IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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失ったモノ、失われたモノ

 

 

 

「お兄……ちゃん?」

 

 

ボソリと声を漏らしたのはラウラだった。目の前で起きた出来事が信じられなかった。攻撃を受けてまっ逆さまに海へと落ちていく。ISは強制的に解除され、生身のまま宙へと放り出される。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

気が付けば動いていた。落下していく大和の姿を追いかける。このままでは海面に叩きつけられて終わりだ。シュヴァルツェア・レーガンが出せるギリギリのスピードで少しでも早くと、スラスターを吹かす。

 

 

「くはっ、くははははははははははっ!!!」

 

 

狂喜に染まる笑い声、握られた刀にこびりつく鮮血を嬉しそうに舐めとるプライド。やってやったと言わんばかりに微笑む姿があまりにも不釣り合いで、不気味に見えた。そしてその視線は大和から、ラウラへと移り変わる。

 

第一優先は変わらないが、ターゲットを変えてはならないという決まりはない。プライドはスコールの命によって動いているが、特に細かい指示はない上に他の相手に手を出すなとも言われてはいなかった。

 

 

「次はお前の番かぁ!?」

 

 

刀を振り下ろし、大和を追いかけるラウラに向かって急降下。

 

 

「ラウラ危ない!」

 

 

プライドが後を追う姿を目の当たりにし、シャルロットが警鐘を鳴らすも、大和のことが気になるせいか、全くと言って良いほど耳を貸そうとしない。

 

このままでは例え大和を救っても、ラウラも被害を受けることになる。一夏と大和が撃墜されたというのに、これ以上被害者を出すわけにはいかない。

 

 

「無駄無駄無駄ァ! 全員揃って血祭りにあげてやるよ!」

 

 

刀を再度振りかぶろうとした瞬間、ラウラの影から一本の刀がブーメランのように、プライドの方へと飛んでくる。

 

刀を投げたのは大和だった。混濁する意識の中、ラウラを助けるために最後の力を振り絞りラウラを守った。もっともラウラに当たらずに目標を正確に捉えられたのは不幸中の幸いかもしれない。

 

 

「ちぃっ!?」

 

 

刀を避ける為に体の軸をずらすプライドだが、急降下中のせいでバランスを崩す。再びラウラの後を追おうとするも、顔を上げた先に飛び込んできたのはアサルトライフルの銃口を向けるシャルロットだった。

 

 

「させないっ!」

 

 

プライド向けて引き金を引く。これだけ邪魔をされたら追うことは出来ない。弾幕から逃れる為、横に大きく旋回してシャルロットから離れる。

 

 

「ふん! 流石に二人同時は面倒だな……まぁ良い。もう俺の目的は達成したし、ここは一旦退かせてもらうぜ。だが次に会った時はお前たち全員、地獄へ送り届けてやる!」

 

 

シャルロットの攻撃で興が覚めたらしい。今から残った専用機持ちを相手にするのはリスクが高いと判断したんだろう。それにいつまでも時間を掛けていたらいつ増援部隊を呼ばれるか分からない。そうなると逆に自分自身が窮地に追い込まれる。大和を倒すことは達成したが故に無理をする必要はない。

 

武装を解除すると足早に空へと消えていく。その姿はあっという間に皆の視線から消え、先ほどまでの静かな海上へと戻る。

 

一夏と大和が重症、要である紅椿はエネルギー切れで使い物にならない。これ以上作戦を続行させることは不可能だった。

 

一夏は箒と共に海面へと着水、そして大和はラウラがキャッチした。海面からは何度も何度も気を失った一夏を呼び掛ける箒の声が、ラウラは大和を抱えながら沈痛な面持ちで言葉一つ発さない。

 

 

「うっ!」

 

 

ラウラの元へと駆け寄るシャルロット。抱えられた大和の姿を見た瞬間、反射的に口を押さえた。シュヴァルツェア・レーガンには傷口から滴り落ちた血がベッタリとこびりつき、黒の機体を赤く染めていく。

 

肩付近から腹部にかけて続く大きな傷口。本来なら守ってくれるはずのISスーツは引き裂けている。

 

常人であれば死んでいてもおかしくないほどの怪我に、完全に潰れた大和の左眼。切りつけられたまぶたはぱっくりと二つに割れ、まぶたには血溜まりが出来ている。神経まで届いていたとしたら、治ることは一生ない。

