IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第十二章‐ Memories of summer‐
いつも通りの朝


ピピピッと朝を知らせる目覚ましの音と共に、俺の意識は一気に現実へと戻される。いつもとは違った枕の感触……だが懐かしく、寝慣れた感触の元、薄っすらと目を開ける。

 

 

「……んんっ」

 

 

朝五時。

 

普通の学生や社会人はまだ布団の中に潜り込んでいることだろう。襲い来る布団の誘惑に打ち勝とうと、何度も目を擦る。もう一度目を閉じてしまえば、再び安眠の中へとブラックアウト。起きる頃にはお天道様が照りつけ、心地の良い朝……もとい昼を迎えることが出来るはず。

 

最もこの場で惰眠を貪るつもりはないし、朝からやることは目白押し。誘惑に打ち勝つように目を開いた。

 

 

「あぁ、ランニング行かないと」

 

 

 俺の名前は霧夜大和。何処にでも居るごくごく普通の男子高校生……となるはずだったのだが、全国で行われる適性検査にてISを起動させてしまい、IS学園に入学することとなった。最初は不安半分、期待半分で始まった学園生活も、蓋を開けてみれば普通の学園生活と何ら変わらない楽しい学園生活を送ることが出来た。

 

そんなIS学園での生活も春学期を終了し、一ヶ月の長期休暇。夏休みを迎えていた。その長期休暇を利用し、一週間ほど実家に戻ってきている。戻ってきたのは昨日の夕方、前もって帰ることは伝えていたものの、正確な時間までは伝えていなかった。

 

お陰様で千尋姉の驚く顔を見れたし、個人的には満足している。電話先では伝えた俺の左眼の真実を確認されたが、箒を責め立てる気は一切ないとのこと。電話した時に『誰がやったの?』とおぞましいオーラを出していた人間と同一人物とは思えないほど、気にしていないように見えた。

 

ただこれから箒は左眼に怪我をさせたという重荷を背負っていかなければならない。本人にとっては辛い現実だが、幸い俺はこうして生きている。

 

が、もし俺が怪我をした現場に千尋姉が居たら、百パーセント血祭りに上げていたらしい。流石に目の前で弟が傷付く姿を見せられたら冷静では居られないと、真顔で語られた。その真顔の中にも、俺のことを心配する感情や、不安そうな表情を浮かべていたから、内心は本気で心配してくれていたのがよく分かる。

 

この仕事をしている以上、確約は出来ないけど千尋姉にもあまり心配を掛けるわけにはいかない。

 

 

昨日はずっと俺の側に張り付いたまま離れなかったし、色仕掛けでからかおうともしなかった。本気で心配を掛けていたのだと思うと、罪悪感しか湧いてこない。

 

ナギみたいに叩かれるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、『大和を叩くなんて出来ないわよ』の一言で済まされた。大切に扱ってくれるのは嬉しいけど、会う度に千尋姉のスキンシップが激しくなっているような気がする。

 

 

「愛されてるってことなのかな。喜んで良いのか悪いのか……」

 

 

姉弟。

 

端から見れば違和感など微塵もないが、血は完全に繋がっていない。悪く言えば赤の他人。他人であるはずの人間がこうして姉弟として繋がっている。

 

よく考えれば、割とレアなアニメの中のような感覚。周囲を見渡しても、似たような関係の姉弟など見たことも聞いたこともない。現実にはあり得ない例として存在するこの関係。

 

当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではない。

 

何とも不思議な感覚だった。

 

 

 

 

さて、起きよう。布団の中に潜り込んで居てもまた眠くなってしまう。そう布団から出ようと、何気なく足元を見て違和感を覚える。

 

―――はて、人間の足は四本あったかと。

 

 

「……」

 

 

俺の足は分裂出来るんだと、あり得ないことを平然と考える辺り、頭のネジが緩んでいるのかもしれない。現実に足が勝手に分裂したり、増殖するなんてことはあり得ない。つまりこの内の二本は完全に別人の足となる。

 

よく見れば足の太さが明らかに違う。無駄な肉が一切削ぎ落とされた瑞々しく、美しい足。その足が俺の足に絡み合い、まるで男女が抱きつくような格好になっている。

 

更に言えば俺の被っていたであろう掛け布団は、とても一人が寝ているとは思えないほどに膨れている。空気が入っているのか、いやそんなことはない。

 

