「くっ……!」
「どうしたよ? 来ないのか?」
打って変わって慎重になったプライド。先ほどまでは常に先手を取ろうと接近戦を挑んできたが、今は俺の出方を窺いながらどう戦術を組み立てていこうか考えているように見えた。
奴の気持ちが分からない訳ではないが、俺が仮にプライドの立場だったとしたら、同じ行動を取るだろう。体の奥底から沸き上がってくる膨大なまでの力。
篠ノ之博士から専用機を貰った時からずっと気にはなっていたものの、触らぬ神に祟りなしとのことで、一切ノータッチで戦ってきた。
操縦席に気になる箇所を見付けたと言った時のことを覚えているだろうか。
目の前には幾多ものモニターが映し出され、相手の情報やエネルギー残量が映し出されているが、モニターのすぐ下に書かれている、『first』『second』『third』『forth』の四つの文字。
それぞれの文字のところには赤いランプが備え付けられていて、現状は『first』のランプが赤く灯っている。
まるで車のマニュアル車のギアチェンみたいだ。ギアを上げれば上げるほど、速度を上げられるのと同じように、これもギアを上げれば上げるほど、己のリミッターを解除し、限界以上の力を引き出せる。
限界点突破、読んで字の如し『リミット・ブレイク』
この機体だけに与えられた
現に体は軽く、未だかつてなかった力が沸き上がってくるように感じた。その証拠に俺の展開する不死鳥の周りには、目でハッキリと確認できるほどのエネルギーが、炎のような形で覆っている。
だが当然、限界以上の力を引き出すのだから、それ相応の副作用があることは覚悟しなければならない。力を使い続けられる時間もそう長くはないはず、別で戦っている一夏と篠ノ之にコンタクトを取るなら、プライドが怯んでいる今がチャンスだ。
プライベート・チャネルを展開後、二人だけに聞こえるように調整する。
「一夏、篠ノ之、聞こえるか?」
『や、大和!? お前怪我は大丈夫なのか?』
「おう、まぁな。ゆっくりと話していたいところだが、そう時間もない。そっちの状況を出来るだけ簡潔に分かりやすく教えて欲しい」
『お、俺にそれを求めるのか!? えっと……何とか二人掛かりで福音を追い込んでいる。このまま行けばギリギリ倒せるってところだ!』
「ほんっとに簡潔だな」
あまりにも簡潔な説明に、思わず苦笑いが隠せない。
『し、仕方無いだろ? 簡潔に分かりやすくとか、俺にそんな無理難題を押し付けるなよ!』
「ははっ、悪い悪い。ま、そっちの状況は何となく分かった。……それと」
俺はあくまで二人に声を掛けたわけであって、一夏からの解答だけを期待したわけではない。
俺の声が急に聞こえてきたから驚いていることだろう。無言を貫いている不器用な少女に向かって声を掛ける。
「篠ノ之、何辛気臭くなってんだ!」
『―――っ!』
漏れる声から、びくりと体を震わせている姿が想像出来る。そりゃそうだ、自分のせいで怪我をしてしまった人間が現れて、いつも通りに出来る訳がない。
……最も俺自身、篠ノ之のせいで怪我をしたとは一ミリも思っていないし、左眼が使えなくなったことに関して恨んでもいない。こっちは許す気満々だが、篠ノ之の方はそう思っていない。むしろ常識的に思えるはずもない。
だからこそ、彼女の背中を今だけは押してあげる必要がある。積もる話はまた後にでもゆっくりすればいい。
「んな表情していたら勝てるもんも勝てないぞ! もし少しでも俺のことを後ろめたいと思っているのなら、勝て! 絶対に福音に勝て!」
『!』
どうやら少し覇気が戻ったか。
ならもう大丈夫だろう。二人に福音は任せ、俺は安心して目の前の相手に集中することが出来る。一夏と篠ノ之、稼働時間は他の専用機持ちに比べれば少ないが、決して力の無い存在だとは思わない。
二人とも現実から逃げずに戦っている、勇敢で優秀な操縦者だ。
「積もる話もあるだろう。それはこの戦いが終わってからゆっくり話そう」
『あ、あぁ!』
「福音は二人に任せた。逆にこっちは任された。この戦、絶対に勝つぞ!」
『おう!(あぁ!)』
二人から元気良い返事が戻ってきた。
よし、懸念点はもう無いし、後はこいつを倒すだけだ。プライベート・チャネルを切り、再びプライドと相見える。
「お前も暇なやつだな、人の会話をわざわざ待っているだなんて」
「あぁ!? 別にテメーを待っていたわけじゃねぇよ!」
「そうか。人の力をようやく理解して、弱腰になっただけだったな」
「てっ、テメェ……!!」
煽れば煽るほどにボロが出てくる。プライドの返事には前までの覇気はなく、こちらの力量、得体の知れない力に消極的になっていた。
弱腰になっている相手ほど、潰しやすい相手はいない。
