支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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1. 新しい条件

 ふと気づくと窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 一瞬ステップが乱れて、私は隣の黒澤(くろさわ)ダイヤとぶつかりそうになる。

 

「ほら、鞠莉(まり)、遅れてるよ」

 

 拍子を取っていた松浦(まつうら)果南(かなん)が手を止めた。私はちょっと失敗しちゃった、というようにダイヤとみんなに苦笑してみせる。

 遅くまで練習できるようにと借りた沼津駅近くの施設で、今日もAqours(アクア)は練習を続けていた。

 

「流れは一通(ひととお)り確認したし、ここでちょっと休憩しようか」

 

 果南の言葉に私たちは力を抜いた。

 フォーメーションを解いて、私はさりげなく自分の荷物のそばへ移動する。

 

「ふああ、疲れたあ」

「ちょっと体、なまってるんじゃない、ずら丸?」

「そんなことないずら!」

 

 みんなはペットボトルから水を飲んだり、おしゃべりしたりといつも通り。でもどことなく、ぎこちない空気が(ただよ)っている気がした。

 

 無理もない。

 夏休み、失意の東海地区予選敗退。新学期になり次回のラブライブ!への決意を新たにしたとはいえ、浦の星女学院の行方(ゆくえ)はまだわからなかった。学校説明会は開催されるか不明で、このままでは廃校の可能性が濃厚。Aqoursとしてなにをしたらいいのかもわからない。とりあえずラブライブ出場という目的があるだけで――。

 

 でも私は、まだマシなのかもしれない。少なくとも誰よりも能動的に動くことができるし――それが私の役目なのだから。

 

「鞠莉さん、大丈夫ですか?」

 

 そんなことを考えていた私の顔を、ダイヤが(のぞ)き込む。

 

「ええ、ノープロブレムよ」

 

 あわてて笑顔を作ってそう答えると彼女も微笑んだ。私はボトルから水を飲むふりをして、かたわらに置いてあったスマートフォンをちらっと眺める。

 

 きっと、もうそろそろだと思うのだけれど――。

 

 まるで待ち構えていたかのように着信音が鳴り始めた。

 私はダイヤとみんなに(ことわ)ってスマートフォンを手に部屋の外へ出る。

 静かな、でも重い音を立てて背後でドアが閉まった。通路の抑えられた照明のなか、画面が輝く。

 

 私はごくりと(つば)を飲み込んでから、受話ボタンをタップした。

 

        ・

 

「パパ……?」

 

 パパには昨日、メッセージを送っておいた。ニューヨークとの時差を考えると、きっと仕事へ行く前に電話をくれたのだろう。

 

『鞠莉、元気にしてるか?』

 

 いつも通りの声。私が危惧(きぐ)していたような(けわ)しさはなくて、すこしだけほっとする。

 

「ええ、それなりにね。パパは?」

 

 身体的には元気そのもの。でも精神的にはとてもそうはいえない。だから、それなりといったのだけれど。

 

『まあ、それなりだな』

 

 面白く思ったのかパパは私が選んだ言葉を繰り返した。

 私は話しながら、施設の通路をフロアの隅のほうへと歩く。万が一にも誰かに聞かれないように。

 

「ママは元気? 今、一緒なのかしら」

『あいかわらず元気さ。今朝、イタリアへ()ったよ』

「そう」

 

 それは朗報なのだろうか。ただ、少なくとも次の話題は出しやすくなった。

 

「それで、メッセージにも書いたけど……」

『ああ。予選の動画は見せてもらった。その……』

 

 めずらしくパパが言葉に詰まる。

 

『よかったと思うぞ』

「ありがと」

 

 地区予選のライブを見てくれたことに、そしてそっけないけれど称賛の言葉に、嬉しくなる。

 

「優勝は、できなかったけどね」

『いや、鞠莉は十分がんばったさ』

 

 十分。どういう意味だろう。もくもくと不安の雲が心に()くけれど、私は頭を振って本題に入る。

 

「優勝はできなかったけれど、私たち、ここまで来れた。だから、きっと入学希望者も増える。廃校についてはもうすこし待ってほしいの」

 

 パパは無言。

 

「……入学希望者も十人を超えたわ。このまま行けばもっと増える。せめてあと三か月――」

『鞠莉』

 

 重い声に私はなにもいえなくなる。

 

『この前も連絡しただろう。それだけでは廃校を(くつがえ)すことはできない、と』

「でも、ここまで来たのよ。ここまで」

 

 そう、すぐそこだったのだ。一瞬、つかみかけた輝き。それをつかんでいたらいまごろは――。

 そんな想いを(ふたた)びパパの言葉が断ち切る。

 

『たった十人。廃校は決まりだ』

「そんな……」

『……そう、ママはいっていたよ』

「ママが?」

 

 やはりママは浦の星の廃校を(のぞ)んでいる。いやむしろ私がスクールアイドルを続けるのを快く思っていなくて、間接的に()めさせようとしているのだ。

 でもパパがわざわざ、そんなもってまわった言い回しをするということは――。

 

『ああ。だから、私たちで話しあった。ママは、鞠莉たちにもう一度だけチャンスを与える、ということで同意してくれたよ』

「……ありがとう、パパ」

 

 私の胸に安堵が広がった。もしこの場にパパがいたら間違いなく、果南仕込みのハグをしていただろう。

 

『ただ、ふたつ条件がある』

 

 パパは続けた。もちろん一筋縄では行かないということだ。

 

『ひとつは年末の入学説明会までに、入学希望者を百人、集めること』

「百人? 十人集めるのだって難しかったのに、そんなの無理……」

『それじゃ、諦めるかね?』

「それは……」

 

 わかっている。どんな条件だって廃校よりはマシ。

 私は電話口でうなずいた。

 

