支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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21. ダイヤの思惑

 翌日の放課後、沼津市街の施設。練習が始まる前に、私は正式にライブ企画が決まったことを改めて話した。

 そのなかでロイヤルアルダーとの共催になったことをさりげなく説明したとき、ほかのみんなは気にも留めなかったけれど、ダイヤだけは眉をぴくりとさせた。

 

「Aqoursの単独ライブって考えると、もしかして今までで一番、大きいんじゃないかしら?」

 

 梨子がいう。

 

「あっ、そういえばそうだね」

「うわっ、ドキドキしてきたよー!」

 

 曜がうなずき、千歌が目を輝かせた。ほかのみんなも興奮気味(ぎみ)だ。

 

 今回のライブは新曲がない()わりに複数の曲を歌うことになる。地区予選だけなら一曲に集中できたことを考えると、それなりの負担だ。

 間接的には浦の星の存続に関わるとはいえ、私のためにライブを頼んだことを申し訳なく思う。

 でも幸い、みんなはそんなことを気にしてはいないようだった。

 

 私はダイヤと果南と目配(めくば)せして話す。

 

「それじゃ、シャイニーなライブにしましょうね!」

 

 メンバーたちは「おーっ!」と気勢(きせい)を上げた。

 

 練習からの帰り、私は考えごとをしながら駅まで歩いた。

 今ごろ秦野と樫村さんたちは打ち合わせを終えているだろう。なにもないと思うけれど――もし秦野がなにか乱暴なことをいって、話がご破算(はさん)になったら、どうしよう。

 いや、さすがにそんなことはないと思うが――若干、不安になるのは事実だった。

 

「鞠莉さん」

 

 ダイヤの声に私は飛び上がりそうになる。

 

「……ダイヤ。どうかした?」

「ライブが決まって良かったです。いろいろまた苦労されたのでしょう」

「いいえ、今回はそうでもないわ」

 

 これは事実だった。思っていたよりもずっと簡単に済んだ。今日だってこうして練習に()られている。

 

「それならいいのですが」

 

 ダイヤは微笑んで続けた。

 

「ロイヤルアルダーと共催になったのですね」

 

 ああ、やはりそのことだ。

 結局ばれるのに、隠しておいたことを後悔する。

 

「鞠莉さんもお話には関わっているのですか?」

「ええ、きちんとね。秦野さんと話して――」

「秦野さん?」

 

 目を見開くダイヤ。おっと。

 

「向こうの支配人と話して詳細を決めたのよ」

「……秦野さんとおっしゃるのですね」

 

 ダイヤは一転して目を細め興味深そうに聞いた。

 

「ええと、ダイヤは知らなかったかしら。たまたま内浦の旅館組合の会合で一緒になったのよ」

「そうでしたか」

 

 一応は納得した様子だ。危ない危ない。

 

「今回、オハラ淡島だけではスタッフが足りなくて、手伝ってもらうことにしたの」

「ずいぶんと親切なことですね」

「ほら、内浦の旅館は助け合わなきゃって話、したじゃない」

「ええ、覚えています」

「それにたぶん、向こうは向こうなりに、儲かる話だと思っているのでしょうね」

「なるほど、それならまあ、あり得る話ですね」

「オハラ淡島としての売り上げはしっかり確保するから、安心して、ダイヤ」

 

 私はにこっと彼女に微笑む。

 

「べ、別に心配はしていませんわ」

 

 ダイヤはそういって顔を()らした。

 

        ・

 

 オハラ淡島に着いて通用口から入ると、佐々木さんから声を掛けられた。

 

「今日の件で樫村さんがお待ちです」

 

 わざわざこの時間まで待っていてくれたに違いない。気になっていただけに樫村さんの気遣(きづか)いに感謝する。

 佐々木さんは私を会議室へ案内して事務室へ戻った。

 

 会議室に入り私が席に座ると、樫村さんが話す。

 

夜分(やぶん)遅くすみません」

「いえ、私のほうこそ、ありがとうございます」

「ライブ企画の件、先方(せんぽう)はぜひ協力したい、とのことでした」

「よかった。企画の内容については、なにか話がありましたか?」

「ご賛同いただけましたよ。細かいことはこれから担当者同士で詰めていきますが、特に問題なく進められそうです」

 

 私はほっとして思わず口に出してしまう。

 

「支配人の様子はどうでした?」

「それは、どういう意味で?」

 

 樫村さんは微笑みとともに聞いた。

 

「えっと、その、対応は丁寧(ていねい)だったのかな、と」

「ええ、物腰も柔らかで、若いのにしっかりとしている印象でした」

「そうでしたか」

 

 私はもう一度、安心する。こちらの方がむしろ大きかった。

 

