支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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19. 提案の内容

「ちょっと待って、Aqoursの予定は確保するとして、準備もなんとかするわ。でも場所はどうするの? 学院の体育館?」

「さすがにちょっと狭いな。今のAqoursなら、もうすこし呼べるだろ」

「でも、来月よ。大きなホールは、今からじゃどこも難しいでしょ」

 

 パパに相談する、という方法はあるにはある。ママには内緒でなにか手を回してくれるかもしれない。ただ、できる限り取りたくない選択肢だ。

 

「一応、そこは確認しておいた」

 

 秦野は資料を開いてめくる。

 

「市民文化センターは流石(さすが)()いてないな。だからいくつか伝手(つて)をあたって、県東部で探してみた。たぶんここが一番いいと思う」

「富士経済大学、桜井記念講堂……? 大学の講堂を借りるってこと?」

「ああ、そうだ。収容人員、千二百人。あまり大きくないが、ここなら土曜日の午後、半日借りられる」

 

 写真が添えられていた。モダンな外見だが内部は落ち着いた雰囲気で、どこか音ノ木坂学院(おとのきざかがくいん)の講堂を思わせた。

 秦野にとってはあまり大きくないのかもしれないが、それでも市民文化センターと同じくらいだ。Aqoursの単独ライブとしては今までで一番、大きな規模になる。

 果たしてそれだけのお客さんが呼べるだろうか?

 

 いや、今のAqoursならきっと大丈夫だろう。

 

「富士市だからすこし遠いけど、どうだ?」

「それは平気だと思う」

 

 私はうなずいた。沼津市の隣だし、Aqoursもずいぶん遠征慣れしている。

 

「で、チケットをそれなりの金額で売るとして……」

「中学生、高校生のお財布事情は厳しいわよ」

「まあ、そりゃそうだな」

 

 秦野は別のページを開く。

 

「イベント本体では、赤が出ないくらいのギリギリにした」

「へえ、意外に安いわね」

「そのぶん大人はちょっと高めだな。さらに物販(ぶっぱん)のブースを作って、そこでうちのスイーツを売らせてもらう」

「さっそくパティシエが活躍するわけね。まあ、それはどうぞご自由に。オハラ淡島からも、出していいかしら」

「もちろん」

 

 肩をすくめる秦野。

 

「Aqoursへの出演料も計算に入れといた。雀の涙だけどな」

「あら、別にいいのに」

「小原さんはそうかも知れないけどさ、やっぱり嬉しいもんだぜ。自分たちでお金を稼ぐ、っていうのは」

 

 私もオハラ淡島の経営――というほどではないが――に(たずさ)わるようになってそれは感じる。

 アイドル部の活動費が足りなくてみんなでアルバイトしたのも、記憶に新しいところだ。

 

「で、トータルだと、このくらいの売り上げにはなると思う」

 

 私は金額を見つめた。この前のスイーツビュッフェの売り上げよりも、かなり大きい。

 顔を上げて秦野に聞く。

 

「こんなにうまくいくかしら」

「結構、固い数字だと思うぜ」

 

 彼は自信ありげに胸を張った。

 

「どうだ、小原さん」

 

 もしライブが実現するなら売り上げの問題はクリアできる、と私は思う。

 

 それにもうひとつメリットがある。入学希望者の増加に(つな)がる可能性だ。ラブライブ地区予選は盛り上がるにしても、ライブ会場は愛知県だ。

 実際に学院への入学希望者が多いであろう地元には、地元のライブのほうが効果的だろう。

 そこまで秦野が考えたのかどうかはわからないけれど。

 

 私は彼を見つめた。なにか罠が――ロイヤルアルダーに大きなメリットがあったり、オハラ淡島に損が出たりするようなことが、あるだろうか。

 彼は静かに私の答えを待っている。

 

 ふと彼のような落ち着いた大人になりたい、と思う。まだ彼のことはよく知らないけれど、知識も経験もずいぶん距離があるように感じた。

 

 だから私がどれだけ考えても、彼に悪意があれば気づけないかもしれない。でも今、彼の表情には、彼の目のなかには、そんなものは見つからなかった。

 あるのはむしろ真剣さと、私がどう答えるかという期待、そして――不安だろうか。

 

 私は彼を信じる。

 

「わかったわ。やりましょう」

「そういうと思ってたぜ」

 