すでに気付いていることだろう、この機体の異様さに、そして不気味さに。
「……このっ! くそがぁぁああああああああああ!」
怒り任せに飛び込んでくるプライド、奴にもそれ相応の矜持がある。それをコケにされて、黙っていられるはずがない。
「なめんじゃねえよ!」
ブンッと力一杯刀を振りかぶってくる。
怒り狂っているというのに太刀筋は冷静。大体の人間は怒り狂うと完全に自我を忘れて、太刀筋は無茶苦茶になるが、そこはさすがのセンスだと言ったところか。
「ふっ!」
刃の部分に当たらなければどうということはない。刀の刃先に細心の注意を払いつつ、プライドの振るう刀を弾く。もう奴には残されている近接武器はない。
中距離から遠距離用のガトリングは展開に時間が掛かる上に、接近戦では刀の方が早い。攻撃の準備をしている間に俺が直接間合いを詰めることが出来る。
刀を弾いた先には、がら空きとなった機体の胴体が見えた。このチャンスを逃す訳にはいかない。
返し刃でプライドの機体に攻撃を叩き込もうとする。
が。
「はっ! 引っ掛かったなぁ!」
「何っ!?」
プライドの左手にはついさっき、俺が壊したはずの刀が握られていた。手応えはあったし、破壊したのは事実。なのにどうして奴の手に刀が握られているのか。
「誰がスペアを持っていないって言ったよ!? 切り札ってのはこういう時のために取っておくのさぁ!」
してやったりの表情を浮かべながら左手の刀を振りかぶるプライド。確かにスペアを持っていないだなんて言っていないし、完全に壊しきったと思ったのは俺の勝手な想像だ。
つまり一度破壊させたと思って俺を油断させ、再度その隙を狙って仕留めようとする魂胆か。戦術としては悪くないし、最後の最後にかくし球を持ってくる。
戦術において最も勝率をあげる方法であることには間違いないが……。
前の俺には通用したかもしれないが、今の俺には。
「……なーんてな」
「な、何だと!?」
効かない。
振り下ろされると同時に
代表候補生のように何時間もの稼働時間を誇るわけでもなければ、普段からISを乗り回している訳でもない。
この動きを可能にしているのは自身の身体能力だけではなく、リミット・ブレイクの身体強化によるところが大きい。怪我をした後で動きにキレが無かったものの、それを補うレベルで力が奥底から溢れてくる。
それに、スペアを持っていることくらい想定はしている。本気で俺が万が一を想定していないとでも思っていたのか。任務完遂の真髄は常に相手の真意を読み取ること。
何か隠し事はしていないか、相手が何を考えているのか。表情や仕草から相手の行動を先読み、把握し的確に対処する。
それが任務達成率百パーセントを誇る秘訣だ。
「はぁっ!」
「ぐわぁ!?」
振りかぶった刀を容赦なくプライドに向かって振り下ろす。伝わる衝撃に耐えきれないまま、苦悶の表情を浮かべる。自分の思い通りの展開に持っていけない。
絶対的な力を持ち合わせているというのに、手負いの相手に手玉に取られて、奴の中で混乱の色は隠せない。普段ならどんな相手だろうが、容赦なく切り捨てることが出来ただろうが、あいにく相性が悪かったらしい。
ISの稼働時間はプライドの方が長いかもしれないが、生身を含めた単純な実戦経験、生と死の隣合わせの経験の数は俺の方が圧倒的に多い。
それに俺や一夏にあって、プライドには無いものがある。その差が埋められない以上、俺に傷を負わせることは出来ないと断言できた。
「くそっ……くそっ! クソがぁっ!! お前如きが、この死に損ないがコケにしやがってぇ!!」
「……まだ分からないのか」
「あぁっ!?」
「そうか。分からないのなら特別に教えてやる。お前の刀は軽すぎるんだよ」
軽すぎるというのは刀の重さではなく、奴の刀を振るう目的、信念がまるで伝わって来ないということ。何かのために、誰かのために振るうべき力は自身にとって大きなものとなり、必ず己の成長へと繋がる。
プライドも単純な技量だけで言えば、普通に上級者クラスに位置するだろう。
一夏と俺にあり、プライドにはないもの。
それは誰かのために行動するといった気持ちだ。
プライドの刀を振るう理由は単純に、自分の力で弱き者を服従させたいから。
自分が上に立つことで優越感に浸りたいから。
目の前の人間が傷付き、悲しむ様子を見たいから。
自分のためではあっても、他人のための理由は皆無。第一優先が自己満足のために動いているからこそ、覚悟がない。死んでも守り抜くという決死の覚悟が。
俺にも守りたい存在はいるし、一夏にもいる。ただプライドはどうだろう。
自分以外を卑下し、全ては自分のために行動する。
そんなやつが本当に強くあれるだろうか?
