支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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11. 東京

 日曜日の朝。私は新幹線の三島駅のホームにいた。

 Aqoursのメンバーには小原家の用事で東京に行く、とだけ伝えた。お土産をねだられたがこれは予想通り。なにかみんなで食べられるものでも買って帰ろう。

 服装は、なにをするのかよくわからなかったので、パンツスーツにした。一応人前には出られるだろう。

 

「お、これはびっくり」

 

 聞き覚えのある声がして私は振りかえる。

 秦野がにやっと笑った。

 

「おはようございます、小原さん」

 

 私は内心、動揺しながらも微笑んでみせる。

 

「おはよう」

「誰かに話すっていってたけど、まさか小原さんとは」

「私も秦野さんとは思ってなかったわ。この前、取材に応じてたじゃない?」

「まあ、あれはあれ、これはこれ、だろうな」

 

 雑誌の記事は先日掲載され、私も読んでいた。宣伝の機会になると彼は話していたけれどロイヤルアルダーの話はごくわずかで、あとは情報発信に必要な旅館同士の連携や、高齢者がどうネットを使うかなど、むしろ地方の観光地に共通するような内容だった。

 私にそんなことが話せるかというと――悔しいけれど、難しいかもしれない。

 

「小原さん、忙しくないのか? 理事長とか、あれとか」

 

 あれ――スクールアイドルのことだろうか。急に説明会の日のことが思い出された。私は恥ずかしさを押し殺してうなずく。

 

「ええ、一日くらいなら平気よ」

 

 きっと表情にも出ていなかったと思う。

 

「そっか」

「秦野さんこそ、大丈夫なの?」

「もともと俺は休みだし」

「そう。休日出勤お疲れさま」

 

 秦野は肩をすくめた。

 

 新幹線の自由席は()いていて、三人掛けの席にあいだをひとつ開けて座った。

 

 彼は持ってきたノートPCを開いてなにか作業を始めてしまい、私は外を眺めたり車内誌を読んだりして、それなりに旅を楽しんだ。

 

 小田原をすぎたころ彼はPCを畳んだ。視線を向けた私に彼は話す。

 

「今日、なにやるか聞いてるか?」

「いいえ、なにも」

 

 そっちはというように眉を上げる。

 

「俺も聞いてない。ちょっと調べたんだけど、わりと大規模なイベントらしいぜ」

「もしかして、なにか話してくれとかいわれたりするのかしら」

「さすがにそれはないと思うけどな……。理事長なら人前で話すのはお手の物じゃないのか?」

「それとこれとは話が別よ」

 

 理事長として相手にするのは同年代の女の子たちだ。話も通じやすい。でも、不特定多数が相手となると――ライブだと思えば行けるだろうか。いや、そんな単純な話じゃない。

 

「秦野さんは、どうなの。なんとなく慣れてそうだけど?」

「いや、うっかりヤバいこといいそうだからな。苦手だ」

 

 そういって顔をしかめた。

 

 新幹線は音もなく東京駅のホームへ滑り込んだ。

 

 集合場所はある複合施設だった。そこの会議場と、近くのコンコースでイベントをやるらしい。

 東京駅からは歩いていける距離と担当者から聞いていたので、スマートフォンで調べれば簡単だろう。そう思っていたのに、意外に複雑だった。そもそも地下から行けばいいのか、地上に出ればいいのかもわからない。

 

「おい、こっちだ」

 

 改札を出た私が一向に動かないのを見て察したのか、秦野は私に声を掛ける。

 私がうなずくと彼は歩きだした。かなりの速度で人混みを()っていく。私は遅れずについていった。

 動く歩道に乗りようやく一息つく。

 

「慣れてるのね」

「まあ、よく来てるからな。……ほら、足元、気を付けろよ」

「ありがと」

 

 かなりの距離を移動して、最後は長いエスカレータに乗り、私たちはようやく地上に出た。

 複合施設はすぐ目の前だった。

 

 ただ、そこからはさすがの秦野もわからないらしい。ふたりで館内案内図を見てうろうろし、ようやく集合場所に指定された会議室へたどりついた。

 入口そばの受付で担当者の名前を告げた。

 

「ったく、面倒すぎるぜ」

「本当ね」

 

 この会議室はイベントの事務局として使用されているらしい。机がいくつかの島に並べられている。何人もが打ち合わせたり、電話を掛けたり、資料らしき紙を揃えていたりとあわただしい雰囲気だった。

 

 すぐに担当者はやってきた。

 

「すみません、わざわざ。こちらへどうぞ」

 

 フロアを移動しながら彼は私たちにIDカードをくれた。首からさげるやつだ。

 

