「あっ、ルビィちゃん、こっちの服も可愛いね」
「うん、このブランドなら花丸ちゃんにも似合いそうだよ」
「マルよりも善子ちゃんじゃないかなあ。ね、善子ちゃん」
「だからヨハネよ。そうね、私はもうすこし黒っぽいほうが好みかしら」
放課後、沼津に向かうバスのなか。一年組が小さな声で、でも楽しそうに話していた。
花丸とルビィが広げている雑誌を、うしろの席から善子が
Aqoursは無事に予備予選を通過し、次の地区予選へとコマを進めていた。学校説明会も好評で、両方の効果だろう、入学希望者はぐんと増えた。それこそ百人も夢でないくらいに。
私たちAqoursも次の地区予選まで多少の余裕ができていた。
私としても余裕ができたのは素直にありがたかった。なにしろ学院存続のもうひとつの条件――ホテルの売り上げ――は依然としてかなり厳しかったから。
「そろそろ冬物が出始めるから、買い物に行きたいなあ」
「たしかに、マルも欲しい本が溜まってるんだ。毎日沼津に来ているのに、もったいないずら」
ルビィと花丸が話す。
あの日、曲を作ったときにも思ったけれど、本当に三人は仲がいい。浦の星女学院が廃校になり統合されたとしても、きっと統合先の高校で仲良くやるだろう。でも、可能なら学院を彼女たちに残したかった。
三人は声のトーンを落とし、私からは聞こえなくなった。
・
「はい、イチ、ニ、サン、シ! 千歌、ちょっと速いよ!」
果南の掛け声で一斉に動く。部屋の鏡に映る私たちは、ずいぶんよくなったと思う。それこそ前回のラブライブ地区予選よりもさらに。
「よし、じゃ私も入って、最初からやろうか」
地区予選まで時間があるとはいえ、私たちはほぼ毎日、沼津駅近くの施設での練習を続けていた。
基礎練習のあと、今までの曲をおさらいしたり次の曲のアイデア出しをしたりと、あっという間に時間は過ぎた。
やがていつものように、ルビィのスマートフォンがアラーム音を鳴らす。
「それじゃ、今日はここまでだね」
千歌が区切りをつけるように話した。
わいわいがやがやと着替えを終えたとき。
「あの、ちょっとお願いがあるずら」
花丸が私たちにいった。彼女の隣には善子とルビィ。
「なあに、花丸?」
果南が答える。
「こうやって毎日練習してるけど、たまには早めに終わりにする日を作ってほしいと思うんだ」
「うーん、早めに、か。練習がきついってことかな?」
「ううん、そうじゃないよ。それは大丈夫。でもせっかく沼津に来てるんだし……」
「すこしだけ、機会を生かしてもいいんじゃないかなって」
ルビィがいい添え、善子もうなずいた。
「うん、ありかも。どう、千歌ちゃん、梨子ちゃん」と曜。
「私もたまにならいいと思うな。食べ歩きとかしたいよね。
「それはちょっと違うけど。でも、練習がお休みの日、わざわざこっちに来たりもしてるわね」
二年生は乗り気なようだ。
「どうする、鞠莉、ダイヤ?」
私たちは顔を見合わせた。
練習量がものをいうことを私たちはよく知っている。それに果南もダイヤもわりとストイックなところがある。
とはいえ、たまにならいいだろう、と思う。一年生たちの気持ちはよくわかるし、私自身、沼津の街には最近出かけていない。また
「グッドアイデアじゃないかしら。それでも学院で練習するより、トータルの練習時間は長いと思うし」
私は花丸たちにウインクする。さて、ダイヤはどうだろうか。
「……そうですわね。どなたかもおっしゃっていましたわ。ときには休むことも大事だと」
意外にもあっさりダイヤは了承した。
「私も店の用事を片づけられるから、構わないよ。そのぶん週末に泳ぐ時間ができるしね。それじゃ、そうしようか」
果南が笑うと、一年生たちがわーっと
「まずは週に一日、一時間……じゃ短いかな。二時間くらいかな」
私はうなずいた。
「練習不足になったら、いつでも元に戻しますからね」
ダイヤは
・
その日の帰りのバスで、私はダイヤに聞いてみる。
「意外にあっさり、オーケーしたわね」
「ああ、練習時間の短縮のことですね。あのときに話した通りですわ」
「休みが必要、ってこと?」
うなずくダイヤ。
「ふーん、そう」
私が黙っていると彼女は続けた。
「……一年生たちを見ていて、多少は息抜きも必要かと思ったのです」
「なるほど」
まだあるでしょ、というように私は眉をあげて微笑んでみせる。
ふう、とダイヤは息を吐いて、続けた。
「今日、ああして花丸さんたちが話してくれました。もしかしたら、前から話したくて、話せなかったのかもしれない。そう思ったのです」
「イエス、それはあるかもしれないわね」
「はい。だから今回は、彼女たちのことを考えて。千歌さんたちも、鞠莉さんも果南さんも、反対ではないようでしたし」
