IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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変遷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ちょっといつもと雰囲気変えてみたんだけど……どうかな?」

 

 

誰がこの光景を予想しただろう。

 

俺だけじゃなく、一夏や周りにいるクラスメートでさえもその姿に言葉を完全に失う。否、見とれると言い換えた方が正しいかもしれない。先日の買い物で、ナギの水着は試着の際に見ているから、大丈夫だと思っていた俺がバカだった。

 

太陽の光に照らされる姿は、もはや芸術といっても過言ではない。モジモジと顔を赤らめて恥ずかしそうに、だがどこか俺の評価を期待するようにこちらを見つめている。

 

着ているものは先日購入した二着の内の黒い方だった。サイズはばっちりのはずなのに、上半身に装着されている豊満なたわわが苦しそうに、トップの布を張っていた。二つの布の中に収まりきらない重量感や如何に、男女問わず視線が釘付けになる。

 

引き締まったウエストに肉付きの良い、平均より大きなヒップをピチッとしたボトムが覆う。紐で結ばれているせいで、素肌が露になっている太もも、大腿骨あたりが堪らなくそそる。

 

インパクトといえば外見も大きな変化の一つか。

 

普段のようなストレートヘアーや、二人で出掛けたときのような毛先を若干カールさせたヘアスタイルではない。長い髪を横で束ねて、更に花の髪飾りで結わえた何とも夏らしいファッションをイメージしたコーディネートとなっている。

 

いつも見ているからなのか、髪の長い子が束ねるとグッと印象が変わると言うか……。

 

その、すごく可愛いです。

 

 

「に、似合っているんじゃないか?」

 

 

やっべ、声が裏返った。

 

しかも小学生や幼稚園でも言えるようなチープな言い回しに、自分自身を全力で殴りたくなる。そうじゃねーだろと思いつつも、いざその場になると何一つ言葉が思い浮かばなくなるし、良いことを言おうとすれば言おうとするほど、声が出せなくなる。

 

 

「大和、声裏返ってる」

 

 

結果、一夏に揚げ足を取られる羽目に。

 

だが人の彼女を見て鼻の下を伸ばしているお前も人のことは言えまい。

 

今度は逆に一夏の揚げ足を取りに掛かる。

 

 

「う、うるせぇ! お前だって鼻の下伸ばしてんじゃねぇか!」

 

「なっ! こ、これは不可抗力で!」

 

 

図星をつかれて慌てふためきながら言い訳を述べようとする一夏だがもう遅い。一夏の後ろには既に目をキラリと光らせた阿修羅が仁王立ちしていた。先陣を切ってセシリアが一夏を問い詰めていく。

 

他の子に色目を向けられることが嫌なんだろう。折角今日のために用意した水着も、一夏に見て貰えなければ意味がない。鈴ならまだしも、全く関係のないナギに色目を向けられれば尚更面白くない。

 

 

「一夏さん! どういうことか説明してくださいな!」

 

「せ、セシリア! こ、これは違うんだ! 別に下心があった訳じゃなくて……」

 

 

不倫がバレて必死に妻を説得している夫の図……に見えなくもない。一夏は将来尻に敷かれると見た。

 

キーキーと騒ぎ立てるセシリアを宥めようとする一夏だが、全然宥められずに、事態はますますヒートアップしていく。一方その傍らで黙りを決め込んだまま、下を俯く。両手は何故か自分の胸元を押さえ、皆に見られないように覆い隠していた。

 

気持ち体が震えているように見えるのは気にしてはならない。俺の本能が悟っている、今の鈴は決して触れてはならないパンドラの箱であると。

 

 

「ふふっ、ふふふっ……そっかぁ、やっぱり一夏はそうなんだぁ……」

 

 

不気味な笑い声を上げ始める鈴の周囲から、徐々に皆が離れ始めた。体をヒクつかせる様相が不気味過ぎる。さすがの一夏も鈴の異変に気付き、一旦セシリアを無視して鈴の元へと駆け寄る。しかし一夏が近寄ってきたというのに、ピクリとも反応を示さない。

 

するとおもむろに歩き出し、今度はナギの後ろへと立ち位置を変える。

 

 

「あ、あの……鈴?」

 

 

後ろに回られたことに些か疑問を感じるナギが鈴に問いただすも、相変わらず反応がない。態々立ち位置を変える理由も分からないし、一体鈴は何を考えているというのか。

 

 

「くっ、ふふっ、ははっ……羨ましい」

 

