ありふれた職業と最強兄弟   作:狼牙竜

10 / 53
お待たせしました、第9話です!
奈落に消えたハジメ達は…?

感想、評価をいつでもお待ちしています!



第9話 魔王覚醒2018

『この本によれば、普通の高校生南雲ハジメ。彼には魔王にして時の王者『オーマジオウ』となる未来が待っていた』

 

『オルクス大迷宮の65階層でベヒモスを撃退した我が魔王と兄上だが、かつて別世界で猛威を振るったアナザーディケイドことスウォルツが襲来。仮面ライダーメタルビルドを召喚して我が魔王達に襲いかかった』

 

『脱出を試みる我が魔王達だが、クラスメイトの一人が裏切ったことで崩落する橋に巻き込まれ、我が魔王は奈落の底へと消える。が、本来存在した歴史とは異なり、彼の手を掴んだ1人の少女がいた』

 

「その少女の名前は…白崎香織」

 

――――――――――

 

…真っ暗な闇の中で、誰かに起こされる形でハジメは目を覚ました。

 

「ハジメ君…よかった!」

「白崎…さん…?」

ハジメの視界に映ったのは、涙を浮かべている香織の顔。

 

「ここは…それに、兄さんは…?」

ハジメは自分達がいた場所が洞窟内の川だと気づき、すぐに川から出る。

 

「私達…落ちてる時に途中の壁から噴き出してた水に流されて…偶々別の横穴に流されたから助かったみたい…」

香織はかろうじて流されていた時のことを覚えており、それをハジメに語る。

そんな中、ハジメはアナザーディケイドに砕かれたはずの左腕がある程度だが動くことに気がつく。

 

「腕…私に出来る限りで治したけど、動く?」

「うん…ありがとう」

 

川から上がった2人は、香織が用意した炎魔法で焚き火を囲み暖を取る。

 

「ツカサ君は…気がついたらここにいなくて…多分、どこか別の水路に落ちたと思うんだけど」

「そっか…でも、まずはどうにかして地上に繋がる道を探さないとね」

一人だったらどうなっていたかはわからないが、少なくとも香織がいるお陰で多少は冷静になれた。

ある程度服が乾いたのを確認し、ハジメと香織は出口を探して歩き始めた…

 

――――――――――

 

緑光石があるおかげで比較的明るかった洞窟だが、上層の迷宮と比べると人が歩いた跡がなかったためデコボコで歩きづらい。それがハジメ達の抱いた印象だった。

 

(さっきまで僕達がいたのは恐らく第65層…だとしたら、今いるこの場所は間違いなく大迷宮でも未到達の場所)

だとしたら、今までよりさらに危険な魔物がいる可能性が十分に考えられた。

 

 

 

 

 

しばらく歩くと、ハジメと香織の視界に一匹の魔物が入る。

 

「あれは…ウサギ?」

その外見はウサギに酷似していたが、足が異様に発達しており、何よりも気持ち悪いラインが全身に走っていた。

「あれがこの階層の魔物………っ!」

警戒していたハジメ達だが、直感的に横に飛ぶ。

自分達の存在に気がついた魔物『蹴りウサギ』がまるで砲弾のような威力の蹴りをこちらに放ってきたのだ。

 

「うわっ!?」

咄嗟に香織を庇って避けられたものの、地面の一部が抉れるほどの威力。

(明らかに地上の魔物より強い!?)

下手したらこの魔物達は、65層で自分達が戦ったベヒモスよりも強いかも知れない。

そう考えた香織は手の震えを抑えながら杖を構える。

「ハジメ君!早く逃げて!」

目の前の怪物相手では、戦いに優れているわけではない自分がどれほど時間を稼げるのかはわからない。

だが、ハジメを失いたくないという気持ちだけで香織は蹴りウサギの前に立った。

 

「白崎さん…!」

どこまでも自分を助けてくれる香織の姿を見て、怯えていたハジメはぐっと歯を食い縛る。

 

(逃げられるかよ…逃げられるはずないだろ!)

