1
記憶の中の写真を頼りに某動物園を訪れた私は
距離が足りなくなったら移動、同じことを何度となく繰り返し園内を隈なく廻る。
私は返ってきた反射音を頼りに用意したスケッチブックに概要を書く。
もちろん園内にある監視カメラには映らないように。
建物にはもちろん外の街灯にも結構な数のカメラが設置されている。
一見して監視カメラだとわかる私たちが良く見る四角や半球、そして外観目的のイルミネーションのように偽装され注意しなければわからないものもある。
スケッチブックには監視カメラの位置についても記録している。
単純に考えるならカメラの多い箇所は重要なものがあると思えばいい。
そしてやはりというべきか。
彼女、ディンと名乗った女性の見せてくれた写真。
雪像が展示されている広場周辺の監視カメラの数、警戒装置の種類は異常であった。
もともとが屋外の広場。
ぽつんと建ったロッジ。
ロッジを囲むように監視カメラがあり、その広場に展示された雪像のアクセサリーの一つ一つが何かしらの監視装置だった。
何食わぬ顔で建物の外見、構造を確認する。
ごくごく普通の建物だった、なんて落ちはもちろんない。
返ってくる振動は私に間取りから隠し通路まで余すことなく暴き立てる。
私はゆっくりと雪像を見るふりをしながら来た道を戻る。
園内を一通り廻った結果宿舎、物販店、飲食コーナー、他園内のほぼ全域に地下がある事を確認した。
この内地下への道が確認されたのはロッジと物販店のみ。
何れも厳重な監視がある。
はてさて、一体どうするか。
どうやらこの動物園、やましいことがあるのは確かなようだ。
はっきりとはわからないが地下の規模はそれなり。
防犯体制も異常。
こうも設備に金を掛けられるようだと内部に侵入しても危ういのではないだろうか。
カメラがあるということは監視所はもちろんあるだろうし、詰めている職員も何かしらの武器、例えば拳銃など持っているかもしれない。
侵入した瞬間に警報が鳴り響きあっと言う間に取り押さえられそう。
場合によってはハチの巣か。
なんて考えたところで、特機装束を起動すれば銃など効かないかと思いなおす。
だが起動してからの制限時間がある以上、想定を上回って活動しなければいけない場合も考えれば危険である。
必要なのは未来を奪還する事。
会っておしまいというわけではない。
逃げ回っている最中に撃たれて未来は死亡、自分は助かりましたとか笑えない。
制圧、のちに奪還。
これで行こう。
そう考えてふと不安がよぎる。
本当に未来はここにいるのだろうか。
ディンを信用しすぎていないか。
彼女には彼女の目的があり、あえていない人物をいると言っている可能性はないだろうか。
電車の中で何度も考えたこと。
首を振って疑念を飛ばす。
どちらにせよ手詰まりなんだ。
行動しなければ結果は出ない。
時計を見ると午後のいい時間だ。
深夜を待って侵入を敢行する。
2
一度園外へと出てから再度入園する。
入口からはもちろん入っていないし、料金も払っていない。
防寒着は脱ぎ去り、薄いタンクトップと灰色のパーカーそしてマフラー。
車用品店で買っておいた黒のフルフェイスヘルメット。
若干緩かったのでタオルを詰めて調整。
そしていつも使っているスニーカー。
雪国ではおおよそ見られないこの格好。
つま先で地面を軽く叩き調子を整える。
ロッジは遠く確認できない。
監視装置もここの周辺にはない。
地上からはどう考えても侵入は不可。
私は特機装束を起動しその機能を身体能力の強化と振動操作に全振りする。
イメージするのは
ノイズがいない以上バリアコーティング機能などは必要ない。
必要な機能のみを作動させる。
体中を駆け巡る力の前にはスポーツ選手や格闘家すらこの身に及ばない。
一呼吸。
二呼吸。
疾走。
地面の氷雪は一歩を進むごとに砕けて散る。
宙に舞う破片は熱量からすぐに蒸気へと変わった。
本来爆音を響かせるこの走法。
しかし特機装束の機能により全くの無音。
傍から見ればいきなり大地の雪が消失しているように見えるだろう。
目視にてロッジを確認。
一、二の、三。
心の中で数えて、跳躍。
数百メートルを一気に跳ね上がる。
寒気を身で切り着地位置を修正。
背後に星々を背負って屋上に着地。
角度から少し転がるが問題なし。
そのまま屋根を破壊して屋内へ侵入。
残骸は屋根の上に置いておこう。
カメラの位置を確認し、一気に侵入。
事前に確認した隠し通路へと身を滑り込ませ、地下への階段を駆け下りる。
