支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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26. 準備

 翌朝、私はオハラ淡島の館内でたまたま樫村さんに出会う。

 

「鞠莉さん、すこしよろしいですか?」

「ええ」

 

 たまたまというのは私の勘違いで、ひょっとしたら私の行動はすべて把握されているのかもしれない。

 

「ロイヤルアルダーから今週末に(おこな)われるパーティの案内が届いております。一応、私が行く予定でおりますが、よろしければ鞠莉さんもご出席されますか?」

 

 樫村さんも私が落ち着くまで待っていてくれたのだろうか。

 隠しても仕方がないので私は話す。

 

「実は私も招待されていて、ダイヤと果南と行く予定です」

「ああ、そうでしたか」

 

 樫村さんは微笑む。

 

「それなら、鞠莉さんはオハラ淡島とは関係なく、いらっしゃるのがいいでしょうね」

「そうさせてもらいます」

 

 私は頭を下げた。

 

 その日の練習が終わったあと、私はそのふたりを自室へ招待した。

 

「ねえ、それにしても急すぎない?」と果南。

「仕方ありませんわ。私たちがずっと、忙しかったのですから」

 

 私の昔のドレスはやはりサイズが合わず、果南は「私がドレスなんて、持ってるわけないじゃない」と笑い、ダイヤは「着物ならあるのですが」と困り顔をしたので、私は衣装室へお願いして、ふたりに合いそうなドレスを用意してもらっていた。

 

「あら、これは果南さんに似合いそうですわ」

 

 ハンガーにずらっと掛けられたうちの一着を、ダイヤが広げる。(そで)なしのAライン、深いエメラルドグリーンでスカートにはプリーツが入っている。ウエストの左前にはリボンが結ばれ、可愛らしさを追加していた。

 

「いや、もっと地味なのでいいよ」

「いいえ、果南にはこのくらいじゃないとダメよ」

「そうですわ。上品で、とても素敵です」

 

 首を振る果南を私たちは説得する。本当なら、もうすこしスカート丈が短くてもいいくらいだ。

 

「ええ、本当かなあ」

 

 頭をかく果南に私とダイヤは微笑みあった。

 

「それじゃ、ダイヤにはこれ!」

 

 そういって果南が選んだのは臙脂(エンジ)のエンパイアドレスだ。シンプルなシルエットは、すらっとしたダイヤにはぴったりだ。(えり)が左右非対称(アシンメトリー)なのも目を引く。

 

「わ、私に着こなせますでしょうか」

「絶対に似合うって!」

「落ち着いたなかにも(はな)があって、いい感じよ、ダイヤ」

 

 ダイヤは「仕方ありませんわね」といいながら、満更(まんざら)でもなさそうだ。

 

 さて、私は――秦野とも会うし無難なのでいいわ。そう思ったのだけれど。

 

「あれ、これちょっと珍しいね」

「そうですわね。スカートのうしろ側が長くて……」

 

 ふたりが取り出したのは淡いパープルのドレスだ。私もちょっといいな、と思ったのだけれど――。

 私を見るふたりの目がきらっと光った。

 

「あのね、ちょっと大胆だと思うの。肩は出てるし、ウエストも絞られてるし――」

「そこがいいんじゃない、鞠莉」

「私のとあまり変わりませんわ」

 

 ふたりはドレスを手にしたままじりじりと距離を詰めてくる。

 私は数歩あとずさり――諦めて首を振った。

 

「はいはい、わかったわよ」

「そうこなくっちゃ」

「さすが鞠莉さんです」

 

 私たちは試着してみる。サイズはどれもぴったりだった。順番に鏡に映して、くるくるっと回る。

 

「あら、とても似合ってるわ、果南」

「ダイヤも綺麗!」

「鞠莉さん、素敵です」

 

 うん。贔屓目(ひいきめ)かもしれないけれど――みんな悪くないんじゃないかしら。

 

「これさ、スクールアイドルの衣装にも使えるんじゃない?」

「ええ。ステージでも()えること間違いなし、ですわ」

「当日はいっぱい写真を撮って、曜とみんなに見せましょう」

 

 私たちは顔を見合わせて、笑った。

 

        ・

 

 翌朝、私は改めてパパに電話を掛けた。話をつけるなら早いほうがいい。

 

