IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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臨海学校の夜-ある一室のガールズトーク-

 

 

 

 

 

時は流れて七時過ぎ。

 

ほぼ丸一日遊び倒したIS学園一行は、旅館へと戻り夕食を摂っていた。大広間に中心を囲うように置かれた座布団に座り、目の前の小さな卓袱台の上には色とりどりの料理がのせられている。懐石料理を思わせるほどの上品な作りは、とても一端の高校生が食べるような食事ではない。

 

普通に頼んだら諭吉が一枚消えるんじゃないかと思うほどの料理を提供する高校、IS学園。もはや高校といった定義には当てはまらないかもしれない。

 

見た目がよければ味も……。

 

 

「うん、こりゃ美味いわ」

 

 

期待を裏切ることはなかった。

 

普通にうまい、有名なレストランの料理を食べているような感覚になる。

 

昼も夜も海の幸を食べているが、一切外れを引かない。海に近い旅館だから海鮮系に目が行きがちだが、他の料理の質も通常のものとは比べ物にならない。メインばかりを極めるのではなく、出てくる料理全てで食べる人を満足させる。

 

まるで一つのオーケストラのようだった。

 

ご飯がおかわり自由ということでがっつくような食べ方はしないものの、箸だけを素早く動かし、既にご飯だけで三杯目に突入している。まだまだ育ち盛りだし、昼にかけては遊び倒して体力をフルに使っている。

 

空になった胃を満たすには、ひたすら目の前の料理をかき込む他なかった。料理の美味さのお陰で、その箸が止まることはなさそうだ。

 

 

「しっかしすげえなぁ。これ本わさだろ? 高校生の飯じゃねえって」

 

「本わさ?」

 

 

日本に来たばかりのシャルロットはまだ知らないことも多い。

 

特に日本特有の食べ物、大まかな名称は知っていても細かい種類までは知識が追い付いていないようだ。本わさ……俗にいうわさびの一種なのだが、日本原産のわさびをその様に言うらしい。なので辛さも風味も、従来のわさびとそう変わりはしない。

 

ただ海外だと食べたことのない人間は多いだろう。刺身の皿についている鮮やかな緑色を興味津々に見つめるシャルロット。

 

 

「あぁ、そういえばシャルは知らないのか。本物のわさびをすりおろしたものを本わさって言うんだ」

 

「え? じゃあ食堂の刺身定食でついているのは……」

 

「あれは練りわさ。合成したり着色したりしているから、味は大きくは変わらないんだけど定義がちょっと違うかな?」

 

「へぇー、じゃあこれが本当のわさびなんだ」

 

 

お皿についているわさびの塊を摘まみ上げて、自らの眼前に箸を持ってくる。ここ数週間で箸の扱いにも慣れたようで、苦も無く使いこなしている。海外だとカトラリーを利用するケースがほとんどだし、箸を握ることは皆無。海外の留学生とかが日本に来て初めてぶち当たる難関は、箸の使い方だと言っても過言ではない。

 

小さい頃から使っている俺たちからすれば簡単だが、日本に来てまだ一カ月ちょっとのシャルロットからすればかなり難しい動作になる。それでも短期間で順応してくる辺り、彼女の適応力の高さを伺える。

 

が、今問題なのはそこではない。

 

わさびの塊を摘まみ上げてどうしようと思っているのか。数秒先の未来が見えるなんて素敵な能力だが、生憎そんな特殊な能力は持ち合わせていないし。現状を見ていれば誰でも把握できるようなこと。

 

何の迷いもなく箸で摘まんだわさびの塊を口の中へと放り込んだ。

 

 

「えっ!?」

 

「うわぁ……」

 

「―――――ッッッッ!!!?」

 

 

悲鳴にならない悲鳴を上げつつ、持っていた箸をカランと落とした。

 

強烈に鼻を刺激する痛みに耐えるため、反射的に鼻をつまむ。目元に涙をためているし、相当辛かったんだろう。見ているこっちまで痛くなりそうだ。

 

 

「お、おい……大丈夫かシャル?」

 

 

シャルロットを挟んで左隣にいる一夏が顔を覗き込む。

 

