IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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翼、墜つ

 

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

 

時刻は十一時半になる。

 

あらかた作戦会議は終わり、後は来るべき出撃の時を待つだけとなった。

 

 

「じゃあ、箒。よろしく頼む」

 

「本来なら女の上に男が乗るなど、私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ?」

 

 

今回の作戦は前に述べたように、一夏と篠ノ之の行動に掛かっている。

 

本来ならばセシリアが担当する白式の運搬を、紅椿が請け負うこととなった。故に銀の福音の鎮静化を行うのは一夏、現地まで無事に運び届けるのが篠ノ之の役目となる。

 

不安要素は拭いきれないが、致し方ない。俺たちは二人の後を着いていくように飛行し、二人から少し離れた場所で待機。いざというときにすぐ駆けつけられるようバックアップする。

 

最も、いざという時が来たら、作戦が失敗している可能性は大いにありうる。本音を言えば、二人が無事に作戦を成功させることを祈るしか出来ない。

 

しかし俺も篠ノ之も専用機を支給されて一日と経っていないに、本当に大丈夫なんだろうか。ISの稼働時間だけで言えば俺の方が多いが、正直な話ドングリの背比べレベルであって大した比較にもならない。

専用機を稼働してからの時間はほぼ同等、この専用機もどこまで無茶を利かせて動かせるのかは試してもいないから分からない。

 

幸い、このISは操縦者の身体能力に比例して真の力を発揮するみたいだし、言っていることが本当だとすれば普段の動きに近付けることも可能なはず。

 

 

「それにしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせれば出来ないことなど無い。そうだろう?」

 

「あ、ああ。でも箒、先生たちも言っていたけれどこれは訓練じゃ無いんだ。実戦では何が起きるか分からないし、十分に注意して―――」

 

「無論、分かっているさ。ふふ、どうした? 怖いのか?」

 

「ちげーって。あのな、これは―――」

 

「ははっ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでやるから大船に乗ったつもりでいればいいさ」

 

 

何気なく展開される二人の会話に聞き耳を立てる。篠ノ之の一言に対し、いつもは温厚なはずの一夏の表情が険しくなった。

 

どうやら俺たちが思っている以上に篠ノ之は浮かれているらしい。専用機が手に入って嬉しい気持ちは分かるが、これは訓練じゃない。

 

人の命が掛かった実戦だ。

 

 

「浮かれてるな」

 

「うん、そうだね。このままだといざという時に危ないかもしれない」

 

 

ラウラとシャルロットの見解も確固たるものとなる。

 

このままで行くと作戦が失敗するだけじゃなく、他の誰かを命の危険にさらすかもしれない。二人と同じように専用機を展開し、出発の時を待つが、出力では到底紅椿のスピードに敵わない。恐らくあっと言う間に置いていかれることだろう。それでも誰かが二人の後ろ姿をバックアップしなければならない。

 

二人だけで何でも出来ると思ったら大間違いだ。一夏はそう思っていないみたいだが、篠ノ之はそう思っている辺り、互いの認識の中で違いが出来ている。

 

篠ノ之博士が何を考えているのか分からないけど、白式の運搬に最適な機体は紅椿であるといった事実は変わらない。

 

 

『霧夜、デュノア、ボーデヴィッヒ、聞こえるか?』

 

「はい」

 

 

オープン・チャネル越しに飛び込んでくる千冬さんから大きく頷く。

 

 

『お前たちの役割は二人のサポート、万が一失敗した時の撤退フォローだ。無用な戦闘は極力避けろ』

 

 

「わかりました」

 

 

的確で分かりやすい指示だった。

 

千冬さんの一声で、俺たちは戦闘要員ではなく、今回は完全なサポートに徹することとなる。既に一夏と篠ノ之には指示を飛ばした後らしく、二人を上手くフォローして欲しいとのこと。

 

シャルロットとラウラと熟練操縦者の中に、どうして俺だけが混じっているのかは分からないが、選ばれたのであれば目の前の仕事に徹するまで。

 

 

