支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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15. 友人たち

「ここまでは好調です。この週末も予約はほぼ一杯ですね」

 

 木曜日、次の連絡会で樫村さんはそう話した。スイーツビュッフェの件だ。

 営業部長が続ける。

 

「SNSでもかなり話題になっています。特に高校生から二十代前半、若い女性に人気のようですね。沼津だけでなく静岡、東京や名古屋からも来てくださっているようです」

 

 でしょうね、と思う。

 先日、スイーツビュッフェに来たAqoursのみんなは、それぞれSNSで発信していた。それも少なからず影響しているに違いない。

 

「ただ、この週末は天気が(くず)れるようです。それだけが不安材料ですね」

 

 天気予報は土日とも雨になっていた。

 

 翌日、私は曜に週末の天気を聞いてみる。

 

「うーん、この時期、秋雨前線の影響で予報が難しいんだよね。それでも八割くらいの確率で雨かなあ」

 

 私は残りの二割に賭けて祈った。

 

 しかしファーストライブといい学校説明会といい、Aqoursは雨に(たた)られるらしい。

 土曜の朝から降り出した雨は午後には勢いを増した。そのまま日曜まで降り続き、予約のキャンセルが相次いだ。

 

        ・

 

 ずいぶん余裕があると思っていたのに、ラブライブの地区予選は一か月とすこしに迫っていた。

 入学希望者は五十七人。百人までには、まだ遠かった。

 地区予選を通過できればAqoursを、浦の星女学院をさらに広く知ってもらえる。入学希望者も増えるだろう。

 地区予選のための曲作りは順調だったものの、新曲だけではインパクトに欠ける。圧倒的なパフォーマンスを見せる必要がある。私たちは予選突破を確実にするため考え続けた。

 

 そして、もうひとつの条件も厳しかった。

 

 平日が好調だったものの、最終的にスイーツビュッフェは目標をわずかに下回る売り上げで終わった。

 

 とはいえそのビュッフェのおかげで、ここまでは前年の売り上げをかろうじて上回ることができた。しかしなにもしなければ、年末までにはふたたび前年を下回ってしまうだろう。スイーツビュッフェをそう何回も開くわけにもいかない。

 

 このままでは仮に入学希望者が百人を超えても意味がなくなる。

 私は次第に(あせ)り始めていた。

 

        ・

 

 ある日の昼休み。私は理事長室でぼうっとPCを眺めていた。

 なにかヒントはないか。そう思ってインターネットを探したのだけれど、目はディスプレイの上を(すべ)るばかりだった。

 

 これではダメだ。諦めて部室にでも行こう。そう思ったときに部屋のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 ダイヤだった。硬い表情で私の机の前まで歩いてくる。

 

「どうしたの、わざわざ」

 

 私は(つと)めて明るく尋ねた。

 

「鞠莉さん」

 

 ダイヤの声は表情と同じく硬かった。私はどきりとして身構える。

 

「なにか隠し事をしていませんか」

「……どうしてそう思うの?」

「否定はしないのですね」

 

 質問を質問で返したのにダイヤはごまかされてくれなかった。私は答えに(きゅう)する。急に喉の渇きを覚えるけれど今日はなにも用意していなかった。

 

「……鞠莉さんが帰国してから約半年。そのあいだ一言(ひとこと)も、鞠莉さんの口からホテルのことを聞いたことはありませんでした」

 

 私はうなずく。

 

「それなのに先月あたりから、練習を早めに抜けたり、休んだり。この前の沼津では雑誌を読んでいましたね」

「だって、私の家のことだもの。すこしは気にしてもいいんじゃない」

「もちろんです」

 

 ダイヤは表情をわずかに(ゆる)める。

 

「私も違和感を覚えただけでした。決め手になったのは、先日のスイーツビュッフェです」

「おいしかったでしょ」

「ええ、ありがとうございました。でも、あの企画。あれは鞠莉さんが考えたのですね」

 

 私は(さと)る。そうだ。私が対応するべきではなかったのだ。私が知られてはいけないのは、秦野だけではなかった。

 私は椅子をくるっと回してダイヤに背を向ける。

 

「ダイヤも、読んだのね」

「ええ、黒澤家のひとりとして、新聞くらいは読むようにと、しつけられておりますから」

 

 もう、話してしまうべきだろうか。いや。

 私は背中を向けたまま続ける。

 

「そうなのよ。お前も三年生だからすこしはホテルに関われって、パパがね」

「本当ですか、鞠莉さん」

 

 横から声がする。ダイヤが机を回り込んで私の隣に来ていた。

 私は九十度回転して彼女に向き合いあえて真剣な表情で答える。

 

