「今回は私の代理で参加していただきました。鞠莉さん、お願いします」
翌日のオハラ淡島の連絡会で樫村さんにそう紹介され、私は昨日のことを報告した(もちろん
「……内訳はお手元の資料の通りとなります。私からは以上です」
報告を終えて私は会議室を見渡す。スタッフたち、それに佐々木さんや樫村さんの様子からすると、昨日もだいたい、いつも通りの内容だったらしい。
私がとりあえず
「ロイヤルアルダーからは支配人が来たのですね?」
「はい、秦野さんがいらっしゃいました」
私の答えに佐々木さんは樫村さんと視線を交わした。
それにどんな意味が? 私が疑問に思っていると、それを察したのだろう、樫村さんが口を開く。
「内浦の定例会、うちは古くからの関係もありますから支配人である私が出ています。ただあくまでも地元の組合の集まりです。わざわざ支配人が出るほどでもないと考えても、おかしくないでしょう」
私を含めて参加者がうなずく。それはそうかも知れない。
佐々木さんが話す。
「秦野不動産は意外に、地元との関係性を重視しているのかもしれませんね」
しばらく会話が続いた。初回だからだろうという声もあれば、向こうと協力できるかもしれないという意見もあった。
聞きながら私は思い出す。
秦野不動産。ロイヤルアルダーの運営元の名だ。彼の名前を聞いたときに引っかかったのはこれだったのだ。ホテルについて調べたときに目にして、しかし記憶には残らなかったらしい。もうすこし真面目に読んでいれば、と悔やむ。
名前は偶然の一致だろうか、それともなにか関係があるのだろうか。それこそ私のように。
気になったけれど議題は次に移り、私はあわてて集中しなおした。
会が終わって自室に戻り、私は改めて調べてみる。
ロイヤルアルダー内浦のページには支配人として秦野の名があった。しかしどういう背景があるのか――たとえば秦野不動産で役職についているとか――は、わからなかった。
ちなみに日中のAqoursの練習では、予想通り千歌に、
「どうして鞠莉ちゃんが来たの?」
そうキラキラした目で聞かれた。
「支配人がベリービジーで、私が頼まれたのよ。一応、小原家の一員としては、たまにはなにかやらないとね」
「へーっ、鞠莉ちゃんかっこいいね!」
簡潔な答えに千歌は納得したようだったけれど、ダイヤや果南がどう思ったかはわからなかった。
・
次の土曜日の朝。私は自室からオハラ淡島のカフェテラスへ行った。
従業員から社員用のIDカードで飲み物を買い、店内と外との両方が見える、フロアの隅の席に座った。持ってきたノートPCをテーブルに置く。
窓は大きく開かれ海から吹くさわやかな風が抜けていく。初秋の澄んだ青空がまぶしい。ただ私の心はあまり晴れなかった。
学院が休みの朝、カフェテラスが
「さて、がんばりましょ」
私は自分にそういってノートPCを開いた。
仕事はまずまず順調に進んだ。
しばらくして対岸の内浦から町内放送が聞こえてくる。翌日の町内のイベントを告げるものだった。
私は手を止め、伸びをしてから紅茶のカップを手に取った。
半年ほど前のことを思い出す。その日もここで放送を聴いたのだ。
浦の星女学院のスクールアイドルグループのライブの案内放送。千歌たちが熱心に活動しているのは知っていたが、私は諦めと、ほんのわずかの期待を持って、彼女たちを眺めていた。
『来週、浦の星女学院でライブをおこないます。スクールアイドルグループのAqoursです』
そう話す千歌の声に、私は驚きでカップを取り落としそうになった。かつて果南とダイヤと私で結成していたスクールアイドルグループ。誰かが――ふたりのうちのどちらかが、その名前を継いでほしいと考えたのだ。私は胸がぎゅっと締め付けられた。
今では、ダイヤがさりげなく名前を伝えたことを知っている。
あのとき、私がふたたびAqoursに入ることは、運命づけられていたのかもしれなかった。
物思いから
ふと、店の反対側の隅に座る、ひとりの男性に目が留まる。ノーネクタイのシャツとスラックス。リゾートホテルならありがちな服装だが、マスクをしていた。花粉症? それとも風邪?
