とある女ユンカーの抗争記 作:ラディカルリベラリスト
これはやってしまいましたかね。
後方の集積地とはいっても戦時下の軍拠点で墜落なんて恥も外聞もへったくれないヘマをしてしまいました。
ふふ、諸兄皆様麗しゅう。エミーリア・シャルロット・ラ・ペリエール=ケラーマン帝国陸軍...魔導中尉であります。
やらかしてしまった時は笑って流しましょう。派手に笑えば大抵は視線を逸らして貰えますからね。
「...ええと、中尉殿。小官は一段と派手なご歓迎に感謝の念を表せば宜しいのでしょうか、それとも衛生兵をお呼びいたしますか」
有名人のデグレチャフ少尉が困惑しているね。でも私の胸についてる銀の階級章を見てとっさに敬語を使う辺りに頭の良さは感じます、良きかな良きかな。
この切れ者であろう銀翼持ちの少尉の前でこの失態をごまかすのにはどうするべきか。
うん、笑って誤魔化そう。誤魔化さなきゃダメだ、腕に覚えがある者にそっぽを向かれては戦場で生きていけません。
「ハハっ、驚いてもらえれば墜ちた甲斐があったというものだ。気遣いご無用、五体満足だ」
気持ち瞬きの多いデグレチャフ少尉。
うん、押し切ろう。将校同士の会話に首を突っ込まずにいてくれるベック曹長が余計なことを言い出す前にも先手、先手でいきましょう。
「そうだ!挨拶が遅れてすまない、私はエミーリア・シャルロット・ラ、こほん、ペリエール=ケラーマン中尉、206中隊の中隊長だ。横の大男はカール・ベック曹長、私のウィングマンだ」
「...カール・ベック曹長です」
口数少ないね、曹長。そういう臭い物に蓋をする姿勢は大好きだ。今度褒美にパンツをプレゼントして、やらんがまぁなんか嗜好品分けてあげよう。
なんか実家から慰問袋きたしね、アメちゃんいる?アメちゃんあるよ曹長。
どうだっていいか、デグレチャフ少尉も悩まし気な顔してるしなんとか話を逸らしていこう。
「驚きました、かの有名なケラーマン中尉にお会いできるとは。お噂はかねがねからお伺っております」
そう言って右手を出して握手を求めてくる。心なしか営業くさい仕草、どうだっていいけれど。
お噂とはなんだろうね、色々悪目立ちする容姿ではあると自覚してはいるけれど心当たりはないですね。
なんて考えてたら手が離れた。デグレチャフ少尉の手はちびっこい背、女の子そのものの見てくれに似合わずかさついていたな、恐らくは火傷の痕かなにかでしょう。苦労してそう。
「ほう、噂ね。気になるよ、一体どんな噂だったかね?」
「音に聞こえる有能な魔導士官、そういった風評でありました。新聞いわくラインの天才エース『ワルキューレ』、士官学校の教官いわく生まれながらのエクスパルテン。お会いするのが楽しみでしたゆえ、こうも早くに叶うことを大変喜ばしく思います」
...なんかすごいべた褒め。
ああ、なんかキュヒラー少尉が言ってたな。空戦教官がうんちゃらかんちゃらって、別に大したことやってないんですけどね。共和国が大好きな統制射撃なぞ対地攻撃にしか使えませんって断言をしたら教官に目をつけられてですよ。敵魔導士の後ろを取りつつ未来位置を予測して見こし射撃することこそが最上ではないかと見解を述べるハメになったという訳です。実証までさせられたのは疲れました。
ワルキューレに関しては発言を拒否します。おお、神よ。非人どもよ、シャイセ!