 

息も絶え絶えの状況で、大和はうっすらと右眼を開けた。

 

 

「ラウ、ラ……?」

 

「お兄ちゃん!」

 

「大和!」

 

 

口々に声を掛けるも大和の反応は覚束ない。二人を安心させようと振る舞おうとするも、今の大和の状態では喋れば喋るほど、自身の怪我が芳しくないことを伝えてしまっていた。

 

 

「シャルロットも……ははっ、格好悪いところ……見せちまった、な」

 

 

荒々しい呼吸の中、懸命に話そうとするも上手く呂律が回ってくれない。途切れ途切れに話すのが精一杯だった。

 

 

「はぁ、はぁ……い、いいか、よく聞くんだ。もしさっきの奴が出てきても、絶対に、戦うな。奴の持っているあの刀は……ゴホッ、普通の刀じゃ……ない」

 

「分かった! 分かったからもう喋らないで!」

 

 

見ていて痛々しかった。衰弱していく大和を見たくなかった、信じたくなかった。

 

シャルロットは感謝していた。一夏と同じように情報収集のスパイとして潜り込んだ自分を責めるわけでもなく、むしろ自分を導いてくれた。誰よりも強く、真っ直ぐで、負ける姿なんて想像出来ない人間が負けた。

 

 

「ダメ、だ……俺の口から、お前たちに、伝えなければならないことがある……」

 

 

視界にモヤが掛かり、ラウラやシャルロットの顔が認識できない。それだけではなく、視界から白黒を除いた全ての色が消え去る。

 

しゃべっている本人が一番辛いだろうが、二人にどうしても伝えなければならないことがあった。

 

 

「し、しの、ののを……」

 

「?」

 

「篠ノ之を……責めないでくれ」

 

「え?」

 

 

シャルロットが、ラウラが、大和の言っていることに首をかしげる。

 

今回の作戦失敗、そして男性操縦者の負傷、全ての事象から導き出される結論。その中に箒の慢心があったことは事実であり、自分勝手な考え方、行動が一夏を負傷させ、二人を助けに行こうとした大和までもが怪我を負った。

 

大なり小なり、箒にも責任が存在する。もう少し気を引き締めて作戦に当たっていれば、ここまでの惨事を引き起こすことは無かっただろう。

 

仮に福音を仕留め損なうことがあったとしても、負傷する事態を避けることは出来たはず。本心には出さないが、シャルロットとラウラの二人もそう思っていた。

 

何故、箒を庇いだてするようなことを被害者であるはずの大和が言うのか。

 

 

「な、何故だ!? お兄ちゃんがこんなことになったのは……「ラウラ、それは違う……」ーーッ!」

 

「……俺が、怪我をしたのは、ラウラのサポートを断り、単独で戦っていたからだ。あの時お前の……ゴホッ、手を借りていれば、結果はもう少し……違ったかもしれ、ない」

 

「どうして……どうして大和はそこまで自己犠牲を!」

 

 

ラウラのサポートを断ったのは事実、だがそれが作戦失敗とイコールだったかと言われれば言い切れない。

 

 

「さぁ……何で、だろうな。ここまで来ると……本当に、俺がただのお人好しなのかもしれない、な……」

 

 

常識的に考えて大和が箒を庇う理由はない。むしろお前のせいでと責める立場だ。だが、それでも大和が箒のことを罵倒することも無ければ、皮肉の言葉を言うことも無かった。

 

シャルロットとラウラには、大和が後々起こりうるであろうハレーションを抑える為に言っているようには見えなかった。

 

それほどに本心の通った言葉。ここまで来るとお人好しのレベルでは片付けられない。

 

 

大和の行動がラウラには見覚えがあった。

 

かつてドイツの冷水と言われ、人との関わりを断ち、本当に強い人間しか認めようとしなかった自分に何度も声を掛け、自業自得で巻き込まれたVTシステムの暴走時にも、命を掛けて助けてくれた。

 

今IS学園の中で最も大切な存在であろう、鏡ナギを巻き込み、セシリアや鈴といった親友を傷付けても、大和はそれを全て許した。

 

 

だがラウラはまだそこまで大きな器を持ち合わせていない。大和が怪我をしたことに対しては、本人の中で上手く処理が出来る訳もなかった。

 

 

