動画工房産のアニメを見て思いついたクロスオーバーとなります。

前編・後編となりますので、どうかご了承下さい。

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前編『ジムに行ってみる?』

 

とある休日、とある一件のお宅。そのお二階に、一人の見目麗しい幼女がベッドの上で漫画を読みつつ寝転がっておりました。

 

「ぷっ……あはははっ、おかしー!」

 

幼女の名は高梨ミーシャお嬢様。

 

色白で金髪で青い瞳がまるで冬の大地に舞い降りた天使のような、そんな華憐極まりない完璧美幼女!……なのですが、最近少し気になる事が。

 

それは……運動不足!

 

「なにこれー、馬鹿じゃねーの!あっはははは!」

 

彼女の食事はほぼ全てこのお宅で雇われているメイドが作っているので、食事バランスは完璧。育ち盛りの幼女の健康面は問題ないのですが、そこはやはりまだまだ子供。お菓子を食べてしまうのも無理はありません。

 

しかし、最近は特に食べ過ぎの気があるのです。

 

メイドが丹精込めて生地から作った特製ショートケーキ以外にも、市販のポテチなどカロリーお化けなお菓子を、それはもう次から次へと。

 

これで少しは運動などしていればまだ良いのですが、その気配はまるでなし。今日も今日とて朝食後すぐにベッドにごろん。ゲームと漫画を堪能しておられます。

 

「あっははは……はは………はぁ」

 

このままでは可憐な美幼女が、まん丸ぷくぷくのチェ〇ラーシカみたいになってしまう!

 

美幼女の損失は世界の損失!この未曾有の危機に立ち向かうべく、メイドは今こそ立ち上がりますっ!!

 

「という訳でっ、一緒にジムに行きましょう!!お嬢様っ!!」

 

「あーもう、さっきからうるせーっ!このウザメイドォーーー!」

 

なにはともあれ。

 

こうして眼帯のメイドと金髪美幼女……鴨居つばめと高梨ミーシャは、銀色のオブジェが眩しいジムへと行くのであった。

 

 

 

 

 

同じ日、某アパートにて。

 

一人のサラリーマンと一人のケモ耳幼女が、同じ部屋の中にいた。……はい、大丈夫です。別にこれは犯罪的なアレではありません。

 

何せこのケモ耳幼女、実は御年八百歳の神使の狐―――その名も“仙狐”という。

 

一人称は“わらわ”、語尾に“~のじゃ”、口癖は“うやん”。……と、属性てんこ盛りな彼女は世話好きであり、このサラリーマンは今まさに世話をされているという訳である

 

男は中野玄人という。ブラック企業勤めで心身共に疲労の極みにあった彼は仙狐さんのかいがいしいお世話によって、こうして休日でも朝早く起きられるまでに回復していた。

 

回復はしていた、のだが……。

 

「むぅ……」

 

「よっと……って、どうしました?仙狐さん」

 

いつもお世話になりっぱなしでは悪いと思い、中野は洗濯物を干すのを手伝っていた。仙狐さんが手渡し、中野がそれをハンガーに通し、物干し竿に掛ける。そんな具合だ。

 

その時、ふと仙狐さんが目を細くして中野の方を見てきた。正確に言えばその腹部を、だ。

 

「……お主」

 

「は、はい?」

 

「前々から言おうとは思っておったのじゃが……少し太ったかの?」

 

「え゛っ!?」

 

ガーン!と衝撃に青ざめる中野。思わず手に持っていたハンガーを取り落としてしまう。

 

「え、そ、そんなに俺、体形変わりました!?」

 

「いや、そこまで丸くなってはおらんのじゃが、どうにも少しのぅ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

思わずガクリと首を下り項垂れる。

 

確かに仙狐さんが来てからというもの、毎食きちんとしたご飯を作ってくれている。以前のようなカップ麺漬けの不健康生活からは完璧に脱却出来ていた。

 

