翌朝、私はオハラ淡島の館内でたまたま樫村さんに出会う。
「鞠莉さん、すこしよろしいですか?」
「ええ」
たまたまというのは私の勘違いで、ひょっとしたら私の行動はすべて把握されているのかもしれない。
「ロイヤルアルダーから今週末に
樫村さんも私が落ち着くまで待っていてくれたのだろうか。
隠しても仕方がないので私は話す。
「実は私も招待されていて、ダイヤと果南と行く予定です」
「ああ、そうでしたか」
樫村さんは微笑む。
「それなら、鞠莉さんはオハラ淡島とは関係なく、いらっしゃるのがいいでしょうね」
「そうさせてもらいます」
私は頭を下げた。
その日の練習が終わったあと、私はそのふたりを自室へ招待した。
「ねえ、それにしても急すぎない?」と果南。
「仕方ありませんわ。私たちがずっと、忙しかったのですから」
私の昔のドレスはやはりサイズが合わず、果南は「私がドレスなんて、持ってるわけないじゃない」と笑い、ダイヤは「着物ならあるのですが」と困り顔をしたので、私は衣装室へお願いして、ふたりに合いそうなドレスを用意してもらっていた。
「あら、これは果南さんに似合いそうですわ」
ハンガーにずらっと掛けられたうちの一着を、ダイヤが広げる。
「いや、もっと地味なのでいいよ」
「いいえ、果南にはこのくらいじゃないとダメよ」
「そうですわ。上品で、とても素敵です」
首を振る果南を私たちは説得する。本当なら、もうすこしスカート丈が短くてもいいくらいだ。
「ええ、本当かなあ」
頭をかく果南に私とダイヤは微笑みあった。
「それじゃ、ダイヤにはこれ!」
そういって果南が選んだのは
「わ、私に着こなせますでしょうか」
「絶対に似合うって!」
「落ち着いたなかにも
ダイヤは「仕方ありませんわね」といいながら、
さて、私は――秦野とも会うし無難なのでいいわ。そう思ったのだけれど。
「あれ、これちょっと珍しいね」
「そうですわね。スカートのうしろ側が長くて……」
ふたりが取り出したのは淡いパープルのドレスだ。私もちょっといいな、と思ったのだけれど――。
私を見るふたりの目がきらっと光った。
「あのね、ちょっと大胆だと思うの。肩は出てるし、ウエストも絞られてるし――」
「そこがいいんじゃない、鞠莉」
「私のとあまり変わりませんわ」
ふたりはドレスを手にしたままじりじりと距離を詰めてくる。
私は数歩あとずさり――諦めて首を振った。
「はいはい、わかったわよ」
「そうこなくっちゃ」
「さすが鞠莉さんです」
私たちは試着してみる。サイズはどれもぴったりだった。順番に鏡に映して、くるくるっと回る。
「あら、とても似合ってるわ、果南」
「ダイヤも綺麗!」
「鞠莉さん、素敵です」
うん。
「これさ、スクールアイドルの衣装にも使えるんじゃない?」
「ええ。ステージでも
「当日はいっぱい写真を撮って、曜とみんなに見せましょう」
私たちは顔を見合わせて、笑った。
・
翌朝、私は改めてパパに電話を掛けた。話をつけるなら早いほうがいい。
「パパ、今、すこし話せる?」
『ああ、構わないよ』
「単刀直入にいうわ。オハラ淡島の副支配人だけれど、辞めてもいいかしら。どんな条件を出されても、私にはもう関係ない。だからオハラ淡島に関わる理由もないわ。悪いけどね」
『しかし、約束では――』
「わかってる。来年三月まで。それまで
『形ばかり、か。鞠莉はそういうことができない
やっぱり、パパは私のことを理解してる。
「そうかもね。だからきっちり話を付けたくて、こうやって話をしているの。年末までの売り上げは昨年を上回った。それで十分でしょう?」
『ああ、素晴らしい結果だよ。でも、廃校が決まったのだろう? それなら逆に理事長も辞めて……オハラ淡島に専念してくれないか』
「専念ですって?」
『ああ、将来の役に立つだろう?』
「たしかに、普通に考えたらそうかも知れないわ。でも、私は、ほかでもない今、スクールアイドルに集中したいのよ」
『スクールアイドル、か』
パパは言葉を切った。私は答えを待つ。すると。
『パパ、誰と話しているの?』
ママの声が電話の向こうから聞こえた。パパは電話を手で
『すまんな、鞠莉。売り上げを確保したのは評価するが、やはり約束は守ってほしい』
「ママなのね。……浦の星が廃校になって、満足でしょ。だったらもういいじゃない」
『鞠莉、そんなことをいうんじゃない。ママは鞠莉のためを思って――』
「いつもそういうのね。わかったわ、一応続ける。続けるけど、どうなっても知らないから」
『近いうちにいったん日本に帰る。そのときに話そう、鞠莉』
パパの話は続いていたけれど、私はパシッと終話ボタンをタップした。
こうなったら、採算
でも、そんなことができないのは、自分が一番よくわかっていた。
樫村さんと話せば、副支配人の仕事が楽になる方法は見つかるだろう。でもどうせならパパに――そしてママに、納得してほしかった。
