IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第X章ー???ー
敗者の末路、新たなる目覚め


 

 

 

 

「ふぅん……負けたのねあの男」

 

 

つまらなそうに呟く声、見つめる視線の先に映るモニターには、大和と戦うプライドの映像が映し出されていた。最初の方こそ押し気味で戦っていたというのに、大和が本来の力を発揮してからは防戦一方。

 

自身の力を過信し、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の刀を真っ二つに叩き切られて戦う能力を失い、抵抗する術もなく完膚無きまでに叩きのめされた。

 

装備や機体の一部が破損し、当分は動かせない状態となった今、利用価値はない。鎌鼬の渦に切り刻まれるプライドを見ながら、そのモニターを消した。

 

 

 

「まぁ良いわ、元々過度な期待はしていなかったし。一度心をへし折られるくらいが丁度良いかもね」

 

 

 

散々高圧的な態度をとってきたのだから、当然の報いを受けるべきだ。

 

元々良い印象は無かったというのに、唯一の拠り所であった戦いでも負けた。もう彼が、プライドが誇れる部分など何一つ無い。

 

 

「スコール、連れてきたぞ」

 

「ご苦労様『M』貴方はもう下がって良いわよ」

 

「……」

 

 

 

 

コードネーム『M』

 

そのイニシャルが何を意味するのか、それは当人同士しか分からない。

 

呼ばれた少女が突き出すのは傷だらけになったプライド。至る所に切り傷が見受けられ、様相を見るだけでも命からがら逃げてきたことが伺える。

 

 

「残念ね。もう少し出来ると期待していたのだけれど」

 

「……」

 

 

スコールの声に対して一切の反応を見せず、がっくりと首を垂れたまま、無言を貫き通す。

 

自身は負けた、それも全く抵抗の出来ないまま完膚なきまでに。敗北を知らなかった男の初めての敗北、所詮は自身も井の中の蛙であったことを認識し、プライドをへし折られた。負けないことこそ自身の存在理由だったにも関わらず、それをあっさりと捻じ曲げられた。

 

あの男、霧夜大和によって。

 

彼にとって戦いが全てだった。

 

それを失った今、プライドに発言権はない。分かっているからこそ、スコールの一言にも口答えをしなかったし、出来なかった。

 

 

初めて植え付けられた()()

 

植え付けられた大和へのそれはすぐに消せるようなものではなかった。

 

 

「それにしても無様以外の何物でも無いわ。戦いでは負けたことがなかった貴方があっさり負けるだなんて。散々期待をさせておいて、この有様とは……」

 

「……!」

 

 

スコールが放つ心もとない言葉の連続に、僅かばかりの反応を示す。

 

負けたことは事実であり、言い逃れは出来ない。だが、彼がどれだけ狂っていたとしても戦いに関してはプライドを持っている。言いたい放題好きに言われて、気分が良い訳がない。

 

むしろこれだけズタボロにされた弱り目に、容赦のない非難の言葉は彼の怒りをますます増幅させていった。

 

ぐっと拳に力を込め、彼女の言葉に耐える。

 

 

「貴方の為に用意したISも壊されるし、ロクなことが無いわ。この責任、どう取るつもりなのかしら?」

 

 

自分の犯した失態に対し、どう落とし前をつけるのか。座り込むプライドを見下ろしながら、淡々と言葉を続けるスコール。

 

 

「……かせろ」

 

「聞こえないわ。はっきりと言いなさい」

 

 

ボソボソとしたか細い声で話すも、スコールの耳には聞こえるはずもなく、もう一度言うように催促をされる。苦虫をつぶしたように歯を食いしばり、再度声を振り絞った。

 

 

「俺を……俺をあいつの元に行かせろ! このまま終わってたまるか! 次こそあの野郎を殺してやるっ!!!」

 

 

勝つ見込みなど無い。

 

彼をそこまで奮い立たせるもの、それは自分自身に惨めな思いをさせた大和への恨みだけ。このままでは済まさない、完全な個人感情ではあるが、内に秘めた彼の怨念は相当なものがあった。

 

顔を上げるプライドの顔を、表情一つ変えずに見つめるスコール。

 

やがて何がおかしいのか、大きな声で笑い始めた。

 

 

「ははっ、あははははっ!!」

 

