支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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5. 支配人と副支配人

 私はロイヤルアルダーの秦野(はたの)とともに志満(しま)さんに二階に案内された。

 二間続きの和室。低い長机が向きあわせで二列に並び、座布団がその前に置かれていた。半分ほど埋まっている。

 

「おや、小原さんちの鞠莉ちゃんかい。大きくなったねえ」

「おひさしぶりです」

 

 掛けられる言葉に笑顔を返しながら(正直、誰が誰なのかさっぱりわからなかった)私は手前の列、端から二番目に正座した。秦野はその隣。一応、末席ということになる。

 パンツにしたのは大正解だった。

 

 やがて志満さんが最後のひとりを案内してきて、志満さん自身も加わった。いずれも歳は中年より上で、若手は志満さんと私、それに秦野だけだ。

 

「えーと、それでは、今月の例会を始めたいと思います」

 

 一番奥の初老の男性が口を開いた。

 今日の議題が書かれた紙が、前から手渡しで回されてくる。

 

「はい、どうぞ」

「どうも」

 

 せっかくの私の笑顔に秦野は無表情に頭を下げただけだった。

 

「今回から新しく、えーと」手元の紙に視線を落とし、男性は続ける。「ロイヤルアルダーホテルが開業したわけですね。たぶん、皆さんも初対面ではないと思いますが、まずはちょっと自己紹介を、お願いできますかね」

「はい」

 

 秦野がしっかりとした声で答えた。

 

「ロイヤルアルダーの秦野と申します。先週から長浜城(ながはまじょう)(あと)の近くに開業しております。若輩者(じゃくはいもの)ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 彼が一礼するとぱらぱらとまばらな拍手が上がった。

 

「えー、それじゃ、私たちもいちおう自己紹介と行きますかね。まず私、今年の組合長をさせてもらってます……」

 

 既存メンバーの挨拶が私も含めて一巡して、会が始まる。

 

「さて、それじゃいつも通り、まずは県の観光課からの連絡事項ですね……」

 

 樫村さんや志満さんがいっていたように定例会はのんびりとしたものだった。具体的な宣伝キャンペーンなどは有志の(比較的)若手が集まった青年部――今日はそこからもひとり参加していた――がおこなっているらしい。

 

 ただ、突然話が振られたりするので意外に気は抜けなかった。

 

「ホテルオハラからは、要望がありますかね?」

「えっと、そうですね」

 

 内浦観光マップに追加したいことなんて、急に聞かれても。親切で話を振ってくれているというのはわかるけれど。

 

淡島(あわしま)を紹介いただければ、十分です」

「そうですね、あそこはばっちり、()ってますね。……ロイヤルアルダーからは、どうですか」

 

 聞かれた秦野はうなずく。

 

「はい、一昨年、長浜城跡が史跡として整備されたと聞いています。こちらの情報を更新していただければ」

 

 よどみなく答える秦野。

 

「ああ、なるほど。たしかに更新したほうがよさそうですね」

 

 ちらっと隣を見ると彼と目があった。彼は私にしかわからないような微妙な動きで、でも確実に、唇の端を(ゆが)めてにやっと笑った。

 私はそっぽを向いた。

 

        ・

 

 それからは特に何事もなく定例会は終わった。とはいえ組合員たちは終了後も三々五々(さんさんごご)会話を続けた。

 私は興味津々(しんしん)といった様子の何人かに取り囲まれる。

 

「鞠莉ちゃん、すこし見ないうちに綺麗になったね」「ありがとう、嬉しいです」「鞠莉ちゃん、樫村さんはどうしたの?」「今日はどうしても外せなくて。すみません」「鞠莉ちゃん、留学してたんだって」「はい、アメリカに二年ほど」

 

 それは秦野も同様だった。彼は如才(じょさい)なく応じているらしい。

 

 しばらくしてようやく好奇心が満たされたのか私は解放された。

 志満さんに挨拶して十千万(とちまん)を出た。玄関先で深呼吸する。日はすでに暮れて、すこし寒くなってきていた。歩いて帰るか、車を呼ぶか。

 

