IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第八章-Oceans eleven-
○噂のあの子にオトコは釘付け


 

 

「海だぁー!!」

 

 

 IS学園の生徒が乗ったバスは高速道路をひた走る。大きく開けた視界の先に広がる大海原、外の景色を視界や写真に収めようと窓際に張り付くクラスメートたち。

 

相変わらずの騒がしさの中でも、教師陣は誰一人口を挟むことは無かった。この学園に入学して初めての校外学習、もとい臨海学校。テンションはいつもの一段階……いや、二段階以上上がっているのも無理はない。

 

学習とはいっても年頃の女性が海へ行くともなれば、勉強のことなんか二の次で遊ぶことが頭の約十割を占めている。

 

瞼に飛び込んでくる強烈な初夏の太陽光に、思わず目を逸らす。もう少し寝かせてくれと心の底で念じ続けるもこれだけ光が差し込んでくる上に、騒がしい現状を踏まえると寝れるわけもなく、渋々重たい身体を起こす。

 

座ったままの体勢、加えてクーラーの効いたバス内で一人爆睡をしていた為、がちがちに固まってしまっている。天井に向かって大きく背伸びをして血行促進し、身体の血の巡りを良くする。

 

 

「あ、やっと起きた。ほら大和くん、海だよ?」

 

 

隣の席に座るナギから声を掛けられるも、どうにも乗り切れない。臨海学校は楽しみでも、海を見て馬鹿騒ぎをするだけの元気は無かった。

 

 

「いや、俺は良いや。昨日中々寝付けなくてな、もう少しだけ寝てるから、現地に付いたら起こしてくれ」

 

 

到着するまでにまだ時間が残っている。海を見る気力も体力も今はないし、もう少しだけ硬めの座席に身を委ねることにしよう。

 

 

「え、えぇ!? また寝るの!? さっきまでずっと寝てたのに……」

 

 

再度眠り込む俺に残念そうな声を上げる。

 

学園を出発してからすぐに寝付いてしまい、目覚まし代わりの声で起きた次第だ。ここ最近……というより二、三日の話だが夜は中々寝付けずに布団の中でごろごろする日々を送っている。

 

お陰さまで寝起きは最悪。体は鉛でもつけているかのように重たいし、ここ数日の不規則な寝方が祟って、若干左目が痛い。別段腫れてもないし、充血しているわけでもないからそこまで気にするようなものじゃないけど、だからといって気持ちが良いものでもない。

 

出来ることならすぐに直したいところだが、これくらいのことは無いわけじゃないし、寝れる時に寝て、適度に冷やしていればすぐによくなる。

 

 

「ぶーぶー! つまんないぞきりやーん!」

 

「そーだそーだー! 夢がないぞー!」

 

 

俺とナギのやり取りを見ていた外野、特に布仏と相川が揃って反論してくる。言おうとしていることも分かる。臨海学校とは言っても、クラスメート全員での旅行だ。クラスで纏まって全員で楽しみたいのが本音のはず。

 

てか楽しむのは良いけど、俺が騒ぎ立ててワーキャーやったらイメージが崩れそうなもの。それに俺も寝たくて寝ていた訳じゃない、体調を加味した上での睡眠だからそこは許して欲しいところ。

 

 

「でも大和くん眠いって言ってるから寝かせてあげた方が……」

 

 

おっ、やっぱりナギは優しいな。無意識の内に相手を気遣う言葉が出てくる。

 

 

「でもでも! 海に行ったら、霧夜くん取り合いになっちゃうんだよ!? そしたら一緒に遊べないじゃん!」

 

「だからー今のうちに遊ぼうって思ったんだよー!」

 

 

さらりと怖いことを言ってくれるのは相川か、自分が取り合いになっているシーンなど想像したくもない。本当に取り合いになったら、生きて帰れる気がしない。

 

絞られるだけ絞られた後ズタボロになった俺に、更なる追い討ちをされたら灰のように体が吹き飛ぶ自信がある。

 

 

「確かにそれはそうだけど……」

 

 

俺に同意していたはずのナギがブレ始める。あからさまに目をキョロキョロと這わせながら、言われてみればと同意を求めてくる。

 

