元うちはによる鬼殺道中記   作:卑の呼吸・卑劣切り

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 三話目にして日常回…大丈夫かコレ?
 ちなみに原作と変わらない部分は飛ばすかサクサク進みます。


元マダラ猪を拾う

「いいねいいね!!強者の気配だ!テメェとなら楽しめそうだぜ!!」

 

 (…何だコイツは?)

 

 炭治郎は困惑する。先ほど元とはいえ!"十二鬼月"だった鬼をサクッと討伐し、血も手に入れ少し気分がよかった炭治郎の前に現れたのは猪の皮をかぶった上半身裸の謎の生物だった。手にはギザギザに刃こぼれを起こした日輪刀を二本持っている。

 

 「アハハハハハハ!! 猪突猛進! 猪突猛進!!」

 

 いきなり襲い掛かってきた生物に対して、炭治郎はその攻撃を最小限の動きでかわしながら詳しく観察する。下半身は衣服を履いており、よく見るとそれは鬼殺隊が履いている隊服と同じものであった。つまりこの謎の生物も鬼殺隊の一人という可能性がある。

 

 (いきなり襲ってはきたが刺客ではなさそうだな…いくら何でも直情的すぎる。)

 

 観察を続ける炭治郎に対し、いつまでも避けに徹しやる気を見せようともしない様子にイラついた謎の生物は怒鳴る。

 

 「テメェ何で刀を抜かねぇ⁉同じ鬼殺隊なら戦って見せろ!」 

 

 「隊員同士で刀を抜くのはご法度と言っても聞かなさそうだな…なれば人語を介さぬ獣には教育が必要なようだ。」

 

 その言葉とともにそれまで避けに徹していた炭治郎が瞬時に飛び出し、右拳を猪男の鳩尾に叩き込んだ。凄まじい打撃音とともに彼の体は後方に吹き飛ぶ。むろん手加減はかなりしている。

 

 「ガハッ…やるじゃねぇか…やっぱ俺の目に狂いはなかったぜ‼」

 

 倒れ伏した猪男は二三度せきこむと、突如かすれた声で笑い出した。

 

 「今日は気分がいい…少しの間だが遊んでやる砂利。」

 

 「上等じゃねぇかよぉ‼」

 

 起き上がった猪男は猛獣のごとき動きで飛び掛かる。相手の戦い方は人のものではない。どの一撃も炭治郎の臍より下の位置ばかりを重点的に狙っており、まるで獣と戦っているようだった。

 しかしただの獣の動きが元は一流の忍であった炭治郎相手にどうにかできるはずもなく地面を転がされるばかりであった。 

 

「テメ……うおっ!?」

 

「どうした?もっと踊って見せろ…」

 

「ぬおお、なにくそぉ……おわぁ!?どうなってやがる畜生!!」

 

 この伊之助という少年は、肌感覚が人より優れているので相手の動作をある程度読み取ることもできる。しかしながら戦っている男の動きはまるで読めたものではなく、逆に自分の動きは完全に読み切られている。それは生まれてこのかた初めての経験であった。

 

 (とりあえず、もうしばらく転がしておくか…)

 

 獣に近い習性だというのならば、上下関係をしっかりと教え込むのに一番適した方法は体に教え込むことだ、炭治郎はそう考え伊之助を地面に転がし続ける。

伊之助はその後も抵抗を続けていたであったが、体力と地力の差はどうあがいても覆すことはかなわずとうとう力尽きる。

 

 「もう終わりか…随分とあっけないものだな」

 

 「……うるせぇ…つかテメェ、一体何なんだ?鬼殺隊員かと思ったがその箱の中には鬼が…」

 

 言い終える前に伊之助の言葉は途切れる。炭治郎がまとう空気が明らかに変わったからだ。

 

 「…おい砂利、どうしてそれが分かった?答えろ、正直にな。」

 

 (何だコイツ、ヤベェ感じがビンビンしやがる…)

 

