支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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13. 次へのヒント

 オハラ淡島に着いたのは夜の十時に近かった。

 事務所に顔を出すとさすがに樫村さんは帰っていて、私は佐々木さんに帰還の報告をした。「お疲れさまでした」の言葉が骨身(ほねみ)に染みた。

 

 次の連絡会で私は先日の東京行きを報告した。数ある議題のひとつだったけれど、私が話すのは内浦の会合のこと以外では珍しい。

 

「直接、潜在顧客と話すことができ、貴重な経験になりました」

 

 私はそう締めくくる。参加者の反応は悪くなかった。

 

「私たちではなかなか話せませんからね」

「営業方針を考える上で、参考になるだろうな」

「急な依頼への対応、お疲れさまでした」

 

 最後に樫村さんが話して議題は次に移った。

 

 私はほっと一安心(ひとあんしん)して、すぐに思い出す。

 そういえば私は武者修行でここにいる、という説明になっているのだった。それならこうして報告を上げたなら――内容に(かか)わらず、ここにいるスタッフから見たら可愛いものだろう。

 できれば本当の実力で評価されたかった。

 

 話題は売り上げのことにも及んだ。やはり状況は変わらないらしい。

 次の営業戦略会議で対策を検討することになった。私も参加する予定の会議だ。

 

 タイムリミットである年末の入学説明会まで二カ月を切っていた。

 

        ・

 

 次の戦略会議にはなにか案を持っていきたい。私はそう思って考え続けた。

 

 ある日の練習からの帰り。今日はすこし早く終わる日で、私は果南、ダイヤと市街にショッピングに行った。帰りのバスは一年生たちと一緒になった。

 私は彼女たちに手を振って挨拶してから、そのうしろの席に座る。

 

 きっと今日買ってきたのだろう雑誌を三人は仲良く読んでいた。

 

「晩秋のコーデかあ。もうそんな季節なんだね」

「善子ちゃんにはいい季節だよね。コートも着られるし」

「ヨハネよ。堕天使には季節とか関係ないわよ」

 

 女の子向けの情報誌かなにからしい。

 

「あら、次はスイーツ特集ね」

「サツマイモにカボチャ、秋はいろいろおいしい季節ずら」

「へえ、各地でデザートビュッフェ開催中、だって」

「ビュッフェって、なにかな?」

「ビュッフェは……ビュッフェじゃない?」

 

 おせっかいかも知れないと思ったけれど、私は口を(はさ)む。

 

「ビュッフェはね、ちょっとした食堂とか、立食とか、そういう感じの意味よ」

「スイーツを立って食べるのかな?」

 

 振り向いた花丸が首をかしげる。

 

「たぶん、バイキング形式で食べ放題、ってことだと思うわ」

「ありがとう、鞠莉ちゃん」

 

 ルビィが微笑んだ。

 

「つまり堕天使のパーティってことね」

「食べ放題……ますます行きたくなってしまったずら」

 

 三人はふたたび雑誌を読み始めた。

 

 そういえば、と私は思い出す。東京に行ったとき通りがかったホテルはスイーツでも有名だった。

 なるほど、ビュッフェか。

 

 帰宅してから調べてみる。

 都内の有名ホテルでは定期的にスイーツビュッフェが開催されていた。プレミアム感を出すためだろうか、多くが期間限定だ。さらにそれぞれが、季節のフルーツをメインにしたり、ある食材――チョコレートや抹茶など――にこだわったりといったテーマを(もう)けていた。

 

 幸いオハラ淡島には専属のパティシエもいる。沼津、内浦、秋とテーマには(こと)()かない。

 きっとロイヤルアルダーとの差別化もできるだろう。

 準備期間が短いのが不安だけれど戦略会議に出してみる価値はありそうだった。

 

 それから数日、私は毎晩アイデアを具体化するのに掛かりきりになった。

 ある程度まとめたところで樫村さんに相談する。樫村さんは費用の面や外部への連携など、いくつか貴重なアドバイスをくれた。

 また一日はすこし早めに練習から帰り、総料理長にも相談した。

 私が幼いころからオハラ淡島にいる彼は、私のアイデアに賛成してくれた。

 

「いいですね。もうすこし積極的にアピールしてもいいと、私も考えていました」

「もし開催するとなると、あまり時間がないと思います。大丈夫でしょうか」

「ええ、なんとかなると思いますよ」

 