「鞠莉さんによろしく、とお話しでしたよ」

「あの、はい。わかりました」

 

 私は下を向いた。頬が熱くなっているのを気づかれないように。

 

        ・

 

 部屋に戻ると、ちょうどそのタイミングでスマートフォンが鳴り出した。

 もしかしてと思いながら取り出す。私はあわててドアに鍵を掛け明かりをつけてソファに座る。

 

「はい」

『夜遅くに悪いな。今、大丈夫か?』

 

 秦野の声。用件はわかっていたけれど、あえて聞く。

 

「ええ、平気よ。それで、今日はわざわざなんのご用?」

『一応、昼間のこと報告しとこうと思ってさ』

「私も樫村から聞いたわ。特に問題なさそう、って話だったけれど」

『ああ、もう聞いたのか。うん、だいたい予定通り行けそうだな』

 

 これ以上なにかいえばきっとまた、自分のホテルのためだ、と彼はいうのだろう。だから私はちょっとだけ方向を変える。

 

「わざわざ電話までしてくれて、ありがとう」

『いや、まあ、気にしてたら悪いからな』

 

 秦野はぼそぼそと話し、私はすこしおかしくなる。

 彼は声の調子を変えて続ける。

 

『それで支配人、樫村さん。なにかいってたか?』

「なにかって? よろしく、とは聞いたけど」

『ああ、それもミスったよなあ……』

 

 小声で(ひと)(ごと)のようにいう秦野。

 

『それ以外に、ほら、俺のこととか』

「どうしてそんなこと聞くのよ?」

『いや、樫村さんの雰囲気、前と違って妙に厳しかったからさ』

「あら」

 

 私にはそんなところを見せたことなんてないのに。

 

『ほんと、緊張したぜ』

 

 なんとなくわかってくる。樫村さんが私ぬきで会いに行った理由。きっと秦野を品定(しなさだ)め――といっては悪いか。信頼に足るか直接確かめたかったのだろう。

 

『いや、別に、どうでもいいっていえばどうでもいいんだけどさ』

 

 そうはいいながらも気になって仕方ない、という気配(けはい)だ。

 

「ふーむ、それは……企業秘密ね」

『はあ? なんだそりゃ』

「当然でしょ。取引先の人物への評価。重要な情報じゃない」

『まあそりゃそうだけど』

 

 私はくすりと笑う。

 

「そうね。あまり悪い印象はなかったみたいよ」

『本当か?』

「ええ」

『ならよかった』

 

 緊張を解いたのが伝わってきた。彼はわざとらしく咳払いして続ける。

 

『それじゃ、あとはライブのほう、頑張ってくれよな』

「ええ、あなたのホテルのためにもね」

『まあ、そうだな。それと、ファンのためにも』

「それはもちろんよ」

 

 彼は一瞬、()を置いた。

 

『俺もそのひとり、だからな』

 

 ぎゅっと胸が締め付けられる。

 

「そうね。わかった」

『おやすみ』

 

 唐突に電話は切れた。

 いいライブにしたい。改めてそう思った。

 

        ・

 

 私はしばらくひとりで悩んだ。現実的に可能だろうか。イメージは()いた。でもひとりではどうにもならない――。

 

 数日後。練習帰りのバスのなかで隣に座ったダイヤが話し掛けてくる。

 

「鞠莉さん」

 

 彼女はほかのみんなに聞かれないようにだろう、小さな声だ。ちょうどいい、と私は思う。あの件を相談できれば。

 しかしダイヤの言葉で私の頭は真っ白になる。

 

「秦野さんに会いました」

「えっ!」

 

 ダイヤが秦野と会った、ですって? なぜ? どうやって?

 

 気づくと私の声にみんなのびっくりしたような視線が集中していた。

 

「ごめんなさい。その、ちょっと居眠りしてたの。急にダイヤに話し掛けられて」

「しょうがないなあ、鞠莉は」

 

 果南が苦笑した。

 みんなが元のようにおしゃべりや読書に戻ってから私は話す。

 

「ごめんね、ダイヤ。ええと、支配人に会ったのね」

「昨日、ロイヤルアルダーに行ってきたのです」

 

 そういえばダイヤは用事があるといって練習を早めに切り上げていた。

 

「でも、どうしてわざわざ」

「どんな(かた)なのか気になったのです。鞠莉さんはすこし、世間(せけん)知らずなところがありますから」

 

 私が最初、隠していたからという理由もあるだろう。

 世間知らずは、ダイヤにはいわれたくないけれど。

 

「ええと、よく会えたわね」

「レストランに予約をしていったのですわ。なんとか理由をつけて呼び出そうと思っていたのですが、先様(さきさま)からご挨拶に来ていただきました」

 