 嘘偽りを述べれば有無を言わさず殺される。そう確信できるほど今までに感じたことがない濃い空気があたり一帯を支配していた。伊之助は本能的に何故箱の中身が分かったかを話し出す。

 

 「…んなもん、肌で感じ取ったからに決まってるだろ。」

 

 「肌…だと?」

 

 匂いからして嘘をついている様子はなかった。つまりこいつは常人とは並外れた鋭い触覚を持ち、上半身を常に晒しているのは肌面積を増やすことで己の能力を最大限に有効化させるためだということだ。正直興味深い能力だ。

 

 「では次の質問だ、お前は箱の中身を知ってどうする…本部に報告するつもりか?」

 

 その質問に対し、伊之助は正直に答える…というよりは別にうそをつく理由もなかった。

 

 「別にどうもしねぇよ、俺は単に強ぇやつと戦って勝って俺が最強になりたいだけだ!!それがかなうならなんだって構いやしねぇ。」

 

 「…なるほど唯の獣、いや獣は戦ってはいけない相手は見極められるか。」

 

 伊之助の言い分にさすがに炭治郎も呆れの色を見せ殺気を解く。それと同時にある考えが頭の中によぎる。

 

 (こいつを調教すれば口寄せ動物変わりにはなるか。)

 

 今はまだまだ弱いが己が鍛え上げればこいつは伸びるだろう。それだけの資質が伊之助にはあった。それに自分とは違う感知能力を持っており索敵やサポート役としての使い道も考えられる。

 思想も愚かしいにもほどがあるものだったが、逆に言えば鬼に対して差別意識もなく組織への執着心も薄いので自分と行動を共にするには悪くない。

 

 「…貴様はさらなる力が欲しいか?」

 

 「は?」

 

 「強くなりたいのかと聞いているんだ。」

 

 「ったり前だ!!いつまでも負けっぱなしとか我慢ならねぇ!」

 

 「いいだろう、望み通り貴様を使い物になるくらいにはしてやろう。」

 

 ……これが伊之助にとっての地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊之助は必死にもがく、それがどれだけ不格好であっても生物の本能から見れば正しい姿だった。

 

 「ごぼぶふぉぼごごごごっ!?げべぇばびじががる(てめぇ何しやがる)!!」

 

 伊之助は現在川の中にいた。無論水中で息を吸おうとすれば水が身体の中に入ってくる、するとどうだろうか?肺に水が入り込み人間…というか肺呼吸を行う生物は基本溺れもだえ苦しむこととなる。今の伊之助がまさにそうだ。

 

 「決まっている、肺の容量を底上げするためだ。今の貴様の肺は貧弱すぎる、これでは常中を習得することなど夢のまた夢だからな。」

 

 伊之助を岸に上がれないように拘束してから適当な川に投げ捨てる。伊之助はどうにか川岸まで上がり、ゴホッゴホッと肺の中に入ってしまった水を吐き出していると…

 

 「最初よりはマシにはなってきたがまだまだ使い物にはならんな…もう一度だ。」

 

 炭治郎は無情にも顔色一つ変えずに伊之助を掴み上げるとまた川に放り投げた。

 

 「げべぇ‼ぶばげぶば(てめぇ‼ふざけるな)‼」

 

 「本当なら真冬の川に放り投げたかったが、さすがにそれを待っている余裕はない。だから回数を重ねることで調整する。」

 

 「ぜぇ…ぜぇ…死ぬかと思ったぜ…」

 

 もう一度岸に上がった伊之助に対し炭治郎は再度川に放り込むことはしなかった。次放り込むとおぼれ死ぬ可能性があったためだ。 

 

 「最初の頃よりは少しはマシになったか…まだまだだがな。」

 

 「畜生‼なんでこんなことしなくちゃいけねぇんだよ…これで本当に強くなれんのかよ?」

 

 「呼吸法を使うと身体能力が上がる、そして常中とはその活性化状態を四六時中維持することだ。それが戦闘においてどれほど有利に働くかぐらいは貴様の脳でも理解できるだろう。」