今の俺の立ち位置はシャルロットの右隣、左隣に一夏がいる。興味本位でわさびをあれだけ口の中に入れたらそうなる。それに本わさを知らなかったら尚更。名前が若干違い、練りわさに比べると高級品であるところにシャルロットも興味を持ったんだろうが、辛味があるのは変わらない。

 

 

「ら、らいじょうぶ……ふ、ふうみがあっておいひいよ……」

 

「どこまで優等生なんだよ」

 

 

どこぞの食レポをしているかのように、本わさに対する感想を述べているシャルロットだが、辛味のせいで上手くろれつが回り切っていない。

 

その姿に見かねた一夏が慌てて湯呑にお茶を入れて手渡す。それをひったくるかのように受け取ると、ごくごくと一気に飲み干していった。

 

 

「っ……う……」

 

 

シャルロットの件が一段落したかと思えば今度は一夏の左側から聞こえてくる、何かを我慢するような唸り声。元の声質も相極まって、アダルティな声に聞こえる。ひざ元を何度もこするようにし、必死に正座を崩すまいと我慢していた。

 

俺や一夏は何度も正座の経験があるから、食事程度では足がしびれることは無い。だが、普段正座をしない人間であれば話は別。正座は日本でこそ当たり前だが、外国で正座をしながら食事をする機会はまずない。そのような点でシャルロットはなじみ過ぎているっていえばそうかもしれない。

 

ラウラはもとよりテーブル席で食事をとっている。とはいってもラウラが仮に座敷だったとしてもこれくらい軍隊の訓練に比べればどうってことは無いと言い切りそうなもの。

 

……まぁ、ラウラもラウラで食事の席に着くときに散々俺の隣が良いと駄々を捏ねたが、そこは我儘を言わないようにと説得させて今の場所に座ってもらっている。年頃の妹を納得させるのは大変だと思いつつも、どうにも甘やかしたくなる。

 

血がつながっている訳ではないが、ここまで甲斐甲斐しく世話を焼いていると、もう周りから兄妹と言われたところで、何ら不自然は無くなった。最近は如実にそう思うようにった。

 

 

さて、一夏の隣でずっと唸り声を上げているのは、他でもないセシリア。料理に全く手を付けていないところを見ると、演技でもなく本気で辛いらしい。

 

 

「大丈夫か? 正座が無理ならテーブル席に移動したらどうだ?」

 

「へ、平気ですわ……こ、この席を確保するのにかかった労力に比べれば……」

 

 

セシリアの口から、隣の席を確保するために労力を使ったことが呟かれる。聞こえるか聞こえないのかの小さな声だったがために、一夏やシャルロットにはその声は聞こえていない。聞こえていないというよりは意識が向けられて無かったんだろう。

 

シャルロットは辛さから回復したようで、再び食事を続けている。一夏は何か聞こえたなと思いつつも、内容までは把握出来なかったらしく何を言ったのかとセシリアに尋ねる。

 

 

「席? 席がどうかしたのか?」

 

「い、いえ! な、なんでもありませんわ!」

 

「一夏、女の子には色々あるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

 

好きな異性の前では隠しておきたいこともある。本当ならセシリアだってテーブル席で食べた方が楽なはず、なのにどうしてわざわざ慣れない座敷にしたのか。そこが分かれば一夏もセシリアに好意を持っている証拠にもなったが、残念ながらそうでは無かった。

 

一夏のシャルロットに対する返事を聞けばわかる。

 

 

「なら、セシリア。俺が食べさせてやろうか? 前にシャル……むががっ!?」

 

「い、一夏っ!」

 

 

セシリアの身を案じ、食べさせてやろうかと持ち掛けた一夏の口を両手で塞ぐシャルロット。前半はまだしも後半は完全に言ったらマズイ単語だったのは容易に想像できる。

 

現にシャルロットの慌てぶりを見れば一目瞭然。

 

俺たちの見ていないところでそのような行為があったのは明白だし、誰にも知られたくない二人だけの秘密なのも分かる。

 

とまぁ、はたから見ればすぐに気付きそうなものだが……。

 