『あぁ、そうだ霧夜。ちょっといいか?』

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

不意に飛んでくるプライベート・チャネル越し越しの千冬さんの声。周囲のメンバーの反応が無いことから、どうやら俺だけに個別で飛ばしているらしい。

 

回りくどいがプライベート・チャネルを使うということは、何かしらお願いがあるということ。周囲から音を消し、千冬さんの声へと耳を傾ける。

 

 

『どうも篠ノ之が浮かれているな。たらればのことはあまり言いたくはないが、二人のことをよろしく頼む』

 

「分かりました」

 

『お前には一夏の件でも世話になっている。負荷をかけて申し訳ない。大変だとは思うが……』

 

「そんなことないですよ織斑先生。むしろ織斑先生がIS学園に引き入れてくれて感謝してます。もしここに入学していなかったら、こんな充実した学園生活は送れませんでしたし」

 

『……』

 

「俺にとっては人を守ることが仕事ですから。それ以上でもそれ以下でもないです。とにかく必ずこの任務、成功させてみせます!」

 

『頼んだぞ。くれぐれも無理の無いようにな』

 

 

千冬さんの激励に大きく頷くと、プライベート・チャネルを切る。

 

全員の準備が整ったところで、いよいよ出撃となる。与えられた専用機での初めての仕事だ、嫌でも緊張してくる。

 

 

『では、はじめ!』

 

 

千冬さんの号令と共に、五つの専用機が一斉に空高く飛翔する。俺、シャルロット、ラウラはほぼほぼ同じくらいの速度で高度を上げていくのに対し、横を凄まじい速度で一気に高度三百メートルまで飛ぶ紅椿。

 

速度、馬力。どれを取っても現行のISとは比べ物にならないレベルのスペックに、一同は驚きを隠せない。汗水垂らして開発した各国の専用機が、一瞬にして越される瞬間だった。

 

更に紅椿は一夏を抱えての飛翔であって、その分重荷も背負っている。逆に俺たちは何一つ重荷を背負っていない。ハンデがある上での高速飛行を見せられたら、篠ノ之博士が一夏の運搬役に強く推薦するのも頷ける。

 

そもそも作った本人なのだから、これくらいの出力がだせることはとっくにお見通しだったことだろう。

 

あっという間に高度五百メートルに達した。

 

 

目標高度へと達すると、一気にスラスターを吹かせながら加速していく。

 

 

「目標捕捉、現在地確認! 行くぞ一夏!」

 

「お、おう!」

 

 

凄まじい速度で飛行を続ける篠ノ之の後ろを同じように追いかける三人。だが篠ノ之との機体の差は歴然。ラファールが、シュヴァルツェア・レーゲンが、全くと言っていいほどついていけなかった。

 

かくいう俺も追い掛けることが精一杯で、とてもじゃないが他のことなど何一つ考えることが出来ない。紅椿が異次元染みた機体であることが伺える。

 

シャルロットとラウラの機体に比べると俺のISはスペックがそこそこ高いらしく、速度は頭一つ分以上抜け出ている。速さを競うわけじゃないが、自分の身体能力に比例してくれるからこそ、俺としては動かしやすい。

 

篠ノ之についていくこと数分、ようやく目標の姿を捕捉した。

 

 

ハイパーセンサーの資格情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

 

 

「嘘だろおい……」

 

 

思わず俺は声を漏らす。

 

前方に映るのは銀の福音。全身を銀色に包んだ、名に相応しい機体だった。頭部から生えた巨大な翼が、何とも不釣り合いな異様感を醸し出している。

 

事前の情報では大型のスラスターと広域射撃武器を融合させた新武器だと聞いている。

 

だが今はそんなことはどうでも良かった。

 

俺が驚きを隠せない理由は別にある。ブリーフィングの段階では、鎮静化するべき機体は一機のみであるという情報しか受けていない。

 

調査の段階で海域には他のISがいるなんて情報は無かったはずだ。だというのに、ハイパーセンサーに映る機体は、一機ではなく()()だった。

 

ではこいつは何者なのか。

 

