「それでは、第一回、オハラ淡島・秋のスイーツビュッフェ、大試食会を開催いたしマース!」
わーっとメンバーから拍手が上がる。
オハラ淡島の小宴会場。放課後、練習をお休みにしてAqours全員が集まっていた。テーブルは島状に並べられテーブルクロスが掛けてある。
「お手元の評価シートに、それぞれのお菓子の感想を書いてね!」
みんなの手にはクリップボードがある。
「お菓子に夢中になって忘れてました、はノンノンだから!」
神妙にひとつずつ食べてもらって意見を聞くのが正しいのかもしれない。ただ、それではおいしさも半減で――総料理長とも話した結果、自由に食べてもらい、各自のペースで感想をメモしてもらうことにした。
とはいえこれだと「おいしかった」の
私が話すうちに宴会場の扉が開き、ワゴンがいくつも入ってきた。ワゴンの上には銀の皿、そこには生菓子や焼き菓子が満載だ。
どよめきが上がってみんなの期待が高まるのがわかった。
私は総料理長と視線を交わす。よさそうだ。
「それでは、スタートデース!」
ルビィと善子は楽しそうにおしゃべりしながら選び、花丸は真剣な目つきで厳選している。曜と果南は
「飲み物も用意してあるから、適当に飲んでね」
私の声はほとんど無視された。
「うわっ、おいしい!」
「ほんとうね」
「ふわふわであります」
「とろけるようですわ」
「このカボチャ、甘いね」
「魔法でもかかってるんじゃない?」
「形も素敵だね」
さっそく称賛の声が上がり私は笑みを深くした。
目を閉じて味わう花丸に話しかける。
「どう、花丸?」
「うむ……。とてもいい感じずら……」
「サツマイモは品種限定で、裏ごしを何度もしたのよ」
「わかるよ、鞠莉ちゃん。しつこくない甘さ、素朴さと上品さを兼ね備えた香り。
花丸は目を開き、ふうっと息を吐いた。
「お茶が欲しくなったずら」
「はい」
私はちょうど用意しておいたお茶を渡す。
「ありがとう」
にこっと笑う花丸。一口飲んで、続けた。
「あえていうなら……甘さが喧嘩してる感じかも」
「喧嘩してる?」
「うん。たぶん、黒糖かなにかを使ってると思うんだ」
たしかにパティシエからそう聞いている。
「サツマイモの甘さがすっきりしてるから、黒糖のちょっと癖のある風味が、後味をすこしだけ損なっているかなあ、って」
「なるほど。……さすが、花丸ね」
「あっ、マルのいうことはあまり気にしなくていいずら!」
花丸はぶんぶんと首を振って小さくなった。
「いいえ、どんどんいって、書いてちょうだい」
私は花丸へ微笑んだ。
私は続けて何人かに聞いてみた。全体的に好評だったけれど、ときには鋭い指摘もあった。
いったん部屋の
「鞠莉さん、考えましたね」
「えっ、なにが?」
「試食ということにすれば、お金をいただかないのが当然。それで食べ放題ですから」
「あら、ダイヤは楽しんでないの?」
「それとこれとは話が別です」
ダイヤはかすかに頬を赤らめてプイっと顔をそむけた。
「教育上、よろしくない?」
「そこまではいいませんが……」
ダイヤは私に視線を戻す。
「鞠莉さんにおねだりするようにならないか、心配ですわ」
「大丈夫よ、これっきりだし」
そこまでルビィたちが幼いとは思わない。私は続ける。
「それに、試食をして欲しかったのは本当。なにしろホテルの命運を左右するかもしれないのだから」
「命運とはまた、大げさですね」
ダイヤは微笑む。本当はAqoursの命運を左右する可能性もあるのだけれど。私は微笑みを返してごまかした。
「でも、本当においしいですわ」
「ありがとう、ダイヤ」
「私、どこかで同じようにお菓子をいただいた記憶があって……今回、この香りで、すっかり思い出したのです。覚えていますか、鞠莉さん」
きらっと彼女の目が輝く。
「もちろんよ」
「果南さんが鞠莉さんを連れ出して、淡島中を走り回って……帰ってきたら甘い香りがして……本当に懐かしいですわ」
「ええ、そうね」
果南のほうを見ると彼女は総料理長とにこやかに話していた。
この試食会はダイヤと果南がいなければ開催されなかったのだ。