……言わんとしてることは分からなくはない。少なからずIS学園にいる以上、男性の水着姿なんて早々お目にかかれるものではないし、万に一つの確率で色んなところから遊びに誘われたらクラスのメンバーと遊ぶ暇がなくなるとも考えられなくはない。

 

とはいえ、バス内で遊ぶツールがあるとするならトランプとかしりとりとかそれくらいなもの。

 

いや、皆からすれば些細なことでも思い出の一つとしてとどめておきたいんだとしたら納得出来る。実際寝るのも飽きていたところだし、現地まで残り少しだ。

 

 

「あぁ、いいよ。そろそろ寝るのも飽きてきたし、皆で何かやるか」

 

「おー! そうこなくっちゃねー!」

 

 

ワイワイと騒ぎ立てる一同をよそに、バスの椅子に立て掛けておいたペットボトルの水を一口含んだ。

 

 

「本当に寝なくて大丈夫? 疲れているならまだ寝ていた方が良いんじゃないの?」

 

「いや、大丈夫。折角皆集まってるんだし、俺だけが爆睡って変な話だよな。ナギも何かやるか?」

 

「え? うん、まぁ……」

 

 

あの日以来、俺とナギの関係が大きく変わったわけではない。日数が経ったからといって人前でイチャつくこともなければ、二人きりになった時に特別なことをしているわけでもない。

 

それに互いに告白し、一歩踏み込んだ関係に発展したことをまだ誰にも伝えていなかった。今言ってしまうと後々面倒になるから、進んで言いふらす必要もないだろう。故に誰一人俺とナギが恋人関係になったことを知る人間はいない。

 

だが、感付いていそうな人間は何人か見受けられる。多少の雰囲気の違いを悟ったのか、それともまた別のところから知ったのか。いずれにしてもあまり深く詮索するものでもない。

 

裏を返せば、それほどにまで二人に変化が無いとも言える。

 

 

何一つ変わらない毎日に安堵しつつも、どこか物足りなさを覚えてしまう。

 

そうは言っても愚痴を溢したところで何かが大きく変わるわけでないし、一旦忘れよう。そもそも愚痴を溢すようなことをしたわけでもされたわけでもない。

 

 

「決まりだ。じゃあ早速―――」

 

 

バスでの限られた時間を皆と楽しむこと十数分。IS学園一行を乗せたバスは目的地へと辿り着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

「よろしくおねがいしまーす!!」

 

 

目的の旅館に到着後、バスから荷物を持って降りると旅館の前にクラス別に整列し全員で挨拶をする。

 

普段他クラスに行くこともないし、噂を聞くにしても精々鈴の噂くらいしか聞くことも無い為、顔を見たところでどこの誰かが分からない現状。

 

相手はこっちを知っているからチラチラと好奇の視線を向けるだけだが、何一つ知らない俺はどうすることも出来ない。顔と名前が一致しないなんてそうそうないんだが、IS学園に来てから他クラスとの交流はほとんどないし、合同実習も隣のクラスとやるくらいで、回数自体も大して多くはない。

 

会ったことのない人間の顔を覚えきれるほど物覚えが良いわけではないし、軽く頭を下げて挨拶を返すことくらいしか出来ない。仕事に関わる可能性のある……言うなら学園でもあまり評価の高くない、陰で何をやっているかどうかも分からないような要注意人物は認識しているが、特に普通の生徒に関しては精々どこかで見たことあるな程度。

 

気に掛けなさすぎるのも問題だが、気にかけまくって自意識過剰になっても意味は無い。

 

 

全体の挨拶に対して、女将さんが丁寧なお辞儀を返す。慣れたものだ、一連の動作が絵に描いたかのように美しく、一つの演技のように見えた。

 

 

「ふふ、こちらこそ。私は清洲景子と申します。今年の一年生も元気があっていいですね」

 

 

仕事とはいえ、ニコリと微笑むその顔が眩しく見える。年齢は三十代だろうか、年相応の落ち着きと余裕が感じられた。今年の一年もってことは、毎年のようにここを利用させてもらっているらしい。生徒たちの扱いも手慣れたものだろう。