IS搭乗者の顔がはっきりと、ハイパーセンサーに映し出された。忘れもしない、不愉快なまでに歪んだ薄笑い。見ているだけでヘドが出てくる。ニヤニヤと挑戦的な笑みを浮かべたまま、その視線の先は……。

 

俺を捉えていた。

 

 

「何でお前がここに居る!!?」

 

 

一週間ほど前に出掛けた時のことを思い出す。もしかしたら今後の障害となるのではないか、そんな杞憂を頭の片隅に置きながらも、どこか大丈夫であろうと思っていた自分がいた。

 

予想出来るはずも無いだろう。

 

あの時会った男がI()S()()()()()()()なんて。

 

 

「よぉ……待っていたぜぇ? 霧夜大和さんよぉ!」

 

 

灰色のISを身に纏い、片手にはバラのトゲのようにいくつもの刃を纏った刀。機体自体は一夏の白式にデザインが似ているが、色は正反対に位置する色になる。

 

このタイミングで出てくるということは、俺たちの敵であることは間違いない。わざわざISが暴走したタイミングを狙って来る辺り、確信犯にしか見えなかった。

 

それともこの一連の暴走もこいつらが……?

 

どうしてISに乗れるのかはこの際どうでもいい。今は銀の福音の暴走を止めることが先決であり、共倒れが目的ではない。相手のデータが全く無い以上、下手に全員で飛び掛かるのは危険。

 

二人には一夏と篠ノ之のフォローを頼むことにしよう。今はそれが最も得策だ。銀の福音を止めた後、全員でコイツを相手にすれば良い。そうなればある程度データも分かって対処の一つや二つ浮かぶはず。

 

一旦、千冬さんに状況を伝えることにする。プライベート・チャネルで千冬さんへと繋げた。

 

 

『織斑先生、原因不明のISを確認しました』

 

『何だと!?』

 

 

俺の報告に驚きを隠せずに感情的になる千冬さん。

 

本来なら確認が取れない機体が出現した瞬間に、本部へと伝達が行くはず。今の反応から察するに、予兆なくいきなり現れたことになる。

 

驚きを隠せないのも無理はない。

 

もしくは誰かが人工的にISの存在を隠していたか……だとしたらそんなことが果たして出来るのか。

 

分からないことばかりで頭の整理がつかない。だがこのまま放置していたら作戦の妨げになってしまう。ならここは俺が対処すべきだ。

 

 

『このままでは作戦の妨げになるかと思われます。イレギュラーですが戦闘の許可を』

 

『分かった。しかしレーダーに反応が無かったのが気になるな。十分注意して当たるように』

 

『分かりました』

 

 

千冬さんから戦闘の許可を取り、改めてプライベート・チャネルを切る。

 

 

「お兄ちゃん、アイツは?」

 

「さぁ? 出会いたくなかった恋人ってやつかな」

 

「冗談にしては笑えないよねそれ。随分好かれているみたいだけど」

 

「あぁ、このタイミングで来るとかついてねーよ。本当に」

 

 

緊急事態だと言うのに皮肉すら出てくる。

 

たった一度しか会ったことが無いというのに、こうも相手のことを悪く言えるのだと考えると、どれだけ生理的に嫌っているのだろう。

 

 

「シャルロット、ラウラ。お前ら二人は一夏と篠ノ之のフォローを、コイツは俺がやる!」

 

「分かった!」

 

「任せたよ!」

 

 

二人共俺を信頼してくれた。

 

そしてこの作戦が得策であると、理解してくれた。

 

 

「一夏と篠ノ之はそのまま銀の福音の相手を! 良いか、絶対に無理をするなよ!」

 

「あ、あぁ!」

 

「分かっている!」

 

 

一夏と篠ノ之の二人にも最低限の指示を伝える。

 

如何せん篠ノ之の状態が怖いが、こっちはこっちでそうも言ってられない。全くの未知との戦いな訳だ、どう対処しようかさっきからずっと考え続けている。

 

何とか全員で無事に切り抜けて、旅館へ戻ろう。

 

淡い期待を胸に抱きながら前を見据えた。

 

 

「おーうイイねぇ。俺とサシでやり合おうってか?」

 