「し、篠ノ之は必ず、自らを責めるだろ……う。お前たちが、皆が……あいつを、救ってくれ」

 

 

作戦を失敗し、自らの過ちを悟った時、箒は間違いなく自身を責めて殻の中に閉じ籠る。

 

だからこそその時は、仲間である皆で助けて欲しい。

 

大和が二人に伝えたかった、最後の言葉だった。

 

 

「くっ……ゴホッゲホッ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「大和!」

 

 

限界などとうに迎えていた。それでも二人に胸の内を伝えるべく、力を振り絞った。

 

が、それももう限界だった。

 

気力だけで意識を保っていた体が重たくなる。

 

 

「……ラウラ」

 

「?」

 

 

最後に痛む体にムチを打ち、ラウラの顔に触れる。

 

あぁ、女の子の頬ってこんなに柔らかかったのかと思いつつ、一言伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんな、後は任せ……」

 

 

言葉と同時に全身の力が抜け、手が頬から滑り落ちる。辛うじて開いていた瞼は閉じ、一切の反応を示さなくなった。

 

 

「嘘だ……」

 

「そんな……大和!」

 

 

何度も声を掛けるが、大和から返事はない。返事もなければピクリとも動かなかった。

 

 

「そんな……嘘だ。目を覚まして……お願い、だから……いやだ、いやだぁ!!!!」

 

 

ラウラの悲鳴が海上に木霊する。

 

耳が張り裂けんばかりの大声だったにもかかわらず、意識を完全に手放す前の大和の耳には子守唄のように聞こえた。

 

 

(ちくしょう……俺は誰も守れずに死ぬのか)

 

 

結果見るも無惨なほどに失敗した作戦。

 

様々な要因はあれど失敗した事実は変わらない。

 

 

(みんな……)

 

 

脳裏に浮かぶのは仲間たちの顔。

 

喜怒哀楽の表情がまるで走馬灯のように、何度も何度も繰り返し映し出される。

 

悔しさと悲しみを抱えながら、大和の意識は闇へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」

 

 

一方の作戦本部。

 

両手を机の上に力一杯叩きつけながら、モニターを睨み付ける千冬の姿があった。珍しく感情を露にする千冬だが、誰も驚く人間はいない。自分がもし同じ境遇にいれば、同じような反応をするだろう。

 

目の前で自分の弟が、教え子が撃墜されたともなれば気が気じゃ無くなっても不思議ではない。だが一教師として作戦を任される以上、涙を流すわけにも情を介入させるわけにもいかない。

 

込み上げてくる感情をぐっと堪え、現実を受け止める。

 

部屋にいる真耶は慣れていないのか顔面蒼白のまま口元を手で覆い、鈴とセシリアに至っては完全な放心状態。大切な教え子が、想いを寄せる人間が重症を負い、ショックを隠すことが出来なかった。

 

 

「織斑先生、霧夜くんの生体反応が……」

 

「分かっている! おい、デュノア、ボーデヴィッヒ! すぐに霧夜と織斑を旅館まで運ぶんだ!」

 

 

オープン・チャネルで吐き捨てるように指示を飛ばし、手元にある作戦書をモニターに向かって投げ付ける。

 

作戦が失敗した今、この作戦書は無意味なものとなった。やりきれない思いから、こめかみを押さえつつ下を向く。

 

 

「私のミスだ。無茶をさせなければ、一夏も大和も怪我を追うことなど無かった!」

 

「織斑先生……」

 

「すまない、少し私情が入ってしまった。山田先生、帰投後、専用機持ちたちを部屋に。霧夜はそのまま救急搬送を」

 

「わ、分かりました!」

 

 

真耶は救急車両の手配のために、バタバタと部屋の外へと出ていく。真耶を見送った後、再度モニターへと視線を変えるが、千冬の表情は浮かないものだった。

 

 

(二人とも無事であってくれ……!)