「何が可笑しい!」

 

「この後に及んでまだ再戦をしようと? ふざけるのもいい加減にしなさい愚図」

 

「なっ……!」

 

 

瞳からは光が完全に消え失せ、生ごみを見るかのような眼差しでプライドを見下ろす。貴様などもう必要ないと訴えかけるような眼差しに、プライドは得体の知れない恐怖を覚えた。

 

未だかつてスコールのこのような表情を見たことは無い。ましてやここまで彼女の口が悪かったことも知らなかった。

 

 

「負けた事実をもう少し重く受け止めることね。壊されたISの修繕費だってタダじゃないのよ。それにまた戦って勝てる保証は? 負けた時のダメージは? 誰が責任を取るのかしら?」

 

「ぐっ……そんなもの」

 

「私は貴方のコマじゃない。そんなに再戦をしたければ、自分で勝手に行きなさい。もちろんISは自分で調達でもするのね。それとも―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中まで言いかけて静かな足音でプライドの前へと歩み寄る。そして無防備なプライドの手をヒールの部分で思い切り踏みつぶした。

 

 

「―――っ!!? ガァァアアアアアアッ!!」

 

「私の言うことが聞けない、とでも?」

 

 

ミシミシと音をたてて軋む骨の音と共に、悲痛な叫びが部屋中に木霊する。表情は歪み、額からは大漁の冷や汗が吹き出た。

 

スコールの瞳からは光が消え失せ、感情を失った操り人形のような不気味な雰囲気が感じ取れる。ギリギリとヒールを押し付けながら、更に言葉を続けた。

 

 

「任務を失敗して、無様な姿を晒し、亡国機業のイメージを著しく傷つけたこと。貴重な専用機を壊したこと。どれも許されるものではない」

 

「ぐぅっ……」

 

「それに、貴方が今後どうなるかは私が決めるわけではないのよ」

 

「何だと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうよね『ティオ』?」

 

 

スコールの言葉と連動するように、ギィと音を立てて扉が開くと、スーツを身に纏った一人の男性が部屋に入ってきた。

 

年齢的には十代後半から二十歳前後というところだろうか。手入れされた長髪に、華奢な体躯。肉付きの良いプライドとは、まるで正反対の体型をした『ティオ』と呼ばれた男性は目を閉じたまま、スコールの横へと立つ。荒々しい雰囲気を持つプライドとは違い、表情一つ崩さず落ち着いた雰囲気のティオ。二人にある共通点といえば、互いに男性であるとことくらいか。

 

ティオの左手には日本刀が握られており、スコールのボディーガードを務めているようにも見える。だがいつからスコールの側近となったのだろうか。プライドも亡国機業に属してから歴が浅いとはいえ、ある程度の人間の顔は把握しているつもりだった。それでもこの男、ティオの存在を把握していなかった。

 

亡国機業に属する人間のほとんどが女性であるが故に、男性の存在は僅か。てっきり自分一人だけだとばかり思っていた。

 

 

「えぇ、そうですね。スコール」

 

 

淡々と答える静かな口調。

 

表情一つ変化をしないせいで、相手の感情を読み取ることが難しい。が、亡国機業に属している人間なのだからそれ相応に実力を高いのだろう。実力の低い人間を、態々スコールが傍に置くとも考えにくい。スコールはプライド自身よりティオの方が優れていると判断したことになる。

 

自分の処遇をティオに任せようという時点で、既に自分は戦力の頭数に数えられていない。が、ここで弱気に引くことはプライドの矜持が許さなかった。

 

 

「……それで、俺をどうしようと?」

 

 

踏みつけられた左手の痛みを我慢し、ギロリと鋭い視線を向ける。

 

 

「あら、まだ強がりが言えるのね。そんな余裕はもうないはずだけど?」

 

 

パチンと指を鳴らすとガタガタと音を立てながら、天井の隙間から大型のモニターが出現した。何故この場でモニターが出てくるのか、意図が分からず首を傾げるプライドを余所に、ニヤリと薄笑いを浮かべるのはスコール。

 

彼女はモニターの意図を理解しており、隣にいるティオもまたその一人。場で分かっていないのはプライドだけだった。

 

大型のモニターの動きが止まると、自動的に電源が付き、青い出力画面へと切り替わる。何かを再生しようとしているのだろうか、どちらにせよ見る気は起きなかった。

 

