支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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17. 提案

 秦野が協力してくれる? 私はなにかアドバイスでも、新しい案でももらえれば(おん)の字だと思っていた。本当だろうか。

 私の心には感謝や安堵よりも疑問のほうが大きかった。

 なにもいえないでいる私に、彼は続ける。

 

「浦の星がどうなっても、ロイヤルアルダーにはなんの関係もない。悪いけどな」

 

 私はうなずく。

 

「今、問題なのは入学希望者とホテルの売り上げだよな」

「そうね。そのふたつが条件だから」

「入学希望者は方はなんとかしてくれ。ただ、オハラ淡島の売り上げを伸ばす、ってことなら、なにかできると思うぜ」

「あら、お客さんの一部を回してくれるとか?」

 

 私は軽い口調で話してみる。まずあり得ないと思うけれど。

 

「まさか。そんなことしたら、俺がどやされちまう。うちのホテルが得をして、かつオハラ淡島にも利益になる、そういうのをなにか考えるんだよ」

「共同でイベントを開催するとか、そういうこと?」

「まあ、それだけじゃないけどな」

 

 彼はうなずいた。

 たしかにそれなら現実的かもしれない。樫村さんも話していた。お互いに(おぎな)う関係だと。ただオハラ淡島とロイヤルアルダーのような大手同士でもそれが成り立つだろうか。

 彼が不意に口にする。

 

「そういや、時間は大丈夫か?」

「いざとなったらタクシーで帰るから、大丈夫よ」

「そういうのじゃなくて、門限とか」

「そっちも大丈夫。うちは……放任主義だから」

「へえ、ちょっと意外だな」

 

 なにしろひとりきりで淡島に住んでいるのだ。究極の放任主義に違いない。

 でもそのわりに干渉してくる両親のことを、私は改めて思う。スクールアイドルでもなんでも、やらせてくれればいいのに。いっそのこと逃げ出してしまってはどうだろうか。――いや、学院がある間は無理だ。

 

 考えを振り払い、私のことを心配してくれた彼に一応お礼を述べる。

 

「わざわざありがとう」

「おう」

 

 彼はコーヒーを口に(はこ)んだ。

 カップを置くと口元を引き締めて話す。

 

「わざわざ俺に話すってことは、相当、やばいのか?」

「いろいろ考えてはいるけれど、このまま行けば五分五分(ごぶごぶ)というところだと思うわ。なにもなければ、かろうじて超えるとは思う」

「なにかあれば、下回ってもおかしくない、と」

「ええ。たとえばロイヤルアルダーが大幅割引のキャンペーンを打つとかね」

「話を聞いてなきゃ、それもありえたかもな」

 

 彼は首を振った。彼の言葉はきっと冗談だろう。彼に話したことで、そんな未来が避けられたのならいいのだが。

 

「とはいえ、それこそ天気が悪いっていうだけでもまずいわけだ」

「その通りよ」

「たしかに、それはやばいな」

 

 なにか策を打たなければダイヤ、果南と話した最悪のケースが現実になりかねない。

 

 私の不安を知ってか知らずか、彼はにやっと笑った。私は警戒心を(いだ)く。なにか交換条件でも出されるのだろうか。

 

「ま、そのレベルで良かった。一発逆転の博打(ばくち)を打たなくても、いいわけだからな。だいぶ楽だぜ」

 

 私はうなずいた。一面ではそういう考え方はできる。

 

「だからさ、もうちょっと気を楽にしろよ。可愛い顔が台無しだぜ」

 

 たしかにそうかも。切羽(せっぱ)詰まっていればアイデアも浮かばない――ん? 彼は今、なんていった?

 

 まじまじと見返す私から視線を外して、彼はコーヒーを飲んでいる。心なしか顔が赤い気がするのは私の勘違いだろうか。いや、赤いのは私の顔だ。

 もちろん私は、聞き返すことなんてできなかった。

 

 不自然な()が流れて、私も残り少なくなったコーヒーを飲む。

 

「……なにか具体的なアイデアはあるの?」

「今のところは、なにも。まあでも、思いつくだろ。スイーツビュッフェよりも良さそうなやつが」

 

 彼はふふんという感じで鼻で笑った。

 

「悪かったわね、たいしたことなくて」

 

 私はつんと顔をそむける。限られた時間のなかで考え、開催したわりには上手くいったのだ。

 

「まあ、悪くないアイデアだったとは思うぜ。五分五分まで来たんだろ。味も良かったしな」

「本当にそう思ってるの?」

「ほんとだよ。うちのホテルで開催できなくなったのが(しゃく)だな。二番(せん)じだと思われるから」

 

