「さて、本来ならこのまま授業に入るところだが、今日は先に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」
一時間目が始まり、普段通りの授業が始まるかと思いきや、始まったのはクラス対抗戦に出る人物の選定だった。
「クラス代表者とは、対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会への出席など……まぁクラス長と考えてもらっていい」
一般的にクラス委員長を決めるってことみたいだ。
自分で立候補するならまだしも、あんまりやりたいとは思わないよなこういうの。自分の時間が削られるし、責任は全部委員長がみたいな雰囲気になるし。
小学校や中学校だと、大体手を上げる奴は決まっていて、みんながそいつに押し付けるようにしたことで解決していた。だからどこのクラスにもそういう人間は一人ないし二人はいたために、クラス委員長は数年間ずっと同じで、選挙なんかも出来レースみたいになっていた。
IS学園がどうなのかは知らないけど、よっぽど自分に自信がある人間じゃない限り、立候補なんてものはないはず。ってことは残るは推薦だけど……
さて、誰が選ばれることやら。
「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
千冬さんはぐるっと教室全体を見回しながら、誰か挙手をしないかどうかを確認する。すると早速、俺の右隣の子が手をサッとあげた。
「はい! 織斑くんを推薦します!」
「え?」
「私もそれが良いと思います!」
「うあっ!? お、俺!?」
哀れ一夏、はじめに発言した子を皮切りに、次々と推薦されていく。自分が選ばれるなんて思ってもみなかったのか、助けを求めるように辺りをキョロキョロ見回す。
当然、一夏と俺以外のクラスメイトは女の子しかいないから、誰に助けを求めても同じだ。たぶん実力云々に、うちには世界で唯一ISを動かすことが出来る男子いるっていうのを他クラスに宣伝したいんだろうけど……選ぶ理由としては不純かもしれない。
消去法でいくのなら代表候補生やら、ISの稼働時間が長い人間をチョイスするのがベター。
推薦されたことに納得がいかないのか、一夏は立ち上がって千冬さんに抗議する。
「ちょっと待て! 俺はクラス代表なんかやらないぞ! 拒否します!」
「推薦されたものに拒否権はない。他には誰かいないのか?」
悪魔の判決っちゃそうかもしれないけど、言うことは理にかなっている。そもそも推薦された人間には拒否権はない、決めるのはあくまで周りの人間なわけだから。
「なっ!? じゃあ、俺は大和を推薦します!」
げ、こいつ!?
「あ、私も霧夜くんを推薦しまーす!」
「私もー!」
一夏の一言を皮切りに、対象が一夏から俺に移ってしまう。正直このまま黙っていればうまくごまかせると考えていたのだが、とんだ計算違いだ。
「テメッ、一夏! 俺まで巻き込んでんじゃねえ!?」
「俺だけになってたまるか!」
「別の人間推薦すりゃいいだろう!? 何で俺にしやがった!!」
俺もその場に立ち上がって、一夏に対して視線をぶつける。一夏の事だし、自分が推薦された動揺でこのまま俺の存在を忘れていてくれないかなと思っていたが、どうやら天はそこまで優しくなかったみたいだ。
くそう……今までクラスの代表なんてやったことないぞ。クラス代表になるメンツも決まってたし、そいつら以外の人間は我関せずって状態だったんだから。
まさかのとばっちりだ。このままだと、俺か一夏のどちらかがクラス代表に決まってしまう。何か手はないのか!?
「二人とも静かにしろ。候補は二人か? これ以上手が上がらないなら、クラス代表はこの二人の――――」
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
二人の内のどちらかが投票でクラス代表に決まりかけた瞬間、後ろの方の席からバンッ! と机を叩いて立ち上がったクラスメイトがいた。
口調や態度でその人物が誰なのか、すぐに理解することが出来た。やれやれ、またあんたかオルコット。
不機嫌さを隠そうともせず、オルコットは啖呵を切って強い口調で話を進めていく。
「そのような選出は認められません!! 男がクラス代表だなんて、いい恥さらしですわ!」
選出も何も、俺達は別に自分からやりますと立候補したわけじゃない。他者の推薦なんだからその選出が認められないっていうのはおかしくないかい? しかもその言い方は完全に差別意識を含んだもので、こちらの頭にはカチンとくるものがあった。
一夏も同様に思ったのか、まだ爆発はしないもののムッとした表情で、オルコットのことをにらみ返す。
俺もイラッときたけど、相手にするだけ面倒だと思ったからスルーを決め込むことに、相手していたらこの身がいくつあっても足りない。
「このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」
屈辱が嫌なら、そもそもこのクラスに居なければ……って無理か、後になってのクラス変更は原則認められていない。それはIS学園に限らず、どの学校でもそうなっているはずだ。
オルコットはまだ言い足りないのか、思いつく罵声の数々を口々に言っていく。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは当然、それを物珍しいからと言う理由で極東の猿にされては困ります!」
もともと人間は猿なんだけど、その辺りはどう考えているんだろうか。それでは自分は猿とは全く違った別の生き物ベースで生まれてきたとでも言わんばかりの口調にも捉えられる。
投げかけられる侮蔑を含んだ言葉の数々にそろそろ我慢の限界なのか、一夏は拳を強く握り締める。そんな一夏の様子にも気付かず、さらにオルコットは言葉を続けた。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――――」
ブチッ!
