IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第九章-Unknown existence-
顕れる天災


 

 

 

 

 

 

―――臨海学校二日目。

 

この日が俺にとって、人生の中で一位二位を争うレベルでの最悪な一日だったことを、いつまで経っても忘れないことだろう。

 

 

 

 

 

完全な自由時間だった初日とは違って、二日目は丸一日、実戦演習の訓練となる。昨日まで遊び呆けていた連中も、今日はキリッと引き締まった真面目な顔立ちをしている。

 

遅くまで起きてた子たちも何人か居たにも関わらず、疲れを全く感じさせない。

 

……俺も割と寝れた方だとは思う。

 

寝たと言うよりかは、気を失って気付いたら明け方だった。部屋に入ってすぐの床に倒れ込んでいたせいで身体中の節々が痛いわ、体中汗だくでびしょびしょだわ、体全身にのし掛かる疲労感が凄まじかった。

 

幸い、目の痛みも治まってはいたが、いつ痛み始めるかの恐怖感に襲われてしまい、一回起きた後は一度たりとも寝れずに終わる始末。痛みが治まってくれたのは良かったが、次同じ痛みが出たらと思うといてもたってもいられなくなる。

 

正直、全く笑えない。

 

朝起きて鏡を見ても目が腫れている訳じゃないし、充血している訳でもない。痛みの原因を突き止めることが出来ず、いつ痛みが出るのかと、不安感は拭い去れないまま今日を迎えた。

 

 

「大和くん」

 

「うん?」

 

「その……大丈夫?」

 

 

隣にいるナギが心配そうな声で顔色を伺ってくる。心配そうな声なのは十中八九、昨日の夜の出来事が原因だろう。

 

人前で痛がる素振りやあからさまに体調が悪そうな表情を浮かべることが無かった手前、ナギの前で盛大にやらかしてしまったことに後悔している。

 

痛みを我慢して部屋に帰っていれば……などと当時のことを振り返っても遅い。

 

あの痛みは堪えきれる痛みではなかったし、急に部屋に戻るようなことがあれば、かえって何かあったのではないかと怪しまれる確率が高まるだけだ。

 

どうナギに返そうか、考えるもナギを一発で説得させる言葉が見付からない。これだけ心配をかけているから、何を言っても変わらない気がした。

 

だが、多少なりとも伝える言葉が俺にはある。身を案じてくれたことに感謝しなければならない。

 

 

「あぁ、痛みは治まったよ。ありがとう心配してくれて」

 

「……」

 

 

納得出来ないと言わんばかりの表情だ。

 

そりゃ昨日の今日で納得できる訳がない。あれだけ痛がってた人間が次の日に何とも無いと言ったところで、信憑性があるはずもない。

 

現状痛みがないのは事実だし、左目に変わった症状は無いけど、いつ痛みが再発するか分からない。

 

ナギの気持ちもよく分かる。俺の性格を考えてもまた我慢しているんじゃないかと、疑いを掛けるのは当然だと思う。

 

何度もナギを誤魔化してきている。答えをはぐらかし、自分が何をしているのかを伝えないまま。そんな俺の事情も汲み取って、ナギは俺がしていることを一切追求しなくなった。

 

だが追求してなくなったのは仕事のことのみであって、俺の体に何かあったら話は変わってくる。初めて二人で出掛けた時のことになる。

 

 

『大和くんが傷付くのだけは見たくない』

 

 

ナギが涙ながらに伝えたのは記憶に新しい。極力心配はかけまいと努めてはいるも、今回のようなイレギュラーは対応のしようが無い。

 

 

「大丈夫。痛みは治まっているし、特に腫れてるわけじゃない」

 

 

更に不可解な点が一つある。

 

そう、悶絶するほどの痛みがあったというのに目は一切腫れなかった。鏡で目を見ても、充血の一つもしていない現状に、俺自身が一番首を傾げるしかない。

 

昨日の痛みは気のせいで、全て夢だったんじゃないかと思うほどだが、ナギが知っている時点で事実であることを物語っている。

 

