支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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25. 浦の星の行方(ゆくえ)

 翌日、ライブ企画は予定以上の売り上げを記録したと樫村さんから聞いた。

 そして数日後の夕方。ロイヤルアルダーの関係者との、今回の企画の総決算的な報告会がオハラ淡島でおこわなれ、オハラ淡島側のひとりとして私も参加した。ロイヤルアルダー側にはもちろん秦野がいるはずだ。

 

 前回あんなことをいわれて、私はすこし緊張した。どんな顔で迎えればいいのだろう。

 しかし現れた秦野は、樫村さんたちに向けるのと同じ、なんの含みもなさそうな笑顔で私へ微笑んだ。私は安心して――同時にすこし拍子抜けして、同じように営業スマイルで(こた)えた。

 

 その席であちら側の収支も黒字になったという報告を受けて、私はようやく安心することができた。

 会は(なご)やかな雰囲気で終わる。

 私は秦野と話したかったけれど、彼は向こうのホテルの人たちと一緒だ。私のほうも樫村さんや佐々木さんがいる。

 だから諦めて、にこにこと見送ろうと考えていた。

 

 エレベータから最後に降りると、すっと秦野が隣に来てささやく。

 

「このあと、電話してもいいか?」

 

 私は一瞬、びっくりして変な声を出しそうになる。

 

「ええ、大丈夫」

 

 なんとか我慢してあわてて答えた。彼はうなずいて、足早にほかのメンバーに追いついた。

 私はしばらく、胸の動悸を(しず)めるために深呼吸を繰り返した。

 

        ・

 

 私は樫村さんたちに挨拶して部屋に戻った。このあとと話していたから、それほど遅くはならないだろう。

 部屋着に着替えてコーヒーをいれたころ、私のスマートフォンが鳴り出した。

 画面に表示される「秦野啓司」の文字。――彼の名前。

 

「もしもし」

『ああ、さっきは突然、悪かったな』

「別に、なにも悪いことはないわよ」

 

 ちょっとびっくりしたけれど。

 

「それで、なにか話でもあるの?」

『まあ、話っていうか……。ちょっと小原さんの予定を確認したくてさ』

「私の?」

 

 なんだろう。デートのお誘い――は、ないかしら。

 

『ラブライブ地区予選の次の土曜日、()いてるか? 夕方っていうか、夜だけど』

「ええと、ちょっと待って」

 

 私はスマートフォンを耳から離して予定を確認する。

 

「空いてるわ」

 

 予選を通過したら練習を続けているだろうけれど、一日くらいなら休めるはずだ。

 

『そうか』

 

 彼は安堵したように漏らして、続けた。

 

『まあ日付は今さら動かせないんだけどな』

「それなら私に聞く意味あるの?」

 

 私は(あき)れてみせる。

 

『あー、それはそうだけどさ……小原さんの予定、確保してもらうことには意味があるんじゃないか?』

 

 私の予定といえばスクールアイドルとホテル関係と理事長関係くらいしかないけれど――彼がそう思ってくれることは、素直に嬉しかった。

 私はごまかすように話す。

 

「それで、肝心のこと、聞いてないんだけど。なにがあるのかしら」

『この前ちょっと話したうちのホテルのイベントさ。たぶん、多少は楽しんでもらえると思う』

「詳細は秘密ってわけね」

『ああ、悪いけどな』

 

 そういうことなら、楽しみにしておくことにしよう。

 

『それで、もし小原さんさえよければ、だけど』

 

 彼はいいにくそうに続ける。

 

『お友達を誘ってくれてもいいかもな。黒澤さんとか松浦さんとか』

 

 ん? ということはデートとかではないわけね。

 まあ、イベントならそういうこともあるだろう。ちょっと残念だけれど――ダイヤや果南への恩返しになるかもしれない。

 

「わかった。予定を確認しておくわ」

『すまない』

「謝ることじゃないわよ」

 

 私がくすっと笑うと彼も苦笑した。

 

『そういえば、そうか』

 

 しばらく沈黙が流れた。やがて静かに彼が続ける。

 

『また別の機会に、小原さんを誘うよ』

「ありがとう」

 

 おやすみをいって電話を切る。

 

「別の機会、か」

 

 私の心、見透かされたかしら、と思う。でも、嬉しかった。

 

        ・

 

 間近に迫ったラブライブ予選に向けて私たちは練習を続けた。

 地区予選突破を確実にしなくては、と考える私たち三年生が思い出したのは、二年前のことだった。果南の考えた振り付け――いや、アクロバティックなパフォーマンス。圧倒的だけれど、そのぶん危険もともなう。

