IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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我が名は

 

 

 

「ぐっ……くぅ……」

 

 

ぎりぎりと首を締め上げられ、苦しげな声だけが漏れる。福音の力が弱まることはなく、むしろどんどん増してきている。

 

幾人もの専用機持ちを沈めてきた『銀の鐘(シルバー・ベル)』が紅椿の全身を包み込む。

 

 

(これまでか……情けない)

 

 

光の翼が輝きを増していく。

 

一斉射撃の準備に入る福音を見ながらも、箒の頭の中は目の前の福音よりも全く別のことばかり考えていた。

 

 

一夏に会いたい。

 

すぐにでも会いたい、今会いたい。

 

ワガママだと思った。自分の感情のみで動いてなるものかと思っていたのに、最終的には自身の欲望ばかりが浮かんでくる。

 

怪我の療養の為に旅館にいる一夏が、こんなところに来るはずがない。意識も戻っていないというのに、どうやってここまで来るというのか。来ないはずの人間のことばかり考え、目の前の現実を見ようとしない。

 

やはり私は弱い人間だ……。

 

こんな時、霧夜が居たら何て声を掛けてきただろう。

 

分からない。

 

分からないけど、現実から目を逸らした行為について怒ることだろう。

 

現実から目を逸らすな、向き合って戦えと。

 

 

だがもう、戦う力は残されていない。先ほどがラストチャンスだったのに、そのチャンスにも神様は微笑んでくれなかった。負けてなるものかと挑んだ戦いだったのに、強大な力の前に屈する外無かった。

 

 

 

「いち……か」

 

 

知らず知らずの内に口から漏れる、愛しき人の名前。決して駆けつけてくれるはずの無い人を呟きながら、箒は来る攻撃に備えまぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

何の前触れもなく束縛していた手が離れた。

 

一体何が起きたのか。

 

困惑している箒が目の目に飛び込んできたのは、強力な荷電粒子砲の狙撃を受けて吹き飛ぶ福音の姿だった。

 

どこの誰が……と戸惑いを隠せない。セシリアでも、鈴でも、シャルロットてもラウラでもない。では誰なのか、遠距離から射撃出来る武装を持ち合わせている機体など、皆の認識にはない。

 

では一体この攻撃は?

 

疑問をもつ箒の耳に届いてくるのは、彼女が想いを寄せてたまらない声だった。

 

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねぇ!」

 

 

上空に響く声。

 

箒の、皆の視線の先には白く輝く機体がある。

 

 

「あっ……あっ……」

 

 

声が出てこない。

 

じわりと涙が浮かぶ視界の先に見えるのは、白式第二形態・雪羅を纏う一夏の姿だった。有り得ない、あの怪我でこれだけ早く復帰してくるなんて。

 

大和ほどではないにしても、幾多ものエネルギー弾を受け止めた一夏の背中はボロボロで、多少寝たくらいで回復するようなものには見えなかった。

 

その怪我をおしてでも来てくれた一夏に声を掛ける。

 

 

「一夏! 一夏なのだなっ!? 体は、傷は……!」

 

 

慌てて上手く言葉を伝えられない箒の元に飛んでいく。

 

 

「おう箒。待たせたな」

 

「よかっ……よかった、本当にっ!」

 

 

一夏が戻って来てくれた嬉しさから、ポロポロと涙を溢す。それはかなし涙でも悔し涙でもなく、紛れもない嬉し涙。そんな箒の表情を見ながら、一夏はクスリと笑う。

 

 

「なんだよ。泣いてるのか?」

 

「な、泣いてなどいない!」

 

 

ごしごしと、目元についた涙を拭う箒の頭を優しく撫でる。自身の行動で怪我をさせてしまったことを深く後悔し、様々な感情を内に秘めていたことだろう。

 

 

「悪い、心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

「し、心配などするものか! お、遅いんだお前は!」

 

 

これが俗に言うツンデレというものなのか。どうも自身の気持ちに素直になれず、強がりを言ってしまう性格らしい。本心では心配していない訳がない、もう二度と目を覚まさないのではないかと、最悪の事態さえ考えたほどだ。

 

だがこうして戻って来てくれた。箒にとっては一つ嬉しい朗報だったことは間違いない。

 

今の箒はトレードマークのリボンをつけておらず、腰まで伸びる長い髪を下ろしている状態。リボンは先の福音戦の攻撃が原因で焼ききれてしまい、使い物にならなくなってしまった。