「本当よ。関わらないとAqoursとして活動するは禁止する、って。ダイヤには隠しておけないわね」

「そんな条件が……。ホテルのお仕事は忙しいのですか?」

「忙しいけれど、なんとかなるわ。今みたいにね」

 

 私は安心させるように微笑む。ダイヤは多少ほっとしたようだった。

 

「最近ずっと疲れているようで、心配していたのです。そういうことでしたら理事長の仕事は、私がすこし引き受けるのもありですね」

「ありがとう、ダイヤ」

 

 ダイヤは、はにかむように続けた。

 

「私はてっきり、その、ホテルの経営状態が(かんば)しくないのかと思ってしまいました」

「オハラ淡島が? スイーツビュッフェも好評だったわよ」

「ええ。考えてみればそうなのですが……てっきり鞠莉さんの手も必要なほど切羽(せっぱ)詰まっているのかと」

「考えすぎね、ダイヤは」

「そうですわね。でも、もしホテルが閉鎖するようなことになったら鞠莉さんとも別れなくてはならないと、気が気ではなかったのです」

 

 ダイヤは微笑む。

 

「実は果南さんとも相談して。そうしたら私のところに来てもらおう。卒業までなら父母も許してくれるだろう、と」

「私が、ダイヤのところに?」

「ええ、建物だけは無駄に広いですから」

「それは素敵ね」

 

 私はくすくすと笑った。ダイヤと一緒に暮らす。とても楽しいだろう。

 ダイヤの心遣(こころづか)いが嬉しかった。そんなダイヤに秘密にしておくことが、とても苦しかった。他ならぬ私のせいで、浦の星が廃校になることが(つら)かった。

 

「どうしたのですか、鞠莉さん」

 

 ダイヤが珍しくうろたえている。彼女が私の目尻に触れる。私も指先を伸ばす。頬が濡れている。

 

「あら、私……」

 

 私は笑いながら泣いていた。

 ダイヤが私の手を取り私は椅子から立ち上がる。ダイヤはそのまま、両手で私の手を包んだ。彼女の手のひらから体温が伝わる。

 

「鞠莉さん。本当のこと、話してくれますね」

 

 私はもう彼女の目を見ていられなかった。

 

 彼女に借りたハンカチで涙をぬぐう。落ち着くまでダイヤは待ってくれた。

 

「ごめんなさい、今まで黙っていて」

 

 うなずくダイヤ。

 

「実はね……」

 

 私は話した。学院存続の条件には追加があったこと。来年三月までの副支配人。売り上げを伸ばすためにいろいろ策を打ってきたこと。この前のスイーツビュッフェでもまだ足りないこと。

 

「ひどい。あまり人様の親御さんを悪くいうべきでないのはわかっていますが、ひどすぎます。学院存続の条件を、そんな、鞠莉さんに一方的に背負わせるなんて」

「ありがとう、ダイヤ。私のぶんまで怒ってくれて。でも、いいのよ」

「鞠莉さん……」

「本当なら、学院はとっくの昔に廃校が決まっていた。それを延ばしてもらっただけでも、ありがたいの。百人の条件と違って私ひとりがなんとかすればいいのだから、そのくらい、お安い御用だわ」

 

 ダイヤは悲しそうに眉をひそめる。

 

「どうして今まで話してくれなかったのです」

「どうしてって……百人の条件でも厳しいのに、そんなこと、話せるわけないでしょ。私ひとりが――」

「鞠莉さん」

 

 彼女が私の言葉を(さえぎ)った。

 

「もう二度と、そんなことはいわないでください」

「……ダイヤ」

「約束してくれますね」

 

 私はこくりとうなずいた。微笑むダイヤ。

 

「具体的な話はまた考えましょう。少なくとも、鞠莉さんの負担を軽くすることはできるはずですわ」

「ありがとう」

 

 私はPCを片づけ始めた。

 

「それにしても、運が悪いですわね」

「運?」

 

 週末の雨のことだろうか。

 

「新しく内浦にできたホテルです。あれがなければきっと、もうすこし簡単になっていたでしょう」

「そう……かしら」

 

 私はずきりと胸の痛みを覚える。

 

「そうに違いありませんわ。ロイヤルアルダーの路線は、鞠莉さんのところによく似ています」

「でもね、ダイヤ」

 

 私は思わず反論していた。

 

「内浦の旅館やホテルはお互いに助け合って伸びてきたのよ。こんな田舎だもの、喧嘩してる場合じゃないわ。ロイヤルアルダーも、それは同じ」

 