「パパ、今、すこし話せる?」

『ああ、構わないよ』

「単刀直入にいうわ。オハラ淡島の副支配人だけれど、辞めてもいいかしら。どんな条件を出されても、私にはもう関係ない。だからオハラ淡島に関わる理由もないわ。悪いけどね」

『しかし、約束では――』

「わかってる。来年三月まで。それまで(かたち)ばかりの副支配人でいることはできる。でも、それなら辞めても変わらないでしょ?」

『形ばかり、か。鞠莉はそういうことができない(たち)だろう?』

 

 やっぱり、パパは私のことを理解してる。

 

「そうかもね。だからきっちり話を付けたくて、こうやって話をしているの。年末までの売り上げは昨年を上回った。それで十分でしょう?」

『ああ、素晴らしい結果だよ。でも、廃校が決まったのだろう? それなら逆に理事長も辞めて……オハラ淡島に専念してくれないか』

「専念ですって?」

『ああ、将来の役に立つだろう?』

「たしかに、普通に考えたらそうかも知れないわ。でも、私は、ほかでもない今、スクールアイドルに集中したいのよ」

『スクールアイドル、か』

 

 パパは言葉を切った。私は答えを待つ。すると。

 

『パパ、誰と話しているの?』

 

 ママの声が電話の向こうから聞こえた。パパは電話を手で(おお)ったようだ。くぐもった会話が断片的に届くだけになる。

 

『すまんな、鞠莉。売り上げを確保したのは評価するが、やはり約束は守ってほしい』

「ママなのね。……浦の星が廃校になって、満足でしょ。だったらもういいじゃない」

『鞠莉、そんなことをいうんじゃない。ママは鞠莉のためを思って――』

「いつもそういうのね。わかったわ、一応続ける。続けるけど、どうなっても知らないから」

『近いうちにいったん日本に帰る。そのときに話そう、鞠莉』

 

 パパの話は続いていたけれど、私はパシッと終話ボタンをタップした。

 こうなったら、採算度外視(どがいし)のイベントでもやってやろうかしら。それとも、ロイヤルアルダーと合併するとか。

 

 でも、そんなことができないのは、自分が一番よくわかっていた。

 

 樫村さんと話せば、副支配人の仕事が楽になる方法は見つかるだろう。でもどうせならパパに――そしてママに、納得してほしかった。

 きっと説得できるはずだと思う。副支配人として、スクールアイドルとして、私が今までやってきたことをきちんと知ってもらえられば。そのためなら、それこそプレゼンテーションをしたっていい。

 パパが帰国したときが勝負になるに違いなかった。

 

        ・

 

 土曜日のイベントの前に、私は内浦の定例会へ出席した。ただ今日は、私が出席するようになってから始めて、秦野が来なかった。イベントの準備か――本社にまた呼ばれて忙しいのかもしれない。

 気になったけれど、もし忙しいならわざわざ連絡を取るのは申し訳ない気がした。

 パーティの前日には秦野から確認のメールが来て私は多少、安心した。ただ電話を掛けることまではしなかった。

 

 そしていよいよロイヤルアルダーでのパーティの日。

 夕方、果南とダイヤにはいったんオハラ淡島まで来てもらう。宴会場の控室を借りてそこで先日決めたドレスに着替えた。

 

「かっなーん、ビューティフル(アンド)エキサイティンよ!」

 

 例のエメラルドグリーンのドレスに身を(つつ)んだ果南はとても素敵だった。彼女の抜群のプロポーションも遺憾(いかん)なく発揮されている。

 

「いやー、そんなことないよ」

 

 顔を赤くするところがまた可愛い。

 

「ほら、ダイヤだって似合ってるし」

「まあ! 清楚で可憐、まさに大和(やまと)撫子(なでしこ)という形容が相応(ふさわ)しいわ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 ダイヤは恥ずかしそうに顔を落とす。落ち着いた赤のドレスはダイヤの肌の白さを引き立てていた。

 

「ほんと、ダイヤは美人だよね。でも、どうして日本語なのさ、鞠莉」

「んー、なんとなく?」

「鞠莉さんも、早く着替えてください」

 

 ()き立てられて私は服を脱ぎ、着替えた。

 

