今回もまた、よくあるお話

性的、残酷的な描写がありますのでご注意ください。
pixivにも同名で投稿しています。

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また衝動的に短編を書いてしまった……
性的、残酷な描写がありますのでご注意ください。


難民の女の子がその赤いコートを着るまで

 いつから私はそこにいたのだろう。

 もしかすると生まれる前からそこにいたのかもしれない。

 

「並べ!一列だ!」

 

「押すなこのバカ!」

 

「私を先に!子供がいるの!」

 

「金なら払う!俺を乗せてくれ!」

 

 最も古い記憶は数年前だ。その日も今日のごとく、汚れた格好をしている人々が列をなしていた。

 ここには救いを求めて皆が集まる。ここにくれば人生が変わるんだと、そう思ってここまで這いつくばってでも集まる。

 

 しかし、何も変わらない。今日の“出荷”が終われば、また眠れぬ夜がくる。毎日そうだ。中には、ここで住居を構え始める人々すらいる。来ない自分の順番を待つために。

 

「おい、そこの嬢ちゃん」

 

 顔を上げてみれば、少し華美な服装を身に纏った中年の男性が私の前に立っていた。私は指を数本立てながら立ち上がる。

 

「よし、買った」

 

 これも日常。眠れぬ夜に何かにすがりつくことはよくあることだ。確かにここはドラッグもタバコも酒も出回っている。でも、その全ての質が悪く金も良くない。

 

「はぁ、はぁ、最高だよ嬢ちゃん」

 

 私に覆い被さる男も、その全ての匂いがする。粗悪品の中でもマシなのに手を出したようだが、彼には満足できなかったようだ。

 

「ふひひ、まだ夜は長いよ。存分に楽しませてくれ」

 

 休憩も束の間、男は私をまさぐり始める。こんな風に女に逃げるのも、ここじゃ珍しくない。おかげさまで私も日銭を稼げているのだから、とやかくいう資格もない。

 

「……おい、聞いてんのかおい」

 

 男が私の頬をペチペチと叩く。

 

「お前、感じないのか」

 

 手でガッチリと私の頰をつかんでそう言う。どうやら怒っているようだった。

 

「俺を騙したな、お前も俺を騙したな!」

 

 どうやら彼の琴線に触れてしまったらしい。顔を掴んでいた手は首へと移動している。私の細い首を男性の大きな手のひらが絞めつける。

 

 ああ、呼吸が苦しい。顔がだんだん暑くなって、目の玉が飛び出しそうな痛みに襲われる。口は勝手にパクパクと動いて、酸素を求めている。

 こんな客は何度もあたってきたし、この感覚も慣れたものだ。けれど、これ以上絞められると意識が……

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 私が起きたのは日が昇ったあとだった。枕元には施しのつもりなのか小銭が投げ捨てられている。穴だらけのマットレスから起き上がって、ふわぁと大きくあくびをする。今日も淀んだ空気が肺を満たして吐きそうだ。

 

 服の代わりにしている布を身にまとって、テントからでる。今日は晴天、強い日差しが肌に突き刺さっている。

 

「おばぁ、ごはん」

 

 稼いだ小銭をおばぁに渡せば、まるで手品をしているかのように机から小銭が消える。まったく金をとる速さだけはいつもはやいんだから。

 

「今日はこんだけかい。はいよ」

 

 そういって渡されたのは水がペットボトルで一本と小さながビスケット一枚だ。

 

「今日は随分と太っ腹だね。何かあるの?」

 

「あんたに仕事だよ、客だ」

 

 これは非日常だった。といっても特段と珍しいことでもない。ここに定住している人でも、いくつかの言語を話せるものは少ない。

 

「ついてきな」

 

 そういって連れていかれたテントには、ワインレッドのコートを着た青年がいた。

 

「おばぁ、私は何をすればいいの」

 

「この人の相手だよ。報酬はこの人から貰いな。任せたからね」

 

 それだけ言って、おばぁは逃げるかのようにそのテントから出て行った。あのおばぁが逃げていくなんて珍しい。この人はいったい何者だろうか。

 