空気が入って膨れるような寝方はしていないし、抱きまくらを抱えて寝ているわけでもない。現実的に考えて、俺以外の誰かが布団の中に潜り込んでいると考えるのが正しいだろう。

 

で、問題になるのが誰が居るのかだ。

 

 

「……マジかよ」

 

 

正直、もう誰が中に入っているかなんて分かっているし、この後の展開も予想出来ているけど、現実から顔を背けたい気持ちは持っていたい。恐らく布団をめくれば、その姿が露わになる。

 

物体の上に被っているであろう布団を恐る恐るめくっていく。

 

 

「すぅ……すぅ」

 

 

小刻みに寝息を立てて眠りにつく、我が姉の姿があった。無防備に安心しきった可愛らしい表情を浮かべながらも、非常に目のやり場に困るワイシャツ一枚の姿で、胸元を大きく開いたままスヤスヤと眠っている。

 

横向きに寝ているせいか、存在感のある二つの立派なたわわは潰れて不規則に変形。時々息苦しそうに漏らす艶やかな吐息が何ともアダルティーな雰囲気を醸し出す。一言にエロい、それも目のやり場が極端に困るレベルで。

 

顔が童顔ということもあってか、目を閉じていると年齢よりも下に見えてしまう。歳を重ねるに連れて年老いていくのではなく、むしろ若返っていく。

 

初めて会った時は年相応のあどけなさを残しつつも、キリッとした面構えは年齢不相応にも見えたのに、現役を退いた今となってはその表情を見ることはほぼ無くなった。では年齢相応かと言われればそれも違う。

 

先ほど言ったように若返っているようにしか見えないのだ。歳を重ねれば重ねるほど素顔で外出することを嫌うというのに、千尋はほぼノーメイクで外出している。

 

だからといって元の美貌が崩れる訳がなく、周囲に居る男性は虜になるんだとか。

 

 

と、千尋姉の顔について話している場合じゃなかった。

 

何で俺の部屋に、それも人の布団の中に千尋姉が居るのか。周囲を見渡して物の配置を確認するが、紛れもなく俺の部屋だ。間違っても、千尋姉の部屋に寝ぼけて入ったということはない。

 

となると真実は逆。俺が寝ぼけているのではなく、千尋姉の方から俺の部屋に入ってきたということになる。

 

一体何故、どんな目的が、理由があって?

 

 

「あぅ……んぅ? 大和?」

 

 

そうこう考えている内に、張本人が目を覚ます。一概に目を覚ますとは言っても、薄っすらと目を開けたまま焦点が定まりきっていない。まだ寝ぼけている状態のため、はっきりと俺だと判別は出来ていないようにも見えた。

 

……しかし一々口から出てくる言葉がエロい。『んぅ?』とか『あぅ』とか、年下の妹キャラが出すかのような声ばかり上げている。

 

男性が女性の気になる仕草とかで、髪を掻き上げる姿だとか、髪を結うために口でヘアピンを加える姿がツボにはまるなんて言う。俺にとっては寝起きの寝ぼけた仕草をする姿も十分可愛いく見える。

 

だ、ダメだ。俺には付き合っている相手が居るんだから、自分の姉にときめいていたら、示しがつかない。

 

 

「えへへー、大和がいるー♪」

 

「おい、まさか寝ぼけているんじゃ……うおっ!?」

 

 

にへっと笑ったかと思うと、今度は力任せに布団の中へと巻き込まれる。その力はとても女性のものもは思えないほど力強く、寝起きで覚醒しきっていない体を引きずり込むには十分なものだった。

 

俺の体は再び布団の中へ。二度寝をする予定は無かったというのに、千尋姉の横暴により引きずり込まれる。

 

 

「ちょっ、何してんだよ! 俺はもう起きるって「ダメっ?」―――っ!」

 

 

ぐはぁ、何だこの可愛さは!?