 話を聞いた千歌は俄然(がぜん)、やる気になった。となると、千歌以外の私たち八人も千歌に劣らないダンスを見せなければならない。

 猛練習を開始する千歌。私たちも練習を繰り返した。

 

 そんな中、嬉しい話もあった。ある日の連絡会で樫村さんは今月の予約は順調だと話した。

 

「このまま行けば、昨年を上回るのは確実でしょう」

「大雪が降っても……槍が降っても大丈夫ですか?」

 

 私が冗談めかしていうと彼は笑った。

 

「そうしたら、従業員一同で泊まり込みますよ。宿泊費を払って」

「あら、いいわね。Aqoursの九人もそうするわ」

 

 この感じだと心配する必要はなさそうだった。

 一山超えた。これでスクールアイドルに集中できる、と思う。

 

 ダイヤと果南に報告すると、ふたりは我がことのように喜んでくれた。

 

「一時はどうなることかと思いましたが……ライブ、成功してよかったですわ」

「そうだね。あれで入学希望者も増えたし」

 

 そう。六十人を超えたのだ。

 

「ダイヤと果南の提案も、ずいぶん役に立ったのよ」

「それならよろしいのですが」

「あとは予選を突破して、百人、集めるだけだね」

 

 果南のいう通りだ。

 

 もし売り上げが下回っていたなら、百人集めても無理だったわけで――私は耐えきれなかったに違いない。いや、ダイヤと果南がいれば大丈夫だろう。それでもきっと、(つら)い思いをしたことは間違いなかった。

 そう思うと改めて樫村さんたち、それに秦野には感謝の思いしかなかった。

 

 秦野に伝えたいと思う。でも彼とはついこの(あいだ)、話したばかりで――あまり頻繁に連絡をしたら(わずら)わせてしまうだろうか。残念だけれどメールで報告しておくことにした。

 

        ・

 

 しかし予選が近づいても千歌のパフォーマンスはずっと成功しなかった。あの果南が自分の限界ぎりぎりで考えたものだから無理もない。果南は千歌に、ライブ前日の朝まで、と期限を切った。

 その日、夜明け前。私たち八人は誰に相談するともなく、ひとりまたひとりと千歌の元へと集まった。家の前の砂浜で練習を続ける千歌。梨子、曜の話では、千歌は夜通しこんな感じだったらしい。なかなか成功はしない。それでも以前より、昨日よりも、確実に近づいていた。

 東の空が明るくなるころ。

 

「千歌、時間だよ」

 

 果南の言葉に千歌がうなずく。彼女が走り出す。そして私たち八人の前で、千歌はやってのけた。

 

 また同じ日には秦野からはメールが届いた。相変わらず簡潔な文章だけれど、これが彼流なのだ。私も簡潔に返した。

 

 ライブ当日。入学希望の締め切りの日。

 東海地区予選は前回と同じ会場だ。でも私たちはまったくというほど違っていた。かける想いも、私たちの絆も、たぶん実力も。

 今考えれば前回、敗退したのは当然だったのだろう。

 

 ステージに立っても私は不思議と落ち着いていた。やれるだけのことをやったからだと思う。

 

「MIRACLE WAVE」。アップテンポで勢いのある曲だ。

 

 千歌がBメロを歌う中、私たちはドルフィンウェーブを無事に終える。一瞬の静寂。千歌は必ずやる。私は、私たちは信じていた。

 

 ロンダート、そしてバク転。着地もぴたりと決まった。

 

 驚愕(きょうがく)と称賛の混じった叫びが会場全体を大きく揺らした。

 

 曲を終えてステージを降りると同時に私たちは千歌のところへ集まった。彼女の目にも私たちの目にも涙が光っていた。

 

 そして結果発表。

 私たちは、一位で東海地区予選を通過した。

 

        ・

 

 私たちはその日のうちに内浦へ帰り、浦の星女学院の理事長室へ集まった。私はPCを立ち上げて入学希望者募集のページを開く。午後八時。八十人という数値が表示された。

 まだ二十人も不足している。締め切りは午前零時だ。私は胃のあたりが重くなるのを感じる。

 

 居ても立っても居られなくなった私は、すこしでも期限を延ばしてもらうためパパに電話を掛けた。時差の関係だろう、パパは明日の午前五時までなら、と話した。できれば丸一日は欲しかったけれど、五時間だけでも感謝しなくてはならない。私はお礼をいって電話を切った。

 

 午後九時。八十六人。ゆっくりと時計の針は回る。落ち着かない様子の千歌を、曜がなだめた。今は果南のいう通り、今日の私たちを信じるしかない。

 