「何がイイねぇだ、ほぼ指名してきたくせに。のってやったんだからありがたく思え」

 

「くっくっくっ、いいねぇその目付き。得体の知れない相手を目の当たりにしているってのに、まるで恐怖を感じられない……!」

 

 

ケタケタと、気味の悪い笑みを浮かべる姿から視線を逸したくなる。コイツが何を考えているのかは分からないが、目的があるとすればただ一つ。

 

 

「あぁ、だからこそ殺してやりてぇなぁ!!」

 

 

隠す気もない殺気がビリビリと伝わってくる。

 

本気で俺のことを殺しに来ているのが分かるが、何が原因で殺しに来ているのか分からない。もっとも、理由があるのなら先から言っているはずだし、相手から何も言ってこない理由は……。

 

単純に殺しを楽しむだけの人間だから。

 

そう推測するのが正しい。

 

 

「殺れるもんならやってみろ。こっちだって易々とやられようとは思わねーし、お前にそこまでの確固たる勝算があるとでも?」

 

「ふん! むしろ貴様に勝算があると? そのふざけた自信、叩き潰してやる!」

 

 

 

その声が死合開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァッ!」

 

 

気付いた時には既に目の前にいた。

 

疾風の如きスピードはどこか見覚えのある動き。一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)のそれと全く同じだった。

 

だが一夏の動きよりも洗練されていて、初動が全く分からない。タイミングが読みやすい一夏と比べると、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の完成度は段違いだ。

 

幸い距離があった為、一足一刀の間合いに入られる前にかわす。

 

なるほど、と頷きながら相手を見つめる。確かに言うだけのことはある、間違いなく今まで戦ってきた相手とはレベルが違う。

 

続けざまに一振り、二振りと加えられる攻撃に対し、タイミングを合わせて攻撃をかわしていく。

 

が―――。

 

 

(コイツ……隙が全くない!!)

 

 

内心穏やかなものではない。

 

迫り来る斬撃をかわしていく大和の顔は既にこわばっていた。いつもなら様子をみるためにわざと攻撃を出させることもが、今は目の前の攻撃から逃げることしか考えられない。

 

洗練されているのはIS操縦技術だけではなかった。

 

右に左に機体を捩らせて避け続ける動きと、突き出し、振り払う剣の動きはまるで一つの乱舞を見ているようだ。それほどにまで美しく、レベルの高い戦いが目の前で繰り広がられている。

 

 

「はっ! やるじゃねぇか! さすがは一家の当主と言ったところか!?」

 

「ふん、この際そんなことはどうでもいいだろう! 勝つか負けるか、やるかやられるか。単純な力比べだ!」

 

 

斬撃を掻い潜り、今度は体勢を低くしたまま身を反転させると体術で、相手の腹部に蹴りを入れた。

 

 

「くっ! ……なんてなぁ!」

 

「ちぃっ!」

 

 

ニヤリとしてやったりの薄笑いを浮かべる。

 

ノーガードだと思って叩き込んだ蹴りだったが、蹴りの先にあったのは持ち合わせている剣だった。

 

まさかこちらの動きを読まれていたとでもいうのか。満身など無かった、だが少なくとも一回も自分の動きを見たことがない人間が対処出来るようなものでもない。

 

ISで直接的な肉弾戦をする試合を見ることはあまりない。ISには専用の武器が搭載されているし、わざわざリスクの高い肉弾戦へと持ち込む理由が無いからだ。

 

不意をついた一撃を分かりきったように対処できたのは、大和の動きを知っていたか、もしくは元々からそれ相応のスペックを相手が持ち合わせていたか。

 

だがどちらにしても分が悪いのは事実。大和の動き方を知られて対策をされていれば今まで見せた立ち回りは全く役に立たないし、単純なスキルが上であれば勝つことすらままならない。

 

ただ現段階ではあまりにもデータが少なすぎる。もしこのまま撤退しようものなら作戦は失敗な上に、後追いされて更なる大損害を被る可能性もある。

 

コイツだけは必ず、ここでなんとかする必要がある。

 