 

笑顔を絶やさない女将さんの顔が不意に俺たちの方へと向く。

 

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 

興味深げに見つめる視線に、負の感情は見受けられない。単純にIS学園に男性がいることに対して興味を持ってくれているみたいだ。無理もない。毎年この輪の中に男性が居たことは一度もないのだから。

 

 

「初めまして、霧夜大和です。よろしくお願いします」

 

 

軽く会釈をしながら挨拶をした。出遅れるよう慌てて一夏も頭を下げる、否下げられる。一夏の頭を鷲掴みにした千冬さんが、お前もさっさと挨拶くらいしろと言わんばかりに力を込めている辺り容赦のなさを感じる。

 

 

「お、織斑一夏です」

 

 

二人揃って挨拶を済ませたところで、今度は千冬さんが話始めた。

 

 

「えぇ、まぁ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

 

本来ならいつも通りの手順で行われるはずの臨海学校が、男子が二人いることで変わってくる。別途二人の男子のためだけに男性浴場を用意してくれたことを思うと申し訳なくなる。

 

 

「はい、こちらこそよろしくお願い致します。ふふっ、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じですし」

 

「見映えだけで大したこと無いですよ。まぁ、こっちはそこそこ大人ですがね」

 

 

そういうと千冬さんは、人の頭をわしゃわしゃと髪の毛をこねくりまわす。

 

女性が男性にしている光景はなんとも滑稽な姿だが、自然と嫌な感じはしない。まぁ言い方はかなり厳しい言い方ではあるものの、心の奥底では認めてくれている部分があると思うと嬉しくなる。

 

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所が分からなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

 

一連のやり取りをクスクスと笑いながらごゆっくりと後ろへ下がっていく。

 

ところで俺の部屋はどこになるんだろう。常識的に考えれば俺と一夏が一緒の部屋になるんだろうけど、そうすると一夏目的で部屋に生徒たちが溢れ返る可能性も考えられる。収拾がつけられなくなると大変だし、部屋を別々に分ける可能性だって考えられる。

 

ぞろぞろと動き始める生徒とは裏腹に、場に立ち尽くしたままどうしようかと考える俺と一夏。そんな中不意にダボダボの制服を来た布仏が現れる。

 

 

「ねーねーおりむー、きりやん。二人の部屋何処なのー?」

 

「あーどうなんだろうな。また特に何も言われてないから全然分からねーや」

 

「後で部屋教えてねー。夜皆で遊びにいくからさー」

 

「おう、確認したらすぐ教えるよ」

 

 

こりゃまた夜は夜で騒がしくなりそうだ。

 

どちらにしてもこの後、部屋割りの発表があるだろう。そこでどこの部屋に泊まるのか確認すれば良い。

 

とりあえず行動を起こそうと一夏に声を掛け、列に並んだまま着いていこうとする。

 

 

「織斑と霧夜は私と一緒に来い。お前たちの部屋はこっちだ」

 

 

不意に列とは外れた場所に立つ千冬さんに声を掛けられた。部屋割りを千冬さんが把握しているということは、もしかして千冬さんの部屋の近くが俺たちの部屋になるのか。このまま列が空くのを待ってても時間が掛かるだけだし、知っているのであれば着いていかない手はない。

 

むしろ着いていかないと、殺される未来しか見えないから必然的に着いていくわけだが……。

 

千冬さんの後ろに金魚のふんのように着いていく。ところが、生徒たちが泊まるであろう部屋とは別の方向へと向かい始めた。一体どこに行くのかと、周囲の生徒はこちら側の様子を伺う。

 

生徒の集団とは離れ、少し歩くといくつか部屋が並んでいる通路に出る。その中の突き当たりの部屋で立ち止まる。もう一つ隣にある部屋を指さしながら。

 

 

「霧夜はそこで泊まれ。織斑は私と二人部屋だ」

 

「は、はい?」

 

 

俺の部屋の扉には何も書いていないが、一夏が泊まる部屋にはデカデカと教員室の三文字が。更に千冬さんの口から明かされる衝撃の事実。何の説明もなければ家族和気藹々と団欒するだけの場所になるんだろうけど、千冬さんと一緒にいるとある一種の拷問のように見えるような気が……。