しかし、だからと言って運動しなければ、その分の栄養は身体に蓄積され続けてしまう。なまじ仙狐さんの手料理は逸品であり、つい食べ過ぎてしまうのだ。

 

ランニングでも始めるか、と思うも、どうしても苦しいという気持ちばかりが先走る。そんな中野を不憫に思い、仙狐さんもなにか良い案はないかと首をかしげる。

 

「………うやん!」

 

と、その時だった。

 

何かを思いついたらしい仙狐さんは部屋へと戻ると、机の上に置いてあったチラシの束の中からあるものを引っ張り出して来た。

 

「お主よ、これを見るのじゃ!」

 

「はい?」

 

のろのろと顔を上げる中野。

 

彼の目の前に突き出されたチラシには、大きな文字でこう書かれていた。

 

『シルバーマンジム・入会金無料キャンペーン実施中!!』

 

 

 

 

 

それから数時間後。

 

ここは世界一のトレーニング設備を誇る『シルバーマンジム』。現役トップビルダーやプロ格闘家も多く在籍する、まさしく筋肉の殿堂である。

 

本日、そこに二組の見学者がやって来た。

 

「着きましたよ、お嬢様!」

 

「暑いー、だるいー……なんで私がこんな目に……」

 

一組は眼帯の女性、つばめと金髪美幼女、ミーシャ。

 

つばめはバッキバキの腹筋を剥き出しにしており、服装もプロ仕様。見るからにアスリートか格闘家と言った格好をしている。

 

一方でミーシャは学校の体操着をそのまま着ており、やる気のない(というよりも覇気のない)顔で全力でダレていた。

 

「着いたのじゃ!」

 

「仙狐さん、結構積極的ですね……」

 

もう一組は頭に手拭いを巻きつけたジャージ姿の仙狐さんと、同じくジャージ姿の中野である。

 

仙狐さんは上着を腰の辺りで縛っていて、尻尾を見えないようにしている。したがって上は半袖のTシャツ姿だ。

 

中野のジャージは普段着をそのまま使っており、やや毛玉がくっついた悲しい見た目をしている。きちっとしたトレーニーたちで溢れる中、一人こんな格好の彼は早くも帰りたくなっていた。

 

見るからに浮いている四人。

 

彼らが来る日が、あるいは時間が少しでもずれていれば、間違っても出会う事はなかっただろう。

 

しかしそれは運命が許さないし、そうでなければ話が進まない。ついでに作者の妄想をこうして文字に起こした意味もない。

 

よって、彼らはここに邂逅を果たすのであった。

 

 

 

 

 

「はァッ!!?」

 

この時、鴨居つばめの心に電流が走った。

 

傍らにミーシャがいるにも関わらず、それとは関係なしに高鳴る鼓動。現在仕えているお嬢様を始めて目にした時と同じ衝撃が、彼女の全身を駆け巡っていた。

 

「む?」

 

ふと視線を感じたのか、その幼女は視線をつばめに向ける。

 

身長差から必然的に上目遣いとなり、つぶらな瞳が強調される。腰に上着を巻き付けるというわんぱくさを感じさせる恰好とは裏腹に、幼女から漂ってくる雰囲気はまさしく母性そのもの。

 

幼女と母性。相反する属性を兼ね備えた瞳に、つばめの理性は激しく翻弄される。

 

(ああ、駄目です!私にはお嬢様という方が!)

 

彼女の脳内で純白のワンピース姿のミーシャが涙目になりながら『行かないで、つばめ!』と引き留めようとする映像が流れる。そんな事は絶対にないが。

 

現にミーシャは身悶えるつばめを、汚物を煮詰めた鍋でも見るような目で、つまりはいつも通りの目で見ている。そうとは知らずにつばめは脳内葛藤の末、どうにか言葉を絞り出した。

 

「こっ……こんにちはぁ……!」

 

目移りしてはいけない。でも、せめて挨拶だけでも!