 

「……分かった。でも無理だけはしないでね?」

 

「あぁ」

 

 

話に一区切りついたところで、前へと向き直る。もう前には千冬さんがいて話しているし、これ以上目立った行動をするのは死を意味する。この距離だとしても出席簿を自在にコントロールして俺の脳天へと直撃させるだけの技量は十分持ち合わせていることだ。流石にこの場で痛い思いをしたくはない。

 

 

「ようやくこれで全員だな。おい、遅刻者」

 

「は、はいっ!」

 

 

遅刻者と突っつかれてラウラはビクリと体を震わせながらも、背筋をピンと伸ばしてどんな処罰でも受け止めると覚悟を決めた軍人染みた表情を浮かべる。

 

話題には一切上げなかったが、全員が集合した後、数分遅れで列へと入ってきた。寝坊したんだろうけど、あのラウラが寝坊するなんて相当珍しい。それこそ昨日何かあったのではないかと心配するほどには。

 

インパクトと元々の雰囲気で勘違いされがちだが、実際IS実習の成績、学業共に優秀と、非の打ち所の無い成績を残している。

 

俗に言う優等生であり、遅刻をするなど最も考えられないような人物が遅刻をしてきたことに驚きを隠せなかった。

 

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみせろ」

 

「は、はい。ISのコアはそれぞれ相互情報交換のための―――」

 

 

つらつらと難しい単語の羅列を並べるラウラの説明は分かりやすいようで、普段学習していない人間からすればお経のようにしか思えない。

 

既に俺の視界に入る何人かの人間の頭上にはてなマークが浮かぶ。実際見えたわけじゃないが、反応を見る限り全然が全員理解している訳じゃなかった。

 

そして案の定というか、出来れば予想が外れてほしいと思っていたにも関わらず一夏も同じように難しそうな顔を浮かべている。あれは完全に分かっていない時の表情だ。

 

 

「ふん、まぁいいだろう。今回は目を瞑るが、次は無いと思え」

 

 

千冬さんの一言にラウラはほっと胸を撫で下ろす。

 

しかし難しいISのコア・ネットワークについて、噛みもせずに説明できるのはさすがとしか言いようがない。

 

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 

千冬さんの指示に従い、全員が行動を始める。

 

俺も別に専用機持ちじゃないし、一般生徒に紛れて行動をしようかと思い立った矢先。

 

 

「あぁ、篠ノ之と霧夜はちょっとこっちにこい」

 

 

準備を手伝おうとした瞬間に千冬さんからお呼びの声がかかる。どうしたのだろうか、個人的な説教は心当たりがないし、篠ノ之と二人で呼ばれる理由が見当たらない。

 

何だろうと首を傾げながらも、千冬さんの元へと歩み寄る。

 

 

「お前たち二人には今日から専用機が―――」

 

「ちーちゃーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 

千冬さんが話している途中、突如周囲に響き渡る声。どこか幼さが残る間延びした声に聞き覚えがあった。声の発信源はどこかとキョロキョロと見回すと、崖の一角、どちらかといえば急斜面だろうか。

 

到底人間が登り降りするような場所じゃない急勾配を、物凄い勢いで駆け降りてくるウサミミをつけた人間が一人。

 

不思議の国のアリスをモチーフにした服装に、不釣り合いなまでの大きな胸。それに伴わないほど幼い見た目と態度。

 

その人物とは―――

 

 

「とう!」

 

 

坂を駆け降りた反動で大きく跳躍すると、ある一点に向かって飛び込んでいく。同時にゴキッという関節をならす音が聞こえた。

 

普通なら関節を鳴らした時になるような音ではない。だが俺ははっきりと聞いてしまった、見てしまった。こちらに飛び込んで来る獲物をジッと見つめながら、左手を鳴らす千冬さんの姿を。

 

 

「やあやあ、ちーちゃん会いたかったよ! さあ、ハグハグして愛を―――ぶへっ!?」

 