 

 「馬鹿にすんなよ!それくらい分かるぜ。」

 

 「とはいえ具体的に常中ができるようになればどうなるかは実践してなかったな。いいだろう貴様に少しばかりわかりやすい例を見せてやる。」

 

 炭治郎は実践のためにおもむろに瓢箪を取り出す。そして息を吸い込むと瓢箪を吹き破裂させ、破片をあたりに飛び散らせる。

 

 「スゲェ、スゲェ!!なんだそれ?面白れぇじゃねぇかよ!!俺にもやらせろ!」

 

 「いいだろう。ただし今の貴様は少々疲弊している、回復してからやったほうが無力さを痛感できるがどうする?」

 

 「なめんじゃねぇぞ‼そのくらい楽勝だぜ!」

 

 炭治郎はもう一つ瓢箪を取り出し伊之助に渡す。伊之助は瓢箪を吹き、先ほど炭治郎がやったみたいに破裂させようと息を吹くが、思った以上に瓢箪は固く一向に割れる気配を見せなかった。

 

 「ぜぇぜぇ…なんだコレ…固ぇ…全然割れねぇじゃねぇか…もう一回だもう一回‼」

 

 「…気が済むまでやってみろ。」

 

 その後も何度か挑戦するがやはり瓢箪は固く一向に割れる気配を見せなかった。 

 

 「駄目だ…硬すぎる…」

 

 「…これは初歩的な技術なんだがな。これくらいならできると思ったのだが、出来て当然なのだが…こんな小さい瓢箪も割れないとは…まぁ出来ないなら仕方がないな…俺はできるが、出来ないなら仕方ないな。」

 

 息絶え絶えな伊之助のほうを向き炭治郎はあきれたかのような口調で伊之助を煽り立てる。その言いように伊之助は親猪のマスクの下で青筋を立てた。

 

 「…上等じゃねーか!!出来てやるっつーの、当然に!!舐めんじゃねーぞコラ!!」

 

 自分と同年代ぐらいのぐらいの男にここまで煽られて引き下がるような精神構造をしていない伊之助は炭治郎の煽りに大奮起する。しかしそんな伊之助に対し炭治郎は死刑宣告を下す。

 

 「では今から屋敷から山の頂上まで軽く往復した後、打ち込み稽古だな…昨日よりは簡単に壊れてくれるなよ?」

 

 「えっ⁉」

 

 炭治郎の人を人とは思わない嗜虐的な表情を見て、猪突猛進を是として今まで生きてきた伊之助もさすがにドン引きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊之助の修業は肉体面だけではない。最低限人と接せられるように教育を施すようにもしたがこちらは随分と手間取りそうであった。何せ今の今まで山で野生動物同然の暮らしをしてきており、言葉を教えたのもボケ老人だというのだから当然といえよう。炭治郎からすればまだ口寄せ動物のほうが社交性があるとさえ思えた。

 そんな伊之助には普通に教えるのではやる気を出させるのに月単位の時間がかかってしまうと考えた炭治郎はちょっと趣向を変えて教えることにした。

 

 「スゲェ‼スゲェ‼世界ってそんなに広ぇんか‼俺らこんなちっこい島の中にいたんだな‼」

 

 「そうだな、これで貴様がいかに井の中の蛙かが理解できただろう。」

 

 「そんでもってよ、この中で一番強ぇとこってどこだよ?」

 

伊之助の質問に対し炭治郎は大使館からくすねた地図に記載された一つの国を指さす。

 

 「潜在的に見るならばアメリカだな。ヨーロッパの国々が殺しあい疲弊する中でさらなる成長を遂げる可能性が非常に高い。」

 

 「じゃあよ、"あめりか"って国に行けばさらにとんでもねぇ奴に会えるってわけだな?」

 

 「…貴様が考えているような個人的に強い力を持った者がいるかどうかは定かではない。ただ…鬼という生物が"作られていた"以上案外海外にも似たような存在はいるかもしれんがな。」

 

