くも悪くも大人しい子で人見知りな感じは否めなかったのに、あの一件から印象は大きく変わった。

 

 

"自分の思ったことを素直に伝えられる子"

 

"人が傷つくところを見たくない子"

 

"誰よりも俺の身を案じてくれた子"

 

 

あげていけばキリがない。良いところなんて、探そうと思えばいくらでも見つけられる。入学して間もなく彼女がぼやいていたこと。

 

『何か特別なことが出来る訳でもなければ、選ばれた存在でもない』

 

周りのレベルを見て愕然としたのかもしれない。有名私立の何十倍を誇る倍率のIS学園。毎年数多くの女性が試験を受けるも、その大多数は実技試験を受けることなく涙を飲んでいる。

 

その中での合格ともなれば、十分に胸を張って良い。だが彼女には嬉しさの中に大きな劣等感があった。本当に私がここにいて良いのかと。蓋を開けてみれば勉強についていけない訳でもなければ、友達が出来ない訳でもない。

 

ただ、心の奥底に潜む劣等感や不安は拭い去れないままでいた。

 

 

「……? な、何だよその得意気な眼差しは?」

 

「大和くんも私に言ってくれたよね『お前に泣かれると、俺が困るんだよ』だったっけ?」

 

「ぐはっ!? お前それはずるい!」

 

 

今となっては昔話のように思える。

 

もちろん内に秘めた思いはあるだろうけど、初めて会った時の負の感情はほとんど無い。

 

初めてデートに行った時、ナギを慰める時に無意識に言った台詞を掘り返され、悶絶するような恥ずかしさに包まれる。これも最近までは考えられなかったこと、相手が楯無ならまだしもこれがナギだなんて信じられるか?

 

してやったりとばかりに満面の笑みを浮かべ、やがてそれはクスクスと笑い声に変わる。

 

 

「あははっ♪ やっと大和くん、ちゃんと笑ってくれた」

 

「ちゃんと笑う? 一体何の……」

 

 

今日一日で笑った回数は何回かあるし、個人的にはちゃんと笑っていたはず。ナギに俺の姿は一日どのように映っていたのか。言葉の意味から一日中苦笑いか、愛想笑いしかしてないようにも見える。

 

 

「だって今日ずっと険しい顔してたから、何かあったのかなって」

 

「あ……」

 

 

言われてみれば、と自身の一日の行動を振り返る。朝、後ろを何者かにつけられていると察知してから今まで、緊張の糸を切らしていなかった。無意識の内に緊張が表情に出て、眉間にシワを寄せたような険しい顔つきになっていたかもしれない。

 

つまり、それだけ俺に余裕が無かったことになる。

 

特に気掛かりなのは最後に出会ったあの男……正直二度と会いたくないが、これから先、俺たちの前に必ず立ちふさがるような気がしてなら無い。

 

だからあの時、千冬さんに仕事のことばかり考えるなと釘を刺されたと考えれば納得が行く。

 

 

「そうかもしれない、でももう大丈夫。散々ナギにからかわれたし」

 

「大袈裟だよ……そういえばこの後どうするの? 今から回るにも時間が足りないし、全部乗り切れないと思うんだけど」

 

「あぁ、いや。ここに来た目的ってアトラクションを回るんじゃなくて、少し落ち着ける場所を確保したかったからなんだよ」

 

「落ち着ける場所?」

 

「うん。ほら、後ろにあるアレ」

 

 

ナギが振り向く先にあるのは一際大きな存在感を放つ、円型の搭乗物。先端にくくりつけられた円型の個室が、ぐるぐると時計回りに回っている状況を見れば俺がこれから乗ろうとしているものが何なのかは想像に容易い。

 

"観覧車"

 

一つの部屋に三人から四人で搭乗し、時計回りに空の散歩をするテーマパークの人気アトラクションの一つ。通常、夕方になればなるほど人が少なくなるジェットコースターやお化け屋敷と違い、観覧車は暗くなってからの方が待ちが多くなる。

 

理由は二人きりになれる唯一の個室でもあるからだ。周囲は鋼鉄の壁に覆われており、中を無理矢理覗こうとするならヘリコプターでもチャーターするしかないし、ヘリが近づこうものならたちまち取締の対象にもなる。自身の肉体を使って物理的に登ったとしても、目的の個室にたどり着くまでに相当時間が掛かる上に、到底無事に辿り着けるとも思えない。

 

だからこそ誰にも邪魔をされない。限られた二人だけの空間になる。

 

何故ここを最後に選んだのか、理由は特に無い。

 

前に来たときは改装中で気にも止めなかったし、偶々教えてくれたクラスメートがいなければ立ち寄ることもなかった。本当それだけだが、今思えば好都合かもしれない。

 

強いて理由を言うなら、単に立ち寄りたくなったから。

 

 

「なんでも、日本で三番目に高い観覧車とかで結構有名らしい」

 

「日本で三番目って中途半端だね……凄いのかどうなのかよく分からないよ」

 