 

 

「あぶなっ!?」

 

「ちっ、外したか。余計なことを考えるなよ霧夜」

 

「ちょっ、だからってカバンをフルスイングする必要あります!? 避けるのが遅れてたら完全に首を持ってかれてましたよ!?」

 

 

あ、あぶねえ。久しぶりの千冬さんの攻撃だから若干反応が遅れた。

 

幸い出席簿と違って重たかったせいで、いつもより速度が出なかった分、反応が遅れてもかわすことが出来たが、ちょいとばかし考えていることが失礼すぎたし、一旦自重しよう。一夏に関しては千冬姉の攻撃をかわすなんて……と言いたげな驚きの表情を浮かべている。

 

あぁ、このやり取りを一夏の前で見せるのは初めてだったか。

 

 

「ん、んんっ! まぁ元々は個室で手配する予定だったんだが、シーズンが重なって一部屋分しか取れなくてな。それに、個室だと夜に就寝時間を破った女子が押し掛けるのは目に見えている」

 

「確かに、有名人ですからね。十中八九そうなるでしょう」

 

 

千冬さんの言うようにほぼ間違いなく部屋をバラした途端に、生徒の大半が一夏の部屋に押し寄せてくる。

 

加えて夏の行楽シーズン真っ只中ともなれば、相応に集客もあるだろうし、全部屋確実に確保するのも中々に難しい。一年の生徒ほぼ全員のツインルームを予約で押さえて、さらにシングルまで差し押さえるのは無理があったらしい。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! だったら大和と二人部屋にすれば良かったんじゃ」

 

 

一夏の考え方も正解かもしれない。だが、それで生徒たちを抑えるのは難しいし、標的が単純に二人になると考えれば更に酷いことになる。一人でも千冬さんの部屋に入れば、それだけで牽制にもなるし、迂闊に手出しは出来なくなる。

 

就寝時間前ならまだしも、就寝時間後に騒ぎ立てられるのは他の人にまで迷惑が掛かることを考えると、どちらかが千冬さんの部屋に泊まった方が良いのは明らか。

 

 

 

「お前たちを二人にまとめたら、尚更格好の的になるだけだ。それに、私の部屋に霧夜を泊めると霧夜もやりにくいだろう」

 

 

教師と生徒の関係を抜きにして考えれば、二人は実の姉弟だ。第三者の俺が泊まるよりも安心だし、何より一夏の側に安心できる人間がいれば、外部の人間も迂闊に手出しは出来なくなる。

 

隣の部屋には俺がいるし、万が一があればすぐに連絡は来る。いつでも動けるように準備はするし、隣の部屋ともなれば駆けつけやすい。

 

もしもの時を考えたときの最善策、それを打ったに過ぎない。どんなに頼りになる人間だとしても、本当に安心できるのは家族以外の何者でもない。

 

そう考えると、少しだけ一夏が羨ましく見えた。

 

 

「どのみち、就寝時間までは自由に移動出来るわけだし、一緒にならないのは寝る時くらいだろ。この後も皆で海に行くんだし、そう気にすることはないさ」

 

「それもそうだな、じゃあさっさと荷物置いて行こうぜ」

 

 

臨海学校初日はありがたいことに完全な自由時間になる。ホテルでのんびりするのも良いし、海に遊びに行っても良い。

 

大半は海に遊びに行くし、俺たちもそのつもりで水着を買った。ここまで来てやっぱり行きませんはただのお金の無駄遣いになる。折角の自由時間だ、こればかりは楽しみたいところ。

 

それぞれ部屋に入り、電気をつけて閉まったままのカーテンを開く。

 

 

「おお……」

 

 

そこに広がる絶景、オーシャンビューとはまさにこの事。雲一つない晴天の空が海面を照らし、透明度の高い海が一つの絵画のような魅力的な世界観を作り上げている。

 

広がる景色に思わず声を漏らし、しばしの間目の前に広がる絶景に釘付けになりつつも、待たせている人間のことを考えるとそうも時間を掛けてられない。

 

