支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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8. 雨と虹

 学校説明会を翌週に控えた週末、土曜日。

 困ったことに曲はまだできていなかった。説明会用の曲も、予備予選の曲も。今まで大半の曲とその衣装を千歌と梨子、曜に頼ってきたつけだ。

 

 さすがにこのまま三人に任せておく訳にはいかない。みんなで相談し、二年生の三人と、一、三年生の六人とにわかれ、前者が説明会、後者が予備予選の曲をそれぞれ作ることにした。

 

 私だって一年生のときには、ダイヤ、果南と一緒にスクールアイドルをしていたのだ。だから曲作りなんてお手の物。そう思ったのに、私たち六人の曲作りは最初から難航した。

 果南や私がどうせならハードでロックで元気な曲を、と提案したのに、一年生たちはもっと静かな曲が好みらしい。

 もちろんバラードやラブソングの良さは私もわかる。でも今回は予備予選だ。ここで盛り上げなくてどうする、と思う。

 

 一年生たちも頑固だった。ここまで成長したのかと嬉しくなったけれど、それとこれとは話が別。

 全員がいい曲を作りたいと思っているのに、いわゆる「音楽性の違い」が表れていた。些細(ささい)に見えて、今までいくつものグループを解散に追いやってきたやつだ。

 話は平行線のまま、二年生組が仲裁(ちゅうさい)に来るほどにまで雰囲気は悪くなった。

 

 そういえば今まで私たち六人は、同じ学年のなかでこそ親しくしていたけれど、学年を超えてはじっくり話したことはなかった。

 私たちは改めて距離を縮めるため、ダイヤの提案で温泉施設へ向かった。彼女(いわ)く、裸の付き合いだ。

 

 しかし温泉で(あたた)まっても曲のアイデアは出ず、さらに施設から出た私たちを待っていたのは、天気予報になかった雨。あいにく私たちは誰も傘を持っていない。私たちは雨宿りも兼ねて花丸の知り合いのお寺に泊まることになった。今は住職もおらず無人のお寺に。

 

 果南がああ見えて怖がりなこと、ダイヤには可愛いところがあること。私はよく知っているけれど一年生たちには驚きだったらしい。

 私たち三年生も一年生のことを知った。善子は自分の世界をしっかり持っていること、花丸がいざというときに頼りになること、ルビィが仲裁者として卓越していること。

 

 今回の、いわば一種の危機で、みんなの距離は明らかに縮まった。

 私のことも、みんなに知られた――知ってもらえたのだろうか。

 

 お寺の本堂での雨の音を背景にした静かな会話は、いつまでも続き、夜半には曲ができあがっていた。

 

 翌朝、短い睡眠時間のわりにはさわやかな目覚めだった。

 本堂の入り口の隙間から、朝日が一筋、差し込んでいた。まわりの布団には誰もいない。

 私は外に出る。境内(けいだい)にいたダイヤが振り返った。

 

「おはようございます」

「グッモーニン、ダイヤ」

 

 私は靴を()いてダイヤの隣へ行く。

 

「気持ちよさそうに眠っていたので」

 

 ダイヤは先回りして答えた。私はお礼を込めて微笑む。

 

「花丸さんは今、庫裏(くり)のほうに掃除用具を取りに行きました。ほかのみなさんは走りに。私は、鞠莉さんをひとりにするわけには、いきませんから」

 

 ダイヤは私に質問をさせる気はないらしい。

 それなら、と私も先回りする。

 

「別に私は、疲れてたわけじゃないわよ。昨日は温泉に入ったし、曲も無事にできたし……安心してゆっくり休めただけ」

「それならよいのですが」

 

 ダイヤはじっと、私を見つめた。

 

「みんなが帰ってくる前に、なにか食べるもの、買いに行きましょうか。お店のひとつくらい、あるでしょ」

 

 私はダイヤが口を開く前に(つと)めて明るくいった。

 背を向けて財布を取りに行く私に、彼女はなにもいわなかった。

 