 

僅かに聞こえた羨ましいと呟く声。

 

鈴の声を聞いた刹那、一抹の不安が脳裏を過った。何に対して羨ましいと思ったのかと。

 

途中から会話を振り返ってみよう。

 

まずどうして鈴がこのような状態になったのかだが、それは自身やセシリアに目もくれず、ナギの水着姿に鼻の下を伸ばしていたからだ。スタイルのよさならセシリアは負けてないが、胸の大きさだけならナギの方が……その、大きいのは明白。

 

つまり鈴が羨ましいといったのは、自身よりも均一の取れたスタイルを持っていたから。

 

無駄な肉付きが一切無いため、太りやすい体型の女性からしてみれば、スラリとした鈴の体型も羨望の的にはなるが、鈴の場合は逆。ついて欲しい部分の肉まで付かずに筋肉に変わってしまっている現状が嘆かわしいと、非常にコンプレックスとなっていた。

 

以前、一夏の貧乳発言に鈴がブチキレたのは記憶に新しい。

 

 

では結論、羨ましいのは分かったけどどうしてナギの後ろに立ち位置を変える必要があったのか。

 

 

「一体なに……ひっ!?」

 

 

答えは口から漏れる悲鳴が全てを物語っていた。

 

口を押さえながら、必死に込み上げてくる悲鳴を堪えようとするナギ。どこか泣きそうな顔をしているようにも見える。泣きそうになるほど何をされているのか、視線を顔から下にずらす。

 

 

「……」

 

 

水着がやけによれているのは気のせいではないはず。ブラの部分を上から手で覆い、盛大に揉む様子が俺の視界に飛び込んできた。上下左右に不規則に揺れ、変形する二つの胸を凝視しながら事を冷静に分析していく。

 

 

「……っ、やぁ……見ないで……ふぁ!」

 

「う、羨ましい! 何よこれ! 大きさだけじゃなくて感度も良いじゃないの!」

 

 

エロい、ひたすらにエロい。周りにいる誰もが二人のやり取りを赤面しながら眺めている。

 

知らんぷりをしてチラチラと様子を窺う者や、顔を両手で覆いつつも隙間から観察する者、中にはカメラまで用意しようとする者と様々。多種多様な反応を見せるのはセシリアや、一夏も例外ではない。

 

 

「り、鈴さん! あ、あああああなた何をしてますの!? 一夏さんも目を逸らしてください!」

 

「いだだだだだだだ!? ちょ、セシリア! 爪が目に食い込んで……!」

 

 

鈴の行動に激しくテンパるセシリアと、視界を覆われて爪が目元に刺さって叫ぶ一夏。

 

臨海学校開始早々、大事になって臨海学校が中止になるだなんて不名誉なものはない。しかもその原因が一国の代表候補生が巨乳を羨むばかりに、一般生徒の胸を揉みしだくだなんて、笑えない冗談はアニメや漫画の世界だけにして欲しい。

 

 

「大きさはE……いや、F!? 少しくらい寄こしなさいよ!」

 

「み、皆みてる、から……あんっ!」

 

 

A○を見ているような気分になる。公共の電波に乗せられないほどの、いや本当に。

 

このままではさすがに埒があかないし、千冬さんや山田先生が来たらより大事になる可能性だって考えられる。なら、今のうちに事態を収束させるしかない。

 

何よりいくら同姓とはいえ、人の"彼女"の身体を良いように弄ばれていい気分はしない。

 

 

ゆっくりと鈴の元へと近づき、右手を空高く掲げる。力をセーブしながら、右手を鈴の脳天目掛けて振り下ろした。

 

スパァン! と乾いた衝撃音と共に、鈴が場に蹲る。鈴の束縛を逃れたナギは息を荒くしたまま、反射的に俺の背中へと隠れる。

 

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。でも鈴が……」

 

 

顔だけを振り向かせて、一旦ナギの身を案じる。いくらおいたが過ぎるとは言っても、鈴のことだし一線は弁えている。返答も問題はないし大丈夫そうだ。

 

こんな時でも相手の事を気遣えるナギの器の大きさに感服しそうだが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 

「痛った……何すんのよ!」

 

 

痛みから多少の立ち直りを見せた鈴が、涙目で俺の方を睨み付けてくる。まさか鈴もいきなりひっぱたかれるとは思わなかったことだろうが、半分以上自業自得だ。ちゃんと手加減はしたつもりだが、それでも痛かったらしい。そこに関しては申し訳なく思うが、度が過ぎれば痛い目に遭う。