見ているうちに男性のテーブルに従業員が注文を持っていく。ケーキをふたつと、飲み物のカップを置いた。
男性は従業員が去ったのを確認してから、どこからかスマートフォンを取り出した。写真を撮る。SNSにでも上げるのだろうか。
さらにはメモ帳を取り出してなにか書き込んだ。
もしかして、と思う。私の席からは彼を斜めうしろから見るような角度なので、確信は持てないけれど――。
彼はようやくマスクを外した。やはり。予想通り、秦野だった。
彼はケーキを切り取り、神妙なようすで食べた。
私はくすりと笑ってしまう。
挨拶に行こうか。当館のスイーツはいかがですか、と。どんな顔をするだろう。いや、それよりもあとに取っておくほうが面白そうだ。
秦野は口に運び、味わって、メモを取り、飲み物を飲む。それを繰り返して食べ終えた。
ご満足いただけたならいいのだけれど。
私は万が一にも気づかれないように、紫外線
・
ロイヤルアルダーホテルの開業から日が経つにつれ、オハラ淡島にもすこしずつ影響が出てきた。
観光シーズンの
オハラ淡島も手をこまねいていたわけではなかった。
過去の顧客に
ただそれでも、売り上げはよくて横ばいか、じり
それと並行して私たちAqoursは、浦の星女学院の学校説明会とラブライブ予備予選の準備に追われた。
学校説明会は、入学希望者(の候補)に浦の星を知ってもらうための重要なPRの機会だった。校風やカリキュラム、部活の紹介などの去年までの内容に加えて、今年はAqoursもライブを予定していた。
そしてラブライブ予選はいわずもがな。
説明会の翌週に予備予選というタイトな日程にも、メンバーはみな前向きだった。
ただ、曲作りはなかなか思うように進まなかった。
新曲が同時に二曲。今まで作詞を担当してきた千歌と、作曲の梨子の負担は特に大きい。なにか考える必要がありそうだった。
そんなある日の練習で、休憩中に私はつい、うとうとしてしまう。前日のオハラ淡島の連絡会が、新しい
「ほら、鞠莉。始めるよ」
「ん……あら、果南。グッモーニン」
「グッモーニン、じゃないよ、鞠莉。疲れてるなら休んでていいよ」
「いえ、ぜんぜん平気よ」
その日の帰りのバス、私の隣にさりげなくダイヤが座った。彼女は
「体調など大丈夫ですか、鞠莉さん」
他の誰かに聞かれないようにだろう、小さな声だ。
「ええ、大丈夫。本を読み始めたら意外に面白くて、ちょっと夜更かししちゃっただけ」
「珍しいですわね。でも、たいがいにしないといけませんわ」
「ごめんね、ダイヤ。これっきりにする」
私の言い訳は見破られなかったらしい。
そのあと私はまた寝てしまったのだけれど、ダイヤは淡島までそのままにしておいてくれた。
・
次の連絡会の終了後。
「内浦の会合、今回はどうされますか、鞠莉さん? よろしければ私が出席しますが」
樫村さんが私に聞いた。他のスタッフはちらっと私たちに目をやってから部屋を出ていく。
「そうね……」
内浦の観光組合の会合はおおむね月に一度だが、
前回は不勉強なところが
それに――もしかしたら秦野に会うこともできるだろう。
「いえ、私に行かせてもらえますか」
そう話すと、樫村さんは「わかりました」といってうなずいた。
数日後。私は放課後の練習を休んで、今回の会場となる旅館へと向かった。千歌の家ほどではないが
私は畳敷きの宴会場に通された。オハラ淡島にはこれほど大きな和室はないので、すこし
先に来ていた
「お世話になっております、高海さん」
「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」
志満さんの微笑みに、秦野は
続けて彼は、ぶっきらぼうにいう。
「小原さんも、どうも」
「はいはい、お疲れさま」
私はおざなりに返した。それにしても、志満さんと私でずいぶん態度が異なる気がする。
秦野は私の隣に座り、私に視線を向けず小声で話す。