 

「そ、それは本当ですの! その、食べさせてくれるというのは!」

 

「「えぇ、そっち?」」

 

 

セシリアの返しに、二人の声がハモった。それも綺麗なくらいに、狙っているんじゃないかと思うほどに。

 

セシリアにはシャルロットに一夏が食事を食べさせたという事実はどうでもよく、食べさせてくれると言ったことの方が気になったらしい。嬉々とした表情を浮かべながら一夏に顔を近づけてくる。

 

 

「せっかくのお料理、残したりしたら申し訳ありませんものね!」

 

 

足のしびれを忘れているかのように目を輝かせながら、置きっぱなしにしていた箸を一夏へと渡す。

 

一瞬戸惑いつつも、セシリアから箸を受け取り刺身へと箸を伸ばす。鮪の赤身を掴み、セシリアの要望で少量のわさびを赤身の上に乗せると醤油をつけて口元へと持っていく。

 

お前らはカップルかというツッコミは無しにして、これだけ生徒たちが密集する中で食べさせようとしたら抗議の声が上がるに決まっている。

 

セシリアの隣に居た相川が即座に大きな声を上げた。

 

 

「あぁー! セシリアズルい!!」

 

「織斑くんに食べさせてもらってる!」

 

 

相川の声につられて、会話を楽しんでいた生徒たちがわらわらと群がり始める。一夏は専用機持ちたちの所有物ではないと、以前抗議の声が上がっていたのを思い出す。正直一夏と距離の近さだけでいえば、シャルロットやセシリア、鈴に篠ノ之とほぼ横一線に並んでいるのに対し、その他の生徒たちは四人に比べると一歩遅れている。

 

当然、こんな時まで一夏を独占されたら納得が行かないのも分かる。少なくとも一夏に好意を持って接したい生徒も何人かいるはずだから。

 

 

「ず、ズルくありませんわ! これは隣の席の特権ですのよ!」

 

「それがずるいって言ってるの!」

 

「織斑くーん! 私も食べさせてー!」

 

 

事態はますますヒートアップ。止める手段など持ち合わせていない一夏はおろおろと周囲を見渡しながら、最終的に俺にヘルプを求めてくる。むしろこの場で俺が仲介に入ったら、尚更事態がこじれて収拾がつかなくなる。この場は俺が下手に手出しをしない方がよさそうだ。

 

これで上手く逃げられる。

 

そんな甘い期待を抱いていた俺が浅はかだったと気付くのはそう遅くなかった。

 

 

「それなら私は霧夜くんに食べさせてもらおうかな?」

 

「なぬっ!?」

 

 

背後から聞こえた声に振り向くと、そこには別のクラスメートたちが既に群がっていた。時すでに遅し、何をどうしたところで俺は逃げられない程に膨れ上がった生徒たちの大群は、まるで獲物を見つけた獰猛動物のように目をぎらつかせている。

 

 

「あーズルい! 私も私も!」

 

「織斑くんが駄目なら霧夜くんよ! 皆の者かかれえええ!!」

 

 

完全な風評被害に等しいこの現状をどう打破しようかと考えるも、それすらも上回る速度で押し寄せてくる女子の大群。

 

これ以上どうしろと、半ば諦めかけた矢先に背後のドアが勢いよく開かれた。

 

 

「お前たちは静かに食事をすることも出来んのか!」

 

 

一喝と共に群がっていた生徒たちが一瞬のうちに自分たちの席へと戻る。

 

扉を開けたのは別室で食事をとっていた千冬さんだった。確か教員は俺たちの大広間からは反対側に位置する部屋で摂っていたはず。隣の部屋ならまだしも、反対側の部屋までこの部屋の騒音が聞こえていたとすると、相当騒がしかったに違いない。

 

臨海学校だしテンションが上がるのも仕方ないが、節度は弁えるべきだ。

 

にしても入ってきたのが千冬さんだと分かるや否やのクラスメートの行動の速さと言ったら凄まじいものがあった。まぁこの場合はそれが最も良い決断だろう。さすがに千冬さんを敵に回すことで、どのようなことになるか分からない程、理解能力が乏しい人間はうちのクラスにはいない。