 

髪の毛を下ろした箒も良いなと思う一夏だったが、やはり箒といえばロングポニーテールだ。たまには結わない髪も新鮮だが、彼女にはポニーテールが最もよく似合う。

 

そういえば……とおもむろに一夏が箒の前に手を差し出す。その手には布状の何かが握られていた。

 

 

「そうだ箒、これやるよ。ちょうどよかったかもな」

 

「え?」

 

 

箒の手にそっと、持ってきていたものを手渡す。

 

 

「り、リボン?」

 

「おう。誕生日、おめでとうな」

 

「あっ……」

 

 

七月七日。

 

一般世間でいう七夕は、同時に箒の誕生日でもある。

 

女の子にとって、自らが生まれた日を気になる異性に覚えてもらっていることがどれだけ嬉しいことか。それは箒の反応を見れば一目瞭然。驚いた表情を見せながらも、頬は若干赤らんでいる。

 

手渡された手前受けとるしかないのだが、箒には拒否する理由もない。

 

 

「折角だから使ってくれ」

 

「あ、ああ……」

 

 

ちなみにこのリボンは、一夏一人で選んだものではないのはご愛敬。年頃の女性に何を渡せば良いのか分からない一夏を見かねて、シャルロットが色々とアドバイスをしてくれたそうな。

 

だがそれは一夏しか知らない秘密。この状況でシャルロットに選んでもらったなどと、空気を壊すような発言をすることは無かった。

 

それにいつまでも和気藹々と話している訳にもいかない。まだ敵は生きている。幸い、一夏に食らった攻撃で体勢を崩されたようだが、すぐに一夏を敵だと認識し再度襲ってくるはず。

 

 

「さて、俺は行くわ。まだ終わってないしな」

 

 

攻撃から体勢を立て直し、向かってきた福音へと急加速した。

 

 

「じゃあ、再戦といこうか!」

 

 

再び、互いのプライドがぶつかり合う戦いのゴングが鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何の為に戦い、先に何を見出だすのか。

 

真剣に考えたことが何度あっただろう。自分の周りの人を、大切な人を守るために戦う。だが理由はそれくらいしか考えたことはない。

 

手を出さなくても周りが解決してくれるのであれば、態々しゃしゃり出る必要も無いのではないか。誰かの行動で皆が、大切な人たちが守られるのであれば結果良しではないか。

 

今ではそんな考え方さえ浮かんできてしまうこともある。自分が目立ちたいが為に先陣を切り、作戦を失敗するくらいであれば手を出す必要はない。

 

サボることばかりを考えた何とも言えない思考にはなるが、誰もが一度は考えたことがあるはずだ。自分がやらなくとも周りがやってくれる、解決してくれると。

 

 

では、どうしてそのように思ってしまうのか?

 

 

結論、楽が出来るからである。

 

自己犠牲をしてまでそこまでやる必要が果たしてあるのか。周囲に手伝ってくれる人がいたり、フォローしてくるケースであれば自分自身がやらなくとも解決してしまうことだってある。

 

 

「……」

 

 

でも、今の俺は果たしてそれを望んでいるのか。

 

―――否、違う。

 

 

自分で蒔いた種は自分で刈る、自分の敗戦は必ず倍返しにしてやり返す。守られていては意味がない、守られてるくらいであれば、専用機なんてもらう必要もないし、資格すらない。それにこんな仕事をすること自体が烏滸がましい。

 

この仕事『護衛業』を始めてから常に覚悟をして来た。

 

自身に力が、覚悟が無くなった時が、仕事から手を引くべきタイミングであると。

 

 

だが俺には絶対に譲れない信念と覚悟がある。高々一度の敗戦で心が折れるほど、柔な精神力ではない。この体が今まで通り動いてくれれば、まだまだ戦うことは出来る。

 

戦って必ず、リベンジをしてみせる。皆を守るため、己の信念を曲げない為にも。

 

俺は剣を取る。

 

 

 

 

病棟から抜け出し、幸いにも監視の目を無事にすり抜けて屋上までやって来た。

 

時間が時間ということもあり、通路を徘徊するのは定時に見回りをする看護師のみ。部屋にはどういうわけか、監視カメラが付いていなかったから人の目を盗んで逃げることは大して難しいことではなかった。

 

夜風が涼しい。

 