「取って付けた感が否めないけど、それで売り出してるくらいなんだからそこそこ有名なんだろ。とりあえず乗ってみようぜ、感想はそれからでも遅くない」

 

 

こくりと小さく頷いたことを確認し、観覧車の搭乗口へと向かう。

 

 

 

 

 

夕方過ぎ、今から乗ればちょうど街を照らす夕日を一望できる時間と重なる。幸い、早めに行動をしたお陰で人はあまり並んでいない。この調子なら後数分もすれば、自分たちの番が回ってくる。

 

そこから俺とナギの間に会話は一つと無かった。互いが何を考えているのか、以心伝心で伝わっているように。話すべきではない。

 

打ち合わせをしたわけではない。互いの本能が勝手に悟ったのだ。二人だけの時間はこうも雰囲気が変わるものなのか、あまりの変わりように内心驚きを隠せないでいる。

 

気まずい沈黙ではなく、意図的な沈黙を感じたことはない。無理に話し出すこともない、ひたすら目の前の光景を、景色を、楽しむためだけに与えられた貴重で、僅かな時間をどう使うか。

 

誘導員に促されるまま、観覧車へと乗り込む。

前の席にはナギが、そしてナギの前の席には俺が座る。レストランなどの向かい合うような形ではなく、机一つ無い場所で対面したことはない。

 

どう反応すれば良いのか分からずに、窓の外へと視線を向ける。

 

 

「……」

 

 

窓の外には街の景色を夏の夕焼けが照らし、何とも幻想的な光景が広がっている。広がる街並みを改めて見てみると、片手を広げて握ろうと思えば握れてしまうほどに、小さく狭いもの。

 

全てを実寸大で記録しようとするならカメラでも収めきれないというのに、観覧車から見れば写真一つで収まってしまう。これだけ大きな街が小さく見えるのなら、俺たちはどれだけ小さいのか。

 

ゆっくりと時計回りに回っていくこの観覧車も、十数分もすれば一周する。そして一周すれば一日が終わる。そう思うと果てしないほどの寂しさに苛まれる。

 

まだ終わりたくない、終わらせたくない。二人だけの時間が残り分刻みとなるだけで、居てもたってもいられなくなるというのに、体は行動しようとしない。

 

 

「……今日はありがとね。私のワガママに付き合ってくれて」

 

 

観覧車内に蔓延する沈黙の中、不意にナギが静寂を破る。ワガママなんてとんでもない、感謝するのは俺の方だ。

 

 

「こちらこそ。お陰で有意義な一日を過ごせたし、俺の方が感謝してもしきれないよ」

 

 

切り出してくれたことで話題が出来、俺からも感謝の言葉を告げる。

 

買い物に誘ってくれたのはタッグトーナメントが中止になったすぐ後のこと。あの時もナギから出掛けようと誘ってくれた。

 

……思い返すと俺から誘ったことが一度もない。クラス対抗トーナメントの時、今日、全部ナギからの誘いしかない。流れるままについていく。それも悪くはない。

 

ただ、完全におんぶにだっこ状態なのは話は別になってくる。人との付き合いすらまともに出来ていないことに、若干の自己嫌悪さえある。

 

 

 

────いや、若干どころの話じゃない。

 

どうして俺は彼女の内心に気付いてあげれない無いんだろう。

 

どうして自身の感情を隠し、常に仕事の感情で自分の欲望を上塗りしてしまうのだろう。

 

何故彼女は俺を買い物に誘ってくれるのだろう。

 

どうして俺だけのために弁当を作ってきてくれたのだろう。

 

 

答えなど、すぐ目の前にある。なのに自分が好きだという感情を隠し、あまつさえ人の恋愛がどうだと首を突っ込む。最低な人間だ俺、人にとやかく言う権利なんか何一つ持ち合わせていないのに。

 

そう考えれば恋愛感情を持たない一夏の方が数倍優しい。好意を持たれてなくてがっかりはしても、彼女たちは何としてでも一夏を振り向かせてやろうと奮起するから。

 

 

なら、俺のやっていることはどうだ?

 

ナギの想いを分かっているのに応えず、遡れば楯無の好意すら俺は無下にしている。とても褒めれたものでもなければ、一般的な思考の持ち主であればゲスの極みだと言われても、言い返せるものではない。

 

 

今重要なことは自身の感情を誤魔化すことでもなく、相手を巻き込みたくないからと予防線を張ることでもない。

 

 

 

"俺が彼女たちのことをどう思い、どうしたいのか"

 

 

それをはっきりと伝えることだ。

 

 

「……大和くん。私ね、大和くんに伝えないといけないことがあるの」

 

「俺に?」

 

「うん。ちょうど時間も良いし、ここなら良いかなと思って……隣、行っても良いよね?」

 

 

俺が切り出す前にナギから切り出されてしまい、再びタイミングを失う。切り出された手前、先に伝えるわけにもいかずに、要望通りに俺の横へと座ってもらう。

 

 

「私、元々男性って苦手だったんだ」

 