香織は自分の身も顧みず助けてくれた。なのに彼女を置いて逃げたら、それこそ香織に顔向けなぞできない。

ハジメは数少ない武器である焼夷グレネードを取り出し、使おうとするが…

 

 

 

 

「………え?」

いつまで経っても攻撃が来ない。

香織とハジメは恐る恐る顔を上げると、そこには巨大な熊の魔物に食われている蹴りウサギの姿があった。

 

ぐちゃぐちゃと生々しい音を立て、蹴りウサギを捕食した熊。

熊はこちらに気づくと鋭い爪のついた腕をふるい、ハジメは衝撃波で壁に叩きつけられてしまう。

「ぐうっ!?」

「ハジメ君!」

壁に激突したハジメに駆け寄る香織。

だが…

 

 

 

 

 

 

香織はハジメの『左腕の肘から下』が無くなっているのに気が付く。

「あ…ああああああ!?」

遅れてやってきた激痛と、腕が切断されたという現実にハジメは絶叫する。

 

「腕が…腕がああああ!?」

原理はわからないが、ひとつだけ理解できた。

あの熊の魔物によってハジメは腕を切断され、食われていたということ。

 

 

出血が止まらず、香織は治癒魔法を使うという考えすら頭から消えて必死に止血しようとしている。

だが、熊の魔物は香織とハジメを視界に捉える。

その目はハジメ達を『敵』ではなく単なる『餌』としか見ていない、人間として生活している時は決して向けられることのない視線だった。

 

 

「あ……!」

その視線に、香織は死を覚悟するが…

 

「に…逃げない…と…」

ハジメは恐怖心に支配されながらも香織の手を引っ張って逃げ出し、近くの壁に走る。

 

絶望的な状況でも、ハジメが無意識に選んだのは『香織を守ること』。

ハジメは錬成を発動させて二人が通れるだけの小さいトンネルを開けた。

 

「あ、ぐぅうう…れ、錬成!」

想像を絶する激痛に涙と鼻水で顔を汚しながら、ハジメは香織とともに錬成で開けた穴に入る。

だが、目の前で獲物を逃がしてしまったことで熊は怒りを顕にした。

 

「グゥルアアア!!」

雄叫びをあげながら斬撃を放つ固有魔法『風爪』を使い、ハジメ達の作ったトンネルを攻撃する熊。

壁がどんどん削られていくことに恐怖したハジメは、必死に錬成を目の前の壁に使い道を開く。

 

「うあああああ!『錬成』!『錬成』!『錬成』!!」

持ち得る魔力を全て費やし、必死に逃げるハジメと香織。

 

「来るな!来るな!来るな!来るなああああ!」

立ち向かう気力もへし折れてしまったハジメが願ったのは単純なこと。

死にたくない。香織を死なせたくないという思いだけだった。

 

――――――――――

どれほどの時間が経ったのか。

魔物の声も聞こえないほど奥に潜り、ハジメの魔力が底を尽きた。

 

魔力切れと失血によって意識が遠のくハジメだったが、暖かい人の温もりに包まれる。

いつの間にか香織がハジメを抱きしめており、彼女は泣きながらハジメに謝っていた。

 

「ごめんなさい…もっと…私が、戦えてたら…私がもっと強かったら…」

彼女なりの贖罪なのか、切断された腕の出血は香織の魔法によって既に止まっている。

だが、いかに優秀な治癒師といえどできるのは傷の治療だけであり肉体の復元や失われた血を戻すことはできない。

ハジメは、既に自分の命の炎が尽きようとしていた事を理解していた。

 

「ううん………白崎…さんのおかげ…で、少しは楽になったよ…」

血を流しすぎて、既に意識が朦朧としている中でハジメは香織の手を右手で優しく掴む。

 

「僕の方こそ…結局足引っ張ってごめん…ずっと、白崎さんには迷惑かけっぱなしだった…ね……」

「違う…違うよ!私、ハジメ君が迷惑かけたなんて一度も思ったことない!」

少なくとも、今香織が生きていられるのはハジメのおかげだ。

こんな状況でも、ハジメは無意識に香織と共に逃げようとした。生きようとした。

 

「ほんの少しでも…ハジメ君と一緒に最期の瞬間までいられるなら…それでもいい」

香織はハジメをギュッと抱きしめる。彼の命が尽きる瞬間まで、絶対に離すまいと。

 

 

 

 

 

 

「…ねえ…白崎…さん。この際…だから言っておきたい…ことがあるんだ…」

「うん…」

ハジメは、香織に想いを打ち明ける。

 

 

 

「最初は…正直、迷惑だったかな…ずっと…一人でいたのに、毎日…世話…焼いてくるんだもの」

 

 

「でも……そのうちにわかった。ううん。わからないふりをやめた…白崎さんが朝話しかけてくるの…少し憂鬱だった…けど、ちょっとだけ楽しくて…」

「うん…うん!」

涙が止まらない。それでも、香織はハジメの言葉を一字一句聞き逃さなかった。

 

 

 

 

「僕は…白崎さんのことが、ずっと好きでした…」

「そっか………私達、ずっと両想いだったんだね…」

例えここから出られなくても、最期だけはお互いの心が通じ合った状態で終わりたい。

 

 

「私も…あなたが好きです。最初に出会ったときから…世界の全てよりも、ずっと…」

死の間際に伝わった二人の心。

 

 

 

最初の口付けは、血と涙の味がした…

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水滴が頬に当たり、口に入るとハジメと香織は目を覚ます。

 

「私達…まだ、生きてる…?」

「どうして…?」

水滴が口の中に入ったことで、失われていたはずの血が戻るような感覚を覚える。

 

「この水のおかげ…?」

2人はすぐ真上にある穴の天井を見上げると、そこから水滴が絶えず落ちてくる。

 

「まだ…生きていられる」

そう思ったのも束の間。

あの熊の魔物の唸り声が遠くから聞こえて、ハジメ達は思わず身を寄せ合った。

 

(あいつ…まだ僕達を探してる!?)