「今日も小原さんが来たんだ」
「なによ、悪い」
私も顔を向けずに答える。
「別に」
ちらっと彼の顔を見るがそこにはなんの表情もなかった。
連絡会は
「えー、次の項目をご覧ください。東京の雑誌から取材依頼が来ております」
組合長の言葉に、私たちは事前に配られた紙に目を落とす。たしかにその項目は気になっていた。
「地方からの情報発信というテーマで、一、二名に話を聞きたいそうです。予定は再来週の日曜日なんですが……どなたか対応できますかね?」
ざわざわと話し始める参加者たち。あいにくとその日には予定が入っていたので、私は黙って聞いていた。しかし――。
「情報発信というと、あれですか、ネットとかいうやつですか」
「私、そういうのはとんと
「SNSとか、流行っているのでしょ?」
「やっぱり若い人が、いいんじゃないですかね」
なんとなく私に視線が集まってくる。
面倒なのは否めないとはいえ、取材に応じること自体はもちろん構わない。オハラ淡島のためにもなるだろう。ひょっとしたらAqoursのためにも。けれど。
私は内心、ため息をついた。
「申し訳ありません。実はその日、学院で来年度に向けた学校説明会があるんです」
私は頭を下げる。当然、ここのみんなは私が学院の生徒だということを(理事長はともかく)知っている。
「あー、もうそんな時期かい」
「それじゃ仕方ないねえ」
「鞠莉ちゃん、忙しいものね」
納得の空気が流れた。
秦野だけが意味がわからない、というような顔をしているのが目の隅に入ったが、もちろんわざわざ教えるつもりはなかった。
沈黙が始まり、視線は自然に私から隣の秦野と、向かいの志満さんへと移っていく。
「私、あまり新しいもの、得意じゃないのよね」
志満さんは私だけに聞こえるような小さな声で、可愛らしく苦笑した。
私は隣で秦野がすっと背筋を伸ばすのを感じる。
「私でよければ対応いたしますが」
視線が集中したのを受けて彼は続ける。
「内浦に来てから間はありませんが、それなりに勉強をしてきたつもりでおります」
にこりと彼は微笑んだ。
「……いいんじゃないですか」
「外からやってきた人ならではの視点も、あるかもしれませんね」
「うん、秦野さんなら安心だ」
ほっとしたような雰囲気が流れた。
「それじゃ、詳しくは改めて秦野さんにお伝えします」
組合長がそう話し、議題は次へ移った。
私が断ったのを受けて、秦野は素早く名乗りを上げた。支配人ともなれば(きっとここの全員も)休日は忙しいはず。それでも自分が適任だと思い引き受けたのだろう。そこは素直に認めざるを得なかった。
私には予定があったとはいえ、すこしだけ、そして前回に続いて、悔しかった。
私は秦野をちらっと見る。彼は問いかけるような目で私を見返した。
仕方ない。お礼をいうべきだろうし、あとですこしだけ話をしよう。もしかしたらロイヤルアルダーの様子も聞けるかもしれなかった。
・
会合が終わり、私は旅館を出たところで秦野を待った。
やがて秦野が玄関から出てきて、振り返り礼をする。
「失礼いたします」
自動扉が閉じるのを待ってから彼は頭を上げ、くるっと向きを変えた。やれやれというように首を振り、私のいるほうへと歩いてくる。
「お疲れさま」
私が声をかけると彼はぎょっというような顔をした。私は微笑んでみせる。
「お、おう。なにか用か?」
彼は
「一応、お礼をいっておこう思って。どうもありがとう」
「ああ、取材の件か。別に。誰か対応しなきゃだろ」
そういって肩をすくめる。
「それでも、ね」
「どういたしまして。ま、誰かさんは忙しいみたいだし。それにしても、どういう……」
彼はいいかけて、
ここで知らんぷりして帰ることもできた。でも私はなぜか聞き返していた。
「なあに?」
ふうっと息を吐く秦野。そしてポケットからスマートフォンを取り出し、ちらっと確認した。
「立ち話もなんだから、また行くか?
「いいわよ」
私はうなずいた。