 

その一心でかけた言葉に、幼女は―――――仙狐さんは。

 

 

 

「うやん。こんにちはなのじゃ!」

 

 

 

満面の笑顔で、こう応えた。

 

その反応に、つばめは。

 

「……ま……の………」

 

「ん?」

 

「む?」

 

「はい?」

 

訝しむミーシャ、仙狐さん、中野。

 

それにすら気付かず、つばめは遂に―――――。

 

 

 

「まさかのっ、のじゃ系幼女ぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっ!!?」

 

 

 

と。

 

シルバーマンジムの受付で、盛大な鼻血と共に愛を叫んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ぉぉぉぉ―――』

 

「きゃっ」

 

「うおっ、何だ?」

 

一方その頃。

 

シルバーマンジム、トレーニングルームにて、二人の少女が受付の方から聞こえて来た雄叫びらしきものに、肩をハネ上がらせていた。

 

少女たちの名前はそれぞれ紗倉ひびきと奏流院朱美。ひびきは見るからにギャルといった見た目で、反対に朱美は清楚なお嬢様という印象を与えてくる。

 

偶然同じ日にシルバーマンジムに入会する事になった二人はその後仲良くなり、今では一緒にジム通いをする程の仲だ。そして朱美は筋肉に対する情熱が尋常ではなく、彼女が暴走するたびにひびきは若干引いてしまっている。

 

それでも仲が良い事には変わりがない。今日も今日とて休日にも関わらず午前中からジムに来た二人は、それぞれダンベルを両手にカールをやっていた。

 

上腕二頭筋を鍛えるこのトレーニングで軽くアップをしていたひびきと朱美。そんな中、突如として耳に入って来た雄叫びに、ダンベルカールの手を止めてしまう。

 

「どうしたんだい、二人とも」

 

「あっ、街雄さん」

 

そこへやって来たのは青いジャージを着た好青年。名前を街雄鳴造という。

 

このシルバーマンジムに務めている彼は、現在彼女たちのトレーナーをしていた。ここへ来るたびに筋トレについての知識が増える事は良いのだが……彼には少し困った癖がある。

 

まぁ、そこは置いといて。

 

ひびきはかくかくしかじかと、今あった事をそのまま街雄に伝える。

 

「うーん、受付の方から変な声が、ねぇ」

 

「そうなんですよ。なんか気味が悪くって……」

 

なにか起こっているのではないか、と心配するひびき。

 

しかし街雄はいつもの穏やかな顔のまま、彼女の言葉にこう答える。

 

「そういえば今日、新しく見学にくる人たちがいるって聞いたなぁ」

 

「えぇー、まさか街雄さん、その人たちの声だって言うんですか?」

 

それはないだろう、とひびきは手を振って否定する。

 

どこの世界に受付で雄叫びを発する見学者がいると言うのか。そんな漫画やアニメじゃあるまいし、と苦笑いすら浮かべてしまう。

 

「はっははは、僕も本気で言っている訳じゃないさ。ただ可能性として―――――ッ!?」

 

と、その時。街雄の表情が凍り付く。

 

いつもの穏やかな表情を崩し、急にシリアスな顔つきになった街雄に、ひびきは動揺しながらも何が起こっているのかを尋ねた。

 

「ま、街雄さん……?」

 

「ひびき!」

 

同時に、朱美も何かを感じ取ったように冷や汗を流し始める。見れば周りのモブマッチョたちでさえもが、地震の予兆を感じ取った犬のように固まっているではないか。

 

いよいよ何が起こっているのか分からなくなるひびき。そんな彼女に、街雄はようやく口を開いた。

 

「僕の大胸筋が何かに反応している……この強烈な肉のプレッシャーは、まさかサー……いや、そんな事は……!?」

 

「いや肉のプレッシャーってなんだよ!?ってかサーって誰!?」

 

刻一刻と強くなっていく肉圧。それを唯一感じ取れないひびきも、周囲の者たちが視線を向けている先へと顔を向けてしまう。

 