鞄の中から水着とタオル、そして上に羽織れる上着を取り出し、鞄を部屋の隅に寄せると部屋を出る。

 

 

 

部屋の前にはすでに荷物をしまい終えた一夏がいた。目線で合図をして、二人揃ったまま海へと向かう。旅館を出るとすぐ近くに海への入り口がある。目と鼻の先に広大が海が広がってることを考えると、海水浴をするにはベストポジションだ。

 

視線に入る水着を着た女性の数々。普通のお洒落な水着から始まり、視線を釘付けにするレベルのハイレグを着ている女性もいる。目福なのは間違いないが、見続けたらただの変態になるし、そんなことが出来るほど俺には肝が据わっていない。

 

女性の派手な服を見るだけで、顔を赤くするレベルのくそ雑魚ですが何か。水着は自分のボディラインをはっきりと浮き出してしまうが故に、無意識に赤面してしまう。

 

しかも揃いも揃って、スタイル良しの出るとこ出た発育の良い子が多いと来たものだ。

 

全く、海水浴は最高だぜ!

 

 

「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの~?」

 

「きゃあっ! も、揉まないでよぉっ!」

 

「ティナって水着だいたーん。すっごいね~」

 

「そう? アメリカでは普通だけど」

 

 

端から聞こえる会話を聞くだけで、ごくりと唾を飲み込む行為を繰り返す。

 

それは俺だけじゃなくて、一夏も同じ。いくら女心に気付かないキングオブ唐変木であっても、さすがに露出の少ない水着姿には興奮する。外国人特有の日本人離れした容姿は半端ない。骨格の問題なのか、日本の女性が海外の女性に羨望の視線を向けるのも分かる。

 

 

「一夏、何鼻の下伸ばしてんだよ」

 

「べ、別に鼻の下なんか伸ばしてねーよ!」

 

 

陽の光に照らされる一夏の顔がほんのりと明るい。

 

何だかんだ言われても年相応の男性だと言うことが分かり、ホット胸を撫で下ろす。女性の気持ちに気付かず、あらゆるフラグを平気でへし折ってしまうあたり、本気で女性に興味がないのかと本気で心配していたが、俺の杞憂だった。

 

いや、そこは信じたかったけど、あまりにも絵に描いた鈍感男よりも鈍感過ぎて、マジで男の後ろ姿しか追っていないのかと一度本気で考えたこともある。

 

何バカなことを言っているんだと言われるかもしれないが、割と本気で。

 

 

「鼻の下伸ばさないってことは、お前まさかそっちの気が……」

 

「ねぇよっ!」

 

 

ちょっとからかってみると予想通りの反応を返してくる。ここ最近あまり話すことも無かったし、たまには男子だけで話すのも悪くはない。

 

むしろここには女性しかいないのだから、二人で話す時間も貴重になる。共学であればまだしも、女子高ともなれば男子と喋れる時間は少ない。

 

 

「よっしゃ、さっさと着替えて早いところ海に行こうぜ」

 

 

更衣室に着き、手早く上着とズボン、そして下着を脱いで水着へと着替える。気のせいか、周りにいる男性が少ない。行楽シーズンだから、ピーク時ではないにしても着替えている男性は圧倒的に少なかった。

 

更衣室は学園で貸しきりではなく、一般客との兼用。あれだけの人数がビーチにいたことを考えると、もう少し男性がいるとは思っていたんだが、意外にも少なかった。

 

手際よく着替え終わり、最後に水着の紐を絞めていると、どこからか視線を感じる。というよりもすぐ隣にいる一夏から。

 

あまり男からじろじろ見られると、女性に見られるのとは違って逆の意味で気になる。それこそ貞操的な部分で、無意識に後ろ側を壁側に隠そうとくるりと反転し、視線を向けているであろう一夏をジロリと見つめる。

 

 

「どうした一夏、やっぱりお前はそっちの気があるんじゃ……」

 

「ち、ちげぇって! ただ、どうすれば大和みたいに引き締まった体つきになるのかなって思っていたんだ!」

 

「俺の体が?」

 

