ダイヤのスラッガー   作:カザミドリ

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上京と入部

「間もなく終点の東京です。降り口は左側です」

 

新幹線の車内に流れる最終アナウンスが、佑都を現実へと引き戻した。網棚から荷物を下ろし、人の流れに乗ってホームへ降り立つ。

今回、青道高校の寮の改装が重なった影響で、新入生二人が臨時の四人部屋に入ること

になった。副部長の高嶋礼からは事前にこう連絡を受けている。

 

『本来は三人部屋なのだけれど、事情があって四人部屋になるわ。私はもう一人の新入生と同行して東京駅に向かうから、貴方もそこで合流しなさい。その子とは面識があるはずよ』

 

(高嶋さんと一緒に来るもう一人の新入生……面識があるってことは、あいつか?)

 

佑都が指定された合流場所へ向かうと、案の定、見覚えのある騒がしい声と、それを冷ややかな目で見守る高嶋の姿があった。周囲をキョロキョロと見渡し、挙動不審で浮きまくっている男。

 

「……あいつ、このままだと通報されそうだな」

 

佑都が苦笑いしながら近づくと、男がこちらに気づいて顔を輝かせた。

 

「あ! あああーっ! お前は……えーっと、誰だったっけ!?」

 

必死に名前を思い出そうとする姿に、佑都は思わず吹き出した。

 

「俺だよ、水野佑都だ。高嶋さん、お疲れ様です。まさか栄純が合流相手だったとは」

 

「ええ。今日から貴方たちは同じ部屋で暮らすことになるわ。よろしく頼むわね、水野君」

 

「こちらこそ。おい栄純、これから三年間よろしくな」

 

「おおーっ! そうだ佑都だ! よかったぁ、知ってる奴がいて安心したぜー!!」

 

再会を喜ぶのも束の間、栄純の危なっかしさは相変わらずだった。高嶋と別れて寮へ向かう道中、昼食を食べようと一度駅を出れば、彼の極度の方向音痴に振り回され、佑都は早くも先が思いやられた。

 

「疲れるな……。でもまあ、お前が相手なら退屈はしそうだ」

 

道中、栄純がふと思い出したようにポジションを尋ねてきた。

 

「そういえば、佑都のポジションは何なんだ?」

 

「俺か? 中学時代は主にキャッチャーだったよ。まあ、投手以外なら大体どこでもやってた。高校ではポジションが取れるところで一生懸命やるだけだ」

 

それを聞いた途端、栄純は安心したように、かつ現金に態度を大きくした。

 

「へぇー、マジか! 今度よかったら球受けてみるか? 俺は直にエースになる男だから、受けて損はないぜ!」

 

相変わらずの自信家ぶりに呆れつつも、二人はようやく青道高校へと辿り着いた。

二人はまず、第二グラウンドに足を運んだ。

 

(最高だな……。中学の時とは大違いだ。広いグラウンドに室内練習場。これが名門校か)

 

佑都が設備に感心していると、栄純が急かした。「おーい、早く手続きしようぜ!」

学校で待っていた高嶋の元へ向かうと、佑都は背筋を伸ばして挨拶した。

 

「失礼します! 平野坂中出身・水野佑都、赤城中出身・沢村栄純の二名、ただいま到着しました!」

 

改めて歓迎の言葉を受けるが、栄純が高嶋に対してタメ口で答えようとしたため、佑都は即座に脇腹を小突いた。

 

「おい栄純。高嶋さんは俺たちの指導者だ。目上の人にその態度はダメだ。謝りなさい」

 

高嶋の鋭い視線に、栄純も蛇に睨まれた蛙のように縮み上がった。佑都は、これまでの社会経験で培った礼儀が役に立ったと胸をなでおろした。

二人が案内されたのは、同じ部屋。扉の前で怯える栄純を横目に、佑都は「失礼します!」と扉を開けた。

 

「うらああぁぁ……って、デカッ!!」

 

上から飛びかかってこようとした二年の倉持洋一が、佑都を見上げて硬直する。驚かせる側が逆に驚くという妙な空気の中、部屋の主たちが自己紹介を始めた。

俊足の倉持と、なぜか一言も喋らずプラカードで会話する三年の増子透。エラーの罰で沈黙を守る増子に困惑していると、倉持が唐突にゲーム機を取り出した。

 