きっと説得できるはずだと思う。副支配人として、スクールアイドルとして、私が今までやってきたことをきちんと知ってもらえられば。そのためなら、それこそプレゼンテーションをしたっていい。
パパが帰国したときが勝負になるに違いなかった。
・
土曜日のイベントの前に、私は内浦の定例会へ出席した。ただ今日は、私が出席するようになってから始めて、秦野が来なかった。イベントの準備か――本社にまた呼ばれて忙しいのかもしれない。
気になったけれど、もし忙しいならわざわざ連絡を取るのは申し訳ない気がした。
パーティの前日には秦野から確認のメールが来て私は多少、安心した。ただ電話を掛けることまではしなかった。
そしていよいよロイヤルアルダーでのパーティの日。
夕方、果南とダイヤにはいったんオハラ淡島まで来てもらう。宴会場の控室を借りてそこで先日決めたドレスに着替えた。
「かっなーん、ビューティフル
例のエメラルドグリーンのドレスに身を
「いやー、そんなことないよ」
顔を赤くするところがまた可愛い。
「ほら、ダイヤだって似合ってるし」
「まあ! 清楚で可憐、まさに
「あ、ありがとうございます」
ダイヤは恥ずかしそうに顔を落とす。落ち着いた赤のドレスはダイヤの肌の白さを引き立てていた。
「ほんと、ダイヤは美人だよね。でも、どうして日本語なのさ、鞠莉」
「んー、なんとなく?」
「鞠莉さんも、早く着替えてください」
鏡に映してみる。自然に背筋が伸びるのはステージ衣装と同じだ。
一回転すると、スカートがふわりと舞う。肩と背中は、やっぱりちょっと大胆じゃないかしら。でも――。
「いい感じだよ、鞠莉」
「ええ、とても素敵です」
うん、今日くらいは、自分自身をそう思ってあげてもいいのかもしれない。
「ありがと、果南、ダイヤ」
さすがにこのまま行くのは寒いし、恥ずかしいので、私たちはそれぞれショールを借りて羽織った。
「ねえ、今日はダンスとかするのかな?」
「さすがにダンスはないと思いますが……ですよね、鞠莉さん」
「ええ、十周年記念っていってたから、挨拶があって、食事して会話してって感じだと思うわ」
「そっか。ちょっと安心したかも」
果南もダイヤも、ダンスはさまになると思うのだけれど。
「それじゃ、料理、おいしいといいよね」
「果南さんはそれが目的ですか」
「だってさ、知り合いとか誰もいないし」
「あら、なにか素敵な出会いがあるかもしれませんわ」
楽しそうに話すふたり。
そのとき予定よりもいくぶん早く、控室のドアがノックされた。
近づいてドアを開けると樫村さんだった。眉が寄せられていて彼には珍しく不安そうな表情だ。
「お嬢さま、お知らせしたいことが」
「なにかしら」
「私の口から話すよりも、どうぞこちらへ」
「ふたりも呼んでいい?」
「ええ、もちろんです」
私はふたりに声を掛ける。
樫村さんが私たちを案内したのは、控室からすこし離れた小さい会議室だった。ノートPCが一台、机の上に置かれている。
PCを操作する彼を、私たち三人はうしろから
どこかのニュースサイトだと思う。彼がクリックすると動画が流れ出した。
『……中堅不動産会社の秦野不動産と、杉田建設との二度目の資本提携交渉は不調に終わりました。これで秦野不動産は苦しくなりますね』
秦野不動産。樫村さんが呼びに来た理由がわかった。
女性キャスターからコメンテーターに変わる。
『はい。秦野不動産は都心のマンション販売の減速で、苦しい経営が続いています。ホテル事業やリノベーション事業など多角化を進めていますが、本業を
『今回、交渉が不調に終わりましたが』
『杉田建設のブランドと販売網で経営の立て直しを
動画が終わる。不吉な言葉が並んでいた。私はみぞおちのあたりが急に重くなるのを感じる。
「ねえ、秦野不動産って……」
「ロイヤルアルダーホテルの経営元ですわ」
果南の問いにダイヤが答えた。
「樫村さん」
「お聞きの通りです、鞠莉さん。以前から
秦野は今まで、そんな様子はすこしも見せなかった。ホテル事業は問題なかったようだから、そのせいかもしれない。――いや、最近はずいぶん忙しそうにしていたし、本社がどうこう、と話してもいた。
もし。もし、彼の会社が倒産するとしたら、彼はどうなってしまうのだろう。彼に電話でも掛けたほうがいいのだろうか。でも――。
思考がまとまらなかった。
「大丈夫ですか、鞠莉さん」
ダイヤが
「ありがとう、大丈夫よ」
続けて樫村さんに聞く。
「可能性もある、ということは、まだ……決まりではないのよね」
倒産という言葉は使いたくなかった。
「はい。他の情報も確認しましたが、可能性の段階です。おそらく今も新しい提携先を探しているか、なんらかの資金繰りをしているでしょう」
「ありがとう」
それなら今は、私にできることはないだろう。
ただ今日のパーティに
私は改めて樫村さんに感謝した。