 

……というより、鈴をナギから引き離すにはあれくらいしか手段が思い付かなかった。

 

 

「何すんのよ、じゃねぇ! 公衆の面前で何してんだお前は!?」

 

「う、うるさいわね! 良いじゃないあれくらい! ちょっとしたスキンシップよ!」

 

「あれのどこがちょっとしたスキンシップだっての! やりすぎだわ!」

 

 

鈴には同じことを繰り返さないためにも、きちっとお灸を据えておかなければならない。今回はたまたまだろうけど、また次同じことをナギにされたら理性が耐えれるのか。誤って制服越しに掴んだあるが、直に触ったわけではない。

 

あれだけグニャリと潰れたり、上下左右に揺れたりするのを直視するのは辛すぎる。

 

 

「ほら、ナギに言うことあるだろ?」

 

「う……ご、ごめんなさい」

 

「あ、謝らないで。私なら全然平気だから」

 

 

謝罪も済んだところで折角海に来たのだから遊ぶとしよう。前置きが長かったが、ようやく本題に入れる。

 

 

「ん……あれ、一夏は?」

 

「織斑くんならオルコットさんとあそこに……」

 

 

軽く準備体操をしようと横を向くが一夏の姿が見えなかった。つい先ほどまで隣に居たのにどこに消えたのかと周囲を見渡すと、先に見付けたナギが二人の方向を指差してくれる。

 

そこにはビーチパラソルを開き、日陰にうつ伏せで寝そべったセシリアと、砂浜に膝をつきながらセシリアの背中を見つめる一夏の姿があった。一夏の目がキョロキョロ泳いでるのと、セシリアがブラを外して寝そべっているのを見るとどうやらサンオイルを塗ろうとしているらしい。

 

覚束ないながらもサンオイルを手に塗りつける。色々と忙しいことで、そこら中に引っ張りだこ。気の毒には思わないが、大変だなとは思う。

 

そして案の定、鈴が不機嫌な顔を浮かべながら一夏の元へと歩いていった。それに釣られるように、俺とナギも鈴の後を着いていく。

 

 

「ひゃ!? い、一夏さん! 少し手で暖めてから塗ってください!」

 

「わ、悪い! こんなことやったことないから、分からなくて……」

 

 

ちょうど塗り始めた頃に鉢合わせる。

 

どうやら手でオイルを暖めずに塗り始めてしまったため、かなり冷たかったようだ。ピクリと身体を震わせて顔だけを一夏の方へと向ける。顔を向けることで胸が擦れて、セシリアのたわわがぐにゃりと変形する。俺は何も見ていない、本当に何も見てない。

 

初めてオイルを塗るだろうし、どのように塗れば良いのか分からないのも頷ける。

 

正直、俺も今一夏が失敗するまでオイルの塗り方を知らなかったし、同じことをやれと言われたら、一夏と全く同じ末路をたどっていた。反面教師とは言い切れないが、一夏の失敗を見て正解だった。

 

改めて手と手を擦り合わせながら、手のひらでオイルを暖めていく。二人の様子を観察するように見つめる鈴と、興味深げに見つめる俺とナギ、それとその他クラスメートたち。

 

 

「ん……いい感じですわ一夏さん」

 

 

目を細めてご満悦といった表情を浮かべながら寝転ぶセシリアの背に、一夏は恐る恐るサンオイルを塗っていく。サンオイルを暖めて塗ることは分かっても、どれくらいの力でどのような順序で塗っていけば良いのかまでは分からない。

 

探り探り塗りたくっているが、特にセシリアの不満の声が上がることは無かった。

 

 

「ぐぬぬっ。約束ってこの事だったのね!」

 

 

悔しそうな表情を浮かべながら地団駄を踏む鈴だが、今さら横やりを入れても意味がないことくらいは分かっている。せめて一線は越えさせないようにと、目を凝らしながら一つ一つの動作を見逃さないように見張り始めた。

 

 

「じー……」

 

 

態々声に出さなくてもと思うが、そうまでして強調したいのだろうと思うと、突っ込む気は無くなった。鈴の声に反応してチラチラと一夏が様子を窺ってくるが、途中で止めるわけにもいかずに黙々と手だけを動かしている。

 

手を動かす度に微かに漏れるセシリアの吐息が地味にエロい。この前キスする寸前の吐息なんかも初めて経験したが、それを彷彿させる。だがシチュエーションが違うし、俺がセシリアを異性として意識するかと言われれば違う。

