支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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22. 嬉しいことは

 出席したといっても今回の会場はオハラ淡島で、私は放課後、部屋に戻ってスーツに着替えるだけでよかった(今日は椅子だとわかっているのでスカートだ)。

 

 秦野は来るのだろうか。ずいぶん会っていない。彼はこの前、電話でファンだといってくれた。そしてダイヤと会ってなにを話したのだろう。

 

 大き目のレセプションルーム――宴会場としても会議室としても使える――で私は待った。

 一応はホスト役だけれど各旅館の参加者に挨拶するくらいしか、仕事はなかった。

 

 志満(しま)さんが来て私たちはすこし立ち話する。

 

「Aqoursのライブ、行こうと思ってるの」

「ありがとうございます」

 

 彼女にもしっかり伝わっているらしい。広報面でも企画チームはいろいろ動いていた。

 

 彼がなかなか来なくて、私はそれからしばらくやきもきする。仕事が忙しいのかもしれない。東京の本社に行っているのかも。

 結局、彼は時間ぎりぎりに現れた。

 

「こんにちは、秦野さん」

 

 にこっと笑ってみせる私。

 

「おう、ひさしぶり」

 

 秦野は、にやっと笑う。決して冷たい感じではなかった。

 

 会合では年末年始の観光イベントの議題が出て、もうすぐ今年も終わりなのだと痛感した。ライブまであと二週間とすこしだ。

 会合そのものはいつも通り、(とどこお)りなく終わった。

 

 帰り、ふたたび挨拶をしながら参加者をひとりひとり見送ると、なんとなく秦野が最後になっていた。

 私は(つと)めて自然に聞こえるように話す。

 

「もし時間があれば、お茶でもどう。新作スイーツもあるわよ」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 そういって肩をすくめる秦野。私は彼をカフェテラスへ案内して、窓際のお気に入りの席に座った。

 

「コーヒーでいい?」

「ああ」

 

 私は従業員にコーヒーをふたつと、二種類の新作ケーキを頼んだ。

 

「眺めはあまり、うちと変わらないな」

「そりゃ、同じ内浦だもの」

 

 外はもう真っ暗だ。

 冬が近づいてさすがに庭への窓は閉めてあるけれど、控えめな照明の中、ガラス張りのそこからは黒い内浦の海が見えていた。沼津の街明(まちあ)かりが遠くに輝く。

 

 私は秦野に視線を戻す。

 

「ライブの企画、順調に進んでるみたいね」

「ああ、俺もあまり関わってないけど、特に問題なさそうだぜ」

 

 私は微笑んで謝意を示す。

 

「Aqoursのほうも順調か?」

「そうね、ライブはたぶん大丈夫。ワンマンライブは曲目が多いから覚えることも多いけど、そこはなんとかするわ」

「ふーん、流石(さすが)というところか。曲が多いのは楽しみだな」

「ありがとう」

 

 さりげない言葉。でも私は嬉しくなる。

 

「それより、問題は予選よね」

「ふーん。よくわからないけど、大変なのか」

「そりゃもう。ライバルは大勢いるから、なにかパフォーマンスで圧倒する必要があるんだけれど……」

「うん」

「なかなかいいアイデアが浮かばないのよね」

 

 私はふう、と息を吐く。みんなで必死に考えているが、なかなか難しい。

 

「……俺はそっちはアドバイスできないけどさ」

「あ、そうよね。ごめんなさい」

 

 つい、話してしまった。ちょっと浮かれていたのかもしれない。

 彼は口元を(ゆる)める。

 

「まあ、がんばれ」

「……ありがと」

 

 本当なら新曲とか――私がセンターとか、いえればもっとよかったのかしら。そうしたら彼は――。

 

 ちょうどコーヒーとケーキが運ばれてきて、私を気まずい沈黙から救ってくれた。

 

「どっちがいい? 冬らしく雪を表現したホワイトチーズケーキと、冬の夜と星空をイメージしたチョコケーキだけど」

「ふーん、そうだな……」

 

 彼はじっくりとふたつのケーキを眺める。

 

「チョコケーキをもらう」

「わかったわ。はい」

 

 私は皿を彼の前にスライドさせた。

 

 しばらく私たちはスイーツとコーヒーを堪能(たんのう)した。

 さすがに彼は写真を撮ったりメモしたりはしなかったけれど、じっくりと味わうように食べていた。

 半分ほど食べたところで、彼が話す。

 

「そういえば、この前、黒澤さんが来たぜ」

「ええ、ダイヤから話は聞いてるわ」

「そっか。ええと……」

 

 彼は珍しく口ごもる。

 

「ダイヤは感謝していたわよ。Aqoursのライブを手伝ってくれて」

「お、そうか」

 

 秦野は明らかにほっとしたようにうなずいた。

 私も彼とダイヤの(あいだ)でどんな会話があったのか気になるのだけれど――。

 私の視線をどう思ったのか、彼は続けた。

 

