支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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23. ライブ前夜

「本当にありがとう」

 

 帰りのバスの中で私はダイヤと果南に話す。

 

「曲を作ろう、っていい出したのはダイヤだよ」と前の席の果南。

 

 隣のダイヤがうなずいた。

 

「きっと果南さんも賛成してくれると思ったのですわ」

「でも、隠しておくなんてひどいわ」

「それを提案したのは果南さんです」

「ごめんね、鞠莉。びっくりさせたくてさ」

 

 こんな隠し事なら、大歓迎とはいわないけれど、たまにはいいかもしれない。

 

「でも、これでライブの目玉ができたわね」

「その件ですが……あらかじめ宣伝しますか? それともサプライズに?」

 

 ダイヤが聞いた。

 

「難しいね」と果南。「一長一短あるし」

 

 たしかに新曲をアピールすれば集客には(つな)がる。サプライズなら来てくれた観客は喜ぶだろう。

 

「売り上げはどうなのですか、鞠莉さん?」

「今のところチケット販売は好調みたい。SNSでも話題になってるし、彼も……」

 

 おっと。これは触れないほうがいい。

 果南は気づかなかったようだけれど、ダイヤはぴくりと眉を動かす。でも、なにもいわずに彼女は続けた。

 

「それなら事前に明かさずに、サプライズにすると盛り上がるでしょうね。みなさんに提案しましょう」

「そうだね、私も賛成」

 

 果南がいい、私もうなずいた。

 

 果南が前を向き私は窓の外を眺める。

 今日は本当にびっくりした。諦めていた新曲が披露できるなんて。ダイヤと果南とみんなのおかげだ。

 Aqoursの曲はあまりセンターを意識していないけれど、今回の曲、私のソロパートは盛り上がる部分で――これもきっとふたりが気を(つか)ってくれたに違いなかった。

 

 秦野に話したらなんというだろう。それともサプライズにする?

 

 私が考えているとダイヤが小さな声で話す。

 

「鞠莉さん」

「なあに?」

「喜んでいただけましたか?」

「もちろんよ。ありがとう、ダイヤ」

(わたくし)だけの力ではありませんわ」

「でも、提案したくれたのはダイヤでしょう」

 

 私は先日、同じようにバスの中で話したことを思い出す。

 

「もしかしてあのとき、思いついたの? 私が新曲をやりたいっていったときに」

「ええ、そうですわ」

 

 ダイヤは微笑んだ。

 

「それならどうしてあのときには、いってくれなかったの?」

「私たちで考えてみます、任せてくださいと話して、鞠莉さんは納得しましたか?」

「それは……」

 

 ダイヤたちは信頼できる。でもきっと、私は自分でもなにかをやりたくなったに違いない。ただそれは義務感が理由で――本当は任せたほうが良かったのだ。今のように。

 一転して厳しい顔つきでダイヤは続ける。

 

「鞠莉さんは必ず、無理をしたに違いありません。すでにもうたくさん抱え込んでいるのに」

「……ありがとう」

 

 たしかにその通りだ。

 

「でも、そこまでして新曲を出さなくても。ダイヤたちだって忙しいのに」

 

 私がいうとダイヤは表情を(ゆる)める。

 

「私、嬉しかったのです。新曲をやりたい、といわれて。鞠莉さんがとうとう、本音(ほんね)を話してくれた気がして。忙しいのが一番わかっているのは、鞠莉さんなのに」

 

 本音? そうだろうか。

 

「今回の歌の歌詞にもありますでしょう。鞠莉さんはもうすこし自分勝手になってもいい、ずっとそう思っていました。常に理事長だったり、ホテルの関係者だったり、立場を考えて行動して……」

 

 私の顔を(のぞ)き込む。

 

「どういう(かぜ)の吹き回しか、そんな鞠莉さんが話してくれた。それなら(こた)えざるを得ません」

「別に、隠してるつもりはないわ」

「鞠莉さんはそう思っているでしょうね」

 