 

千冬さんに飛び込んだかと思うと、狙いを定めた千冬さんが手を伸ばして相手の頭を掴む。すると間抜けな声をあげて、その人物は止まった。

 

 

「ふっ、相変わらず容赦の無いアイアンクロー……ちょ、ちょっと待ってちーちゃん! 本気で痛くなってきたよ!」

 

「そうか、ならこのまま握り潰されるといい。一旦潰せばお前のお花畑な頭も何とかなるだろう」

 

「おおう、脳内変革ってやつ? いいねぇ、束さんすごく興味があるよ。ちーちゃんのお堅い頭も一度あばばばばばば!?」

 

 

間接的に悪口を言われたことに苛立ちを覚えたのか、千冬さんの締め付ける力が一層強くなる。力が強くて抜け出せずにジタバタともがく姿がなんとも滑稽だが、本音を言ったら失礼。

 

うん。今までの一連の会話だけを察するに、以前あったことがある人物らしい。否、らしいではなく会ったことがある。

 

人を見た目で決めるな、なんてよく言われるが正直苦手だ。

 

 

「た、束さん?」

 

 

付近にいた一夏がその名前を呼ぶ。

 

篠ノ之束。稀代の天才にして天災。この世に究極兵器、ISを生み出した張本人。

 

仕事を一度だけ一緒にしたことはあるが、それ以外の関わりと言えばIS学園に入学する前に、遠隔操作で勝手に人の着信音を変えられたことくらいか。

 

会話をしたのもそれが最後であり、会話自体も大したことを話さなかったような気がする。対人コミュニケーション能力がお察しの通りだったが故に、まともな会話は何一つない。

 

 

「うぅ、頭が潰れちゃう……」

 

「自業自得だ馬鹿め」

 

 

酷い言われようだ。

 

二人共友人関係にあるみたいだが、二人のやり取りを見ていると、千冬さんが一方的に突き放しているようにしか見えない。これだけを見ると誰とでも話すことが出来る人なんだが、その他の第三者になった瞬間に、絶対零度の拒絶が始まる。

 

一度やられたが、本当に生ゴミを見るかのような目と表現するのが正しい。親しい人間に対する態度と、その他の第三者に対する視線が違いすぎる。

 

一回でも経験すると、よく分かるだろう。もしかしたら盛大に心をへし折られるかもしれないけど。

 

 

「いたた……あ! いっくん!」

 

「ど、どうも束さん」

 

 

殴られた痛みはどこへやら。一夏の顔を見るなりぱぁと顔を明るくして、まるで嬉しさから子犬が尻尾を振るように、ブンブンと手を振る。

 

どうやら一夏は親しい間柄になるらしく、笑顔を絶やすことはなかった。

 

さて、問題は彼女が、何をしに来たのかだが……。

 

 

「やぁ!」

 

「……どうも」

 

 

反射的に岩影に隠れようとした篠ノ之にテンション上げ上げのまま声を掛ける。

 

名字が同じの段階であらかた推測できたが、二人は姉妹だ。似てないと思ったのは最初だけで、篠ノ之にも姉の面影がある。髪色は別として容姿もそうだし、目元も不眠症によるクマがなければきりっとした日本美人らしい目付きになるだろう。

 

 

「えへへ~久しく会わない間に大きくなったねー! 特におっぱいが……ぎゃふんっ!?」

 

 

手をワキワキとさせながら篠ノ之の胸に手を近付けていくが、両手が胸に触れる前に頭を衝撃が襲う。何とも間抜けな声を上げながら、痛みに堪えきれず場にうずくまった。

 

篠ノ之が握っているのは日本刀の鞘。

 

一歩間違えたら犯罪レベルだが、あらかた加減をして殴ったんだろう。加減されてるとは言っても、鞘で殴られたいとは思わない。

 

てかどっからその日本刀出した。まさか隠し持っていた訳じゃあるまいし。

 

 

「殴りますよ?」

 

