支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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27. 始まるパーティ

 不安な気持ちを抑えこんでオハラ淡島を出る。日はすでに落ち西の空にわずかに残照が光っていた。

 私たち三人は(ドレスなのでいつも以上に)慎重に連絡船に乗り内浦側へ渡った。樫村さんの運転する車でロイヤルアルダーへ。

 白い建物は以前と同じくライトアップされて輝いていた。

 

「それでは、またのちほどお会いしましょう」と樫村さん。

「ありがとう」

 

 エントランスの前で私たちは降りた。

 

 受付に名前を告げて奥へ進む。会場は、最初ここに来たときと同じ大宴会場だった。

 私たちは通路を進んだ。かすかに音楽が聞こえてくる。

 係員が扉を開けてくれて、宴会場へ入る。

 

 改装したのか、ちょっと窮屈(きゅうくつ)だった天井は高くなり、照明も、上品でシンプルなペンダントライトに間接照明が組み合わせられていた。このほうがずっと良かった。

 白いクロスの掛かったテーブルが壁際にずらっと置かれ、その上には今は(ふた)がされた銀の大皿が並んでいる。一角では弦楽器を手にした四人の楽団員が演奏していた。

 スーツ姿の男性、私たちと同じようにドレスの(ただ年齢層は高めだ)女性が、いくつかグループを作っている。

 

「うわ、豪華だね。私、こんなとこに来ていいのかな」

 

 果南が話す。いつになく小さな声だ。

 

(おく)することはありませんわ、果南さん」

「そうよ。招待されたんだから、堂々としていればいいの」

「わかった。ダイヤと鞠莉みたいに、だね」

 

 果南は微笑む。私たちも――少なくとも私はそこまで慣れていないのだけれど――果南を安心させるようにうなずいた。

 

 やがて部屋の奥、一段高い場所に女性が立った。

 

「これより、秦野不動産ホテル事業部、十周年の記念パーティを開催させていただきます」

 

 アナウンスの(あいだ)に樫村さんが私たちの近くにやってくる。

 壇の下にはホテルの関係者だろう、ダークスーツやタキシードの男が何人か並んでいた。

 一番端には秦野の姿もあった。彼の視線がすっと私たちへ(とど)まり、私は微笑む。彼もかすかに唇の端を上げた。

 

 おしゃべりを()めた参加者の視線が集まる中、その列から私の知らない誰かが壇上へ上がる。彼は秦野不動産、ホテル事業部の事業部長と名乗った。

 

「みなさん、本日は私どもの祝いの席にお越しいただき、(まこと)にありがとうございます。本日は社長は……」

 

 彼はいいよどんでから続ける。

 

「あいにく体調を(くず)しておりまして、欠席させていただきます。のちほどメッセージを代読(だいどく)いたします」

 

 社長は来ないようだ。でも彼の言葉はどこまで真実なのだろう。

 

「思えば秦野不動産がホテル事業に乗り出したのは……」

 

 それからの話は(とどこお)りなく進んだ。私たちは――もちろん果南も――退屈をうまく隠して待った。社長のメッセージが読まれ、そろそろ(つら)くなってきたころ挨拶は終わった。

 

 次に重要な取引先だという来賓(らいひん)が呼ばれた。彼は気もそぞろといった様子で挨拶し、すぐに話を終えた。

 

 そのタイミングで銀色のトレイを持った係員が現れる。私は炭酸水をもらい、ふたりにも同じものを渡すように頼んだ。

 

「それでは、乾杯!」

 

 事業部長が音頭を取って室内の全員が唱和する。不揃いな拍手が上がり彼は一礼して段を下りた。

 楽団が演奏を再開して、そこかしこで会話が始まり、室内に(にぎ)やかさが戻ってくる。

 いつの間にか料理も追加されて、いい匂いがただよってきた。

 

 ただ客の数に比べると、部屋の大きさ、用意された料理の量は、余裕がある気がした。ともするとがらんとした印象を受ける。

 私は小声で聞いてみる。

 

「樫村さん、この会場はすこし大きすぎませんか」

「そうですね。部屋の都合かもしれませんが、それなら事前にもうすこし配置を工夫するでしょう。予想より参加者がすくないのでしょうね」

「それは、もしかしてあの噂の影響でしょうか」

「ええ、そう思います」

 

 倒産の可能性を聞いてキャンセルした客がいる、ということだ。

 そういえば社長だって来ていない。

 

 樫村さんは「失礼します」と断ってから離れていき、挨拶まわりを始めた。

 パーティにはホテルの関係者だけでなく地元、内浦からも呼ばれているらしい。そのうち挨拶するとして(地元ではダイヤだけでなく果南もわりと顔が広い)、私たちはもうすこしあとでもいいだろう。

 

 ふたりを誘い料理を取りに行こうかと思ったとき、客の(あいだ)をぬって秦野が近づいてくるのが見えた。

 タキシードに蝶ネクタイの彼は、にこかやに微笑みながら一礼する。

 

「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 

 私が代表してやはり笑顔で応じる。

 