「い、一体何が来るって言うんだよ……!?」

 

やがて、扉のガラスに人影が見えた。

 

大人と同じ身長が二つ分、子供らしきものが二つ分。計四つのシルエットが近付くにつれ、モブマッチョたちもマチョザワマチョザワし始める。

 

「ひびき……来るわ」

 

「お、おう……!」

 

隣に立っている朱美が、ゴクリと喉を鳴らす。街雄も無言となり、この強烈な肉圧を与えてくる者は誰かを見極めんとしている。

 

そして―――――時は来た。

 

開け放たれる扉。

 

差し込む後光。

 

朱美も、ひびきも、そして街雄すらも。

 

この場にいた全員が、同じ思いを共有した。

 

 

 

「さぁ、お嬢様!そして仙狐様!一緒にトレーニングをいたしましょう!!」

 

 

 

『神を感じた』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は少し遡る。具体的にはつばめが鼻血を出して愛を叫んだ辺りから。

 

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 

目の前の女性がいきなり奇声を発しながら鼻血を出すと言う特殊な状況に直面した中野は、狼狽えながらもつばめの心配をした。

 

「あ、あー、大丈夫です。こいつの悪い発作が起きただけですから!」

 

が、それは隣にいたミーシャによって遮られる。倒れたつばめを無理やり起こそうとする彼女は、顔に似合わない乱暴な口調で強引にも立ち上がらせようとしていた。

 

「おいっ!さっさと起きろ!ジムの人たちに迷惑だろ!」

 

「はぁん、お嬢様ったら強引な……でもそこがすごく良い……!」

 

が、つばめは女性にしてはかなり筋肉質な方。脂肪よりも筋肉の方が比重は重い。そんな筋肉を鎧のように身に着けている彼女を起こすのは幼女の腕力では不可能な話である。

 

むきーっ!と怒りを露わにするミーシャ。いよいよ暴力に訴えてでも立ち上がらせようとした、まさにその時であった。

 

「これこれ、お主。怪我人にそう乱暴にするでない」

 

「へっ?」

 

二人の間に割って入って来たのは仙狐さんだ。

 

その手にはいつの間にやらポケットティッシュが握られており、彼女はそこからおもむろに一枚取り出す。それを裂いて器用に二つ分の栓を作ると、すっ、と優しい手付きでつばめの鼻へと差し込んだ。

 

「むぎゅっ」

 

「よし。これで少し安静にしておけば、鼻血も止まるのじゃ」

 

ぱんぱんと手を叩いて一仕事終えたとばかりの仙狐さん。同世代にしか見えない幼女のこの鮮やかな手並みに、ミーシャは怒りも忘れて見入ってしまっていた。

 

「お主よ、すまぬがこやつをそこの椅子まで運んでくれんかの?」

 

「ええ、俺がですか!?」

 

「わらわにやれと申すつもりか?まぁ、浮かせれば問題はないのじゃが……」

 

「あーっ、分かりました!分かりましたから浮かせるのは無しで!」

 

気が付けば怒りもどこかに行ってしまい、ハッとミーシャは我に返った。そしておずおずと、しかし意を決して、仙狐さんへと声をかけてみる。

 

「あ、あの!」

 

「うやん?」

 

中野と喋っていた仙狐さんがミーシャの方へと振り返る。たったそれだけの動作に、ミーシャは思わずたじろいでしまった。

 

つばめが来るよりも以前は引きこもりだったため、こういった場面で彼女はいつもの調子を発揮できない。しかし最近はそれも徐々に改善していっており、こんな状況であってもどうにか対応できるまでにはなっていたのだ。

 

「ご、ごめんね?このバカが迷惑かけて……」

 

「なに、気にする事はない。鼻血を出した者につっぺをするのは手慣れておる」

 

「え?何、つっぺ?」

 

「む?今はそう言わんのかの?」

 

傍から見れば幼女同士が話し合っているように見えるが、仙狐さんは八百歳の超大人である。

 

