間に合うか
1
火の粉が宙を舞う。
辺りには炭の山となったノイズ。
天井の照明のいくつかは破損しており電線から火花が出ている。
時折その火花が炭に燃え移り小火や爆発が起きる。
ノイズの襲撃からどれほど経ったか。
男性は腕時計を確認するが秒針は動いていなかった。
結構頑丈なんだけどな。
そうつぶやき愛娘を抱きしめる。
彼の周囲で生きているものはほとんどいない。
愛しい娘と娘を探す手助けをしてくれた女性、そして先ほどまでノイズ相手に狂戦士のごとく奮戦していた少女。
生きているのはそれだけだ。
娘を誘拐してくれたこと、そして国防を担う者として背後関係を探る為、研究者には生きていてほしかったが。
さて、他の階はどうなっているだろうか。
自分たちが下へ逃げ込んだことはすでに知らせが廻っているはず。
にもかかわらず一向に職員が来る気配は無い。
「全滅か」
おそらくではあるがノイズと接敵してしまったのだろう。
あるいは何人かは施設から脱出して逃げてしまっているかもしれない。
どちらにせよ今の自分に彼らの行方を知る由は無い。
そもそもの話、自分がどこにいるかもわからないのだから。
近隣に広まる失踪事件。
あまりにも被害件数が多い為、陸自でも警察と協力して街を巡回すると言う話が持ち上がった。
住民に不安を持たせない為、戦闘服、銃器の装着は許可されなかったと聞いているが。
それでも訓練を積んだ隊員ならば、徒手であっても何かあれば通信役が本部に一報送る時間を稼ぐことはできる。
そう考えられた。
実際には巡回した班が連絡を送る間もなく失踪。
被害は規模を増し、次の班、小隊、警察合わせれば50人は消えただろう。
基地司令が首を切ればいいという話ではない。
明らかな異常事態。
初期段階でもすぐに国に連絡が行っていたがこの段階でもう一度連絡。
場合によっては全国から応援を集めて徹底的に解決させるかと思いきや。
国から来た指示は現状維持。
納得できない何人かはボランティアとして町の有志と捜索に出たが戻らず。
自分もその一人。
数か月前ではあるが二人の娘が失踪。
失踪事件の初期段階での被害だった。
娘達の行方を捜す為、街に出る。
そうして有志の女性と協力して事件を追っていたのだが。
誘拐方法は瞬間移動でしたというオカルト。
ガラス瓶が割られた次の瞬間、二人してコンクリートに覆われた広場に立っていた。
おまけに周囲を囲まれている。
包囲を抜け出し、一人とは言え娘を取り戻せたのは奇跡としか言いようがない。
しかし、徐々に追い立てられ、そして今は何とか五体がある状態で助かっている。
協力者の女性はうつ伏せに倒れた少女を抱き起し介抱している。
最初に意識の確認、呼吸の確認をしていたのは生きているかどうか確認するためだろう。
うつろな目で口を開閉し空気を求める少女の様は疲労、あるいは衰弱しているように見える。
立花響と呼ばれていたか。
聞き覚えのある名前だ。
まだライブの誹謗、中傷が大きかった時期。
彼女の名前が新聞に載った。
以降は徐々に生存者へのバッシングは収束していき、やがて消えていった。
彼女がそうか。
うなされているのか、うわ言を呟いている。
古電話の音。
彼女たちの傍に場違いな黒電話がある。
電線も繋がっていないそれはけたたましく鳴り響き存在を主張している。
女性は僅かに躊躇した後に、受話器を手に取った。
「はい、カリ――――です。いえ今は人目があるので口調は作っていますけど。
それは局長も同じではないですか。えッ、素。
――それよりも、いつもより雑音が強くないですか。
ほとんどノイズばかりで聞き取れないのですが。
えーと、何を破壊しろですか。もう落ち着いて後は回収するだけなのですが。」
何を言っているのか、内容はわからないが協力者であった彼女はどこかのエージェントだったのか。
いくつか納得できる節があった。
「局長。よく聞き取れません、もっとハッキリ――」