 「そいつは鬼より強ぇのか?」

 

 「さあな、ただ日本にいる鬼より強いのがいてもおかしくはない。」

 

 「いいぜ!いいぜ!燃えてくるじゃねぇか!!俺も戦いに行ってみたいぜ!」

 

 「…まぁ今のお前がそのまま行けば日本だろうが海外だろうが確実に力比べする前に駆除されるだろうがな。」

 

 「ハァ‼何でだよ⁉」

 

 「貴様は蟻という生き物は知っているか?蜂でもいいが…」

 

 「馬鹿にするな‼ちっこくて弱っちくて群れてるやつだろ、蜂は群れてて刺されると痛ぇやつだ。」

 

 「奴らは体は小さくとも自分よりも大きく強い生物相手に群れで勝利する。人間もまぁ…似たようなものだ。」

 

 『人間はもっと複雑だがな』と炭治郎は心の中で付け足すがあえて口にはしなかった。変に情報を付け足すと伊之助のキャパをオーバーしかねるためだ。

 

 「確かにそうだが、それがなんか関係あんのかよ?」

 

 「今の貴様の振舞そのままだと確実に集団に殺されるということだ。そうならないためにはある程度の常識を身につけなければならない。…一つ言っておくと、仮に俺がお前のような振る舞いを続けた場合でもやはりいずれ殺される。こう言えばどれだけ不味いかが伝わるな?」

 

 「…マジかよ、お前でも殺されるのか!!」

 

 炭治郎の言葉にさすがに伊之助も戦慄する。認めたくはないが炭治郎は今まであってきた生物の中で断トツで強い、しかも癪なことにまだまだ本気というものを一切見せていない。その炭治郎でさえ正しくない振る舞いを続けたら不味いというのだから驚きだ。

 

 「それが社会というものだ。強い奴と力比べする前に死ぬのは貴様の本望ではないだろう。」

 

 「…分かったよ、やりゃいいんだろやりゃ!!」

 

 こうして伊之助は少しだけ社会というものに興味を持つことになった。そしてまた地獄を見る羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行漬けの彼らにも人間である以上休息というものは一応存在する。そんな貴重な時間を使い炭治郎は禰豆子を風呂に入れていた。

 

「頭を流すぞ。目を閉じておけ…」

 

 兄の言葉に禰豆子は言われたとおりに両目を閉じる。それを確認した炭治郎は、風呂桶の湯を禰豆子の頭にゆっくりかけてゆく。

 

「鬼であろうと体は綺麗にしなくてはな…目に沁みたりしてないか?」

 

 禰豆子は大丈夫だというように首を横に振った。忍ならともかく禰豆子は元は普通の女の子だ。ゆえに鬼であろうと洗うべきだと炭治郎は考えていた。 

 

(こうやって見ると、普通の女子そのものだな。)

 

 口に竹を咥えている以外は、顔立ちが整った普通の少女そのものだ。それは鬼が人間に紛れて暮らしているという生態だから当然だとかそういう話ではない、目が違うのだ…

 

 (やはり俺とは違うな…)

 

 覗き込んだ妹の眼は優しい眼だった。鬼とは思えないくらいどこまでも優しくて綺麗な眼。思えば記憶の中にある今はもういない今生での他の兄弟や親も優しい眼をしていたと。その中で当然だが自分だけが違う。桶に入った湯に映る自分の目をふと見てみる。映っていたのは人を傷つけ殺すことに躊躇いを全く持たない目、鬼である妹よりも遥かに鬼らしい目……自分だけがどうしようもなく違う。

 

「俺はちゃんとお前の兄に…いや愚問だったな…」

 

 その気持ちを察してか知らずか、禰豆子は立ち上がり手を炭治郎の頭の上に置き撫でる。

 

 (それは俺に効くから止めてほしいのだがな…)

 

 触れることができるほど限りなく近いはずなのにどうしようもない世界の隔たりを感じてしまう。とても心苦しかった。

 

 (俺は禰豆子が人間に戻った後どうすべきなのだろうな…)

