支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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16. もうひとつの(えにし)

 ダイヤと果南に話したことで私の気持ちはぐっと楽になった。理事長の仕事のいくつかもダイヤに任せることができた。

 三人で検討したアイデアには、素人考えではなかなか良さそうなものもあった。でも樫村さんに相談したり連絡会で話したりしてみると、現実にはなかなか難しいとわかった。イベントをするにもホテルのスタッフの数は限られているし、私たちが実務を担当することもできない。時間的な制限もある。

 

 それでも複数の企画が採用されて、売り上げはわずかに去年を上回ってきていた。

 とはいえ、まだまだ安心できない状況だった。それこそ天気次第でどうにでもなってしまうくらいに。

 

        ・

 

 Aqoursの練習が早く終わりになる日。私はみんなと別れてひとりで沼津市街へ向かった。商店街の本屋へと足を向ける。

 些細(ささい)でもいい。なにかヒントが欲しかった。

 

 この前、花丸たちが読んでいたような情報誌を開いてみる。せっかくなのでほかの年齢層向けも。

 結婚式場の紹介記事が目に留まった。オハラ淡島にはブライダル部門はない。将来的にはビジネスの可能性はあるとしても、一朝(いっちょう)一夕(いっせき)には無理だ。でも数組ならありだろうか。

 

 ビジネスの専門誌も確認する。宿泊、旅行業界の雑誌はオハラ淡島でも購読しているけれど、他の業界にも、たとえばスイーツのようにヒントが隠れているかもしれない。

 私が売り場で真剣に考えていると。

 

「小原さん?」

 

 背中から声を掛けられて私は飛び上がりそうになる。

 

「……秦野さん」

「そこまで驚かなくてもいいだろ」

 

 彼は(あき)れたように話した。

 まったく予想していなかったのだから仕方がない。それに私は練習帰りで――。

 

「こんなところで、なにしてるのよ」

「なにしてるって、本屋に寄っちゃ悪いか」

「……別に構わないけど。びっくりしただけ」

 

 私は雑誌を棚に戻す。なるべく彼に、なにを読んでいたか気づかれないように。

 

「俺はときどき来てるんだけどなあ、この本屋」

「そうなのね。それじゃ、私はこのへんで――」

「へえ、小原さんも『スイーツ&カフェ』とか読むんだ」

 

 秦野は私の横から、戻した雑誌をひょいっと手に取った。

 

「たまたま立ち読みしてただけよ。……あなたも読むの?」

「買うのはときどきだけど、まあな」

 

 パラパラと雑誌をめくる。彼は雑誌から目を離さずに話した。

 

「またスイーツフェアでもやるのか?」

「ビュッフェね。悪くないと思うけど、いまのところ考えていないわ」

「ふーん。そういえば客の入りは、どうだったんだ?」

「どうしてあなたにそんなこと、話さなくちゃいけないの?」

 

 雑誌を閉じ私に視線を移す彼。ふうっと息を吐く。

 

「そこは教えてくれる流れだろ」

 

 私はくすりと笑う。

 

「食べに来てくれたお礼に教えてあげるわ。悪くない感じだったわよ」

「週末、天気が(くず)れただろ」

「あれは(まい)ったわね。でも、それまでが好調だったから」

「そうか。ま、おめでとう」

「ありがとう。あなたの――」

「おっと、それはもういいぜ」

 

 彼はにやっと笑う。

 

「ようやく目途(めど)が付いたからな」

「それはよかったわね。おめでとう」

 

 スイーツビュッフェこそやるつもりはないけれど、スイーツはオハラ淡島の売りのひとつだ。ロイヤルアルダーに専属パティシエが就任するとなると、うちのホテルとの差別化はますます難しくなる。私にとって悪いニュースなのは間違いなかった。

 なにか手を打たないと、このままの売り上げを維持するは難しくなるかもしれない。

 

「おい、どうかしたか?」

「あら、ごめんなさい」

 

 考え込んでいたらしい。私は笑顔でごまかした。

 

「急に黙り込んで、気味が悪いぜ」

 

 彼は咳払いしてから続ける。

 

「なあ、小原さん。最初に会ったときもすこし感じたけど、最近は特に……」

「なあに?」

「妙に必死だよな。もしかして……」

 

 私はドキリとする。まさかどこかから条件のことが()れているのだろうか。

 

「オハラグループの経営、危ないのか?」

 

 ダイヤと同じことをいわれた私は絶句した。そして次に笑い出してしまう。そんなに私は余裕がないように見えるのだろうか。

 秦野は憮然(ぶぜん)として横を向いた。

 