なんでこんな好感度高いかはわからないけれど、こっちも褒めてしんぜよう。
腹の中を明かしてくれたら嬉しいな。
「そう持ち上げてもらってもな、私の体重が幾分軽かろうと少尉の細腕では重かろうさ。それにデグレチャフ少尉だって輝かしい武勲をお持ちだろう?何しろ生きた銀翼突撃章だ。私だって白銀と共に飛べる日を楽しみにしていたものさ」
小粋なジョークを挟みつつパンチを1つ。
そう、戦果に拘るタイプなら私とはこれっきり、好ましい対応を期待する。
でも大丈夫でしょう、デグレチャフ少尉と同期だったらしいキュヒラー少尉の物言いを聞いた限りでは愛国者のようですし。
「いえ、大した戦果ではありません。小官はただ軍人の務めを果たしただけであります。中尉殿と同じくただライヒがそうあれかしと望んだにすぎません」
ライヒが望まれたね。良い文句ではないですか、心に刻んでおこう。
神ではなくライヒが望むのだ、ああ素晴らしい世界に冠たる我がライヒかな。
とまぁ、ありがたい格言を頂いたところで砂時計は尽きそうかな。
墜ちたといいましても五体満足、新しい宝珠ひったくってスクランブルしないといけません。私はひっくり返ったが砂時計はひっくり返らない、あーあー忙しいね。
「...中尉殿、キュヒラー少尉から無線が入りました。206中隊は即応待機。至急、指揮所まで出頭願います」
ほらベック曹長が急かしてくる。はいはいサボりはこの辺にしときますよ、
「デグレチャフ少尉、引き留めてすまなかったな。主計連中から宝珠を分捕ってくるから曹長は先に行っててくれ。では」
そう言うや否や、2人から敬礼がとんでくる。うんうん、なんだかんだ私の周りには有能が揃ってきたね。そうでなくては残れないという感じもするけども。
さっ、2人に答礼をして武器庫に行かなくては。
子供の頃英雄に憧れた、完全無欠のヒーローに。子供なんて皆そうだし僕だって憧れたんだ。ライヒの剣に、盾とならんと奮戦する英雄譚に胸を焦がしていた時間があった。
そんな子供に魔力の発現なんてあれば軍に入ると言いだして聞かなくなるのはどこでもある話だ。広い青空を所狭しと飛び回り、ライヒの敵を吹き飛ばす帝国魔導士。憧憬を持たずにはいられかった。
僕にも魔力の発現が認められ、夢が憧れが近づいてきた気持ちになったのは覚えてる。友達から受ける羨望の眼差しは誇りになりもした。家族だって喜んでくれた、誇らしい名誉と確かなお給金が待っているからだろう。当時は大きい戦争なかったし。
アイザック・フォン・シュテッパンは陸軍幼年学校に入る選択をした。
厳しい教練と訓練に学友たちと挑み、時には支え合った日々は青春だった。
そこには夢や希望があった、乗り越えられないものなんて無かったのだから。
今の僕とは違う。これも良くある話だ。
今の僕は塹壕戦の背景に過ぎないのだ。
「ブービー、アイザック。アイザック伍長!」
横から声がする、麗しい透き通ったソプラノの声が。いつだってこの甘い声が僕に、無慈悲に厳しい状況を告げるのだ。
畏敬の果てにいらっしゃる上官殿、ケラーマン中尉。今度は何をお告げになるのか。
「...すいません!考え事をしていました」
怒るだろうか。ただこの上官殿は優しいとは思う、一度空に上がれば否応なしにオーダーを発してそれ通りに動いていれば生きて帰してくれる。とんでもなく厳しいオーダーではあるけど。
「考え事とはね、するのは構わないが食事は取ってくれたまえ。私はこのプロポーションを維持したいからな、ブービーの分まで食べてぶくぶく太るのは嫌だ。無理矢理でも食べろ」
今の今まで食事を取っていたの忘れてた。来たばかりの頃なら喜んでご相伴していたというのに今では億劫でしかない。
Kブロットに干し肉、具の無いコンソメスープ、ザワークラフト。食べなきゃ死ぬんだ、ありがたく頂きますよ。
にしても中尉が美容に気を使ってるなんて冗談を言うとはね、乱雑に肩口に切り揃えれたくすんだ銀髪が嘘だと主張してるというのに。
「すいません、さっさと食べます」
