支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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18. 盲点

 それから数日、「ちょっと考えてみる」といった秦野からの連絡はなかった。そんなにすぐになにか思いつくわけでもない。わかっていても、心細く感じた。

 

 ある日の夜。自室で食事を終えたころ。

 私のスマートフォンが着信音を鳴らした。画面に表示された名前は、彼だった。私は一度深呼吸してから受話ボタンをタップする。

 

「小原です」

『どうも。夜に悪いな』

 

 電話越しに聞く彼の声。

 

「いいえ、ちょうどいいわ」

『それならよかった。ちょっと確認したいことがあってさ』

 

 そういえば電話でじっくり聞いたのは初めてかもしれない。

 

「なにかしら」

『Aqoursのことなんだけど、次のライブ、来月下旬だよな』

「そうね。ラブライブの東海地区予選だから」

 

 今、みんなで準備を進めているところだ。まだ圧倒的なパフォーマンスのアイデアは出ていないけれど。

 

『それまでに一度、ライブできるか? たとえば来月上旬とか』

「ずいぶん急ね。でも、どうして?」

『仮にやるとしたら、の話だ。今のところ』

 

 詳細を教えてくれる気はないらしい。

 ライブといってもいろいろだ。それこそ一曲だけで良ければ昼休みに体育館で歌うこともある。だから――。

 

「どのくらい本格的なものかわからないけど、新曲を用意しなくていいなら、できると思うわ」

 

 予選の準備で忙しいとはいえ、不可能ではないだろう。

 

『そうか、それはよかった』

「ただ、学校行事と重なると厳しいわね。ちょっと待ってね」

 

 私はスマートフォンを持ち直して予定表を確認する。

 

『そうか、高校生だっけ。いろいろイベント多いよな』

 

 秦野の声がスピーカーから小さく聞こえた。

 

「来月上旬だと、期末試験くらいかしら」

『あー、そりゃきついか』

「最初の週には終わるわ。そのあとなら大丈夫だと思う。もちろん最終的には、みんなのやる気次第よ」

『なるほど。わかった。すまないな、急に聞いて』

「いいえ。なにか考えてくれてるんでしょ?」

 

 私はなるべく軽く聞こえるように、でも期待を込めて尋ねてみる。

 

『さあ、どうだか』

 

 彼が肩をすくめるのが見える気がした。

 

『今度は先にメールする。メルアド送っておくから、あとで返信してくれ』

「わかったわ」

『うん、それじゃ』

「ええ、おやすみなさい」

 

 彼はなにもいわず通話はそのまま切れた。

 

 Aqoursのライブがホテルとなにか関係するのだろうか。あいにくオハラ淡島の一番大きい宴会場を使っても、(はい)れる人数は限られている。ロイヤルアルダーのあの宴会場も似たようなものだ。ディナーショーなら話は別だが、高校生がディナーショーというのも、いろいろまずいと思う。

 

 彼はなにを考えているのだろう。私はしばらくスマートフォンを見つめていた。

 

        ・

 

 彼からの次の連絡は意外に早かった。翌日、バスで沼津へ行く途中、秦野からメールが届いたのだ。

 私は会話していたダイヤと果南に断ってメールを開く。メールには簡潔な文章で、Aqoursにライブを頼みたいこと、できれば一度、会って話したいことが記されていた。

 直接話したい、というのはわからなくもない。ただメールをやり取りして会う予定を詰めるのは面倒だし、それならいったん電話をしたほうがいい。

 私は落ち着いたらすぐ、こちらから電話を掛けると返信した。

 

 二十分ほどして沼津駅前に着く。みんなの一番あとについて歩きながら、私は電話を掛けた。

 彼に電話を掛けるのが初めてなことに気づいたのは、コール音が鳴りだしてからだった。

 

『ロイヤルアルダー秦野です』

「こんにちは。小原です」

『おっと、小原さんか。すまん、画面を見てなかったから』

「いいえ」

 

 彼はなにを謝ったのだろう。

 

「それで、メールをもらった件だけど。ライブを頼みたい、ですって」

『ああ、そうだ。電話だと説明とかいろいろ面倒だから、直接、話したほうがいいと思う』

 

