文を書くとはかくも難しい。
1
金が掛かっている施設にある物は公衆電話であっても高級品に見えないだろうか。
待合室から廊下、受付の小物からソファーに至るまでそういう目線を向けてみればどんな安物であっても価値があるかのように見えてしまう。
勿論この病院に有るものが安物と断定しているわけではない。
見方の違いと言うものだ。
何てことを考えながら私は親友である未来へ公衆電話を使うために小銭を入れる。
自前の携帯はライブの最中に紛失し、今も見つかっていない。
会場のあの有り様では無事に帰ってくるとは思えない。
良くてひび割れ、最悪粉々か。
新しく契約を結ぶ手間を考え何時もの口癖が出る。
やけに光沢のある黒い受話器を持ちながら番号を打ち込む。
手垢も全くついていないぞ、この公衆電話。
もしかして本当に高級品だったりするのか。
公衆電話なのに。
電話を掛けてから間髪入れず繋がる。
何から話そうか。
未来がライブに来れなくてよかったよ。
だめだ、未来の性格では気に病みそうだ。
病院食では味気がなかったと言ってみるか。
怒気を発しながら不謹慎だとか言って、最後は困り顔になりそう。
ああ、くそ、気の利いた言葉がなにも出てきやしない。
電話を掛ける前に用意をしているべきだったか。
『お掛けになりました電話番号は現在使われておりません』
……私の記憶に有る限りではほんの1、2週間前には未来の携帯には電話が繋がったはずだ。
嫌な予感を感じながらも掛ける番号を間違えたのかもしれないと再度番号を掛けなおす。
一字一句変わらない文句が電話口から出てくる。
未来の自宅番号にも掛けてみる。
変わらず繋がらない。
私は自宅へ電話を掛けてみる。
繋がった。
電話口に出たのは母だった。
繋がった以上この公衆電話が故障しているという訳ではない。
今の私を端から見たのならば無表情かつ淡々とした口調で会話をしている私を見ることが出来るだろう。
私はもうこの町に親友が居ないことを知った。
2
カウンセリングは週に1日だがリハビリはそうもいかない。
検査で体を動かさないよう言われた日以外は大抵、連日リハビリを続ける。
足、腰、背中とほぐしたら離れた場所で手すりに掴まり歩行訓練。
今日も離れた所にはリハビリ中の歌手が彼女の叔父と共にいる。
以前よりは顔色が良い。
と言うより顔立ちが良い。
ライブの最中でもあのように凛々しい顔立ちだっただろうか。
あれではまるで亡くなった片割れのような…。
こちらの視線に気付いたのだろうか。
叔父の方が顔をこちらに向ける。
私は慌てず彼女らに気付かない振りをして訓練をする。
慌てるということは自分に疚しいことがあると相手に印象付けてしまう。
実際に疚しいことが無くともそれだけで難癖をつける輩はいるものだ。
おかしなことはなにもないかのように振る舞うことでトラブルを回避だ。
まあ、実際私は彼女らを注視していたので私に嘘発見器でも使われたら甲高い音でも出して作動してしまうのだろうけど。
私がリハビリを始めた当初は足がガクガクで立つことすらできなかった。
しかし今では回復は順調なので杖有りでの退院を検討していると医者に言われるほどだ。
反面精神面では以前より悪化の傾向にあり、退院後にも通院は続けるよう言われている。
カウンセラーからはテレビや新聞は観ているかと聞かれたが私は観ていないと答えた。
彼女は連日マスコミに報道されたライブの件が私の精神が悪化した理由ではないかと考えていたそうだ。
私は病室で言葉を得ることを目的に図書館から借りた本を読んでいたからむしろ今の世間については無知であった。
学校の課題をこなすために机に拡げていた化学のビジュアル本や学校の数学教科書からも言葉が得られたときは今後どのように言葉を得ていくか思わず頭を抱えた。
言葉は私に何を伝えたいのだろうか。
時折明確な意思を伴った声が聞こえる。
そういうときは決まって私に何かを訴えかけるのだ。
身体を鍛える、ノイズに対抗する手段を手に入れる、フィーネとは何か、言葉とは、シンフォギアとは、未来の声が聞きたい。