「それじゃあ、新入生の歓迎会始めるか! 全員で『みんGOL』大会だ!」

 

しかし、佑都は困惑した表情を浮かべる。

 

「すいません倉持さん、俺,ゲーム機自体に触ったことがなくて。ずっとバイトと弟たちの世話をしてたんで……」

 

その告白に、倉持と栄純は絶句した。しかし倉持は「……よし、やり方を教えるから覚えろ!」と、無理やり佑都を参加させた。結果、忖度を知らない佑都が全力で挑んだわけなのだが筋が良すぎたせいか、一位を獲ってしまい、倉持の「愛の鞭(プロレス技)」を浴びる羽目になった。

 

その後、佑都は増子に案内を頼み,夜の自主トレへと向かった。

 

(増子さん、大柄なのに走るペースが全然落ちない。これが名門のレギュラーか……)

 

黙々と走る先輩の背中を追い、佑都はバットを振り抜いた。寮に戻れば、まだ倉持と栄純が騒いでいる。

 

「さて、寝るか」

 

騒がしくも新しい日常。明日から始まる本気の野球に胸を躍らせ、佑都は眠りについた。

青道高校野球部の朝は早い。まだ薄暗いグラウンドの隅で、三年生の伊佐敷純は、隣を歩く主将の結城哲也に声をかけた。

 

「おい哲、聞いたか? 今年入ってくる一年坊主の中に、一人だけ毛色の違うのが混じってるらしいぜ」

 

結城は視線を前方に向けたまま、静かに頷いた。

 

「ああ、軟式出身の特待生だろう。高嶋副部長が熱心に勧誘していた選手だと聞いている」

 

「軟式あがりの特待生だと? 硬式シニアのエリートでもねぇのに、そんなに凄ぇのかよ。体格はいいって聞いたが、そんなに飛ばすのか?」

 

横から会話に入ってきたのは、二年生の倉持洋一だ。その口元には、新入生を迎え撃つ準備ができていると言わんばかりの不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「体格も身体能力も規格外らしいよ。なんでも、かなりの勧誘合戦になってたみたいだけど、運良くあいつの中学の監督が、うちの監督の大学時代の後輩だったらしくてね。そのつてで、上手くこちらに引っ張れたみたいだよ」

 

小湊亮介がいつもの穏やかな、それでいて底の知れない笑顔で付け加える。

 

「軟式であっても、あれだけ飛ばす奴はそういないって高嶋さんも言ってた。硬式の重い球をどこまで運ぶか、まずはその実力、お手並み拝見といこうか」

 

先輩たちがそんな噂を交わしながらゲートをくぐると、そこにはすでに一人の影があった。朝日に照らされ、誰よりも早くグラウンドに立ち、黙々とランニングをこなしているその巨体こそが、噂の主、水野佑都だった。

 

「おっ、やっぱり部屋から居なくなってたのは佑都か」

 

不意に声をかけられ、俺は足を止めた。やってきたのは同室の倉持さんだった。その後ろには、一目でタダ者ではないと分かるオーラを纏った先輩たちが続いている。

 

「哲さーん、純さーん、亮さーん。コイツが俺たちの部屋に入ってきた新人です。ほら佑都、てめぇ早く挨拶しろ」

 

促されるまま、俺は居住まいを正した。腹の底から声を出す。

 

「平野坂中出身、水野佑都です! 呼び方は名字でも名前でも構いません。よろしくお願いします。ポジションは、投手以外ならどこでも守れます!」

 

品定めをするような鋭い視線が突き刺さり、背中にじわりと冷汗が流れる。まず口を開いたのは、主将の結城さんだった。

 

「ほう……監督の言っていた例のルーキーか。確かにデカいな。俺は青道高校主将の結城哲也だ。水野、よろしくな」

 

東京都の球界でその名を知らない者はいない四番打者。静かな佇まいだが、内側から溢れ出す強者の風格に圧倒されそうになる。

 

「伊佐敷純だ。副キャプテンをやってる。水野、ここに来たからには覚悟しろよ」

ぎろりと睨みつけてきた伊佐敷先輩は言葉こそ荒いが、その瞳の奥にはどこか温かさがあるような気がした。

 