 午後十時が近づき、ダイヤはみんなに帰宅を勧めた。もちろん全員が残りたがる。

 

「仕方ないですわね。みなさんの家の許可と、理事長の許可があれば」

「もちろん。みんなで見守ろう」

 

 ダイヤの言葉に私は一も二もなく答えた。

 

 午前零時を過ぎる。八十七人。仮眠できるように用意はしていたけれど誰も理事長室を離れなかった。

 途中、一年生が買い出しに出る。気づけば彼女たちもすっかり一人前だ。

 数字が増えるたびに全員がPCの前に集まって歓声を上げた。

 

 午前四時。九十四人。

 千歌、曜、果南、そして梨子が、緊張感に耐えられなくなったのか、理事長室を出ていく。しばらくしてプールのほうから声が聞こえた。浦の星の魅力を叫ぶ彼女たち。私はダイヤと視線を交わして、微笑んだ。そう、きっと大丈夫だ。

 

 四時五十分、九十七人まで来た。あと三人。

 

 午前四時五十九分。九十八人に増える。あと二人。

 

 そしてそのまま時計は、午前五時を指した。ぎゅっと視界が(せば)まる。

 

「募集終了……」

 

 千歌がつぶやいた。

 

「時間切れですわ」とダイヤ。

「そんな……大丈夫だよ。あと一日あれば、ううん、半日でいい。一時間でもいい」

 

 千歌が現実を受け入れられない、受け入れたくないというように話した。

 

 もう一度だけパパと交渉しよう。だって九十八人だ。誤差の範囲だ。

 

 そう思って部屋の外に出ようとする私を、ダイヤと果南が止める。

 

「おやめなさい」

「これ以上いったら、鞠莉が理事長を()めるようにいわれる」

 

 そう、わかっていた。これが最後だってことは。

 

「受け入れるしかない。学校はなくなる」

 

 果南が静かに話した。

 それ以上は誰も、なにもいわなかった。

 

 どのくらいそのまま立ち尽くしていただろう。私は言葉を絞り出す。

 

「帰りましょう。明日は――いえ、今日は休みだけれど……夜更かしは体に良くないわ」

 

 ひとり、またひとりと理事長室を出ていく。

 私は無力感と後悔に押しつぶされそうになりながら、ゆっくりとPCを片づけた。

 

 顔を上げると、ダイヤだけが残っていた。

 彼女はゆっくりと近づくと、私を優しく両腕でハグした。

 

 私は彼女の胸を借りて、泣いた。

 

 朝焼けの内浦を歩く。肌を刺すような冷たい空気も、今の私にはちょうどよかった。

 連絡船に乗りオハラ淡島へ着いたころ、スマートフォンに秦野からのメールが届く。入学希望者が届かなかったことを知ったのだろう。残念だという思いと、私を気遣(きづか)う文章が書かれていた。

 そして最後には『力になれず申し訳ない』とあった。

 

「あなたが謝ることじゃないわよ」

 

 私はひとりつぶやいた。「ありがとう」とだけ書いて返信する。

 

 そのまま私は連絡先を開く。向こうは夕方だ。

 すぐに電話は繋がった。

 

「パパ?」

『鞠莉。残念だったな』

 

 そうか。パパも、もう知ってるんだ。

 

「ねえ、もしかして、だけど……」

『すまない、鞠莉』

 

 ぽつり、とふたたび涙がこぼれた。

 

「ううん、今までありがとう」

『なあ、鞠莉。こっちへ来たらどうだ? 進学にも有利になる。ママも待ってるんだ――』

 

 私は無言で電話を切った。

 

        ・

 

 私たちはラブライブを目指して前向きに練習を続けた――表面的には。でも、私も、みんなも、心のなかでは考えていた。

 学院の廃校が決まった。それなのにラブライブ優勝を目指す意味があるのだろうか、と。

 

 数日後。そんな私たちの迷いを払ってくれたのは、学院の生徒たちだった。たとえ学校がなくなるとしても、学校を救う方法。それはラブライブの歴史に浦の星の名前を残すこと。そしてそれは、私たちにしかできないのだと。

 メッセージを受け取った私たちは、再始動した。

 

 その日の夜、秦野からメールが届く。これから電話してもいいかという内容で、私はイベントがすぐ近くに迫っていることに気づいた。もちろん忘れていたわけではない――むしろ楽しみだったけれど、浦の星の行方(ゆくえ)が決まるまでは気にしないようにしていた。

 

 私はこちらから電話を掛ける。

 

「秦野さん?」

『ああ、わざわざ悪いな』

「いいえ。ええと……ひさしぶりね」

『そうだな』

 