「いや、さ、いろいろ聞かれたから、ちょっと気になって」

「ふうん」

 

 もしかしてダイヤも彼のことを確かめに行ったのだろうか。樫村さんと同じように。

 私は嬉しくなる。

 でも、秦野はそれだけ信頼できない、と見られているのだろうか。そう思うと複雑だ。こんなに――いいところだってあるのに。

 彼は私の気も知らずに話す。

 

「でも、小原さんもそうだけど、黒澤さんって高校生には見えないよな。最初に会ったときには社会人か大学生かと思ったぜ」

「私の作戦がうまく行ったってことね」

「ああ、すっかり(だま)された。……これは騙された、でいいんだよな」

「そうね」

「やっぱり。それに、美人だしな」

「ええと、そうね」

 

 ん? それ、私の前でする話? それは、ダイヤが可愛いというよりも美しいことは私も認めるけれど。

 

「今回もずいぶん大人っぽかったな、彼女」

 

 私は無言でコーヒーを飲む。ソーサーに戻すとき、かちゃりと意外に大きく音が響いた。

 

「企画をどっちから持ち掛けたかってことは、適当にゴマしかしておいたぜ」

 

 私はうなずく。

 

「あー、小原さん」

 

 私は外を眺める。海面を横切っていく光は内航船(ないこうせん)だろうか。

 

「一応補足しとくと、俺は小原さんも美人だ、っていったつもりなんだけどな」

 

 つまり、誤解したのは私のほう、ということだ。彼がわざわざ話してくれたのに。

 別に、私は彼の言葉なんて気にしてなかったけれど。

 

「そのスーツも、大人っぽいし、な」

 

 でも、本当のところは。

 嬉しく思ってしまう自分に腹が立った。

 

 頭を振って気持ちを切り替える。

 

「ケーキ、おいしいでしょ」

「ん、ああ、悪くないな」

 

 彼はほっとしたようにうなずき、続ける。

 

「そっちのケーキはどんな感じなんだ」

「デコレーションは生クリームだけれど、本体はシンプルなレアチーズケーキよ。ビスケットは甘さ控えめね」

「ふーん」

 

 物欲(ものほ)しそうな視線を感じる。

 私が「はい、あーん」なんてやると思ったら、大間違いなんだから。

 

 彼はコーヒーを口に運ぶ。

 

 そうね、でも、どうしても食べたいなら――。

 

「ん? 一口(ひとくち)食べるか?」

 

 彼が聞く。もう、なにを誤解してるのよ。

 

「私は先週、試食したわ」

「そうか」

 

 彼は、ぱくっと残りを食べた。私もゆっくりと自分のぶんのケーキをいただく。

 

「そういえばまだ、うちのパティシエのスイーツ、試してないよな」

「そうね」

「今度、ぜひ遊びに来てくれ」

「ええ、お邪魔するわ」

 

 彼はよし、というようにうなずいた。

 

 そろそろ帰るという彼を私は桟橋(さんばし)まで見送る。

 空気はひんやりしていたけれど風もなく穏やかで、むしろ心地よいくらいだった。

 

 連絡船の光が対岸を離れた。あと数分で彼とは別れることになる。

 

「今日も仕事、忙しかったの?」

 

 彼が今日、ぎりぎりに現れたことを思い出して聞いた。

 

「ん? ああ。また東京まで呼び出されてさ。どうせ俺の意見なんか、聞きもしないくせに」

「あら、支配人なのに?」

 

 秦野不動産との関係は聞かないでおく。もし彼がその気になれば、自分から話すだろう。

 彼は対岸を見つめて腕を首のうしろで組んだ。

 

「ホテル事業は本流じゃないからな、立場弱いんだよ」

「へえ、そこはホテルオンリーのうちとは違うわね」

「そこはちょっと、うらやましいな」

 

 彼は話しすぎたとでもいうように腕を解いて首を振った。

 私を見て話す。

 

「予選が終われば、すこし落ち着くのか?」

「だと思う。浦の星の存続も、同じころに決まるから」

「わかった。……うまく行くといいな、いろいろ」

「ええ、いろいろね」

 

 桟橋に着いた連絡船に彼はひょいっと飛び乗った。

 船が離れて、私は流石(さすが)に寒くなってホテルに戻る。

 

 なんだか変な流れになってしまったけれど、でも今日、彼と会えてよかったと思う。

 ダイヤのことは大したことではなく――でも聞かなければしばらく気になっていたに違いない。

 そしてライブは、やっぱり楽しみにしてくれているようで、素直に嬉しかった。

 もうすこししっかり、感謝を言葉で伝えればよかったかもしれない。オハラ淡島の副支配人としても、Aqoursのひとりとしても。

 

 もうひとつの嬉しかったことは――大人っぽいといわれたことは、とりあえず置いておくとして。

 

 あとはライブでやりとげて、売り上げを確保し、予選に(つな)げて、入学希望者を集めるだけだ。

 改めて挙げてみて、やることの多さには眩暈(めまい)がするくらいだけれど、いろいろな人たちが協力してくれている。絶対にうまく行く。行かせる。そう思った。

 