 

一旦仕切り直しとばかりに、相手との距離を取った。

 

負けるとは思っていないが、大和の表情はよろしくない。相手がやりにくい相手なのはもちろんのこと、自身の体の方の心配もあるからだ。

 

距離をとり、思考を落ち着かせて再度作戦を考える。が、その作戦も考えさせる暇もなく、相手は突っ込んでくる。

 

 

 

 

「オラオラオラァッ! どうしたよ!? 顔色が良くないぜ!?」

 

「ちっ……!」

 

 

戦うまで気付かなかったが、ようやく今の自分の状態を把握出来た。

 

判断能力がいつもに比べると落ちている。いつもならすぐにでも思い付くようなことが分からない。

 

原因は言わずもがな、昨夜の目の痛み、そして気を失って満足に体を休められなかったことによる疲労。いつ痛みが再発するかも分からない不安感。

 

本来なら蹴りが止められたくらいで大和が動揺するはずがない。

 

自身の知らないところで、確実に大和の体は追い込まれていた。全ての要因が重なり、大和の判断能力を鈍らせる。早くケリをつけて、一夏たちの元へ駆けつけたい。焦れば焦るほどに追い込まれる。

 

思考能力の低下は自身の身体能力にまで影響を及ぼす。

 

 

「そこががら空きだぜぇ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

ついに相手の一撃が当たってしまう。薙ぎ払いを受けた大和は数メートル先まで吹っ飛ばされる。宙を舞う大和を追ってくるプライドと呼ばれた操縦者。二人の距離が零になる瞬間、再度バラのトゲがついたような刀を振りかぶる。

 

この一撃を受けたらまずい。

 

大和の五感がそう悟っていた。本能が勝手に体を動かし、刀を振りかぶった相手の手を取ると、背負い投げの要領で投げ飛ばす。

 

 

「流石にすぐはやられてくれねぇみたいだなァ……いいねェそういうの。追い込まれても闘争心を失わねぇやつは好きだぜぇ!」

 

「そりゃどうも」

 

『お兄ちゃん、私もそっちに!』

 

 

プライベート・チャネル越しにラウラから連絡が入る。銀の福音鎮静化のフォローにあたっていたラウラだが、ここに来て大和の苦戦を目の当たりにした。

 

大和の体調までは把握できなくとも、相手の力量を見誤ることはしない。プライドの力量は少なく見積もっても代表候補生レベルか、それ以上のレベルにあることは判断できた。

 

バックアップ要因にはシャルロットもいるし、自分だけが助太刀する分には問題ない、そう判断したようだ。

 

 

『大丈夫だラウラ! お前は一夏の方をサポートしろ!』

 

 

が、大和の指示はあくまで一夏の方を優先しろとのことだった。ここは任せろと言われたからこそ、大和を信用して離れたが、どうも大和の状態がおかしい。先ほどまでは何とも無かったのに、いざ戦いが始まると動きはいつもに比べるとぎこちないし、動揺しているようにも見える。

 

自身が知る大和は実はこんな人間だったのか……いや、違う。少なくとも一撃、二撃で動揺するような人間ではなかったはず。だとしたら大和の身に何か異常を来しているとも考えられる。

 

ここで簡単に食い下がるようなラウラでは無い。大和に絶大な信頼を置いているからこそ、放っておけるはずが無かった。

 

 

『イヤだっ! 今のお兄ちゃんを放っておくほど、私は人でなしにはなれない!』

 

『だから今は―――』

 

 

ラウラを説得しようと試みる大和。

 

しかし相手は隙まみれの大和を放っておくはずがない。

 

 

「さっきから誰と何を話してんだぁ!? 隙だらけだぜぇ!」

 

『ラウラ、話は後だ!』

 

『ちょっと待て! お兄ーーー』

 

 

半ば強制的にプライベート・チャネルを切る。

 

自身のことを心配してくれるのはありがたいし、手助けしようとしてくれるのも分かる。本来なら頼らなければならないケースだ。自身を犠牲にしてまで、無理をする場面で無いのは分かっている。

 