 青年の健康状態は良さそうだ。顔の血色もいいし、肉体も鍛えてるみたい。顔立ちも整っているし、これは私以外の女どもも放っておかないだろうな。

 

「あー、えっとこっちの言葉は詳しくないんだが」

 

「大丈夫、その言葉ならほとんど話せる」

 

「よかった、助かったよ」

 

 青年はよく話してくれた。私はほとんど相槌をうつばかりで、それだけで時間は過ぎ去った。どこかのお偉いさんであろう彼の前だからか、久しぶりにまともな食事も貰えた。

 

 日が暮れてあたりが暗くなっても、彼は眠らなかった。彼もまた、眠れない夜を過ごす人間だった。

 

「なぁ、ほんとうにいいのかい?」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 私はすでに一糸まとわぬ姿に、彼も上半身をはだけていた。腐りかけた椅子にかけられたワインレッドのコートが、やけに私の目を惹きつけていた。

 

「……いや、だめだ」

 

 彼は正気に戻ってしまったようだ。あのおばぁのことだからクスリを飲料水に入れていただろうに、彼は正気を保ってしまったみたいだ。

 

「そんなに私は魅力がないですか?」

 

「そんなことはない!本当に……美人だと思うよ」

 

「それなら何故?」

 

「君みたいな未成熟な子に手を出すのは犯罪だからね」

 

 どうやらこの好青年は、こんな場所でも良識なんてものをわきまえているらしい。驚きを通り越して呆れる。私より若いのに身体を売ってる子なんてごまんといるし、そっちの方が値段も高い。

 

「別に、いいのに」

 

「いや、ダメだよ」

 

 青年も興味がないわけじゃないんだろう。こっちの身体を見ては顔を真っ赤にして背けるというのを繰り返している。

 

「わかった。じゃあ一緒に寝るだけ」

 

 来客用ということもあって、いつものマットレスより数倍ましだ。私のためにも、一緒に寝てほしい。幸い、それには首を縦に振ってくれた。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「あ、ああ」

 

 久しぶりに熟睡できた。次の日起きたのは、早朝だった。すでに彼はしっかりと身だしなみを整え、ワインレッドのコートも羽織っていた。

 彼は日が昇りきる迎えがきた。陸からでも海からでもなく、空から。初めて見るヘリコプターという乗り物は、やたらうるさい物として記憶に残った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 その日は誰も私に見向きもしなかった。特段と珍しいわけでもない。一ヶ月に2回か3回はあることだ。こんな日は本当に何もせずに過ごす。半分寝ているようなものだ。

 でも生きている以上喉は乾く。水は買えないが、なんとか飲める水なら川を登れば手に入る。私はゆっくりと立ち上がって、川のほうへと歩いていった。

 

 

 

 

 川には、何人かが水を求めて私のようにフラフラとやってきていた。水の中に入って体を清めている人すらいる。もっと上流にいってできるだけ綺麗な水を飲みたいけれど、それは許されない。上流に行けばここを収めていると豪語する集団が待っている。私みたいなのが行っても、追い返されるかタダも同然で買われるかだ。

 

 仕方がなく、水を手で掬って口に運ぶ。乾ききった喉が潤いを取り戻すのを感じながら、私は水面に映る自分を眺める。

 顔立ちはまあ綺麗な方だろう。栄養が足りずに痩せてはいるが、頑張って成長したほうだと思う。

 

 惜しむようにもう一度だけ水を飲んで、もといた場所に戻り始める。変な帰巣本能が芽生えてしまって、今やあの路地に座っているだけでなんだか安心感すらある。

 荒れた地面を行く足を止め、一度顔を上げる。変な匂いがしていた。まるで何かが焼けているような、煙の匂いだった。

 変な汗を拭いながら、一歩また一歩と踏みしめる。テントへと近づくにつれてその匂いは増していく。疑心は確信へと変わっていった。

 

「うそ……でしょ……」

 

