やはり俺が一色いろはの家庭教師を任されるのはまちがっている。   作:まーが

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やはり俺が一色いろはの家庭教師を任されるのはまちがっている。

時は大学1年、余暇の季節。

そう、夏休みである。文理問わずここで高校同期などと遊び惚ける者も多いだろう。しかしこの比企谷八幡、友達と呼べるやつがほとんどいない点で抜け目がない。

おいこらそこ。空威張りとか言うんじゃないの。

 

 しかしこの休みに何もしないというのはさすがにもったいない。何も意識高い系エンジニアのような妄言を吐くつもりはないが、家にいるよりは外に出て何かやることを探す方が大事なのはまぁ明白である。...元々インドア系だったわけだが、どういうことか奉仕部の影響によって酷く変わってしまった。全く、俺の安寧を返してくれよな。

 

「よし、ここだな」

 

ということで俺は家庭教師のバイトを申し込んだわけである。専門は国語と英語、世界史と中々に俺らしいという選択である。高度な専門的補助を要する理系科目の市場価値の方が高そうに見えたのだが、案外文系科目の価値も低くはないらしい。

 

「すみませーん、家庭教師の比企谷です」

 

インターホンを鳴らして人が出てくるのを待つ。まもなくして栗色の髪をした女の子が俺を出迎えてくれた。

 

「はーい、て...せんぱい?」

 

「よ、久しぶりだな」

 

俺は事前に担当生徒は知らされていたのでさほど驚きはしないが、それでも"久しぶり"ということもあって感慨深く思っている。元々こいつには色々世話になったし、その礼として受験結果に返してやれればという気持ちも強く持ってて、「あぁ、本当に俺って変わったな」と感じる。

 

「あの~、一色さん?」

 

「...」

 

どうやら突然すぎてショートしているらしい。まあ募集した家庭教師から同校のしかも自分の先輩が来たもんだからさぞかし動揺しているだろう。ソシャゲガチャでも希有の確率な点俺の価値はSSRなのかもしれない。

 

「...久しぶりです。」

 

「おう」

 

やや俯いて彼女がそう答えると、奥から母親らしき人が出てくる。

 

「こんにちは~。二人ともお知り合いかしら?」

 

「ああ、娘さんとは高校時代に色々接点があって」

 

「そうなのね!ならお任せしちゃって大丈夫かしら」

 

「え、お母さん!?」

 

「ごめんね~いろは。母さんこれから用事が出来ちゃったのよ~」

 

「まあこれなら丁度いいわねぇ~」と言いながらそそくさと出かけてしまった。

...嵐のような人物だが悪い人ではなさそうで安心した。

 

 

 

 

 

 

「分かりましたー。じゃあとりあえずお邪魔しま「ちょっと待っておいて下さい!」」

 

「か、片付けるものがあるので!!」

 

そう言うと彼女はダッダッダッダと2階へ消えてしまった。なるほどこの家系は風属性を代々継承しているのだろう。慌ただしいことこの上ない。

 

「よいしょ、よいしょ。もう大丈夫ですよー!!」

 

「ん、分かった」

 

2階で彼女が叫ぶのを聞いて玄関に上がらせてもらう。そして2階へ向かうわけだが、男1人ぽつんと家にいさせて家族は娘を不安にはならないのだろうか。...別にとって食いはしないけどな!

 

「お邪魔しまーす」

 

「どうぞー」

 

一色の部屋へ入る。中は案外こじんまりとしたいい空間が広がっていて、教えるのにはまぁありかな...いや最適すぎるな。

 

「せんぱいに教えてもらうなんて夢のようですよ~」

 

「だよな。俺らがこういう関係になるとか予想もつかなかったし」

 

「まあでもシミュレーション上ではあらゆる関係を経験したんですけどね」

 

 

 

 

 

 

こういう不穏な言動は無視に限る。

 

 

 

 

 

 

「ああ、それで話は逸れるんだが」

 

「なんですか?」

 

「...夜、俺に何の用があるんだ?」

 

 

そう。この話、家庭教師で偶然後輩を担当にもつなんていう単純な話ではない。

 

なんと、数か月ほど前から俺はこいつに夜道をつけられていたのだ。そもそも自宅通いだから千葉から離れてはいないわけで、高校に近い家に対してつけられない距離ではない。

最初は俺のものとは違う足音が聞こえて気味が悪く、あまり夜は出歩かないようにした。そうすると今度は昼間にも視線を感じ、とうとう潮時だと思った俺はストーカーのストーカーをすることでこいつを突き止めたってわけだ。

 

 

「......何のことですか?」

 

 

しらばっくれても無駄だ。突き止めた瞬間は栗色のウェーブがかった髪の毛が見えただけであったが、俺の交流範囲を考えれば消去法で解決できるもんだ。2進法の計算よりも早く右手で数えられる程度にしかいないから楽なことこの上ない。...いかん目からソルトが。

 

 

「いや俺のことつけてた時期があっただろ。別に通報とかはしないから正直に言っていいぞ」

 

「......いやまあ、ばれちゃったらしょうがないですね」

 

 

 

 

 

 

彼女は居直って俺の方へ向くと、パチリとウインクして

 

「愛の力は無限大です!!!」

 

「...」

 

 

 

動機はおおよそ目星がついていたものの、いざ言われると違和感しかない。こんな異質な方法でアプローチする人間が捕まるのは自然なんだなぁ、と。世の真理を味わうのである。

 

 

 

 

「まあいいさ。俺がバイト始めたのはこの問題も理由の一つにあったから、解決したいんだ。...一応聞くけど、どうすればいい?」

 

 

 

「うーん、そうするには...結婚です!」

 

「!?」

 

「だって私たち付き合っているのに離れ離れで生活しているのが悪いんじゃないですか!だったらいっそもうそうするしかないですよ!」

 

 

 

...もう色々ぶっとんでて収集がつかない。どうやらこいつの頭の中では俺らはカップルになっているそうだ。

 

「あのな一色。俺らは付き合ってなんていないぞ」

 

 

 

「え?」

 

奴の黒目にやや驚いたが、やさしく諭すように続ける。

 

 

「えーっとな。俺らが付き合っているっていうのは一色の思い込みなんだ。だからとりあえずそこを認識してほしい」

 

 

「え、えぇ!?違いますよ付き合ってます!!だって受験シーズン終了した後は一緒に放課後帰ったりシュタバでイソスタ行き写真を大量生産したり挙句の果てには先輩の卒業式の日に『童貞も卒業してねえと恥ずかしいから』とか言って私をベッドに押し倒したじゃないですか!!」

 

 

「そんな勇気あったらぼっちしてねえよ!」

 

 

 

もうやだこのバイト。


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