 ダイヤはくすっと笑う。

 

「それに、新曲を聴きたい(かた)は、ほかにもいらっしゃるようでしたので」

 

 ダイヤは独り言めいてつぶやいた。

 もちろんAqoursのファンなら誰だって聴きたがるに違いない。でも、ダイヤがいっているのは、そういうことではないだろう。

 それは誰、という質問が口元まで出かかったけれど、きっとダイヤは答えてくれない気がした。

 

        ・

 

 新曲ができて私たちの練習にはますます気合が入った。

 

 そしてライブ前日。リハーサルの日。

 私は昨晩はなかなか寝付けなかった。夜中に何度か変な夢も見て、一度などは幕が上がったかと思ったら客席はガラガラだった。

 実際にはここまでのチケットの売れ行きはまずまず好調だった。とはいえ当日券も用意してあるので最終的な結果はまだわからない。

 

 浦の星女学院の体育館でのリハーサル(会場は借りられなかった)はなんとか無事に終わった。結局、新曲はトリに披露することになった。

 

 Aqours初の単独ライブで、やるだけのことはやったと思う。それでも不安は残った。特に新曲は練習期間も限られていたし、私のパートはなかなか難易度も高い。

 私は予備予選や学校説明会のときよりも、むしろ落ち着かなかった。

 

 とはいえ、今さら仕方がない。明日に備えて今日こそは早めに寝ることにする。――眠れるかどうかわからなかったけれど。

 

 お風呂から出ると、机の上に置いたスマートフォンのLEDが鈍く光っていた。メンバーの誰かからのメールだろうか。

 

 私の予想は半分当たっていた。善子からのメールとそれへのメンバーからの返信。そして最後の一通は――秦野からだ。

 

 私はとりあえずパジャマを着て、まず善子のメールを開いた。明日への意気込みが彼女らしい文章で(さっきまで直接会っていたのに、そのときよりもずいぶん饒舌(じょうぜつ)だ)書かれていて、私はくすっと笑ってしまう。すこし考えてから短く返信を書いた。

 

 私は深呼吸して次のメールを開く。明日のライブの成功を祈る短い文面。でも真心がこもっている気がして、心が温かくなる。

 そして、文末。P.Sに電話番号があり「気が向いたら電話してくれ」と添えられていた。

 

 壁の時計はまだそこまで遅くない。迷ったのは一瞬だった。

 

 私は数字をタップする。ダイヤル画面に同じ数字が表示されて、かすかな違和感を覚える。

 すぐに電話は(つな)がった。

 

「秦野さん?」

『ああ、忙しいのにわざわざ悪いな』

「別に、そのくらいの時間はあるわよ。秦野さんこそ、忙しいんじゃないの?」

『まあ、良くも悪くもいつも通りさ』

 

 さすがに今日は新幹線の中ではないらしい。

 

「それで、メール、ありがとう」

『いや、いよいよ明日だしさ。もう準備は終わったのか?』

「ええ。もう寝るところよ」

『そうか。そのまま寝てもよかったのに』

「だって……」

 

 私は――そう、声を聞きたかったのだ。でもそんなこと、口には出せない。

 

「ほら、礼儀として、ね」

『礼儀、か』

 

 彼は繰り返した。きゅっと胸が痛む。

 私はいつまで他人行儀でいるのだろう。一歩、踏み出す。

 

「……それに、その、直接話したかったし。ライブの前に、ね」

『ふーん』

 

 私は微妙な雰囲気の変化を感じる。

 

「なによ」

『まあ明日、メンバーには顔を見せるんだけどな』

 

 そう。ライブ前にオハラ淡島とロイヤルアルダーの関係者がAqoursと会うことになっていた。

 でも、それだとふたりきりとは行かないわけで――。

 

 やきもきしていると彼が話す。

 

『小原さんでも不安になったりするんだ』

「えっ」

 