 にやっと唇の端を上げる秦野。

 

「最初に、ライブについてAqoursのみんなに確認するわ。きっと大丈夫だと思う」

「そこは任せる。まあ、小原さんがいうなら大丈夫なんだろ。で、あとはオハラ淡島がうんというか、だ」

「私が企画を通さないといけない、ということね」

「そうだ。スタッフの件とか、そういうのは資料に書いておいた」

「ありがとう」

 

 私は頭を下げる。

 

「中身は同じだから、使ってくれ」

 

 そういって彼はUSBメモリをテーブルの上に置いた。

 そして最終確認をするように私の目を(とら)えて、話す。

 

「行けるか?」

「あとでじっくり読まないと確実なことはいえないけど……行けると思う。いえ、なんとかして説得するわ」

「よし、その意気だ」

 

 秦野は大きくうなずいた。

 

 彼は「淡島まで送るか?」といってくれたけれど、業務時間中にそこまでしてもらうのは悪い。私は断ってオハラ淡島に車を頼んだ。

 

「決まったら連絡する」

「おう、いい知らせを待ってる」

「浦の星のために、わさわざありがとう」

「いや、それはどちらかというと――」

 

 秦野はいったん言葉を切った。

 

「勘違されないようにいっておくと、うちのホテルのためだぜ」

 

 そういって首を振る。

 

「ビジネスチャンスは(のが)さないのが、優れた経営者ってもんだ」

「そうね、そこは見習いたいわね」

「まあ、あまりそういうことばっか、考えてるのもどうかと思うけどな」

 

 秦野は自虐的(じぎゃくてき)に肩をすくめた。

 

 私は秦野と別れて玄関の外で待つ。もうすっかり暗くなっていた。

 すぐに車が止まり、短くクラクションを鳴らした。窓から(のぞ)き込むと、運転手は樫村さんだった。

 一瞬、悩んでから私は助手席のドアを開けた。

 

 車が動き出す。

 

「すみません、樫村さん。わざわざ来ていただいて」

「いえ、ちょうど帰るところでしたので。それなら私が行く、と。車なら往復してもすぐですから」

 

 私は頭を軽く下げて謝意を示す。

 

「今日は、内浦の会合の話かなにかですか?」

「はい、今日は……」

 

 その関係で打ち合わせが、といおうとして、考える。どうせ企画を出すときには話さなくてはならないのだ。

 

「あの、オハラ淡島でなにかイベントでもできないか、相談してたんです」

「ほう、ロイヤルアルダーの(かた)とですか」

「ええ。ちょっと機会があったので。差し(つか)えなかったでしょうか」

「その点は、鞠莉さんを信頼していますよ」

「ありがとうございます」

 

 私は感謝する。

 

「鞠莉さんが個人的に先方(せんぽう)と相談されたなら、特になにもいうことはないですしね」

 

 樫村さんは一瞬、私に向けて微笑んでから続ける。

 

「それで、いいアイデアが出そうですか」

「もうすこしまとまったら、相談させていただきます」

「楽しみにしています」

 

 樫村さんはうなずいた。

 

        ・

 

 翌日の昼休み。私はダイヤと果南に理事長室まで来てもらう。

 

「ホテルのことで、なにか進展でもあったのですか」

「なにか新しいことでも、思いついた?」

 

 教室ではできなくて、かつAqoursみんなではなく三人だけで話したいことといえば、ホテルの件しかない。

 

「ええ。まだ可能かどうかわからないのだけれど、聞いてもらえるかしら」

 

 ふたりがうなずいたのを見て私は話した。Aqoursのライブをやりたいこと、ホテルの売り上げだけでなく入学希望者も増えるかもしれないと考えていること。会場のあてはあること。

 ロイヤルアルダーと共催の件は、とりあえずいわずにおく。

 

「Aqoursのみんなには、私の都合に付き合わせる形になって、申し訳ないのだけれど」

 

 私がそういうとダイヤは微笑んだ。

 

「いえ、入学希望者が増える可能性だけでも、やる価値はあると思いますわ」

「そうだね。きっとみんな、むしろ喜ぶよ。ライブの機会が増えて」

 

 果南も同意する。

 

「それじゃ、今日の練習のときに話を出すわ。私からのお願い、ということで」

「わかりました」

「……私は反対だな」

 

 うなずいたダイヤに対して果南は首を振った。

 