 落ち着いた声だけれど若干、興奮が混じっている気がした。

 

「ちょっと待って。概要だけでも聞かせてもらえるかしら。場合によってはぜんぜん、無理かもしれないわよ」

『そういえばそうか。……いや、やっぱり話したほうがいいな』

「なにか怪しいわね。断れないような条件、出してくるんじゃないでしょうね」

『そんなことはないさ』

 

 秦野は否定した。直接話したいというのは気になるが、混み入った話なのだろう。

 

「わかったわ。今、沼津に来てるから……今日だと遅くなるけど、いいかしら? それとも明日?」

『ああ、遅くてもいいよ。なんなら沼津まで行こうか?』

「それは()めてくれる」

『そうか?』

 

 彼は不思議そうな声を出した。私はあわててフォローする。

 

「わざわざ来てもらうのは悪いわ。すこし早めに、練習から帰るから」

『わかった。松月(しょうげつ)にでも行くか?』

「さすがに閉まってる時間だと思うから……」

 

 私は考える。どこで待ち合わせればいいだろう。内浦は遅い時間になると良い場所がないのだ。Aqoursのみんなとなら、海岸とか公園とか誰かの家とか、どこでもいいのだけれど。

 悩んでいると彼がいう。

 

『うちのホテルまで来るか? ラウンジでもいいし』

「えっと……」

 

 私はまた別の意味で考える。オハラ淡島まで来てもらってもいいが、今回は話を聞く立場だ。向こうへ行ったほうがいいだろう。

 

「そうさせてもらうわ。制服で行っても、大丈夫?」

『もちろん。フロントで呼び出してくれ』

「わかったわ」

 

 彼は電話を切った。

 さて、みんなに怪しまれないように、なんとか理由を付けて先に帰ると伝えなくては。

 

        ・

 

 結局私はホテルの用事ができたと真実を告げて、すこしだけ早く帰らせてもらった。

 バスが内浦に着くのが待ち遠しくてならなかった。

 

 ロイヤルアルダーに近いバス停で降りる。

 ここに来るのはいつかの夜のレストラン以来だ。

 

 フロントで秦野の名前を出すと(それまでホテルマンの目に、かすかな疑問が浮かんでいたのを私は見逃さなかった)、私は丁重(ていちょう)にラウンジの(すみ)のほうの席に案内された。

 

 秦野はすぐにやってきた。書類(ばさ)みとPCを手にしている。「コーヒーでいいか?」という問いに私はうなずいた。

 彼はフロアのスタッフとなにか話し、スタッフは一礼して去った。

 

 ホテルの従業員は私のこと、どう思っているんでしょうね。

 そう考えると、すこしおかしくなった。

 

「わざわざ来てもらって悪かったな」

 

 向かいの席に座った秦野が話した。

 

「いいえ、私が聞かせてもらう立場だから、今回は当然よ」

「へえ、ずいぶん殊勝(しゅしょう)だな」

「なによ、悪い?」

 

 彼はぜんぜん、というように首を振った。

 

「ちょっと珍しいなって思っただけさ」

 

 私をなんだと思っているのだろう。

 

「そんなことないわよ。それで、話ってなにかしら?」

 

 秦野はそう聞いた私を制する。

 スタッフがコーヒーをふたつ、持ってきた。私は丁寧(ていねい)に一礼する。スタッフも深くお辞儀をしてから去った。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 悔しいけれどロイヤルアルダーのコーヒーはおいしかった。

 

 コーヒーを置いて、問いかけるように秦野を見る。

 彼はにやっと笑って話し出した。

 

「あらかじめ断っておくけど、もし実現できないようなら、すまん。そのときは忘れてくれ」

「もちろんよ。なにかマイナスになるわけじゃないわ」

「そういってもらえると助かる」

 

 彼はうなずいた。

 

「まず確認だけど、Aqoursにはファンがいる。それなりに」

「それなりに、は余計よ。でも、そうね。ありがたいことに」

 