「スイーツビュッフェ、成功するといいですわね」
ダイヤの言葉に私はうなずいた。
みんなが帰ったあとで私は総料理長、パティシエと試食レポートを確認する。
「個性にあふれていますね」
総料理長が話した通りだった。
善子はチョコレートにこだわりを見せ、ルビィは外見を細かくコメントしていた。花丸のそれは文学的で、曜は簡潔そのもの。プリンに抹茶味が欲しいと
「個別の菓子もそうですが、全体の傾向も見えてきますね」
パティシエが話す。
「どうも全体的に甘さが強いと感じられたようです。最近の流行りでしょうか」
「最近はカロリーを気にして、軽いものが好まれるのかもしれないわ」
「そうかもしません」
彼はうなずいた。
・
スイーツビュッフェは次の金曜日から始まった。週をまたいで翌週の日曜まで、計十日間だ
始まる直前には地元紙から取材が来て、発案者として私が対応した。
開催当日に掲載された記事には小さく私の写真も載った。結構長くしゃべったのに「最上級のお菓子を用意してお待ちしておりますので、ぜひおいでください」の一行にまとめられていたのは、ちょっと拍子抜けしたけれど。
私は学院やAqoursの練習でホテルを離れるとき以外は、邪魔にならない程度に会場(宴会場のひとつを利用している)に顔を出した。
初日の金曜日こそ空席があったが土日は予約で一杯でまずまずの滑り出しだった。
翌週、ある日の放課後。
Aqoursのみんなはわざわざ予約を入れてくれた。せっかくなので私もみんなと一緒に学院から帰り、制服で会場へ入る。
改良したお菓子はみんなに好評だった。私はひととき、オハラ淡島のことを忘れて楽しんだ。
でも、私は一本の電話で引き戻される。
私のスマートフォンに表示されたのは「ロイヤルアルダー秦野」の文字だった。ドキリとする。東京のときにも連絡は取らなかったので、初めての電話だ。
私はみんなに合図して話の輪を抜け出した。
「なに、突然」
『すまん、忙しかったか』
「別にいいわよ。それで?」
『ああ、急で申し訳ないけど、スイーツフェア、今から行って大丈夫か?』
「そうね……」
会場には若干だが空席がある。
「大丈夫……いえ、待って。一時間後くらいがいいわね」
『一時間後か。わかった。忙しいところ悪かった。別に相手、してくれなくてもいいから』
彼はそういうと電話を切った。
相手をしなくてもいい、とは文字通りの意味だろう。もちろん、そんな義理はない。でも。うちのスイーツを食べた彼がどんな顔をするか、見てみたかった。
私はみんなのところに戻った。ちょうどパティシエが来ていて彼女たちに来場のお礼を述べているところだった。
彼が戻り私はふたたび輪に加わったのだけれど、壁の時計が気になって仕方なかった。
ビュッフェの制限時間が来て、みんなは帰路に着いた。せっかくだから本当なら私の部屋に誘いたいのだけれど、そうも行かなくなった。心のなかで
オハラ淡島の入り口でみんなと別れて、私はひそかに安堵のため息を漏らした。
さて、どうしよう。部屋に戻って制服から着替える時間があるだろうか。いや、難しそうだ。仕方なく私はロビーの隅のほうに座り、さりげなく待った。
秦野はすぐにやってきて私に気づかずにロビーを通り抜け、会場のほうへ向かった。
鞄からコンパクトを出して確認する。髪もメイクも大丈夫。よし。
客でもないのに、さらに制服で入ることには気が引けたが、今回ばかりは許してもらおう。私は係員に合図して秦野のところへ行った。
「こんにちは、秦野さん」
彼は私の制服を見て目をぱちぱちさせた。
「おう、わざわざ来なくてもいいのに」
彼の前にはいくつかのケーキや焼き菓子が並んでいる。
「電話しておいてその言い草はないでしょう」
「いや、忙しいのかと思って」
「そりゃまあ、忙しいけど」
あなたの顔を見に来た、なんていえなかった。そもそも言葉にしたら変な意味に取られてしまう。
「でも、本当に高校生なんだな」
じろじろと頭のてっぺんからつま先まで私を眺める彼。
「当たり前でしょう。学院でも会ったじゃない」
「そりゃ、そうだけどさ」
彼は肩をすくめた。
