支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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24. ライブ

 すべての準備を終えて、私たちはステージ裏で待機した。

 アナウンスが流れて場内が暗くなる。私たちは同じく真っ暗なステージへ、音もなく移動した。幕はもう上がっている。

 

 ライブの曲順(セットリスト)、いわゆるセトリを決めるのには相当議論した。ワンマンライブは初めてだったし、みんなそれぞれこだわりがあった。でもきっとそれはいいことなのだと思う。

 

 位置に付いてしばらく待つ。不思議と心は落ち着いていた。

 

 ざわめきが静かになり、ステージのライトが点灯した。短いイントロから全員で声をあわせる。

 最初に選んだのは「君のこころは輝いてるかい?」だ。学校説明会でつい先日披露したばかりで、かつ躍動感もあって入学希望者へのインパクトは大きい、という一年生たちの提案だ。私たちの想いを千歌が詰め込んだ歌詞も最初にこそ相応(ふさわ)しい。私たちの衣装も「君ここ」だ。

 

 全員が声を揃えて一番、二番と歌い、間奏へ。曜の馬飛びもばっちり決まった。千歌と梨子のデュオから大サビ。ステージを一杯に使って私たちは歌った。

 

 曲を終えて、会場全体からわーっと上がる拍手と歓声。ようやく私は客席を確認する余裕ができる。すごい。本当に満員だ。ペンライトを振っている人も大勢いる。

 

 私たちは一列に並んだ。中央の千歌がちらっと私たちを見てから話す。

 

「皆さん、こんにちは! 私たち、浦の星女学院スクールアイドル……」

「Aqoursです!」

 

 全員で声をあわせた。

 ひとりずつ自己紹介する。コール・アンド・レスポンスなんてもちろん決まってないけれど、観客の反応はとてもよかった。

 最後が私の番だ。

 

「浦の星女学院三年生、小原鞠莉です!」

 

 ペンライトが紫に輝く。そう。今日は理事長でも副支配人でもない。秦野もどこかにいるはずだ。私を、私を見てほしかった。

 

「今日はとってもとーってもシャイニーなライブにするから、みんな楽しんでいってね! よろしくお願いします!」

 

 ひときわ歓声が大きくなった。

 

 ステージのライトがいったん落とされて私たちは曜を中心に集まる。イントロが静かに流れる。曜は恥ずかしがったけれど千歌と梨子、そして花丸の強力なプッシュで決まった二曲目は、「恋になりたいAQUARIUM」。夏に伊豆・三津(みと)シーパラダイスでライブをしたときの曲だ。

 メンバーごとのソロパートの連続はメロディラインも複雑だけれど、私たちは難なくこなした。大サビ、曜のソロは今日も抜群に()えていた。

 

 次の曲の前に、梨子がステージの中央に立つ。

 この曲をやることは、誰がいうともなくすんなり決まった。来年春までの残りの時間を考えたら、ここでしかできないだろうと意見は一致した。

 

「この曲は、私にとって思い入れのある曲です。実は――」

 

 梨子は去年のラブライブ予選、事情があって参加できなかったことを話す。

 

「今日は九人で歌います! 『想いよひとつになれ』、聴いてください!」

 

 千歌と梨子、曜がうなずきあった。三人で歌いだす。

 パートわけと振り付けを考える――元に戻すだけではなくて、梨子を加えて考え直すにはひと手間かかった。でもそれだけの価値はあった。梨子はとても楽しそうに歌った。この曲は九人でこそ完成するのだ。

 最後のピアノの音が消えていき、会場は拍手に包まれた。

 

 暗転している(あいだ)にダイヤと果南、私はステージから下がる。私たち三年生は(衣装をひとつでも多く披露したいという曜の強い希望もあって)ここで着替えることになっていた。

 観客席を眺めたけれど、関係者席は最前列にはなくて――もしそうだったら緊張したと思う――秦野や樫村さんがどこにいるかは、わからなかった。

 

「客席、気になるの?」

 

 控室に戻る途中、果南が聞いた。

 

「心配しなくても、満員御礼(おんれい)だよ」

「ええ、そうみたいね」

 