「ご招待いただき、こちらこそありがとうございます」

「忙しい中、わざわざ恐縮です、小原さん」

 

 私がうなずいて了解を示すと、彼は続けてダイヤへ話す。

 

「黒澤さん、ご無沙汰(ぶさた)しております」

「いえ、先日は興味深いお話を、ありがとうございました」

「こちらこそ、貴女(あなた)とお話しできて光栄でした。またどうぞいらっしゃってください」

「ええ、お邪魔させていただきます」

 

 秦野はもう一度頭を下げ、ダイヤはすまし顔でうなずいた。

 

「松浦さんは、直接お話しするのは初めてですね」

「はい、そうですね」

 

 果南は背筋を伸ばして答える。

 

「先日のライブ、とても素敵でした。Aqoursの振り付けは松浦さんがお考えになったものが多い、と聞いていますが」

「あ、はい、ええと、私がアイデアを出すことも多いけど、最後は鞠莉とかダイヤ、あとみんなで相談して決めてる感じです」

 

 私は隣から口を挟む。

 

「あら、果南。謙遜しなくてもいいのよ。果南がいなくちゃ、あれだけのダンスは絶対に不可能なんだから」

「ということは、Aqoursの魅力のひとつは、松浦さんのおかげですね」

 

 秦野がいうと果南は照れたように頭をかく。

 

「いやー、それほどでもないですけど」

「いろいろ難しいこともあるのでしょうね。ぜひまた詳しくお聞かせください」

「はい、喜んで」

 

 秦野は果南に微笑んでから私たちへ続ける。

 

「それに……こういうことを申し上げて失礼でなければよいのですが、みなさんよくお似合いです」

「もったいないお言葉ですわ」

 

 さりげなく返すダイヤ。

 

「今日は皆さんへのお礼も兼ねてお呼びしました。退屈かもしれませんが……すこしでもお楽しみいただければ幸いです」

「ありがとうございます」

 

 私がそう答えると秦野は一礼して離れていった。

 彼が見えなくなり、果南が話す。

 

「なかなか感じのいい人だね」

「ええ、そうでしょ」

 

 たぶん彼は果南が緊張してるのを見て、話しやすい話題を振ってくれたのだろう。

 

「鞠莉は、あの人とはもうずいぶん親しいの?」

 

 単純に見えてなかなか答えにくい質問だった。親しいのだろうか。いや、親しくないとはいえないと思うのだけれど。

 

「ええと、そうね、仕事の関係でよく話すわね」

「ふーん」

 

 果南は意味深(いみしん)にうなずいてから、にこっと笑った。

 

「なんだか、おなか空いちゃったな。料理、取りに行こうよ、鞠莉、ダイヤ」

 

 果南の誘いに私たちは同意した。

 私たちは並べられた大皿の肉、魚、野菜のメニュー、さらにデザートからすこしずつ取り分ける。どれもさすがの美味しさで、特にデザートは明らかに以前より手が込んでいた。

 

 秦野はホスト側のひとりとあって、その(あいだ)も客への対応に忙しそうだった。ときどきは従業員とも話していて苦労が(うかが)えた。

 そんな彼が、客のひとりと挨拶を終えたタイミングで私に気づく。彼はやれやれという感じで笑った。私もにこっと微笑を返した。

 

 もうすこしして落ち着いたら、秦野さんと話をしよう。できればふたりだけで。

 

 私たちは料理を食べたり、ときおり顔見知りに挨拶したりして、それなりにパーティを楽しんだ。

 

 やがてグループが固定して壁際の椅子が埋まり始める。このあたりで余興が始まるのがよくあるパターンだ。私たちも他の客とすこし離れた壁際へと移る。

 そろそろ彼も時間ができるだろうか。

 

 そう考えていると、樫村さんがあわてた様子で近づいてきた。

 

「お嬢さま、お耳に入れたいことが」

 

 どきりとする。私はふたりに目で謝って、すこし離れた。私は不安に駆られながら聞く。

 

「もしかして、倒産が決まったの?」

「いえ、そうではありません」

 

 その言葉に私はほっとする。でも、それは一瞬だった。

 

「お父さまが、こちらにいらっしゃいます」

「パパが? こちらって……このパーティ、ってこと?」

 

 うなずく樫村さん。

 

「ニューヨークにいるんじゃなかったの?」

「今日、帰国されたようです。さきほど本部から連絡がありました。私どもの知らないルートで、招待状が届いていたようですね」

 

 同じ沼津に施設を持つホテルチェーン同士だ。たしかにそういうこともあるだろう。

 

「すみません、もうすこし早く把握していれば、お嬢さまに……心の準備をしていただく時間があったのですが」

「いえ、仕方ないわ。ありがとう」

 

 樫村さんは深くお辞儀をした。

 

 パパが来る。顔を合わせなくて済むように、早めに帰らせてもらおうか。いや、秦野とまだ話していない。それにオハラ淡島へ戻っても逃げられるわけでもない。

 それならここで話したほうがいい。ダイヤと果南だっている。

 

「ダイヤ、果南」

 

 私は呼びかけた。

 

「パパが来るわ」

「おじさまが?」

 