 バスで内浦に戻ると、千歌たち三人も無事に曲を書き上げたところだった。

 これで一安心。そう思ったとき、私のスマートフォンに着信があった。

 

 電話の相手は学院の理事のひとりだった。説明会の事務を担当してくれている人で、彼がいうには昨日の雨で、浦の星女学院への道路のひとつが通れなくなったそうだ。困ったことに車が通れるほど太い道はそこだけだ。

 復旧には一週間。学校説明会は翌週に延期したほうがよさそうだ、とのことだった。

 

 つまり、ラブライブの予備予選と同じ日、ということになる。

 

 徒歩での通学には支障がない(バス停から歩く距離は伸びるけれど)。しかし説明会は車で来る人が大半だ。影響は大きいだろう。

 私の一存で、元の日程で強行することもできた。しかしただでさえ参加者は限られる。障害はなるべく減らしたかった。

 

 私は一週間の延期を了解することを話し、電話を切ると、みなにその知らせを伝えた。

 

 どうするかは未定のまま、とりあえず私たちはそれぞれ家路に着いた。

 

 淡島に渡り、ホテルの自室に落ち着いて気づく。

 学校説明会が延期になったということは、例の雑誌の取材に対応できるということだ。オハラグループ本部の広報に確認する時間は、たぶんある。秦野に連絡するべきだろうか。

 いや、すでに秦野は準備しているだろうし、出版社のほうに話も行っているだろう。

 残念だけれど、今回は諦めるしかなさそうだった。

 

        ・

 

 翌日、聴かせてもらった二年生たちの曲は、とても素敵だった。私たちが作った曲も、今までになかった新しいイメージだと三人は喜んだ。

 Aqoursをふたつの面から象徴するような曲たちは、まさに甲乙つけがたい出来だった。

 きっとどちらのライブも成功するだろう。そう思った。

 

 しかし、ふたつのイベントが同じ日になり、段取りは厳しくなった。

 学校説明会のライブは夕方に回すことができるので、ライブの時間自体は重ならない。しかし予備予選の会場との距離を考えると、両方に出ることはどうしても難しかった。

 私たちは何度も話し合い、結局、四人と五人のふたつにわかれて、それぞれのライブをおこなうことにした。

 果南、花丸、善子、そして私が説明会。他の五人が予備予選だ。

 

 そして、当日。

 私は五人を送り出したあと、午前中、体育館での学校紹介で理事長として挨拶した。参加した生徒、父兄の数は思ったよりも多かった。

 このあと、午後は部活紹介などがあり、夕方にライブだ。

 

 部室に戻ると不安そうな表情の花丸と善子がいた。

 

「大丈夫、四人でもきっとうまく行くわ」と私。

「うん、それはそう思うんだ。でも……」

「リトルデーモンたちがいないと、いつもの調子が出ないわね」

 

 ふたりの気持ちは手に取るようにわかった。もちろん私だって同じ。

 

 新生Aqoursを最初から引っ張ってきた千歌に梨子、曜。控えめだけれど要所でサポートしてくれるルビィ。そしてかけがえのないダイヤ。

 九人のAqoursになってから、これほど不安なライブは初めてかも知れなかった。

 

 でも、私がそんなことではいけない。

 

 さらにふたりを元気づけようとしたとき、ガラガラっと音を立てて部室の扉が開いた。

 

「ほら、三人とも衣装持って。行くよ!」

 

 果南に()き立てられて、私たちは学院前から果南の呼んだタクシーに乗り込んだ。

 

 タクシーのなかで果南がいうには、千歌と昨晩、話し合ったのだそうだ。

 

「たぶんだけど、予備予選のライブに参加しても、間に合いそうなんだ」

「それ、どういうこと? タクシーでも無理、それこそ空でも飛ばなきゃって話したじゃない」

 

 善子が後部座席から助手席の果南に聞く。隣で私と花丸もうなずいた。事情が事情だけにヘリコプターを出して欲しいとパパに頼むわけにもいかなかった。

 果南は続ける。

 