私と似たようなことを、一年生との垣根がなくなったらいいのにということを、考えていたらしい。にこっとダイヤに微笑むと、彼女もほっとしたように笑みを返した。
「それに……」
彼女はじっと私を見つめた。
「息抜きが必要なのは鞠莉さんも同じです。しっかり休んでくださいね」
「はいはい、わかりました」
私は顔を
・
翌日。昨日の話の通り、練習は早めに終わりになった。オハラ淡島の連絡会の日なので、私もちょうどよかった。
果南は店の用事で行くところがあるらしい。二年生たちは三人で遊びに行く相談をしている。
「ねえ、ダイヤ。一年生に混ぜてもらいましょうか。私は、ちょっと早めに抜けなきゃいけないけど」
「だ、大丈夫でしょうか。私たちが一緒では、ルビィたちが楽しめないのでは……」
「そういうことをいっているから、いつまでもディスタンスが縮まらないのよ。……花丸、ルビィ、善子!」
私は三人に声を掛けた。
一緒に行きたいと話すと、三人は一瞬顔を見合わせてから、
「大歓迎ずら」
「うんっ!」
「仕方ないわね」
そう答えた。
私は控えめに三人についていった。ときどき口を
最初に行ったのは花丸行きつけの商店街の本屋だった。
着いて早々、花丸は目当ての本を探しに上の階へ行き、善子はオカルト本のほうへ消えた。ルビィとダイヤ、それに私は雑誌のコーナーへ向かう。
仲良くスクールアイドル雑誌を読むふたりを微笑ましく思いながら、私は売り場を歩いた。音楽雑誌でも買おうか。そう思いながらゆっくりと見ていると、ビジネス専門誌のコーナーに目が留まった。
漁業関係者向け、農業向け、飲食店や喫茶店などと一緒に、宿泊業界向けの雑誌もあった。
誌名は聞かなかったけれど、秦野が取材を受けたのもこのなかのひとつだろう。さすがにまだ掲載はされていないと思うが――あとで誌名を聞いて購入しよう。
今月号を購入していこうか。そう思って手に取り、ぱらぱらとめくる。
数か月前なら、内容はほとんどわからなかっただろう。でも今はそれなりに記事を理解することができた。
「鞠莉さん?」
背中からダイヤの声がして、私はあわてて振り向く。
「花丸さんが戻られたので、そろそろ次のお店に……あら?」
ダイヤは目ざとく気づいた。
「ホテルの雑誌ですか。珍しいですね、鞠莉さんが気にするなんて」
「たまたま目に入ったのよ」
私は雑誌を棚に戻した。ダイヤのもの問いたげな視線を無視して聞く。
「ダイヤはいい本、なにか見つかった?」
「ええ。ルビィが買うそうですわ」
彼女はにこりと微笑んだ。
花丸が、続けてルビィと善子もこちらへやってきた。
「鞠莉ちゃんは、なにか買うの?」と花丸。
「私は今日はいいわ」
そう答えた私の横の棚から、ルビィが一冊手に取る。
「へえ、こんな雑誌があるんだね」
「どれどれ……。わっ、このケーキ、おいしそう……」
「ちょっと、私にも見せなさいよ」
喫茶店向け専門誌だ。三人はしばらくあれこれいいながら、雑誌を覗き込んだ。
「これも悪くないわ。まるで天使の羽根のよう」
「おしゃれだねえ」
「鞠莉ちゃんのホテルのお菓子みたいずら……」
三人の顔がくるっと、期待をこめて私のほうを向く。高く評価されているのは嬉しいものだ。
「いつでも食べに来て。オールウェイズ・ウェルカムよ」
「わーい、といいたいところだけど、先立つものがないずら」
花丸が苦笑いしてルビィと善子がこくこくとうなずいた。
「仕方ないわね。可愛い後輩のためですもの、いつでもタダに――」
「鞠莉さん」
ダイヤにギラリという感じでにらまれた。
「……というわけだから、お
三人はがくっと肩を落とした。たしかに、ダイヤのいう通りあまり教育上は良くないだろう。
「ほらほら、時間が無くなりますわよ」
「はーい!」
ダイヤがいうと三人はあわてて雑誌を戻した。
ルビィが雑誌を買うのを待って、私たちは外に出る。
花丸はひさしぶりに本屋に来られたからだろう、晴れ晴れとした表情だ。ふと私は疑問に思い聞いてみる。
「花丸、今日は珍しく買わなかったのね?」
荷物が増えている様子がなかった。
「えへへ、宅配をお願いしたずらっ!」
花丸は胸を張ってそう答えた。
次にルビィの希望で服飾店に立ち寄り、私はそこで時間切れになった。
「それじゃ、また明日、学校でね」
ちょっと不安そうなダイヤと、花丸たちに手を振って別れた。
・
オハラ淡島の連絡会では売り上げが話題にのぼった。やはり横ばい状態が続いているようだ。
会が終わり私は樫村さんに聞いてみる。
「もしかしたら、うちのホテルで雑誌を取っていたりしますか?」
私は本屋で見かけた誌名を挙げた。
「ええ、定期購読しています。事務所のほうに置いてありますよ」
「ありがとうございます」
考えた通りだ。私は微笑むと樫村さんは話す。
「ご興味がおありなのですか?」
「ええ。なにかヒントになるかもしれないと思って」