 

 

かつて世界一を取った千冬も普通の人間。

 

今はただ、二人の無事を願うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員帰投後、一夏は旅館へ、大和はそのまま近隣の病院へと搬送されることとなった。

 

一夏の場合は幸いなことに、怪我の症状が特別重たいわけではなく、一旦は旅館で様子を見ることに。症状が悪化すれば強制的に搬送となるが、運び込まれてからは救護班の治療により現状は安定していた。

 

しかし意識が戻らず、今はまだ簡易的に作られた救護室で眠りに付いている。

 

 

そして大和の状態について。

 

運び込まれた時には既に虫の息。誰もが認める危険な状態であり、特に酷かったのが上半身に残る大きな傷と、損傷による出血多量。よくこれで生きているなと言えるほどの状態らしい。

 

本来、ISにはシールドバリアーと絶対防御が存在する。プライドの放った一撃はその二つをも貫通し、ISに備わっている生体維持機能までをも無効化した。

 

大和が危険な状態に晒されたのは、生体維持機能が働かなかったところが大きい。そして完全に潰された左眼は修復が難しく、下手をすれば一生左眼を使うことが出来ないかもしれない……とのことらしい。

 

 

 

背けたくなる現実から数時間。多少の落ち着きを取り戻した一室に作戦に参加した全員が集められた。落ち着きを取り戻したとはいえ、メンバーの表情は暗かった。

 

いつもいるはずの二人の存在がない。いない理由が怪我をしたからと、なんとも皮肉なものであるが故に、二人に関しての話題に触れることはなかった。

 

 

今後の行動、流れに付いて話し合われているが千冬の話に大和の状態についての話は一切無い。あえて皆にトラウマを思い出させないように配慮しているのかもしれないが、メンバーの中でただ一人、どうしても知りたいメンバーがいた。

 

それは。

 

 

「お、織斑先生!」

 

 

ラウラだった。話を止め、ジロリとラウラの方を千冬は見つめる。

 

 

「どうした? 今はお前たちの質問に答えている暇はない。発言を慎め」

 

「それは分かっています! それでもやっぱり……お兄ちゃんの状態が気になって……」

 

「……」

 

 

ラウラの言葉に千冬の表情が強張る。

 

あまり聞いてほしくなかったと言いたげな感情が、ひしひしと伝わって来た。答えたくないというのは、イコール大和の容態が芳しくないことを意味する。

 

だがここで引き下がるほどラウラも従順ではない。

 

血の繋がりは無くても初めて自分を認めてくれ、家族として、妹として受け入れてくれた大和の状態を聞かずにはいられなかった。

 

何か一つでも大和の情報が欲しい。その一心で千冬をじっと見つめる。そして千冬は、ラウラの行動に少し驚いた表情を浮かべた。

 

だがここまで強く押しきられたら千冬も黙っているわけにはいかない。

 

 

 

「……幸い、一命は取り留めたそうだ」

 

 

千冬の口から発せられる経過に、ラウラはホッと胸を撫で下ろす。

 

もうダメかもしれない。

 

一度は脳裏を過った最悪の展開を回避することは出来たことに、ラウラだけではなく場にいた全員が一安心する。自らの手の中でぐったりとしたままの大和を、涙ながらに運んだ。

 

手術自体が上手くいっているのだから、きっとまた元気な姿で戻ってきてくれることを誰も疑わなかった。あの男なら、大和なら、と。

 

しかし次に発せられる千冬の言葉に、一同は現実を思い知らされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だが、出血多量によるショックで意識がまだ戻っていない。織斑も意識は戻っていないが、霧夜は更にひどい状態だ。最悪、二度と目を覚まさない可能性もある」

 

「え……?」

 

 

安堵から一転して奈落の底へと叩き落とされる。

 

手術が成功しているのに、どうして目を覚まさないのだろう。

 

 

「そして霧夜の左眼は」

 

 

聞きたくない。

 

誰もが目をそらし、耳を傾けたくなくなる現実を千冬は平静を装って伝えた。

 

 

 

「―――もう二度と、視力が戻ることはないそうだ」

 

 

千冬の口から告げられる残酷な現実。

 

彼女の言葉に、場にいる全員の頭の中が真っ白になった。

 

意識が戻るかどうかも分からない。大和がどのような状態なのかを悟れないほど、皆子供ではない。仮に意識が戻ったとしても、切り付けられた大和の左眼は二度と……二度と光が灯すことはない。

 

外の世界を見れないことがどれだけ惨めなことか、自分の目を失うことがどれだけ苦しいことか。大和に降り注ぐ精神的なダメージは計り知れない。

 

 

皆が現実に絶句し、身動き一つ取れなくなる中、カタカタと震える人間が一人。

 

 

「貴様ぁ! 何故あの時お兄ちゃんを助けなかった!」

 

「―――ッ!!」

 