 

一夏に言われるがまま、自分の体に視線を向ける。

 

毎朝、毎夜のトレーニングはほぼ欠かさず行っているから、体型は以前よりも少し大きくなっているような気がする。腕回り、足回り、胸回りと負荷を増やしたからだろう。少なくとも周りにいるような一般人と比べたら雲泥の差、負けるつもりはない。

 

とはいえ、引き締まった体つきは一夏も同じ。俺のを羨む前に、十分引き締まった体つきをしている。

 

 

「いやいや、一夏も十分引き締まってるだろ。それ以上筋肉をつけるなら相応の運動が必要だし、人間には骨格があるから限界がある。今の年齢なら一夏くらいあれば十分すぎるって」

 

「でもなぁ。同じ年齢の、同じくらいの背丈で体つきが違うとさすがに嫉妬するぜ」

 

「そんなもんなのか?」

 

「そりゃそう……ってあれ、大和。お前身長高くなったよな?」

 

「前にもどっかの誰かに同じ台詞を言われた気がする。あんま変わらない気がするんだが……」

 

 

正直、あまり自分の身長に興味はないし、体つきにも興味はない。痩せたか太ったかの話になれば気になるけど、変に太るようなトレーニングはしてないし、現段階でも気にすることではない。

 

身長も小さすぎるとコンプレックスだが、平均くらいはあるだろうし欲を言ったところで伸びるものではない。

 

 

「もうちょっと身長と筋肉がつけばなー、やっぱり筋肉質な男って憧れるだろ?」

 

「まぁな。ただ何だかんだ地道に鍛えるしか方法はないと思うぞ」

 

「それもそうか」

 

 

話が纏まったところで更衣室を出る。

 

実際体を鍛えることくらいしか有効な方法は見付からないし、人によって付き方が違う以上、具体的なアドバイスは出来ない。スポーツインストラクターでもないのだから。

 

更衣室を出ると、太陽の光で熱くなった砂浜が両足に熱を伝えてくる。小学校の時なんかはグラウンドの地熱に耐えられなくて、爪先ではなくて踵の部分で立ちながら凌いでいたものだ。

 

足に伝わる熱さにどこか懐かしさを覚えながら、いざ夏のビーチへと降り立つ。

 

 

「あっ! 二人とも出てきたよ!」

 

「嘘!? どこどこ?」

 

「織斑くんと霧夜くんだ! ねぇ、水着変じゃない?」

 

「霧夜くんの鍛え上げられた腹筋……じゅるり……はっ! わ、私ったら何を考えているのかしら……」

 

「織斑くん肌綺麗だし羨ましいなー! これは脳内に永久保管決定ね! 寮に戻ったら絵に書き起こさなきゃ!」

 

「霧夜×織斑……いえ、織斑×霧夜? ど、どうしよう!? ネタが多すぎて纏まらないよ!」

 

 

今まで学業を忘れて遊んでいたはずの生徒の視線が、見えない魔力に吸い寄せられるかのように俺や一夏の方へと向けられた。それも一斉に、誰かが号令をかけたわけでもないのにだ。

 

向けられたこちらとしては驚きのあまり、若干足を後ろに引いて物陰に隠れたい気分になった。自分の裸の上半身をジロジロと見つめられると背中がむず痒くなってくる。

 

最初の方に聞こえてきた内容ならまだしも、後半に行けば行くほどに会話の内容が目も当てられないレベルで卑猥な内容になっているのには突っ込んではダメらしい。

 

薄い本などを販売する夏冬の一大行事に、IS学園に通う男子がまぐわうイラストや漫画が並ぶことを想像したくない。名前は変えられても容姿や場所が似たようなものだったらそれはそれで嫌だ。

 

本に描かれるくらいなら、遠巻きに舌なめずりされた方がマシに思えてくる。いや、本来ならどちらもダメなんだが、どちらかを選べと言われたら後者を選ぶ。

 

とりあえず仮に出したとしても、俺や一夏の目に触れなければ良いなと心底思いつつも、表情に出さないように気を遣い、海の方へと歩き出す。

 

 