 ダイヤが眉を上げた。私は樫村さんの話をふたりに説明した。そして副支配人を辞めたい、とパパに話したことも。

 

「前回はダメだったけれど、今日は必ずパパを説得するわ」

「わかりました。なにかあれば応援いたします」

「私もね」

 

 ふたりはうなずいた。

 

 ちょうどそのとき、入り口のあたりに動きが見えた。遠くからでもすぐにわかる。パパだ。

 客の何人かと挨拶を交わしている。

 

「それじゃ、話してくる」

「鞠莉、無茶しないでよ」

 

 果南の言葉を背中に、私はパパに近づいた。

 

        ・

 

 挨拶を終えたパパが、私に気づく。

 

「鞠莉……」

 

 驚愕(きょうがく)の表情は見物(みもの)だった。

 

「ひさしぶり、パパ。元気だった?」

「あ、ああ。元気だよ。しかし鞠莉、どうしてここに?」

 

 そういって私のドレスをまじまじと眺める。

 

「ああ、そうか。オハラ淡島のほうで――」

「いえ、違うわ。副支配人は()めたい、って話したでしょ。()()()()招待されたのよ」

 

 パパは複雑な表情でうなずいた。

 

「ママは、元気? まだ向こうにいるの、それとも一緒に……?」

「ママも元気さ。今回は、私ひとりで帰ってきた」

 

 それを聞いてすこしだけ気が楽になる。――ママに相対(あいたい)するには、もうすこし準備をしないと。

 

「ねえ、パパ。すこし話ができるかしら?」

「ここでかい? 淡島に戻ってからでも、いいんじゃないか?」

「すぐに終わるわ」

 

 私の決意が伝わったのだろうか、パパは気圧(けお)されたようにうなずいた。

 

 私たちは目立たないように窓のほうへ移動する。ダイヤと果南は微妙な距離を取っている。樫村さんも聞いているはずだ。

 

「パパ、この前も話したけれど、やっぱり私はきっちりしたいの。約束なのはその通り。でも、私はもう片方の条件をクリアできなかった。なら、もういいでしょ」

「鞠莉の気持ちはわかるよ。しかし、廃校は決まったんだ。どうしてスクールアイドルにそんなにこだわるんだね。もはや続けても意味がないんじゃないか?」

「意味がない、ですって?」

 

 どうしても語気が荒くなる。いけない。冷静にならないと。

 パパは居心地悪そうに身じろぎして続ける。

 

「存続できなかったのは残念だが、学院の存続のために始めたんだろう?」

 

 私は嫌々ながら認める。

 

「それは、理由のひとつね。でもそれだけじゃ――」

「だとしたら、次に進んでもいいんじゃないか。オハラ淡島で経験を積むことは、きっと鞠莉の役に立つはずだよ」

「……スクールアイドルよりも?」

 

 パパはうなずいた。

 

 言い返そうとしたとき、視界の隅に秦野の姿が映った。パパが来訪したという知らせを聞いたのだろう。私がちらっと顔を向けると、彼は元気づけるように微笑んだ。

 ここで話すことにしてよかった。

 

 私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「ねえ、パパ。この前のラブライブの予選、見てくれた?」

「リアルタイムでは、無理だったがね」

 

 パパは表情を(ゆる)める。

 

「鞠莉もな、よく頑張ったと思うぞ」

「ありがとう。その前のワンマンライブは?」

「もちろん。最後の曲は素敵だったよ」

 

 秦野がうなずくのが見える。くすっと笑って私は続ける。

 

「あのライブ、満員だったのよ。Aqours単独なのに」

「それは当然だろうな。みんなすごいし、なにしろ私の鞠莉がいるんだからな」

「ええ、パパの娘の、ね」

 

 私は微笑む。

 

「だからね、パパ。わかってくれるでしょ。私はもう、学院の存続のためにスクールアイドルをしてるんじゃない。みんなのため、自分のためなのよ」

 

 パパを見つめる。

 

「あと三カ月、みんなと一緒にスクールアイドルでいられるのは、たった三ヶ月。卒業までの、ね」

 

 私はダイヤと果南に視線を送った。ダイヤはいくぶん恥ずかしそうに笑い、果南はウインクした。

 

「パパだって、昔、なにかに夢中になったことはあるでしょ」

「パパは……いや、そうだな。まあ、ないとはいえないか」

「だからね、私は副支配人を辞めたいの。スクールアイドルに集中したいのよ」

「鞠莉……」

 

 パパは、ふうっとため息をつく。

 

「そこまで真剣なんだな」

「当然よ。私のこと、わかってるでしょ」

「そうか。そうだったな」

 

 パパは「まったく、誰に似たんだか」とつぶやいた。

 私を見つめて話す。

 

「パパは、鞠莉の好きにすればいいと思う」

 

 わかってもらえた。私は胸が熱くなる。

 

「……ただ」

 

 パパは首を振る。

 

「ママがなんというか、だな」

 

 ああ。そうだ。その問題があった。

 

 そのとき、パパの胸元から着信音が鳴る。不吉な予感がした。

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