 彼はしばらく黙り、私が必死だったことを知っているからだろう、言葉を選ぶように話した。

 

『学院のことは……その、残念だったな』

「ありがとう」

 

 ずきりと胸が痛んだ。

 

『俺も、いろいろ悪かったな。結果として役に立てなくて』

「別に、あなたが謝ることじゃないわ」

 

 私は(つと)めて明るく話す。

 

「私が……いいえ、私たちがすこしだけ、及ばなかったの」

『でもさ、もうすこし派手にしとけば、希望者も増えたかもしれないだろ?』

「それは、そうかもしれないわ。でも、できるだけのことはやったんじゃないの?」

 

 私はいつかの彼の言葉を繰り返した。

 彼は若干、語気を弱める。

 

『まあ、そうだけどさ。正直、売り上げを確保できればいい、って思ってた。でもさ、小原さんのことを考えると……』

 

 いったん言葉を切る秦野。

 

『浦の星の存続だけを考えたら、もっとやれたんじゃないか、ってさ』

「秦野さん……」

 

 彼の言葉は私の心へと染み渡り、すこしだけ痛みを(やわ)らげてくれた。

 

「ありがとう」

『いや、それこそ小原さんが感謝することじゃないぜ』

「それでも、よ」

 

 すこし間をおいて、彼が話す。

 

『Aqoursはどうなるんだ? その、統合が決まったら』

「続けることにしたわ。優勝して学院の名前を残してほしいって、生徒たちにいわれてね」

『そうか』

 

 彼は優しくささやいた。

 

『まだまだ忙しそうだな』

「ほんとにね」

 

 私は沈黙を心地よく味わった。

 彼は雰囲気を変え、明るい声になって話す。

 

『それで、まだ有効かな。今度の土曜日、小原さんの予定は』

「ええ、もちろんよ」

『それはよかった。実は、うちのホテルでちょっとしたパーティがあるんだ』

「パーティね」

 

 高校生になって両親とは距離を置いたから、なんだか懐かしい響きだ。

 

『ああ。ホテル事業の開業十周年の記念ってことで、いちばん新しいうちが会場になってさ。もしよかったら、来てくれないか』

「ダイヤや果南も一緒に?」

 

 彼女たちにも予定は空けてもらっていた。

 

『もちろん。ただ、周りはおっさんばかりだろうから、楽しめるかどうかわからないけどさ』

「それは困ったわね」

『すまんな。まあ、料理は豪華にするつもりだから』

 

 冗談めかしていう秦野。

 ロイヤルアルダーでのパーティ、どんな感じなのか気になるし、ダイヤと果南がいるなら退屈することはなさそうだ。少なくとも気分転換にはなるだろう。

 秦野とは――もしホスト役ということなら彼も忙しいだろうから、あまり話もできないかもしれないけれど。

 

「わかった。お邪魔させてもらうわ」

『おっ、そうか』

 

 彼は明らかにほっとしたようにいった。

 

 ドレスは貸すという彼に、まずは自分で考えてみると私は伝えた。中学生のころのはもう着られないだろうけれど、オハラ淡島にも若干の用意はある。

 

 時間などの詳細を話したあと、彼はふうっとため息をつく。

 

『まったく、パーティとか面倒くさいったらないぜ。小原さんでも来てくれなきゃ、やってられない、っていうか』

 

 それは、言葉通りに受け取っていいのかしら。

 

「えっと、大変ね」

 

 彼は気づいていないか、深く考えていないか、らしい。

 

『ほんとだよ。あ、一応伝えておくと、オハラ淡島にも招待状、出してるから』

「わかったわ」

『連絡が遅くなって悪かったな』

「いいえ」

 

 私が落ち着くまで待っていてくれたに違いなかった。

 

『そういえば……ホテルの副支配人のほうは、どうなるんだ? 学院が、ああなって』

「一応、来年三月まで、私が卒業するまで副支配人を続ける約束だけれど、こうなったらあまり、続けても意味はないわね」

 

 そうだ。パパに話しておかないと。

 

『ま、そうだよな。それで、もし、小原さんが副支配人を()めても……』

 

 彼はいいにくそうに話す。

 

『連絡を取ってもいいかな、その、小原さんに』

 

 私は改めてそんなことをいわれたことに驚く。

 

「もちろんよ。なに遠慮してるのよ」

『そうか』

 

 彼の口調からは嬉しそうな雰囲気が伝わってきて、私は頬を(ゆる)める。

 

「……私からも、連絡するわ」

『お、おう』

 

 彼は『それじゃ、おやすみ』といって唐突に電話を切った。

 私はスマートフォンを握って、くすっと笑った。

 

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