支配人はかりそめの顔   作:Kohya S.

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9. ひとつの真実

 間違いようがなかった。

 どうしてこんなところに? いや、学校説明会が延期になったことは学院のウェブサイトにも、それこそ新聞にも掲載された。彼が気づいて、すこしでも興味があれば、ここにいてもおかしくない。

 

 遠くなので細かい表情はわからない。ゆっくりと拍手しているのだけが見えた。

 

「鞠莉」

 

 隣の善子に(うなが)されて、はっと気づく。退場しなくては。

 

 部室に戻って制服に着替えながら私は気もそぞろだった。

 

 秦野に知られてしまった。それも考えられるなかで(もっと)も――最悪とはいわないまでも、極端なパターンで。実は高校生で、スクールアイドルで、説明会でライブ。ほんと、笑ってしまう。

 もちろん恥ずかしくなんてない。だって今日は、いままでで一番のパフォーマンスだったから。どこに出したって恥ずかしくない。

 

 ただ、こんなことなら先に話しておくべきだったと思う。実は高校生だ、と。でも、そうしたら――彼は私を一人前に扱ってくれただろうか。

 ちょっと小馬鹿にはしているけれど、一応、ホテルの経営に(たずさ)わるひとりの女性として、彼は接してくれている。

 

 そうだ、と気づく。私はそれが嬉しかったんだ。

 

 理事長をしていても、所詮(しょせん)高校生だから、という色眼鏡で見られるのが(つね)だった。真剣に取り組んでも、高校生の片手間だと思われるのが嫌だった。失敗しても許してもらえるのがむしろ(つら)かった。

 もちろん、私がまだまだだっていうことは知っている。

 でも、ひとりの人間として見てほしかった。

 

 次に会ったとき、彼はどんな顔をするだろうか。

 高校生のくせに、と馬鹿にされるだろうか。遊びじゃないと怒られるだろうか。

 それとも高校生にしては頑張っている、とおだてられるのだろうか。

 

 どれも嫌だ。

 

 ずっと隠し通すことなんてできないとわかっていた。でも、こんな形とは。ライブだなんて。

 そうだ。今日の衣装。あんなに短いスカートで――。

 前言撤回。恥ずかしくないわけがない。

 不特定多数には恥ずかしくないのに相手が限定されるとこんなに恥ずかしいのは、なぜだろう。

 

 着替えながら、きっと私は、表情をころころ変えていたに違いない。誰にも気づかれなかったのならいいのだけれど。

 

 次の内浦の会合は樫村さんに出てもらおう。そうすれば当分、彼と顔を合わせる必要はないはずだ。

 

 なんとかみんなに遅れずに制服に着替え終えて、荷物をまとめた。

 今日はこれから千歌の家で、打ち上げと称した食事会の予定になっている。

 

「鞠莉ちゃん」

 

 なぜか花丸が部室の入り口近くで手招きしていた。

 

「なあに、花丸」

 

 花丸は私を部室の外、体育館脇の通路へ連れ出す。扉を閉めてみんなの声を(さえぎ)ると花丸は話した。

 

「彼氏が校門のところで待ってます」

「彼氏?」

 

 花丸の言葉が理解できなくて私は聞き返す。花丸の彼氏? 花丸に彼氏がいるの? でも、わざわざ私に報告してくれなくてもいいのよ。そういおうとしたら。

 

「この前、松月(しょうげつ)にいたあの人ずら」

「えっ!」

 

 私は思わず声を上げた。花丸がにこっと笑う。

 ライブが今日の学校説明会、最後のイベントだ。参加者は帰り始めているだろう。わざわざ残っているということは――。

 私を待っているとしか、考えられなかった。

 

 このままみんなと帰れば、校門で鉢合わせだ。果南や千歌が、ダイヤが、ああもう、全員が、なにをいうかわからない。

 みんなよりも先に出て、どこか別の場所に連れていくしかない。

 