 私は扉が開く音に振り返る。私が最後ではなかったらしい。秦野が出てきて、やれやれといったようすで首を振った。

 

 顔をそらそうとしたときには遅かった。彼と目が合い、彼はわざとらしく、ふうっと息を吐いた。

 知らんぷりして背を向け歩き出そうとすると。

 

「小原さん、すこしお時間をいただけますか?」

 

 声がして私は振り返る。秦野が感情の薄い顔で見つめていた。

 

「どんなご用かしら?」

「いえ、皆さんには挨拶したので、小原さんとも簡単にお話しできればと」

 

 面白い。

 

「ええ、構いません」

 

 私がいうと秦野は表情を変えずにうなずいた。

 

「さて、どうするかな。喫茶店とか……このへんにはないか」

 

 彼はそうつぶやいてから、続ける。

 

「車を呼ぶので、弊館までお付き合いいただけますか?」

「それには及びませんわ。心当たりがありますから」

 

 向こうのホテルに行くのは貸しを作るようで気が進まない。私は先に立って歩き出した。

 目的地までは三分ほど。

 

「へえ、こんなとこ、あったんだ」

 

 店の前で彼が()らす。レンガ風の洒落(しゃれ)た外観の和洋菓子店「松月(しょうげつ)」。喫茶もやっている。

 

「内浦で『松月』を知らない人なんて、いないわよ」

 

 私への言葉ではないのだろうが、いわずにはいられなかった。彼は私へ顔を向ける。

 

「仕方ないだろ、引っ越してきたばかりなんだし」

 

 私は彼の返事を無視して店内に入った。すこしおなかが減っていたので正直になることにする。ショーケースからみかんのケーキを、それにコーヒーを頼み、精算してさっさと席に着いた。

 彼はぶつぶついいながらしばらく悩んでいたが、どうやら私と同じものを選んだらしい。注文をすると私の前の席に座った。

 

「改めまして、秦野です。どうぞよろしく。小原副支配人」

「こちらこそ。秦野支配人。お会いするのは今日で三度目ですわね」

「当館のおもてなしは、お気に召しましたか?」

「ええ、おかげさまで」

 

 私がにっこりと笑ってみせると、彼は唇の端を上げた。

 

「それは幸いでした。どこかのお嬢様は当館にご興味がおありのようですね」

「あら、レストランに食べに行くのに、なにか問題でも?」

「いえいえ。しかし知らんぷりして『お魚は?』なんて、ご趣味がいいとは、いえないかと」

 

 彼は私の口真似をした。なんとなくイラっとする。

 

「わざわざ挨拶に来ていただいたんだもの、質問するのが礼儀じゃなくて?」

 

 ちょうどそのとき店員が注文の品を持ってきた。

 

「ありがとう」

 

 私は彼女に微笑む。

 

「どうもありがとう」

 

 彼も表情を(ゆる)めて白い歯を見せた。店員が去ると、すっと不機嫌そうな顔に戻る。

 

 彼はコーヒーに砂糖とクリームを入れてかき混ぜながら続ける。

 

「そりゃそうだけどさ。誰だか知っていれば、放っておいたぜ……おっと、失礼いたしました」

「いいわよ、敬語なんて。どうせあまり歳は違わないでしょ」

「まあ、そうみたいだな。じゃ、そうさせてもらう」

 

 彼は私を頭のてっぺんから眺め、肩をすくめてコーヒーを口にした。

 私もカップから一口(ひとくち)、飲んだ。今日はブラックで飲みたい気分だ。

 

「今日は、樫村さんは?」

「外せない別件があって。私が代理で来たのよ」

「ふーん」

 

 彼はなにか考えるように(あご)に手を当てた。私がどういう立場か、決めかねているらしい。

 

「悪かったわね、私で」

「いや、別に。代理なら仕方ないかもしれないけどさ、内浦の観光名所くらい抑えておいたほうがいいと思うぜ」

 

 にやりという感じで笑う。カチンとくるけれど彼のいうことはもっともだ。

 でも、素直に認めるのは悔しかった。

 

