A.まだまだまだまだ先のことじゃ。
1
私が運び込まれた病院はリディアン音楽院に隣接する総合病院だった。
私以外にもあのライブ会場にいた幾人かはこの病院に入院しているという。
もちろん全ての人ではない。
軽傷と判断された人はそもそも入院などしていないし
重症の人でも病院の負担を減らすために県外に分散して入院をさせている。
特に重症な患者には個室も用意されるほどだ。
政府の素早い、また厚い支援が出たお陰だと頭皮の薄い医者は言った。
家族と共にそんな雑談と私自身の今後のスケジュールを病室で聞かされる。
ライブ会場で瓦礫の破片が胸に刺さったとされる私は摘出手術により破片は全て取り除かれ経過は順調であるとのことだ。
とはいえ傷は完全に塞がってはいないため、しばらくは入院していなければいけない。
足をどうにかしたのか、治ってからもリハビリが必要とも言っている。
また医者は以前の私との差異を両親に確認し、カウンセリングを受けさせてはどうかと提案していた。
正直私がいるところでやらなくてもよいのではと思ったが、医者としては説明責任とやらを
果たさなくてはいけないらしい。
意識を取り戻して直ぐということもあり手短に終わった説明の後は家族といくつか会話をし着替えなどの日用品を受け取る。
一人娘が惨事に巻き込まれたからか父も母も祖母も皆やつれているようではあった。
病室にはまた私一人になる。
日用品にはノートと筆記用具もあった。
加えていうのならば問題集もだ。
学校からか、両親からか、ある程度体調が良好になったのならば勉強をさせようというのだろう。
私はノートと筆記用具を取り出す。早速勉強をしようというわけではない。
私自身そんなに熱心な性格もしていなかった。
私はノートに単語を書き込む。
フィーネ、そしてシンフォギア。
謎の声が発した単語。それぞれが意味するものを考えノートに書き込んでいく。
シンフォギアは分かりやすいだろうノイズに対抗することの出来る武器。
ノイズに接触しても炭素にならず、ノイズを倒すことができる。
ただし人間が扱う以上武器を振り回す体力や技術が必要になるだろう。
ただの人間にシンフォギアを与えても炭化しないだけ。
ノイズに押し潰され死ぬまでボコボコにされ続けるだけになるだろう。
どうやったらシンフォギアを手に入れることが出来るか。
医者は私を貫いた破片は瓦礫であり全て摘出済みだと言ったが
私が意識を傾けるとそれは確かにある。
許可を出せば歌うように震え、熱を放つ。
ガングニール。
私に語りかける言葉とは別の、私の胸の内から意思を発するもの。
穂先を掲げ戦場へ、全ては勝利を手にするために。進め、祓え、打ち砕け。
欠片にではあるがハッキリと自己主張をしているがこれは武器でも鎧でもない。
果たして欠片であってもノイズに対して効力を発揮するのであろうか。
フィーネ。
ライブ会場にノイズを放った黒幕。
目的も手段も分かりはしない。精々ノイズを倒せる戦士の下に派遣した等の推測しかできない。
そもそも人なのか、ノイズの生産施設なのか、ノイズのボスの名前なのかすらも分からない。
私はノートに推測を書いては消すことを繰り返す。
結局フィーネに関して私は何かを書き残す事はなかった。
2
私のカウンセラーは親密さを得るためであろうか、若い女性の医師だった。
まるで台湾のかき氷のような特徴的な髪型をした彼女は当初私からライブの時の話を聞き出そうとしたが口数の少なくなっていく私の様子を見てあまり良くない傾向だと判断したのか、彼女は自身の趣味を話すようになっていった。
私は興味なく適当に相づちを打つだけで医者に指定されたカウンセリングの時間を過ごそうかと思っていたが熱弁を奮い太古のロマン、失われた遺物について語る彼女について僅かではあるが興味を持つことになる。