武装を変え、大和に向けてガトリングの弾をばら撒き弾幕を張る。立ち尽くしているとたちまち蜂の巣にされかねない為、大きく旋回しながら弾幕の嵐から逃れる。正面に来る弾丸は刀を使って弾きつつ、ダメージを最低限に抑えて行く。

 

近距離と遠距離両方を兼ね備えた機体。

 

近付いてもダメ、距離をとってもダメ。どちらかに得手不得手があれば対策のしようがあったが、相手に苦手な分野は存在しないらしい。

 

不意を付いて懐に飛び込むにはどうするか。近付いたところで決めきれない可能性もあるし、かといって同じ場所に立ち止まっていたところで打開策が思い浮かぶはずもない。

 

シールドエネルギー自体はさほど削られてないし、まだまだ打開策はある。ここでうだうだ考えたところで、何も始まらない。

 

 

(無心だ……何も考えるな、負の感情を持つな。相手だけを見ろ!)

 

 

多少なりとも弱気になっていた自分が居る。

 

いつもの自分ならもっと冷静に事態を把握し、対処をしていたことだろう。相手の熟練度が高いからといって、不慣れなIS戦闘に弱気になっていた。挙句の果てにラウラにも心配される始末、これではどっちが上なのか分からない。

 

肝心な時に力を発揮できないのであれば、これから先の未来はない。こんなところで後ろを向いているようなら、いつか必ず自分は一夏に抜かれる。護るはずの人間が、逆に護られる人間になるかもしれない。

 

どんな逆境であっても向かっていく姿勢、それだけは忘れてはならない。

 

 

「目を瞑って居たら前なんか見えねぇぞ!」

 

 

再度刀へと持ち替え、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で大和との距離を詰めて来る。目を閉じたままの大和の前まで近付くと刀を振りかぶる。

 

自身との実力の差に愕然として諦めたか、だとしたらそれまでの男だったということになる。正直つまらない戦いだった、それがプライドとしての感想だった。オータムが散々注意しろと言っていたから多少は期待してみたものの、手応えは全く無かった。

 

身のこなしや立ち回りなど、強者を思わせる動きもあったが、所詮はそれまで。

 

それ以上でも、それ以下でも無かった。

 

よくある井の中の蛙。周りのレベルが低かったから、偶々抜きん出ているように見えただけの口先野郎だった。

 

もうこの顔を見ることもない。せめて散り際くらいは潔くしてやろう。振りかぶった右手に力を込めて振り下ろす。

 

 

(あばよ、最強の護衛さんよぉ!)

 

 

下まで刀を振り下ろした。

 

 

(手応えが……ないだと?)

 

 

振り下ろしたには振り下ろしたが、手に残る感触がない。確かに捉えたはず、だというのに個体にぶつかった感触や抵抗感が刀を握る右手には全く伝わって来なかった。

 

まさか何も無いところに自分が振り下ろしたのか……いや違う。目の前まで詰め寄っておいて、直前にあらぬ方向を斬りつけるなどという間の抜けた行動はしない。

 

ではどうして手応えが無いのか。目の前に居るであろう大和の姿を見る。

 

居るであろう大和の姿は。

 

 

「なっ……!?」

 

 

そこにはなかった。一体どのタイミングで、何処へ消えたというのか。余裕の笑みを見せていた表情が一瞬にして強張る。完全に捉えたと思っていた姿が無い。

 

同時に背後から、刀の矛先が首元に当てられる。

 

 

「形勢逆転、ってやつだな」

 

「テメェ、いつの間……ぐぁっ!?」

 

「目の前に敵がいるってのに、随分な余裕だなおい」

 

 

背後に回り込んだ大和は零距離で刀を薙ぎ払う。衝撃に耐えきれずに、プライドは苦悶の表情を浮かべながら吹き飛ばされた。削られるシールドエネルギー、大和が何をしたのか分かっていなかった。

 

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと! 専用機を与えられた人間がそんなすぐに出来るわけが!」

 

「お生憎さま、人より物覚えが良いんでね。まさか一発でお前の動きを盗めるとは思ってなかったけど」

 