 

「……」

 

 

再生が始まったかと思えば、薄暗い風景と、地下に続く大きな階段が映し出される。下はかなり暗く、明かりがなければ数メートル先の地面が見えないほどだ。

 

一体この映像に何の意味があるのか、再生される画面をただ凝視するだけしか出来ない。十数秒ほど経ち、カメラ画面が徐々に階段の奥へと進んでいく。

 

下へと続く無限回路のような階段は何処まで続いているのだろう。進めど進めど同じ画面の繰り返しで、段々気味が悪くなってきた。

 

徐々に苛立ってきたプライドは語尾を荒げる。

 

 

「おい! この映像に何の意味があるんだ!!?」

 

「良いから黙って見てなさい。直に分かるわ」

 

 

しかし返ってくる言葉は見ていろの一言。価値がない映像を見せられ続けて、苛立ちを隠せないまま数分が過ぎる。するとようやく一番下までたどり着いたのだろう、画面に木造の扉が映し出された。

 

ようやく変化が現れたことで、ほんの少しプライドの苛立ちが収まる。

 

それにしてもこの映像が意味することは何か。プライドに見せるくらいだ、当然彼自身に関係があることなのだろう、嫌がらせ目的で意味もなく見せるとは考えづらい。

 

 

 

 

 

 

……何だろう、嫌な予感がする。

 

 

別に何かを言われた訳ではない。映像が流れ始めて発した言葉は、黙ってみておけの一言。流れている映像がプライドにとって余程重要度の高いものなのか、それすらも分からない。

 

 

扉の前に止まっていた影の手がドアノブへと伸びる。ギギギという音とともに開かれる扉の先に見えたのは僅かな明かりが灯る鉄格子の空間だった。

 

薄暗いその空間にある一つの鉄格子の前で立ち止まる映像。鉄格子の中をカメラのレンズが覗く。

 

 

「ーーーッ!!?」

 

 

状況を把握したプライドは思わず絶句する。

 

鉄格子の中を捉えるカメラが映し出すのは、手錠を繋がれたまま、弱々しい表情を浮かべる幼い少女だった。服はボロボロで、何日も風呂に入れられていないのか肌も汚れているように見える。

 

力なく、カメラレンズを見つめる少女の瞳は衰弱しきっていた。年齢は七歳~八歳くらいか、まだ年端も行かない少女なのは見て取れた。少女がレンズを見て数秒後、映像は途切れ、再生が終わる。

 

 

「て、テメェ……!!」

 

 

ギリッと歯軋りするプライドの表情からは明確な怒り……否、それを飛び越えた憎悪が感じ取れた。

 

 

「約束が違う! あいつには手を出すなと言ったはずだ!!」

 

「えぇ、私との約束はそうだったわね。でも今回の判断を下したのは彼よ。私は今回の決断には一切携わって居ないわ」

 

「ぐっ……この屑がっ!!」

 

 

侮蔑の視線をティオに向けるが、彼はどこ吹く風と言わんばかりに話を切り出していく。

 

 

「好きに言えばいい。さてプライド、本題に入ろう。君の行動が、亡国機業のイメージを損ねた事実は変わらない。そこでリベンジのチャンスをやろう」

 

「何?」

 

「霧夜大和との再戦を認めると言っている。最もこれは温情であって、君への処罰ではないがね」

 

「だからって、テメェは無関係な身内に手を出したっていうのかッ!!」

 

「おいおい、どの口が言う? 君だって今まで無関係な人間に手を掛けてきただろう。私は君の裁量で判断したに過ぎんよ?」

 

「このっ……クソ野郎がぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 

淡々と外道な所業を口にするティオに対して、沸点が振り切れてしまったプライドは、怒りに身を任せながら飛びかかる。それと同時にスコールは横に飛び、ティオから素早く離れる。

 

飛びかかるプライドを余所に、全く動こうとしないティオ。体格差は歴然であり、まともに対峙したら到底敵わないだろう。

 

だが、あくまで一般常識の観点から判断すればだ。彼もまた一般常識が通用する人間では無かった。

 

 

「……」

 

 

拳が振れるか振れないかの間合いに入ったかと思うと、ほんの少し体を前傾姿勢にし、拳をギリギリで避けながらプライドの進行方向とは逆へ出る。

 