 電話した理由のひとつを見事にいい当てられて、私は軽い驚きに打たれる。そのまま私は深く考えずに続けていた。

 

「……もちろんよ。意外かしら?」

『ああ――いや、そうでもないな。誰だって不安になるだろ。普通は』

 

 私は電話口でうなずく。

 

『それを自分で抱え込むかどうか、誰かと共有するか、って違いはあるけどさ』

 

 共有――まさに私が今、していることなのかもしれない。

 

『できるだけのこと、やったつもりだろ?』

「当たり前じゃない。せっかくのライブだもの」

『まあ小原さんなら、そうだろうな』

 

 彼の含み笑いが聞こえた。()め言葉、と(とら)えていいのだろうか。

 

『それならあとは、開き直るしかないぜ。なるようになるってさ』

「……わかった」

『よし』

 

 彼は短く、いった。

 しばらく沈黙してから続ける。

 

『嫌でも会える、っていってたわりに、そうでもなかったな』

「そういえば、そうね」

 

 戦略会議で企画が(とお)った日だ。あのときも電話で、それから会ったのは一度だけだ。明日はどうだろう。時間は限られているけれど、会えるかもしれない。ライブのあとにでも――。

 約束をするのは、まだすこし恥ずかしかった。

 

「ライブが終わったら、スイーツを(もら)いに行こうかしら。取っておいてくれる?」

『もちろん』

 

 彼は優しい声で答える。明日の楽しみがまたひとつ、増えた。

 新曲のことは、秘密にしておく。

 

 互いにおやすみをいって電話を切った。

 

「なるようになる、か。Tomorrow is another day(明日は明日の風が吹く)ね」

 

 スマートフォンの画面には電話番号が表示されていた。

 私は違和感の理由に気づく。連絡先に登録されている番号なら、名前が出るはずだ。名前が出ていないということは未登録で――きっとこれは彼の個人用の携帯だ。社用携帯ではなくて。

 

 仕方ないわね。

 

 私は改めて「秦野啓司(けいじ)」と彼の名前で連絡先を登録した。しばらく眺めてからスマートフォンを机に戻す。

 

 不安はまだ残っていたけれど、今はもう、気にならなかった。

 私は夢も見ず、ぐっすりと眠った。

 

        ・

 

 翌日。私はスマートフォンのアラームが鳴る前に目を覚ました。窓の外はもう明るくなっている。

 ベッドから降りて窓に近づき、カーテンを開く。ちょうど内浦の山の稜線(りょうせん)から日が昇るところだった。

 そのまま窓を開ける。朝のひんやりした空気が私を()でていく。

 

 今度こそ、晴れだ。

 

 とはいえ昨日、曜と話したところでは、この時期は天候が安定するので運がいいというよりは当然らしい。

 

『去年の今頃は、季節外れの大雪だったけどね』

 

 私が日本にいなかった年だ。そんなことにならなくて良かったと思う。

 私は深呼吸してから窓を閉め、準備を始めた。

 

 会場にはオハラ淡島のバスで向かった。遠い順にバスは(めぐ)るので、私と果南が乗ったときには千歌、梨子、花丸、ダイヤとルビィが挨拶してくれた。曜、善子と拾ってからバスはお隣の富士市へ。会場となる大学まではあっという間だった。

 

 緑の豊かなキャンパスの一角に講堂はあった。紺色の丸屋根で、コンクリートの外壁に規則的に窓が並んでいる様子は、モダンながらどこかギリシアの神殿を思わせた。

 

「うわっ、意外に大きいね」

 

 駐車場でバスから降りて、千歌が話す。彼女のいう通りだ。市民センターと同じくらいと頭ではわかっていても大きいことには変わりない。

 

「なにいってるのよ、この前の予選のほうが大きかったじゃない」と善子。

「でも、あのときはルビィたちだけじゃなかったから」

「会場、埋まるのかな……」

 