「ほら、このへん、みかん畑ばっかりじゃない」

「それはわかるけど」

「モノラックって、知ってるかな?」

「モノラック?」

 

 聞き返した善子に隣から花丸がいう。

 

「みかんを収穫するためのモノレールずら」

 

 学院の近くの畑でも使われているので、私も見たことがある。

 果南はうなずいた。

 

「そうそう。それがね、縦横無尽(じゅうおうむじん)に張り(めぐ)らされてるんだよ。だからそれを使えば予備予選の会場からショートカットできる、っていうわけ。畑の所有者にも許可をもらったんだよ」

「それ、本当に間に合うの?」

 

 不安そうに聞き返す善子。

 

「もちろん。千歌と一緒に何度もシュミレーション……違った、シミュレーションしたんだから」

 

 あはは、と果南は笑った。ますます不安になるような物言いだが――こうなっては仕方がない。

 

「わかったわ。それに賭けてみましょう、果南」

 

 九人で両方のライブに参加できればそれがベストなのは間違いない。

 

「そう来なくっちゃね、鞠莉。運転手さん、安全運転で、急いで!」

 

 運転手さんは参ったなというように首を振り、それでも速度を上げた。

 私は善子と花丸に微笑む。ふたりも覚悟を決めたのだろう、力強くうなずいた。

 

 予備予選の会場についたときには、ライブの時間は三十分ほどに迫っていた。

 私たちは控室へ急いだが千歌たちはすでにそこにいなかった。着替えて化粧をし、髪型を整えてステージへ向かう。

 

『エントリーナンバー、二十四! Aqoursのみなさんです!』

 

 アナウンスが聞こえてきた。私たちは走った。

 

 ステージの袖から五人の姿が見えた。

 ギリギリだ。本当にギリギリだった。私たちはステージの上で合流した。

 

 観客たちは演出のひとつだと思ったらしい。わっと客席が()いた。

 

 ライブは控えめにいっても過去最高だった。

 会場の熱狂が、それを物語っていた。

 

「さあ、行くよ!」

 

 歓声もそのままに果南が駆け出す。私たちはあとを追った。

 

「大丈夫なんでしょうね!」

 

 ダイヤが悲鳴にも似た声で聞く。

 

「きっと、大丈夫だよ!」

 

 千歌が私たちを追い抜いていく。

 あらかじめ調べておいたルートでモノラックを駆り、そのあとはひたすら走った。途中、通り雨に降られたけれど、ひたすら走った。

 

 千歌の言葉は正しかった。私たちは間に合った。

 

 学院の生徒たちが仕上げてくれた校庭の特設ステージの裏で、ふたたび円陣を組んだ。

 長い距離を走ってきたのに、みんなの息はもう落ち着いていた。

 

「ゼロからイチへ! Aqours……」

「サンシャイン!!」

 

 全員の声が唱和した。

 

 私たちは照明の落とされたステージへ出て、待った。

 予備予選よりもずっと観客、つまり説明会に来た生徒や父兄の数は少ない。それでもその目は同じように輝いていた。

 

『それではライブ、スタートです!』

 

 放送部員のアナウンスが終わり、照明が(とも)る。イントロが流れる。

 

 私たちは歌った。千歌の歌詞を、梨子のメロディに乗せて、曜がデザインした衣装を着て。みんなで振り付けを考えて、みんなで作った曲を。

 

 ステージ上でポーズを決めると、アウトロがゆっくりと消えていった。拍手が巻き起こり、歓声が響く。昼のライブにも負けないくらい熱狂的だった。

 夕日が輝いて、観客たちの向こうに、美しい虹が掛かっていた。

 

 私たちは一列に並び、深くお辞儀をした。もう一度大きくなる拍手。

 

 顔を上げて校庭を見渡して、私は気づく。観客たちの一番端、校門に近いところにいる、場違いなダークスーツ姿。

 私の胸が、ドキリと大きくうった。

 

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