 

 

セシリアのシミ一つ無い色白な肌。手入れが丹念に施されているであろう髪の毛。誰もが羨む理想なボディラインをなぞるように塗る一夏の内心は、大層穏やかなものではないはず。

 

 

「じいいいいいいいいいいい!!」

 

 

時間が経つにつれて鈴の自己主張が激しくなってくる。声が大きくなる度に、一夏の動かす手が早くなるのを見るのは中々面白い。

 

やがて上半身をほぼ塗り終えたか塗り終えないかの瀬戸際に差し掛かった時、目を瞑ったまま静観していたセシリアが口を開いた。

 

 

「あ、あの、一夏さん。同じところばかりもあれですし、折角なら手の届かない場所もお願いしたいのですが……」

 

「手の届かないところ……脚か?」

 

「脚もそうですけれども……その、お尻も」

 

「はぁ!?」

 

 

これはまた大胆な場所を言ったもの。言われた当人は固まったまま、どうしようか悩んでいる。セシリアの下半身……主に水着で覆われた存在感のあるそれを凝視しつつ、ごくりと唾を飲み込む。

 

エステじゃあるまいし、普通は男性がさわるような場所じゃない。むしろ抵抗感しか無いだろう、常識的に考えて触らせるような場所ではないのだから。

 

男としては、一度触っておきたいであろう女性の下半身。肉付きの良い部分を手で触ったら鼻血でも出るんじゃないかと考えると、興味深いけど実際やる立場になるとそうも言ってられない。

 

一夏も腹を括り、手をセシリアのボトムに伸ばそうとした瞬間。

 

 

「はいはーい、そこまで!」

 

 

横槍が入った。

 

一夏からサンオイルを引ったくると両手にあり得ない量のサンオイルを塗りつけ、セシリアの背中を触る。サンオイルを塗った手で背中を触ったのだから、当然暖められてない。突如背中を襲う異様なまでの冷たさにセシリアが顔をあげる。

 

 

「きゃっ! ち、ちょっと何を!」

 

「ほらほーらほーら、ほいほいほいーっと!」

 

「あっ、そこは……あはっ、あはははははっ!!」

 

 

背中、腕、脇腹、横腹と満遍なく塗りたくられるせいで、全身を擽られているような感覚に陥り、笑いを堪えられずに吹き出す。

 

 

「ひゃぁあああああ!? ち、ちょっと鈴さん、いい加減に!」

 

 

そしてボトムの中に手を突っ込んだ瞬間、セシリアが大きな悲鳴を上げる。さすがにセシリアにも我慢の限界が来たらしく、勢いそのままに立ち上がろうとした瞬間に、直感的に危険を感じた俺は、セシリアに背を向けるように後ろを向く。

 

すぐ後ろにはナギがおり、どうして急に振り向いたのか分からずに、困惑した表情を浮かべた。

 

理由ならすぐ分かると目で合図を送り、その時が来るまで本の少しの間待つ。感情が高ぶると、今の自分の状況まで把握できなくなる。セシリアは水着をちゃんと着ていた訳ではなく、ブラの部分は紐を外してその上に胸を置いて寝そべっている状態だった。

 

散々鈴にいじられたことで我慢の限界が来たセシリアは、ブラを外していることに気付かないまま起き上がり鈴の方へと向き直る。鈴の方向には鈴以外の人間もいるわけで、そこにはサンオイルを塗っていた一夏の姿がある。

 

故にここから先の展開など容易に想像することが出来るだろう。

 

 

「えっ!?」

 

「うわぁ!?」

 

 

立ち上がったセシリアの正面が二人の方向へ向いたらしい。水着が外れているであろうセシリアの姿を見て、鈴と一夏がそれぞれに声を上げる。どんな光景が広がっているのか見てみたい気持ちも強いが、今この場で振り向く勇気は無い。

 

心の奥底から沸き上がってく煩悩を振り払い、心頭を滅却する。

 

 

「きゃぁぁああああああああ!!!」

 

 

一際大きな悲鳴が上がったかと思うと、何かがぶつかり合う音と共に、一夏の体が海の方向へと飛んでいく。どうやら予測通りのことが起きたらしい。ISの許可区域外での展開は禁止されているのに、堂々と破る辺り、そのシステムが崩壊しているようにも思えた。

 

 

「もしかして大和くん。こうなることを予想してこっち向いたの?」

 