「俺は小湊亮介。よろしくね。あ、今年弟が入ってきたから、俺のことは下の名前で呼んでよ、佑都くん」

 

ニコリと微笑む小湊先輩。だが、直感的に悟った。この人は絶対に怒らせてはいけないタイプだ。

その後、俺は先輩たちの指示を仰ぎ、アップに必要な道具を手際よく準備した。その様子を見て、「なかなか気の利く奴だ」と先輩たちが顔を見合わせていたことには、まだ気づいていなかった。

全体練習が始まる頃、一年生たちはグラウンドに整列していた。190センチという俺の体格は、同級生たちの中でも異様に浮いているらしく、あちこちから「あのでかいの誰だ?」「まさか先輩じゃないよな」という囁き声が聞こえてくる。

やがて、重厚な足音と共に一人の男が姿を現した。

 

「静かに!! 礼!!」

 

結城さんの号令に、全員が直立不動で「チワッス!!」と声を張り上げる。青道高校野球部監督、片岡鉄心。その存在感は、それだけでグラウンドの空気を支配するほどだった。

 

「ふむ、ここにいるのが今年の入部希望者だな。私が監督の片岡だ。それでは左端から自己紹介を始めろ」

 

次々と名前が読み上げられていく中、俺は気になっていることがあった。ルームメイトの沢村栄純の姿が見当たらないのだ。

 

(まさか、遅刻なんてしてないよな……?)

 

そんな不安を抱えつつ、俺の番が回ってきた。

 

「平野坂中出身、水野佑都です! 目標は全国制覇、そして日本一の打者になりプロ野球に入ることです!」

 

周囲がざわついた。日本一の打者。そのビッグマウスを笑うような空気。だが、監督は動じず「次!」と促した。

その時だった。どこかから焦ったような声が聞こえてきたのは。声のした方を向くと、そこには意地悪そうに笑う御幸一也先輩と、嵌められたと言わんばかりの絶望顔をした栄純がいた。

 

「初日から遅刻とはいい度胸だな。おい小僧、練習が終わるまで走ってろ! あと、同室の者も同罪だ」

 

「はい!」

 

俺は反射的に返事をした。心の中で栄純に「この馬鹿野郎!」と叫びながら、俺たちの高校野球は、連帯責任のランニングから幕を開けた。

午前中の走り込みを終え、お待ちかねの昼食の時間。食堂に並んだ山盛りのおかずと、どんぶり一杯に盛られた白米を見た瞬間、俺の目は輝いた。

 

「これ、本当に全部食べていいのか……?」

 

頬をつねり、夢ではないことを確認する。今まで見たこともないようなボリュームの食事が、ここでは好きなだけ許される。

 

「うめぇ……! 素晴らしい……毎日こんなに食べられるなんて!」

 

涙ぐみながら一心不乱に米を掻き込む俺の姿に、周囲の部員はドン引きしていた。そこへ、倉持さんと御幸先輩が意地の悪い笑みを浮かべてやってきた。

 

「よお。さっきはやってくれたな、沢村? まぁ俺たちも器は狭くない。二人でどんぶり八杯食えば、今回の遅刻は許してやるよ」

 

栄純が一杯のどんぶりに青ざめているのを見て勝ち誇る倉持さん。だが、俺は違った。

 

「八杯ですか? それ以上食べてもいいんですか、倉持さん」

 

「……あ? ああ、まぁ、好きにしろよ」

 

倉持さんが怪訝そうに答えた瞬間、俺の箸が加速した。

 

「ごちそうさまです。いやあ、美味しいなあ。本当に幸せだ……」

 

横で死にそうになっている栄純から、ノルマの残りまで引き受けて平らげていく。その様子を眺めていた御幸先輩の顔から、余裕の笑みが消えていた。

 

「……おい洋。マジかよあいつ。顔色ひとつ変えずに九杯目だぞ。しかもまだおかわり欲しそうな顔してる」

 

「は? ……おい、嘘だろ。軟式上がりの特待生って、野球じゃなくて食い方のことじゃねぇだろうな」

 

結局、俺は栄純の分を含めて合計十杯のどんぶりを空にした。倉持さんは凍りついたように固まり、御幸先輩は俺という生物の底知れなさに絶句していた。

 