 

ナギの口から発せられる意外な事実。

 

異性と話慣れていないのはすぐに分かったけど、男性が苦手だと本人の口から語られるのは初めて。突然の告白に肩越しに姿を見つめる。視線は前を向いたまま、物思いに更けるように淡々とした口調で語り続けていく。

 

その姿は普段のナギとは比べ物にならないほど落ち着いていて、話に心から吸い込まれそうになった。

 

 

「嫌いって訳じゃないの。私、元々女子校に居たから男性との付き合いがなかったっていうのもあったんだけど、丁度一年くらい前かな? 私の学校の子がストーカーにあってて……」

 

 

とても嘘を言っているようには思えない。ストーカーにあったり、身近な人が被害に遭えば、男性が恐怖の対象に見えても不思議はない。

 

 

「大事には至らなかったんだけど、どうしても染み付いたイメージは拭えなかった」

 

 

当事者でないことからトラウマにはならなくても、男性のイメージはそこで固まってしまう。染み付いたイメージを変えるのには、相当苦労をしたんだと思う。

 

 

「……でもね、ある人と出会えて全員が悪い人じゃないって分かった。その人は私の男性に対する全ての認識を変えてくれた」

 

 

彼女の男性に対するネガティブなイメージを払拭した人がいる。

 

存在一つで人を変えることが出来る。

 

簡単に見えて、中々出来るようなことではないし、相手の行動に気を配り、細かな動作も見逃さないようにしなければ無理だ。

 

彼女に多大なる影響を与えたその人が羨ましい。彼女を何度も裏切り、危険な目に合わせてしまった俺と比較するとむなしくなってくる。

 

ため息が出そうになるのをぐっと堪え、続きを聞こうとする。

 

……。

 

だが俺の思惑とは別に、その一言を境にピタリと会話が途切れてしまう。まさか急に会話が途切れるとは思っていなかった俺は、こちらから切り出して良いものかどうか聞くわけにも行かず、黙りを決め込むしかない。

 

 

「……っ!?」

 

 

不意に椅子に乗せていた手の上に、ナギの手が乗せられる。それと同時に俺の肩にふわりと頭を預けてきた。彼女の本心を汲み取ることは出来なかったが、不思議と嫌な感じはない。

 

 

「もう、まだ気付かないの?」

 

 

言葉の意味が分からない。だって今は自身を変えてくれた人のことを。

 

 

「―――私のことを変えてくれたのは大和くんなんだよ?」

 

「え?」

 

「じゃなきゃ……わざわざこんなところで言わない……」

 

 

手を握りしめる力が一層強くなる。

 

言葉の一つ一つにはっきりと込められるナギの気持ちが、俺の鼓動を高めていく。

 

そこにあるのは恥ずかしさではなく嬉しさ。俺の存在が考え方を変えたのだと思うと、それだけ彼女の中で大きな存在になっていたことになる。

 

 

「俺は……助けられてばかりだ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「俺も皆が思っているほど出来る人間じゃない。嫌なことがあれば怒ることもあるし、分からないことがあれば誰かを頼り、助けを求めることもある。今の俺があるのは自分の信念だけじゃない。誰かがいるからこそ、こうして前を向いていれるんだ」

 

 

前にも言ったように、俺は決して強い人間ではない。

 

誰かが居てくれないと自身を制御出来ないほどの弱い人間だ。ここ最近だけで千尋姉、楯無、ナギと複数人の女性に迷惑を掛けて助けられてきた。

 

弱いだけじゃない、答えをうやむやにしていることを考えれば、本当に酷いことをしている。

 

楯無然り、ナギ然り。

 

直接的、間接的ではあれど、二人の想いを受け止めている上に気付いている。そこに対して俺は一切答えを返さず、ただ黙りを決め込んだまま。

 

答えれば楽になるかもしれない。

 

しかし、二人から同時に想いを寄せられるということは、どちらか一人を選んだ段階で、もう一人を切り捨てることになる。恋愛ではそれが当たり前のことなのに、答えてやるだけの度胸もなければ、周りに流されるまま、優柔不断な行動を繰り返してしまっている。

 

誰がどう見ても、個人的な見解で二人に何も言わず放置をすることが、人としてどれだけ最低なことかは分かっている。どうして一言、待って欲しいの一言を楯無に言えなかったのか。それが悔やんでも悔やみきれない。

 

二人とも魅力的な女性だし、もし俺が居なかったとしても素敵な相手を見つけて、上手くやっていける未来が容易に想像出来……ない。今の状態で、そんな無責任を言うことなんて、出来るわけがない。

 

俺はそんなことをしたいんじゃない。こんな下らない御託を並べるためだけに、観覧車なんて乗り込んだわけじゃない。

 

 

「なぁ……俺からも一つ言っても良いか」

 

 

今は何よりもナギの本心を聞きたい。だからこそ、俺は彼女に伝える。

 

他の誰のものでもない、(霧夜大和)としての本心を。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「────俺……ナギのことが好きだ」

 

 


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