平和だ、実に平和だ。皆でわいわいと、時折お菓子とジュースを口に含みながらゲームをする。
とても学園内で許される行為ではないとは分かってはいるが止められない。いや、この部室でのみ許されるのではないか、一瞬でもそう考えてしまった辺り、俺はもうダメかもしれない。
「じゃあ俺のこの借金やるわ」
「ふぉぉ!?八神氏、それは許されざる行為ですぞ!」
画面に映る太田のアバターが本人とリンクしているかのように青ざめている。いいぞ、やはり他のプレイヤーに押し付けるのは最高に気持ちがいい。これぞこのゲームの醍醐味だな!自分がされるのは不愉快極まりないが。
「助けて紫乃月氏!水瀬氏!このままじゃあ株式会社『O-TA』が倒産のピンチですぞ!」
紫乃月に助けを求めるも、『あ、私関係ないんで』と言わんばかりに無視して自分のターンを進める。ちなみに現在一位は紫乃月。運が絡んだゲームであってもコイツは変わらず強い。
一方の小動物のような女の子のような男、水瀬 遥が追い打ちをかけるように借金を押し付ける。この人悪魔かよ。見かけによらず容赦がないというか。
リアルだったら死にたくなるぐらいの額になっていて軽く太田が心配になってきた。でもよく考えたらさっき500万ぐらい押し付けられたから、お返しって事にしとこう。
ゲームも終盤に差し迫った頃合い。順位は依然変わりなく、一位を紫乃月が独占している。次いで水瀬先輩、俺、最下位は言うまでもない。
次のターンでゲームが終わる、そんな時だ。バンッと大きな音がしたので皆一斉にドアの方に振り向く。
以前のような相談しに来た生徒、では決してない。何故なら『生徒会』と書かれた腕章を付けた女生徒が立っていた。つまり、彼女は──。
「生徒会庶務を務めています、内海 玲香です。本日は貴方たちに一言申し上げに来ました」
キッと鋭く睨みつけられ、妙に縮こまってしまった。
部室内をキョロキョロ見渡して溜め息を零すと今度は大きく息を吸い込む。
「なんですかこの部室は!?ゲーム機、漫画雑誌、お菓子!どれも学校に必要のないものばかり!風紀が乱れています。恥を知りなさい、恥を!」
全然一言ではない怒号が響き渡る。声がデカすぎて耳鳴りがしそうだ。
【
一部では『生徒会じゃなくて風紀委員会に入ればよかったのに』と言われている。俺もそう思う。
かく言う俺も被害者の一人だ。いつの事だったか。ある日友人から面白い本を借りた事があって、読み終わったから返そうと思って持って来たら持ち物検査に引っかかってしまった。
漫画は没収された上に生徒会様からの有り難いお説教を受けて以来、もう絶対関わるまいとあの日の俺に誓った。誓ったのだがこんなにも早く破られるとは思わなんだ。
「学生の本分は勉強です。それを疎かにする暇があるんだったら勉学に費やしなさい。下らないことで成績を落としてしまっては元も子もないでしょう」
彼女は俺たち全員にそう説教するが、俺には特に何も響かなかった。普段から予習復習を欠かさない者にとっては効果が薄い。まさに馬の耳に念仏、というやつだ。
「その言葉は聞き捨てならない。撤回を求める」
そう言って前に立ったのは紫乃月だった。低い身長で堂々と前に立ちはだかる姿はまるで大型犬に喧嘩を売る子猫のようだ。
彼女も俺と同じで聞き流すと思っていたのだが、意外にも反応を示していた。寧ろムッとした表情を見せながら頬を膨らませていた。
「撤回はしないわ。貴女もこんな低俗なものに現を抜かす暇があるのだったら勉強しなさい。これは貴女自身の為でもあるのよ?」
「余計なお世話。学年トップを舐めないでほしい」
強気……いつになく強気な紫乃月を見たのはゲーム以外では初めてかもしれない。
『この程度で学力が下がると思っているのか?』
そう言いたいかのようにも聞こえたその言葉には不思議と重みを感じた。
「……これ以上何を言っても無駄のようね。ならこうしましょう。期末試験、貴女たち全員が良い点数を取ることができたのなら、今回の件は不問にしましょう。ただしッ!」
『一人でも平均点以下の点数を取ったのなら廃部』。その言葉で全員に寒気が走った。廃部はもちろんのことだが、それとは別のもっと現実的な問題だ。
勉強ができる。その点で言うなら紫乃月や小鳥遊、水瀬先輩、これは憶測だが部長も心配ないだろう。俺たちが危惧さているのは残りの二人だ。あの二人に勉強ができるイメージがまったくもって湧いてこない。