いや、夜というよりかはほぼ明け方といっても過言ではないだろう。夏を感じさせる早めの夜明けが、暗闇と相極まって不気味な雰囲気を醸し出している。近くに見える海は漆黒に包まれ、朝日による濃い青から真っ暗な闇へと変貌する。

 

手術で切られてしまった前髪の一部に違和感を覚えつつも、他に変わりがないことに対して安堵を覚える。大怪我をおってしまったが、どういうわけか痛みがない。腕の良い主治医に当たったのか、それとも純粋に俺の再生能力、回復能力が化け物並みに高いのか。

 

それは俺にも分からない。

 

だが、神様とやらは俺に最後のチャンスをくれた。神など信じもしなかった俺が、唯一感謝をしたことと言っても過言ではない。

 

再びこうして立ち上がらせてくれた。再起不能とも思えた怪我から復活させ、こうして俺は二足で地面を踏みしめている。生きていることの素晴らしさ、それを俺は再認識していた。

 

 

 

そして完全に潰されたと思っていた左眼。これも不思議と復活している。

 

が、以前のような左右対称の瞳ではなかった。

 

鏡で見る目はどこか恐怖すら覚えるほどに鋭く、真紅に染まる眼差しは、見るもの全てを凍りつかせるほどの異形さがある。IS登場以後適合性を上げるために人工的に移植されたラウラの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)とは違い、これは完全なる自然に開眼したもの。

 

従来あったはずの俺の左眼は完全に潰れていることから、怪我をしたことで体内の細胞が変化し、新しい眼を作り出したと考えざるを得ない。生物学的に有り得ない事象であるために、俺自身も体に何が起きているのかが分からない。

 

あまり人前で左眼を見せるべきではないと判断し、今はラウラが使っていたものと全く同じ眼帯を装着している。もしかしたらラウラが気を利かせて渡すように伝えてくれたのかもしれない。流石に刀傷が入ったまま、外を出歩くのは見映えもよくないし、怖がられるかもしれない。

 

何よりその傷を、異形と化した左眼を見れば誰もが理由を聞くだろう。

 

今回の任務は完全な機密事項として取り上げられているのに、この傷を見せてしまったら、興味を持った生徒が専用機持ちから聞き出そうとするかもしれない。下手をすれば自身が遺伝子強化試験体であることまで洩れてれてしまう可能性だってある。

 

眼帯を装着してても同じことが言えるが、少なくともこの傷と眼を見られるよりかは遥かにマシだ。

 

 

しかしまぁ、ラウラは本当に自信を持って自慢出来る妹になったと思える。俺が怪我をした時、想像を絶する精神的なダメージを受けているはず。仮に今戦っているとすれば、辛い感情を全て押し殺し、堪えているのかもしれない。

 

ラウラのためにも、俺はまたあの戦場に戻らなければならない。

 

 

気がつけば首からかけているネックレスに手を掛けていた。これから先、手放すまで俺のパートナーとなる。念じるように、俺の思いをネックレスへと伝える。

 

 

「そういえばまだ名前も決めて無かったな……」

 

 

篠ノ之博士より手渡された専用機。篠ノ之が貰った紅椿とは違い、この機体には名前がなかった。俺に決めさせようとしたのかどうかは分からないが、いつまでも名が無いまま使うわけにもいかない。

 

何度も言うようにこの機体は俺だけのものであり、自身が手放すまではパートナーとなる。

 

 

「ごめんな、こんなご主人で。お前のことをアレとかソレとか呼ぶつもりは無かったんだが、名無しなんて嫌だよな」

 

 

コイツにピッタリの名前、それをこの短時間で思いつくのは中々難しい。俺にしか付けられない、最も合うような名前は何か。少し顎に手を当てて考える。

 

意外にも専用機の名前はすぐに浮かんでくれた。こんな立派な名前で本当に大丈夫なのかと、我ながら妙なネーミングセンスに苦笑いが出て来る。

 

正直、手負いの俺に何処まで出来るのかは分からない。それでも今戦っている皆を置き去りにして、自分だけが戦いから背を向けることは許されない。

 

福音を、あの男を。次こそは仕留めて見せる。

 

 

「力を貸してくれ……!」

 

 

大怪我した人間が病院から逃げ出したら、皆どんな反応をするだろう。少なくともロクな反応は無いはず。怪我をした人間が許可も無しに外に出れば、大目玉を食らって最悪千冬さんに半殺しにされるかもしれない。