「いや、急かすつもりはないからゆったりで構わないよ。それに約束があってね」
約束とはなんだろうか、仮設の長机の席が余っているから待ち人だろうか。
シュワルコフ中尉あたりと予想してみようかな。あまりこの手の予感は当たらない気はするけど。
「待ち人でありましょうか」
「感が利くようになったね、アイザック伍長。では誰か当ててみろ」
向かいの中尉殿が意外そうな様相になり問いを投げてくる。
少しばかり釣り目の眼を瞬かせ、長い睫毛が目線を強調する。シャープなラインの顎と小ぶりながらもぷっくりとした唇でもって下問する様は美しいと言う他はないんだろうな。
ただ一度でも一緒に空を飛べば間違っても女性としては見れないけど。
「なんだっていいから答えを言い給えよ。別に外したらなにかあると言う訳でも...そうだね、少し訓練をつけてやるのはどうかな?」
勘弁してくれ、さっさと答えますよ。外れるだろうから少しづついこう。
「205中隊の人ですか?」
ニヤついている中尉殿、最低限は当てれたか。後は野となれ山となれ。
「シュワルコフ中尉では?」
やっぱり外したかな。中尉殿は胡乱気な目で僕を一瞥して、代用コーヒーの入ったカップを口に運ぶ。
ワインを泥水と公言して憚らない中尉を前にして思うことじゃないけど、代用コーヒーだって泥水だと思ってしまう。
「ブービー、お客さんだ。挨拶し給え」
またブービーと呼ばれた。中尉いわくどん尻は死人、その次はアイザック伍長だよ。嫌な渾名だな、早く一人前になりたい。
そして中尉殿の目線の先は僕の後ろに向かっていた。誰か知らないけど挨拶しなくちゃ、そう思って振り返ったのは運の尽きか否か。
どの道、敬礼はいると思っていて良かった。
敬礼してから気づいたことが衝撃的というかなんというか。
噂の軍服を着た子供、生きた銀翼突撃章の少尉殿が恐ろしく冷たい目をして僕を見つめるじゃないか。
「隣、失礼しても?」
いいえなんて口が裂けても言えない、戦闘時の我らが中隊長に負けず劣らずの覇気を滾らせているのだから。
「どうぞ」
「失礼する」
もう天幕に戻りたい。食べ終わったのだから帰してくれてもいいじゃないかと中尉殿に目線を送ってみることにしよう。
「ご苦労様だね、デグレチャフ少尉。先に食べていてすまなかったね」
駄目だ。目が合ったというのに無視された、ニヤつきながら言っているあたりここにいろということだろうな。
すぐ隣でお盆がカシャンと音が鳴ったことで隣に件の白銀殿が座ったことが知らされる。
僕は助からないだろう。
「小官こそお待たせしたようで申し訳ありません。何分部下がうるさかったので、と言っても理由になりませんか。平にご容赦を願うところであります」
ほんの少しだけ舌の回りきらない声で不満を漏らす少尉殿。
要件が何かは知らないけど僕としては聞きたくない、でも将校同士の会話に突っ込めないし視線ではあるけどいろと上官殿に示されては帰れない。
退路がない。
「...部下ね、シュワルコフ中尉もなるだけフォローするって言っていたね。やるしかないさ、私もフォローするよ」
「お気遣い頂きありがとうございます。では早速ですが要らない備品の処分に困っておりまして、どうしたものかと苦心して仕方がないのです」
よくある相談事が始まるのかと耳をそばだてている僕を放って進み始めた会話に違和感を覚える。この何もかもが不足しているラインで要らない備品なんてあるはずがないと思うのが普通の感性だ。
なんの話だ、これは。
「要らない備品ね。なんだっけか、試製の宝珠の95式だったっけ?少尉のそれが使い物にでもならないのかな。何回か協働任務についた私としては勿体ないと思うけども」
まともな返事ではある、まともな思考の結果でもあるはずだ。
だがなぜケラーマン中尉はすっとぼけてみせるのだろう、欠伸までしてみせて。
「いえいえ、宝珠ではなくてですね...どうにも我慢がならないのですよ、中尉殿のご厚情に甘えて直截にいかせて頂きます。206中隊は1個小隊欠員しておりますが要りますか」
何の話だ?