切れてはいけない音が切れてしまった。まぁ、オルコットも散々言ってたから仕方ないなこればかりは。俺が一夏を止める道理も見当たらない。
「イギリスだって大したお国自慢無いだろ。世界一不味い料理で、何年覇者だよ」
的を得過ぎた正論過ぎて何も言葉は浮かんでこなかった。一夏の切り返しに気がついたオルコットは、顔を真っ赤にしながら怒りをぶつけてくる。
「あ、ああ貴方! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に日本のことを侮辱したのはそっちだろ」
一夏の言う通り、先に侮辱したのはオルコットだ。小学生の時よくあったよな、先にやった奴が悪いみたいな風習。……悪いことやったんなら、先だろうが後だろうが関係ないって話。
話を戻すと、島国って言ったらイギリスも島国だし、そもそもISを開発したのはその極東の島国の人間であることを彼女はすっかり忘れているみたいだ。
じっと互いに睨みあいながらこう着状態が続く。そんな一触即発の状態にも関わらず、千冬さんはニヤリと微笑みを浮かべて、どこかこの状況を楽しんでいる素振りを見せる。一方の山田先生は教室の端で、どうすればいいのかオロオロするばかり。つまりはいつも通りってことだ。
その数秒続く静寂を切り裂いたのは、オルコットだった。
「決闘ですわ!」
「ああ、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」
オルコットと一夏は二人で勝手に盛り上がってしまっている。っていうか千冬さん、この状況止めないんですか?
「ワザと負けたりしたらわたくしの小間使い、いえ奴隷にしますわよ!」
ああ、そういえばイギリスってイギリス帝国時代に奴隷貿易を行っていたっけな。今となってはかなり昔のことだけど。
「ハンデはどの位つける?」
「は? あら、早速お願いかしら?」
「いや、俺がどの位ハンデをつけたらいいのかなーと」
一夏が発言をした途端、千冬さん、山田先生、篠ノ之、俺を除いたクラスの全員の笑い声が響き渡った。そんな状況を一夏は全く呑み込めていないのか、何でとばかりに周りを見渡す。
「アハハ、織斑くん、本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのってISが出来る前の話だよ?」
「もし男と女が戦争したら三日持たないって言われてるんだよ?」
口々に言われる発言に、一夏はしまったとばかりに首をかしげる。苦笑か嘲笑か、どれなのかはわからないが少なくとも、一夏が馬鹿にされているっていうのは分かる。
……確かにその通りだけどな、今の現状は。ISを動かせるのは女性だけだし、ましてや男性は動かすことすらままならない。物理兵器を持ち出したとしてもシールドや絶対防御を持つISの前には太刀打ちなど出来るはずもない。
IS専用の武器を使えば、ISにダメージを与えることは出来る。……かもしれないが、生憎男性はISを纏うことはできないため、防御は完全に生身。一撃を当てたとしても、精々それが精一杯ってところだ。常識的に考えて、ISに生身で勝つことは出来ない。
……常識的に考えれば、の話だけどな。
「むしろわたくしがハンデをつければいいのか、迷うくらいですわ。日本人の男性はジョークがお上手ですのね」
「……ならハンデはいい」
「お、織斑くん。今からでも遅くないよ、ハンデをつけてもらったら?」
俺の後ろに座っている眼鏡の子……確か
「男が一度言ったことを覆せるか。だから無くていい」
「ええー、それは舐めすぎだよぉ……」
喫茶店で千冬さんが言っていた、女性に媚びることを嫌うっていうのは本当だったみたいだな。よく言ったと褒めてやりたいところだが、代表候補を争う決闘っていうのは、俺自身も含まれていることになる。
話題にこそ出てこないが、三人での戦いをするっていうのは間違いないだろう。そう考えると骨が折れる。
「それから黙っている貴方も、参加していただきますわよ!!」
「俺も?」
「当たり前ですわ!」
やっぱりこうなるのな、何となく分かっていたけど。
こっちが断れば、これだから男は軟弱だの、やっぱり口だけですわねなどと言われるのは目に見えている。