 なるほど。その様子はありありと想像できた。

 でも、どんな会話があって、ダイヤはどう思ったのだろう。ダイヤの表情からはなにも読み取れなかった。

 

 ダイヤは私を見て、一転してくすっと笑う。

 

「安心してください、鞠莉さん。私、鞠莉さんを応援したくなりましたから」

「それは、どういうこと?」

 

 ライブを応援してくれるということだろうか。

 

「秦野さんとはいろいろお話しできました。私たちAqoursのこともよくご存じで、ライブの企画も真剣に取り組んでいるようでした」

「そう。それならよかった」

 

 ダイヤがわかってくれたこと、そして秦野が丁寧に説明してくれたことに感謝する。

 

 でも……私について、ふたりの(あいだ)でなにか会話があったのかしら。

 

「ほかになにか、いってた?」

「また鞠莉さんとご一緒においでください、と伝言を(たまわ)りましたわ」

「ええ、そうね。ぜひ一緒に行きましょ」

 

 ダイヤはこれ以上詳しい話をする気は、なさそうだった。

 

 バスがバス停に止まり、また動き出す。

 

 それなら、と私は決める。

 

「ねえ、ダイヤ。私からも話があるんだけど」

「はい、なんでしょう」

 

 きっと彼女なら引き受けてくれるだろう。

 

「もし、もしだけど、今度のライブのために私が曲を書いたら、ダイヤは作詞をしてくれるかしら」

 

 ダイヤはびっくりしたような目で私を見つめた。

 

「それはもう、無理だという結論が出たと思いますが……」

「わかってる。でも、意外にホテルの仕事が落ち着きそうなのよ。だからもし私が作曲すれば、なんとか行けるんじゃないかなって」

「ご自分のことは鞠莉さんが一番、わかっているでしょう。でも、そこまでしなくてもいいのではありませんか」

「ええと……せっかくのライブだし、できれば新曲を披露したいってみんなも考えてると思う」

「それは先日も話しました。もちろん、状況が変わったのなら構いませんが、予選もあります」

「そうよね」

 

 彼女のいうことはもっともだ。ダイヤは表情を(やわ)らげる。

 

「もしかして、ライブに人が集まるか不安なのですか」

「その心配はしてないわ。Aqoursの実力なら大丈夫だと思う」

 

 うなずくダイヤ。

 

「それなら、新曲にこだわらなくても……」

「ええ、そうね。ごめんなさい、急に変なことをいい出して」

「いえ、私だってできれば新曲を作りたいのは同じです。せっかく鞠莉さんが奔走(ほんそう)して、実現できそうなのですから。ライバルホテルの方とも話して」

「ライバルじゃないわよ」

「ええ、そうでしたね」

 

 ダイヤは微笑んだ。

 

「そういえば秦野さんも楽しみだとお話しでしたわ」

「きっと、ビジネスチャンスだからでしょ」

 

 私は肩をすくめる。でもこの前電話で話した様子だと――本当に楽しみにしてくれているのかもしれなかった。

 新曲を用意できないのは残念だけれど、諦めるしかない。

 

 バスは信号を右折して県道へ入る。内浦まであとすこしだ。

 

 こほん、とダイヤが咳払いした。

 

「鞠莉さんも楽しみにしているようですね」

「それは、もちろんよ。ダイヤも同じじゃない」

「ええ、当然ですわ」

 

 ダイヤは目を輝かせ、うなずいた。

 

        ・

 

 私たちがライブと予選の練習を続ける一方、ロイヤルアルダーとのライブ企画も具体化していた。連絡会での報告によれば、現場のスタッフの協力関係もスムーズで順調に進んでいるらしい。イベントの経験はうちよりも豊富だとか。

 

 私がなにか手伝うことはないかと聞くと、

 

「鞠莉さんは決断だけしていただければ十分ですよ」

 

 そう樫村さんは話した。

 でも実際に聞かれることといえば、リハーサルやライブのスケジュール、当日の進行についてとか、昼食はなにを用意するか(サンドイッチとお弁当を両方用意してもらった)とか、Aqoursのことばかりだった。

 それでいいのだと思う。ホテルにはそれぞれスタッフがいて役割を果たしているのだから。

 とはいえ、スイーツの販売については通常業務の負担にならない範囲でこだわりたい、と伝えた。なにしろロイヤルアルダーがブースを出すのだ。

 

 学院のほうでも、やらなければと気負(きお)っていた理事長の仕事の一部は、理事に任せた。私は財務とか広報とかではなく、もっと学院生に近い部分――学校行事だったり統合予定先との情報交換だったり――に集中する。

 これも結果的にはうまく回っていた。

 

 忙しさは続いていたけれど精神的にはずいぶん楽になっていた。

 

 そんななか私は、オハラ淡島の仕事のひとつとして内浦の定例会へ出席した。

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