―――答えは否、だ。
「お前の刀には覚悟がない。人を殺める覚悟はあっても、所詮はそれだけだ」
「さっきから何をグチグチと言ってやがる!」
話している最中にも関わらず飛び掛かってくる。先ほどまでは人が話している最中はほとんど攻撃をしてこなかったのに、今ではまるで正反対。
表情からも余裕が消え、焦っている様子がひしひしと伝わってきた。
「お前が、お前みたいなやつが! 俺を見下すなっ!」
「……」
「な、何だよその表情は! そんな表情で俺を見るんじゃねぇよ!」
哀れだった。
こいつの顔を見て、生き方を想像するだけで、自然と生い立ちが垣間見えるようで。
奴の生い立ちを知っているわけではない。
それでも戦いだけに全てを注ぎ、力の為だけに自分を捨て、奈落に落ちた人間は決して戻ることは出来ない。俺がどれだけ叩きのめそうとも更正は全く見込めない。
まだこいつは気付いていない。守る人がいることがどれだけ己の力を強くするのかを。
「……哀れな奴だ」
「くそ、くそっ! クソォッ! 何で当たらない! 何でお前は俺の攻撃が分かるんだよぉ!」
プライドの繰り出す攻撃の数々は、当たること無く空を切っていく。
特別なことをしたわけではないのに、何故当たらないのか。
理由は至極単純で、精神状態に綻びが出来たせいで、正常な思考が出来ていないから。俺と戦うまで自分よりも強い相手と出会うことが無かったのかもしれない、力においては現に絶対的優位を誇っていただろう。
ルールの無い喧嘩において、一切負け無し。負けることがなければ、自然と態度も大きくなれば傲慢にもなる。奴の傲慢……まさにプライドの名を象徴する性格だった。
単純な力においてはプライドの方が上かもしれない。だが戦場の経験と、単純な戦闘能力では、俺も負ける気はしない。強大な力に対抗できるだけの、スキルや経験は充分に持ち合わせているつもりだ。
後はこの機体ならではの機能。己の限界を引き上げ、強大な力を手に入れられる
プライドを上回る力を手にした。この力にさえ飲み込まれなければ、奴が俺に太刀打ち出来る術はもうない。
「……お前、一旦基礎からやり直したらどうだ。そんな無茶苦茶な動きじゃ、俺どころか一夏にすら負けるぜ?」
「このっ!」
見上げたしぶとさだ。
本来だったら既に心が折れていてもおかしくないというのに、闘争心を失っていない。とはいっても既に型は無茶苦茶であり、攻撃動作の段階でどこに何が来るのかを予測できてしまう。
はっきり言えば脅威を感じない。徐々に己の感情をコントロール出来なくなっていると考えれば、もうそう長くはない。
これ以上、無駄に戦いを続けても意味はない。プライドは倒すべき相手であり、許してはならない人物。
振り下ろしてきた刀を再度、居合い抜きで切り刻むと同時に。
「……えっ?」
全ての事象を切り裂く、プライドの刀までをも真っ二つに叩き割った。
ガラガラと崩れていく刀を呆然と見つめるプライドに、一切表情を変えないまま睨み付ける。
「刀の性能に頼り過ぎだ。自らの力を過信し、相手を格下だと決めつけて力量を見誤ったお前に、その刀を扱う資格はない」
「そ、そんな……俺が俺が……」
「はぁっ!」
「がはっ!?」
装備を失ったプライドに追い討ちをかけるように斬撃を叩き込む。回避が間に合わず、モロに攻撃を受けて吹き飛ぶ。回避が間に合わないのはリミット・ブレイクを使い、身体能力を大幅に引き上げているから。
従来の身体能力にプラスで、リミット・ブレイクによる身体強化。そして自らの身体能力に比例して、俺の専用機は真の力を発揮する。
単純な居合い抜きすら目で追いきれなかったプライドに、俺の攻撃をかわす能力は無い。頼みの綱である刀も二つまとめて使い物にならなくなった。