 

恐るべき才能だ。

 

今しがた見た動きを、そっくりそのままコピーして自分のものにしたのだ。一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を何度も見ているとはいえ、実戦の一発目で成功させる辺り、やはりIS適性が高いかもしれない。

 

シャルロットも使った試しがあるが、そもそも稼働時間が圧倒的に違う。

 

初心者が練習なしにおいそれと使えるものでは無いが故に、驚くのも無理はない。

 

では本当に大和の才能が凄いのかというとそういうわけではない。全員が搭乗しているISと比べると、大和のISは癖がある。それは搭乗者の身体能力に応じて、真の力を発揮するといったもの。

 

成功したのは大和の身体能力の高さ、機体の特性全てが合わさったといっても過言ではない。

 

 

両手に刀を装備し、再度プライドに向けて矛先を突き出す。慢心など無い、今は目の前の相手を全力で潰すこと、それが大和に与えられた使命だ。

 

 

「さぁ、戦いはこれから……『一夏! 何をしている! 折角のチャンスを!』――っ!?」

 

 

突如オープン・チャネル越しに飛び込んでくる箒の声に、思わず耳を傾ける。プライベート・チャネルと間違えたのか、尚も箒は言葉を続けていく。

 

一体どういうことなのか、銀の福音を担当している一夏と箒の身に何があったのか。すぐ近くで作戦にあたってはいるが、この状況ではそちらにまで思考を傾ける暇はない。

 

ただ箒の口ぶりから察すると、まるで自分たちとは関係のない第三者が居るように聞こえた。ハイパーセンサーを使い、視点をプライドから見切らぬよう、背後の様子を確認する。

 

 

見ると一夏の姿は箒とは別に、かなり下方にあった。銀の福音はそんなところに居るのか、いや、違う。

 

一夏の飛行している下に居るのは、小型の船だった。どうしてこの海域に船が居るのか、ここ一体は教師陣によって封鎖されているはず。

 

 

(密漁船……?)

 

 

脳裏に過る一抹の不安が的中してしまう。一夏の持つ雪片から、零落白夜を発動した時に現れる光の刃が消えて、展開装甲が閉じた。

 

エネルギー不足。零落白夜を使うほどのシールドエネルギーが白式にはもう残されていなかった。

 

 

(くっそ……まさかこんな時に!)

 

 

零落白夜を使えないということはこの作戦の失敗を意味する。

 

 

『馬鹿者! そんなくだらん船などを庇って! そんなやつらを―――』

 

『違う!』

 

『―――っ!?』

 

『そんな悲しいこと言うな。力を手にした途端に、弱いやつらのことが見えなくなっちまうなんてどうしたんだよ? お前らしくない。全然らしくないぜ?』

 

『わ、私は、私はただ――』

 

 

箒の動きが完全に止まる。先ほどまでの自信に満ち溢れた表情は消え失せ、動揺のあまり顔面蒼白のまま、ただ狼狽える。何をすれば良いのか、どう立ち回れば良いのか。明後日の方向を見たまま、完全に目の前にいる福音から視線を逸している。

 

何かを伝えようとするも言葉にならない。力が抜けた手から刀がずるりと滑り落ちて光の粒子となり消失した。

 

 

具現維持限界(リミット・ダウン)!? やべぇ!)

 

 

完全なエネルギー切れ。

 

ここがIS学園だとしたらブザーが鳴り響き、試合が終わっている。だがここはIS学園ではなく、完全な実戦。命の駆け引きを行う、危険な場所。

 

 

「箒ぃぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

事態を把握し、全速力で箒の元へと加速する一夏。

 

武器を捨て、残ったエネルギーを全て瞬時加速(イグニッション・ブースト)に充て、一目散に向かう。

 

 

『シャルロット、ラウラ! 撤退する! 一夏と篠ノ之の元へ向かえ!』

 

 

二人に指示を飛ばし大和も現場へ向かおうとする。

 

 

「てめぇ、俺を差し置いて他のやつのことばかり考えてんじゃねえよ!!」

 

 

が、そうは問屋が卸さない。

 