「まずこれを。バタバタしていてすみませんね。急に人繰りがつかなくなって。沼津、お詳しいとか」

「ええ、一応」と私。

「それなら安心だ。今日は三県合同の紹介イベントでしてね、ずいぶん前から準備してたんですけど。あ、ここが、静岡の控室になってます」

 

 たしかにドアに貼り紙がしてある。そのドアをIDカードで開けて(電子錠というやつだ)なかに入りつつ彼は話す。

 

「ご当地Tシャツ、お持ちになってます?」

 

 私たちが首を振ると彼は部屋の(すみ)にある箱を、がさごそやりだした。

 

 部屋は私たちの部室と同じくらいの広さの会議室だった。さきほどの部屋よりずいぶん小さい。段ボール箱などが雑然と置かれている。私たちのほかには誰もいない。

 しかし、Tシャツとは?

 

「たぶんこれで、サイズは合うと思います」

 

 私たちに包みを渡す。

 

「十時からコンコースで展示と即売会があって、その手伝いをお願いします。もうブースを作り始めてるので、詳しくはそこで聞いてください」

「これを着て、そこへ行けばいいんですね」

 

 秦野が念を押した。

 

「ええ、そうです。それじゃ、すみません」

 

 彼はあわただしく部屋を出ていった。

 私たちは顔を見合わせる。

 

「開けてみるか」と秦野。

「そうね」

 

 包みを開くと「ようこそ、静岡へ!」と大書きされた青いTシャツがでてくる。なるほど。

 とりあえず、次にやるべきことはわかった。

 

「先、着替えていいよ。俺は外にいるから」

「はあっ?」

 

 私は聞き返す。ここで着替えろって?

 

「トイレでも探すか? 時間、あまりないだろ」

 

 たしかにどこかにあるトイレか、女子更衣室を探すのは手間だ。シャツを着替えるのなら一瞬だろう。しかし。

 秦野は真面目な顔――いや、面白がっていて、それを隠している。

 

 ああ、もう。

 

 ひとりで着替えてくる、といったら彼にどう思われるだろう。馬鹿にされるだろうか。へんに気取りすぎていると思われるだろうか。

 

 私は覚悟を決める。

 

「ぜったいに、(のぞ)かないでよね!」

「はいはい」

 

 秦野は部屋の外に出た。カードロックの電子音がやけに大きく響いた。

 

 よし、窓のブラインドは降りている。

 私は念のためドアに背中を向けると、上着を脱ぎ、さらにシャツを脱いだ。代わりにTシャツを着る。

 サイズは幸い、ちょうど良かった。

 IDカードを忘れずに首に通して、元のシャツは畳んで鞄へ入れた。

 

 胸の動悸を(しず)めるため深呼吸をひとつする。

 

「終わったわよ」

 

 私がドアを開けると壁にもたれかかっていた秦野が体を起こした。

 

「おう」

 

 彼は部屋に入ってきて無言で上着を脱ぎ始めた。私はあわてて部屋の外に出る。

 

 まったく、多少は気を(つか)ってほしいわ。

 

 もやもやした感情を抑えながら待つと、すぐに彼はドアから顔を出した。

 

「準備、できてるか?」

 

 私はスマートフォンを持った。残りの荷物は部屋の隅へ置く。

 

「いいわ。行きましょ」

 

 秦野はうなずいた。

 ふたりで部屋をあとにしてコンコースへ向かう。

 

「結構、似合ってるな、それ」

「秦野さんも、お似合いよ」

 

 ペアルックという言葉が頭に浮かんであわてて打ち消す。この前の花丸の話のせいだ。

 

 でも、なにをやるのかは、わかってきた。

 私たちはどちらからともなく苦笑いを交わした。

 

        ・

 

 地上階までエレベータで降りると、ざわざわとした喧騒が耳をついた。

 複合施設の広いコンコース――要は通路だ――は屋外に面した側が一面のガラス張りで、差し込む光はまぶしかった。

 その通路の一部に細長くイベント会場が設営されていた。私たちは静岡のブースを探す。

 

 すぐにそれは見つかった。

 通路をパーティションでコの字に仕切った教室ほどの広さのスペースで、中央には物産品の載ったワゴン。まわりはいくつかのコーナーにわかれていて、熱海、伊豆・下田、浜松・掛川、そして沼津・三島などの掲示がある。

 

 秦野が責任者を見つける。

 

「沼津から来た? ありがたい。ここで説明をお願いします」

 

 パンフレットなども用意してあるらしい。

 

「手が足りなくなったら、レジをお願いするかもしれません。ほんと、すみませんね」

 