「まぁ、な。流石に自分の彼女が居る前で、他の女の子の素肌を見るわけにはいかないし」

 

「ふぇ? 急にどうしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

 

誰にも聞かれないような小声で話しかけたが、内容がちょっと踏み込みすぎた。俺が意識しすぎたのか、ナギが気にしていなかったのか。

 

とにかく今は海に飛ばされた一夏を回収することにしよう。なるべくセシリアの方に視界を向けないように俺は海の方へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしラッキースケベというか、ことごとく災難に巻き込まれるよな一夏って」

 

 

吹っ飛ばされた一夏が戻ってきたのは数分後、幸い顔にも痕は残っていないし傷もついていなかったし一先ずは安心だろう。先ほどまで共に遊んでいたナギはちょっと別の子たちとも遊んでくるとのことで、一旦離れ離れになった。

 

んで鈴はセシリアと鷹月の二人に旅館へ連行。理由は一夏と競争をしている際に足をつってしまい、溺れかけたから。いくら本人が大丈夫とは言っても実際は体に影響がないとも言い切れない。身を案じて二人に強制的にフェードアウトさせられた形になる。ジタバタと抵抗していたことだし、ありゃ連れて行くのは相当大変だろうな。

 

折角一夏と距離を縮めるチャンスだったのに、鈴としては災難だったのは間違いない。本人としても納得していないだろうし、案外途中で二人から逃げ出しているかもしれない。

 

 

「あ、大和! こんなところに居たんだ!」

 

「ん……んおっ!? な、何だそのバスタイルお化けは!」

 

 

背後からふと声を掛けられて振り向くと、そこにはシャルロットがいた。着ている水着は前に一夏と共に買いに行った時のものか。あの時は遠目からしか見えなかったから分からなかったが、素肌に纏う水着の色合いがシャルロットとマッチしている。

 

良好なスタイルももちろん、髪色と同系色の黄色のブラと、黒と黄色が降り混ざったパレオ。セシリアと同じように、自身の専用機に合わせた水着のチョイスが、良い感じにシャルロットの色を醸し出していた。

 

さて、シャルロットは良いとして問題はその隣にいるミイラ。

 

全身をバスタオルで覆っているせいで、誰なんだか全く分からない。体格的にはシャルロットよりも小柄だし、何となく検討はつくが、本人の口から言葉を聞くまでは断定は出来ない。

 

 

「ほら、大丈夫だって。大和に見せるために用意してきたんでしょ?」

 

「だ、大丈夫かどうかは私が決める!」

 

「その声、やっぱりラウラか」

 

 

想像はついていたが、やはりバスタオルの中身はラウラらしい。素っ裸で人の布団に入ったり人前で抱き着いたりと、恥ずかしがる素振りはここまでほとんど見せていないラウラが、ここまで恥ずかしがるとはよほど自身の水着の着こなしに自信がないのか。

 

元々お洒落には一切気を遣うことはなかったし、普段着ている服も制服か軍服、水着に関しては学校指定の水着のみしか持っていないだろうから、少し心配していたんだが……二人の口振りを見る限り、水着自体は用意してきているようだ。

 

バスタオルを取ろうとしないラウラを急かすように、シャルロットが言葉を続けていく。

 

 

「もう、折角着替えたんだから見てもらわないと意味無いよ?」

 

「ま、待て! わ、私にも心の準備があってだな……」

 

 

どれだけ渋るんだろう。

 

見せたいのか見せたくないのか、ラウラからしてみれば見せたくない訳ではなく、普段見せたことがない姿だけに単純に恥ずかしいだけだとは思う。

 

自分のファッションなんか気にも止めなかったラウラが、人に水着を見られることに恥ずかしがっている。これも彼女の中での大きな進歩になる。

 

それにいつの間にか、シャルロットとも随分仲良くなっている。女性だと判明してから、再度部屋割りが変更され、今は同室だとかなんだとか。

 

どちらにしても部屋割り変更も良い方向へ傾いているのは事実だ。山田先生にも感謝しなければならない。

 

 

「それなら、僕が一夏と大和と遊びにいっちゃうけど良いのかなー?」

 

 

そうこうしている内にシャルロットの口からトドメの一言が告げられる。ラウラだってこの臨海学校を楽しみにしていたに違いない。でなければ態々水着を新調せずに、学校指定のスクール水着を着てくるはず。

 

言っていることが本当であれば、ラウラはこの後一人取り残されることになる。そうなると居てもたってもいられなくなるはず。

 