 私はうなずいた。

 

 三年生で歌うならこれもやらなくちゃ、と私たちが提案した「夢で夜空を照らしたい」が聞こえてくるなか、私たちは着替える。次は和のテイストのこれも可愛い衣装だ(二年前のものはさすがにサイズが厳しかった)。

 やがて一年生たちが戻ってきた。次の曲は「ダイスキだったらダイジョウブ!」だ。

 

 着替えを終えて衣装を三人にチェックしてもらう。

 

「お姉ちゃん、素敵だよ!」

「ありがとう、ルビィ」

 

 顔を輝かせるルビィ。ダイヤも嬉しそうに(こた)えた。

 私が微笑ましくそれを眺めていると、チェックを終えたはずの花丸が近いてくる。

 

「ん、どうしたの、花丸?」

「関係者席は、一階の最後列ずら」

 

 彼女は私にだけ聞こえるような声で、ささやいた。ドキリとしたけれど私はそれを表に出さずに、余裕を見せるように微笑む。

 

「ありがと」

 

 花丸も、にこっと笑った。すっと距離を取って彼女は続ける。

 

「いいみたいだね!」

「ええ、そうね」

 

 善子もうなずいた。

 

 ダイヤ、果南と視線を交わす。次の曲は――ライブでこの三人で歌うのは、初めてだ。機会を作ってくれた六人に感謝する。

 

 ステージ脇で待つ。「ダイダイ」が終わり、暗くなったステージから千歌たちが戻ってきて、入れ替わりに私たちは進む。私は曜と、挙げた右手を音を立てないようにタッチした。

 

 つい、視線が客席に向かう。たしかに、高い位置にまわりより黒い一団がいた。――いけない。集中しないと。

 

 何度も聞いたイントロ。徐々に明るくなる三つのスポットライト。真ん中に立っているのは果南だけれど、センターは誰でもない。三人だ。

「未熟DREAMER」。

 二年前の、一学期の、そしてつい先日のことが、そのときどきの感情とともに鮮明に思い出される。

 

 歌い始めても、それは消えなかった。曲に集中していないわけではない。それでも歌詞のひとつひとつの言葉が、私の心に染み込んだ。

 

 そうだ。私なんかまだまだ未熟なのだ。

 

 果南もダイヤも、練習のときよりずっと情感がこもっている気がした。

 

 曲が終わり、ふたたび三人で視線を交わす。暗がりの中、彼女たちの瞳が輝いて見えた。

 

        ・

 

 ライブは短い休憩時間になり全員が控室に集まった。次の曲の衣装に手早く着替える。

 

「いい感じだね」

「ええ」

 

 みんな、ときおり短く言葉を交わすだけだけれど、そのひとつひとつから興奮が伝わってきた。

 

 着替えを終えて鏡を眺める。可愛らしいものから一転して、今度は白基調のピシッとした衣装だ。

 秦野はこれを見て、どう思うだろう? 彼の言葉が聞きたかった。

 

「鞠莉」

 

 果南に呼ばれて彼女と、衣装をお互いにチェックする。そのあとはダイヤとも。

 

「よし、残りも全力で行くよ!」

 

 千歌がいい、私たちはうなずいた。

 

 ステージに戻った私たちを歓声が迎えてくれた。次の曲は「MIRAI TICKET」だ。前回のラブライブ予選、最後の曲。今日はそのリベンジだ。あのときより、私たちは輝いているだろうか。きっとそうに違いない。観客の反応がそれを物語っていた。

 アウトロが余韻(よいん)を持って消えていき、ダイヤが中央へ移る。「MY舞☆TONIGHT」。炎と赤をテーマにした、Aqoursには珍しい曲。でも、ダイヤには不思議と似合っていた。今日は和服ではないけれど、彼女は(りん)として輝いて見えた。

 

 曲が終わり私たちは一列に並ぶ。中央の千歌が話し出す。

 

「みなさん、ありがとうございます! いよいよ次が、最後の曲になりました」

 

 ため息とも(なげ)きともつかない声が会場を満たした。

 ひとりずつ、ごく簡単に挨拶する。最後は私。

 