 

弱り目に祟り目。これほどこの単語が適切なケースはない。何も終わっていないのに今後のことばかりを考えると、むしろこのまま寝ていた方が良かったんじゃないかという気持ちばかりが先行する。

 

……なんて、俺が求めているのはそんな日常だった。皆で馬鹿やって、皆で怒られて、皆で笑えればいい。平々凡々な毎日を送れれば、俺は何一つ不自由しない。

 

もう十分だ、それだけで十分。これ以上は何一つ望みはしない。

 

ならさっさと事を片付けて、皆の元へ戻ろう。その為にも、まずは目の前の敵を片付けなければならない。

 

 

 

目を閉じ、心の底で新しい名前を念じる。

 

するとほのかにネックレスが発光し、幾多もの光の粒子が俺の周囲を包み込むのが分かる。

 

 

『若造が、生意気にも純粋な力を求めるとはな』

 

「ふん、良いだろこれくらい。お前にとっては造作もない力のはずだ」

 

『くくっ、そう来るか! 力だけを追い求めた人間は強大過ぎる力を飲み込まれる。貴様の謳い文句ではなかったか?』

 

「あぁ、そういえばそんなことも言ったっけな」

 

 

再度俺の頭の中に入ってくる声。

 

それは夢の中で一番最初に聞こえてきた声と全く同じモノだった。挑発的な物言いも、今では子守唄のようにしか聞こえない。コイツの言うこと全てを受け入れることが出来る。

 

コイツの言うとおり、力だけを求めれば俺の信念そのものを否定することになる。あれだけ純粋な力を否定し、嫌ってきた俺が、今まさにその力に手を付けようとしている。

 

いや、俺が欲しいのは純粋な力ではない。

 

俺が欲しいのは誰にも負けない、皆を守るための力だ。

 

 

「皆を守るための力が欲しい。皆を、大切な人を守れるのなら悪魔にでも身売りしてやるさ!」

 

『面白いっ。なら好きに使うが良いこの力を! 見せてみよ汝の覚悟を!』

 

 

力が奥底から沸き上がってくる感じがした。

 

満身創痍とも言える俺にも、まだ戦う力が残っていた。

 

不思議と何でもやれる、誰にでも勝てるといった根拠の無い自信ばかりが沸き上がってくる。このISが力を貸してくれているのかもしれない。

 

試運転をした時とは違った感覚。いつも以上に体が軽やかに感じた。俺の思いに呼応するかのように、光輝く粒子はやがて渦となり、俺の周囲をぐるぐると渦巻き始める。

 

 

『良いか。貴様のやることはもう決まっている』

 

 

何をやれば良いかなんて分かっている。こいつに言われなくとも、俺の目的はただ一つ。

 

 

『前だけを見ろ、後ろを振り返るな。立ち止まればそこで全てが終わるぞ』

 

 

全てが終わるまで立ち止まるわけにはいかない。知らないところで戦っている皆の元へ、なるべく早く駆けつけることが最優先。

 

 

他のことは考えるな、失敗したときのことを考えるな。

 

負けることを考えるな、勝つことだけを考えろ。

 

情けを掛けるな、手加減は無用だ。

 

怪我をしたから何だ。小さな言い訳で負けるような柔な鍛え方はしていない。

 

絶対に切り伏せる。あの醜い不愉快な笑みを、必ず絶望の淵へと追いやって見せる。

 

俺に喧嘩を売ったこと、二度と歯向かえないように後悔させてやる。

 

呪文を復唱するかのように何度も何度も自分自身に言い聞かせる。大丈夫、俺に出来ないことはない。

 

ネックレスを握る力を一層強める。

 

 

『時の流れに逆らうな。力に身を任せ、貴様は刀を振るい続けろ!』

 

 

 

俺の目覚めを信じて待ってくれてる皆のためにも。

 

知らないところで怪我をし、悲しませてしまった彼女のためにも。

 

遠くで俺のことを見守ってくれている、弱虫で大切な先輩のためにも。

 

俺に"人"としての生き方を教え続けてくれた家族のためにも。

 

 

この(賭け)、絶対に……絶対に負ける訳にはいかない!

 

 

俺に力を貸せ!