 

「そ、それはダメだ! 私だってお兄ちゃんと……え、えぇい! 脱げば良いのだろう脱げば!」

 

 

半ばヤケクソ気味に纏っていたバスタオルを取り払った。何枚着けていたのかと分からなくなるほどの量が空を舞う。一瞬バスタオルに釣られて視線が上を向くも、すぐに下へと戻る。

 

視線に飛び込んできたのは、いつもとは違った雰囲気の水着を纏ったラウラの姿だった。黒基調のレースに、まっすぐ下ろしているだけの髪を両サイドで結わえたツーサイドアップ。

 

 

「わ、笑いたければ笑うが良い!」

 

 

このような姿をギャップ萌えというのか。普段のような強気で鋭いナイフのような雰囲気は無く、異性に自身の水着を見られていることに恥ずかしがっている。指先をツンツンと合わせながら、視線をさ迷わせる姿があまりにも新鮮すぎて、思わず笑みがこぼれた。

 

 

「な、何で笑うんだお兄ちゃん!」

 

「いや、悪い悪い! あまりにも普段と違いすぎてつい。正直ビックリした、十分すぎるくらい可愛いじゃん」

 

「なぁっ!?」

 

 

瞬間湯沸し器のようにカァッと顔を赤らめるラウラ、その様子を面白がってシャルロットがクスクスと笑う。女性の水着姿について敬意は払うが、大袈裟に言うほど俺は優しい人間ではない。

 

誰がどう見ても、贔屓目なしに可愛いと口を揃える。

 

 

「か、かかかか可愛い!? わ、私がか!」

 

「あぁ、もちろん。それとも俺がお世辞を言ってるように見えるか?」

 

「ほーら、だから言ったじゃないラウラ。絶対似合っているって」

 

「そ、そうか……私はか、可愛いのか。そんなことを言われたのは初めてだ……」

 

 

相変わらず人差し指をツンツンとさせながら照れている。ラウラが可愛くないと言いきるやつは目が節穴か、それとも色々とヤバイ性癖の持ち主かのどちらか。

 

機械じゃなきゃ愛せませんとか、爬虫類に人生捧げていますとか、本当に勘弁してほしい。

 

 

「その水着はラウラが選んだのか?」

 

「い、いや。私の部隊の部下だ……いつも手助けしてくれて助かっている」

 

「ほぉ、なるほどな」

 

 

全ては自分で選んだわけでなく、ラウラの直属の上司に色々とアドバイスを貰ったらしい。

 

ラウラの言う部下とやらには、前科もあるせいでイマイチ信用性に欠ける部分があるけど、今回に関しては良いアドバイスをしてくれたようだった。

 

そりゃいきなり人のことをお兄ちゃんと呼ぶように仕向けたり、兄妹は寝る時には一緒に布団に寝るだのと常識から外れたことを言われていたら、その気がなかったとしても信用出来なくなる。

 

あまり見詰めているのも恥ずかしいだろうし、ざらっと全体を見回して終わりにしよう。

 

と。

 

 

「霧夜くーん! 皆でビーチバレーしないー?」

 

 

どうやらビーチバレーをするようで、十数メートル先にいるクラスメートから声を掛けられる。夏の海と言えばビーチバレー、定番中の定番だ。

 

誘ってくれたのを断る理由もないし、一夏(ひとなつ)の思い出にもなる。

 

参加する意図を伝えるべく、手を振って合図した。

 

 

「あぁ、今いく! 俺以外にも二人追加になるけど大丈夫だよな!」

 

「もちろん! 私たち先にコート作ってるから早目に来てねー!」

 

「了解!」

 

 

話を纏めたところで、再び二人に視線を向ける。後々連れてきましたというのも手間だし、先に伝えることだけ伝えきってしまった。

 

 

「ってな訳だ。二人も行くだろ?」

 

「うん、喜んで! ラウラも行くでしょ?」

 

 

追加になる二人とはシャルロットとラウラのこと。シャルロットはほぼ二つ返事、だがラウラだけはどうしようかと悩んでいるようにも見えた。

 

果たして自分なんかが混じってバレーをしても良いのか、いくらラウラの本質をクラスメートが徐々に理解しつつあるとはいえ、ラウラは分からない。

 

謝罪をしてもまだ心のどこかで自分は認められていないんじゃないか……そんな不安がラウラの脳裏にはあるのかもしれない。

 

 

「い、いいのか? 私も行って……わふんっ!?」

 