 

千冬さんの介入で静まりを取り戻した大広間だが、食べさせる行為を中断されてしまったセシリアは終始、不機嫌な表情のまま食事を進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあー、折角織斑くんと遊ぼうと思って色々持ってきたのに……」

 

「まさか織斑先生と一緒の部屋だなんて、ツイてないよねー」

 

「はぁ……」

 

 

机の上に無造作に置かれた数々のテーブルゲームの数々。UNNOにトランプ、花札にすごろくといったボードゲームまで。これだけあれば出店でも開けるんじゃなかろうかというくらいに、広げられたゲームを見つめながら少女たちは大きなため息をつく。

 

事実を知ったのはつい先ほどのこと。

 

一夏の部屋の場所を知らなかったクラスメートは夕食後、真っ先に一夏の元へと向かう。ここに関しては競争だ、一番早く声を掛けた者が誘うことが出来ると言っても過言ではない。それに声を掛けられたら断りづらくなる、一夏の性格からして、一番最初に声を掛けてしまえばチャンスはある。

 

そんな淡い期待は一瞬にして消し飛んだ。

 

机の上に体育座りをした谷本癒子が残念そうにおさげ髪を触る。一夏と遊ぶことを前提に考えていた夜のカリキュラムがなくなってしまったことで、彼女たちはどうすることも出来ずにただ部屋で黄昏ることしか出来ないでいた。

 

 

「うーん。霧夜くんはいつの間にか居なくなってたし、ガード固いよねぇ」

 

「ねー、ホントそう思う。頼りになるし、いい人なんだけど絶対に一線は越えさせないというか……」

 

「でも気持ちは分かるかなぁ。それに霧夜くんもきっと織斑先生の近くの部屋じゃないかな? 結局それなら部屋に行っても騒げないし、どっちにしても同じだよ……」

 

「「はあぁぁ……」」

 

 

年頃の女の子が揃いも揃ってため息を連発させる。この部屋は全部で五人が収容できる部屋となっている。ルームメイトは谷本癒子、岸原理子、布仏本音。

 

 

そして……。

 

 

「ただいまー! ってあれ? 皆どうしたの?」

 

「何か我ここに在らずって顔してるけど……」

 

 

買い物から戻ってきた相川清香と鏡ナギの二人を合わせて五人になる。二人の手には旅館の売店で買ったであろうお菓子に、飲み物の数々。

 

夜に備えての買い物だろうが、戻ってきて早々暗い顔を拝めることになるとは思ってみたなかったはず。スリッパを脱いで座敷に上がると、買ってきたお菓子や飲み物の入った袋を机の上に置く。

 

 

「おりむーの部屋には織斑先生がいて、きりやんの部屋も織斑先生の近くだって考えると、楽しみが一つ減っちゃったような気がしてー」

 

「え!? そうなの! 何か売店にいた子たちも静かだなーって思ってたけど、そういうことだったんだ。 えー! 残念……」

 

「そうなんだ……うーん、でも仕方ないよね。二人とも人気だから、織斑先生も気を遣ったのかも」

 

 

本音の口から語られる事実に、若干ながら落胆の表情を隠せないのは清香だった。あわよくば少しでもお近づきになろうと考えていたのかもしれない。

 

一方で終始落ち着いた表情なのはナギだった。

 

他の四人とは違い、一人だけ優位に立っているようにも見える。最も、この中で一番優位に立っているのはナギで間違いない。

 

まだ男女の関係になっていない四人に対し、ナギはもう既に男女の関係になっている。大和に対して明確に想いを持ってからというもの、ここにいる四人はナギのことを応援している。

 

度々進捗を聞いてはアドバイスを伝えることも多々あったが、ここ最近はめっきり減っている現状。四人も相談がないことをどこか寂しく思いつつも、上手くいっているのだろうかと心配をしているのも確か。

 

 

「あ、ねぇねぇナギ。最近霧夜くんとはどうなの?」

 

「わ、私?」

 

 

そういえばここ最近はどうなのか、そんな何気ない思いから会話が始まった。

 