「殴ってから言ったぁ。箒ちゃんひどーい!」

 

 

どんなに殴られても、蹴られても、気に入った相手からの攻撃は彼女にとってはスキンシップの一つに過ぎないらしい。集合した目の前で行われる漫才の数々に、一同は完全に口を開けたまま立ち尽くすことしか出来ないでいた。

 

かくいう俺も呼び出されたから前に出てきたものの、話が一向に進まないんじゃ出てくる意味があったのかと、徐々に頭から集中力が消えていく。

 

すると俺の表情を察し、埒が明かないと判断した千冬さんが催促した。

 

 

「おい束、自己紹介くらいしろ。うちの生徒が困っている」

 

「えー、めんどくさいなぁ……私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 

信じられないほどに簡潔にまとめられた言葉の羅列を自己紹介と呼べるのか甚だ疑問だ。入学式の日、初顔合わせでの一夏の自己紹介よりも酷いんじゃないかと思うと、苦笑いすら出てこない。

 

あぁ、何一つ半年前から変わっていない。見慣れた光景ではあれど、もう少しまともになっていいんじゃないかと切に思う。

 

ただ他の生徒たちに自身の正体を知らせるには十分だった。名前を聞き、みるみるうちに騒がしくなっていく。

 

 

「ったく、もう少しまともな紹介は出来んのか。おい一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

 

「こいつはひどいなぁ。らぶりぃ束さんと呼んで良いよ?」

 

「うるさい黙れ」

 

 

二人にとってはこれが日常茶飯事なんだろう。俺が気にすることでもない。

 

 

「それで……頼んでいたものは?」

 

 

篠ノ之が控えめに尋ねる。どうやら頼み事があるらしいが、何かは分からない。多分二人の間だけで交わされた約束だろうし、むしろ俺が知っていたらおかしいというもの。

 

だが篠ノ之が姉に頼みそうなものと言えば大まかに検討がつく。逆を返せば彼女にしか作れないものは多いし、消去法だけで判断すればおのずと選択肢は絞られる。

 

 

「ふっふっふっ、それは既に準備済みだよ! さぁ、大空を御覧あれ!」

 

 

キラリと目を光らせたかと思うと大空を指差した。つられるがまま篠ノ之が、むしろクラスメート全員の視線が上を向く。

 

刹那、銀色の大きな塊が二つ。大きな音を立てて、砂浜へとめり込む。

 

二つ……二つ?

 

一つは篠ノ之のものだとして、もう一つは誰のものなのか。二つ含めて篠ノ之のものの可能性も考えられるが、そこまで大型な贈り物とは考えにくいし、それなら箱を大きくすればいいこと。

 

わざわざ箱を分ける必要性が感じられない。彼女のこだわりであれば分からなくもないにしても、そこにこだわりを持つようには思えなかった。

 

俺がまだ、篠ノ之束という女性を把握しきれていないだけなのか、それは現段階では判別しようがない。

 

 

パチンと指を鳴らすと、金属の箱が音を立てて真っ二つに割れる。中から現れたのは…….。

 

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

 

深紅に包まれた機体。太陽の光に輝く赤色がより眩しく見えた。

 

言ったことが事実だとするのであれば、現行の第三世代モデルを上回る最高のISにもなる。各国が必死に開発を進めているというのに、彼女はたった一人で最高モデルのISを作り上げた。

 

しかしどの世界でも開発すらままならない、最新型のモデルを開発して、各国が黙っているかどうか甚だ疑問なところだ。最新鋭のISを持ち合わせた操縦者はどの国も、喉から手が出るほど欲しいことだろう。

 

それに日本国籍だからとはいっても、日本の代表候補生にならなければならないといった決まりはない。最悪データさえ手に入ればと、良からぬことを考える人間が出てくるとも限らない。

 

力を得るということは、相応のリスクを伴う。今まで以上に、周囲の見方は厳しくなるし、何故お前ばかり優遇されるのかと僻む人間も出てくるはず。

 