「えっと、ちょっと私、話してくるわ。悪いけれど花丸、みんなをうまいことごまかしてくれない?」

「もちろんずら。先に千歌ちゃんちに行ってるね」

「ありがとう、花丸」

 

 私は花丸に微笑んで謝意を示し、小走りで校門へ急いだ。

 

 通路に私の足音が響いた。外に出て、校舎の脇から校門のほうへ。

 ほとんどの参加者はもう帰ったのだろう。校内にはちらほらと人影が見えるくらいだった。

 秦野の姿が見えたところでいったん、立ち止まる。

 

 どんな顔をして話せばいいのだろう。なにを話せばいいのだろう。

 

 いや、自然体(しぜんたい)で行けばいい。私は小原鞠莉だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 そのとき、彼がこちらを向いて私に気づき、軽く右手を上げた。

 私の胸が、またドキリと鳴った。

 

        ・

 

 彼に気づかれないように一度、深呼吸をしてから、ゆっくりと近づいた。

 

「お疲れさま」

 

 秦野はそういって、にやっという感じで笑う。

 

「ありがとう。わざわざ来たの?」

 

 来てくれたの、とはいいたくなかった。

 

「今日に延期になったって聞いて、地元を知っておくのも悪くないと思ってさ。ま、その甲斐(かい)はあったかな」

「それはよかったわ。……なにか聞きたそうな顔、してるわね」

「まあな」

 

 肩をすくめる彼。

 

 私にも聞きたいことは一杯あった。

 どうして来たのか――いや、残ったのか? 高校生だと知ってどう思った? 私はうまくやれてる? ライブの感想は? そして、私を見てどう思った?

 答えを知りたい気持ちと、知りたくない気持ちとで、心がざわめいた。

 

「立ち話もなんだから、っていいたいところだけど、今日はあまり時間がないのよ」

 

 時間がないのもそうだが、もし松月に向かえば、千歌たちがいつものテンションで走ってきたら途中で追いつかれてしまうだろう。花丸が多少引き留めてくれたとしても、だ。

 

「だから、ちょっとだけ場所を変えましょう」

 

 彼はうなずいた。

 

 私は校門から離れて校舎の前を歩いた。右手にはプールがある。斜面に沿って施設が並ぶ学院では、プールは校舎より低く、校庭はさらに一段下だ。細長い校舎のなかほど、プールや校庭に下りる階段のところで立ち止まる。

 振り返ると秦野と目が合った。

 

「……驚いた?」

「うん、すっかり(だま)された。まさか高校生とは」

「別に、隠しておくつもりはなかったのよ。機会がなかっただけで」

「いわれてみれば、そうだな。騙されたっていうのは、違うか」

 

 秦野は首を振って、続けた。

 

「ホテルの副支配人のほうは、マジなのか? 遊びじゃなくて?」

「一応、マジよ」

 

 私が秦野の言葉を繰り返すと、彼も聞き返す。

 

「一応?」

「一応で悪ければ、暫定的(ざんていてき)、かしら。ちょっと事情があって。でも、副支配人として頑張らなきゃいけないのは、本当よ」

「へえ、なんだかわからないけど、大変だな」

 

 同情のような(あき)れたような表情をする秦野。

 

「考えてみれば、いろいろおかしいところ、あったよな。プレイベントに一般人として来たり、どうも場慣れしてなかったり」

「悪かったわね」

「いや、まあ、俺も人のことはいえないしな。おっと」

 

 彼は口をつぐんだ。

 彼がもらした言葉。彼も若いから苦労しているのだろうか。そんな感じには見えないけれど。それとも秦野不動産の関係だろうか。もしかして御曹司(おんぞうし)とか?