「果南さん?」

 

 ダイヤが意外そうに問いかける。

 

「そこは鞠莉からじゃなくて、三年生からの提案ってことにしようよ。ホテルのことは黙ってるんだし、もし売り上げが伸びなかったら困るのは、私たちも一緒だから」

 

 にっこりと笑う果南。

 

「たしかに、果南さんのいう通りですわ」

 

 ダイヤも微笑み、私を見つめる。

 

「……わかった。三年生からの提案にする。ありがとう、ふたりとも」

「どういたしまして」

「むしろ私は、鞠莉にありがとうっていいたいよ。今回はいろいろ話してくれてさ」

「もっと早く、話せばよかったわね」

 

 私がいうと果南はあはは、と笑った。

 

 そのあと私たちは一、二年生にどう話すかを相談して、昼休みが終わるギリギリに教室に戻った。

 

 ロイヤルアルダーと共催だということも話すべきだったろうか。いつかはきっと知られてしまうことで――でも、ダイヤはこの前、あのホテルができたことを「運が悪い」といっていた。もうすこし具体化してからでもいいだろうと私は思った。

 

        ・

 

 その日の練習で私たちはオハラ淡島が主催するライブのことを提案した。

 

「幸い、ラブライブの東海地区予選まではまだ時間があります。入学希望者を増やすために地元でライブをする、というのは悪くないと思います」

 

 私と果南の説明を、ダイヤがそういってまとめた。

 

「いいね! こんな機会、逃すのもったいないよ!」

 

 途中から食い気味に聞いていた千歌が、真っ先に声を上げた。

 

「賛成であります!」

 

 曜も敬礼で同意する。

 一年生たちも目を輝かせていたけれど、ちょっとだけ不安が見えた。

 

「私もいいアイデアだと思う。でも、大丈夫かしら。予選のほうが間に合わなかったら、本末転倒よ」

「余裕があるといっても予選まであと一か月とすこしだから……なるべく負担が少ない形にしないと」

「そうだね。まだどういうパフォーマンスにするか、決めていないし」

 

 善子と花丸の言葉に、ルビィがうなずいた。

 

「もしやるとしても新曲は難しいかな」

 

 梨子はそういって千歌のほうへ視線を送った。千歌はあはは、と笑う。たしかに予選の曲もまだできていない。

 私は昼休みに相談したことを説明する。

 

「ええ、だから曲は既存の曲だけにするわ。それでも地元では披露したことのない曲ばかりだし、きっとアピールできると思う」

「……それがいいでしょうね」

 

 一瞬の()のあと善子がみんなを代表するようにそう口に出して、肩をすくめた。

 どうせなら新曲を出したいと思ってしまうのは、みんな一緒らしい。

 

「私に時間があれば、アップビートでハイテンションなロックナンバー、披露しちゃうんだけどね」

 

 私が冗談めかしていうと梨子が微笑む。

 

「素敵ですね、それ」

「でしょ。でも、作詞もしなきゃよね。誰か作詞してくれる人がいるかしら。そうね、このへんに……」

 

 私の視線を受けてダイヤは顔を赤らめる。かつて「未熟DREAMER」を作詞したのは果南で、次はダイヤが、と話したのは遠い昔の話だ。

 

「もちろん、鞠莉さんが作曲するなら、作詞をするのもやぶさかではありませんわ。でも、今回に限っては……」

「そうだね。ちょっと難しいかな」

 

 果南も首を振った。

 

 二年前のように三人で曲を作れれば、それはきっと素敵な経験になるだろう。でも、あいにく今回はスケジュール的に厳しい。

 

「ということ。ソーリー、ごめんね、みんな」

 

 私は舌を出してみせる。

 

「鞠莉ちゃんが一番、忙しいもんね」

 

 曜が私を(ねぎら)うように微笑んだ。

 

「そんなことはないけどね」

 

 私は首を振ってから続ける。

 

「それじゃ、私はこれからホテルのほうに交渉する。もし、うまくいかなかったらごめんなさい。でも、きっと大丈夫だと思う。すぐにグレートな報告ができると思うわ!」

 

 私の言葉にみんなは大きくうなずいた。

 

 よし、あとは樫村さんに、オハラ淡島に伝えるだけだ。とはいえそちらのほうが難しそうなことは、私にもよくわかっていた。

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