 

 炭治郎は思いはせる。本来ならば異物である自分は禰豆子が人間に戻った後は姿を消すべきなのだろう。いくら温かい思い出があろうとも自分と禰豆子は魂からして違いすぎる、一緒にいるべきではない。

 しかし前世同様、血と死体の腐臭だらけのこの世界で禰豆子一人にするべきではないということも感じている。それと同時に血と死体の腐臭だらけのこの世界で妹を守り切るために必要なのは前世での経験ということも理解している。

 

 そしてそんな風に思いはせているとその考えを邪魔するものがいた。

 

 

 「鬼の気配はここかぁ!!」

 

 いつもの猪の面をしておらず顔だけは整った女子…実際は声と体で明らかに男な伊之助の声が風呂場に木霊する。

 

 「よっしゃー!その首もらっ…」

 

 伊之助は最後まで言い切ることができなかった。これまでに感じたことがないほどの殺気…それこそ最初に炭治郎に出会ったときにさえ感じたことがない程のものだった。

 

 「貴様…そこで何をしている…」

 

 無表情の炭治郎の口から洩れる言葉は、地の底から響いてくるように低い声だった。伊之助にとっての不幸はここ最近の修練で炭治郎が鬼を連れているということが頭からすっかり抜け落ちていたことだった。加えて禰豆子は基本的に活動をあまりしておらず、修練でマヒした感覚ではそれをとらえきることも困難だったことも拍車をかけていた。そんな中で久々に活動している鬼の気配を感じ取ったのが不運だった。

 

 (あぁ…俺は…今ここで殺される…)

 

 蛇ににらまれた蛙とはこのことだろう、伊之助は目の前に存在する"死"に対して一歩も動くことができなかった。時間が圧縮されたかのような感覚が伊之助を襲う。しかし質問に答えなければよりひどいことになると本能的に察した伊之助は何とか言葉を絞り出す。

 

 「お、鬼の気配がしたから来てみただけだが…お前こそ鬼を洗って一体何がしてーんだ?何が何だか訳が分かんねぇぜ…」

 

 心底混乱している様子の伊之助に対して炭治郎は殺気を少しだけ弱める。これがただ覗きに…例を挙げるならばどこぞの黄色い髪色の少年のような場合であれば、そいつは今頃ボロ雑巾になっていたことだろう。しかしこと今回に限っては伊之助は首の皮一枚で助かる理由があった。

 

 (そういえばまだ常識については教えている途中だったな…しまったなこれは俺のミスか。)

 

 思えば事情をちゃんと説明してこなかった自分にも少しは非があると思った炭治郎は反省する。

 

 「…次はないと思え。」

 

 その言葉に伊之助は壊れた傀儡人形のようにカクカクと頷く。それはそれとして伊之助の次の日の訓練はそれまでよりもさらにキツイものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで日常が過ぎ去った頃、緊急の依頼が飛び込むこととなる

 

「カァ~カァ~緊急事態~緊急事態~‼北北東。次ノ場所ハ北北東!"那田蜘蛛山"ヘ行ケー!那田蜘蛛山ヘ行ケー!」

 

 鴉はそれだけを告げると、窓の外へ飛び去る。ただ事ではないことは確かだった。二人はすぐさま隊服に着替え(伊之助はズボンのみだったが)身支度を整える。

 

 

「では俺たちはもう行く。いろいろと世話になったな…」

 

 炭治郎は見送りに出てくれた宿の主の老女に向かって頭を下げる。それに合わせて伊之助もぎこちなくとはいえ頭を下げる。

 老女も彼らにこたえるように深々と頭を下げる。そして頭を上げると、袂から火打石を取り出した。

 

「では、切り火を・・・」

 

「ああ、礼を言おう。」

 

 炭治郎がそういうと、伊之助は不思議なものを見るように、老女に顔を向けた。そして老女が火打石を二回打ち鳴らすと、カチカチという音と共に火花が飛び散る。それを見た伊之助は驚きの声を上げる。