俺自身が言われるのはいいけど、一夏や他の子達に迷惑をかけたくはない。
軽くあしらう感じでこの場はやり過ごそう。
「分かった分かった。もうそれでいいから」
「なっ!? 何ですのその態度は!? これだから男というものは……」
一夏から俺に標的を変えてまくしたてる、応えたかと思えばこれだ。言い方がお座なりだったかもしれないけど、俺一人の行動で男性というものを卑下するのはどうなんだって話になる。
彼女のこの態度ばかりは気に入らない。高貴な家系に生まれた人間の言葉遣いに関しては気にならないけど、男に対する高圧的な態度と男に対するその偏見的な考え方、それに関しては話は別。
女尊男卑の風潮にただ染まっているだけなのか、それとも過去に男性がらみで何かあったのか。そんなことは分からないけど、俺のストレスをためていくには十分だった。
女がいなきゃ男は生きていけないなんて言われるけどな……
「男のことをどう思おうが構わない。ただオルコット、アンタはその男がいなけりゃこの世に生まれることすら叶わなかったんだぜ?」
「う……そんなこと分かっていますわ! あなた! あなたもどうやら、わたくしに小間使いにしてほしいんですわね!?」
俺の態度がお気に召さなかったらしい。少し気に入らないからって、小間使いとか奴隷とか言うのはやめようぜ。そもそも小間使いになる気も奴隷になる気もない。
「勝手に決めるなって。代表決めの決闘ですべてを決めればいい」
「まるでわたくしに勝てるかの様な口ぶりですわね!?」
「負けること前提で戦いに行く人間はいないだろ?」
「くっ、ああ言えばこういう……」
ある程度言ったところで、俺も完全に興が覚めた。たまっていたものをかなり穏やかではあるが吐き出したし、もうこれ以上何か言うこともない。
顔を真っ赤にさせながら、俯いて怒りを堪えるオルコット。どうやら今の言い方が相当気に入らなかったみたいだ。
少しやり過ぎたかもしれないと思いつつ、俺は黒板の方へ向き直った。
俺的にはこのクラスの異様な雰囲気の方を早く変えてほしいし、これ以上いがみ合って居ても、状況が変わるわけではない。
未だ一夏はポカンとしながら立っている。とりあえず、一夏も座って千冬さんの指示を仰ごう。この場を終結させることが出来るのは、千冬さんしかいない。
「一夏も座れよ。もう言うことは言ったし良いだろ?」
「あ、あぁ……」
俺に促され、どこか納得の行かない表情を浮かべながらも、渋々席に着いてくれる。その様子を見届けた千冬さんも、次へ進もうと何かを口にしようとした。
だがその言葉が発せられることはなかった。
「全く、とんだ礼儀知らずな男でしたわ……」
まだ言い足りないのか、俺たちに向かって聞こえるような声で囁く。当然その声は千冬さんにも聞こえているわけだが、千冬さんは表情一つ変えることはなかった。ただ話そうとするのをやめると同時に、醸し出す雰囲気には明らかな怒りというものが目に見えた。
千冬さんも強い男性は何人も見て来ている。
このような世界にはなってしまたものの、決して男性を見下そうとせず、相手に関係なく接する心を持っている人間としても優れた人だ。だからこそ、いつまでも男性に対して執拗なまでの軽蔑をするオルコットのことが気に障ったのだろう。
オルコットの言葉も、ここまでだったら何か喚いている。
そんなやれやれとした感じで済ませることが出来た。クラス代表を選出するための方法が決まり、普段通り授業が始まって、あーでもないこーでもないと頭を悩ますんだと。
そう、思っていた。
……だが
「高貴なわたくしが、こんな男と一緒のクラスとは」
世の中にはその人にとって絶対に許せない言葉ってものがある。高校生にもなれば、言ってはいけないことくらい想像はつく。
なのに……
「全く……」
あろうことに
「その程度の男ってことは、世話した人間も余程常識知らずの、ロクデナシみたいですわね」
俺にとって最も言ってはいけない単語を言いやがった。
「おい! お前いい加減に――――「……良い、一夏。後は俺がやる」――――ッ!?」
オルコットの言った発言にまっ先に反応したのは一夏だった。立ちあがって詰め寄ろうとする一夏を威圧を込めて止め、言葉を残した時には既に床を蹴っていた。