厚い鉄扉。
本来は許可証の認証が必要になるのだろう。
扉の脇に見えるでっぱりがそのための機構。
監視カメラもある。
許可がなければ通さない。
強い意志を感じる。
だけど。
いまの私をそんなもので止められるものか。
拳を突き出す。
破砕。
ひしゃげた扉は奥の通路へと吹き飛ばされる。
アラートが鳴り響く。
監視カメラにも確認されただろう。
意に介さず近くの部屋に飛び込む。
映画では入口に近い場所は監視所だ。
内部を確認。
思った通り。
内部は複数のモニター、ロッカー。
休憩用なのか奥にソファーと鋼板の低いテーブル。
何人かの職員は立ち上がって複数のモニターの凝視、一人はすぐにこっちを振り向いた。
何かさせる間もなく制圧を開始する。
まずは振り向いた一人の鳩尾を蹴り上げる。
そのまま地面に押さえつけ部屋全体に振動操作。
脳を、三半規管を直接揺らし意識を混濁させる。
その際一人だけは残す。
残った職員を屈ませ左手と頭を掴む。
アラートを止めるように命令。
その際、おかしな操作をしようとしたので腕の方を握り潰す。
骨の折れる音。
二度は無い。
そう言い捨ててアラームを停止させる。
ついでにアラーム設定を変更させる。
何が起ころうと今後各部屋でアラームが鳴ることはない。
職員を気絶させ部屋のコード、備品のテープで縛り転がす。
壁に備え付けの電話から呼び鈴が鳴ってる。
あ、あ、と発声。
所々雑音の混じった年取った男性の声を再現。
受話器を取る。
アラームについての説明を求めている。
動物がロッジ内に入り人影と間違えました。
すでにロッジからは追い出しましたのでご安心ください。
電話口からはロッジの管理をしている表の職員に対して悪態を突きながら了解と返答される。
ふう、と息を吐く。
床に並べた職員が身に着けているものを確認する。
財布、カードキー、キーケース。
胸元には拳銃を隠し持っている人も2人いた。
手首にナイフを付けている人もいる。
武装解除完了。
ロッカーを開ける。
カギは掛かっていない。
目に入るのは黒く頑丈そうな四角。
自動小銃。
思わず呻く。
出た声も無音になるが。
こういうとっさの時、特機装束の機能は役に立つ。
手に取って映画を参考に壁向かって撃ってみる。
レーザー照射。
引き金を引く。
軽い振動。
強化された身体能力だからではない。
素の身体能力でも軽いと感じるだろう。
コンクリートの壁に弾痕が刻まれた。
本物である。
他のロッカー内も同じ。
弾薬の入ったカバンも置いてある。
少し考え1つは持っていくことにする。
持っていくもの以外はバラバラにして踏み砕く。
最初は銃身を折ろうとして一目で使えないようにしようとしたのだが、触ってみた感じプラスチックだった為、砕く方向に変更した。
弾薬は抜いてである。
これ一つでいくらするんだろう。
そんなことを考えながらナイフと拳銃も回収。
テープ類も持っていく。
ダブったものは同じように砕く。
壁には各フロアの地図がアクリルプレートに印刷されて貼られている。
階段やエレベータを抜くと以下の様相だ。
BF1、監視室、武器研究室、武器貯蔵庫、他休憩室等の小部屋。
BF2、研究室、資材貯蔵庫、休憩室他。
BF3、特殊研究室のみ。
各部屋がそれぞれかなり広い。
園内も結構広かったが。予想通りとは言えげんなりする。
特にBF3。
この研究室、いくつか区画分けこそされているものの単一の研究室のようである。
主研究室とそれを補助する副研究室、資材置き場。
すべてを含めて特殊研究室。
そして直観的にこのBF3は危険だと感じる。
絶対に行ってはいけない。
巨大な力が一点に集まり今にも爆発しそうだ。
そして力に反応するかのように頭に響く声にならない叫び。
≪破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ。≫
こめかみを押さえ声を抑え込む。
どうやら声にも良くないものがありそうだ。
壁から地図を剥がす。
ナイフを振動させ、鞄に入る程度に切り取る。
切った部位はテープで軽く止める。
折りたたんで鞄に詰め込むものの長すぎたのかはみ出ている。
自動小銃も雑に入れる。
鞄を背負いホルダーにしまった拳銃とナイフを取り付ける。
カードキーを忘れていた。
ポケットにねじ込む。
軽く飛び跳ね運動性を確認する。
問題なし。
これよりフロアの制圧を開始する。
この一日にボス戦が集中する模様。