(⋯いい食べっぷりだな。水野ちゃん)

 

「増子さん、ここのは美味しいですよ箸が止まらなくて」

 

(分かるぞ、美味しいよな)

 

この時2人は握手を交わしその日を境に、俺と増子先輩は青心寮の食いしん坊コンビとして定着することになった。

二人の先輩たちが恐るべし水野佑都と密かに震えていたことなど、俺は知る由もなかった。

至福の時間は終わり、過酷な練習の幕が開く。しかし、水野佑都には練習の前に果たさなければならない筋があった。

 

「すいませんでした」

 

佑都は真っ直ぐに片岡監督を見据え、深く頭を下げた。午前中の遅刻に対する謝罪だ。監督はサングラスの奥の鋭い視線を崩さぬまま、重々しく告げた。

 

「水野……………次はないぞ」

 

その冷徹な言葉に、佑都は短く、決然と返した。

 

「肝に銘じます」

 

感謝よりも重い、自分自身への戒め。佑都はそのまま顔を上げ、午後のグラウンドへと向かう。

午後の練習。一年生に与えられた役割は、先輩方のプレーの見学だった。昼食であれだけの量を詰め込んだ直後だというのに、グラウンドに立つ先輩たちの姿に、一年生たちは戦慄した。胃が悲鳴を上げ、普通なら動くことさえままならないはずの状況で、上級生たちは吐き気など微塵も感じさせない凄まじい迫力で練習に打ち込んでいる。

特にレギュラークラスの選手たちは圧倒的だった。御幸の鋭い快音、倉持と亮介の異次元の二遊間、そして伊佐敷の放つレーザービーム。その光景の一つ一つが、見ている者に強烈な刺激を促していた。

だが、その凄まじさは新入生たちにとって絶望に近いものだった。圧倒的な練習基準を目の当たりにし、多くの新入生が「ここに来たのは間違いだったんじゃないか」と内心で後悔を募らせていく。

何より佑都の目を奪ったのは、キャプテン・結城哲也の打撃だった。その打球スピードは空気を切り裂き、他を寄せ付けない気迫に満ちていた。

 

(やっぱりこの青道高校は面白い……これを見られただけでも、ここに来て正解だった)

 

隣の沢村栄純は無理に詰め込んだ食事で限界を迎え、顔を青ざめさせていたが、平然としている佑都の精神と体力は、すでに同学年の枠を超えつつあった。

やがて、監督の号令が響く。

 

「よし、一年集合だ! これより希望ポジションに分かれてテストを行う!!」

その瞬間、死にかけていた栄純の目に光が戻った。しかし、非情にも監督の指が栄純を指差す。遅刻し、謝罪もなかった栄純に対し、監督はテストへの参加を認めなかった。

 

「部員として認めん。気に入らんなら二度と来なくていい」

 

突き放すような言葉に、栄純は声を絞り出し、真っ向から叫んだ。

 

「俺は、エースになるためにここへ来たんです! その気持ちだけは、ここにいる誰にも負けねぇ!!」

 

その叫びが静まり返ったグラウンドに響き渡る。片岡監督は無言のまま、サングラスの奥から射抜くような視線を数秒間、栄純に浴びせ続けた。張り詰めた沈黙が流れる。

やがて、監督は足元の白球を拾い上げると、無造作な動作から一転、全身をしならせて腕を振った。放たれた白球は矢のような弾道で空気を切り裂き、百メートル以上先のフェンスに一直線に突き刺さった。

 

「言葉はいらん。才能で語ってみろ。あのフェンスまで約90メートル。遠投であそこに届いたらテストを受けさせてやる。だが届かなければ、お前は即刻、投手を諦めてもらうぞ!」

 

投手としての進退を懸けた最後の一球。栄純は真っ直ぐに腕を振った。球は理想的な弧を描いて伸びていくが、フェンス直前で不規則に揺れて失速し、地面へと落ちた。

 

「全然届いてねーじゃん! 投手、クビ決定だな」

 

周囲からは嘲笑の声が上がる。片岡監督が冷徹に引導を渡そうとしたその時、佑都が監督の前に進み出た。

 

「すいません監督、待ってください!」

 

「水野、なんの真似だ」

 