「ごめんなさい。急だったので……。そんなこと、ないわよ」

「それでもさ、不採算の淡島のホテルが閉鎖、とかもありえるだろ?」

「失礼ね。きちんと(もうか)かってるわよ。それに、だからって私がなにか、する必要はないわ」

「まあ、そうだよな」

 

 彼はこちらを向いて皮肉っぽく唇をゆがめる。

 

「よっぽどうちのほうが危ないか」

「あなたのところはわからないけれど、いまのところ大丈夫よ、オハラグループもオハラ淡島も」

 

 うなずく彼。

 

「悪かったな、変なこといって。でもさ、それならどうして、そこまで頑張るんだ? スクールアイドルに理事長。ただでさえ忙しいのに」

「それは……小原家の一員として、理由があるのよ」

「今になって急に?」

「三年生にもなるとね」

「ふーん。あまり無理しないほうがいいと思うぜ」

 

 秦野は肩をすくめた。私は目を細めて聞く。

 

「もしかして、心配してくれたの?」

「誰が心配なんかするかよ」

 

 ふんと鼻を鳴らす。まったく、素直じゃない。けれど、すこしだけ嬉しかった。

 彼は続ける。

 

「小原家、か。ホテルのことも一人前(いちにんまえ)にできないなら、スクールアイドルを()めろ、とでもいわれたのか?」

 

 ぎゅっと胸が痛んだ。

 学院の存続にホテルの売り上げが関係している、とはさすがの彼も見当もつかないだろう。

 でも秦野の言葉は一面の真実を突いていた。結局ママは私にスクールアイドルを止めさせたいのだ。

 

「……べ、別に、スクールアイドルは趣味だから――」

 

 答えが遅れて、秦野はその(すき)を見逃さなかった。

 

「もしかして、図星か?」

 

 彼は私をじっと見つめた。私は耐えきれなくて目を()らす。

 

「……それだけなら、どんなによかったでしょうね」

「やっぱりなんかあるんだな。おかしいと思った。どんな条件なんだ?」

 

 私は秦野を見返した。

 彼に話せるわけがない。でも話したい。彼がいなければ。彼の力を借りられれば。

 相反(そうはん)する想いが胸のなかで渦巻いた。

 

「……あなたには関係ないわ」

 

 絞り出すようにいった私に、彼はやれやれというように首を振ると、あっさりと話した。

 

「ま、そりゃそうか」

 

 私は肩透(かたす)かしを食らった気持ちになる。

 

「たしかに関係ない。でもさ、小原さん」

「……なによ」

「利用できるものがあれば利用する。それが大人ってやつだと思うぜ」

 

 ごく静かに秦野は話した。

 

 彼の言葉を咀嚼(そしゃく)する。話すだけなら別に害はないだろう。もしアドバイスがもらえれば、役に立つに違いない。

 いや、逆に妨害されるかもしれない。対抗キャンペーンを打つとか。そこまではしないとは思うけれど。

 私を心配してくれているのだろうか。それとも単に、先輩としてのアドバイス? 私を(おとしい)れるための罠?

 彼は、彼の本心は、どこにあるのだろう。

 

 彼の表情は私に問いかけているようだった。

 私は彼の目を見つめる。そこになにが隠れているのかを。

 

 ずいぶん長い間、私は考えていたと思う。

 

「……そうね。関係ないあなたになら、話してもいいのかも」

 

 彼はよし、というようにうなずいた。

 

        ・

 

 場所を変えるか、という秦野に同意して本屋を出た(彼は例の雑誌を買った)。アーケードの屋根が輝きを失い、黒へと変わっていく時間帯だった。

 場所は彼に任せる。

 

「へえ、わりと素敵じゃない」

 

 てっきりファミレスかファストフードにでも行くのかと思ったのに、彼が案内したのは商店街からすこし外れた喫茶店だった。

 住宅街のなか、板張りの外壁で洋館風の建物は意外なほどに街並みに溶け込んでいる。

 

 ドアを開けてくれた秦野に、ありがとうと礼をいう。

 店内も外見に似合い、濃茶の柱や(はり)と白い壁が落ち着いた雰囲気だった。

 

「こういうところにも来るのね」

 

 案内された席で私は周囲を見渡す。個人経営の喫茶店だと思うけれど、意外なほどに広い。

 

「ちょっといい感じだろ」

 

 彼は私の皮肉を無視して、にやっと笑った。

 

 店員に彼は日替わりのコーヒーを頼んだ。私も同じものにしておく。

 