まさかこのタイミングで話を振られるとは思っていなかったらしく、『霧夜』の単語を聞いたナギの顔がほのかに紅潮する。

 

今は臨海学校中だし、それぞれの恋ばなに花を咲かせるのは当たり前で、噂になっている男性と仲良くしている女性がいれば、それは格好の的になる。

 

いくらナギが否定しようとも、大和とナギが周囲より親密な仲にあるのは確か。特に一組の面々は、学内での二人の様子をしっかりと見ている。

 

とはいってもプライベートの部分までは追いきれてはいない。だが二人がちょこちょこと何処かに出掛けている姿も散見されるし、普段の日常生活から見ても雰囲気が良いのは伝わってくる。

 

挙げ句の果てには専用機持ちを除けば、数少ない大和のことを名前で呼ぶ人物の一人であり、逆に大和からも名前で呼ばれる人物の一人でもある。

 

 

「そ、そんなこといきなり聞かれても……」

 

「おぉ? その反応はもしや何か進展があったのかな?」

 

「ふふふ……おじさんしってるよ? 臨海学校前の休日に二人で出掛けたことを!」

 

 

いきなり聞かれてもとワタワタとあわてふためくナギだが、逃げようと思っても無駄だと言わんばかりに手をワキワキとさせながら、ナギへと近付いていく癒子、理子の両名。端から見たら、ただのエロ親父が詰め寄っているようにしか見えない。

 

 

「ふ、二人とも目が怖……えっ!? 本音ちゃんと清香ちゃんまで何してるの!?」

 

「ふっふっふっ、おじさんもナギの恋愛事情には興味あるなぁ!」

 

「かがみん、観念するんだよー!」

 

「ちょっ! わ、分かったから! ど、何処触って……んんっ! やめっ……んぁっ!」

 

 

残った清香と本音がナギの背後に回り込むと、彼女の体を取り押さえに掛かる。お前らは警察の強行班かと言いたくなるほど連携の取れた動きに、ナギは為す術もなく動きを封じられた。

 

ジタバタと動いている内に二人の手が際どいところに触れてしまい、度々妖艶な声を上げる。このままでは周りの部屋にまで会話を知られてしまうと観念したナギは、両手を上げて降参のポーズを取った。

 

これ以上抵抗しても無駄なことがよく分かったからだ。

 

それに、何やかんやここにいるメンバーには世話になっている。男性が魅了されるような服を教えてくれたり、化粧も手伝ってもらったりした。色々と影でサポートしてくれるなど、ナギとしては本当に助かった。

 

あの日のことは二人だけの秘密として隠しておこうと思ってはいたものの、出掛ける姿を見られては隠しようがない。それに怪しがってコソコソと出掛けたら、かえって怪しまれる。

 

なるべく人目につかないように外へと出たが、他クラスの目は誤魔化せても、クラスメートたちの目は誤魔化せなかった。

 

 

「ぜ、絶対に言っちゃダメだからね!」

 

「「うんうん!」」

 

 

個人の恋愛のことを、ホイホイと言いふらすような人間ではないのはナギが一番よく分かっている。他言無用だということを強調して伝えた後、大和と出掛けた時のことを話し始めた。

 

 

「臨海学校ってことで水着を買いに……」

 

「ってことは今日着ていた黒のビキニって霧夜くんに選んでもらったとか!?」

 

「う、うん。そうだけど……」

 

 

開口早々の食い付き振りに驚きを隠せなかった。

 

今日着ていた水着は大和が選んでくれたものであり、試着した中では最も大和が反応を示してくれたものにもなる。

 

大和の反応も楽しみに着用していたのもあるが、その前に鈴に好き放題されたイメージが強すぎて、あまり良い思い出が無かった。

 

ただ、大和が着ている姿をチラチラと頻繁に眺めていたのは知っているし、彼女にとっては彼が喜んでくれるだけでも十分嬉しかった。

 

 

「う、羨ましい」

 

「ぐぬぬ。霧夜くんと二人きりで、かぁ。いいなぁー!」

 

 