現代っ子との所謂ジェネレーションギャップがばれてしまう前に、中野は多少強引にでも話題を逸らせようと考えた。

 

「えっと、ところでお嬢ちゃん、お名前は?」

 

「あ、はい。高梨ミーシャって言います。……あとこの変態はウチのメイドのつばめです……」

 

「あ、あははは。俺は中野玄人、気軽に中野さんとでも呼んでいいよ。そしてこちらが……」

 

ナチュラルに人を変態呼ばわりするミーシャに若干引きつつも、中野は自身の自己紹介を終え、次いで仙狐さんの紹介へと移る。

 

仙狐さんはうむ、と頷くと、笑顔で自己紹介を始めた。

 

「わらわは仙狐という。よろしくの、ミーシャ」

 

「よっ……よろしく!」

 

この時、ミーシャに衝撃が走った。それは決して後ろで転がっている変態が抱いたような邪なものではない。

 

衝撃の理由。それは名前呼びという、友達同士がする事を仙狐がいとも容易くやってのけたからである。

 

(ど、どうする私!?こっちも仙狐ちゃんって言うべきか?いや、いきなりちゃん付けはキモいと思われる?さん?さん付けが正解なのか!?それともわしわしみたいにあだ名が良い!?あーもう何も分からない!!)

 

遂には頭を抱えてうずくまってしまうミーシャ。ぐぬぬぬと表情を急変させた彼女に、仙狐と中野はどうしたのだろうかと顔を見合わせる。

 

「お、おいミーシャ。お主、大丈夫か?」

 

脳内が混乱の極地にあるミーシャを心配する仙狐さん。またしても名前呼びされてしまい、どう返して良いのか進行形で分からなくなる。

 

そして、ぐるぐると目を回していた彼女が行き着いた答えが……。

 

「う、ううん!全然大丈夫だよっ、“せっちん”!!」

 

「「 雪隠(せっちん)!? 」」

 

コレであった。

 

哀れ、ミーシャ。

 

 

 

 

 

――――――――――

・雪隠【せっちん】

 意味:(かわや)、便所の事。

――――――――――

 

 

 

 

 

「ほんっとうにごめんなさいっ!!」

 

「うやん、気にするでない。間違いは誰にでもあるのじゃ」

 

数分後。

 

“せっちん”の意味を中野から教わったミーシャは、それはそれは見事な土下座と共に仙狐さんに謝罪の言葉を送っていた。

 

勇気を出して口にしたあだ名が、まさか便所を意味する言葉であったとは夢にも思わなかったのだ。意図せず相手を傷つけてしまった事に彼女は心底落ち込み、仙狐さんとも目を合わせられないでいる。

 

(あんな事言っちゃって、本当は怒ってるよね……)

 

本心では怒っていると思い込んでいるミーシャは、嫌われる事を認めたくないという一心で頑なに顔を上げようとしない。あまりにも頑固なその姿に、大人である中野すらも困り果ててしまっている。

 

「うーん、ここまで頑なだとは。どうしましょう仙狐さん……仙狐さん?」

 

しかしそこは神使の狐、仙狐さん。十にも満たない子供の扱いはお手の物である。

 

仙狐さんはミーシャに近付くと、そのまま無言で頭を撫でたのだ。

 

「っ!」

 

「ミーシャは優しい子じゃのう」

 

まるで母が子にそうするかのように、仙狐さんはミーシャの頭を撫で続けながら、ゆっくりと言い聞かせるように語りかける。

 

「わらわはちっとも怒っておらぬよ。さっきも言うたが、間違いは誰にでもあるのじゃ。じゃから気にする事はない」

 

「……本当に怒ってない?」

 

「本当じゃ」

 

「本当の本当に?」

 

「本当の本当じゃ。疑り深いのう」

 

仙狐さんの懸命な呼びかけに、遂にミーシャも顔を上げる。

 