 

 

 

 

 

 

『叫べ! 我が名は―――』

 

 

どんなことがあろうとも、決して折れることの無い強靭な精神力。

 

朽ちることの無い闘争心。

 

何度負けても甦る不屈の翼。

 

閉じた眼をカッと見開き、俺はその名を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い! 不死鳥(フェニックス)!!!」

 

 

初めて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 

左手にシールド、雪羅を展開して福音に突っ込んでいく。シャルロットのガーデンカーテンとは違い、強力な攻撃さえも全て無効化してしまうといった、零落白夜のシールドバージョンになる。

 

当然、エネルギー消耗は通常のシールドとは比べ物にならないほど多いが、相手の攻撃を完全に防ぎ切ることが出来ると考えれば効果は絶大。エネルギーが続く限りは、攻撃を完封出来ることになる。福音の翼から発せられるいくつもの光弾は、一夏の展開するシールドの前にあえなく弾き返された。

 

福音には実弾兵器が搭載されておらず、シールドを張っている間は攻撃を通せない。これで一夏と福音の形勢は完全に逆転した。

 

二次移行(セカンド・シフト)した白式は四機のウイングスラスターが装備されたことで、機動力を大幅に向上させている。また以前使っていた瞬時加速(イグニッション・ブースト)ではなく、二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を可能としている。

 

福音とはいえ人間が搭乗しているのだから、関節がありえない方向へ曲がる動きは出来ない。無人機とは違い、可動範囲にも限界がある。それに最高速での細かい動きをすることは出来ないため、今の白式なら十分福音の動きについていくことは出来る。

 

 

「うらぁっ!」

 

 

懐に飛び込むと同時に蹴りを叩き込む。

 

福音の動きが鈍くなる。いや、鈍くなったのではなく白式が福音の動きについていっているのだ。機動力の向上により、福音の動きに対応し、厄介な光の雨には無効化出来るシールドがある。徐々に、福音が追い詰められているのは明白だった。

 

距離を取る福音、更に追い詰めようとする一夏だが、福音の動きを見て足を止める。

 

 

「っ!?」

 

 

翼を大きく広げたかと思うと、光弾を発射するのではなく、自身に翼を巻きつけ、球状の繭のような姿へと変化。見たこともない形態に、一夏の脳裏に一抹の不安が過る。

 

だが考える暇を与えるほど、現実は甘くない。

 

丸めた翼を再度広げると、全方向に対して嵐のようなエネルギーの雨を降らす。一個人ではなく、周囲を巻き込んだ広範囲攻撃に一夏の視線は、ダメージから回復してないセシリアや鈴の方へと向く。

 

無差別に狙った攻撃は自分だけではなく、周囲の人間全員を巻き込むことになる。

 

このままではマズい。

 

本能が悟り、慌てて皆の方向へと駆け出そうとする。

 

が……。

 

 

「なーにチンタラやってるのよ! あたしたちは仮にも代表候補生なのよ? 人の心配している暇があるなら、さっさとケリをつけなさいよ!!」

 

 

鈴からの叱咤激励に、駆け出そうとした足をピタリと止める。言葉の意味を把握したからだ、自分は何のためにここに来たのかと。

 

鈴の言うように、今は福音の無力化が最優先。本当に危ない状況であれば、声を掛ける暇すらないだろう。彼女の声に覇気があることを考えると、これくらいなら自分たちで対処出来る。だからお前は福音のことだけを考えろと、自分たちに無駄な心配を掛けさせたく無かった。

 

逆に福音の暴走を止められるのは、もう一夏しか居ないという事実にもなる。

 

 

「……分かった!」

 

 

とはいえ、一夏にはもう仲間を信じるほか無い。

 

これでまた鈴たちを気にかけていたら、前回の二の舞いになって何の成果も残せないまま、撤退する可能性も出てくる。自分たちは大丈夫だと言ってくれたのだから、とことん信じ切るのが筋。頭の片隅に鈴たちの無事を願いつつ、再び右手の雪片と左手の雪羅に零落白夜の光刃を作り出し、福音へと向かっていった。

 

福音に立ち向かう一夏の様子を遠巻きに見つめる箒。手渡されたリボンをギュッと握り締めながら後ろ姿を見つめる。

 

姫を守る騎士のように颯爽と現れ、危機から自分を救い出してくれた。嬉しさを遥かに飛び越え、心が熱を持って躍動し、心拍数がみるみる内に増えていく。

 

自身の前に割って入った一夏の後ろ姿を見て思った。

 