金剛寺に至ってはマジで洒落にならないぐらい勉強ができない。どれくらい悪いかは割愛させてもらう。太田の詳しい成績は知らないが多分ダメだろう。そんな感じがする。
そんな二人が平均点以上を取ることができるのだろうか。断言する、無理だ。かと言って今さら『できないんで勘弁してください』など言える訳がない、言いたくもない。
大人しく彼女の提示した条件を飲むしかない。
「では期末試験、楽しみにしてます。あとこれらは没収させていただきます」
途中まで進行していたゲームを大きな袋に入れて部室を後にした。言いたいことだけ言って帰っていきやがって。あとちゃんとセーブさせてくれよ……。
──────────────────────
「……で、どうするんだよ?」
嵐が過ぎ去り静かになった部室で全員が頭を悩ませる。
一体どうすれば良いのか。廃部は当然だが、この二人にどうやって良い点数を取らせるか。さっきから考えてはいるが全くと言っていいほどいい案が浮かんでこない。
「ま、どうにかなるっしょ。なぁ太田!」
「人間、諦めなければどうにかなるものですぞ」
「頼むからもう少し危機感を持ってくれ」
こいつらは本当にどうしようもねえな。
「こうなったらもう勉強を見てやるしかないでしょう。後輩の面倒を見てやるのも先輩の務めよ。遥もそれでいいわよ?」
笑顔で頷く水瀬先輩。普段、先輩としての威厳なんてあまり見せない一ノ瀬先輩もこうなると頼りになる。
紫乃月も小鳥遊も二人の成績向上の為には協力は惜しまないと言ってくれた。それを聞いた金剛寺もやる気になってくれたのか、その目には炎が宿っているように見えた。
なんだか初めて娯楽部全員が一丸となった気がする。これなら廃部は免れるかもしれない。一人嫌そうな顔をしている奴がいるようだが、そんな奴は飾っているフィギュアを人質にすればいい。
さっそく勉強会でも開こうとするが、時計を見ると夕方5時過ぎ。太陽も落ちかけて空が茜色に染まり、生徒も徐々に下校していた。
「こりゃ今日はここまでだな。俺たちもそろそろ帰るか」
支度を済ませて学校を出る。このまま家に帰ってもいいが今日は少し寄り道をしよう。
寄り道先は学校近くにある大きなショッピングモール。店としての規模は結構上等な感じで、家電量販店や流行りのブランド物まで入居しており店構えとしてはこの辺りでは最大レベルとも言える。
特に此処で店を出しているタピオカ専門店は若者に大人気で、よくウチの学校の生徒たちも利用している。どうでもいいが俺は利用しない人間だ。
俺はそんな陽キャでもないし、かと言って陰キャであることを認めたくはない。我ながら本当に面倒な人間だと思う。
だがしかし、個人的にはタピオカに興味がない訳ではない。たが今回の目的はそれじゃない。だから俺の視界に入るな買いたくなるだろう。
俺が此処に来たのは書店で本を買うためだ。本を買うんだったら普通に本屋に行けばいいじゃない、と思うかもしれないが一番近いのが此処だっただけ。それ以上の理由はない。
では何の本を求めてやって来たのか?実を言うと俺は人に勉強を教えるのが苦手だ。所謂、教え下手というやつだな。
つい説明が雑になってしまって言いたいことが正確に伝わらない、よくあるパターンのやつ。ついでに感情的になってしまうというオマケ付き。
そうならない為にその手の本を買いに来たのだ。
「お、あったあった」
無数の本を指で確認しながら探していると目当ての品を見つけた。『
しかし書店に来て買うものがたった一つだけってのは味気なくないか?折角だしマンガも少し買っていこう。
決してあの続きが気になるだとか、勉強が嫌だからという理由で読む訳ではない。テストが終わってから読めばいいのだ。
さて、さっさと帰って飯の準備をしなくちゃなーなんて考えながら歩いていたら女性にぶつかってしまった。ぶつかった勢いが多少強かったのか、持っていた荷物を散らしながら転倒する。
大丈夫か、怪我はないか?とベタなセリフを申し訳なさそうに言いながら手を差し出す。女性も問題なさそうな感じで差し出した手を取ろうとしたが一向に手を取る気配がない。
女性の顔を見るとその顔は見知ったものだった。いや、見知ったというかなんというか。
「あ、貴方は娯楽部の!?なんで此処に!?」
「そりゃこっちのセリフだよ…」
俺がぶつかった相手は生徒会書記様の内海 玲香だった。なぜこの女がこんな所にいるのか。
ふと視線を彼女の持っていた荷物に向ける。俺の目が腐っているのか、絶対に持っている筈のない物があった。これってアレだよな……?