「今日はありがとうございました! 小原鞠莉でした」

 

 頭を下げてから、私は続けた。

 

「でも、最後にちょっとだけ、サプライズがありマース!」

 

 ざわめく会場。千歌に戻したら、と私はいったのだけれど、私が話したほうがいいとみんなに押し切られたのだ。

 ステージが暗くなり、私だけにスポットライトが当たる。

 

「実は、最後の曲は、今日のために用意したおニューの曲です!」

 

 会場のざわめきが大きくなる。

 私はもったいをつけて時間をおいた。客席全体を見渡すふりをして関係者席を見る。残念だけれど彼がいるのかどうかは、わからなかった。でも、絶対にいるはずだ。

 

「……それでは『スリリング・ワンウェイ』、聴いてください!」

 

 私を照らしていたライトが消える。私は控えていたスタッフに衣装の上着を渡して、代わりを受け取り、立ち位置に移動しながら素早く袖を通した。

 

 ギリギリ間に合った。

 

 バッとステージが明るくなり観客がどよめく。白から黒への衣装チェンジ。ルビィのアイデアだった。

 千歌が叫んで、曲が始まった。

 

 アップテンポで勢いのあるメロディに、私たちの想いを乗せた歌詞。あっという間に一番が終わる。二番は私のソロパートからだ。

 

 緊張よりも興奮が大きかった。長いようで短い八小節。ビシッと決まったと思う。でも、客席を見る余裕はなかった。

 

 間奏、私たちは三人ずつフォーメーションを組んで踊る。実はこの黒スーツはオハラ淡島の備品だ。古くなった制服を譲ってもらったのだ。「ミラチケ」の白から黒へ。素晴らしいアイデアだと思う。

 善子のソロから梨子、ルビィ、曜と歌い(つな)いで、落ちサビへなだれ込む。

 最後、会場も一体になって、叫びが木霊(こだま)した。

 

 暗転したステージから下がり、私たちは荒い息のままハイタッチを交わした。

 

 控室へ戻り、息を整えながら制服へ着替える。「絶対にありますわ」と誰かさんは自信満々だったけれど、私はすこし不安だった。でも。

 

 観客席からの声は鳴りやまなかった。アンコールだ。

 

「ほらみなさい」というような彼女の顔に、私は大きく微笑んだ。

 

 アンコールに選んだのは「ハミングフレンド」。友情を歌ったこの曲は、今日の客層を考えたら実に相応しかった。

 

「本当に、本当に、ありがとうございました!」

 

 全員で礼をする。緞帳(どんちょう)が下りて、今度こそライブが終わったことを観客に告げた。

 

        ・

 

 最後の曲を制服で歌うのは誰ともなく出た案だったが、浦の星女学院のアピールにもなる素晴らしい案だった。なにしろ浦の星の制服は可愛い。

 ただそのまま帰れるかというとそうでもない。私たちは興奮気味におしゃべりをしながら、化粧を落としたりインナーを着替えたり、衣装を片づけたりと後始末をしていった。

 

 私はなるべく手早く終わらせる。

 

「ちょっと挨拶してくるわね」

 

 そうみんなに断ってから、私はひとり控室を出た。スマートフォンは持ったから、なにかあれば連絡がくるはずだ。

 

 もう観客は退場したのだろう。ライブ中の喧騒(けんそう)とは打って変わって通路は静かだった。

 さて、まずは本当に挨拶しないと。樫村さんたちはどこだろう。

 

 幸い、すこし歩くと気配があった。私は控室から近いリハーサル室でスタッフが何人か作業しているのを見つけた。

 ちらっと顔を(のぞ)かせると、すぐに気づかれる。私に向けて手を振ったり、目礼したり。

 

「お疲れさまでした、お嬢さま」

 

 そう声を掛けてくれる人もいた。半分ほどは顔見知りで、もう半分はロイヤルアルダーの関係者だろう、私の知らない人たちだった。

 

「鞠莉さん」

 

 誰かに呼ばれたのか樫村さんが現れた。私は邪魔にならないように入り口から一歩、通路へ下がる。

 