あぁ、いつの間にこれほど成長したのかと。剣道を始めた頃はほぼ同じぐらいの背丈、もしくは自分が高いくらいだったのに、今では十センチ以上、一夏のほうが高い。想像以上に大きく、逞しい肩幅。

 

一夏なら福音を止められるかもしれない。そう思うと同時に、何よりも強く願った。一夏と共に戦い、彼の背中を守っていきたいと。

 

強く、強く願った。

 

そして箒の想いと呼応するかのように、専用機『紅椿』の展開装甲から、赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。

 

 

「こ、これは……?」

 

 

ハイパーセンサー越しに伝わってくる情報で、機体のエネルギーが急激に回復していくのが分かる。完全に底を尽きかけていたエネルギーがどうして……。

 

 

(一体どうして?)

 

 

理由は定かではない。

 

ありえる可能性としては、箒の戦いたいという気持ちに、真の『強さ』を明確に理解したことに、紅椿の眠っていた性能が呼応したか。

 

モニターに映されるのは『絢爛舞踏』の四文字。

 

展開装甲とのエネルギー構築が完了し、紅椿が持ちうる唯一無二の能力、ワンオフ・アビリディーの文字が書き出されていた。

 

でもこれなら、まだ戦える。

 

また一夏の力になれる。

 

一夏から貰ったリボンで再度髪の毛を結い直し、福音へと照準を合わせる。

 

闇夜を切り裂くかのように、一夏の元へと駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれは一体!?」

 

「わ、分かんないけど。箒のエネルギーが!」

 

 

ダメージからの回復を待つ、セシリアや鈴、シャルロットとラウラも紅椿の異変に驚きを隠せないでいた。それもそのはず、エネルギーの尽きた機体が、何の変化もなく全快するなどISの根底を覆しているからだ。

 

全世界に一つしか無い第四世代の機体とはいえ、今までのISの常識とは掛け離れている。もはやISの理論では証明できないほどに。

 

 

「そんなことがあり得るのか……紅椿、あの機体は一体?」

 

 

普段、あまり驚きの表情を見せることが無いラウラも今回ばかりは驚きを隠せないでいた。

 

見たこともなければ考えたこともない。それほど、紅椿という機体はISの常識を覆している。もし何もしなくてもエネルギーが全快するのであれば、現存のISでは到底太刀打ちが出来ない。下手をすればこの四人で飛び掛かっても、難なく跳ね返せるだけの力を持ち合わせていることだろう。

 

このまま行けば、後は二人が片付けてくれるのを待つだけか。表情には出さないが、どこか安堵した様子の四人。キツい作戦だったがようやく終わりが見えてきた。

 

しかし四人は肝心な事を忘れている。

 

否、四人だけではなく、福音と戦っている一夏と箒も忘れていることがある。目の前のことばかりに夢中で、忘れてはならない相手が一人残っている事を。

 

大和を負傷させた、狂気の人物が一人残っているということに。

 

 

 

 

 

 

 

『敵機接近中。厳重警戒を!』

 

「「!?」」

 

 

周囲一帯、それも全員の機体に鳴り響く機械音声。敵の出現を知らせるアラートにたるみかけていた空気が、一瞬にして凍り付く。

 

福音は一夏と箒と戦っているはず。

 

他に敵が居るはずが無い。仮に居たとしたらこんな満身創痍の状態でどう戦うというのか。

 

まともに戦える人物は四人の中に一人とて居ない。ギリギリシャルロットが防御用のガーデンカーテンを展開出来るくらいで、攻撃要員としては利用するのは厳しい。

 

ラウラのレールカノンも、鈴の衝撃砲も福音の攻撃により破壊され、セシリアはそもそも福音のダメージから回復しきっておらず、満足に移動すらままならない状況。

 

 

一体誰が……一瞬考えたところで、全員の思考が一致する。

 

一人だけ、自分たちに敵意を向ける可能性がある人物が居ることを。

 

『霧夜大和を潰す』といった当初の目的は既に達成しているが、その後に言われた言葉をシャルロットもラウラも、忘れてしまっていた。

 

"次に会った時はお前たち全員、地獄へ送り届けてやる!"