「すまん、ちょっと確認なんだがそれってさ…ゲームだよな?」
パッケージを見るに多分恋愛モノ。それも乙女ゲーと呼ばれるものだ。え、もしかしなくてもこれってそういう事だよな?
内海の表情がハバネロのように真っ赤になっていく。これもう確定ですわ。
「う……うわあああああああああああああああ!!!!!!」
「………その、悪かった。だから機嫌直せよ」
あの後、悲鳴を上げながら号泣する内海を30分掛けて宥めて漸く落ち着かせた。ちなみに俺の女性を慰めるスキルなんて皆無だ。
取り敢えずジュースを奢ってやってベンチに座らせているが空気が気不味い。すぐに逃げ出したいがこのまま帰ってしまっては閉店まで泣き続ける気がするから帰れない。
「こっちこそゴメンなさい…気が動転してしまってつい……」
俯きながら呟くように謝る内海。自分の秘密がバレてしまったんだ、誰だって泣きたくなるさ。それが例え往来の真ん中であっても。
俺も秘密がバレたら記憶が無くなる程殴る自信はある。
「まあ、誰だって秘密の一つや二つはあるだろうしな。誰にも言わねえから気にすんな」
「本当に? 信用していいのよね!?」
こんな事言っても誰も信じやしないだろうし、言って余計なトラブルが生じるのも御免だ。この事は墓場まで持っていってやる。
安心したのか、内海は安堵の表情を浮かべながらジュースを一気飲みする。この様子だともう帰っても問題なさそうだな。
「ねえ、貴方から見て私はどう見えるかしら?」
帰ろうとした矢先内海がそう口にする。いきなりなんぞや。
「どうと言われてもなぁ、俺にゃ子供みたいに泣きじゃくる生徒会書記様にしか見えねえよ。それ以外に何があると?」
「生徒たちには下らないものと一蹴している私が恋愛ゲームに夢中になっている、生徒の模範となるべき者がそんなものに現を抜かしているだなんてとんだお笑いじゃない?今日だって紫乃月さんにあんな事言ってしまって…言うつもりなんてなかったのに」
成る程、つまり彼女は自己嫌悪に陥っている訳か。面倒臭えなオイ。じゃあ言わなきゃ良かったのにと野暮は無しにしておこう。
こういう時なんて言葉を掛けるべきなのか、女性慰めスキルがないというのに。本当にもう…もう!
「そうだな……悪いと思ってるんなら明日にでも謝ればいい。あいつのことだし簡単には許してはくれないだろう。逆に何かしら要求されるだろう。必ず間違いなく」
もしかしたら『平均点以下じゃなくて赤点回避にしろやオルルァン!』などと要求するかもしれん。かもじゃない、する(断言)
彼女のそのことは重々理解している筈だ。だが下らないプライドより優先すべきものも理解している。
あとはこれだけ言っておこう。
「それとな、好きなものを『下らないもの』と嘘をつくのはやめた方がいい。その言葉は他人を傷付けるナイフにもなるし、己を苦しめる枷にもなっちまうからな。自分を良く見せるために自分を偽るなんつうこと、もうやめちまった方がいい。勿論秘密は隠しておけな」
その言葉に内海は黙り込んでしまう。
相手の好きな物を否定するのは同時に自身を否定することでもある。
中には人を傷付けることに対して心を痛まない人間だっているが、彼女はそんな人間ではない。逆に良心がボロボロ傷んでこんな自己嫌悪に陥っているんだ。
「ま、いきなりは無理だろうが頑張って秘密がバレない程度にすりゃいいさ。んじゃあ俺帰るわ」
言いたいことも言い終えた俺はベンチから立つ。時間を見るともう6時過ぎ、早く帰らねえと飯はまだかお菓子はどこだとうるさいからな。
早く家に戻って本を熟読しなくては。マンガじゃないぞ。
「ぬわあああん問題が分かりませんぞぉぉぉぉ!」
翌日の放課後、部室で勉強会を開いた。
開いたものの太田の勉強の出来なささは驚愕であった。これならまだ金剛寺の方がまだマシだ。
「八神氏の教え方はスパルタでございますぞ!スパルタクス!圧政者ですぞ!」
