支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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3. オープン前夜

 その日の夜、オハラ淡島の連絡会に私は初めて参加した。

 会に先立って佐々木さんから事務手続きなどの説明を受けて、IDカード、それに新しいPCを受け取った。

 

 夜八時すぎという微妙な時間は、チェックインや食事といった夕方の混雑が多少落ち着くタイミングらしい。

 

「先日お話ししたとおり、今回から小原鞠莉さんが副支配人として参加されます」

 

 樫村さんは私のことをそう紹介した。

 会の直前に佐々木さんから聞いた話では、条件については伏せた上で、将来の武者修行的なものだと説明したそうだ。

 

「館内ではいつもお世話になっています。小原鞠莉です。今回は私たち、小原家のわがままに付き合わせてしまって申し訳ありません」

 

 私を見つめる顔、顔、顔。

 

「一応、副支配人という肩書ですが、正直、まだなにもわかりません。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが……これからしばらくのあいだ、よろしくお願いいたします」

 

 拍手こそ起きなかったが、参加者の表情はおおむね好意的で私は一安心する。

 そのあとの私は聞き役に(てっ)した。わからない言葉はあとで調べられるようにメモしていく。

 所詮(しょせん)、素人の高校生だとしても、できる限りのことはやりたかった。

 

 途中、改装中の建物についての話題も出た。

 

長浜城(ながはまじょう)(あと)の隣のホテルですが、やはり営業再開するようです」

 

 初対面の比較的若い男性が話した。彼は続ける。

 

「ただ、運営は別の企業に移るそうです。事前に入手した情報によると、ロイヤルアルダーグループですね」

 

 ほほう、というような雰囲気が流れた。

 

「引き続き情報収集に努めます」

 

 そういって男性は締めた。

 

 会が終わったあと私は樫村さんと話す。

 

「新しいホテル……やはりオハラ淡島の売り上げには、影響するのかしら?」

「内浦の旅館はライバルというよりも、基本的にはお互いで助け合う立場です。決して内浦はメジャーな観光地ではありませんし、それぞれが単独でできることは多寡(たか)が知れています」

 

 それはそうだろう。別に私と千歌(ちか)の仲が悪い、ということもない。

 

「それなら競い合いながらも一緒に伸びていったほうがいい。そういう認識です。ただ、ロイヤルアルダーは、私どもと(かぶ)るところはあるのは否めませんね」

「被る、ですか」

「はい。ターゲットとする顧客層が似ている、ということです」

 

 なるほどと思う。

 

 樫村さんと別れて部屋に戻りPCで検索してみると、彼の話の意味がはっきりした。

 ホテルオハラもロイヤルアルダーも、どちらもリゾートホテルチェーンで、いわゆる高級志向なのだ。

 

 違いといえばオハラグループがホテル専業なのに対して、ロイヤルアルダーは不動産会社が運営しているということ。世界的に見たら規模は比べるべくもないが、国内でのホテル数は向こうのほうが多い。

 運営元の秦野(はたの)不動産は関東に本社を置いて、マンションやオフィスビルを扱っていた。

 いわゆる「(つう)(ごの)み」のホテルオハラよりも、知名度は高いかもしれない。

 

 私は漠然(ばくぜん)とした不安に駆られた。

 

        ・

 

 例のホテルの改装は急ピッチで進んだ。幕と足場が外されると建物は以前の姿とはまるで異なり、白く輝いていた。

 それから数日のうちに看板が取り付けられ、駐車場が舗装され、植栽(しょくさい)が整えられて、あっという間に小綺麗なホテルが姿を見せた。

 

 昼休み。理事長室でひと仕事片づけた私は、今朝、自宅から持ってきた紙を(かばん)から取り出す。新聞に入っていたチラシのうちの一枚だ。

 副支配人になってから毎朝部屋に新聞を届けてもらい、ざっと――本当に見出しだけ、確認することにしたが、むしろ私には(はさ)()まれるチラシのほうが面白かった。

 

 とはいえそのチラシは、別に面白いから持ってきたものではない。チラシというかいわば招待状で、そこには――。

 

 ドアがノックされた。私が(こた)えると、ダイヤが顔を出す。

 