 燃えていた。テントも、何もかも。女の人のような何かが、何かを投げて、その何かが炎を吹き出して何もかもを燃やしていた。

 理解する間もなく、私はテントとは逆方向に走り出した。途中靴が脱げても、足は止まらない。何もわからないけれど、逃げなきゃ死ぬということは本能で理解していた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 肺が苦しい。酸素が届いていないようで、足が鉛のように重くなっていく。気がつけば足は止まっていた。息を荒らげたまま、空を見上げた。キーンと甲高い音がして、何かが近づいてきていた。

 それはまるで話にきいた飛行機のようだった。もと空軍だかなんだかと名乗る男からなんども話されたから覚えていた。しかし、飛んできているそれに人間が乗るスペースがあるようには見えなかった。明らかに小さすぎるのだ。

 

 その飛翔体は私の頭上を高速で飛んでいった。過ぎ去ったということは、私に用事はなかったということだろう。そう予測はできても、なんだか嫌な予感がしていた。私のこういうときの予感というのは、いつも最悪な結果として的中する。

 

 

 

 

 再び足を動かし始めてから数分後、先程と同じ音が聞こえ始めた。それが私には悪魔の足音にしか聞こえなかった。次第に疲れた足が動き始め、どうにか身を隠そうと近くの廃墟へと急ぐ。しかし、音が聞こえるまで近づいてきているのに私を見失うはずがない。その飛行物体は、何かを翼の下から落とした。

 

『空からの、飛んできてぼーんと大きな音がしての、目の前にいた連中が細切れよ』

 

 キャンプにいたボケたじいさんの話をふと思い出した。私も爆発に巻き込まれてバラバラになるのだろうか。痛いのは嫌だな。四肢がもがれたのに息があるなど、一番つらい。一思いに、意識する間もなく殺して欲しい。

 

 

 

 

 ああでも、こんなときくらい言ってもいいよね。

 

「誰か……助けて」

 

 そう絞り出すように声を出した。どうせ誰も聞いていない。だからこれは私だけの、私しかしらない弱い私。

 

 

 

 

 私しか知らない、誰にも聞こえぬはずの声だった。

 

「ああ、了解した」

 

 どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。

 そして次の瞬間、空気を切り裂いて何かがその落下物を貫き、続けて飛んでいる悪魔までをも壊し尽くした。

 

「……えっ?」

 

 間抜けな私の声だけが、荒れ地に響く。濃い硝煙のにおいが、風で運ばれてきた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ダネルNTW-20だ」

 

 私の目の前に立つ少女はそう言った。170cmくらいだろうか?顔立ちは少女のようでもあるけれど、身長差もあって私よりかは年上に見えた。もっとも私の正確な年齢なんてわからないけれど。

 

「えっと、ありがとうございます?」

 

「どうして疑問形なんだ。それにそんなにかしこまらなくていい」

 

「私はこれが普通ですので」

 

「そうか、ならいい」

 

 そう言うと、ダネルは通信端末を操作し始めた。しばらくして一枚の画像を表示して、私へとその画面を見せる。

 

「この男に見覚えはあるか?」

 

「はい、先日キャンプに泊まっていった人ですね」

 

「覚えがあるだけか?接点かなにかはないのか?」

 

「よくわかりませんが……、何もしてませんよ?」

 

「何も……?」

 

「はい、ただ一緒のベッドで寝ただけです。そういった、男女のすることはしていません」

 

 手を出されないというのは少し癪に障るけれども、熟睡させてもらえたのはありがたかった。それだけは感謝をしているので誤解を解きたい、そう思って出た言葉だった。しかし、それを聞いたダネルは一度顔をしかめた後、ニヤリと笑った。

 

「……それは都合がいいな」

 

「どういうことですか?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

 それからというもの、ダネルは数十分もかけて誰かと話をしていた。はたからみると独り言を喚く狂人のようだったが、彼女が本当にそうであるとは思えなかった。こんな場所だというのに服装は綺麗で、匂いもそこまでしない。背丈以上もある銃を持っていなければ、上流階級と言われても信じ込んでいただろう。そんな彼女のそばにいると、なぜか落ち着くのだった。

 

「よし、話が終わった。三つ選択肢がある」

 