「今日はありがとうございました。おかげで素敵なライブになりました」

「いえ、鞠莉さんたちAqoursの力ですよ。こちらこそ、おかげさまで満員御礼です」

 

 樫村さんは果南と同じことをいって微笑んだ。

 

「なにか手伝えることはありますか」

「いえ、こちらは大丈夫です。みなさん手慣れていますから。売り上げについてはまたのちほどご報告いたします」

「よろしくお願いします」

 

 彼の表情だと期待できそうだ。

 

「もうすこししたら軽食と飲み物を差し入れますので、帰る前に召しあがってください」

「ありがとうございます」

 

 私が一礼して離れようとすると、樫村さんはウインクをして言った。

 

「お嬢さまの曲、素敵でしたよ」

 

 私は胸が一杯になる。

 

「ありがとう」

 

 私も微笑みを返した。

 

 リハーサル室に秦野はいなかった。スイーツの物販のブースは、エントランスホールにあるはずだ。私は階段を降りてそちらへ向かった。

 

 ちょうどいいタイミングだったらしい。

 

「これで最後です」

「わかった。よろしく頼む」

 

 スタッフが台車を押していくところで、こちらに背を向けて秦野が立っていた。

 

 私は彼に気づかれる前に立ち止まり深呼吸した。

 メイクはいったん落として軽く整えた。制汗剤も大丈夫。よし。

 

「秦野さん」

 

 私の呼びかけに彼はくるっと振り返った。

 

「おう。お疲れさま」

 

 私は思わずくすりと笑ってしまう。ダークスーツの彼の胸に、ペンライトが刺さっていたから。彼が気づいてそれを取り出す。

 

「ああ、これか。一応用意しなきゃ、と思ってさ」

 

 彼は気分を害した様子もなく微笑んだ。

 

「ありがとう。応援してくれて」

「どういたしまして。ま、主催者だしな」

 

 彼はペンライトを戻した。

 私は居ても立っても居られなくて尋ねる。

 

「それで、どうだった? Aqoursのライブは?」

「俺の立場からすると……これだけ(はい)れば、主催した甲斐(かい)はあったな」

「ロイヤルアルダーとして?」

「まあな。いろいろいってきた本社にも顔向けできる、っていうかさ」

「ビジネスライクね。あまり()め言葉に聞こえないわよ」

 

 じとっと目を細める私に彼はすこし照れくさそうに話す。

 

「個人的には、まあ、最高だった」

 

 私はぽっと胸が熱くなる。

 

「ほんと?」

「ああ」

 

 大きくうなずく彼。

 

「みんなすごかった。生で見ると、やっぱり動画とは違うな。特に最後、してやられたって感じだ。新曲をやるなんて、一言(ひとこと)もいってなかっただろ」

「サプライズは大成功、ってことね」

「ああ。しかし、よく新曲なんて用意できたな」

「実はね、私も無理だと思ってたの。ダイヤと果南が、みんなが用意してくれたのよ、私のためにって」

 

 そのおかげもあって今日は大成功だったわけだ。

 秦野は笑みを深くする。

 

「……そりゃまた、大きなサプライズだな」

「ええ、まったくよね」

「よくいきなりで歌えるもんだぜ」

 

 感心したように話す彼。私は微笑んで首を振った。

 

「さすがに今日知った、ってわけじゃないわよ。ライブが決まって、練習が始まってしばらくしてからの話」

「ま、そりゃそうか」

 

 彼はうなずいた。

 私は肝心なことを話していないことを思い出す。

 

「ねえ、秦野さん」

「なんだ?」

「今日は……いいえ、今まで本当にありがとう。忙しいのにライブを企画してくれて、運営も手伝ってくれて。おかげで素敵なライブになったし、オハラ淡島の売り上げも確保できると思う」

「さっきいったろ、甲斐はあったって。それに俺は手伝っただけだぜ」

「それでも、よ」

「わかったわかった。どういたしまして、でいいのかな」

 

 秦野は肩をすくめた。

 

「もう」

 

 私は(あき)れたようにいってから続ける。

 