「お前の理解力がないだけだよ。それとスパルタとスパルタクスは別に関係ないから語感だけで口にするな。ほれ、さっさとこの問題やれ」
「そも『猿でも満点取れる勉強方』とはなんぞや!完全に我らをバカにしておりますぞ!金剛寺氏、何か言ってください!」
金剛寺は紫乃月の指導をマンツーマンで受けている。なんでも紫乃月の教え方は非常に分かりやすいらしく、金剛寺でもちゃんと理解できるように優しく指導している。
一方の俺は完璧に本頼り。小鳥遊がサポートしてくれているとはいえ中々上手くいかない。買った本が悪かったのか、それとも俺のやり方がダメなのか。理由はさっぱり分からない。
もうこいつの理解力の無さが原因だと決めつけよう。
「失礼します」
ノックして入ってきたのは内海だった。昨日のこともあってか一部には歓迎されていない。特に紫乃月の態度が180度変わった。
「何の用?用が無ければ帰ってほしい。今は忙しい」
「昨日の件に関してお話があってきました。……昨日はあんなことを言って申し訳ありません」
深々と頭を下げる。そんな姿を見た紫乃月は多少困惑していた。
昨日の今日でこんなことをされればいくら紫乃月と言えど困る。兎に角頭を上げて話を続ける。
「いきなりすぎて理解が追いつかないんだけど」
「要するに昨日は言い過ぎたから悪かったってことだよ。OK?」
「おk把握。でも本当に悪いと思っているのなら心ではなく行動で示すのが礼儀。土下座を所望する!そう、肉焦がし……骨焼く……鉄板の上っ……!」
「申し訳ないが焼き土下座はNG。土下座も無しな」
内海なら本当に焼き土下座でもやりそうだから怖い。此処は止めておくのが正解だ。
それに万が一土下座なんてさせてみろ、生徒会が一生徒に土下座なんて色々悪い噂が立ってしまう。
「その、土下座は流石に無理ですが代わりと言ってはなんですが条件の緩和とかどうでしょうか?」
「え、マジですかい!?」
反応したのは絶賛勉強中の太田。オメェは黙って問題集解いとけ。
しかし向こうの方から条件の緩和を提案するとは思わなかった。正直こっちから、主に紫乃月か部長辺りが先に言い出すと思っていた。
「なら全員赤点回避を条件にしてほしい。このままじゃ激ムズ過ぎてとてもじゃないけど平均点以上は無理なの」
「ま、まあそれぐらいなら……」
「やったぜ。喜べりきやんに豚、無理ゲーから鬼畜ゲーに変わった」
「それあんまり変わってないのでは???」
条件を赤点回避までに下げてもらって俺の心は大いに喜んでいた。いや俺だけじゃない、小鳥遊や部長たちも顔には出していないがホッとしている。
「では私はこれで。失礼しました」
部室を出る直前、内海とふと視線が合った。
その顔には昨日のような棘はなく、されどまだ若干の影は見られるが憑物が落ちたかのように柔らかい表情であった。
「さて、仲直りも済んだことだし勉強を再開するとしますか」
「え?赤点回避なら別に勉強しなくても問題ないのでは?」
……これを本気で言っているならこいつは相当頭がイッている。
「赤点回避程度なら勉強しなくても出来ると?そうかそうかー」
こんなバカな発言をする奴が相手だ、俺も本気を出さざるを得ない。
「これから暫く勉強しなくて済むぐらい頭に叩き込んでやる。覚悟しろ〜?」
「あの、八神氏?笑顔が怖いですぞ…?命の危機を感じるっ…!紫乃月殿、小鳥遊殿!助けてくだされ!」
二人は無視している。これはやってもいいってことだな。
本に頼るのは止めだ、こっからは俺流の教え方で指導してやる。
泣くほど嬉しいのか、叫喚しながら震えている。若干怯えが見えるがそんなもん見えない知らないどうでもいい。
後日、期末試験を受けてテスト返却まで廃人のような日々を送っていたという。
ちなみにテスト結果は全教科70点以上だったという。80点いかなかったのは悔しいな。
人を廃人化したことに関して何か言うことはないのかって?次は上手く(教えて)やれたらいいなって。