        ・

 

 翌日、放課後。

 浦の星女学院からの長い下り坂を下りていると、果南が私の隣に並んだ。

 

「ねえ、鞠莉」

「どうかしたの、果南」

 

 彼女は私に、にこっと笑う。

 

「なんだか嬉しそうだね、今日。なにかいいことでも、あったんじゃない?」

「んー、心当たりはないわね」

 

 本当に思い当たらない。――いや、もしかして。まさか。それは、ときどき思い出したりもしていたけれど、果南にいわれるほど外に現れていたのだろうか。

 

「なんだかわからないけどさ、鞠莉が嬉しいと、私も嬉しいよ」

 

 果南はそういってポンと私の背中を叩いた。

 

 沼津の施設に着いて、いつものようにみんなで練習を始めようとしたとき。

 

「みなさん、準備はいいですか?」

 

 ダイヤが聞いた。私以外の全員がうなずく。昨日、私が欠席したときになにか新しいことでも決まったのだろうか。でも、それなら私にも教えてくれるはず。

 

 私が戸惑(とまど)っていると果南が私に、にこっと――いや、にやっという感じで笑った。

 

「梨子さん?」とダイヤ。

「はい」

 

 梨子はなにかを手にして前に出た。その(あいだ)に花丸が壁際(かべぎわ)から、練習で曲を流すときに使っているスピーカーを取ってくる。

 梨子がスピーカーにそのなにかを――オーディオプレイヤーだ――繋いだ。

 

 ダイヤが梨子に目配せした。梨子がうなずいてプレイヤーを操作する。

 

 聴き覚えのあるイントロが流れた。アップビートのギターソロにドラムスが乗り、ベースが加わる。この曲は――。

 

「懐かしいでしょ」

 

 果南がそういって笑みを深くする。ダイヤの目がきらっと輝く。

 

 忘れもしない。二年半前、ラブライブ予選のために三人のAqoursで作っていた曲。私が作曲して、ダイヤが作詞し、果南が振り付けを考えて――結局、途中までしかできなくて、披露する機会もなかった曲。絶対に完成することのないはずの曲。

 

 スリリング・ワンウェイ。

 

「どうして、この曲が……」

 

 私は口元に両手を当てる。それだけいうのがやっとだった。

 

「私は物持(ものも)ちがいいのですよ。質素(しっそ)倹約(けんやく)(むね)に育てられましたから」

「それはちょっと違うんじゃない、ダイヤ」

 

 果南が苦笑いする。

 

「でも、ダイヤがCDを持っててよかったよ。鞠莉に頼んだんじゃ意味ないからね」

 

 あのときギターでワンコーラス、演奏したメロディを、作詞してもらうためにダイヤに渡して――それを今まで彼女は取っておいてくれたのだ。

 

「ダイヤ、果南……」

 

 ふたりの面影が、二年前のそれに重なった。今よりもいくぶん幼くて、いろいろ未熟だったけれど。

 でも、変わっていないことのほうが、ずっとずっと多いのだ。

 

 両腕で果南とダイヤをぎゅっと抱きしめる。

 

(かく)(ごと)なんてしないって、いったじゃない」

「ホテルのこと、ずっと黙ってたことへの仕返しだよ。鞠莉」

「それを出されると、なにもいえないわね」

「これからは、なしだからね」

「わかった」

「ようやく曲になったのが、昨日だったのですわ」

「ありがとう」

 

 ふたりがうなずくのがわかった。

 

 私は抱擁(ほうよう)()いて、みんなに向き直る。

 

「ダイヤちゃんと果南ちゃんがね、提案してくれたんだ。オハラ淡島のライブにも、新曲を作りたいって」

「初めは無理だって思ったんだけど、初代Aqoursの曲があるから、それを元にすればって」

 

 千歌と曜が微笑む。

 

「千歌ちゃんと曜ちゃん、梨子ちゃんは予選の曲で忙しいから、残りのみんなで分担して」

「歌詞は私と花丸で仕上げたのよ」

「ルビィも衣装、考えてみたんだ。完全に新しいのは難しいから、なにか小物でアレンジできればなって」

 

 花丸と善子、ルビィ。

 

「振り付けは九人向けに変えるだけだから、そんなに難しくなかったよ」と果南。

「曲は鞠莉さんには任せられませんから、最後は梨子さんに編曲をお願いしました」

 

 ダイヤがいうと梨子が微笑む。

 

「すこしまとめただけです。もともと、しっかりできていたから」

 

 私は、幸せだ。

 

「ありがとう、みんな。まさか、ここでこの曲と、再び会えるなんて思ってもみなかった」

 

 あふれそうになる涙をこらえる。

 

 三人より九人で歌うほうが、いいに決まってる。

 

「絶対に、絶対に、シャイニーなライブにしましょうね!」

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