本音を言ってしまうと、実の妹だからといって、おいそれと専用機を……それもどの国も開発が追い付いていない最新鋭ISを与えていいものかと疑問に思ってしまう部分もある。

 

 

それともう一つ気になっているのは、篠ノ之の専用機の隣に待機している別のIS。

 

白基調の一夏の白式とは真逆の黒基調のボディ。一夏の白式を大地を明るく照らし、新しい生命を育む光とするなら、これは光が照りつけることで生まれる黒い影。

 

このISは誰のものなのか、どんな意味合いがあるのかと考えていると意外な人物に声を掛けられた。

 

 

「やぁやぁ! 久しぶりだね。一年ぶりくらいかな?」

 

「……どうでしょう。さすがにどれくらい前のことかまでは覚えて無いですね」

 

 

いつ俺の間合いに飛び込んだのか。

 

てっきり天才なのは頭脳だけだと思ったが、どうやら身体能力まで常人を遥かに凌ぐほど、オーバースペックなものらしい。

 

篠ノ之博士と面と向かってまともに会話をするのは今回が初めて。以前仕事を引き受けた時に比べると随分物腰も柔らかで、人を拒絶するような素振りは見られない。

 

千冬さんからは凄く感謝していたと聞いていたけど、こうも反応が違うとかえってやりづらい。この人の個性を分かっているからこそやりづらいし、尚且つ苦手意識も芽生える。

 

いや、苦手意識ではなく俺はこの人が苦手だ。嫌いなわけじゃなく、単純に思考が全く読めない上にこちらの言っていることが伝わらないから。前例が前例なだけに、すぐにこの人を信用するわけにも行かなかった。

 

 

「ぶー! つれないなあ! もう少し愛嬌があってもいいじゃないのさ!」

 

「善処します」

 

 

言葉自体もどこか辛辣なものとなってしまう。

 

本心では言うつもりのない言葉が、みるみる内に心の奥底から湧き出てくる。

 

何故だろう、別にきつい言葉を浴びせられたわけでもないのに、この人にだけは決して気を許すなと、無意識に俺の体が悟っている気がした。どれだけ注意深く観察しても思考が把握出来なかったことなんて初めてだ。一年前は彼女から何一つ情報を引き出せないまま、仕事を終える羽目に。

 

情報を引き出しきれなかったのは俺の力が至らなかっただけだが、この何とも言えない掴みづらい感覚が苦手だった。

 

 

「善処って! 私は君に何回会えるか分からないんだよ!? 折角なんだからもっと笑顔にさぁ……はぶぇ!?」

 

「話が進まないので、そろそろ静かにしてもらえますか?」

 

「ほ、箒ちゃんがまた殴った! 昔はもっと優しくて無邪気だったのに!」

 

「割りますよ?」

 

 

説明の途中で俺の方へと歩み寄ってきた姉に対して、まさかの鉄拳制裁を行う篠ノ之。流石に日本刀の鞘は控えたようだが、握りこぶしでげんこつされたら痛いに決まっている。

 

頭を押さえて涙目のまま抗議する演技ではなく本物の涙だし、相当痛かったんだろう。昔の自分を話に持ち出されて、今度は先ほどの鞘を取り出す。

 

公衆の面前で過去話をされたいとは思わないし、篠ノ之の反応はごもっとも。『割りますよ』は斬新な言い方過ぎて怖いが、本当に実行することは無いはず。

 

……で、話は戻るが残った黒いISは誰のものなのか。そろそろ言ってほしいところ。

 

 

「へみゅぅ……あ、そーだ! もう一つのはね、君の専用機だよ。霧夜大和くん」

 

「……はい?」

 

 

さらりと衝撃的な事を言ってきた。

 

あの黒いISが俺の専用機? そんな馬鹿な、俺に専用機を作って一体何のメリットが……と考え掛けたところで、過去の記憶が蘇ってくる。

 