 彼は、パティシエにも確認しておくと話した。

 

 そして会議の前日、私はなんとかプレゼンテーションの資料をまとめ上げた。

 

 練習から帰ったあとの、夜。営業戦略会議が開かれた。とはいってもオハラ淡島はそこまで大きなホテルではないので、樫村さんに佐々木さん、営業部長、関係する部署の責任者――総料理長も含まれる――など、小さい会議室に(おさ)まるくらいの人数だ。そして末席に私。

 

 会議が始まり、まず営業部長が簡単に現在の状況を説明した。続いて樫村さんが紹介する。

 

「鞠莉さんがひとつ、案を持ってきてくださいました。鞠莉さん、どうぞ」

「はい。よろしくお願いいたします」

 

 プレゼンの資料がプロジェクターで投影される。私はごくりと(つば)を飲んで、話し始めた。

 今回の企画の目的、他のホテルでのビュッフェの紹介、ターゲットの顧客層、想定される効果、スケジュール。

 途中、質問に答えながら、私はなんとか話し終えた。

 

 胸の動悸(どうき)を感じながら反応を待つ。

 

「ふーん、悪くないと思いますね、私は」

 

 営業部長が最初に話した。彼は続ける。

 

「レストラン部は、対応可能ですか?」

「ええ、この日程感なら通常想定される業務には影響ないでしょう」

 

 それから話は専門的な領域にどんどん詳しくなっていき、私はついていくのがやっとになった。

 必死にメモを取りながらふと顔を上げると、樫村さんと目が合う。彼は私だけに向けて、にこりと微笑んだ。

 

 それから他の案を検討し、最終的にふたつほど新しい作戦が決まった。そのうちのひとつは私の提案したスイーツビュッフェだ。

 

「みなさん、お疲れさまでした」

 

 樫村さんの声で会議が終わったときには午後十時を過ぎていた。

 私は最後に部屋を出た。廊下で思い切り伸びをする。疲れたのは否めない。けれど満足感のある疲れだった。

 

        ・

 

 次の内浦の会合。内浦のとある旅館に秦野は最後、ぎりぎりにやってきた。

 

「こんにちは」

「おう」

 

 秦野は良くも悪くも今まで通り、ぶっきらぼうに私に挨拶した。

 

「遅かったわね」

「ちょっとバタバタしててさ」

 

 秦野は肩をすくめた。

 

 東京でのイベントについての話が最初にあり、秦野と私はかわるがわる、簡単に説明した。

 他には困るようなこともなく――新しい依頼があるわけでもなく、無事に会合は終わった。

 

 私が旅館を出ると彼がすぐ外にいた。私に気づいてかたまたまか、手にしていたスマートフォンをしまう。

 

「お疲れさま」

 

 無視するのもあれなので私は声を掛けた。

 

「おう、お疲れ」

 

 会合でなにもなかったということは、特に秦野と話すこともないということで――いや、あれがある。

 

「今度、うちのホテルである企画をやるのよ。ぜひ来てちょうだい」

「へえ、わざわざ誘ってくれるんだ」

「あなたのホテルではできないでしょうからね」

「わかった。楽しみにしてる」

 

 にやりと秦野は笑った。そして続ける。

 

「スクールアイドルの次のライブは、いつなんだ?」

「年末ね。東海地区予選になるわ」

「結構先なんだな」

「新曲が条件なのよ。そうそう開かれたら、たまらないわ」

「ふーん、そっちも楽しみだな」

 

 彼は観察するような目で私を見た。私はそれを受け止めてにこりと微笑んだ。

 

「ありがとう。よろしくね」

 

 秦野は軽くうなずいただけで目を()らした。でもその表情は決して険しいものではなかったと思う。

 

「それじゃ、またな」

 

 秦野は私に背を向けて歩いていった。

 

        ・

 

 翌日。

 練習を終えてホテルに帰り通用口へ回ったところで、私はいつもと違う匂いに気づく。遅い時間だ。普段はしても料理のそれだけなのに、今日はそこに甘い匂いが混ざっていた。

 私は通用口から厨房(ちゅうぼう)のほうへ向かう。

 

「失礼しまーす」

 

 私はドアを開けて(のぞ)きこんだ。もし忙しそうならさっさと帰るつもりだった。

 