「よかったら、食べてみた感想、聞かせてくれるかしら」
「まあ、構わないぜ」
私はうなずき飲み物だけ取ってきた。彼の前に座る。彼はもう食べ始めていた。
飲み込み、今回もメモを取る。
「ちゃんと社用携帯、持ち歩いてるんだな」
「シャヨウ携帯?」
彼の口から出た聞きなれない単語に私は聞き返す。
「会社支給の携帯。さっき電話に出たってことは、そういうことだろ」
「私、携帯は一台しか持ってないわよ」
そもそもスマートフォンだし。
「……あー、そうか。すまん、急に電話して」
彼は
ようやく私は思いつく。彼は私がオハラ淡島の、業務用の電話を持っていると勘違いしていたのだ。東京で無造作に連絡先を聞いたのも、そのせいに違いない。
ということは、私が知っている秦野の番号は社用携帯ということだ。
ちょっとだけ、残念な気がした。
私は心の動揺をごまかすために聞く。
「それはいいとして。どう、新しいスイーツは」
秦野もほっとしたように向き直り、うなずいた。
「とりあえずこれは、悪くないな」
「でしょう」
自信はあったけれど嬉しかった。
「うん。カボチャは定番だけど、そのままだと野菜っぽいからな」
「次も食べて。ほら」
「あわてるなって」
いつの間にか私は体を乗り出していた。私は椅子に座りなおし、上品に待つことにする。
秦野は落ち着かなげに身じろぎしてからフォークを手にした。
私はしばらく様子を見守った。
食べ終えてメモを取ったところで聞く。
「さて、次のご感想は?」
「これも王道だな。モンブラン、秋の味覚。このあんこは国産か?」
「あんこって……マロンペーストっていいなさいよ。今回はイタリア栗にしたわ。甘露煮は国産ね」
「ふーん、しかしミカンムースを中に入れるとはな」
「意外に合うでしょ」
「まあ、意外性はあったな」
彼はメモに書き足す。うーむ、情報を与えているような気が、しなくもなかった。
その調子で彼はさらに焼き菓子とケーキをひとつずつ食べた。
「ごちそうさま。まあ、値段なりの価値はあったかな」
「素直じゃないわね。おいしかった、っていいなさいよ」
「はいはい。おいしかったですよ」
「ありがたみに欠ける言い方ね……」
秦野は知らんぷりしてコーヒーを飲んだ。
「でも、この前、食べに来たときとはすこし変わったな」
「へえ、わかるの?」
彼は鼻を鳴らして続ける。
「全体的に軽くなった。これは、食べ放題だからこうしたのか?」
「ま、そんなところね」
「ふーん」
そういって会場を見渡す。
「わりと埋まってるし、よく考えたよな、スイーツフェア」
「ビュッフェね。あなたのところでは――」
「はいはい、それ以上はいわなくてもわかってます」
彼はまるで外人がするように両手のひらを上に向けて、肩をすくめた、
「おま……小原さんが考えたんだろ」
「ええ、そうだけれど……どうして知ってるの?」
「新聞に書いてあったぜ」
やれやれというように首を振る。そういえばそうだ。
「ただ、今度の週末までだろ。どうなのかな」
「どうって?」
「まあ、なるようになるか」
彼は言葉を
秦野が席を立ち私は玄関までついていった。歩きながら彼は話す。
「そういえば、来るときすれ違ったぜ。Aqoursと」
一時間ではなくて一時間半にすればよかった。
「あら、偶然ね」
「偶然ってことはない気がするけどな」
「さあ、どうかしら」
私はとぼけてみせる。秦野はにやりと笑った。
「みんな、可愛いよな」
「もちろん。それは間違いないわ」
私も微笑みで答えた。
玄関の自動扉が開く。思ったよりも冷たい風が吹いた。
「それじゃ、またな」
「ええ、気を付けて」
彼はくるっと背を向けて歩いて行った。
私も背を向ける。自動扉が閉じる。
自室へ向かって歩きながら秦野との会話を思い出す。
私が考えたと知っていたのだ。「よく考えた」は、まあ、
嬉しいことは間違いなかった。
それしても最後のあれは――それは、Aqoursのみんなは可愛いのは私にもわかっている。でも、なにも私の前でいわなくても。
私の胸のざわめきはシャワーを浴びてすっきりするまで続いた。