「分かるか? 無力の人間がいたぶられる様子が」
吹き飛ぶプライドの後を追い掛けながら、加えて斬撃を叩き込んでいく。
縦横斜め、縦横無尽の攻撃の応酬にたまらず機体が浮き上がる。今まで無力の人間に、敗けを認めた人間に、こいつは何をしてきたのか。
人として決して許されないであろう行為の繰り返し。
自身の過ちを反省することもなく、面白いからという理由だけで人を傷付けたこと。
何より俺の妹を傷付け、大切な仲間たちにまで手を出そうとしたこと。
「遅い」
切り返そうとする暇など与えるものか。
抵抗させる間も与えずに攻撃を叩き込んでいく。俺のスピードにブライドはついてこれていなかった。成す統べなく、俺の斬撃を受け続けるだけ。
確かにプライドは強い。だが俺よりも弱い。
この現状が何よりも物語っていた。
端から見たら、俺が一方的にいたぶっているように見えるだろう。それをこいつは抵抗する手段の無いラウラに、容赦なく行った。
怖い、助けて。
頭の中を交差する言葉が容易に浮かぶ。
「や、やめろっ!」
両手を突きだし、力任せに俺の体を退けようとする。
……そろそろ頃合いか。もうプライドに戦う術どころか、戦う気力も残されていない。
奴が絶対的に自信を持っていた刀を再生不可能レベルにまで破壊し、機体の性能ではどうあがいても俺の機体に勝てないことを身を以て知らしめた。
あがくのは勝手だが、このままでは自分自身が惨めになるだけ。
「やめろよ……くそっ。俺が……俺が……」
奴の目にはこう映っていることだろう。
「―――ようプライド。俺が怖いか?」
「……ぁ」
絞り出すかのように漏れる声が全てを物語っていた。
荒れる呼吸を整え、顔を上げたプライドの顔は、とても戦いが始まる前からは考えられないほど絶望に満ちたものだった。
打つ手が全く無くなった時、こんな表情をするのかと思うと他人事には思えなかった。
自分の脳裏に焼き付けなければならない。もし俺が絶望の底に叩き落とされた時、どのような顔をするのかと。
「悪いが今までやって来たことを考えたら、手加減は出来ねぇ。せめてもの慈悲だ、一気に終わらせてやる」
手加減はいらない。
これで何もかも終わらせる。
リミット・ブレイクの利用時間もそう長くはない、もたもたと語っている暇もなければ余裕もない。両手に握る刀にあふれ出すエネルギーを纏わせると、青色に輝き始める。全身の力を両手に集約させ、目を細める。
第一段階は、目で追えても体が反応しないほどのハイスピードコンボ。身体能力の引き上げにより、不死鳥の性能を最大限に引き出すことが出来る。
「俺は……負けるわけには、負けるわけにはっ!!」
負けることが何よりの屈辱だと自負しているプライドは、壊れたオルゴールのように何度も何度も、負ける訳にはいかないと呟く。
既に視線は下を俯いたままで俺を向いていない。強大な力を更に強大な力で押さえ付けられる恐怖をまざまざと見せつけられたのだから、心が折れていたとしても何ら不思議ではない。
もしコイツが幼い頃に千尋姉に出会っていたとしたら、もう少し未来は変わっていたかもしれない。しかしそれも後の祭り。現状は倒すべき敵であり、情けをかける必要は一切ない。
「負けるわけには……か。諦めろ、お前の未来はもう決まっている」
「な、何なんだ……何なんだよお前はっ!?」
「……」
プライドには俺が別ベクトルにいる人間に見えることだろう。
その考え方はあながち間違ってはいない。もう俺は普通の人間には戻れない。
潰されたと思っていた左眼は、高速で飛び交う弾丸の嵐を目視ではっきりと追えるほどであり、ISのハイパーセンサーを凌ぐ代物だ。
眼帯で隠しているのは潰れた眼を見られたくないからではなく、異形な眼を見て怖がられるのが怖いから。