彼女の語った内容には遠い過去に英雄が担った武具や伝承についても有ったからだ。
ノイズに対して有効な手段になるかもしれないと
私が彼女の話を聞く姿勢になったことを感じ取ったのだろうか。
彼女はカウンセリングの終了時間までしゃべり続けた。
私が彼女の話に興味を持ったからか、次回のカウンセリング時には病院附属の図書館で利用者カードを作りましょうと提案される。
私はカウンセリングはどうすると問いかけると彼女はおちゃらけた様子でこれもカウンセリングよとウインクして答えた。
何日か経って頭皮の薄い医者から車椅子ではあるが移動の許可が出る。
併せて私はカウンセラーと共に図書館にいた。
病院附属とあってか車椅子でも移動がしやすく不便ということはない。
勿論カウンセラーに椅子を押してもらっているからそう感じるのであって自分で動かそうとすると道が広くてもあちこちにぶつかりそうになる。
手続きを済ませ彼女につれられたエリアの棚には歴史、伝承関係で埋め尽くされていた。
「此処にある本のほとんどは私がリクエストしたのよ」
そう言いながら受付で手続きをした際に個室を借りたのか、私を連れ隣接する小部屋に入る。
どうやら今日のカウンセリングはここで行うらしい。
彼女は一度小部屋から出ると両手で抱えきれないのか、館内の台車に山ほど本を積み重ねて戻ってきた。
「簡単な触りが分かる程度の本だけれども、まずはこの中から興味があるものを読んでみて感想を聞かせて頂戴」
彼女は手早く机に本を並べていくが、煩雑というわけではなくどうも地域別、神話別に並べていっているようだ。
少なくともこの山のような本をこの様に並べるには各本の内容について熟知していなければ出来ない。
私は端の本から順番にパラパラとページをめくっていく。
その時だ。またあの声が聞こえた。
持っていた本は北欧神話について書かれた本。
聞こえた声は《ガングニール》であった。
私は舌打ちをしないように努め、持っていた本を脇に別けて置く。
そして次の本をまたペラペラとめくり始めた。
私は声による重要そうな単語を集める為に本をめくっていた。
知っている単語を改めて教えられてどうしようというのだ。
せめて特徴やら概要を教えて欲しいものだ。
そうして何冊か本を交換するとまた声が聞こえる。
《マルドゥーク》《バラル》
この本も脇に置こう。
その時だった。
今まで単語のみだった声に明確な意志が乗った。
《封印を解いてはいけない》
「面白い本はあったかしら」
思わず呆けてしまった私にカウンセラーは笑顔で問いかけた。
私は言葉数少なくぶっきらぼうに返答を返した。
素っ気なくされ気分でも悪くなったかなと様子を窺うがカウンセラーは変わらず笑顔のままだった。
いくつか本を借り、本日のカウンセリングを終了した私は彼女と別れ病院のリハビリルームに移動した。
まだ歩行訓練等の許可は降りていないが身体をほぐす程度は行わないとかえって元の状態に復帰しづらくなる。
受付を済ませ、マットの上で身体をほぐしていると離れた所にやけに体格のよい男性とリハビリを行っている少女がいた。
いや、あのライブのパンフレットや会場の広告に映っていたから勿論誰かは分かるのだが悲痛そうな顔立ちが嘗ての彼女とは似ても似つかなかったので面をくらってしまったのだ。
よくはないと思いつつ聞き耳を立てるとどうも叔父と姪の関係だそうだ。
あのライブでユニットを組んでいた親友を亡くしてしまいリハビリにも身が入らず叔父がどうにか励まそうと四苦八苦している。
私は聞こえてきた内容になぜか消沈する。
亡くなった方の歌手の名前はなんだっただろうか。
まるで穴が空いたかのように感じてしまう。
未来の声が聞きたいな。
リハビリを切り上げて私は院内の公衆電話に向かった。
書きたい場面までたどり着くのが遠すぎる。