「売り上げの件ですね。お嬢様、いえ鞠莉さんにはご心配をおかけし申し訳ありません」
「いいえ。むしろ私のほうに責任がありますから」
樫村さんは首を振った。
「鞠莉さんはよくやっていらっしゃいますよ」
「でも、ホテルの経営はあまり良くないんじゃ……」
「たしかに売り上げは伸びていません。しかし、客単価はむしろ上がっています。状況を考えたら悪くないですよ」
いったん言葉を切る樫村さん。
「ただ、売り上げとなると……なにか考えなくてはならないでしょうね」
私はうなずいた。あとで雑誌を確認しよう、と思う。
「雑誌といえば、鞠莉さんの前回の報告では、取材が来るということでしたね。ロイヤルアルダーで対応するとか」
「ええ、もう来たと思います」
私が取材対応を断ったことは伏せておいたので、すこし申し訳なく思う。
「そうですか。来月号には載るでしょうか。その記事も気になりますね」
樫村さんはにこりと笑った。たしかにそれは、間違いなかった。
・
翌日の朝、ダイヤと教室で会ったとき、私は昨日のことを聞いてみる。
「鞠莉さんとお別れするまでは良かったのですが……」
ダイヤは顔を
「そのあとは、引率の先生みたいになってしまいましたわ」
その様子はありありと想像できた。
「ドンマイ、ダイヤ」
彼女はふう、とため息をついた。
でもあとで一年生に聞いてみると、「楽しかったずら」「お姉ちゃんと一緒で楽しくないわけがないよ」「むしろダイヤさんを見ているのが面白かったわ」と目を輝かせた。
なんだかんだいっても好かれているようで、私は安心した。
・
数日後。練習に向かうためバス停でバスを待っていると、私のスマートフォンに着信があった。相手は樫村さんだった。
『お忙しいところすみません、鞠莉さん』
「いえ、大丈夫です」
私はみんなに聞かれないようにすこし離れる。
『いま内浦の組合長さんから連絡がありまして、ちょっとお願いしたいことがあると』
「お願い?」
『はい。イベントに手伝いが欲しいそうです。私がお答えしてもよかったのですが、最近、鞠莉さんが会合に出ていらっしゃいますので、いったんお
「わざわざありがとうございます」
私に聞いてくれるということは、多少、私のことを評価してくれているのだろうか。
『練習のあとで結構です。ホテルに戻られたら、事務所にお越しいただけますか。詳しいことはそこでお話しします』
「わかりました」
『よろしくお願いいたします』
私は電話を切った。
次の内浦での会合に、私は前回に続き出席することになっている。でもそれは来週で、それでは間に合わないということだろう。
練習を終えてホテルに戻り私は事務所へ向かう。
樫村さんと佐々木さん、それに二、三人のスタッフがいた。
「こんばんは、樫村さん」
「鞠莉さん。わざわざすみません」
彼は組合長さんからの話を私に伝えた。詳しいことはわからないが、今度の日曜、東京で
「遅くてもいいから連絡が欲しい、とお話しでした」
「かなり急な話のようですね」
「そうですね。私か誰かが行っても構いませんし、私からお断りすることもできますが」
「そうね……」
この前の取材依頼と似たようなものだろうか。
日曜日、練習の予定は入っているが逆にいうとそれだけだ。一日、休むことはできるだろう。
「基本的には私が行く方向で、いったん話を聞いてみます」
樫村さんはわかりましたと答え、電話番号を教えてくれた。
私は事務所の電話で電話を掛ける。
組合長さんの話では、県の観光課からの依頼とのことだった。ある程度、沼津の観光に詳しい人が欲しいらしい。
『なんでも、県のほうで急に別のイベントが重なっちゃって、そっちに人手が取られるらしくて』
私が「行けます」と話すと、彼はほっとした声で答える。
『すみませんね、鞠莉ちゃん。あとひとりくらい声をかけますんで、当日はその人と一緒にお願いします』
詳しくはということで、さらに私は県の観光課、担当者の電話番号を教わった。このあたり、メールやメッセージアプリではないのは大人の世界という感じがした。
電話を切ってあらましを樫村さんに伝える。
「鞠莉さんはお忙しくないですか?」
「いえ、一日くらいなら大丈夫です。なにかホテルの役に立つかもしれないですし」
「恐れ入ります。よろしくお願いいたします」
樫村さんは深々と礼をした。
翌日、私は観光課の担当者に連絡した。いくつかの地域が共同でそれぞれの魅力をアピールするイベントがあり、そこでの手伝いが欲しいと彼は話した。
パネルディスカッションや即売会など、いくつかの催事があるらしいが、なにをしてもらうかは当日まで不明、とのことだった。
イベント会場の場所、集合時間を教わり、私は若干の不安を覚えながら通話を終えた。
東京でのイベントということで楽しみなのは事実だが、いきなり