見た目は人間であったとしても、全てにおいて一般人と同じだとは言えないほどに、人間を超越してしまった。
人に人として見られなくなるのは怖い。だからこそ、左眼は眼帯で封印した。
それでもやることは決まっている。自分の現状を把握するのは、この戦いが終わった少し後でも遅くはない。
「何とでも思えばいいだろう。俺はお前が憎い、大切な存在を傷付けられて、今すぐにでも殺してやりたいくらいだ」
殺気を込めた眼差しでプライドを射抜く。
「このっ……化け物が!」
「化け物で結構。同類に言われたところで痛くも痒くもない。今後その不愉快な顔を見なくなるだけ、ストレスも溜まりにくくなるだろうし、俺にとっては良いこと尽くしだ」
何気なく放つ一言。
言葉の意味を解釈した時、俺が何を言ったのか理解する。
「……まさか」
「そういうことだ」
物分りが良くて助かる。
俺は遠回しに、"お前を殺せば"二度と不愉快な面でストレスが溜まることはないと伝えた。目からハイライトを消し、無機質な表情のまま、プライドの返事を肯定する。
「あぁ、安心しろ死んだ瞬間も分からないくらいに、あっという間に逝かせてやるから」
「くそっ、やめ……」
両手にエネルギーが行き渡ったところで、翼を広げてプライドへと向かう。何かをゴタゴタと言っているが、今の俺の耳には何一つ聞こえない。
何があっても朽ちず、翼を折られても不屈の魂で立ち上がれる専用機、不死鳥。こいつの真の力を知るのはまだまだ遠い先の未来になる。
十メートル、数メートルと縮まる距離。相手が何を考えているのかは分からない。それでも俺が今すべきことは一つ。
この力で、皆を守り抜くこと。
「……
両手の刀を振り下ろすと同時に、大きな渦を発生させて相手に向かって飛ばす。
渦の中は幾多もの斬撃が潜んでいる。四方八方から襲い来る斬撃は後ろに目でもついていない限り、完全に防ぎ切ることは不可能。
「ぐぁぁああああああああああああああ!!?」
渦の中に引きずり込まれ、斬撃の嵐を直接食らうプライド。渦の中に居るせいで身動き自体まともに取ることが出来ず、中から抜け出すことが出来ない。
何も出来ないまま、自身のシールドエネルギーが削られていくのを待つだけ。
「……」
攻撃が終わり、渦の外へと投げ出されるプライド。
既に攻撃によるダメージからかぐったりしており、とても戦えるような状況ではないのは明らか。が、まだISのシールドエネルギーは残っていた。
力なく落ちていくプライドの手首を掴み、そのまま持ち上げる。
「や、やめてくれ……俺が一体何をしたって……ぐぁっ!?」
「まだ自分の立場が分かってないみたいだから言ってやる。お前がやったことは到底許されるものじゃない……人の大切な仲間を傷付けておいて、よく平気でいられるな」
握り締めた手首を持ち上げて、顔面に一発拳骨を叩き込む。未だに自分が悪いとは思っていないこと、自分の保身だけを考えた身勝手な考え方に無性に腹が立った。
俺なんかどうでも良い。コイツはラウラに手を掛けておいて、そのくせ何をしただと?
ふざけるなよ。
「お前をこのまま野放しにするつもりはない。ここで俺が全てを終わらせてやる」
「い、良いのか!? 俺を殺しても! お前は人を守るのが仕事だろ! 罪悪感は……」
罪悪感か。
確かに人を殺したら少なからず罪悪感に苛まれることだろう。これまで幾多もの任務をこなしてきたが、人を殺めたことは一度たりとも無かった。
俺だって人間だ。誰かを傷付けることに罪悪感が全くない訳じゃない。ましてや人を殺すだなんて一度たりとも考えたことは無い。
しかしそれは俺の考え方の話であり、プライドが何かを言ったところで聞く耳など無い。
お前が言うのかと、お前が俺の仕事の何が分かるのかと。
散々人を傷付けたお前が、罪悪感が無いだと?