大和の進行方向には憤怒の形相でこちらを睨み付けるプライドの姿が。コケにされたこと、一瞬でも自分が手のひらでもてあそばれたことを相当気にしているらしく、明確なまでの殺意がひしひしと伝わってきた。

 

もう容赦はいらない、どんな手を使ってでもコイツを落とすと言わんばかりに。

 

 

「……だ」

 

「あ?」

 

「……魔だ」

 

 

怒りを覚えてるのはプライドだけではない。先ほどから邪魔をされ、仲間を危険にさらしてしまっている大和だってそうだ。本来ならイレギュラーがあるとはいえ、ここまでの出来事は想定していなかっただろう。

 

だが作戦は失敗。念には念をと考えた二の手、三の手も全て無意味なものとなった。だからこそ、悔しいし情けない。その思いは大和の心の奥底から沸々とわき上がってきていた。

 

 

「何だって? 言いたいことがあるならはっきりと言いやがれ!」

 

 

しびれを切らしたプライドな挑発気味に声を投げ掛けた瞬間、大和の中で何かが切れた。

 

 

「邪魔だと言っている! そこを退けぇええええええええええ!!!」

 

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、目にも止まらぬ速さでプライドの横を駆け抜ける。

 

何一つ反応出来ず、立ち尽くすことしか出来ないでいる後ろ姿をよそに、二人の元へ一目散に駆け寄ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「ーーーっ!!?」

 

 

言葉にならないほどの痛みが左目を襲った。瞳の神経を鋭利な刃物で突き刺されるかのような拷問に近い痛み。

 

流石に耐えきれなかった。

 

プライドの横を過ぎ去った瞬間にバランスを崩し、左目を抑える。恐れていた最悪の事態に対処しようとするも、痛みの度合いが酷くまともに目を開けず、思考もままならない状態に。

 

バランスを崩した状態を立て直すのは難しい。ましてや至近距離に敵がいるともなれば、それは致命的なものとなる。視界を上げた先に映るのは、ニヤリと狂気に歪む笑み。

 

 

ーーーマズイ、このままでは。

 

 

本能が悟った。既に刀が振り上げられている。この状況で先ほどと同じことをやれと言われても出来ない。それでもこのままでいれば直撃を食らうことになる。

 

ダメージは免れないのであれば、せめて直撃はかわそうと判断した大和は、持てる限りの力を振り絞って後方へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

何かが切り裂かれる嫌な音だった。

 

音と同時に、大和の目から遠近感が無くなる。

 

遠近感がなくなっただけではない、今まで見えていたはずのものが見えなくなる。大和の左目が暗闇に覆われ、同時に赤黒い液体が目蓋から溢れ出す。

 

距離的に見ても直撃はかわしたはず、精々体の一部分がかするくらいで済むはずだった。なのにどうして左目が暗闇に覆われ遠近感が取れなくなるのか。

 

それにシールドエネルギーや絶対防御があるにもかかわらず、何故直接肉体まで攻撃が届いているのか。

 

考える暇もなく、次の攻撃を繰り出してくる。

 

 

「くそっ……!」

 

 

今度は回避も間に合わない。

 

反射的に持っている刀を眼前に差し出す。何とかこれでガードは出来る。そう思っていた大和だが。

 

現実はあまりに無情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲一体に響く金属が破壊される音と、何かを切り裂く音。音と共にシャルロットの、ラウラの、そして箒の視線が一斉に大和の方へと向いた。

 

 

「ぐっ……カハッ……」

 

 

口から大量の血を吐き出す大和の姿が、場にいた全員に、モニター越しに見ている千冬や真耶、その他教師陣に映し出された。

 

プライドの放った一撃はISのシールドや絶対防御、更に装甲やISスーツまでを切り裂き、大和の肉体まで届いていた。傷口からおびただしい量の血が溢れ出てくる。とても助かるとは思えないほどの量が、止めどなく流れ宙へと滴り落ちていく。

 

大和のISは強制的に解除され、宙に放り出された大和の体は生身のまま、まっ逆さまに海面へと落下していった。

 

 


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