 

不安げな表情で俺を上目遣いで見つめる千尋姉の姿、そして胸元が大きく開いたワイシャツから覗く谷間に、確かな質量感のある二つの物質が俺の体に押し当てられている。

 

確信犯なのか、天然なのか。むぎゅむぎゅと押し当てられる温もりが伝わってくる。悪酔いした時とか眠くなった時には何度か似たようなことはあったものの、ここ最近はあまり無い光景。何より人の布団に潜り込んでくることなんて無かった。

 

 

「おねーちゃん、凄く心配したんだよ? 大和が怪我をした時、原因になった人間を潰したいくらいに」

 

「そ、それはちょっと……でも心配してくれてたんだ」

 

「当たり前でしょう。貴方は私の大切な大切な、家族なんだから」

 

 

原因になった……っていうのは俺の怪我する根本の要因を作り出した人間になるのだろうか。ただ改めて面と向かって心配していたことを告げられると、改めて嬉しさを覚える。

 

 

「大和が居ないだけで寂しかった。それなのに怪我までして……」

 

「ごめん」

 

「ううん。私も覚悟を決めなきゃって思ったのに出来なかった。大和が怪我をしたことで揺らいでしまった。思っていた以上に、私は大和に依存していた」

 

「千尋姉……」

 

 

そう言うとそっと、俺の左眼に手を掛ける。

 

元来あった左眼は無くなり、怪我をしたことで生まれたであろう左眼を触りながら、優しく、何度も何度も撫でる。繰り返される行為がくすぐったく、思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

「……」

 

 

視線は俺の顔を向いたまま変わらない。俺の胸元くらいの高さに、千尋姉の顔がある。そしてしばらくじっと見つめ合っていると、首に手を掛け、スルスルと俺の顔と同じくらいの位置に、自分の顔を持って来た。

 

顔が近い。

 

顔が近いから、口から溢れる吐息が顔に当たる。寝起きの口臭は気にする子が多いなんて聞くけど、全く気にはならない女性特有の良い香り。

 

隅々までトリートメントで手入れされた長髪からシャンプーの香りが鼻腔を刺激する。視線を合わせたまま、背けられなくなる。

 

千尋姉の頬がほのかに赤い。恥じらいや興奮している様子を見せるなんて未だかつて一度もなかったというのに、俺のことを見つめたまま動かなくなった。

 

それでも締め付ける力は変わらぬまま、離してなるものかと子供が縋るように引っ付く。

 

 

「あの、千尋姉?」

 

「……」

 

 

呼びかけても応答がない。

 

どうしようか、力づくにでも引き剥がそうかと思った矢先の出来事だった。

 

 

 

「ん……」

 

「っ!?」

 

 

妙に生暖かい感触が左眼を襲う。

 

何をされた……寝ぼけているのか判断能力が鈍い。

 

 

「痛かったよね」

 

 

ボソリと呟かれる一言に、何も言えなくなる。何が痛かったのか、言葉の意味を理解出来ないほど俺も鈍感では無いし、物分かりが悪いわけでもない。

 

 

「そんなこと……」

 

 

心配を掛けてなるまいと、あえて強がって見せる。でもそんな強がりも、千尋姉の前では意味がなかった。

 

 

「嘘。一瞬とはいえ左眼が見えなくなるほどの傷が痛くないわけ無いもの」

 

 

隠そうと思っても見破られてしまう。

 

実際のところ痛くないわけが無い。

 

一瞬感覚が無くなったかと思うと、次の瞬間には目を抉られるような猛烈な痛みが襲ってきた。今でこそ痛みはないが、あの時に傷つけられた目の傷は未だに消えていない。

 

身体の傷は綺麗に塞がり痕も消えているというのに、左眼の傷だけは治らなかった。つまり如何なる手段をもってしても治ることはない。

 

一生俺の左眼にはこの傷が残り続けることだろう。

 

 

「無茶は構わないけど、貴方を心配する女性は多いの。それだけは忘れないでね?」

 

「……うん」

 

 

千尋姉の言葉にコクリと頷くと、満足そうに微笑む。

 

 

「じゃあ私はもう仕事だから出るけど……休みだからってあまり遅くまで寝ないようにね?」

 

「ん、分かった。行ってらっしゃい」

 

 

布団から出ると、素早く部屋から立ち去る。千尋姉が立ち去った部屋はまた朝の静けさを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな朝の一時から、この物語は再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっつい……何度あるんだ今日?」

 

 

タンクトップ一枚、下は短パンを履きながらだらしなくソファーにもたれ掛かると、手に持っているうちわをパタパタと仰ぐ。

 