子供らしい年相応の確認の仕方に、仙狐さんは眉を八の字にして苦笑を浮かべたが、すぐに元の笑顔に戻った。

 

「それでは、改めて自己紹介といこうかの。わらわは仙狐という、よろしくなのじゃ」

 

「わっ、私はミーシャ!高梨ミーシャ!」

 

「うやん。ミーシャじゃの、確と覚えたのじゃ」

 

「………!!」

 

ぱぁ、とミーシャの顔に満面の笑みが花咲く。実に微笑ましいこの光景に、中野も釣られてつい笑みを零してしまった。

 

(流石は仙狐さん。敵わないな……)

 

気難しい現代っ子が相手でも動じる事なく動けてしまう仙狐さんを、素直に凄いと思う。

 

そんな良い雰囲気が漂っていたのだが……三人はここでふと、何やら不穏な空気を感じ取った。

 

「ん?」

 

「うやん?」

 

耳を澄ませば聞こえてくる小さな声。それは三人のすぐ近く、具体的には今も床に倒れている、鼻血を出した女性の方から聞こえてきていて………。

 

「……尊い……尊い……尊い……!」

 

果たして、その正体はつばめであった。

 

いつの間にやら意識を取り戻していた彼女は胸の前で両手を合わせた状態で、涙を流しながら同じ言葉を連呼していた。

 

その異様な姿に中野も、そして仙狐さんまでもがぎょっと驚き、たじろいでしまう。唯一動けたのは、このような奇行にすっかり耐性が付いてしまったミーシャただ一人である。

 

「幼女と幼女の友情の芽生え……あぁ、なんて尊い……っ!」

 

「せっかくの思い出にキモい色を加えるな、このロリコン!!」

 

「あぁんっ!!」

 

ばしぃ!!と容赦なくつばめの顔面をぶっ叩くも、鍛え上げられた肉体を持つ彼女には全くのノーダメージ。

 

それどころかその衝撃で完全に覚醒したつばめはシュバッ!と起き上がると、仙狐さんと中野へ深々と頭を下げ始めたではないか。

 

「お見苦しいところをお見せいたしました。わたくし、高梨家のメイドを務めております、鴨居つばめと申します。以後、どうかお見知りおきを」

 

「は、はぁ……」

 

鼻血を出した筋肉マシマシな女性が礼儀正しく自己紹介し、しかもメイドであると言う。余りにも多いツッコミどころに対し、中野は曖昧に頷く事しか出来ない。

 

そして当の本人であるつばめは、ギンッ!と、その鋭い眼光を仙狐さんへと向ける。

 

「時に、仙狐様」

 

「わ、わらわか?」

 

「はい、あなたです」

 

有無を言わせぬその眼差しに固まってしまう仙狐さん。

 

つばめの恐ろしいところは、どんなに変態的な事を言っている時でも真剣な表情を崩さずにいられるところだ。それによって相手は逃げる事すら出来ずに、ずるずると彼女の言う通りになってしまう。

 

「よろしければ今度、わたくしの作った服を着て頂いても……」

 

「させるかぁーーーーーっ!!」

 

ミーシャ以外は。

 

気付けば手さえ握っていたつばめの後頭部を、これまたいつの間にか手にしていたハリセンで思いっきりぶっ叩く。

 

すぱぁん!と良い音が響き渡り、ミーシャは仙狐さんの手を取ってつばめ(変態)から守るかのように距離を取った。

 

「せんちーに触るな!お前はもう魔境に帰れ、今すぐに!」

 

「せんちー!?それはわらわの事かの!?」

 

「ご安心を、お嬢様!きちんとお嬢様の分もご用意いたします!!」

 

「お主は論点ずれてないかのう!?」

 

そうして始まる大騒ぎ。

 

シルバーマンジムの入り口ど真ん中で繰り広げられる乱痴気騒ぎに巻き込まれた中野は、くたびれたジャージ姿のまま思う。

 

(なんだか、運動する前から疲れたなぁ……)

 

 



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