「ああ、やっぱり?95式なりその後継の話なら嬉しかったのにな。私の前は墜ちるって知ってるでしょうに」
有名な話だ。ケラーマン中尉のバディは墜ちない、だが上官はその限りではないことは。
誰が墜ちるって言うのだろう、聞きたくない。
「狼の魔女を前にしても命令違反に抗命をすると予想されますか。全く度し難いものですね、小官が手を焼くのも一つの道理ですな」
...墜ちるのは205中隊の第3小隊か。聞きたくない、俺と同じ幼年学校上がりだと少しだけ親近感を持ち始めたところにこれだ。
少しだけ話したことがあるが、彼らは昔の僕だ。
「後ろさえ飛んでくれれば守れるし仕込めるというのにね。そうだねデグレチャフ少尉、プロイセン軍人としてはね。実直でない、勤勉でない、勇敢でない、果断でない軍人は軍人ではないと思うよ。子供は何人かな?」
中尉は優しい、出来ない僕になんとか空戦機動を仕込んでくれる。それこそ実戦で戦闘機動に着いていくのが精一杯で、一発も撃ちませんでしたとなっても許してくれる。ベック曹長にどやされてもなんだかんだ助けてくれる。
中尉は優しい、優しいはずだ。
「2人ですが...そうですか、要りませんか。お手を煩わして申し訳ありませんでした、貴重なお時間を小官に割いて頂き感謝の念に堪えません」
そう言い残して立ち上がり敬礼する少尉。暗に当てが外れたと言っている割には笑っているのはどうしてなんだろう。
「そうガッカリして見せなくても、私でも思いつくくらいだから簡単なことだけどさ」
答礼をせずに呼び止める優しい中尉。ああ、慈悲をください。彼らに慈愛を、彼らは昔の僕だ。僕なんです。
「そう簡単なんだよね、我々航空魔導部隊にとってトーチカは簡単すぎるカモと言えるだろ」
中尉は昔の僕を殺した、要らないと言った。
なら今の僕はどうするべきだろうか。
「やはり転任してもらうべきですか、格別のご配慮ありがとうございます。それでは失礼させて頂きます」
「なに、ライヒの望みを叶えないのであれば適当に、というだけだ。素敵な就寝をデグレチャフ少尉、以上」
僕はこの時初めて気づいた。地獄のラインにおいて軍人が迎えることは、意味のある死か、無意味な死であることに。
せめて僕はライヒのために死のう、昔の僕は無意味に消えていくのだから。
「何を青ざめているのか知らんがブービー、私の後ろで生きる術を覚え給えよ。後ろに居られるうちにね」
中尉殿は優しいのだ。
誇り高きユンカー、プロイセン軍人でもあるだけだ。
突然ですがプロットはこの先ありません。最初と最後しか決めてない、そんな馬鹿な。
よってドンガメ投稿になります、目標周1回投稿。
返信しないと言った人間が言うのはなんですが、感想にお気に入りはひじょーに嬉しいのです。ガソリンです、私は燃焼機関なのでやはり頂けると励みになります。(ロータリー並に燃費悪いですが)
では、また近いうちに。
9/18
ターニャちゃんの口調について
編集はしましたが、うん掴めない。独特の迂遠な言い回しは難しいですね、敬語につきましてはアイザック君は伍長なのでデグさんは肉壁にしか思ってないのでぞんざいな扱いになります。
他はそのうちマシになると思いますのでしばしお待ちを