支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

10 / 30
10. 後輩たち II

「あっ、ルビィちゃん、こっちの服も可愛いね」

「うん、このブランドなら花丸ちゃんにも似合いそうだよ」

「マルよりも善子ちゃんじゃないかなあ。ね、善子ちゃん」

「だからヨハネよ。そうね、私はもうすこし黒っぽいほうが好みかしら」

 

 放課後、沼津に向かうバスのなか。一年組が小さな声で、でも楽しそうに話していた。

 花丸とルビィが広げている雑誌を、うしろの席から善子が(のぞ)き込む格好だ。

 

 Aqoursは無事に予備予選を通過し、次の地区予選へとコマを進めていた。学校説明会も好評で、両方の効果だろう、入学希望者はぐんと増えた。それこそ百人も夢でないくらいに。

 私たちAqoursも次の地区予選まで多少の余裕ができていた。

 私としても余裕ができたのは素直にありがたかった。なにしろ学院存続のもうひとつの条件――ホテルの売り上げ――は依然としてかなり厳しかったから。

 

「そろそろ冬物が出始めるから、買い物に行きたいなあ」

「たしかに、マルも欲しい本が溜まってるんだ。毎日沼津に来ているのに、もったいないずら」

 

 ルビィと花丸が話す。

 あの日、曲を作ったときにも思ったけれど、本当に三人は仲がいい。浦の星女学院が廃校になり統合されたとしても、きっと統合先の高校で仲良くやるだろう。でも、可能なら学院を彼女たちに残したかった。

 

 三人は声のトーンを落とし、私からは聞こえなくなった。

 

        ・

 

「はい、イチ、ニ、サン、シ! 千歌、ちょっと速いよ!」

 

 果南の掛け声で一斉に動く。部屋の鏡に映る私たちは、ずいぶんよくなったと思う。それこそ前回のラブライブ地区予選よりもさらに。

 

「よし、じゃ私も入って、最初からやろうか」

 

 地区予選まで時間があるとはいえ、私たちはほぼ毎日、沼津駅近くの施設での練習を続けていた。

 基礎練習のあと、今までの曲をおさらいしたり次の曲のアイデア出しをしたりと、あっという間に時間は過ぎた。

 やがていつものように、ルビィのスマートフォンがアラーム音を鳴らす。

 

「それじゃ、今日はここまでだね」

 

 千歌が区切りをつけるように話した。

 

 わいわいがやがやと着替えを終えたとき。

 

「あの、ちょっとお願いがあるずら」

 

 花丸が私たちにいった。彼女の隣には善子とルビィ。

 

「なあに、花丸?」

 

 果南が答える。

 

「こうやって毎日練習してるけど、たまには早めに終わりにする日を作ってほしいと思うんだ」

「うーん、早めに、か。練習がきついってことかな?」

「ううん、そうじゃないよ。それは大丈夫。でもせっかく沼津に来てるんだし……」

「すこしだけ、機会を生かしてもいいんじゃないかなって」

 

 ルビィがいい添え、善子もうなずいた。

 

「うん、ありかも。どう、千歌ちゃん、梨子ちゃん」と曜。

「私もたまにならいいと思うな。食べ歩きとかしたいよね。忙中(ぼうちゅう)(かん)あり、だっけ」

「それはちょっと違うけど。でも、練習がお休みの日、わざわざこっちに来たりもしてるわね」

 

 二年生は乗り気なようだ。

 

「どうする、鞠莉、ダイヤ?」

 

 私たちは顔を見合わせた。

 練習量がものをいうことを私たちはよく知っている。それに果南もダイヤもわりとストイックなところがある。

 

 とはいえ、たまにならいいだろう、と思う。一年生たちの気持ちはよくわかるし、私自身、沼津の街には最近出かけていない。また()いた時間でホテルのことをしてもいいだろう。

 

「グッドアイデアじゃないかしら。それでも学院で練習するより、トータルの練習時間は長いと思うし」

 

 私は花丸たちにウインクする。さて、ダイヤはどうだろうか。

 

「……そうですわね。どなたかもおっしゃっていましたわ。ときには休むことも大事だと」

 

 意外にもあっさりダイヤは了承した。

 