 

 

「何すんだババア!!」

 

 いきなり大声を上げて老女に殴りかかろうとしたのを炭治郎が止める。

 

 「これは切り火というものでお清めの一種だ、害はない。だからおとなしくしていろ。」

 

 「よく分かんねぇけど、害がないなら別にいいか。」

 

 「どのような時でも誇り高く生きてくださいませ」

 

 「誇り高く?ご武運?どういう意味だ?」

 

 伊之助の言葉に炭治郎は手を顎に当て少し考えながら答える。

 

「改めて聞かれると難しいな。誇り高く…自分の立場を理解して、その立場であることが恥ずかしくないように正しく振舞うこと…というべきか。」

 

 炭治郎が説明するが、伊之助はわけがわからないと言った様子でさらに口を開く。

 

 「その立場ってなんだ?恥ずかしくないってどういうことだ?責任っていったい何のことだ?」

 

 「この場合は俺たちに鬼殺隊として正しく振舞えということだ。」

 

 自分自身は鬼殺隊の誇りというものに頓着もしていなければ、必要とあらば切り捨てると考えている炭治郎は若干投げやりに説明する。

 

 「正しい振舞って具体的にどうするんだ?なんでババアが俺たちの無事を祈るんだよ?何も関係ないババアなのになんでだよ?ババアは立場を理解してねえだろ?」

 

 「他人を思いやり願掛けするのが人間というものだ。今は理解はできなくともそういうものだということは覚えておけ。」

 

 「…やっぱ訳分かんねぇ。」

 

 「そんなことより、急ぐぞ…何かが起こりそうな予感がする。」

 

 「あ…俺が先に行くんだ!!というか何かって何だよ⁉」

 

 炭治郎は言葉を切り上げるとそのまま急加速した。そしてそんな炭治郎に対して闘争心に火が付いた伊之助が追いかける。

 

  (…この胸騒ぎ、まさかな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が少し流れ、炭治郎達とは別のどこかのあぜ道を腰に届くほどの髪を伸ばした小柄で中性的な少年の双子とぱっつんを重ねたような短髪で日本人離れした黄色い髪色の少年がいた。

 

 「なぁ無一郎ちょっといいかな?」

 

 「何、善逸?鬼に遭遇しても自分の身は自分で守ってね。駄目だったときは…一応埋葬ぐらいはしてあげるから心配しないで」

 

 「まだ何も言ってねぇし‼つか、見捨てる気満々じゃねぇか‼そうじゃなくてだな、有一郎のことなんだけど…」

 

 「兄さんがどうかしたの?」

 

 「有一郎のところに鎹烏が来ていたみたいなんだけど、それからというものどこかあいつ変なんだ。何か心当たりある?」

 

 話の内容がいつものヘタレた内容ではなかったため無一郎は少し考える。

 

 「…心当たりはないかな。そもそも兄さんはいつもゆるくて変人じゃないか。」

 

 「お前…実の兄にさらっとひどいこと言うな。でも有一郎の音…鎹烏の報告聞いてから随分と変わっていたぞ。いつもはじいちゃんみたいな音しているのに今はまるで子供のようにはしゃいだ音に変わってて、でもそれと同じくらい今までに聞いたことがないくらい重々しくて力強い音にもなってた。」

 

 その言葉を聞き無一郎はけだるそうな顔から一転して真剣な顔つきになる。善逸は『本当にお前鬼殺隊員か?』と言いたいくらいにヘタレだったが、並外れた鋭い聴覚を持つ。 この聴覚をもってすれば暗闇でも周囲の状況を正確にいち早く察知し、鬼が発する独特の音を聞き分け、鬼であれば人に紛れていようが荷物に隠れていようがある程度近くまで行けば判別でき、相手から聴こえてくる音で人柄や心理状態すら読み解ける。

 ゆえに“柱”である兄ですらそのような状態になるということは今回の任務は普通じゃない可能性が高いということになる。

 