「こりゃ、軽いハーレムだな。本来なら嬉しいケースなんだけど、全員から好奇の視線を向けられたら嬉しさが半減しちまう」

 

「う……これは思ったよりキツいかも」

 

 

見渡す限り女性、一面に広がる女性の集団に男性の存在は打ち消される。海水浴だから誰一人、スクール水着を着ている人間はおらず、全員がそれぞれに選んだ勝負水着を着用している。

 

日焼けしていない白い四肢が剥き出しで、大事なところだけを覆う薄っぺらい布地の刺激が思いの外辛い。やはり試着した時と、海で実際に見るのではイメージが全然違う、違いすぎる。

 

凝視しているとあまりの光景に頭がクラクラしてくる。中学から高校に上がり、成長著しい上半身と下半身。どこか恥ずかしそうに四肢を隠そうとする仕草を見せるほどの初々しさ。

 

女の子にも色々あるんだろう。今日のためにお菓子を一週間我慢して節制に励んだとか、逆に節制できずに食べ過ぎてお腹回りや二の腕のプニプニが酷くなったとひどく落ち込んでいる子もいる。

 

好きなものは中々我慢できないし、あれも一種の中毒みたいなもの。

 

 

「いーちーかー!!」

 

「うわぁ! り、鈴!?」

 

 

大きな声と共に、勢いよく走ってきた鈴が一夏へと飛び付く。飛び付きながらいとも容易く上っていき、肩車をするような体勢になる。着ている水着が鈴らしいというか、ハツラツとした鈴を象徴するかのような彩りだった。

 

 

「おー高い高い! 遠くまで良く見えるわ。一夏、あんたいい監視塔になれるんじゃない?」

 

「なるか! さっさと降りろって!」

 

 

友達感覚のじゃれあいに、普段の調子を崩さないまま鈴に反抗する。てっきり水着姿の幼馴染が飛び掛かってきたのだから、多少なりとも赤面するだとか照れるだとか、相応の反応を規定していたのだろう。一夏に肩車をする鈴の顔がどこか物足りなさそうに見えた。それもほんの一瞬で、フラフラとする一夏の上にバランスを取りながら肩車を続ける姿に、周囲の人間が注目し始める。

 

こんな人だかりの中で飛びついたのだから目立つのも無理はない。クラスメートたちがあっという間に二人の周囲に群がる。

 

 

「わー楽しそう! 私もやりたーい!」

 

「その次はあたし!」

 

「俺は展望台じゃない! いい加減に降りろ! ネコかお前は!」

 

 

そりゃそうなる。自分だけズルいとばかりに布仏や相川が手を挙げて近寄ってきた。

 

……何だろう。もう突っ込んで良いのか良くないのか分からなくなってくる。海だからこそ、私服で来る生徒はほとんどいない。その中、一人奇抜な水着を着て登場する人間が一人。

 

布仏さんや、どこかの人気キャラクターを連想させるかのような水着は一体何だ。

 

しかも肌の露出が無いから到底水着と呼んでいいものかどうかも分からない現状。誰がどう見ても海でコスプレをしているようにしか見えない。それでも天然な顔立ちに、ふんわりとした雰囲気に視線を持っていかれる男性は多い。後は確かISの実技訓練の時に知ったことだが、中々にいいものを持っている。いいものが何なのかは自分で調べてくれ。

 

そういえば学食で鉢合わせた時も似たようなものを着ていたし、ある意味布仏の嗜好なのかもしれない。

 

 

「人気者だな一夏。みんなにモテモテじゃねーか! 羨ましいねぇ全く」

 

「これがそう見えるか? 助けてくれよ大和」

 

「いやーそれは無理な相談だな。今の鈴を引っぺがしたら後で引っ掛かれそうだし頑張ってくれ」

 

「なっ!? この薄情者!!」

 

「はっはっはっ。何とでも言え」

 

 

俺に助けを求める一夏だが、ここで無理矢理鈴を引きはがそうものなら、後でどうなるか分かったもんじゃない。

 

 

「な、なにをしてますの鈴さん! 貴方まで抜け駆けですの!?」

 

 