「鞠莉さん? いまよろしいですか?」

「もちろん。ダイヤならいつでもウェルカムよ」

 

 私は本気なのだが、ダイヤは嬉しいような困ったような複雑な顔をした。

 無視することに決めたらしく彼女はそのまま本題に入る。

 

「今朝、こんな手紙が届いたのです。鞠莉さんがご興味あるかと思って」

 

 ダイヤが差し出した封筒を受け取る。私は特徴的なロゴマークに気づいた。

 

「もしかしてこれと同じかしら?」

「あら、やはり鞠莉さんのところにも届いたのですね」

 

 ダイヤは私の示した紙を目にして微笑んだ。基本的に同じものらしい。

 ロイヤルアルダーホテル、開業プレイベントへの招待状だ。

 

 私は受け取った封筒を眺める。なるほど。

 

「ちょっとだけ違うみたいよ、ダイヤ。私の持ってきたのは、新聞に入っていたもの。でも、この封筒は黒澤家宛だわ」

「それはつまり……」

「ええ、ダイヤのほうは関係者枠。こっちのほうはご近隣の皆様へ、とあるから、ご近所枠ね」

 

 もしかしらオハラ淡島にも届いているかもしれない。

 

「鞠莉さんは興味は……ありそうですわね。わざわざ持ってきているのですから」

 

 ダイヤはくすりと笑った。

 外見に出ていたのだろうか。たしかに行けたら行こうと思っていた。――いや、新しいホテルとやらがどんなものか、見てみたかった。まだなにもわからないけれど、それがオハラ淡島にどう影響するのか、すこしでも手掛かりを得たかった。

 

「ないといったら嘘になるわね」

 

 そう、いわば偵察のようなものだ。イベントは平日。練習を休めば行ける。練習を休むのは気が進まないけれど――。

 

「行ってきたらどうですか。たまには休むことも大事、と果南さんはよく話していますわ。それこそ鞠莉さんは、理事長も兼任なのですから」

 

 ダイヤは微笑んで招待状を手にする。

 

「それに、ちょっと面白そうですわ。スイートルームや大浴場の見学に、レストランの試食。スイーツバイキングもあるようですし」

「そうね、それは興味あるわ」

 

 これはまぎれもない事実。

 

「どうせですからAqoursのみんなで……いえ、それだとさすがに先方にご迷惑になるかもしれませんね」

 

 ダイヤは独り言のようにつぶやいた。すっと鼻筋の通った美しい横顔を見て私はひらめく。

 

「ねえ、ダイヤ。よかったら一緒に行かない?」

(わたくし)、ですか? ええ、もちろん構いませんけれど……」

 

 すこし意外そうに彼女は話した。チラシは持ってきたものの、そこまでは考えていなかったようだ。

 

「それじゃ、決まりね」

 

 私にはアイデアがあった。もしかしたら面白いことになるかもしれない。

 

 果南を誘おうかという話も出たが、それだと結局、全員で行くことになりそうということで見送った。

 

 千歌や花丸(はなまる)はこんなチャンスは見逃さないだろうから、彼女たちも行くかもしれない。それでも別々に行動したほうが私には都合がよさそうだった。

 

        ・

 

 その日の夜、ホテルに戻るとやはり同じ封筒が届いていた。

 樫村さんは私にそれを手渡した。

 

「私は無理ですが、何人か挨拶も兼ねて行く予定です。鞠莉さんもいらっしゃいますか」

「私も行くつもりだけれど、入場には招待状が必要でしょう? こっちを使うわ」

 

 私は封筒を返して今朝の紙を取り出す。

 

「ああ、私の自宅にも届きました」樫村さんはうなずき、微笑んだ。「なるほど、面白いかもしれませんね」

「でしょう」

 

 私も笑みを返す。

 オハラ淡島の関係者として訪問したら、恐らくそれなりの対応をされる。それなら無関係な近所の住人のほうが、先方の対応も客へのそれに近くなるだろう。

 

 数日後。(またもや)放課後の練習を休んだ私はいったんバスでホテルに戻り、着替えた。

 長浜城跡までは歩くには遠いしバスは少ない。樫村さんにお願いして車を出してもらうことにした(副支配人の業務の一環ということにする)。オハラ淡島のロゴの入っていない車だ。