 こちらに向き直ったダネルは、右手の指を3本を立てる。

 

「まずはこのまま解放だ。好きに生きるといい」

 

 そう言ってダネルは中指を折る。この選択肢を選ぶのは、全部聞いた後でも遅くはないだろう。

 

「次に……ここで私に殺されることだ」

 

 ダネルはそっと目線を銃へと向けた。確かにその銃なら、痛みを感じる前に死ねるだろう。悪くはない選択肢だ。行き倒れて死ぬよりかは楽だろう。

 

「最後に……」

 

 ダネルは一度言いよどむ。顔をのぞきこめば、少し照れているかのように赤くなっていた。

 

「私の新しい指揮官になってくれないか?」

 

 死に急ぐ理由もない私に、選択の余地はなかった。全ての指が折られる前に答えた私に、ダネルは優しく微笑んでくれた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「諸君を指揮官として任命する」

 

 目の前の大男が、そう言った。それと同時に私の隣に座る男たちも立ち上がり、敬礼を返す。その男たちは、以前キャンプで見たワインレッドのコートをぴっしりと着こなしている。

 

 かくいう私も、同じタイミングで立って敬礼をしている。もちろん、着ているのはいつもの布切れではない。私もまた、そのコートを着てその場に立っていた。

 

 これは、私の人生が始まった、そういうお話。

 

 

 

~*~*~*~*~

 

 

「こちらダネル、異常なし」

 

『分かった。引き続き監視を頼む』

 

 通信が切れてから、ダネルは大きなため息をついた。もうここに来て数日だというのに、何の変化もなかったからだ。

 

「まったく、指揮官は何を持って私をこんなところに」

 

 突然の任務でダネルはまともに準備できていなかった。弾薬も最小限で、替えの服もない。もっとも代謝が低い戦術人形であるからして数日は問題ないこともないのだが。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 ダネルは独特の音を感じ取った。ジェットエンジンの音だ。どうやらどこかのドローンが上空からここらを監視しているらしい。最近の戦地では珍しいことでもなかった。

 しかし、通り過ぎたというのに再びこちらに向かってきたのだとしたら話は別だ。

 

 急いでスコープを覗き込む。ドローンはすでに戦闘用意をしていた。しかし、ダネルの方向は向いていない。安堵しつつも、気になってドローンの攻撃目標を探してしまった。

 

 

 そこにいたのは、少女だった。ボロボロの布を服代わりに纏い、ボサボサの髪を汗で濡らしながら懸命に走っていた。表情にこそ出ていないものの、生にしがみつこうとしている様子は痛々しいほど伝わってきた。

 

「指揮官、ダネルだ」

 

『どうした』

 

「少女を発見。所属不明のドローンに追われてる。保護のためにドローンの撃墜許可を」

 

『ダメだ。一発も撃っちゃ作戦が台無しだ』

 

「……私に黙って見ていろと?」

 

『ああ、残念だが僕らにはどうにもできない』

 

 指揮官が心から残念がっているのを、ダネルは理解していた。しかし、それ以上に少女のことが気にかかっていた。

 

『ダネル、”命令”だ。決して介入するな』

 

「そうやって自分が罪を負うつもりなんだな」

 

『……なんのことだか』

 

 命令とあらば、ダネルには逆らう術はない。指揮系統が塗り替えられでもしない限り、彼女は少女とドローンの間に割って入ることすらできない。

 

 ならばとダネルは少女の最期を見届けるべくスコープを覗き込む。

 

『誰か……助けて』

 

 少女の口がそう、動いた。ダネルの音響センサーが、その声を拾った。

 

「ああ、了解した」

 

 ダネルは流れるように照準をあわせ、ためらいなく引き金を引いた。命令違反の警告もなにも出なかった。

 

 

 当たり前である。ダネルは『誰か……助けて』という命令に従っただけなのだから。

 




続きはご自身で想像してください
彼女のほのぼの指揮日記もよし
事件に巻き込んでもよし
ダネルとの濃厚な百合も……また、よし

感想、評価及び批評お待ちしております。


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