「仕方ないじゃない、忙しいんだから」

「忙しい、ねえ」

 

 彼は首を振った。

 

 私はフォークを手に取りケーキを切り取った。ふわっとみかんの香りがする。一口食べると甘さが広がり、私の心を落ち着けた。

 彼も私にならって食べ始める。そのようすは妙に真剣だった。

 

「これ、意外にうまいな」

 

 一気に半分ほど食べて彼が漏らした。

 

「当り前じゃない。地元に愛されてウン十年、ってやつよ」

 

 私は()(こと)のように胸を張る。

 

「なんだそりゃ。でも、食材をしっかり生かしてる。酸味と甘みのバランスもいいし」

 

 今度は私がにやりとする番だ。

 

「あなたのところのスイーツより、おいしいんじゃない?」

「いや、うちのはきっちり、流行に乗ってるぜ」

「おいしくなきゃ、意味がないわよ」

 

 じろっと私を見てから、ふうっと息を吐く彼。

 

「やっぱ、そうだよな」

 

 頭のうしろで腕を組んで天井を見上げる。

 

「自分とこで作ってないと、どうしても融通()かないんだよな。毎朝、取り寄せても鮮度の問題はあるし。あん……小原さんのところ、パティシエ、いるんだろ?」

「さあ、どうかしらね」

 

 私が知らんぷりすると彼は小さく舌打ちをして椅子に座りなおし、今度は頬杖をついた。

 

「ったく、大変なんだよ。こんなところで働いてくれる職人、見つけるのは」

「こんなところ、ってちょっと失礼じゃないかしら」

 

 わからなくもないがその言い方は捨てておけない。

 

「お、それもそうだな。悪かった」

 

 私がいうと彼は頬杖を()めて、意外にも素直に謝った。

 

「どこかのグループのホテルから回してもらえないの? オープン直後でしょ?」

「これがなかなか難しくてさ、いろいろしがらみもあるし……。おっと」

 

 彼は口を閉じて、コーヒーを飲んだ。

 

「ま、そのうちなんとかするさ。少なくとも料理は負けてないと思うぜ」

「あら、そうかしら。……って、もしかして、うちまで来たの?」

「さあ、どうだろ」

 

 そっぽを向く彼。

 彼が食べに来たのだろうか、それともホテルの誰かが調査に来たのか。どちらもありそうだった。

 私はダイヤから聞いた魚の話をしようかと思い、()めておく。へんに言い負かされたら気分が悪い。

 私は黙ってケーキを食べて、コーヒーを飲んだ。

 

 私がカップを置いたのを見て秦野は話す。

 

「別にうちのホテルは、オハラ淡島に含むところはないぜ」

 

 私はうなずく。

 

「ただまあ、競合するところはありそうな気はする。悪く思わないでくれよな」

「それはお互いさまね」

 

 視線が交錯(こうさく)する。彼はふんっと鼻を鳴らして目をそらした。

 私たちは無言で残りのケーキを食べる。彼はゆっくりと味わっていた。

 

「それじゃ、小原さん。また来てくれよな。今度はびっくりさせてやるから」

「あら、いいの? それじゃ、楽しみにしてるわ」

「ま、予約が取れたら、だけどな」

 

 彼は残りのコーヒーを飲み干すと席を立った。

 私は車を呼んで到着までしばらく待つ。

 

 ロイヤルアルダーホテル、というか秦野には、すっかりライバル認定されてしまったらしい。望むところだった。

 

 とはいえ、私は軽い驚きを感じていた。秦野が、プレオープンイベントやレストランで会ったときの印象とはずいぶん違っていたからだ。

 あのときは笑顔でそつなく丁寧な対応していたが、今日は、特に途中から言葉(づか)いもざっくばらんで、表情もむしろ不機嫌そうだった。

 

 いや、あのプレオープンイベントの通路での会話。あれを考えれば後者が地なのかもしれない。

 ただいずれにしても重要なのはホテルのほうで、彼個人のことなど私の知ったことではなかった。

 

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