実家に帰ってきて二日目朝。

 

ランニングを終えてシャワーを浴び、新しい服にきがえたは良いものの、結局シャワーの火照りが残ってしまっているせいで、尋常じゃない暑さが押し寄せてくる。

 

早く家に帰りたい。

 

なんて、実家に帰ってきているにも関わらず内心思ってしまうあたり、盛大に頭の中が蕩けているようだ。クーラーを使いたいのは山々だが、生憎クーラーから出てくる風が苦手で、すぐに身体が冷えてしまう体質のようであまりクーラーは付けたくない。それに仮にその場は涼しくても、結局外へ出ると暑くなる。

 

今後外に出ない訳じゃないから、暑さに対する抵抗力が下がるのは避けたいところだ。

 

さて、早速だがこれから外に出る準備をする必要がある。実家にいる期間も一週間と短いが、今日は千尋姉が仕事で家を既に空けていた。家には俺一人、他には誰も居ない。出掛けるから戸締まりには細心の注意を払う必要があった。

 

 

 

パタパタとうちわを仰ぎつつも重たい腰を上げ、私服に着替えるべく部屋へと戻る。元々今日は出掛ける予定があり、実は先日、一夏から家に来ないかと招待を受けていた。幸いなことにここ最近は仕事も無く、平和な日々が続いているということで一日中フリー。

 

一夏の誘いに快く応じたところ、家の住所を教えて貰ったため、現地に向かうための準備をこれから始めようというわけだ。

 

机に乗っている麦茶入りのグラスを手に取ると、残りを一気に飲み干した。温度のせいか、注いだばかりは冷たかったのに、いつの間にかぬるま湯のような何ともいえない感じが口内へと伝わる。

 

言い表しがたい風味に、思わず顔をしかめるも窓から覗く風景を見ながら、ぼそりと呟く。

 

 

「今日も、良い日だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は午後に移る。

 

身支度を整え、指定の時間を迎えたところで家を出た。予想通り、室内よりも遙かに強い日差しと、この世のものとは思えないほどの暑さが身体に照りつける。せっかく新調した服も、この暑さの下では一瞬の内に水分を含み、ずぶ濡れになってしまう。

 

幸い日陰を上手く伝いながら駅に向かうことで、無事にそこまで汗をかくことなく、電車に乗ることに成功した。

 

市内を通る電車の座席に体重を預けながら、目的地へと向かっている最中だ。十数年経ち、以前は古びた建物の多かった沿線もすっかりと新築の建物が連ねている。窓に映る風景を見ていると、自分の身体の成長と共に、改めて年を重ねたと実感出来た。

 

 

「女性の前では死んでも言えない単語だよな」

 

 

当たり前だが、特に妙齢の女性の前で言ったら、一瞬にして好感度はゼロを振り切るだろう。面白半分でも言うつもりは毛頭無い。むしろ今のこのご時世なら通報される可能性さえある。

 

視界を高速で通り過ぎる外の景色を見ながらも、ふと周囲の視線が自分自身に向いている事に気付き、社内へと視線を戻した。

 

 

「……」

 

 

するとどうだろう。

 

俺の方に向いていた数々の視線は一瞬の内に無くなった。車両の右端から左端に向かって視線を這わすも、誰一人とて視線があう人間は居ない。気付かれたことで俺の方を見つめるのが気まずいのか、それとも多少なりとも罪悪感があって、見ないようにしているのか。

 

人それぞれ、考えられる選択肢はいくつかあるものの、断定するまでには至らなかった。

 

ま、人の興味を引いているのは俺の左眼か。

 

何気なく、左眼を隠す眼帯に手を掛ける。臨海学校の前と後で変わった変化。先の戦いの中で左眼を失い、傷跡を隠すために眼帯をする生活を余儀なくされていた。この平和なご時世に、治療用の眼帯以外のものをする人間は早々居ない。

 

物珍しさが先行するのも無理はないだろう。これから生活する上で、何人もの人間が目の当たりにするであろう、この左眼。今更好奇の眼差しを向けられたところで、動じはしない。

 

 

「次は───」

 

 

 

そうこうしている間にも、目的地の最寄り駅へと到着するアナウンスが車内に流れる。電車に揺られること三十分弱、クーラーのきいた電車から降り、改札へと続く階段を下りる。