彼女たちもまた年頃の女の子であることに変わりない。二人のシチュエーションを想像したんだろう、両手を頬に当てながら羨ましそうにナギを見つめた。

 

気になる異性と買い物に出掛け、自ら着用する水着を一緒に選んでもらう。つまり自身の好みだけではなく、相手の好みに合わせた水着を選ぶことが出来るから、海やプールで水着を着けた時の、相手に与える好感度は従来よりもグンと上がる。

 

まず男女二人きりで買い物に出掛けることが、羨望の象徴とも言える。IS学園に入学した以上、どうしても男性との関わりは激減するのだから。

 

 

「それでそれで? 他は何処行ったの?」

 

「お昼は近くのレストランで摂ったんだけど」

 

「ま、まさかあの『あーん攻撃』とか!?」

 

「し、してないよ! 周りに人もいたし!」

 

「じゃあ、人が居なかったらしてたの?」

 

「うぅ、それはそのぉ……」

 

 

手をモジモジさせながら恥じらうナギの姿を、ニヤニヤと見つめる四人組。いつもは良い友達でも、この時ばかりは悪魔に見えたと言う。

 

彼女も『あーん攻撃』がやりたくなかった訳ではない。好きな人と一緒に出掛けるのだから、甘えたいと思うのが当然。それでも人前でやるほどの度胸は無かった。

 

今なら出来るだろうか、そう思いながらも周囲の目を気にすると、どうしても手は出し辛い。背伸びしてもろくなことはないし、ゆっくりと進んでいけば良い。それがナギの中での結論だった。

 

 

「あーん! 私にもそんな男の子の知り合いが欲しかったなぁ!」

 

「男の子の知り合いって、織斑くんも霧夜くんも知り合いじゃん!」

 

「でも織斑くんも競争率高いし、霧夜くんには……ねぇ?」

 

「うん、それは私も思う。絶対的に越えられない"壁"がいるし」

 

「「うんうん!」」

 

 

それぞれが顔を揃えて、ナギの方を見つめる。

 

 

「ふぇっ?」

 

 

私? と驚きの表情を隠せないまま首を傾げる。誰がどう見てもナギに決まっている。既にクラスメートたちは大和を追いかけるのを諦めるほどに、二人の距離感は近い。

 

本人たちは無自覚なんだろうが、周りから見ればとても踏み込めるような関係ではないことくらい分かる。

 

実際既に付き合っているのだから、あながち完全に踏み込むことが出来なくなったと言っても過言ではない。手出しをする可能性があるとすれば、身近にいるラウラかもしくは楯無くらいか。

 

 

「またまたぁ、とぼけちゃって! それに、まさかそれで終わりじゃ無いんでしょ?」

 

「え、えぇ!? まだ言うの!」

 

 

大和との関係がバレてるんじゃないかと思うほどに、的確な話の流れになってくる。

 

元々聞かれたら親密な知り合いだけには話そうと思っていたが、ここまで来ると全てを見透かされているようにも見えた。

 

一瞬戸惑うも、再度ゆっくりと、今まで以上に顔を赤らめながら、覚束無い口調で話を進め始めた。

 

 

「その、最後は遊園地に行って……」

 

「「遊園地っ!!?」」

 

「こ、声が大きいよ!」

 

 

最後の最後に出てきた遊園地という単語に今日一番の食い付きを見せる面々。ごくりと唾を飲み込みながら、続くナギの話を待つ。

 

デートの最後に遊園地を訪れるのは、もはや告白の鉄板の流れである。遊園地に行く意味を理解出来ないほど、彼女たちも子供ではない。

 

 

「か、観覧車に乗って……その、あの……」

 

「……」

 

「や、大和くんに……す、す、す……好きって」

 

「「きゃー!」」

 

 

全部言い切ったナギを黄色い歓声が包み込む。言い終えたナギは耳まで顔を赤くしながら、下をうつ向いてしまう。寮の前でキスをしたという部分に関しては触れなかったが、それでも一日の全容を話した形になる。

 

女性の誰もが羨む、一つのストーリーになりすぎた一日の展開に、歓声を上げずにはいられなかった。この時間帯はまだ自由時間のため、大きな声を出そうが織斑先生の逆鱗に触れない限りは問題ない。