距離自体もさほど離れていないから、誰も気付かないうちに、オルコットの机に接近することは難しいことではなかった。接近後、そのまま机の上に勢いよく乗る。
「……え?」
―――家族を馬鹿にされたこと、一夏はそれを俺がバカにされたと理解した上で怒ってくれたんだと思う。
知り合ってまだ一日しか経っていないのに、俺のことをマジで友達だと思ってくれて、本当に感謝してもし切れない。
一夏も肉親は千冬さんだけだ。たった一人の家族を馬鹿にしたらどうなるかは誰でもわかる。だが、この時に理解できたのは一夏だけだった。それはオルコットから敵意を受けていた人間の一人だったから。
だからこそ分かった、千冬さんがいるこの状況でオルコットが自分を馬鹿にするはずがない。自分じゃないとすれば今の家族に対する侮蔑は俺に対してのものだと。
ダンッ! という衝撃音とともにオルコットの顔が、一気に恐怖に染まって真っ青になるのがよく分かった。
反応すら出来なかったことだろう。あくまで気がついたのは俺が机の上に乗ったから。高々これしきの接近に反応一つできないとは。この程度で代表候補生を名乗っているなんて笑わせてくれる。
ISに乗ればどうだか知らないが、ISに乗らなければただの女性だ。武道をかじっていたとしても、実戦でいくつもの修羅場をくぐりぬけてきた人間からすれば大したことはない。俺からすれば今の丸腰のオルコットなど、赤ん坊の手を折るほどに容易い。
おびえるオルコットをよそに、静かな口調で、ただ怒りというものを隠そうともせずに威圧する。
「あ、あなた!! こんなこと「黙れ」ひっ!!?」
完全に黙ったオルコットに、俺はなおも続けていく。
「お前今なんつった。あ?」
「あ、何を――――」
「何の権限があって……人の両親を馬鹿にしたって聞いてんだッ!!!!!」
「ひぅ!!?」
顔を青ざめさせながら、カタカタと身体を震わせ、涙ながらに声にならない悲鳴を上げるオルコット。周りのクラスメイト達もあまりの豹変ぶりに恐怖し、身体を震わせて泣きそうになっている者もいた。
俺としてもこんなつまらない争いに巻き込んでしまって申し訳ないと思う。だがこれだけは俺にとっては絶対に許すことは出来なかった。
俺のことを家族だと言ってくれた千尋姉を、身寄りのない俺を今まで我が子同然に面倒をみてくれた俺の大切な人を……ロクデナシだと?
……ふざけるなよ。
怒りがとめどなくあふれ出し、右腕が今にも奴の顔面を打ち抜こうとばかりにガタガタと震えるが、全身の力を込めてそれを抑えようとする。
怒りを必死に抑えようと握りこんだせいで爪が掌に食い込み、そこからポタポタと血があふれて机の上に落ちていく。本当にやっていいのならこんな我慢なんかしたくない、我慢なんて物を紐解いてすぐにでもぶん殴ってやりたい。でもその衝動を無意識にストッパーを利かせて止めていた。
殴ったところで俺に何が残るのか、果たして殴って誰かが喜んでくれるのか。何かが残るわけでも、誰かが喜ぶわけでもない。
殴った後、俺とオルコットの間には因縁が残るだけだ。殴る行為についてもただの憂さ晴らしにしかならない。だから何があっても、こいつを殴りたくないし殴れなかった。
俺の拳から滴り落ちる血を見て、オルコットの表情は一層険しく、そして真っ青になっていく。
クラスメイトの何人かは俺が激昂した理由を理解したかもしれない。自分が何をしたのか、何を言ったのか。もし自分が俺の立場だったら、同じように怒っているかもしれないのだから。
どんな人間にも馬鹿にされたくない人、傷つけられたくない人は必ずいる。
オルコットが今、自分がしたことに気がついたとしても、謝罪を述べることは出来ない、というよりも言わせる気はない、お前が言った落とし前はきっちりとつけさせてもらうぞ。
「……良いか、男をいくら馬鹿にしようが俺は構わない。だがな、家族を……肉親を馬鹿にすることは誰であっても許さない。お前が今何をしたのか、自分の胸に手を当ててよく考えろ……」
「あ、あああ……」
「俺はお前を許さない。この借りは必ず倍返しで返す。……覚えておけ」