「本来、沢村の遅刻はルームメイトの自分にも非があります。今たしかに彼は失敗しましたが、まだ投手として見限るのは早いと思います」

 

「……何故そこまでこの馬鹿者を庇う」

 

「ルームメイトが居なくなるのが嫌だからです。沢村の処分について、もう一度チャンスを与えてください。もし次も駄目なら、自分も同じ処分を受けます」

 

片岡は佑都の目をじっと見据えた後、低く告げた。

 

「……仕方無い、一度のみだ。水野、お前が投げろ。その覚悟、力で見せてみろ」

 

佑都はホームベースの後方へ下がり、全身のバネを指先に集中させた。

 

「おらぁあああ!!」

 

凄まじい咆咆と共に放たれた白球は、ベース上空を通過してもなお加速するような伸びを見せ、ガシャァン!!と、今日一番の衝撃音と共にフェンスを叩いた。

静まり返るグラウンド。佑都は監督を真っ直ぐに見据えた。

 

「……届きました。約束通り、沢村にも機会をお願いします」

 

栄純の投手失格は回避されたが、罰として当分の間の走り込みが命じられた。栄純が外周を走り続ける中、一方、もう一人目だった男が今日の話題を完全に掻っ攫っていった。水野佑都である。

佑都はその後、内野手、捕手、外野と、各ポジションのテストを次々とハシゴしていった。

特に三塁手の守備テスト。そこには、一年生の動きを値踏みするかのように、片岡監督自らがノックバットを握り立っていた。放たれるのは、現役を退いてなお衰えぬ鋭い打球。他の新入生が腰を引くような強襲ライナーを、佑都は吸い込まれるようなグラブ捌きで次々と処理していく。

 

「よし,ラストぉおおおおおお!」

 

監督が放った最後の一打は、ベース手前で急激に変化する難打球だった。グラブの先に当たり、わずかに弾かれたボール。しかし、佑都は即座に反応した。宙に浮いた白球を反射的に素手で掴み取ると、一塁へと矢のような送球を見せた。

片岡監督は、わずかに口角を上げ「……水野、サードはもういい。次へ行け」と告げた。

続く捕手テストでのキャッチングは、本当に最近硬式を触りだした者の佇まいか疑うほど堂に入っており、外野のテストでは地肩、そして他の者が追いつかなかったボールに追いつく足の速さ等、身体能力に関してはすべてが一級品であった。この圧倒的なパフォーマンスに、中学時代に硬式でやっていた他の新入生たちも、「とんでもない奴が来た」と理解せざるを得なかった。

練習が終わるまで一人グラウンドを走り続けた栄純に、佑都が歩み寄る。

 

「よぉ、お疲れ栄純」

 

「………………佑都、おれ」

 

「一先ず戻ろうぜ、これ以上遅くなる前にさ」

 

「そうだな」

 

その後は部屋に戻って飯を食った。今朝、佑都に食わせた分の丼が回り、栄純は一つ多く食べる羽目になった。地獄の食事を終え、部屋に戻る頃には栄純は完全にげっそりとしていた。

部屋には倉持がいた。佑都はふと気になっていたことを尋ねる。

 

「倉持さん、聞きたいことがあるんですけど良いですか? 増子さんって副キャプテンって聞いたんですけどレギュラーなんですか?」

 

倉持は真剣な表情で答えた。

 

「ああ。ただあの人は前の試合のエラーでレギュラーから外れた。今年がラストだから、今は部屋を出て素振りしてる」

 

いつもは自分たちをからかっている倉持が、真剣な顔で話すのを見て佑都は思った。

 

(三年生はラストチャンスか……)

 

「そうですか。自分も自主練してきます」

 

「おいおい、今日あれだけ動いてまた自主練かよ? お前持たなくなるぞ」

 

「これぐらい大丈夫っす。いつもこのぐらいは動いてたんで問題ないっす」

 

そう告げて佑都は部屋を出た。残された室内で、倉持は転がっている栄純を絞め上げ

た。

 

「ギャアアアアア!」

 

「沢村、今回主にお前が悪かった。俺たちもお前を遅くまで付き合わせたのは悪かったけど、今度から遅れんなよ。あと聞いた話だと、佑都に助けてもらって野球部の一員としては認められたらしいな? だけどお前、そんなんでいいと思ってないよな?」