「私も店の用事を片づけられるから、構わないよ。そのぶん週末に泳ぐ時間ができるしね。それじゃ、そうしようか」

 

 果南が笑うと、一年生たちがわーっと()いた。

 

「まずは週に一日、一時間……じゃ短いかな。二時間くらいかな」

 

 私はうなずいた。

 

「練習不足になったら、いつでも元に戻しますからね」

 

 ダイヤは(くぎ)を刺すのを忘れなかった。

 

        ・

 

 その日の帰りのバスで、私はダイヤに聞いてみる。

 

「意外にあっさり、オーケーしたわね」

「ああ、練習時間の短縮のことですね。あのときに話した通りですわ」

「休みが必要、ってこと?」

 

 うなずくダイヤ。

 

「ふーん、そう」

 

 私が黙っていると彼女は続けた。

 

「……一年生たちを見ていて、多少は息抜きも必要かと思ったのです」

「なるほど」

 

 まだあるでしょ、というように私は眉をあげて微笑んでみせる。

 ふう、とダイヤは息を吐いて、続けた。

 

「今日、ああして花丸さんたちが話してくれました。もしかしたら、前から話したくて、話せなかったのかもしれない。そう思ったのです」

「イエス、それはあるかもしれないわね」

「はい。だから今回は、彼女たちのことを考えて。千歌さんたちも、鞠莉さんも果南さんも、反対ではないようでしたし」

 

 私と似たようなことを、一年生との垣根がなくなったらいいのにということを、考えていたらしい。にこっとダイヤに微笑むと、彼女もほっとしたように笑みを返した。

 

「それに……」

 

 彼女はじっと私を見つめた。

 

「息抜きが必要なのは鞠莉さんも同じです。しっかり休んでくださいね」

「はいはい、わかりました」

 

 私は顔を()らす。もう、鞠莉さんは、と彼女がつぶやくのが聞こえた。

 

        ・

 

 翌日。昨日の話の通り、練習は早めに終わりになった。オハラ淡島の連絡会の日なので、私もちょうどよかった。

 

 果南は店の用事で行くところがあるらしい。二年生たちは三人で遊びに行く相談をしている。

 

「ねえ、ダイヤ。一年生に混ぜてもらいましょうか。私は、ちょっと早めに抜けなきゃいけないけど」

「だ、大丈夫でしょうか。私たちが一緒では、ルビィたちが楽しめないのでは……」

「そういうことをいっているから、いつまでもディスタンスが縮まらないのよ。……花丸、ルビィ、善子!」

 

 私は三人に声を掛けた。

 一緒に行きたいと話すと、三人は一瞬顔を見合わせてから、

 

「大歓迎ずら」

「うんっ!」

「仕方ないわね」

 

 そう答えた。

 

 私は控えめに三人についていった。ときどき口を(はさ)みたい様子のダイヤを牽制(けんせい)しながら。

 

 最初に行ったのは花丸行きつけの商店街の本屋だった。

 着いて早々、花丸は目当ての本を探しに上の階へ行き、善子はオカルト本のほうへ消えた。ルビィとダイヤ、それに私は雑誌のコーナーへ向かう。

 

 仲良くスクールアイドル雑誌を読むふたりを微笑ましく思いながら、私は売り場を歩いた。音楽雑誌でも買おうか。そう思いながらゆっくりと見ていると、ビジネス専門誌のコーナーに目が留まった。

 漁業関係者向け、農業向け、飲食店や喫茶店などと一緒に、宿泊業界向けの雑誌もあった。

 誌名は聞かなかったけれど、秦野が取材を受けたのもこのなかのひとつだろう。さすがにまだ掲載はされていないと思うが――あとで誌名を聞いて購入しよう。

 

 今月号を購入していこうか。そう思って手に取り、ぱらぱらとめくる。

 数か月前なら、内容はほとんどわからなかっただろう。でも今はそれなりに記事を理解することができた。

 

「鞠莉さん?」

 

 背中からダイヤの声がして、私はあわてて振り向く。

 

「花丸さんが戻られたので、そろそろ次のお店に……あら?」

 

 ダイヤは目ざとく気づいた。

 

「ホテルの雑誌ですか。珍しいですね、鞠莉さんが気にするなんて」

「たまたま目に入ったのよ」

 