 東京のイベントで彼も感じているはずだ。

 彼はごほんと喉を鳴らしてから続ける。

 

「だからライブには集客効果が見込めるよな」

「それはまあ、内容とか宣伝とかにもよるけれど、そう期待しているわ」

「よし。そして幸い、小原さんはAqoursの当事者だ。顔が()く」

「当事者っていうのかしら。メンバーのひとりよ」

「いちいち突っ込むなあ、小原さん」

 

 苦笑する秦野。

 

「あら、あなたに(すき)がありすぎるのよ」

「まあ突っ込んでもらうくらいのほうが、検討するときにはいいか。で、廃校を避けるための条件はふたつ、と」

「そうね」

「ひとつ目は置いておいて、小原さんに課せられた条件は、オハラ淡島の売り上げが前年を上回ること。これで合ってるよな?」

「ええ、そうよ。前回も話したじゃない」

 

 秦野はにやっと笑った。

 

「これがポイントなんだよ。利益じゃなくて、売り上げだ」

「たいした違いはないんじゃないの?」

「そうでもないさ。たとえば滅茶苦茶広告費を掛けて広告をバンバン打って、ホテルが一杯になれば、それで条件達成だ」

 

 非現実的な話に私は(あき)れてしまう。

 

「大赤字じゃない。そんなこと、できるわけないわよ」

「もちろん、わかってるさ。でも条件だけ見たら、極端な話、赤字でもいいってことだ」

 

 本当だろうか。

 たしかに父はあの日、売り上げと話していた。ほかになにか、いわれなかったか思い出そうとするが――利益の話は一言(ひとこと)も出なかった。

 だから秦野の話は、文字通り(とら)えればその通りだ。

 私は確信を持てないまま彼に聞く。

 

「それがあなたのアイデアってわけ? ホテルに不利益になるようなことは、やりたくないし、やらせてもらえないわ」

 

 もしかしたら樫村さんに頼み込めばOKが出るかもしれない。でも同情につけこむようなことはしたくなかった。

 

「もちろん、違うさ」

 

 あっさりと秦野はいった。

 

「それじゃ――」

「だから、利益になるのは難しいようなことでも、売り上げさえ伸びればやる価値はあるってことだよ。そう考えれば、いろいろ出てくるんじゃないか?」

「そう……かしら」

「きっと小原さんでも、なにか思いつくだろ」

 

 彼はまた笑う。そこには私を――(はげ)ますようななにかが隠れている気がした。

 私はすこしだけ嬉しくなって、目を落としてコーヒーを一口、飲んだ。

 

「で、とりあえず俺の案を説明させてもらっていいかな」

「もちろん、どうぞ」

 

 私は顔を上げて彼に微笑んだ。

 

 彼は持ってきた書類挟みから、数枚の紙の束をふたつ取り出し、ひとつを私に向けた。

 

「お手元の資料をご覧ください」

 

 彼は気取った調子で話した。

 表紙には大きく「ホテルオハラ淡島・初冬の地元応援特別企画」とあった。

 

「どういうこと?」

「まあ、慌てるなって。紙は実は、おまけだ。あとで読んでくれ」

「なによそれ……」

「きっと、あとで必要になるさ」

 

 私が顔をしかめるのも気にせず、彼は続ける。

 

「要は採算度外視(どがいし)で……まあトントンくらいで、なにかやればいいわけだ。オハラ淡島の主催でな」

「悪いけど、うちのスタッフはそんなに余裕、ないわよ」

「そこはロイヤルアルダーが協賛ってことにする。多少は儲けが出るなら、うちから人を出してもいいだろ」

「それは、助かるけど」

「で、なにをやるかを考えたときに、幸い、ここに我らが小原鞠莉ちゃんがいる」

「あの、ちゃんづけは止めてくれるかしら……」

「おっと、すまん」

 

 まったく悪びれもせずに謝る彼。

 私は顔が熱くなってパタパタと手で扇いだ。空調が効きすぎているに違いなかった。

 

「オハラ淡島主催、Aqoursのライブ。悪くないだろ」

 

 彼はきらりと目を輝かせた。

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