 

 

目の前の福音にこれほど苦戦をすれば、頭の片隅に追いやられてしまうのも無理はない。

 

大和に再起不能の怪我を負わせた元凶。レーダーを頼りに敵機の現在地を検索する。このままでは到底立ち向かえるだけの戦力はない。自分たちだけでも引くべきか。そうこう考えている時間は……。

 

 

「ハッハァッ! 見付けたぜぇぇえええええええええええええ!!!」

 

 

無い。

 

場の雰囲気を一変させる、不愉快極まりない笑い声。

 

思わず耳を塞ぎたくなるほどの声に、現実から目を逸らしたくなる。ハイパーセンサーを確認した時、既に敵機との距離は。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 

ゼロだった。

 

相手の斬撃がラウラをピンポイントで捉え、衝撃で吹き飛ばされる。

 

現装備でラウラに近接向きの攻撃手段はないが、実力だけで判断するのなら、この中ではシャルロットと双璧をなす程の実力者になる。

 

まず実力者を消し、それに劣る人間を後に回す。合法的な倒し方ではあるが、タチが悪い。攻撃に一切の手加減は無く、攻撃を受けたラウラの表情は苦悶に歪む。

 

 

「ラウラ! このっ……」

 

「お前は邪魔なんだよっ!!」

 

「くっ!」

 

 

側に居たシャルロットを蹴飛ばし、吹き飛ばされたラウラの後を追い掛ける。

 

ダメージが想像以上に大きく、ラウラは体勢を崩したまま立ち直れない。武装もままならない今のラウラは丸裸同然であり、このまま攻撃を受け続けるのは生命にも関わってくる。頭は何とかしようと思うのに、体が言うことを聞かない。

 

ラウラだけではない。場に居る全員は既にボロボロ、まともな攻撃手段は残っていない。攻撃を堪えきれればまだしも、この男、プライドの特殊な攻撃は全員の脳裏から離れなかった。

 

一振りでシールドどころか絶対防御までをも貫通し、相手の肉体を直接切り裂ける並外れた攻撃。あれが来たら防ぎようが無い。せめて来ないことを願うばかりだが、温情をかけるほど優しくはない。

 

相手をいたぶり、傷つく様子を見て喜ぶような人間だ。正常な思考の持ち主とは到底思えない。

 

 

「お前アイツの妹なんだってなぁ! 妹がいたぶられる姿を見て、アイツはどう思うかなぁ⁉ あぁ!?」

 

「ぐっ、がはっ!?」

 

「ラウラ!」

 

「ラウラさん!」

 

 

ラッシュの連続の前に防御もままならず、されるがまま攻撃を受けるラウラ。普段のラウラならAICで相手の攻撃を止めることも容易だったはず。が、福音との戦いで武装を破壊され、精神的にも肉体的にもダメージを受けてしまっているせいで、ラウラの集中力は切れ掛かってる。

 

相手を束縛するのに膨大な集中力を必要とする。機動性と一撃の攻撃力に優れるプライドの機体はラウラにとって最悪の相性。集中する暇も与えられなければ、集中力があったとしても高速移動でかわされてしまう可能性の方が高い。

 

どちらにしても八方塞がり。

 

今のラウラに、四人にプライドを止める術は皆無だった。

 

一方的にいたぶられる姿に握りこぶしを作りながら悔しさを露わにするセシリア、鈴、シャルロットの三人だが、思うように体が動いてくれない。

 

プライドはワザとこのタイミングを狙っていた、全員が疲弊し、一網打尽に出来るタイミングを。一夏と箒が福音に掛かりきりの今、プライドに敵はない。通常時であっても代表候補生クラスを軽く捻る実力は十分に持ち合わせている。

 

止められる可能性がある人間が居るとすれば、治療中の大和くらいであり、その大和も意識が戻らないままだ。もし戻って来れたとしても、あれだけの怪我を抱えて戦えるはずがない。結局誰が来ても結論は変わらない。

 

そうこうしている間にも次々と攻撃を加えられ、ラウラの体は徐々に疲弊していく。いくら常人に比べて打たれ強いとはいえ、限界がある。実力者の攻撃をノーガードで受け続けられるほど、人間の体は頑丈に出来ていない。

 

 

「オラオラオラァッ! 抵抗の一つもしてみろよ妹さんよぉ!」

 

「うっ……くそっ」

 

 

抵抗が出来るのならとっくにしている。

 

出来ないということは既にラウラに、自身を守るだけの力が残されていない。プライドもそれは知っていることであり、確信犯として尋ねているだけだ。ラウラを追い詰めていくにつれて、プライドの笑みは一層不気味なものへと変わっていく。