 私は雑誌を棚に戻した。ダイヤのもの問いたげな視線を無視して聞く。

 

「ダイヤはいい本、なにか見つかった?」

「ええ。ルビィが買うそうですわ」

 

 彼女はにこりと微笑んだ。

 花丸が、続けてルビィと善子もこちらへやってきた。

 

「鞠莉ちゃんは、なにか買うの?」と花丸。

「私は今日はいいわ」

 

 そう答えた私の横の棚から、ルビィが一冊手に取る。

 

「へえ、こんな雑誌があるんだね」

「どれどれ……。わっ、このケーキ、おいしそう……」

「ちょっと、私にも見せなさいよ」

 

 喫茶店向け専門誌だ。三人はしばらくあれこれいいながら、雑誌を覗き込んだ。

 

「これも悪くないわ。まるで天使の羽根のよう」

「おしゃれだねえ」

「鞠莉ちゃんのホテルのお菓子みたいずら……」

 

 三人の顔がくるっと、期待をこめて私のほうを向く。高く評価されているのは嬉しいものだ。

 

「いつでも食べに来て。オールウェイズ・ウェルカムよ」

「わーい、といいたいところだけど、先立つものがないずら」

 

 花丸が苦笑いしてルビィと善子がこくこくとうなずいた。

 

「仕方ないわね。可愛い後輩のためですもの、いつでもタダに――」

「鞠莉さん」

 

 ダイヤにギラリという感じでにらまれた。

 

「……というわけだから、お小遣(こづか)いを貯めてきてね!」

 

 三人はがくっと肩を落とした。たしかに、ダイヤのいう通りあまり教育上は良くないだろう。

 

「ほらほら、時間が無くなりますわよ」

「はーい!」

 

 ダイヤがいうと三人はあわてて雑誌を戻した。

 

 ルビィが雑誌を買うのを待って、私たちは外に出る。

 花丸はひさしぶりに本屋に来られたからだろう、晴れ晴れとした表情だ。ふと私は疑問に思い聞いてみる。

 

「花丸、今日は珍しく買わなかったのね?」

 

 荷物が増えている様子がなかった。

 

「えへへ、宅配をお願いしたずらっ!」

 

 花丸は胸を張ってそう答えた。

 

 次にルビィの希望で服飾店に立ち寄り、私はそこで時間切れになった。

 

「それじゃ、また明日、学校でね」

 

 ちょっと不安そうなダイヤと、花丸たちに手を振って別れた。

 

        ・

 

 オハラ淡島の連絡会では売り上げが話題にのぼった。やはり横ばい状態が続いているようだ。

 会が終わり私は樫村さんに聞いてみる。

 

「もしかしたら、うちのホテルで雑誌を取っていたりしますか?」

 

 私は本屋で見かけた誌名を挙げた。

 

「ええ、定期購読しています。事務所のほうに置いてありますよ」

「ありがとうございます」

 

 考えた通りだ。私は微笑むと樫村さんは話す。

 

「ご興味がおありなのですか?」

「ええ。なにかヒントになるかもしれないと思って」

「売り上げの件ですね。お嬢様、いえ鞠莉さんにはご心配をおかけし申し訳ありません」

「いいえ。むしろ私のほうに責任がありますから」

 

 樫村さんは首を振った。

 

「鞠莉さんはよくやっていらっしゃいますよ」

「でも、ホテルの経営はあまり良くないんじゃ……」

「たしかに売り上げは伸びていません。しかし、客単価はむしろ上がっています。状況を考えたら悪くないですよ」

 

 いったん言葉を切る樫村さん。

 

「ただ、売り上げとなると……なにか考えなくてはならないでしょうね」

 

 私はうなずいた。あとで雑誌を確認しよう、と思う。

 

「雑誌といえば、鞠莉さんの前回の報告では、取材が来るということでしたね。ロイヤルアルダーで対応するとか」

「ええ、もう来たと思います」

 

 私が取材対応を断ったことは伏せておいたので、すこし申し訳なく思う。

 

「そうですか。来月号には載るでしょうか。その記事も気になりますね」

 

 樫村さんはにこりと笑った。たしかにそれは、間違いなかった。

 

        ・

 