「わかったわ。必ず集めてみせる。それで、もうひとつは?」

 

 むしろそちらのほうが大変、というのも十分あり得る。

 

『……ホテルオハラ淡島(あわしま)は最近、どうだね』

「えっ、特に変わりないと思うけど……」

 

 突然話題が変わり私は混乱する。

 ホテルオハラは全世界に宿泊施設を構えるホテルチェーンで、豪華な施設と、きめ細やかなおもてなしには定評がある――とされている。

 内浦(うちうら)の淡島にもホテルがあって、私はそこをいわば自宅として育った。

 

『最近、売り上げが伸び悩んでいるのは知ってるかね』

「そうなの? それは……大変ね」

 

 私は戸惑(とまど)いながら答えた。ホテル業にはいまのところ興味はないし、家業だからといって継ぐつもりもない。それはしっかりと両親に伝えてあった。

 

「……もしかして、ホテルオハラへ就職しろ、っていうんじゃないでしょうね」

 

 もし浦の星女学院の存続の条件としてホテルチェーンを継げ、といわれたら――相当、悩むことになりそうだ。

 

『いや、さすがにそれは()めさせたよ。その()わりに、これからの半年、ホテルオハラ淡島の経営に(たずさ)わってほしい』

 

 止めさせた――きっとママはそういったのだ。でも。

 

「経営って、どういうこと?」

『文字通りさ。支配人としてホテルを運営して、お客様をもてなし、利益を上げる』

 

 支配人? 高校生で素人(しろうと)の、この私が?

 

「……高校生がホテルの支配人って、無理があるんじゃないかしら?」

『浦の星女学院の理事長が、いまさらそんなことをいうのかね』

 

 面白そうにパパは話す。

 

『統合手続きが延期になれば、多少は余裕があるだろう』

「それは、そうだけど……」

『さすがにいきなり鞠莉が支配人になるのは無理がある。だから、表向きは副支配人という肩書きにしたよ。ただ、実際にホテルの方針を決めるのは、鞠莉だ』

 

 あまりの急展開に私が黙り込んでいると、パパは続ける。

 

『どうする、鞠莉?』

「……ちょっと待って。入学希望者が百人、というのはまだわかるわ。でも、ホテルと浦の星女学院にどんな関係があるっていうの。ちょっと不条理に過ぎるんじゃない」

『ママがいうには、オハラグループは学院を資金面でも支援している。もしオハラ淡島が閉館するようなことがあったら、それも自動的に打ち切られる、ってさ』

 

 ふむ、うまい理屈を考えたと思う。ホテルと学院は運命共同体ということだ。

 

 私は頭のなかでシミュレーションする。理事長に加えてホテルの支配人。多忙な半年になるだろう。しかし、ダイヤたちの力を借りることになるとは思うけれど、不可能ではないはず。

 

「やるわ」

『だろうな。そういうと思っていたよ』

「半年だから……卒業まででいいのね」

『ああ。ただし、もうひとつ条件付きだ。年末の入学説明会のときには、それまでの三か月の売り上げが、昨年を上回っていること』

「昨年を?」

『伸び悩んでいる、といっただろう。下回れば入学希望者の数に関わらず、入学説明会は中止だ』

 

 やはり一筋縄では行かなかった。単に支配人の立場にいるだけではなくて、()()()やらなくてはならないのだ。素人の私に可能だろうか。

 でも、ここで私が諦めたら――。

 

 Aqoursのメンバーの顔が思い出された。ちらりと背後を振り返る。あそこにいる彼女たちの未来。

 

 私はやれることをやるだけ。

 

「わかったわ」

『よし、それでこそ鞠莉だ。一円でも構わない。上回りさえすれば』

 

 パパは嬉しそうに話した。

 きっとパパは、これでもママから最大限の譲歩を引き出してくれたのだ。

 

「……ありがとう、パパ」

『まあ、あのライブ映像を見たら、ね』

 

 嬉しいような恥ずかしいような、不思議な気持ちで、私は数秒の沈黙を心地よく味わった。

 

『支配人の樫村(かしむら)さんに話は通してある』

 

 樫村さんのことはもちろん私も知っている。初老の男性で、私が物心ついたころにはオハラ淡島に勤務していた。

 

『従業員にも彼から伝えてもらう。きっと彼が力になってくれるはずだよ、鞠莉』

「わかった。帰ったら話を聞くわ」

 

 根回しもしてくれている、ということだ。

 

『うん。それでは鞠莉、健闘を祈る』

 

 私はもう一度お礼をいい、電話を切った。

 

 暗くなったスマートフォンの画面を見つめる。

 

 きっとパパなら――たとえ条件付きでも――期限を延ばしてくれる。そう思っていた。心のどこかに甘えがあったのかもしれなかった。

 それは事実だったけれど、条件は思いのほか厳しかった。

 

 千歌たちに偉そうなことをいう資格なんてないわね。

 

 そう思う。

 でも。

 本当ならもう廃校は決まっていたはずで、一縷(いちる)の望みがつながっただけでも幸せなのだろう。

 

「鞠莉さん?」

 

 背中からのダイヤの声にドキリとする。

 

「終わりましたか? 練習、そろそろ再開しますわよ」

「サンキュー、ダイヤ。ちょうど終わったところよ」

 

 あわてて笑顔を作った私にダイヤはもの問いたげな表情をする。私は電話の内容を伝えようか一瞬悩み、いったん保留にした。いまここで話したらホテルのことまで洗いざらい話してしまいそうだ。ダイヤにいらない心配をさせたくない。

 

「さあ、戻りましょ」

 

 私の言葉にダイヤはうなずく。窓の外では雨が降り始めていた。

 

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