 

恐る恐る、控え目に俺に尋ねてくるラウラの頭を、膝を屈めて小さな子供をあやすようにわしゃわしゃと撫で回す。突然のことでされるがままのラウラだが、やがて気持ち良さそうに目を細める。

 

何だろ、本当の妹を持った気分だ。よく兄が泣く妹をあやすように頭を撫でる仕草をテレビとかで見るけど、実際にやってみると撫でているこっちが癒される。

 

特別な手入れなんかはしてなさそうだが、指がスムーズに動くほど柔らかかった。癖になりそうだ、ずっとこのまま撫で回していても良いくらいに。

 

少しばかり名残惜しいが、撫でるのを止めてラウラを諭していく。

 

 

「良いに決まってる。俺たちは兄妹、だろ?」

 

「う、うむ……」

 

「それに、俺の妹なんだからそれくらいのことで弱気になってどうする。お前のことを影で邪険に扱ったり、悪く言うやつがいるなら俺が何とかしてやる。な、シャルロット?」

 

「ふふっ♪ 大和もお兄さんとしての姿が様になってきたよね。大丈夫だよ。誰もラウラをひとりぼっちにしたりはしないから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 

 

 

自分で言っててこれはただのシスコンじゃないかと思ったのはまた別の話。実際に可愛い妹を持つと、普通の兄はこのようになるのだと知ることが出来ただけでも収穫だ。

 

仲間だ、兄妹だと言われて嬉しそうな笑みを浮かべるラウラの手を引いて、クラスメートたちがいる方へと向かう。俺たちの様子をニコニコと笑いながら観察するシャルロットを見てると、妙に背中がむず痒くなる。

 

 

「おー、大和たちもやるのか」

 

「おう、一夏。相変わらず回復が早いな。男が二人いることだし、折角だから俺とお前は別れようぜ!」

 

「いいぜ! 今日こそこの前の借りを返してやる!」

 

 

無事に合流すると一夏がいた。

 

鈴とセシリアの姿は見当たらず、てっきり既に来ているものだと思っていた篠ノ之まで居ない。一夏ラバーズで来ているのはシャルロットのみ。

 

シャルロットのこのようなところがアドバンテージを取れる理由なんだと思うと、他のメンバーの噛み合わせの悪さに苦笑いしか出てこない。

 

 

 

 

ビーチバレーをやるのは久しぶりだし、ちょっと本気を出すとしよう。男は二人しか居ないし、必然的に俺と一夏が別れる形になる。一夏もこのまま俺に負けてばかりはいられないと気合いが入っているし、俺もやるからには負けるつもりはない。

 

まだ他のチームメンバーすら決まっていないのに、俺と一夏の間にはバチバチと火花が走る。

 

 

「おおう、きりやんとおりむーがバッチバチだぁ!」

 

「なんか……暑いね! これは面白くなりそうだよ!」

 

「じゃあチーム分けするか。えーっと、三人ペアで良いのか?」

 

「あぁ、この人数だとそれがちょうどいいな。人数増やしすぎるとそれはそれでやりづらいし」

 

 

話が纏まったところで、チーム分けを行う。一夏が周りを見渡し、参加人数から何人ペアになるかを算出する。本来ビーチバレーは二人一組で行われるのがメジャーだが、この人数を二人ずつに分けたとすると、とても回しきれなくなる。

 

人数的にも三人一組が丁度良い。俺と一夏は別れるとして、残りのメンバーはどうしよう。

 

組みたい人で組んでしまうと埒が明かない。結局あーでもないこーでもないと議論を重ねた結果、くじ引きで決めることに。この日のために作っておいたと、谷本が取り出したくじ引きでそれぞれくじを引き、そこに書かれていた番号の人間とペアを組む。

 

年頃の女の子は遊びに行く時の用意周到さが半端ない。そして全員がくじを引き終わった後、引いたくじに書かれている番号を見た。

 

結果は……。

 

 

「おにいちゃーん!」

 

「ちょ、ラウラ! お前ここ人前だっつーの!」

 

「あ、あはは……」

 

 

俺のペアは偶然にも、ナギとラウラだった。俺とペアだったことに目をキラキラとさせながら飛び付いてくる。嬉しいのは分かるにしても公衆の面前で抱きつかれるのはさすがにいただけない。

 

俺とラウラのやり取りを見ながらナギは苦笑いを、他のクラスメートに関してはまーた兄妹のじゃれあいが始まったよとでも言いたげな温かい視線を向けてくる。

 