「とにかく私は感謝しているの。オハラ淡島の副支配人としてだけではなくて、個人的にもね」

「ん?」

「昨日、なんとかなるっていってくれたでしょ。おかげでよく寝られたわ」

「ああ、そのことか。なんとかなっただろ」

 

 秦野は目を細める。

 

「ええ、なんとかね。だから、ありがとう」

 

 秦野はふうっと息を吐いてペンライトを取り出し、手に持った。

 

「それをいったら俺のほうも感謝しなくちゃだな。いいもの見せてもらった……っていうとなんか変だな」

 

 彼は視線を()らして所在なげにペンライトをいじる。

 

「感動した、っていうのも安っぽいしな。まあとにかく、良かったと思う」

 

 胸の温かさが広がる。彼はペンライトを見つめながらスイッチを入れた。紫色の光が輝く。あっ、と思うと彼は続けた。

 

「みんなそうだけど、小原さんも……小原さんは特に、いい感じだったと思うぜ」

 

 急な言葉に私はなにもいえなくなる。

 

「……最後の曲だけじゃなくて、どの曲でも光ってたし。どっちの衣装も似合ってた」

 

 自分の顔が熱を帯びるのがわかる。

 

「……ダンスもキレてるし、格好いいのと可愛いのと、混在するのが魅力っていうかさ……」

 

 私は目をぱちぱちとさせる。あの、えっと。

 

「秦野さん?」

「おっと」

 

 彼はまるで夢から()めるように顔を上げて、ペンライトのスイッチを切った。

 

「まあそんな感じだ」

 

 私がなにかいう前に彼はあわてたようすで話した。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 彼はそういって歩き出す。そしてすこし離れたところに置いてあった紙袋を持ってきた。

 

「これ、うちのスイーツだから。みんなで帰りにでも食べてくれ」

 

 片手で紙袋を突き出す彼の顔は、心なしか赤らんでいるように見えた。

 

「ありがとう。みんな喜ぶと思う」

 

 私はにこりと微笑んで受け取り頭を下げた。

 残念だけれど、そろそろ戻らないと。

 

「それじゃ、また次の機会に、ね」

「ああ、たぶんライブ企画の報告に行くことになると思う」

 

 彼は柔らかい表情で話す。

 

「今回のライブが終わって……オハラ淡島の売り上げが確保できたら、多少は楽になるのか?」

「楽というか、副支配人としては肩の荷が下りるわね。ラブライブ予選に向けて、スクールアイドルに集中したいと思ってる」

「浦の星女学院の存続か。となると、本当に落ち着くのはそれからだな」

「ええ、そうね」

 

 もし予選を突破したら本選があるのだけれど、学院が存続したなら純粋に楽しめるのかもしれない。

 私の目を見つめる彼。

 

「……次のライブも、楽しみにしてるから」

「ありがとう」

 

 私がもう一度微笑んで帰ろうとすると、彼がいま思い出したというように口にする。

 

「あ、そうだ」

「なあに?」

「今度うちでも、イベントをやるんだ。詳細が決まったらまた話すから、良かったら来てくれ」

「わかったわ」

 

 彼はうなずいた。

 

 私は急いで控室に戻る。

 エントランスホールから通路に入ったところで私は向こうから歩いてくる人影に気づいた。

 

「花丸じゃない」

「あ、鞠莉ちゃん。よかった」

「どうしたの?」

「いま差し入れが届いたんだ。ちょっと乾杯しようってことになったから、マルが呼びに来たんだ」

 

 近いとはいえ遠征先だ。今日は時間がないので打ち上げはしないで、そのまま帰ることになっていた。

 私たちは歩きながら話す。

 

「ありがとう。樫村さんね」

「うん、すごく豪華だよ。マルはおなかペコペコずら。あっ、それは?」

「スイーツをいただいたの。デザートに食べるか、持って帰ってもいいわね」

「嬉しいずら!」

 

 花丸は、にこにこと笑った。私の赤い顔に気づいたのかどうかはわからない。秦野と一緒なのを見ていたのかもわからない。

 彼女はなにもいわなかったし、私もなにも聞かなかった。

 

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