 

突如、激昂したラウラが怒り任せにその人物へと歩みより、胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。兄が生死の境をさ迷っている状況を知らされて、感情をコントロール出来るほどラウラは精神的に大人ではない。

 

立たせた人間は箒だった。鬼の形相で睨み付けるラウラとは対照的に、箒はバツが悪そうに視線を背ける。

 

 

「貴様が慢心などしなければお兄ちゃんは、お兄ちゃんはっ!!」

 

「ら、ラウラ! 気持ちは分かるけど落ち着いて!」

 

「ラウラさん! それはダメですわ!」

 

 

近くにいたシャルロットとセシリアが慌てて止めに入った。

 

シャルロットが二人の間に割って入り、セシリアがラウラを箒から引き剥がそうとする。

 

ラウラも大和がいなければ、ここまで変わることは無かった。大和の考え方や生き方が、ラウラの生き方に大きく影響を与え、『お兄ちゃん』と慕うようになるほど、彼が大切な存在なのは誰もが知っている。

 

大切な存在を傷つけられて激昂したくなる気持ちは分かるし、仮に自分たちが同じ境遇に置かれれば、同じことをするかもしれない。

 

だがここで箒を責めたとしても、起きてしまった過去を変えることは出来ない。

 

 

ラウラとて分かっている。

 

箒をつめるようなことをしても、何一つ解決などしないし、大和が元気に戻ってくることなどないと。しかし、沸き上がってくる感情をどこかにぶつけずにはいられなかった。

 

大和が最後に残した『篠ノ之を救って欲しい』という一言を忘れた訳ではない。だが、いざ現実を思い知らされると、大和の言葉よりも大和が大怪我をしたという事実ばかりが先行し、感情をコントロール出来なかった。

 

 

「ぐっ……くっ、う、うぅ……」

 

 

失った存在はあまりにも大きかった。

 

先ほどまでは鬼の形相で、箒の胸ぐらを掴んでいたラウラも現状を受け入れると同時に崩れ落ちる。

 

表情は歪み、瞳からは大粒の涙が溢れ出てきた。抑えきれない感情がボロボロと滴となってラウラの頬を伝う。ラウラが泣き崩れる姿など、クラスメートはおろか千冬さえ見たことがない。

 

 

「う、うぁあああああ……!」

 

 

悔しい。

 

確かに箒の行為は、大和が負傷する要因の一つになった。だが、それは事実だったとしても、大和が戦っている時に自分は何をしていたのか。

 

一夏と箒のサポートもままならないままだったのに対し、大和はたった一人で得体の知れないISと戦っていた。助けられなかったのは、自分たちの力不足だったから。

 

だが、これだけの実力者が集まったというのに一夏を負傷させ、銀の福音を捕縛することも出来ず、一人になった大和までも負傷する何の成果も得られなかった現状をただラウラは嘆いた。

 

自分に力が無かった。

 

何も出来なかった。

 

何一つ救うことも守ることも出来なかった。

 

泣いても、あの時間は戻ってこない。

 

 

「ラウラ……」

 

 

シャルロットはラウラの元に歩みより、崩れ落ちるラウラを慰める。

 

ラウラの精神的なダメージがどれ程のものかは、表情を見るだけで分かった。でも自分には何もしてやれない。出来ることといえば、多少気持ちを和らげるように慰めることくらいだ。

 

両手でラウラの体を包み込み、胸元へと抱き寄せる。人目も憚らず泣き続ける姿を、誰もが呆然と見つめるしかなかった。

 

 

「報告は以上だ。作戦は追って通達する。それまでは各自待機するように、解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇー。折角織斑くんに色々と手取り足取り教えて貰えると思ったのになぁ〜」

 

「仕方ないよ。非常事態だったみたいだし、私たちが何とか出来る問題じゃないから」

 

 

ところ変わってここは旅館の一室。

 

実習が中止になり、各々部屋へと戻った生徒たちは特にやることもなく、ひたすら流れゆく時間を過ごしていた。自由時間でもなく、ただ待機しろと言われただけに何をすればいいのか分からない。

 

今さら参考書を開いたところで勉強する気にもならないし、前提として参考書自体持ってきていない。

 

 

「おーおー、本命がいると余裕も違うねーナギっち」

 

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

 

どうやらまるっきり暇という訳ではなく、会話をかわせる相手もいる為、そこまで退屈するようなことはなかった。

 