 

 聞き返そうとすると、秦野はふたたび話した。

 

「待ってる間に、調べさせてもらったけどさ。小原さん、ここの学院の理事長もやってるんだって?」

「そうね。そっちのほうは、わりと板についてると思うわよ。ホテルと違って」

「ウェブサイトの理事長挨拶とかも自分で書いたのか?」

「もちろん。なかなか悪くないでしょ」

「うーん、どうかな。ちょっと外来語、使い過ぎな気がする。グローバルなパースペクティブを獲得できるようトータルにサポートします、とか、いまどきのベンチャーでもいわないだろ」

 

 むっ。せっかくの私の名文を。絶対にあとで、ロイヤルアルダーホテルの支配人挨拶を確認してやるわ。

 私が機嫌を(そこ)ねたのを察したのか彼は続ける。

 

「そうカリカリするなって。ま、意気込みは伝わったぜ」

 

 それは()められているのだろうか。

 

 どう返そうか迷っている私の表情が面白かったのか、彼は唇をゆがめて笑った。

 不思議と馬鹿にされている感じは、しなかった。

 

 彼の質問はとりあえず片付いたらしい。今度は私の番だ。

 私が高校生だと知ってどう思ったか。これは、なんとなくわかった。意外にも彼は素直に納得したらしい。

 それなら、どうしよう。ライブの感想を聞こうか。秦野不動産との関係?

 

 考えているうちに、彼はふっと校庭のほうへ目を()らした。タイミングを失った私もそちらを眺める。

 

 虹はすでに消えて、夕日が校庭をオレンジ色に染めていた。人影はなく、明日撤去される仮設のステージが黒々とした影を投げかけている。

 秋を感じさせる風が、ざざっと桜の緑を揺らした。

 

 秦野がこちらを見ずにいう。

 

「この学校、廃校になりそうなんだって?」

「なりそう、ってことはないわよ。いろいろ手を打ってるところなんだから」

「それ、なりそう、っていうんじゃないか」

「うるさいわね」

 

 くくっと秦野は笑う。またなにか皮肉めいたことをいわれるのかと思ったのに、彼の次の言葉は意外なものだった。

 

「いいところだな、ここ」

「……ここって、この学校? それとも内浦?」

「両方、かな。ちょっと俺の母校を思い出すな」

「へえ……。あなたの高校……でいいのかしら?」

「ああ。ここみたいに海の近くじゃなくて、山のなかだけどさ」

 

 彼は大きく息を吸い、続ける。

 

「空との距離とか、空気の匂いとか、こんな感じだった。……やっぱり統合の話とかあってさ。今はどうなったのやら」

「調べてないの?」

「俺にはもう関係ないことだからな」

 

 彼は話しすぎたというように首を振り、一瞬、顔をしかめた。

 すぐにそれを消して、私に薄笑いしてみせる。

 

「ま、頑張ってくれ、理事長さん」

「いわれなくても頑張るわよ」

 

 秦野はそりゃそうか、とつぶやき、腕を大きく上げて伸びをした。

 そろそろ時間だ。花丸がごまかしてくれても、行かないと千歌たちに怪しまれる。

 

「ねえ、秦野さん」

「ん?」

 

 いざ聞こうとすると、どれも聞きにくかった。

 結局、最初の、一番聞きやすい疑問を口にする。

 

「どうして残ってたの? 私をからかいに来たわけ?」

「まさか。その……どうしてだろうな」

 

 彼はしばらく考えて、続ける。

 

「ライブを見て、小原さんのことを知って、話したく……どんな顔をするか見たくなった、ってとこかな」

 

 大したことじゃない、というように顔を逸らす。

 でもその答えに、私は十分満足していた。

 

 私が歩き出すと彼も隣をついてきた。

 

「ホテルの副支配人は、続けるのか?」

「もちろんそのつもり。別に、あなたに知られたことには関係ないから」

 

 彼はうなずく。

 

「俺も、特になにか変える気はないぜ。あ、そうそう、取材のほうは対応しておいたから。これでまた、うちのホテルの知名度が上がるな」

「あら、ありがとう」

 

 私はにこっと笑ってみせる。特になにか変える気はない。大歓迎だ。

 彼がちょっと拍子抜けしたような、毒気(どくけ)を抜かれたような顔をしてうなずいたので、私は付け加える。

 

「よかったわね」

 

 すると彼は、にやっと笑った。

 

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