 「…善逸、お墓はなるべくいいものを作ってあげるし、きれいに埋葬してあげるよ。」

 

 「えええーッ! 俺もう死ぬこと確定!!嫌だァァァァァッ!死にたくねぇよぉぉぉ!!!」

 

 絶望の表情を浮かべた一人の少年の絶叫があぜ道にむなしく鳴り響く。そんな様子を無一郎は珍しく同情的な目で見ていた。

 そしてそんなカオスな様相を他所に有一郎という名の髪の長い双子の兄はどこか懐かしむようにつぶやく。

 

 「久方ぶりに旧い友に会えるやもしれぬ、今度は同じ道を歩みたいものだ。とはいえゆっくりしていられないのもまた事実…無一郎、善逸少し急ぐぞ!!行先は"那田蜘蛛山"だ。」

 

 「分かった、兄さん。ほら善逸も走るよ。」

 

 「無理ィィィィィィィィィィィ!!俺走れない、恐怖が八割膝に来てるから走れないィィィィィィィィィィィ!!」

 

 「心配するな善逸!お前は強い!できる男だ!俺が保証する!!だから大丈夫だ!!」

 

 有一郎はガハハと笑いながら善逸を鼓舞するが、善逸の怯えは当然のごとく止まらなかった。

 

 「何言っちゃってるの‼音だけじゃなくて頭までおじいさんになっちゃったの!?俺はな、知っての通りもの凄く弱いんだぜ、舐めるなよ!」

 

 「えぇ…」

 

 どう考えても威張るべき部分ではない部分で威張る善逸に無一郎はドン引きする。しかし有一郎の主張は変わらない。

 

 「問題はない、それに万が一のことがあっても俺は俺の仲間を目の前でそう簡単には死なせたりはせぬよ。」

 

 「え!?守ってくれるの!!しょ…しょーがねーなー…」

 

 柱としての実力とそれにたがわぬ力強い音を発する有一郎の言葉を聞いた善逸はなけなしの勇気を振り絞り掌を返す。

 

 「やっぱり無理ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 かと思われたが、やはりそう簡単に恐怖は払拭できるものではなかった。




 以下補足…

・時透有一郎
 双子の兄で本編では故人だがこちらでは存命。超がつくほどおおらかで、とんでもないお人よし。ただし現実主義な考えに理解がないわけでは決してない。実は賭け事が好きだが弟にマジギレされてからは一応自重するようにしている。
14歳とは到底思えないほど老練な技量を有しており最年少の"柱"となった経歴がある。称号は"樹柱" 
 これまでの経歴に不審な点は技量以外にないはずなのだが、なぜか"音柱"からは警戒されている。そして本人もそれもやむなしとみなしている節がある。
 今作のメインヒロイン(多分大嘘)

・時透無一郎
 みんな大好き双子の弟で霞の呼吸の使い手。本編では当初記憶を失っていたが、こちらでは失っていない。ただし本編と違い兄が親に輪をかけたお人よしという頭ハッピーセットな家庭で育ったため、『自分がしっかりしなくては』と逆にひねた部分が形成された。とはいえ兄弟仲は良好。ちなみにひねたといっても鬼を解体して生態を調べたり、爆弾括り付けたり、RTAしだしたりはしない。
一時"音柱"から警戒されていたが今はされていない。
彼らのご先祖も有望な子孫が二人も残っていることに対して、ニッコリすること間違いなしだろう。

・我妻善逸
 みんな大好き汚い高音発生装置で雷の呼吸の使い手。本編と違い炭治郎ではなく時透兄弟と出会い付いていくことになる。出会いは本編の時と同じで初対面の女の子に無理矢理求婚しているというもので無一郎は無の表情を浮かべ、有一郎もさすがに困惑したが、話を聞くうちに心の奥にある強さを有一郎に見いだされ調教…もとい訓練を受ける羽目になる。とはいえ有一郎からは"じいちゃん"と同じような音がしたため安心感を感じている部分もある。


 『次回!!累死す…蟲柱vs元マダラ』

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