 ダイヤの家で彼女を拾ってからロイヤルアルダーホテルへ向かう。

 

 ホテルは改装のおかげでまるで新築のようだった。最上階の壁面には封筒と同じロゴが掲げられている。

 ホテルの正面玄関の前で降ろしてもらった。

 

「わざわざ迎えに来ていただかなくても良かったのに」とダイヤ。

「いいのよ、遠慮しなくて。私が着替えをお願いしたんだから」

 

 たしかにここからダイヤの家までは徒歩数分だ。でも私はダイヤに頼んで制服から私服に着替えてもらっていた。それもできるだけ大人っぽいものをという条件付きで。私も同じ条件で服を選んでいる。

 その甲斐(かい)あってか、ダイヤは薄いピンクの長袖ブラウスに栗色の袖なしワンピースという、シンプルでエレガントな装いだった。色合いも秋らしく落ち着いている。

 

「とっても似合ってるわよ。キュート、というよりベリービューティフルね」

「またそんなことを……」

 

 そういいながらもダイヤは満更(まんざら)ではなさそうだった。

 

「そういう鞠莉さんだって素敵です」

 

 私はベージュのぴったりしたロングスカートに、同じく白系統のシャツでかっちりした感じを出しつつ、さらに淡いパープルのショールを前結びにして華やかさを付け加えたつもりだ。

 ダイヤは清楚(せいそ)な雰囲気の美人だ。私も金髪のせいで年はわかりにくいはず。服装さえそれらしくすれば、きっと高校生よりも年齢は高くみられるだろう。そうすれば高校生相手よりも、先方の対応は本来の客層に近づくはず、という計算だった。

 

 玄関へのアプローチにはプレオープンイベントを示す立て看板が立っていた。

 入ろうとして玄関のなかのふたつの人影に気づく。

 

「ごめんなさい、ダイヤ。ちょっとこっちに来て」

 

 突然私が引っ張ったので驚くダイヤ。私は彼女を連れて玄関の脇へと外れ、適当にあたりを眺めるふりをする。

 

「どうなさいました、鞠莉さん?」

「ちょっといま会うのはまずい相手よ」

 

 背中でふたりの男性の声がした。

 

「ここで結構です。わざわざすみません」

 

 こちらの声はオハラ淡島の営業部長だ。となると、もう片方はこのホテルの関係者だろう。

 営業部長には、私が素性を隠したいことは伝わっていないはず。ここでもし彼が話し掛けてきたら、私がオハラ淡島の関係者だとバレてしまう。

 

「今日はご足労(そくろう)いただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」

 

 もう片方の男が話す。さきほどちらっと見えた姿も、声の響きも、ずいぶん若い。

 

 私たちは営業部長が駐車場のほうへ去り、うしろで自動ドアが閉まる音がするまで待った。

 

 改めて玄関へと歩きながら、私はダイヤにふたりを避けた理由を説明した。

 

「面白いことを考えるのですね、鞠莉さん」

「まあね。でもそのほうが気軽に見て回れるわ」

「いわば偵察ですわね」

 

 ダイヤはくすりと笑った。

 

        ・

 

 私たちはダイヤの招待状は使わずに、私が持ってきたものをホールに(もう)けられた受付に見せた。

 

「本日はご来館ありがとうございます。最上階の客室と二階の大浴場がご覧いただけます。また一階、大宴会場にてレストランの試食もおこなっております」

 

 受付の若い男性は深くお辞儀してから私たちをそう案内してくれた。

 

 館内はリゾートホテルにふさわしく、美しく整えられていた。

 ただし、オハラ淡島とは傾向が違う。オハラ淡島がリゾートの特別感を演出する、いわば正統派のゴージャスな路線なら、ここはもっとシンプルに、洗練された居心地の良さを追求する、という感じだろうか。

 ロビーの開口部はあまり大きくないものの大型ディスプレイが壁面に設置されてそれを(おぎな)い、またラウンジには余裕を持ってソファが置かれ視線を(さえぎ)るように観葉植物が並んでいた。