戦いに不向きな力しかないハジメと香織だけではあの熊を倒すことはほぼ不可能。

腕を食われた痛みと恐怖がまたしてもよみがえり、ハジメは香織に強く抱きついた。

 

香織もまた、戦意がとうの昔に折れてしまっていた。

自分がここまで生きていられたのはハジメのおかげ。しかしそのハジメの心が折れている以上、最早香織だけではどうしようもなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

あれから…どれほどの時間が過ぎたのだろう?

一日…二日…それとも一週間?

 

2人とも、時間の感覚はなくなっていた。寄り添っているお互いの体温だけが、かろうじて自分も相手も生きていると認識させてくれた。

 

本来なら餓死してもおかしくないが、天井から滴り落ちる水の持つ癒しの力で二人の命はつながっていた。

 

ほんの少し口に含むだけで体力は癒え、物を口にせずとも死なずに済んでいる。その上、出血の激しかったハジメが失血死しなかったことから、失った血をつくる力も秘められているらしい。

 

…だが、空腹感と腕の幻肢痛だけはどうしようもなかった。

 

「………っ…!」

時折、ハジメの呻き声が香織の心を現実に引き戻す。

この時、香織はハジメを助けることができない自分を心底呪った。

 

(どうして…どうしてハジメ君がこんな目に遭わなきゃいけないの…?)

誰かに迷惑をかけたわけでもない。むしろ皆の命を助けるためにツカサと共に命をかけて戦ったのだ。

だがその結果、ハジメ達は奈落の底へと落とされるというあまりにも残酷な仕打ちを受けた。

 

 

(ツカサ君はどこかに行って…ハジメ君は…)

腕を失い、激しい痛みと苦しみに苛まれるハジメの姿は香織にとって何よりも辛かった。

 

 

 

水を口にするのをやめ、命を絶とうと考えてから三日。

 

それでも2人は死ぬことができず、心の中で同じことを考えていた。

 

 

早く…死にたい……早く………死にたく…ない

 

矛盾する思いが2人の脳裏をよぎる。

 

 

 

 

この空間に閉じこもって八日目。

2人の精神に変化が生じていた。

 

 

 

 

((死にたい…死にたくない))

 

どうしてまだ生きているのか。

もう、生きる気力なんてない…

 

 

だが、互いに無意識のうちに掴んだ手が2人の心を引き上げた。

 

 

 

 

(違う…本当は死にたくない)

 

(何故?)(何故?)(何故?)(何故?)

 

 

(こんな状況になっても…何故俺(私)は『生』を望む?)

生きようと思えた理由。それはずっと隣にあった。

 

 

 

「俺は香織を…」「私はハジメ君を…」

「「死なせたくない…一緒に生きていたいから…!」」

2人の生きようとする心に呼応するように、ハジメの着ていたコートの内側に仕舞っていた『ブランクライドウォッチ』が輝く。

 

(異世界のことなんてもう私達には関係ない…)

(俺達の目的を…俺達の『道』を阻むものは全て敵だ!)

 

 

ここにはいない大切な人を見つけ出す。

そして彼を見つけて…『3人で一緒に自分達の帰るべき場所へ帰る』。

そのためなら…

 

「「邪魔をする敵は全て…殺す!」」

 

この瞬間、ハジメ達の砕かれた心はより強靭に、より強大になった。

 

そして、ハジメの持っていたブランクウォッチもまた彼らの心に触れたことでその形をあるべき姿…『ジオウライドウォッチ』へと変化させたのだった…

 

 

――――――――――

同じ頃。ハイリヒ王国の王宮の屋根の上で座っていたウォズは何かを察すると開いていた本を乱暴に閉じ、高らかに宣言した。

 

 

 

「祝え!今この瞬間より、南雲ハジメが魔王たる覇道を歩き始めた!」

 

 

 

心から嬉しそうに叫ぶウォズ。

だが、それに気づいた人間は誰ひとりいなかった…




次回、ありふれた職業と最強兄弟

第10話 豹変と再会

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。