 

都内の駅だとまるで迷路のように構内が入り組んでいるが、幸いここの駅は出入り口が一つしかない。故に出口で迷うことはほぼ皆無に等しかった。改札機にICカードをふれさせて出ると、空からは強い日差しが照りつける。

 

そしてまぶしい光の中、俺の瞳に飛び込んできたものは。

 

 

「待っていたぞお兄ちゃん!」

 

「あ、あの。大和くん。おはよう……」

 

 

何故か私服姿のラウラと、ナギの姿が視界に入った。ようやく来たかと何故かドヤ顔を浮かべるラウラと、両手を顔の前で合わせ、申しわけなさそうな表情を浮かべるナギと、反応は正反対だ。

 

二人には帰省中に一度一夏の家に行くことは伝えているが、まさかついてきたのか。反応から察するに、元々ナギは行くつもりが無く、ラウラに誘われるがままに着いてきたってところか。

 

 

「ふふん、お兄ちゃんはきっとこの駅で降りると思っていた……ふぁぶぶ!?」

 

「何やってやりました的なドヤ顔してんだこのアホっ!」

 

 

全く悪びれない様子のラウラにお灸を据えるべく近付くと、痛くならないように加減をしながら、無防備な頬を優しく横に引っ張る。

 

むにょーんと音でもしそうな柔らかさと共に、ラウラの顔が変形する。突然引っ張られるとは思っていなかったようで、何とも気の抜けた声を漏らすとバタバタと抵抗をしてきた。もちろん抵抗されてもやめるつもりはなく、縦横斜めと縦横無尽に頬を引っ張って遊ぶ。

 

これからこのお仕置きをラウラ百面相と名付けよう。

 

 

「おにーひゃん! はなひぇー!」

 

「全くお前は! ナギにまで迷惑掛けて何やってんだ!」

 

「や、大和くん。私なら大丈夫だから、そろそろ離してあげた方が良いんじゃ……」

 

 

頬を引っ張られているせいで、まともに話すことが出来ずにじたばたと抵抗するも、ほぼされるがまま。そんなラウラをナギも助けようとする。

 

夏休みという事もあり、通常時に比べると駅近くをうろつく人も多い。いつまでも駅前で漫才をしていると笑われそうだし、一夏の家に行く時間も遅くなってしまう。一旦落ち着いて、目的地へと向かうことにしよう。一夏にも事情を話しておきたいし、いきなり二人がお邪魔すればびっくりするはず。

 

ラウラの頬から手を離すと、慌ててナギの後ろにラウラは隠れた。お前は物心が付いたばかりの子供かと、内心突っ込みを入れたくなるも、心の奥底に気持ちをしまい込み改めて気持ちを切り替える。

 

 

───紹介しよう。

 

ナギの後ろに隠れた小柄な銀髪の女性、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

同じIS学園の同級生であり、ドイツの代表候補生でもある。また血の繋がりこそないものの、俺を兄として慕ってくれる可愛い妹でもある。

 

そして隠れるラウラを優しげな表情で見つめ、見守るナギ。本名を鏡ナギ。

 

同じくIS学園の同級生であり、俺と今学園で最も親密な関係にある人間だ。

 

 

二人とも俺にとって、これからも共に寄り添っていたい存在になる。かつては生死と隣り合わせの危険にあわせてしまったり、一方的に敵意を込めた視線を向けられたりと、到底今の状態とは程遠い関係ではあった部分もあるが、様々な紆余曲折を経て今の関係に至る。

 

 

「うぅ……ひどいぞお兄ちゃん!」

 

「どっちがだよ! ……ま、来ちゃったものは仕方ないし、皆で一夏の家に行くか」

 

 

とにかく来てしまったものは仕方がない。この期に及んで帰らせる程、鬼畜な性格はしていないし、逆に夏休みでも二人の元気そうな顔を見れて安心している自分が居た。

 

最後に会ってから一週間も経って居ないにも関わらず、何年も会っていなかったかのような奇妙な感覚に襲われる。それだけ二人の存在が、確実に俺の中で大きくなっている証拠かもしれない。

 

改めて二人の姿を視界に入れると、俺の視線に気付いた二人が揃って俺の方へと向いた。

 

 

「あー……何だ。二人とも似合っているぞ、今日の服装」

 