馬鹿馬鹿しい。
「―――馬鹿かお前は、自分で言っていただろう? 害虫を殺すのに、態々理由なんかつけるのか?」
それは戦う前にプライドが俺に返した言葉。
ラウラを傷付けた理由、単純に面白いから。付け加えるようにプライドの口から放たれた言葉をはっきりと覚えている。
だからこそこの場で伝える、自分の言葉には責任を持てと。
「は、はは……クソッタレが……」
自分の発した言葉をそっくりそのまま返され、プライドは忌々しげに舌打ちをする。
ほぼ無傷な俺とは違って、全身ズタボロ。顔には俺が何度も殴打した痕が残り、口には血だまりが出来ている。体に纏う機体にもいくつもの切り傷が付き、シールドエネルギーはほぼ尽きかけ。残されている装備は遠距離用のガトリングだけ、しかも展開するだけのエネルギーすら残っていない。
本当にこれで終わりだ。
「じゃあな」
右手を振りかぶり、プライド目掛けて振り下ろす。
『お兄ちゃん上だ!』
当たる瞬間、突然オープン・チャネルからラウラの声が飛び込んできた。
声色から察するに並々ならぬ事態を把握し、プライドを掴んでいる手を離して飛びのく。
刹那、俺の居た場所にピンポイントでレーザーの嵐が降り注ぐ。一歩反応が遅れたらレーザーの嵐を直で受けていたことだろう。ラウラの咄嗟の機転に感謝するとともに、上空へと視線を向ける。
「……」
量産機であるラファールを身に纏い、こちらをじろりと見つめる少女が一人。今のレーザーはこの少女が放ったのだとすると、操縦に相当手馴れていることになる。
「……ちい、回収されたか」
気付いたことがもう一点。
先ほどまで戦っていたはずのプライドの姿が無い、ラファールに乗っている少女の手元を見るとISを解除したプライドが握られている。
「てめぇ、何故助けに来た……」
「無様だな。自信満々に出て行った割には無様に負けて……これ以上、私たちの顔に泥を塗ってくれるな」
「離せ……俺はまだ戦える」
「ぬかせ。二度は言わないぞ、これ以上泥を塗るな。貴様の機体は唯一無二。それにこの男との力量差は明らかだ。何度やってもお前ではこの男には勝てない」
「ぐっ……」
どうやらプライドの仲間らしい。
仲間とは言っても会話の交わし方を見ると、互いに信頼関係は皆無のようだ。少女の様子を見るとあくまで今回はプライドを回収に来ただけであって、俺たちと交戦するつもりはないらしい。
正直な話、最後の一撃を叩き込めなかった段階でリミット・ブレイクの稼働時間が切れてしまった。こちらにとっても戦う気が無いのは僥倖かもしれない。
ただ油断は禁物、集中力を切らさぬように少女の方を見つめる。
後この少女の顔、どこかで見たことがあるような気がする。ずっと昔の話ではなく、ここ最近どこかで。
「今回は退かせてもらう。再戦はまた遠くない未来にあるだろう、その時は容赦はしない」
一言だけ言い残すと、少女はその場から去っていく。
呆気ない終わりだが、下手な深追いは禁物。仕留めきれなかったのは悔しいが、こちらのこちらで損害が大きすぎる。これ以上深追いしたところで、この機体のエネルギーが持つ保証も無いし、遠くなる後姿を見つめることしか出来なかった。
姿が完全に消えたことを確認し、俺は臨戦態勢を解く。
―――終わった。
あれだけプライドの心をへし折ったのだ。すぐに立ち直るとは考えにくいし、そう易々と再戦を挑んでくるとも考えにくい。しばらくはあの顔を見なくて済むと考えると清々する。
納得が行かない部分は多々あるが仕方ない。こればかりは運命だったと思って、納得させるしか方法は無い。
さぁ、皆の元へと帰ろう。
不死鳥の翼を広げ、俺は皆の元へと戻っていくのだった。