「次のライブ、地区予選だっけ。新曲はできたのか?」

「残念だけど、まだね」

「大変だな。ま、期待してる」

 

 年末までまだすこしあるとはいえ、もう十一月なのだ。

 

 静かにBGMが流れていた。秦野はまだ本題に入る気はないようだ。私は間を持たせるために聞いた。

 

「今日は秦野さんはどうしたの?」

「ああ……」

 

 彼は顔をしかめる。

 

「本社まで呼ばれてさ。まったく、本当なら俺には関係ないんだけどな」

 

 本社――秦野不動産の本社だろう。それ以上、彼はなにかいうつもりはなさそうだった。

 

 店員がコーヒーを持ってきた。

 彼は砂糖とクリームを入れる。私は一口、そのままで飲んだ。フルーティな香りが鼻腔(びこう)をくすぐった。

 

「それで、条件ってなんなんだ?」

 

 私が落ち着いたのを見計(みはか)らったように、カップをスプーンでかき混ぜながら秦野は聞いた。

 (たく)みに配置されたレイアウトと、肩の高さくらいまである仕切り壁とで、他の席は気にならなかった。

 

 私は彼に気づかれないように小さくため息をついてから、話す。

 

「浦の星女学院が廃校になりそうなのは、前に話したわね」

「ああ、聞いた」

 

 忘れもしない。学校説明会の日だ。

 

「廃校になるかどうかは、入学希望者の数で決まるわ」

「うん、まあそうだろうな」

 

 秦野は話の行方(ゆくえ)が見えないのだろう、曖昧(あいまい)にうなずいた。

 

「でもね、存続のためにはもうひとつ、いえ、ふたつね。条件があるの。私がオハラ淡島の副支配人になること。もうひとつは、オハラ淡島の年末までの三か月の売り上げが、去年を上回っていること」

「は? どうしてそうなるんだ?」

「それは……いろいろあるのよ」

 

 秦野はしかめ面をしてコーヒーを飲んだ。

 できればこれ以上、詳しく話したくはない。けれど彼は続けて聞いてきた。

 

「わからないな。小原さんがホテルの仕事をするのと、学院の存続、どういう関係があるんだ?」

「浦の星女学院は私立で、その運営費の多くの部分はオハラグループから出ているの。地元の企業ってことで」

「CSRの一環か」

 

 Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任、というやつだ。

 

「一応、営利事業だけれど、その側面はあるわね。だからオハラグループが淡島から撤退するようなことがあれば、自動的に学院は廃校になるわ」

「やっぱり経営状態、まずいんじゃないか」

 

 ほら見ろ、という調子で秦野は話す。

 

「撤退するほどじゃないわよ。でも、そうするかどうかはグループ上層部、つまり父の一存で決められる」

「小原さんが副支配人になりました。でも売り上げは低迷しました。となれば廃校にする大義名分が立つ、ということか」

 

 私は肩をすくめて砂糖とミルクを入れる。甘いものが欲しい気分だった。

 

「強引だな。よくそんな条件、引き受けたよな。小原さん」

 

 仕方なかったのよ。受け入れるか廃校か、どちらかの選択肢しかなかったのだから。

 そういいたかったけれど私はぐっと飲み込む。

 

「いいのよ。もともとホテルの仕事は経験しておきたかったから」

 

 秦野はじろっと私を見つめた。本心ではないと彼もわかっているはずだが秦野はそれには触れなかった。

 

「だいたいの事情はわかったと思う。ついでだから聞くけど、Aqoursはどうなるんだ? 廃校になったら」

「わからないわ。廃校が決まっても、来年三月まで学院は存続する。でも、そもそもAqoursが活動開始した目的のひとつが……」

 

 私は改めて口に出すのがなぜか怖くなる。それでなにかが変わるという訳でもないのに。

 彼は辛抱強く待った。

 

「廃校を()めたい、ということだから」

「解散、ってことか」

「可能性は、高いわ」

 

 秦野はうなずいた。

 そのまま彼は目を落として黙り込む。沈黙が流れる。

 

 流れで結局、条件について話してしまった。やはり黙っていたほうがよかっただろうか。いや、私には失うものはないと思い直す。

 

 私は緊張を(まぎ)らわすためにコーヒーを口に運ぶ。ソーサーに戻すとき、カチリとやけに音が響いた。

 ひとつ大きく息を吐いて、彼が顔を上げた。

 

「そういうことなら、ロイヤルアルダーとしても協力するに、やぶさかじゃないぜ」

 

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