リハビリ中に考え事をしていたからだろうか。
丁度終点で手すりがない箇所で足が崩れた。
思わず前のめりで倒れる。
立ち上がろうとして私は声をかけられた。
「大丈夫か」
私に手を差し出した人は歌手の叔父である人だった。
私は彼の手を取らず立ち上がった。
困ったような顔をしながら彼は少し話をしないかと私に問い掛ける。
私は辺りを見回して彼の姪の姿を探してみたが、姪どころか他のリハビリをしている人や受付すら確認できなかった。
「時計を見てみるといい」
彼に促されて壁に掛かっている時計に眼を向ける。
時刻は6時、当然午後だ。
昼一番には始めていたので約5時間は訓練を続けていたことになる。
実は結構熱中していたのか。
夕食の時間も近い。
私は彼に着替えてから話を聞くと答え、更衣室に移動する。
汗でベトベトになった服を脱ぎ捨て濡れタオルで体を拭き、あらかじめ自販機で買っていた水を一気に流し込み空のペットボトルをゴミ箱へ投げ捨てる。
彼の元に戻ると彼はスポーツドリンクを手に持っており、私が彼に近づくとそれを私に差し出した。
受け取った私は封を開けることなく受付に移動し、ベルを鳴らし管理者を呼び出す。
退出を済まし廊下のベンチに彼と隣り合うように座る。
お互いに自己紹介し、彼は世間話から始めようとしたが私は本題に入るよう促す。
躊躇うようだったがすぐに彼は口を開いた。
「君はどうしてそんなにもリハビリに打ち込む」
それはほぼ初対面の人に対して聞くことだろうか。
てっきりリハビリ中こっそりと見ていたことを聞かれるかと思っていたが私は返答する。
リハビリをし、身体を元に戻す。自分の日常を取り戻す。
何もおかしなことはないと。
「確かに普通ならばおかしなことではない。ごくごく当たり前のことだ。だがそうだとしても限度がある。毎日半日は、時には閉室の時間まで、けして辛くない訳のないリハビリを君はどうして続けることが出来る」
まるで私を心配しているかのように言う。
ひょっとして私は今気遣われているのだろうか。
会話もしたことのない相手に。
「以前の職柄から、子供には気を掛けるようにしているんだ」
苦笑だろうか。
若干の笑みを浮かべながら彼は答える。
なら何時も彼が付き添っている彼女を気に掛けていればいいじゃないか。
どうして私に来る。
「君も子供だからだ」
そう言い切る。子供だから、大人である自分が手助けをしたいと。
たとえ見ず知らずの人であっても、そうしたいから。
「実を言うとな、個人的に君に感謝をしているからというのもある。姪の翼は入院してから塞ぎ込んでいたのだが年下の君がリハビリに励んでいる様を見て自分も頑張ろうと励むようになった」
私が彼女を見ていたように、彼女もまた私のことを見ていたようだ。
「だから言わせて欲しい。今のリハビリでは君の日常は遠のくばかりだ。」
私はため息をついてカウンセラーにも話さなかったライブでの出来事を話す。
彼は私がライブの生き残りだとは知らなかったのか眼に見えて動揺した。
それはそうだ。
自分の身内が出演したライブで人が亡くなる事件が起こり、その生き残りが目の前に現れたら大抵の人は動揺する。
「ノイズに襲われてもまた生き残ることが出来るように、か」
彼は沈痛な顔立ちで呟く。
私は彼に生き残りたいからリハビリを頑張ると答えたが、それは全てが正しいとは言えない。
「君の願いはよくわかった。だとしても今のリハビリではやがて身体を壊すだろう」
勿論ノイズ対策にリハビリを頑張っているというのもあるだろう。
「医者のプランニングする適切な進行で事を進める方が、この先を考えたときには君の力になる」
だけど実際のところ私は
「俺も体を動かすことについては自信があるからな。君の身体が退院出来るほど調子が戻ったのならばノイズと遭遇しても問題無いような身体作りのトレーニングを教えよう」
親友と連絡のつかない現状に苛立って、何かをしていないと押し潰されそうで
「だから今はゆっくりと身体を休めてくれ」
どうしようもなく心が渇いて仕方がないのだ。
脳の映像を文章化出来たら良いのに。