 彼は大げさにため息をついた。

 

「で、今はなにを考えてるんだ? テコ入れのために」

「それ、必要な情報かしら?」

「もちろん。同じこと考えたら馬鹿みたいだろ」

「……仕方ないわね」

 

 私は肝心なところはぼかしつつ、検討中の企画のあらましを話した。

 いつの間にか警戒心は消えていた。

 

「うーん、どれも決め手に欠ける、っていうか小粒だな」

 

 聞き終わった秦野は話した。

 

「なかなか難しいのよ。スタッフの人手も限られてるし」

 

 私の言葉に彼は、まあな、とうなずいた。

 

「それじゃ、ちょっと考えてみるわ。途中、なにか聞くかもしれないから、そのときはよろしく」

「わかった。私もなにかあれば連絡する」

「ああ、そうしてくれ」

 

 私はさっと手を伸ばして伝票を取った。

 

「私も経費で落とすわ」

 

 彼はなにもいわずに肩をすくめた。

 

        ・

 

 喫茶店の外に出る。ひんやりとした夜気(やき)は秋よりも冬を思わせた。

 隣で秦野もポケットに両手を突っ込んでいた。

 

 さて、と考える。バスはもうない時間だ。駅前からタクシーを拾おう。

 

「駅は、どっちかしら」

「ここからだと、この道をまっすぐだな」

「ありがとう。秦野さんは――」

「俺は車があるから」

「あら、そう」

 

 駅まで一緒に歩こう。そう考えていなかった、といったら嘘になる。

 私がさよならをいおうとすると。

 

「淡島まで乗せてやるよ」

 

 秦野がぶっきらぼうに話した。

 

「別にいいわよ。今日はそこまで遅いわけじゃないし、バスもまだあるかも」

「どうせついでだからな。経費削減になるだろ?」

 

 それはそうだ。条件は売り上げであって利益ではないのだけれど。

 

「どうする?」

「……お言葉に甘えるわ。ありがとう」

 

 自分でも意外なほど素直に、私はそう答えていた。

 

「そこのコンビニで待っててくれ」

 

 ついていこうとした私に、彼はすたすたと歩いて行ってしまう。

 

 コンビニに入って立ち読みをしながら駐車場を気にしていると、すぐに見覚えのある車が止まった。

 私はレジ横の棚から温かいペットボトルを二本買って、店を出た。

 

「どうもありがとう」

 

 私は今度は迷いなく助手席に乗る。

 

「はい、これ」

「どうも」

 

 彼はボトルを受け取り、両手で二、三秒握りしめたあと、ボトルホルダーへ置いた。

 

「それじゃ、悪いけれど淡島までよろしくね」

「了解」

 

 私がシートベルトを締めると秦野は車を出した。

 

 車の中で、会話はあまり(はず)まなかった。

 いや、弾まなかったというのとは違って――会話する必要がなかった、というのが正しいのかもしれない。黙っていてもプレッシャーを感じることもなくて、むしろ心地よかった。それは果南やダイヤといるときと一緒だった。

 

 気づけば、ずっと(いだ)いていた焦燥感(しょうそうかん)はすっかり消えていた。

 果南、ダイヤ以外にも相談できる人ができたということが理由だろう。私は心のなかでもう一度、彼に感謝した。

 

 途中、ぽつりと彼は()らす。

 

「今日、沼津からにして正解だったな」

「正解って、どういうこと?」

「朝、三島まで車で出ることもあるからさ」

「ふうん、なるほど」

 

 たしかに三島へ車が止めてあれば、こうして送ってもらうことはできなかったわけだ。

 ん、でも、それなら私と会うこともなくて、送る必要もないはず。とすると、彼の真意は――。

 

 私はそれに気づいて視線を窓の外へ移した。

 

 今日のことを思い出す。

 私の相談に不思議と親身(しんみ)になってくれたこと。沼津で正解だった。それに、喫茶店での彼の言葉。さらにこの前、車に乗ったときのことも。

 

 胸のなかに、ぽっと温かいものが宿(やど)った気がした。

 

 ちらっと運転席を見る。うん、まあ見てくれは悪くないのだ。

 

 それにしてもどうして――こんなにも私の顔は熱くなっているのだろう。

 私は目を閉じて、深く深呼吸した。

 

「おい、そろそろ着くぞ」

 

 私は目をしばたたく。

 

「ほんと、よく寝てたな」

 

 彼の声に皮肉が混じっている気がした。

 

「ごめんなさい。私……」

「謝ることはないさ」

 