 

「そういえばナギが着けてるネックレスってプレゼントだったりするの?」

 

 

ふと、話題はナギの着用しているネックレスに移る。

 

買ってもらった時は、自分が大和と出掛けている事実を知られたくなくて、着用は控え目だったが、晴れて付き合うようになってからは人目を気にせずにつけるようになった。

 

今となっては懐かしい、大和と初めて買い物に出掛けたときに、ガラスショーケースに飾ってあったネックレスで、バイトをしていない高校生が買うには、中々手痛い出費になるほどの金額だった。銀基調の色合いに、キラキラとした宝石が指輪についたネックレスで、着けているとかなり目立つ。

 

まさか買い物が終わった後に、手渡されるとはナギも想像できず、より大和への想いが深まったのを実感した。

 

 

「え? うん、そうだけど……」

 

「やっぱり霧夜くんのプレゼントとかかな?」

 

「う……はい」

 

「えー、いいなぁ!」

 

 

人から貰うプレゼントは、自分で買うよりも格別に嬉しいもの。しかも気になる異性から貰ったともなれば、嬉しさは倍増する。

 

男性から貰ったプレゼントには、特別な思いが込められていると誰しもが思うだろう。実際、大和が送ったネックレスはそこそこの金額にはなるし、おいそれと買って貰えるような代物ではない。

 

いくら感謝の気持ちを込めてとは言われても限度がある。ナギも中身を確認した時、驚きのあまり少しの間言葉を失っている。特別な人に送るプレゼント、それは同時に好意の結晶でもあった。

 

 

「私もどこかに運命の人が転がってたら良いのになぁー」

 

「理子は彼氏居たんじゃないの?」

 

「えー? そんなのとっくに別れちゃったよー。いい人だったけど、私がIS学園に行くって言ったら物怖じしちゃって……ほら、やっぱり一般世間ではそういう風潮じゃん?」

 

「まぁね。逆にうちのクラスが珍しいのかなぁ」

 

 

理子の言うように一夏、大和と二人の男性がいるが、二人を邪険に扱ったり差別したりする生徒は一組に居ない。入学した生徒、元々いる生徒の中には女尊男卑の思考に傾いている生徒だっている。

 

一概には何とも言えないが、クラスで差別をする生徒は一人とて居ないのは事実だ。

 

 

「でもいいよねぇ。好きな人からのプレゼントだなんて」

 

「うぅ……私たちももう少し早く声を掛けていたら可能性もあったのかなぁ?」

 

「さぁ? でも聞く感じだと霧夜くんって一途そうじゃない?」

 

「どーなんだろ。ねえナギ。霧夜くんって二人でいる時はどんな感じなの?」

 

 

話はネックレスの話から、プライベートの大和の話へと移り変わる。この中の誰より、いや学園の中で誰よりも大和のプライベートを知っているであろうナギへと話を振る。

 

 

「な、何で大和くんの話?」

 

「いくら付き合っているとはいっても気にはなるよね。私たちといる時の顔と、ナギと二人きりである時の顔があるでしょ?」

 

「う、うーん?」

 

 

いきなり言われても、と困った顔を浮かべる。普段の大和と二人きりの時の大和の違いを聞かれてもイマイチピンと来ない。

 

端から見たら違うのかもしれないが、付き合い始めたのはつい最近のことだし、頻繁に連絡を取り合っている訳でもない。昨日、偶々ロビーにいた時に出会したとはいえ、いつもと変わった素振りなんかは……。

 

 

「……」

 

 

あった。それも盛大に。

 

普段は誰にでも平等に接するはずの大和だが、自身と一緒の時は声のトーンが高い上に、少しだけ子供じみた一面も垣間見える。

 

少しいたずらしてみたくなったという理由で、背後から人を驚かせたり、自虐に走ったりと、普段の学園生活では見れない、大和の一面を見ている。

 

手を繋ぐだけでも、肩を寄せるだけでも分かる大和の心拍数。共にいればいるだけ、大和が自身のことを意識してくれているのがひしひしと伝わってくる。

 

格好よく、大人びた一面だけではなく、少しだけ甘えた子供っぽい一面もある。これを知っているのは自分だけだろうか、そう思えば思うほど嬉しくなるし、ドキドキが止まらなくなる。

 