 厨房の奥のほうで総料理長ともうひとり、比較的若い男性――パティシエの人だ――が作業台を挟んでなにか話しているのが見えた。

 聞きに行きたいけれど勝手に入るのは、はばかられた。

 

 帰ろうとした矢先、総料理長が私に気づいた。こちらへやってくる彼に私はお辞儀する。

 

「鞠莉さん。今お帰りですか」

「ええ、そうです」

「今日はどうしてここに?」

 

 そう聞かれて申し訳なくなる。

 

「甘い香りがして、つい……」

 

 彼はにこっと笑った。

 

「とうぞこちらへ」

「いいんですか?」

「もうラストオーダーですよ。ただ、さすがに厨房はあれですから、個室へ」

 

 私は一番近くの部屋へ通された。すぐに彼が、一枚の皿を持って現れる。

 

「ちょうど試作をしていまして……。よかったら試食を、お願いします」

 

 出されたのは焼き菓子だった。練習が終わりおなかが空いていた私は、一口いただく。

 

「おいしい」

 

 サツマイモの風味が素朴ながらも奥行きのある甘さで、ほろほろの食感とマッチしていた。

 

「それはよかった」

 

 彼はほっとしたように話した。パティシエがコーヒーを持ってくる。

 

「ありがとうございます」

 

 私はコーヒーを飲み、残りを食べた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 そしてさきほどの感想を素直に伝えた。

 

「鞠莉さんには気に入っていただけたようですね」

 

 総料理長はうなずいて続ける。

 

「昔のことを思い出しますね。覚えていらっしゃいますか、あのころもお菓子をねだりにきたことを」

「そういえば私、果南とダイヤと……」

 

 三人で遊んで、いい匂いに誘われて勝手口から厨房を(のぞ)いて(あのころは勝手口にもロックは掛かっていなかったのだ)見つかって怒られるかと思ったら、甘いお菓子と飲み物をもらって。焼き立てのお菓子は部屋で食べるよりもずっとおいしくて。

 ずっと部屋にひとりきりだった私は、こんな素敵な場所があるのか、と思ったのだ。

 

 私は自然に笑顔になっていた。彼も微笑む。

 

「ええ、そうです。私も当時はシェフのひとりで。今だから話しますが、お母さまにひどく怒られたのですよ」

「それは、ごめんなさい」

 

 彼は笑った。

 

「いえいえ、好きでやっていたことですからね」

「でも、そのあとも……厨房に行けばいつもお菓子があったわ」

「ええ、いつも三つほど多めに焼いて、置いておいたのです。不思議なことにいつの間にか消えていて……妖精の仕業(しわざ)だって、厨房では話していました」

「そうだったのね」

 

 十年越しの秘密を知って私の胸が温かくなる。

 

「ですから今回の件も、しっかりやらせていただきます」

 

 そう話す総料理長の隣でパティシエもうなずいた。彼にも笑顔は伝染していた。

 

 私はビュッフェがますます楽しみになる。

 

「ビュッフェが始まったら、果南とダイヤも招待していいかしら」

「ええ、もちろん大歓迎ですよ」と総料理長。「そうだ、むしろ試食に来ていただきましょうか」

「それは素敵だけれど、迷惑じゃないかしら」

「ターゲットの顧客層に近いですからね。ちょうどいいでしょう」

 

 嬉しい申し出だった。

 

「あの、よかったら」と、パティシエがいい添える。「Aqoursのみなさんに来ていただいては?」

 

 その言葉に総料理長もうなずく。

 

「ああ、いいですね。ぜひ全員で来てください」

 

 喜ぶみんな――特に数名は大喜びだろう――の顔が浮かぶ。いつかの一年生たちの希望にも(こた)えられそうだ。

 

「ありがとうございます」

 

 私は深くお辞儀をした。

 

 総料理長は厨房の裏、通路のところまで送ってくれた。

 

「無理なスケジュールでお願いしてしまって、すみません」

「いえ、頼っていただけてむしろ嬉しかったのですよ」

 

 彼は微笑んだ。小さい声で続ける。

 

「パティシエの彼、Aqoursのファンらしいですよ」

「あら、そうなの」

 

 こんなところにもいたのだ。

 

「がんばってください」

 

 総料理長の言葉に私はもう一度頭を下げて、通路を自室へ向かった。

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