 

「鞠莉さんのところとは雰囲気は違いますが、素敵ですわね」

 

 ダイヤも似た感想を抱いたらしい。

 館内には私たちと同じく見学に来たらしい男女の姿が見えた。

 

 エレベーターで最上階に上がる。

 スイートルームはいわゆるセミスイートというもので、別々の部屋に別れているのではなく広い部屋が調度でいくつかに仕切られていた。これはこれで悪くない。

 オハラ淡島は全室スイートだけれどここには一般の客室もあって、そちらはシティホテルよりは広め、というところ。

 

 続いて二階の大浴場。天然温泉ではなく、また露天風呂もないようだ。これはオハラ淡島のほうが明らかに上だ。

 

「でも、眺めは悪くないわね」

 

 私はそうつぶやく。富士山と内浦の海を(のぞ)む眺め自体は大きな差はないけれど、ほかならぬ淡島がアクセントになっていた。うちのホテルは島の(かげ)で見えない。

 

 階段で一階に下りて宴会場へ。

 広い空間に丸テーブル、椅子が並んでいた。先客がいるのは半分ほど。一角にはバイキング形式でいくつもの銀の大皿に料理が並んでいる。もちろんスイーツもあった。

 

「せっかくですし、いただいてまいりましょう」とダイヤ。

 

 ホテルにとって料理は重要なファクターだ。

 私はいくつかの料理をすこしずつとスイーツからケーキを取る。ダイヤも同じように選んでいた。

 さて席は、と思ったところでホテルの従業員がさりげなく案内してくれた。

 私は軽く頭を下げて、ダイヤとともに席に着いた。

 

「お味はいかがかしら……」

 

 いただきますをいってから、ナイフとフォークを手にする。

 肉料理は牛フィレのステーキ、茸風味のソースというところだろうか。ふむ、肉は柔らかく味付けも丁寧だ。魚料理も悪くなかった。

 隣でダイヤも上品に召し上がっていた。

 

 途中、従業員になにかお飲み物は、と尋ねられる。私はコーヒーを、ダイヤは緑茶を頼んだ。

 

 料理に続いてふたりでスイーツに取り掛かる。私のケーキは最近流行(はや)りの甘さ控えめ系。それでもスポンジの細かさはさすがだった。

 

        ・

 

「ふう、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした。……どうでした、鞠莉さん?」

 

 ナプキンで口を(つつ)ましくぬぐい、ダイヤが聞く。

 

「それは、料理について? それとも全体的に?」

「両方ですわ」

「そうね……。料理はまずまずね。いい材料、万人向けの味付け。十分以上だわ」

「ええ、それは同意です」

 

 ダイヤのお眼鏡にかなう、ということはかなりの水準だ。

 

「でも、スイーツはいまいち、かもね。無難すぎるっていうのかしら」

 

 私は首をかしげてみせる。

 

(わたくし)の抹茶ムースも美味しかったですが、あまり特徴はありませんわね」

「ええ、仮にコースの最後なら、どうしても量は少なめになる……。だからしっかりと甘いほうがいいわ。もしスイーツだけで食べるなら、もっと(はな)がないとね」

「そういわれれば、たしかに」

 

 従業員がさりげなく料理の皿を下げていき、そのあいだ私たちは口をつぐんだ。

 

「従業員の教育は、行き届いているようです」とダイヤ。

「そうね。それに設備や内装も、高級感があるしテーマも統一されてる。ただ、やっぱり改装したせいかしら? たとえばこのホールだけど……」

 

 私はぐるっと見回す。

 

「本当なら天井は高くして……そうね、折り上げ天井にして、間接照明にすれば、ぐっと広く感じるはず。ここだけじゃない、ちょっと全体的に窮屈(きゅうくつ)な感じがするわ」

 

 ダイヤはうなずいた。

 

「そういえば一昨年、ホテルになる前は、どこかの企業の保養所だったそうです」

 

 私が日本にいたころには保養所だった、ということだ。それなら記憶にないのもわかる。それを改装してホテルへ。さらにリゾートホテルにした、と。

 

 私はコーヒーを一口(ひとくち)飲む。好みよりは若干酸味が弱いけれど、これも香り豊かで満足いくものだった。

 