 一年生たちは不安そうだ。

 

「心配しなくても、ノープロブレムよ!」

 

 私はあえて大きな声を出してみせる。

 

「前売りのチケットはソールドアウトしたわよ。もっと自信を持って!」

「そうだよ、ここで怖気づいてたらラブライブ予選はどうするの」

「その先には本選も待っているのですから」

 

 果南とダイヤは心得たように話す。こういうときには本当に心強い。

 

前哨戦(ぜんしょうせん)ってことね」と梨子。

「でも、ワンマンライブとしてはこっちが本番だよ!」

 

 そういえば曜はステージ衣装がいくつも披露できると喜んでいた。着替えが大変なのでみんなで説得して厳選したけれど。

 

「よし、みんな行くよ!」

 

 千歌が宣言して私たちは気勢を上げた。

 

 控室に荷物を置いてから、いったんステージに出る(周囲では両ホテルのスタッフたちがいろいろ準備していた)。全体の流れをおさらいして、それぞれの曲と動きを確認して、とあわただしく時間が過ぎていった。

 

 控室で遅めの昼食を取る。このあとはすこし休憩して、最後の打ち合わせをして、午後遅くからスタートだ。

 

 みんなが食べ終えたころ(ちゃんと要望通りサンドイッチとお弁当が届いていた)、控室のドアがノックされた。

 予想していた私はすぐにドアへ近づく。

 

「お邪魔してよろしいですか?」

 

 ドアを開けると樫村さんが微笑む。脇には秦野もいて、にやっと笑った。ふたりともダークスーツにネクタイだ。

 

「ええ、どうぞ」

 

 私はふたりを招き入れた。集まる視線。

 

「紹介するわ。といっても、樫村は会ったことがあるわね」

 

 試食会のときだ。

 

「で、こちらがロイヤルアルダーホテル支配人の、秦野さん」

「秦野です、よろしく」

 

 彼が会釈した。

 私は一瞬、花丸の視線を感じたけれど、気のせいかもしれない。

 

 樫村さんと秦野は視線を交わして、樫村さんが先に話し出す。

 

「今回はライブ企画に応じていただき、ありがとうございました。オハラ淡島を代表して、お礼申し上げます」

 

 一礼する樫村さん。みんななんとなく頭を下げた。

 

「日頃からみなさんのご活躍は、同じ内浦のひとりとして誇りに思っておりました。素晴らしいライブになることを期待しております」

 

 樫村さんはそういって微笑んだ。秦野が代わって話す。

 

「ひょんなことから当ホテルも関わらせていただくことになりました。今日はライブを生で見られる、ということで私も観客のひとりとして楽しませてもらいます。どうぞよろしく」

 

 彼は笑顔で会釈をした。こうしていると本当に好青年にしか見えない。

 

「千歌っち、なにかいうことある?」

「はいっ!」

 

 千歌があわてて席を立つ。

 

「えっと、私たちAqours、全力でやらせてもらいます。よろしくお願いします!」

 

 みんなも立ち上がる。私も声をあわせる。

 

「よろしくお願いします!」

 

 樫村さんは嬉しそうに、秦野はすこし(はす)に構えた感じで――それでも目を輝かせて、微笑んだ。

 

 ふたりが去ると、みんなはまたおしゃべりを始める。

 

「格好よかったね、スーツ姿!」

 

 曜の言葉が耳に入った。ええそうね、と私は内心で同意する。

 

「それは、どっちのほう?」と梨子。

「もちろん、ふたりともだよ!」

 

 まったく曜らしい。私はくすっと笑う。

 

 おしゃべりの内容は相変わらずだけれど、雰囲気はすこし変わっていた。自分たちがプロとして――というのは言い過ぎかもしれない。しかし今日の主役として期待されている、ということがわかったのだと思う。

 

 私も頑張らなきゃ。

 

 見に来てくれる、ファンのためにも。彼のためにも。

 

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