 樫村さんの受け売りだ。ダイヤは驚いたように私を見つめ、そのあと微笑んだ。

 

「たしかに、そうかもしれません。すこし考えが足りなかったようですわ」

「私こそ、ごめんね」

「田舎というところには、引っ掛かりますが」

「それは言葉の(あや)よ。私も本当に田舎だなんて思っていないわ」

 

 彼女はうなずいた。

 そのとき突然、理事長室のドアが開く。

 

「鞠莉! もう授業、始まっちゃうよ!」

 

 果南だった。私とダイヤはびっくりして彼女を見つめる。

 

「あれ、ダイヤ?」

 

 果南も首をかしげた。

 

 教室に向かって急ぎ足で歩きながら果南は話した。

 

「鞠莉がなかなか戻ってこないからさ、理事長室で昼寝でもしてるのかなって思ったんだよね」

「わざわざありがとう、果南」

「ううん、大丈夫。でもね、鞠莉が最近疲れてるみたいだったから、ちょっと心配で。また前みたいなことがあると、ちょっと嫌じゃない」

 

 果南は照れたように笑った。私を心配していて、でもそれを表に出したくないのだ。

 

 本当にふたりには隠し事なんてできなかった。

 

「鞠莉さん」

 

 ダイヤの言葉に私はうなずいた。

 

        ・

 

 その日の夜、練習の帰り。ダイヤは私と果南と一緒に淡島のバス停で降りた。

 

「あれ、ダイヤ?」

 

 果南がいぶかしがる。

 

「もしかして、新曲のこと?」

「今日は違いますわ」

 

 ダイヤが答えた。新曲についてもいつか話さなくてはならないけれど、今日は別の件だ。

 淡島行きの連絡船の待合室にはちょうど誰もいなかったので、私たちは隅に座った。

 

「あのね、果南。実は聞いてほしいことがあるんだけど」

「……鞠莉の真剣な話、だいたいまずいことになるよね」

「ごめんなさい」

 

 私は苦笑する。

 

「でも、今しかないと思うの」

 

 果南はうなずいた。私はダイヤに話したのと同じように彼女に話した。

 彼女の反応もダイヤと同じだった。

 

「どうして今まで話してくれなかったの」

 

 腕組みをする果南。

 

「それは……。ごめんなさい、果南」

 

 私はもう一度謝った。

 

「まったく、鞠莉はいつもそうなんだから」

 

 腕組みを解いて続ける。

 

「でも、話してくれてよかった。今ならまだ、なにかできるかも。ね、ダイヤ」

「そうですわね」

「とりあえず、おじいに相談してみるよ。ダイビング体験付きの宿泊プランとか、ありじゃないかな」

「私も考えてみます。今度は海の幸で特別ディナーとか……。日舞の発表会を開いてもいいですわね」

「うん、いろいろありそうだね」

 

 ふたりはさっそく、真剣に考え始めた。私は胸が一杯になる。

 

「あっ、でも……」

 

 果南が急に、なにかを思いついたというように声を上げる。

 

「一年生、二年生には、いつ話そうか? 新しい条件のこと」

「そういえば……。どうしますか、鞠莉さん?」

 

 そうだ。まだその問題が残っていた。きっと千歌たちはダイヤ、果南と同じように真剣に考えてくれるだろう。

 でも彼女たちを曲に集中させたいのも事実だ。

 

 果南が聞く。

 

「鞠莉のほうの条件の期限はいつなの?」

「入学説明会が期限よ。それまでの三か月の売り上げで決まるわ」

「ということは、入学希望者の締め切り、つまり地区予選のほうが、すこしだけ早いわけですわね」

 

 ダイヤが顎に手を当てて考える。

 果南が困り顔で話した。

 

「入学希望者が百人を超えたのに、もし売り上げが下回ったら……」

「それは最悪の事態ですわね」

 

 きっとAqoursの信頼関係に大きなヒビが入るだろう。

 私は考えながら話す。

 

「でも、もうすこし早めにわかると思うわ。売り上げのほとんどは予約の状況で決まるから。たぶん、地区予選よりもかなり早く」

 

 逆にいうともし下回りそうなら、そこから挽回(ばんかい)するのはかなり難しいということだ。私はあえてそれには触れなかった。

 

「そういうことでしたら……」

「そうだね」

 

 ダイヤと果南が視線を交わしてから、確認するように私を見つめる。

 

「もし厳しそうなら、そこで話しましょう。そこまでに私たちで、なんとかする」

 

 私の言葉にふたりはうなずいた。

 

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