騒ぎ合っている内に着替えを終えたセシリアがパラソルを片手に登場する。本人がどう思っているかは分からないが、日本人離れした美貌とスタイル。

 

そして自身の専用機、ブルー・ティアーズを基調としたかのような青いビキニを纏う姿は、テレビで見るモデルのように様になっている。ビキニの切れ間から除く、平均よりも大きめなそれと、無駄な肉が一切ついていないくびれ。普段の節制と、毎日のハードな練習が引き締まった肉体を維持できている要因だろう。

 

腰に巻かれた水着と同色のパレオが、どこか大人びた気品を感じさせる。だがセシリアの幼さがかえって何とか大人の女性を醸し出そうと、背伸びしている感じがひしひしと伝わってくる。

 

さて、大人びた雰囲気を醸し出しながら一夏の元に寄って来たわけだが、目の前に広がる光景に目を吊り上げて、不機嫌オーラを洗面に押し出す。

 

 

「別に抜け駆けじゃないわ。早く着替えて外に出たらたまたま一夏がいたから飛びついただけ」

 

「たまたまいて飛びつくだなんて、そんな不純な理由がありますか!」

 

「別にあたしって身長低いから誰かの上に乗らないと、遠くが見えないのよ。だから一夏に肩車してもらいながら、移動監視塔ごっこしてたの」

 

 

鈴もセシリアの言い分に淡々と言い返す。

 

感情的になりやすいセシリアの扱いは慣れたもの。多少理由が不純だったとしても、ぐぅの音も出せない程にセシリアを言いくるめていく。

 

 

「ぐぬぬぬ……あー言えばこー言いますわね! 大体、一夏さんも一夏さんですわ!」

 

「お、俺? な、なんもしてねーって!」

 

「嘘おっしゃい! バスの中での約束もすっぽかそうとしていたんじゃないんですか!」

 

「約束? 何よそれ?」

 

 

約束?

 

バスの中は大半熟睡していたせいで、バス内の会話をほとんど覚えていない、というか聞いていない。故にバスの中でセシリアと一夏の約束など知る由もないわけだが、これに関しては俺はおろか鈴も知らない。理由は一組と二組は別のバスであって、二組の鈴は同じバスにはいなかったからだ。

 

セシリアの『約束』といった単語に今度は鈴の表情が不機嫌なものへと変わる。一夏の方から飛び降りると、ジト目で一夏とセシリアの交互に見つめる。鈴の変化を見たセシリアの表情が、ほのかににやけたものへと変わる。

 

”今回は出し抜かせて頂きますわよ”と鈴へと宣戦布告をするように。

 

幸い今は篠ノ之もシャルロットもいないし、出し抜く機会としてはもってこい。全員に差をつけるチャンスである。

 

バチバチとセシリアと鈴の間に火花が散る。

 

IS操縦者としても、一夏を狙う女性としても絶対に負けてなるものかと、互いに無意識の内に対抗心が芽生えているらしい。

 

果たして一人の男の取り合いに俺なんかがいても良いのか。むしろ俺がいることで邪魔になってしまうのであれば、一足先に軽く体をもみほぐして海に向かった方が良いかもしれない。それともここで一夏を待つか……。

 

どうしようか迷っている中、また別の声が、今度は俺の背後から投げ掛けられた。

 

 

 

 

「あ、大和くん。まだ泳いで無かったの?」

 

「その声はナギか? あぁ、一夏を待とうかどうしようか悩んでて。でもこのまま待ってても時間だけが過ぎるだけだし、一人で泳ぎに行こうかななんて……」

 

 

後ろにいるのが誰なのかは声質で分かった。

 

そういえば姿が見えないと思っていたが、まだ着替えの途中だったようだ。

 

ちょうどいい、折角だしナギと泳ぐのも悪くない。二人きりでいると関係がばれるだろうし、何人か誘っていけば上手く誤魔化せるかもしれない。どうしようかと提案しようと、後ろを振り向いた俺の目に飛び込んできたのは……。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「あの、ちょっといつもと雰囲気変えてみたんだけど……どうかな?」

 

 

若干顔を赤らめて前屈みの体勢をしたナギの姿だった。


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