 帰ったら樫村さんに相談する必要がありそうね。

 

 そう考えているとダイヤが私に目で合図した。私はダイヤの視線の先を追う。

 黒いスーツ姿の男性が近くのテーブルの客に声を掛けていた。恐らくホテルのマネージャクラスだろう。私よりもすこし高いくらいの背丈で、どちらかというと()せ型だ。

 私がダイヤへと顔を戻すと、すぐに彼は話を終えてこちらへやってきた。私はいま気づいたふりをする。

 

 目が合うと彼はにこりと微笑む。スーツは似合っているが意外に若い。大学生でも通るだろう。

 彼は私の金髪にちらっと目をやり、話す。

 

「本日はご来館ありがとうございます。お料理はいかがでしたか?」

「はい、とても素敵でした」

 

 私はよそ行きの笑顔で微笑んでみせた。答えながら、ホテルの玄関で聞いた声だと思い出す。

 

「とてもおいしゅうございました」とダイヤも。

「それは幸いでした」

 

 私たちにお辞儀をした彼に聞いてみる。

 

「デザートは自家製なのですか?」

 

 彼の笑顔がすこしだけ(ゆが)められた。

 

「今回は、名古屋の洋菓子店、デュケーヌから取り寄せたものになります。開館後は当館の専属パティシエが腕を振るいますよ」

 

 今回のこれは、まだ仮のものということになるらしい。

 彼はさっと明るい顔になり続ける。

 

「お部屋のほうは、いかがでしたか?」

「ええ、とても明るくてきれいなお部屋で……泊まってみたいです」

「ぜひおいでになってください。もちろん、レストランだけでもどうぞ。カフェメニューも充実させる予定でおります」

 

 もう一度、にこりと笑う。

 

「それでは、どうぞごゆっくり」

 

 彼は一礼して次のテーブルへと歩いていった。

 

 私はダイヤに視線を戻す。彼女の目が面白そうに輝いていた。

 彼女と話したいことはいくつもあるけれど――ここではなく、あとにしたほうがよさそうだ。

 

        ・

 

 私たちが宴会場を出て館内通路を玄関に向かって歩いていると、ロビーのほうからお馴染(なじ)みの声がした。

 

「すごいね、花丸ちゃん」

「この館内の装飾、未来ずらーっ!」

「別に未来じゃないでしょ、ずら丸」

 

 善子がいるということは、きっと今日は屋上で練習して、早めに終わりにしたのだろう。でもここで顔を合わせたらまずい。服装はごまかせるとしても、どうして誘ってくれなかったのか、と聞かれるだろう。

 ダイヤも隣で苦笑している。

 

 あいにく私たちとロビーとの間にエレベーターが位置していた。

 

「ここで待ちましょ」

 

 私たちは交差していた別の通路へと入る。死角になるのでわざわざ(のぞ)きに来なければ見つかることはないだろう。

 三人の声は近づいてきて、しばらくエレベータホールから聞こえていたが、エレベータのチャイム音とともに聞こえなくなった。

 

 戻ろうとしたそのとき、どこかから別の声がした。

 

「支配人、宴会場の追加機材の搬入ですが、業者から明後日になると連絡がありました」

「くそっ、この忙しいのに」

 

 答えた声は、さきほどレストランで対応してくれた男性だ。通路の曲がり角の先に、ふたりいるらしい。

 私は戻りかけていたダイヤに目配せして呼び止める。

 

 それにしても、支配人ですって?

 

「お前の一日は四十八時間か、といってやれ。期日厳守は伝えておいたんだろうな? オープンは延ばせないんだぞ」

「はい、それは何度も。本社営業部からの手続きが遅れたようです」

「またあいつらか……。わかった。すまん。悪いが予定を組みなおしてくれ」

「かしこまりました」

 

 通路から気配がして、私はあわてて服の乱れを直しているふりをする。

 

 大股で歩いてきた男性――やはり彼だ――は私と目が合うと一礼して、すれ違っていった。

 

        ・

 

 玄関に戻ると、呼んでおいたオハラ淡島の車がちょうど到着したところだった。

 


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