「え?」

 

「お……?」

 

 

気付くのが遅れてしまったが、二人の服装が眩しいほど、よく似合っている。ラウラに関しては制服か軍服かくらいのレパートリーを持ち合わせて居ない彼女が、今日は自身のモデルカラーにもなっている黒のワンピースを着用。

 

一人だけでは選びきれなかっただろうから、シャルロットや所属する軍隊の人間にもアドバイスを貰いつつ選んだのか。ラウラの雰囲気に良く合っていた。

 

一方のナギは言わずもがな。

 

ただいつもと違うと言えば、今まではワンピースを初めとしたスカート系を好んで着てきていたナギが、今日は一転してデコルテデザインのトップスに、白のショートパンツといった非常にラフな服装をしている。またトップスの素材が柔らかい素材であることから、ボディーラインがハッキリと出てしまうせいで目のやり場に困る。

 

いや、ホント何度も言うようだけどボディーラインがはっきりと出てしまう服装をナギが着ると、顔から下に視線を下げることが出来ない。恥ずかしながら、俺だって男だ。仕事中なら全く気にもならないが、残念ながらプライベートは別。

 

冷静沈着な護衛だという認識を完全にぶち壊し、些細な色物でも赤面する自信がある。

 

 

そんな俺の歯切れの悪い一言に、キョトンとする二人だが、やがて今日の服装を褒められているのだと認識すると、頬をほのかに赤らめた。

 

 

「ほ、本当に? この服普段は着ないし、私自身のイメージじゃないと思ってたから……」

 

 

友達に勧められて……と、ぽつぽつと話すナギだが、似合っている。むしろ似合いすぎて困る。普段は制服姿しか見ることを無いし、プライベートで出掛ける度に多種多様な服を見せられる男性の心境は穏やかなものではない。

 

とはいえ、まずは今日の服を勧めた友達グッジョブと言いたい。誰だろうか、クラスメートかそれとも地元の知り合いか。どちらにしても良いセンスしてる。

 

 

「いや、すげぇ似合ってる。流石だな」

 

「ふふっ♪ ありがとう。大和くんも似合ってるよ」

 

 

さり気なくナギに今日の服装を誉められて、少し頬がゆるんだ。自分ではさほどお洒落に着こなしているとは思わないが、Vネックのインナーシャツに紺のジャケットを羽織り、下は薄茶色のクロップドパンツ。

 

海に遊びに行くわけではないため、下は無難にスニーカーと、比較的涼しげかつカジュアルな服装を選んだ。以前に比べると服を含めた身だしなみに気を遣うことが増えて、必然と服に対する出費も多くなっていた。

 

自身の見栄えに関することだし、多少の出費は自己投資として行ったところで痛くはない。逆に中途半端な服装をして、人前に出る方が恥ずかしかった。

 

笑いあう俺とナギだが、その様子を後ろから面白く無さそうに見つめ、ふてくされる姿が一つ。

 

 

「うー……」

 

 

ナギの事は凄く誉めるのに、どうして自分はさらりと誉められただけなのか納得がいかずに、むすっとしながら頬を膨らませる。

 

そんなラウラの様子にほぼ同じタイミングで、俺とナギは気付いた。構って貰えずにふてくされる姿に、思わず苦笑いを浮かべるも、拗ねる妹をあやすかのように、俺はぽんぽんと頭を撫で、ラウラの身長に合わせて視線を下げて、ナギは諭して行く。

 

 

「悪い悪い。ラウラも十分に可愛いよ。ごめんな、お姉ちゃんばっかり誉めて」

 

「うぐっ……そ、そんなことない!」

 

「ラウラさんごめんね? つい二人で話し込んじゃって……」

 

「ううっ、だから私は別に寂しくなど……! こ、こら抱きつくな!」

 

 

俺たちのダブルパンチに言葉を詰まらせながら、嫉妬して居たわけではないと必死に否定するラウラが可愛らしく、ナギはラウラを力強く抱き締める。

 

ジタバタと抜け出そうとするラウラだが、思いの外ナギの力が強いのと、自分と向き合ってくれた事に対する喜びで、突き放すことが出来ないでいた。

 

数分ほど、仲睦まじい兄妹のやりとりをした後、俺たちは一枚の紙に書かれた場所へと向かうのだった。


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