ポーっとしたまま動かないナギ、気持ち先ほどよりも赤らめた頬が普段の大和を想像していることが容易に分かった。

 

当然、周囲の生徒たちは自分の世界に入られているが故に面白くない。

 

 

どうしてやろうか。そんなことを一同が考え始めると同時に、癒子の腕が、他の子よりも存在感のある二つのメロンに伸びる。

 

音で例えるならぐにゃりという効果音が的確だろう。自分の世界に入り浸っていたナギの思考は、瞬く間に現実世界へと引き戻され、羞恥心からか一気に顔を紅潮させた。

 

 

「ええい! 羨ましいなこのこの! このお色気ボディで霧夜くんも悩殺かぁ!」

 

「ちょ、だからそうやって人の胸を勝手に揉まな……ひぃん!?」

 

 

柔らかく、揉みごたえのある感触。

 

制服を着ているときは制服が固い生地の分押し潰されて表面上は目立ちにくいが、実際さわると柔らかなクッションのようになっている……とのこと。

 

そして浴衣姿も同じであり、脱ぐと色々な意味で凄いらしい。

 

本人もちょくちょく、そのけしからん肉を寄越せと揉まれ続けているが、あまり言いようには捉えてないらしい。

 

下手をすればセクハラだ。友達だからこそ許してはいれど、我慢するのも一苦労。何でこんなに育っちゃったんだろうと前の自分を思い浮かべながらも、手を引き剥がしに掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからやめてって……ば!」

 

 

手を振り払おうとした瞬間、ブチッという音と共に畳の上に何かが落ちる音が鳴り響く。落ちた音までは聞こえなくとも、何かがちぎれる音は場にいた全員が聞こえた。 

 

 

「ご、ごめん! ブラのホック千切れちゃった?」

 

「う、ううん。千切れたのはそっちじゃなくて……」

 

 

胸から手を下ろし、ナギが指差す方向を見つめる一同。畳の床に転がっていたのは銀で出来た輪っか、指輪だった。

 

どこからこの指輪が落ちたのか。

 

その結論はナギの首もとを見て全員が悟る。着用していたネックレスの金属が切れ、切っ先から指輪が滑り落ちたのだと。

 

まさか先ほどの行為で千切れてしまったのだろうか。

 

いや、ネックレスに負荷が掛かるようなことはしていないし、付加が掛かるようなことがあれば、その前にナギの首が絞まっている。当然苦しくなるだろうし、ナギは胸を揉まれる以上にいやがるはず。

 

だがそのような素振りは何一つ見せることは無く、どうして千切れてしまったのか一同も、ナギ自身も分からずただ首を傾げるしか無かった。

 

 

「う、うそ! 何で?」

 

「わ、分からない。買って貰ったばかりだよねナギ?」

 

「そ、そのはずなんだけど……」

 

 

慌てて落ちた金属紐と指輪を拾う。だが千切れた金属を再度繋ぎ合わせることは出来ないし、今まで通りのネックレスとしての使用価値は全く無い。

 

折角買って貰ったのにどうしようと、大和に申し訳ない気持ちで一杯になると同時に、ナギの脳裏に一抹不安が過る。

 

 

 

実習が中止になった時、専用機持ちが招集されたのは、ナギも見ている。あの招集はなんだったのだろうか、誰がどう見ても非常事態が起きたようにしか見えない。

 

なら、非常事態の対処に大和が駆り出されていると考えても、何ら不自然はない。

 

 

(こういうのは、あまり信じたくはないんだけど……)

 

 

人から貰ったものが急に壊れた時、相手に不幸が襲い掛かるといった噂をよく聞くことがあるだろう。

 

オカルト的な話のためあまり信じたくは無いが、何ともなかったネックレスが急に壊れるなど、普通に考えてあり得ない話だ。

 

まさか大和の身になにかあっただなんて……。

 

 

ないとは言い切れない。

 

昨日二人きりで過ごしていた時、大和が急に左眼を押さえて痛がり始めた。痛がり方が平常時では無いような痛がり方だったし、診てもらおうと提案しても大丈夫だと断られてしまった。

 

朝あった時は何ともなく普段通りにしていたが、もし痛みが原因で大和の身に何かあったとしたら。

 

 

(大丈夫だよね。大和……くん?)

 

 

指輪を握りしめるナギの杞憂が晴れることは無かった。

 


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