 翌日の朝、ダイヤと教室で会ったとき、私は昨日のことを聞いてみる。

 

「鞠莉さんとお別れするまでは良かったのですが……」

 

 ダイヤは顔を(くも)らせた。

 

「そのあとは、引率の先生みたいになってしまいましたわ」

 

 その様子はありありと想像できた。

 

「ドンマイ、ダイヤ」

 

 彼女はふう、とため息をついた。

 

 でもあとで一年生に聞いてみると、「楽しかったずら」「お姉ちゃんと一緒で楽しくないわけがないよ」「むしろダイヤさんを見ているのが面白かったわ」と目を輝かせた。

 なんだかんだいっても好かれているようで、私は安心した。

 

        ・

 

 数日後。練習に向かうためバス停でバスを待っていると、私のスマートフォンに着信があった。相手は樫村さんだった。

 

『お忙しいところすみません、鞠莉さん』

「いえ、大丈夫です」

 

 私はみんなに聞かれないようにすこし離れる。

 

『いま内浦の組合長さんから連絡がありまして、ちょっとお願いしたいことがあると』

「お願い?」

『はい。イベントに手伝いが欲しいそうです。私がお答えしてもよかったのですが、最近、鞠莉さんが会合に出ていらっしゃいますので、いったんお(あず)かりしてあります』

「わざわざありがとうございます」

 

 私に聞いてくれるということは、多少、私のことを評価してくれているのだろうか。

 

『練習のあとで結構です。ホテルに戻られたら、事務所にお越しいただけますか。詳しいことはそこでお話しします』

「わかりました」

『よろしくお願いいたします』

 

 私は電話を切った。

 次の内浦での会合に、私は前回に続き出席することになっている。でもそれは来週で、それでは間に合わないということだろう。

 

 練習を終えてホテルに戻り私は事務所へ向かう。

 樫村さんと佐々木さん、それに二、三人のスタッフがいた。

 

「こんばんは、樫村さん」

「鞠莉さん。わざわざすみません」

 

 彼は組合長さんからの話を私に伝えた。詳しいことはわからないが、今度の日曜、東京で(おこな)われるイベントの人手が足りないらしい。

 

「遅くてもいいから連絡が欲しい、とお話しでした」

「かなり急な話のようですね」

「そうですね。私か誰かが行っても構いませんし、私からお断りすることもできますが」

「そうね……」

 

 この前の取材依頼と似たようなものだろうか。

 日曜日、練習の予定は入っているが逆にいうとそれだけだ。一日、休むことはできるだろう。

 

「基本的には私が行く方向で、いったん話を聞いてみます」

 

 樫村さんはわかりましたと答え、電話番号を教えてくれた。

 私は事務所の電話で電話を掛ける。

 

 組合長さんの話では、県の観光課からの依頼とのことだった。ある程度、沼津の観光に詳しい人が欲しいらしい。

 

『なんでも、県のほうで急に別のイベントが重なっちゃって、そっちに人手が取られるらしくて』

 

 私が「行けます」と話すと、彼はほっとした声で答える。

 

『すみませんね、鞠莉ちゃん。あとひとりくらい声をかけますんで、当日はその人と一緒にお願いします』

 

 詳しくはということで、さらに私は県の観光課、担当者の電話番号を教わった。このあたり、メールやメッセージアプリではないのは大人の世界という感じがした。

 

 電話を切ってあらましを樫村さんに伝える。

 

「鞠莉さんはお忙しくないですか?」

「いえ、一日くらいなら大丈夫です。なにかホテルの役に立つかもしれないですし」

「恐れ入ります。よろしくお願いいたします」

 

 樫村さんは深々と礼をした。

 

 翌日、私は観光課の担当者に連絡した。いくつかの地域が共同でそれぞれの魅力をアピールするイベントがあり、そこでの手伝いが欲しいと彼は話した。

 パネルディスカッションや即売会など、いくつかの催事があるらしいが、なにをしてもらうかは当日まで不明、とのことだった。

 イベント会場の場所、集合時間を教わり、私は若干の不安を覚えながら通話を終えた。

 

 東京でのイベントということで楽しみなのは事実だが、いきなり登壇(とうだん)して話してくれ、といわれたりしたらさすがに荷が重い。どちらかというと不安のほうが大きかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。