 鏡に映してみる。自然に背筋が伸びるのはステージ衣装と同じだ。

 一回転すると、スカートがふわりと舞う。肩と背中は、やっぱりちょっと大胆じゃないかしら。でも――。

 

「いい感じだよ、鞠莉」

「ええ、とても素敵です」

 

 うん、今日くらいは、自分自身をそう思ってあげてもいいのかもしれない。

 

「ありがと、果南、ダイヤ」

 

 さすがにこのまま行くのは寒いし、恥ずかしいので、私たちはそれぞれショールを借りて羽織った。

 

「ねえ、今日はダンスとかするのかな?」

「さすがにダンスはないと思いますが……ですよね、鞠莉さん」

「ええ、十周年記念っていってたから、挨拶があって、食事して会話してって感じだと思うわ」

「そっか。ちょっと安心したかも」

 

 果南もダイヤも、ダンスはさまになると思うのだけれど。

 

「それじゃ、料理、おいしいといいよね」

「果南さんはそれが目的ですか」

「だってさ、知り合いとか誰もいないし」

「あら、なにか素敵な出会いがあるかもしれませんわ」

 

 楽しそうに話すふたり。

 

 そのとき予定よりもいくぶん早く、控室のドアがノックされた。

 近づいてドアを開けると樫村さんだった。眉が寄せられていて彼には珍しく不安そうな表情だ。

 

「お嬢さま、お知らせしたいことが」

「なにかしら」

「私の口から話すよりも、どうぞこちらへ」

「ふたりも呼んでいい?」

「ええ、もちろんです」

 

 私はふたりに声を掛ける。

 樫村さんが私たちを案内したのは、控室からすこし離れた小さい会議室だった。ノートPCが一台、机の上に置かれている。

 

 PCを操作する彼を、私たち三人はうしろから(のぞ)きこんだ。

 どこかのニュースサイトだと思う。彼がクリックすると動画が流れ出した。

 

『……中堅不動産会社の秦野不動産と、杉田建設との二度目の資本提携交渉は不調に終わりました。これで秦野不動産は苦しくなりますね』

 

 秦野不動産。樫村さんが呼びに来た理由がわかった。

 女性キャスターからコメンテーターに変わる。

 

『はい。秦野不動産は都心のマンション販売の減速で、苦しい経営が続いています。ホテル事業やリノベーション事業など多角化を進めていますが、本業を(おぎな)うほどには至っていません』

『今回、交渉が不調に終わりましたが』

『杉田建設のブランドと販売網で経営の立て直しを(はか)る考えでしたが、こうなると倒産の可能性もありますね』

 

 動画が終わる。不吉な言葉が並んでいた。私はみぞおちのあたりが急に重くなるのを感じる。

 

「ねえ、秦野不動産って……」

「ロイヤルアルダーホテルの経営元ですわ」

 

 果南の問いにダイヤが答えた。

 

「樫村さん」

「お聞きの通りです、鞠莉さん。以前から(うわさ)は聞いていましたが、予想よりもかなり厳しいようです」

 

 秦野は今まで、そんな様子はすこしも見せなかった。ホテル事業は問題なかったようだから、そのせいかもしれない。――いや、最近はずいぶん忙しそうにしていたし、本社がどうこう、と話してもいた。

 

 もし。もし、彼の会社が倒産するとしたら、彼はどうなってしまうのだろう。彼に電話でも掛けたほうがいいのだろうか。でも――。

 

 思考がまとまらなかった。

 

「大丈夫ですか、鞠莉さん」

 

 ダイヤが気遣(きづか)わしげに聞いて、私は我に返る。首を振っていったん思いを断ち切って、ダイヤへ微笑んだ。

 

「ありがとう、大丈夫よ」

 

 続けて樫村さんに聞く。

 

「可能性もある、ということは、まだ……決まりではないのよね」

 

 倒産という言葉は使いたくなかった。

 

「はい。他の情報も確認しましたが、可能性の段階です。おそらく今も新しい提携先を探しているか、なんらかの資金繰りをしているでしょう」

「ありがとう」

 

 それなら今は、私にできることはないだろう。

 

 ただ今日のパーティに(のぞ)むにあたってこの情報は重要だった。秦野と話すにしても、他の誰かと話すにしても。

 私は改めて樫村さんに感謝した。

 

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