激しい動きのプライドと比べて、随分と無駄のない動きだ。攻撃をかわされたことを察し、振り向きざまに更なる追撃を加えようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君はもうお払い箱だよ。プライド」

 

 

一言、小さな声ではあるがはっきりとプライドの耳に届いた。怒りに身を任せ、腕を上げようとする。

 

 

「……え?」

 

 

違和感に気付く。

 

まるで自分の体ではない、今まで全く体験したことが無いような感覚。

 

 

 

 

 

 

両腕の感覚が無い。

 

そんなバカなことがあるかと、視線を両腕へと向ける。

 

 

「あ……?」

 

 

無い。

 

自分の腕が両腕とも消えている。

 

刹那、二つの落下音と共に何かが自身の近くに落ちてくる。それはかつて自身の両腕に備え付けられたであろう物体だった。

 

 

「い、ギャァァァァアアァアアアアアアア!!?」

 

 

自身の腕だと認識すると同時に、全身を駆け巡る猛烈なまでの痛み。場に崩れ落ちたプライドは痛みのあまりのたうち回る。両腕からあふれ出るおびただしい量の血が、惨憺たる有様を物語っていた。

 

いっそのこと殺してくれた方がマシだと言わんばかりに表情は歪み、体中から尋常ではない量の汗が吹き出る。

 

 

「腕がぁああ! 俺の腕がぁあぁああああああッ!!」

 

「独断専行して勝手に失敗したんだから、対価を払わなければならない。彼女は人質だよ、君が好き勝手しないためのね。今回は両腕だけで勘弁してあげるよ、君の大切な妹に免じてね」

 

 

表情一つ変えないながらも、彼の右手には抜刀した日本刀が握られていた。刀身にはべったりと深紅の液体がこびりついて、ポタリポタリと地面を濡らしていく。

 

いつ抜いたのか、目測では追えないほどに精錬された動きは、相応の実力者だと確信させられた。

 

 

「ぐっ……止めろ、あいつに、あいつに手を出すなぁ! 今回の事とは関係ないだろっ!」

 

「関係大ありだよ。そんなことも分からないくらい君の頭は腐っているのかい?」

 

「このっ……うぐっ!」

 

 

倒れ込むプライドへと近付き、髪の毛を乱暴に引っ張り上げて立たせようとする。が、彼の体躯を引き上げられないのか、乱暴に床へと叩きつけた。

 

 

「スコール。彼を牢獄に入れておけ。……あぁ、傷だけは手当てしてやってくれ、この場で死なれたらたまらない」

 

「また面倒事を。貴方にとってまだ生かしておく価値でもあるのかしら?」

 

「さぁ、それは彼次第だろう。私が知ることではない」

 

 

ティオの素っ気ない返しに、そうと短く返すスコール。床に伏したままのプライドを一度見下すと、背を向けて扉に向かって歩き出す。

 

 

「あれはいつでも手に掛けられる。自身の行動には十分注意することだ」

 

「……」

 

 

返事を聞く間もなく、部屋を出た。

 

彼にとってプライドは興味対象ではない、死のうが生きようがどうでも良い存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「認識を改める必要がある、か」

 

 

自室についたティオは、モニターを見ながら一人つぶやく。そこにはスコールが見ていたものと同じように、プライドと大和の戦いの一部始終が映し出されていた。

 

 

「どんなものかと見てみたら……まさか同類とは。ますますおもしろい存在になりそうだよ」

 

 

ワインを片手に、ニヤリと微笑む姿は異常なまでに歪んで見えた。実際に相当歪んでいるのだろう。心の奥底に抱える闇は、プライドの持つそれ以上かもしれない。

 

如何せん見た目が普通の様相であるが故に気付かない場合もあるが、共にいれば彼の内面が壊れている事に気付くのは造作もない。

 

 

「こちらの準備ももうすぐ整う。そこからが地獄の始まりだよ……あぁ、楽しみだ! その顔が苦痛に歪むのが!」

 

 

 

モニターの奥に見える大型の培養器。

 

そこには酸素マスクをした人間が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が何者なのか、意図は何なのか。

 

それを知る者は誰一人、居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       “護るべきモノーRestartー”


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