最後に一睨みすると俺は机から降り、涙で顔をビショビショに濡らしたオルコットを尻目に、自分の席へと戻っていった。
操っていた糸が切れたマリオネットのように、オルコットは膝からその場にへたり込んだ。先ほどまでの高圧的な態度は鳴りを潜め、口から漏れるのは僅かながらの吐息だけだった。
突然の俺の激昂に、クラスは相変わらず静寂に包まれている。誰一人として話そうとする人間はいない、それは千冬さんもだった。
先ほどまでは力を込めないと抑えきれないほどの怒りが体中を駆け回っていたが、自分を強引に抑え込むように気持ちを落ち着かせていく。そのおかげで、幾分冷静さを取り戻してきた。
キチンとした状況判断も今なら出来る、だからこそこのクラスの現状を理解できた。
「……」
水を打ったように静まり返るクラス、周りの視線は以前の興味を持った視線ではなく、俺に対して恐怖を覚える視線だった。こうなってしまったのも、完全に俺がブチ切れてしまったせいだ。俺が我慢出来なかった。
俺もきちっとケリをつけなければいけない。自分が原因でクラスをこんな状態にしてしまったことを、嫌われてしまうことを承知でやったのだから。
情けない。自分を抑えきれなかったことに対して、尋常なまでの倦怠感が襲ってくる。とにかく今やるべきことは、自棄になることでも落ち込むことでもない。
このクラスにいる全員に対し、自分なりに誠意を持って謝罪することだった。
意を決して、教壇にいる千冬さんの前に立つ。ここに来た時点で出席簿の一発や二発を覚悟していたが、出席簿が俺に振るわれることはなかった。
そんな俺のことを見つめて、沈黙を貫いていた千冬さんがようやく口を開く。
「……どうするんだ?」
「……皆に謝ります。それが今自分がすべきことだと思ったので」
「……好きにしろ。手早くな」
「すいません。ありがとうございます」
気にするなとアイコンタクトを送ると、教壇から降りて場所を俺に譲ってくれる。本当に人間として尊敬できる人だと、改めて感謝の念を抱きつつ、俺は教卓の前に立った。
相変わらず、静まり返ったままだ。俺はクラスを一回り見渡すと、意を決して口を開いた。
「……皆、怖がらせて悪かった。例えどんな理由があったとしても、皆に恐怖を与えてしまったことには変わりない。この場を借りて謝らせていただきたい。本当にすまなかった……」
ほぼ九十度のお辞儀で頭を下げる。決してこれで許してもらおうなんて思わない。少なくとも、自分のせいでこんな雰囲気にしてしまったことは事実であり、何も言わずにこのまま放置するなんて出来るはずがなかった。
だからあくまでこれは俺のケジメのつもりだ。
頭をあげてもう一回一礼すると、そのまま千冬さんの横を通り過ぎて、自分の席に着席した。
俺と入れ違いに再び千冬さんが前に立ち、静かなままの教室に声を響かせる。
「とにかく、話はまとまったな? それでは勝負は次の月曜、第三アリーナで行う。候補者の三人は、それぞれ準備をしておくように。それでは授業を始める」
「そ、それでは今日の授業は昨日の復習からです」
千冬さんの声で今まで黙りだった山田先生が覚醒、何事もなく……とはいかないものの、何事もなかったかのように授業を開始させた。
授業につられてクラスメイトたちも一斉に我にかえり、慌ただしく教科書やノートを広げ始める。ガタガタと授業中には響かない方がいい音が教室中に響き渡る。
いつもなら準備が遅いと、千冬さんから叱責が飛ぶものだが、今日は全くそのような反応は見受けられない。
本来なら、教科書もノートも筆記用具も全て授業前に、準備されていなければならない。しかしいつもとはまるで違った重苦しい雰囲気が、全員から授業という概念を消し去っていた。ましてやこのような異様な雰囲気の中、授業をしたいとも受けたいとも思えないだろう。
オルコットが千尋姉を馬鹿にするところを思い返すと、今は無償に腹が立つ。たった一人の肉親をロクデナシと罵られれば、我慢する方が難しいことだと思う。でも我慢出来ないにせよ、その行動で周りに迷惑をかけるのはやってはならないことだ。憤りと共に押し寄せてくるのは、クラスメイトに対する申し訳なさだった。
波乱の一日が始まった、今日これからどうやって過ごそうか。
そればかりが頭から離れなかった。