 

「え? いきなり、なんだいたたた……」

 

「いいか、増子さんはたった一つのエラーでレギュラーから外れた。三年で後がなくて、今はああやって自主練してる。お前にはまだチャンスがあんのに勝手に落ち込んでんじゃねぇ。大体なぁ、自分自身の力で乗り越えないでどうすんだ?」

 

「んなこと、言わなくたってわかってるっすよ」

 

「分かったらその悪い口を直せ! 頭冷やしてこい!」

 

倉持はにっこりと笑い、絞め技に力を込めた。悲鳴を上げる栄純を見送りながら、倉持はふと窓の外を見る。

 

(それにしてもこの馬鹿も馬鹿だが、あの野球馬鹿・水野は少し異常だな……)

 

素振りの為にバットを取り出して出ていく佑都の前に正捕手の御幸一也が現れた。 

「ちわっす御幸さん」

 

「あんまり固くなるなよ。お前、凄いな、圧倒的トップだってよ。これなら一軍に呼ばれるのもそう遠くないんじゃないか?」

 

「……ありがとうございます。なんというかやる事やっただけなんで」

 

「謙遜するかよ。………所で聞きたかったんだが何であいつの事で啖呵切って庇ったりしたんだ?」

 

「あの時の受けてた貴方なら気付いていたと思いますが、単純に庇ったのはあいつに期待してるんです面白いから。」

 

(ああ、コイツも気付いていたのか。これは……)

 

「ははっ、言うね。……これから捕手としてやるなら負けねえよ。当然あいつの面白さに気づいてるんなら手加減とか絶対しないからな。じゃあなゴールデンルーキー」

 

「望むところです。俺も、退く気はありませんから」

 

その夜、上級生たちの部屋には伊佐敷、亮介、倉持、増子らが集まっていた。そこへ、練習を終えた御幸が顔を出す。

 

「遅れてすいません」

 

「おう、御幸か。お前、今日の一年生の騒動、近くで見てたんだろ?」

倉持が声をかけると、御幸は不敵な笑みを浮かべて椅子に腰掛けた。

 

「ええ。あんなに堂々と監督に啖呵切る新入生、初めて見ましたよ。それだけじゃなくて、今日の一年生テスト、水野が圧倒的な大差でトップだったらしいですね」

 

「……フフ、面白いじゃない。少しは楽しませてくれるのかな」

 

小湊亮介が目を細める。その隣で伊佐敷が鼻を鳴らした。

 

「ケッ、一軍がそんなに甘いわけねーだろ! 少なくとも今は都大会中だ。今は動かねえんだよ!」

 

「まあまあ。でも亮介さん、あいつの守備を見てると、こっちに来るの相当早そうですよ」

 

「そうなると……関東大会前なら確実に上に上がってレギュラー争いに食い込んできそうっすね」

 

倉持の言葉に、キャプテンの結城哲也が重々しく口を開いた。

 

「どのみち、奴が上がれば監督はポジションをどこか空ける可能性があるな。……だからといって、変なことはするなよ。実力がある者が上がる。それがこのチームの鉄則だ」

 

結城はそう言い残すと、日課の素振りのために部屋を出た。

夜の闇の中、結城が目にしたのは、一心不乱にバットを振る佑都の姿だった。

 

「水野、何をしている」

 

「素振りです。早く一軍に上がりたいので。他人より練習しないと、追いつけないので」

 

昼間のテストであれだけの結果を出し、話題を独占した男が、誰に見られるでもなく自分を追い込んでいる。結城は、この誰よりも真っ直ぐな後輩に対して自分のできることをしてあげようと決意した。

 

「……来い」

 

結城は短く告げると、佑都の隣に立ち、共に空気を切り裂き始めた。

翌日、入学式を終えた後、高島礼が監督に報告を入れる。

 

「総合トップは、文句なしで水野君です。一軍に上げますか?」

 

片岡監督は、夕日に染まるグラウンドをじっと見つめていた。

 

「……いや、まだだ。今は春の大会、上級生の力を確認するのが先だ。今はまだ、その時ではない」

 

片岡は何かを思い出すように遠くを見つめる。その横顔には、厳しい仮面の下に、かつての自分と同じように夢を追う若者たちへの微かな期待が滲んでいた。

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