その瞬間、今まで介抱されていた少女が跳ね上がった。
その勢いのまま手のひらは押し出され女性は突き飛ばされる。
女性は受話器を持ったまま吹き飛ばされこちらまで転がってくる。
受話器から発せられる音はもう雑音しかない。
暗転。
天井の、壁の、照明のすべてが消失する。
周囲の小火によりかろうじて光源がある程度。
飛ばされた女性、胸に抱く娘、こちらを向いている少女。
自分以外その光景を見ていない。
広場の中心、炎で赤く染め上げられた円筒を細い腕が突き破り中から出ようとしているそれを。
2
ノイズ相手に暴れまわった私は明らかに夢だと思う空間にいた。
真っ暗で、足元すら定かではない。
黄色い燐光が宙を漂い、昇っていく。
ふわふわと、立っているのか、泳いでいるのか。
曖昧な私。
しかしなぜか自分の姿ははっきりとわかる。
そして自分と相対する女性も。
白色の髪、少し前の砲撃をかましていそうな魔法少女のような装甲服。
優しそうな顔立ち、そして手足にかかる映像ノイズ。
まるで二次元を無理やり三次元に投影して端がおかしなことになっているかのよう。
お互いに無言が続く。
自分に比べどっしりと立っている彼女から口を開いた。
「――自己紹介をしましょう」
そんな言葉。
どこか焼き直し。
思わず笑ってしまう。
今までずっと張りつめていた緊張が解けていく。
「初めまして、私は立花響」
「初めまして、響。私はシャマシュ。
かつて地上に降り立ったカストディアンと呼ばれたアヌンナキの一柱。その残骸です」
「端的に言って、これ夢だと思うから聞き流していい」
「いきなりですね」
女性、シャマシュは苦笑する。
「夢ではあります、しかしあなたは起きてもこの出来事を覚えているでしょうし、私が話した内容も現実に実現することとなるでしょう。」
脳裏に写る自分の見たことのない
改造執刀医の突然の裏切り。
何柱もの神が秘密裏に実験台にされていく。
保安部隊が気付いた頃にはすべての処理は終わっており、人間は改造され、シェムハは不滅となっていた。
何人もの超常の力を持った戦士たちが挑み、戦い、破れ、朽ちて、無限に再出現する裏切者、最後に残った戦士がが相打ちで彼女を倒し、月に向かう。
「もう何年も昔の事でしょうか。かつての私たちは人に知性を与え共に歩むに足るものと認め活動していました。ですがあなたの見た通り。一柱の裏切りにより私たちは瓦解しました」
シェムハ。
それが誰だかわかる。
アヌンナキの裏切者にして、人間に潜むもの。
シャマシュを通じて流れ込む知識、記録。
だからこそ、おかしな点がある。
「最後の瞬間、それ以前に、あなたは死んでいるはず」
そう、最後の戦士、保安・防衛の要職に就き、もう戦う人がこの人のみになった時、生き残ったアヌンナキは地上を飛び立ち別の星に旅立っていた。
逆に言えば他のアヌンナキはその時点で死亡している。
彼女自身から流れ込む記録は彼女が後者であることを示していた。
「ええ、その通り。当時司法局にいた私はシェムハの暗躍に気が付かず、死にました。
ですが死の間際、私は、いいえ当時シェムハに対抗した何人かはその存在をシェムハのように自身を変質させ最後の抵抗をしました。ある柱は土となり、ある柱は水となり、火となり、風となり、いつか来る反撃の機会を待ち続け――」
そうして相打ちに持ち込んだ
「今の私はかつてのシャマシュと呼ばれていた柱の欠片。今こうして誰かに語り掛ける力はありませんでした」
頭に響く誰かの声。
「私に今まで声を掛けてくれたのは、あなたでは無く?」
しかしシャマシュは首を横に振り返答する。
「いいえ、私が声を掛けたこともありますがほとんどは違います。気が付きませんか。耳を澄ませば聞こえるはずです」
そういって彼女は首を上げる。
私も倣うように上を向いた。
≪響ちゃんは大丈夫かしら、心配だわ≫
≪おやすみ、お母さん≫
≪やっぱりアニソンはいいなぁ≫