 

それに大声で騒いでいるのは、別にこの部屋だけではないし、別段驚かれるようなこともないだろう。

 

 

「うっそ! それ本当に!?」

 

「う、うん」

 

「ど、どっち! どっちから言ったの!?」

 

「えっと……大和くん、からかな」

 

「おー! きりやんも隅に置けないなー!」

 

 

ワイワイとまるで自分のことのように喜び、盛り上がる四人に対して、完全に一人取り残されるナギ。

 

まさか自分のことでここまで盛り上がるとは思ってなかったらしい。話した相手がこの四人で良かったと、心からそう思うナギだった。

 

 

「くぅうう! 私たちも良い恋愛しなきゃ!」

 

「その前にまず相手を見つけないとね。織斑くんは倍率高すぎるし……合コン?」

 

「合コンって、誰が開くの? 私あまり男子の知り合い多くないし」

 

「そこは……理子あたりどうなの?」

 

「わ、私もそんな男の子の知り合い多くないよ! それを言うなら癒子はどうなの!」

 

「私もそんなに多くないかも……」

 

「「はぁ……」」

 

 

大きく溜め息を吐きながら、自らの状況を再認識する。

 

ここはIS学園、女性の園。

 

異性を見つける方が難しいくらいなのだ。出会いを求めるためには、男性と知り合わなければならない。知り合うためには何かしらの方法で男性と出会わなければならないが、現状男性と繋がりがある女子がほとんど居ない。

 

一例として、入学してきた男子と付き合えたという意味ではナギのケースがあるが、たまたま入学してきた男性操縦者のうちの一人と、フラグを立てるというケースがあまりにもレアすぎて全く参考にはならない。

 

探し出すためにはツテを探し出すか、自ら交友を広げて行くか。一見簡単そうに見えるが、何度も言うようにIS学園は"共学校"ではない。男子の母数がほぼゼロに等しい中、そこから男性の知り合いを見付けるのは至難の技。

 

そもそも最初からそれが出来るなら先代からやっているだろうし、やっていないのは出来ないから。

 

故にIS学園にいる間は異性の相手が出来る可能性は、かなり低い。それは彼女たちの表情を見ていれば一目瞭然、ズーンとした暗い雰囲気が広がる。

 

 

「何かすごーく負けた気分。別に一人の男の子を取り合ったわけでも無いのに……どうしてなんだろ?」

 

「そうだよね。なんだろう……」

 

 

相変わらずの四人の反応に、フォローの声も掛け辛くなってしまう。

 

僻みを向けられている訳でもないのに、自身の現実を知ってしまったことで、より落ち込んでしまった四人。今は声を下手に掛けない方が良いのかもしれない。

 

 

「わ、わたしちょっと風に当たってくるね!」

 

 

一旦落ち着かせる意味でも外に出た方が良いと判断したナギはおもむろに立ち上がり、入り口へと向かう。

 

まだ完全消灯まで時間はあるし、ロビーで少し時間を潰せば皆も落ち着いてくれるはず。

 

ふすまに手を掛けようとした刹那、ふと後ろから声が掛けられた。

 

 

「あぁ、ごめんねナギ。変に気を遣わせちゃって。でも、本当におめでとう」

 

「私たちもナギっちに続かないとね!」

 

「私も、霧夜くん以上に良い男の子を捕まえるから見ててよ?」

 

「私も頑張るー!」

 

 

背後から掛けられる祝福の声の数々、振り向いた先に飛び込んできたのは、先ほどまでのこの世の終わりのような表情ではなく、あなたに負けないようにと意気込む四人の姿だった。

 

皆の表情を見ていれば自然と分かる、お世辞でも偽りでもない、本心からの祝福に思わず涙腺が緩む。良い親友をもって良かったと、改めて思えた。

 

 

「みんな、ありがとう!」

 

 

……私も皆に負けないように頑張らないと。

 

少なくとも皆に誇れるような、大和に釣り合えるような彼女になろうと。改めてナギは心に強く誓い、部屋の外へと出掛けるのだった。


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