 責任者は忙しそうに去り私たちはまわりのスタッフと情報交換した。

 三分の一ほどは私たちと同じように急遽(きゅうきょ)、声を掛けられたらしい。とはいえ、やることは単純。静岡の魅力をアピールする、ということだ。

 

 私たちを含むスタッフ全員が一度、集合する。注意事項や緊急時の対応など、一通りの説明があり、イベントが始まった。

 

        ・

 

 開始直後はむしろスタッフのほうが多いくらいだったが、だんだんと足を止める人は増えてきた。

 

「年に一度、点検の日を除けばいつでもご覧いただけます。いえ、その日はむしろ見ものですよ。ゲートが降下するのですが……」

 

 秦野が説明をしているのが聞こえた。

 私はにこにこと通行人に愛想を振りまく。スクールアイドルで(きた)えた笑顔だ。

 

「あの、お聞きしていいかしら」

「はい」

 

 初老の品のいい女性がパンフレットを手に私に尋ねた。

 

「沼津には水族館がいくつもあるのね。どこが違うのかしら?」

「そうですね」

 

 私は考えながら話す。

 

「一番、特徴的なのは沼津港深海水族館ですね。駿河湾が日本の湾のなかで一番深い、ってご存じですか?」

「あら、そうなの?」

「はい。最も深いところは、2,500メートルもあります」

 

 私は記憶を総動員して説明する。みんなで水族館に行ったときの、ダイヤの熱弁がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「……お孫さんといらっしゃるなら、シーパラダイス、マリンパーク、どちらもおすすめです」

「ありがとう。これ、いただいていくわね」

 

 私はお辞儀をして見送った。

 顔をあげると秦野がじっと私を見ていた。

 

「なによ」

「べつに」

 

 ぷいっと彼は顔を()らした。

 

 そのあとも私たちは対応に追われたが、昼を過ぎるとそれも多少、落ち着いた。

 

「先に昼休憩、行ってきていいぞ」

 

 秦野が私にいった。空腹が急に意識された。

 私は甘えさせてもらうことにする。

 

「ありがとう。それじゃ、三十分で戻るわ」

 

 彼はうなずいた。周りのスタッフに休憩に行ってきます、と告げて離れようとすると。

 

「あ、小原さん。念のため電話番号、教えてくれ」

 

 たしかに万一、なにかあったら連絡が付いたほうがいいだろう。

 それでも私は躊躇(ちゅうちょ)してしまう。男性に連絡先を教えることに。いや、これは仕事だ。樫村さんと同じ。

 私はスマートフォンを取り出して彼に番号を伝える。

 悩んでいたのは一瞬だった。きっと彼にも気づかれなかったに違いない。

 

 秦野は掛けなおし、私の着信音が鳴ったのを確認して電話を切った。

 私はブースをあとにした。

 

 複合施設のなかにも周辺にも素敵なお店がいくつもあったけれど、あまり悩んでいる時間はなかった。

 私はひとつの店でテイクアウトをして、ビルとビルの間の緑地で食べた。

 

 空気はすっかり秋めいていて、さわやかだった。こんなに忙しくなければ、ショッピングでも楽しみたいほどに。

 

 食べ終えてスマートフォンを取り出し、着信履歴を開く。彼の携帯の番号が一番上にあった。

 私はそれをタップし「連絡先に登録」を選ぶ。

 名前は「ロイヤルアルダー秦野」にしておいた。

 

        ・

 

 ブースに戻ると入れ替わりに秦野が離れた。彼はきっちり三十分で戻ってきた。

 

 そのあとはふたたび忙しくなった。ときにはレジ打ちをしたりして(私は初体験だった)、人の波がひと段落したころ、窓には黒い影が落ちていた。

 日が落ちるのが早くなったのと、沼津にはない高層ビルのせいだ。外はもうずいぶん涼しい――いや寒いくらいだろう。

 

 くしゅん。

 

 そう思ったとき、私はくしゃみをしていた。コンコースは空調が効いていて、昼間はよかったけれど今は冷える。

 とはいえあと一時間ほどだ。

 

 次に来た客に対応して一息つくと、秦野が声を掛けてきた。

 

「これでも着とけ」

 

 彼の手には畳まれた服。彼は私がなにか聞く前に続ける。

 

「控室にあったの覚えてたからさ」

 

 彼自身がいつのまにか法被(はっぴ)を着ていた。祭りなどで着るあれだ。

 

「ありがとう」

 

 彼はなにもいわずに肩をすくめた。

 私は受け取って羽織る。サイズはすこし大きかったけれど、温かかった。

 

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