 

 

「ウラァッ!」

 

「ガァッ!?」

 

 

首を掴み、力を込めて締め付ける。苦しそうに藻掻くラウラだが、その手から逃げ出す手段は無い。

 

 

「ラウラ! その手を放せぇ!」

 

「んはっ! そんなこと俺が知ったことか! ここからは俺の一方的な暴力の前に、お前らはひれ伏すだけの時間だ。コイツが終わったら順番に葬りさってやるから覚悟しておけ!」

 

 

言葉だけは強く言えるが、既に立ち上がる元気はシャルロットにも残されていない。

 

 

「あ、アンタ……何があってこんなことするのよ!?」

 

「そ、そうですわ。ラウラさんが貴方に何をしたと……」

 

「ハァ? 何言ってんだお前ら。お前らは虫けら一匹殺すのに、いちいち罪悪感を感じるのか?」

 

 

ラウラを、人を虫けらと表する非情さ、残忍さ。

 

到底同じ人間とは思えないレベルでかけ離れた残虐性に一同は凍り付く。この男にとって人間を傷付けるのは、虫を殺すことと同じであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

思考が、一般人のそれとは全く違う。自分たちが何を言ったところで、拳を振るう手を止めることは無いだろう。

 

 

「くっ、ラウラぁ!」

 

「ハハッ! 何を言おうがもう無駄だ。安心しろ妹さんよ。すぐにお前の兄の後を追わせてやるからさぁ!!」

 

 

刀を握った手に力が篭もる。

 

……来る。

 

ラウラにも分かった、あの攻撃が来ると。

 

悔しい、私もこの男の前に成す術なく負けるというのか。兄の敵を討つと言っていたのに福音の前に体力を削られ、プライドが出て来た時には何一つ抵抗出来なかった。

 

今頃大和はどうしているのだろうか。あれだけの大怪我だろうし、未だベッドで眠りに付いていることだろう。

 

もしかしたら、大和が目を覚ましたとしても自分は目の前にいれないかもしれない。願わくばもう一度、元気な兄の、大和の姿を見たい。

 

 

ーーー会いたい。

 

ーーー話したい。

 

ーーー無性に、会いたい。

 

ーーーまた一緒に学校に行って、まだ知らぬ世界を見てみたい。

 

 

ラウラの小さな願いはもう叶わないかもしれない。目を閉じて来たる攻撃へと備える。

 

 

(ここまで……か。ごめんお兄ちゃん、私はもう……)

 

 

振り上げた刀を、断頭台の刃が落とされたように振り下ろす。見たくない惨状に、全員が目を逸らす。

 

そして覚悟を決め、全身に力を入れるラウラの元に。

 

一輪の風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

おかしい、いつまで経っても攻撃が来ない。

 

もう自分の命は絶たれたのだろうか。その割には普段と感覚が変わらない。

 

 

「て、テメェは!?」

 

 

驚く声が聞こえる。

 

この声は恐らくプライドのものだろう、一体何を驚いて……。

 

 

「よう」

 

 

ふと、プライドの声とは違った別の声が聞こえる。目の前から聞こえる声に、何処か聞き覚えがあった。

 

でもあり得るわけがない。だって今は病院で意識不明のままだと言っていたはず。居ないはずの人間の声が聞こえてくるとは、自分自身が相当疲れているのかもしれない。

 

何よりも頼もしい覇気のある声、そして恐る恐る目を開けたラウラの視線の先に飛び込んできたのは、大きな背中。場に居るだけで伝わってくる圧倒的な存在感は、コイツが居るだけで何とかしてくれると、無意識に思わせてしまうほど。

 

ラウラの前に割って入る漆黒の翼を纏う騎士。プライドの手を握ったまま頑として放さず、攻撃からラウラを守ろうとする。力を込めているのに微動だにしない、一体手負いのコイツの何処にそんな力があるのかと、驚きと焦りを隠せなかった。

 

 

「あっ……ああっ……」

 

 

ラウラが見間違える訳がない。自身を深い闇の中から救ってくれた存在を。彼の生き方を手本にし、少しでも彼のようになりたいと思えるほどの人物。

 

彼女を救った救世主(メシア)

 

その名は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の妹に何しやがるこの野郎」

 

 

霧夜大和、その人だった。


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