 ウインカーを出して車は船着き場の駐車場へと曲がる。

 

「ありがとう、秦野さん」

「どういたしまして。ま、今日はゆっくり寝てくれ」

「そうするわ」

 

 彼は暗い車内でうなずいた。口元が微笑んでいるように見えた。

 

        ・

 

 淡島に戻り、ホテルの通用口から入る。

 いつもなら夜とはいえ、食事や遅いチェックインでざわついている館内も、この時間にはすっかり静かになっていた。

 

 私が帰った気配を察したのか、事務所から佐々木さんが顔を出した。

 

「鞠莉さん。お疲れさまでした」

 

 ほっとした様子だ。そうか、いつもより遅くなったから。

 

「ごめんなさい。沼津ですこし用事があって、遅くなりました」

「とんでもないです。ただ、終バスでもお帰りにならなかったので」

「連絡を入れるべきでした」

 

 私は頭を下げた。佐々木さんはあわてていう。

 

「いえ、鞠莉さんも高校生ですからね。タクシーをお使いなら、領収書をいただければ手続きいたします」

「あの、私用だったので……今回は大丈夫です」

 

 佐々木さんはわかりました、と笑い、事務所へと戻った。

 

 エレベータを待ちながら私は思う。

 樫村さん、総料理長だけでなく佐々木さんも私のことを気遣(きづか)ってくれた。ここにはそんな人達が、たくさんいるに違いなかった。

 やはりオハラ淡島は名実ともに我が家なのだ。

 

 浦の星女学院を存続させるためだけに引き受けた副支配人だけれど、そのオハラ淡島のために、私はもうすこし、なにかをやりたくなった。

 

 部屋に戻ってから、私は今日の喫茶店の領収書を経費精算できなくなったことに気づいた。

 

        ・

 

 翌日、放課後。下校してみんなと一緒にバス停まで歩いていたとき。

 するすると花丸が近づいてきた。

 

「鞠莉ちゃん。最近、学院のお仕事のほうはすこし落ち着いた?」

「ええ、おかげさまでね」

 

 ダイヤと果南のおかげだ。

 

「それはよかったずら」

 

 微笑む花丸。

 

「鞠莉ちゃんが忙しそうで、マルは心配してたんだ。きっとみんなも同じだと思うよ」

「そうだったのね。サンキュー、花丸」

 

 花丸はまわりを確認する。彼女のペースにあわせて歩いていたせいか、みんなからすこし離れていた。花丸は一段、声を落として続ける。

 

「あの、鞠莉ちゃん。マル、昨日本屋さんに行ったずら」

「ええと、それは……」

 

 花丸はうなずく。

 

「ごめんね、鞠莉ちゃん。気づいてすぐ離れようと思ったんだけど。でも、深刻な表情でお話ししていたから、マル、気になってしまったずら」

「ああ、そうなのね」

 

 たしかに、周りのことは全く目に入っていなかった。

 

「彼となにかあったの、鞠莉ちゃん? 喧嘩とか、してない?」

 

 花丸は心配そうに聞いた。

 どこから説明したらいいだろう。それも、肝心(かんじん)なことは話さずに。

 

「ええとね、花丸。たいしたことじゃないの。仕事のことで彼と相談していただけ」

「あ、だから真剣な表情だったんだね」

「ええ、そうよ」

 

 私が花丸を安心させるように微笑むと、彼女もにこっと笑った。

 

「それじゃ、そのあと、一緒に店を出たのは……」

 

 そこまで見てたのね。私はあわてて話す。

 

「ほら、スイーツはホテルにも重要じゃない。だから彼から、スイーツのおいしい店を紹介してもらったのよ」

「なるほど。マル、ちょっと誤解してしまったずら」

「いいのよ、花丸」

 

 花丸はにこっと笑うと、小走りで前を行くルビィと善子に合流した。

 私はひとり、最後からゆっくりとついていった。

 

 でも、花丸はどんな誤解をしたというのだろう。

 外から見たら私と彼は――まあ、喧嘩のあとで仲直りのデートという感じに見えなくもないだろう。

 

 彼とデート。「可愛い顔」という言葉が、突然フラッシュバックする。

 

 私には――私にはちっとも、そんなつもりはないけれど。彼のほうは? ありそうにない。年の差だってある。「可愛い顔」だってきっと、言葉の(あや)だ。せいぜい、生意気な小娘がかんばっているのを生温(なまあたた)かく見守る、くらいの気分なのだろう。

 そう思ったらなんだか腹が立ってきた。

 

 でも、なぜ腹が立つのかは一向(いっこう)にわからなかった。

 

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