過去、とは言っても遡るのは俺が入学してからすぐのことになる。千冬さんから生徒指導室に呼び出された際に、以前の任務で親友である篠ノ之博士を守ったことに対する感謝と、任務完遂のお礼に専用機を作る話があった。

 

あれから時間も経っていたために、専用機の話は頭の片隅に追いやられていた。

 

まさかこのタイミングでとは予想がつかない。直接手渡したかったといえばそれまでだが、よくもまぁこんな手の込んだ仕掛けを作ったものだ。彼女にしてみてはこれくらいの作業など、朝飯前なのかもしれない。

 

それを含めて規格外、誰もが認める随一の天才篠ノ之束。

 

今回は素直に感謝する他なかった。

 

 

「ありがとうございます。わざわざ俺のために専用機を用意してくれて」

 

「いやいやー、束さんの手に掛かればこれくらいちょちょいのちょいだよー! ささっ、二人とも早速搭乗してみようか!」

 

 

ぐいぐいと背中を押され、俺と篠ノ之は専用機のある場所へと歩き出す。すると背後から専用機を与えられたことを妬む声が聞こえてきた。

 

 

「なんかずるくない?」

 

「だよね。篠ノ之博士の妹だからって専用機貰えるんでしょ? 納得いかないなぁ」

 

「それに篠ノ之さんって、特別良い成績でもないよね? 霧夜くんはまだしも、もっと別に与えてもいい人材がいるんじゃないかな?」

 

 

妬みは主に篠ノ之に対するもの。それも他クラスの生徒によるものだった。

 

自分たちはこれだけ頑張っても専用機を貰えないのに、何故大した成績も残していない篠ノ之が専用機を貰っているのか。

 

確かに剣道においては優秀な成績を納めている篠ノ之だが、全国大会で優勝した事実を知る人間はあまり居ない。ここはIS学園であって、剣道の実績などISにはほとんど関連性がないと思っている生徒がいるのも事実。

 

ただ俺から言わせてもらえば、剣を振るったり、かわしたりする動きはおいそれと習得できるものではない。いくらISに補助機能がついているとはいえ、運動をやっていない人物が操縦するのと、武道の大会で優勝するほどの腕前を持つ人物が操縦するのでは大きく変わってくる。

 

だが、彼女たちからすればIS操縦技術が卓越したものでなければ、認めたくないと暗に言っているようにも見えた。

 

気持ちは分かるし、姉から直接専用機を渡されればコネを使って手に入れたと思われても不思議ではない。

 

それに、生徒たちの推測は間違っていないかもしれない。

 

 

「……っ!」

 

 

彼女たちの言葉に、苦虫を噛んだような表情を浮かべる篠ノ之。普段なら相手にしない篠ノ之だが、表情からひしひしと、後ろめたい気持ちが伝わってくる。

 

一夏の回りは、ほぼ専用機持ちたちが囲んでいる。

 

もしセシリアや鈴や、シャルロットたちに篠ノ之が劣等感を感じていたとすれば、考えられないこともない。

 

篠ノ之の口から専用機を依頼した可能性が。

 

 

「おやおや、歴史を勉強したことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことは一度もないよ」

 

 

口々に不満を述べる生徒たちをピシャリと黙らせる。ぐぅの音も出ないほどの正論に気まずそうな表情を浮かべながら、各々の作業へと戻っていく。

 

間違いなく平等なんてものはない、今の世の中だってそうだ。男性は蔑まれ、女性が優位に立てる世の中が『不平等』を体現している。

 

一旦事態が収束したことで、再度専用機の前に立つ。

 

篠ノ之は紅椿の、そして俺は……。

 

名前を知らない。このISの名前自体聞かされてないのだから、知るはずもない。

 

 

「あの、すみません。このIS名前って「まだないんだー。ごめんねー」……」

 

 

あっけらかんと名前がないと伝えられた。

 

 

「名前、か」

 

 

専用機を貰ったところで、あのISとかこのISといった指事語で呼ぶのは嫌だしな。名前ばかりは早急に決める必要がある。

 