どうやらラウラのことは異性の対象としてではなく、妹ポジションとして見ているらしい。仮にナギとかが抱きついてくれば、ラブラブだとひやかし、からかわれる未来が容易に想像出来るが、ラウラに関しては俺の本当の妹として見られているみたいだ。

 

 

……まぁ、名前も顔も似ても似つかないけど、出生は同じな訳ですし? あながち間違っているとも言い切れない。血の繋がりも調べたことがある訳じゃないし、これで本当の兄妹だとしたら笑うしかない。

 

以前は敵対心丸出しだった二人の距離が急接近していたせいで、生き別れの兄妹じゃないかなんて噂も聞くが、本当のところどうなんだろうな。年は同じだけど一般常識に弱く、体格も人形のように小柄な分、どうしても幼く見える。

 

故に一緒にいたらカップルではなく、兄妹にしか見られないわけだ。

 

 

一方のナギも、ラウラが俺に抱きついてきたり、手を繋いだりすることに関しては特に何とも思っていない様子。嫉妬の一つや二つ向けられるものだと覚悟していたのに、現実はこうも違うともなると妹ポジションの偉大さを改めて認識させられた。

 

 

「二人とも、やるからには勝つぞ」

 

「当然だ! お姉ちゃんは私が守るから安心してくれ」

 

「うん。ありがとう、ラウラさん。でも私も運動が苦手な訳じゃないから大丈夫だよ」

 

 

あまり運動している姿を見ることはないから、にわかには信じられないけど、ナギは陸上部に所属している。それもバリバリの現役選手として。

 

そこを踏まえると、普通の生徒より運動神経は良いだろうし、細かな動きも機敏だと思われる。何気にこのチームは最強なんじゃないだろうか、単純な総合的身体能力だけなら一番良いだろう。

 

だが、全員が全員バレー経験者じゃないし、相手にバレー経験者がいれば苦戦だって考えられる。

 

 

ま、ガッチガチに勝ち負けを意識しても仕方がないし、楽しむことをメインで勝ちにいこう。勝ちへのこだわりは捨てきれないんだ、許してほしい。

 

 

最初の対戦は一夏とシャルロット、そして相川のペア。相川はハンドボール部で運動神経は高いし、シャルロットも抜群、一夏もここ最近の訓練でメキメキと昔の感覚を取り戻しているし、侮れない相手だ。

 

あらかじめ作ってくれていた砂のコートに立ち、両足を少しだけ屈めながら重心を落とす。通常の地面に比べて足をとられやすいし、固めの地面でのような跳躍は期待出来ない。ならどれだけ相手がミスをするように動けるか、逆にどのような動きをすれば相手はミスしてくれるのか。

 

そこを考えた動きが重要になる。

 

 

さぁ、これからいよいよビーチバレーの真剣勝負が始まる。

 

 

特別変わったことをしたわけでもない。

 

 

だというのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”それ”は突如訪れた。

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 

不意に左目を襲う、ゴミや埃が入った時のようなズキリとした痛み。

 

砂埃でも入ったのだろうか、反射的に左目を抑えると中の異物を洗い出すように涙が溢れてくる。

 

 

「お兄ちゃん、目を抑えているけどゴミでも入ったのか?」

 

「大和くん? 大丈夫?」

 

「あ、あぁ。ちょっと目に埃が入ったみたいで……少し待っててもらっていいか? すぐに目を洗ってくる」

 

 

俺の些細な変化をラウラとナギは見逃さなかった。すぐに俺に駆け寄って俺の身を案じてくれる。

 

だがそこまで心配することでもない。

 

普段は海に来ることは無いし、少量舞い上がった砂埃が目に入っただけ。近くに水道があるし中に入ってしまった砂埃を洗い流せば症状なんかはすぐにおさまるだろう。

 

あまり大げさに見せてしまうと、かえって周りに迷惑を掛けてしまう。一旦一夏にも事情を話し、俺は一人水道場へと直行する。

 

その後すぐに目の痛みは引き、多少の充血は残ったもののビーチバレーをしている内に目の赤みは完全に引いていた。

 

 

時間は十一時(オーシャンズ・イレブン)、まだまだ楽しむ時間は十分に残っている。校外学習が始まってしまえば遊ぶ時間もそんなにないことだろう。僅かばかりの自由時間を楽しむべく、俺たちは”今”を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今後起きる悪夢のことなんて微塵も知らずに。

 

 

 

 


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