≪はやくおそとにいきたいな≫
≪こんな時に役に立てないなんて、剣とは、防人とは。奏――どうしたらいいのかな。≫
誰かの声が聞こえる。
良く知っている声もあれば、一度すれ違っただけの人の声も聞こえる。
「脳波ネットワーク。シェムハが人類に施した改造。本来人と人とが繋がればそれはシェムハの復活に繋がります。それを防ぐために私たちアヌンナキはバラルを持って人を分断しました。しかしそのバラルも神の力。同質の神の力でもなく、発現した埒外物理でもなく、聖遺物でもなく。あなたと融合した
聞こえるはずです。あなたと繋がった人々の言葉が」
誰かの声が聞こえる。
誰かの声が聞こえる。
それは温かく、身近で、ほっとするような言葉。
「誰かと繋がれば、当然シェムハの断片は活動を開始します。しかしあなたにはそれがない。ガングニールに積み重ねられたのは神殺し。たとえお互いに繋がりあい、シェムハが増殖しようとも、即座に神殺しによって断片は消失します」
目を瞑り声に耳を傾ける私にシャマシュはこちらを見るように言った。
「そしてあなた以外にも繋がりを持った存在がいます」
いくつかの光が嘆き、叫ぶ。
どうか破壊してくれ。
あのように成り果てたくはないのだ。
彼らに身体はもうない。
残っているのは脳だけだ。
やがて来るシェムハへの変貌に恐れ、泣いている。
私にはガングニールがあった。
しかし彼女の言う他の人には。
彼女は笑顔を深刻な表情に変える。
「もう時間は無いでしょう、間もなくシェムハは復活します。幸いにもバラルは十全に機能しています。今ならばまだ何とか対処できます。どうか
彼女の言葉に私は。
「私は友達を助けに来た。彼女はまだ――」
不安じみた私の声。
「耳を澄ませてください。深い繋がりが、お互いに思いあう気持ちこそがあなたを導きます。この北の大地にあなたを導いたように」
声を張り上げ叫ぶ。
「未来ッ!!」
燐光が地面から一つ。
≪響――≫
「未来、待ってて、必ず行くからッ、助けに行くからッ!!」
≪待ってる――≫
「彼女もまた、あなたと深くつながる一人。脳波ネットワークにより拡散した神殺しがバラルの影響を受け難くした為狙われたのでしょう」
口を噛む。それが本当ならば未来がさらわれた原因は――。
「いいえ、いずれにしても遅いか早いかだけ。シェムハが復活すればそのすべてが」
周囲に光が満ちる。
大きな光の塊が地平線から顔を覗かせた。
意味もなく確信する。
目覚めの時。
「どうか未来を」
最後に見た光景はシャマシュが軽くお辞儀をするところだった。
3
誰かに介抱されている。
覚醒した私は、しかし介抱していた人を確認しないまま突き飛ばした。
かなりの距離を飛んでいく。
大丈夫だろうかと頭によぎるが、それよりも今は。
背後から放たれるプレッシャー、莫大なエネルギー、金属の破砕する音。
暗闇の中、私の目に映る光るケーブル。
背後にある円筒と部屋中に安置された脳を物理的に繋いでいる。
いくつもの、いくつもの脳が並列に繋がり生体端末演算群として機能。
オリハルコンが必要なエネルギーを生成し、躯体左腕に備え付けられたヤントラ・サルヴァスパが機械と人を調律。
繋がる脳はオリハルコンの負荷を分散するために使用される。
素体となった人間に薬物を投与、自発的にヤントラ・サルヴァスパを使用させ、脳内の電子チップを制御。
本来ディバインウェポンとしての出力、そして巨大な電波塔、通信衛星と組み合わせることにより、世界各国にヤントラ・サルヴァスパの機械干渉を与え、戦争になった際、敵対国は機械支援を受けられず、それどころか自国兵器の自立行動により国を壊滅させることを目的とした
それは増殖したシェムハにより乗っ取られる。
脳波ネットワークによらない物理接続。
ここにシェムハの断章は復活を遂げた。
グレ響(力)を限凸したら謎の声さんの設定が生えてきた。
というより降って来た。
グレ響を拝むおじゃ。