俺も元々名前なんてものは無かったし、名無し同士と言えば相性は良いかもしれない。

 

篠ノ之博士が手に持っている二つのボタンを押すと、紅椿とこの黒いISの装甲が割れて、操縦者を受け入れる体勢が整う。とりあえず今は乗ることだけを考えよう。

 

操縦席に腰を下ろすと周囲を装甲が体を守るように覆った。今まで乗っていた打鉄に比べると、若干ながら乗り心地が違う気がする。

 

 

「じゃあ、すぐにパーソナライズとフィッティングを始めようか、箒ちゃん! あ、大和くんのは普通のISとは勝手が違うからそのままで大丈夫だからね?」

 

「はい、分かりました」

 

「……お願いします」

 

 

相変わらず篠ノ之の態度は冷めているというか、素っ気ない。それでも篠ノ之なりに感謝していることは伝わってくるし、素っ気ない態度もワザとやっているわけでもない。

 

上手く感謝の感情を伝えることが出来ず、どう接したら良いか分からなくなっているだけだろう。

 

そこまで心配することもないと、下で凄まじい勢いでキーボードを叩く篠ノ之博士を見る。最早手元が全く見えない、まるで千手観音みたいだ。俗に言うブラインドタッチを遥かに凌駕するその速度は、誰もが見ても惚れ惚れするようなスピードを誇る。

 

驚きなのは彼女の前に広がる複数のディスプレイ。手元を見ているならまだしも、目の前に広がるディスプレイを一つずつ確認しながら打っているのだから驚きだ。プログラムだから一つでも間違えると正常な動作をしない。パソコンのJavaやVBと比べても、プログラムの数は膨大。

 

しかもたった一人で恐るべきスピードで処理していくのだから、まさに天才そのもの。

 

誰も真似できない彼女の行動に、一同は口をあんぐりとさせたまま立ち尽くすことしか出来ないでいた。

 

 

さて、篠ノ之のフィッティングを行っている間に、自分のISに積み込まれている装備でも確認しておくとしよう。どうやら俺の専用機はこのまま使えるみたいだし、今のうちに何が使えるかを確認しておいた方が実戦になった時に後手に回らずに済む。

 

 

「えっと……」

 

 

モニターに映し出される武器を確認していく。とはいっても装備自体は至ってシンプルで、近接用ブレードが数本。俺の戦闘スタイルを模すかのような装備の数々に思わず苦笑いが出てくる。

 

前の仕事の時の戦い方を見てるし、実際の俺と似せて作った方が操縦者にとっては動きやすい。仕事がバレる危険性もあったが、サーベルではないし、特注鞘が備え付けられているわけでもない。

 

両手剣といった共通点はあるが、装備は似ても似つかないからそこまで問題は無さそうだ。

 

 

他にこれといった装備はないか。遠距離用武器もあるのかと思ったが、現状それらしい武器は見当たらない。接近して切るといった分かりやすい戦い方だが、俺にとっては一番合っている戦い方だろう。

 

 

「……ん、これは?」

 

 

操縦席を見回していると、気になる箇所を見付けた。

 

他とは作りが違うし、これ見よがしに自己主張しているから機能の一つだとは思うけど、何の機能なのかは分からない。聞いてみようか。いや、まだ篠ノ之のフィッティングの最中だし、邪魔をするのも良くない。

 

後でまとめて聞けば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

それはまた"突然"襲ってきた。

 

突如左眼を襲う痛み。

 

昨晩のような倒れ込むほどの痛みでは無いにしても、同じものなのは分かった。どうしてこんな時にと歯を食いしばって痛みを堪える。

 

幸い堪えられない痛みじゃない。

 

周りにバレないようにすれば、この場はやり過ごせる。大丈夫だ、何とかなる。

 

 

表情に出ないように痛みを我慢していると、思いの外すぐに痛みは引いた。何とかなったと安堵する俺だったが、こんなものはこれから訪れる事象と比べれば何てことはないと思い知るのは……。

 

まだ、少し先のことだった。


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