「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第15話:疑念

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 たとえ王女であっても、ヒトであることに代わりはない。故にヒトは絶対的上位存在として神を崇拝する。それはリアレにとって当然の摂理だ。だが、このアシュベルドは違う。あたかも神を品定めし、それが有益か無益かを判断し、そして自分の利益のために利用しているかのようだ。何という、神をも畏れぬ傲慢さと冷徹さだろうか。

 

「連邦では月の盾。帝国では聖体教会。名こそ違うが、どちらも血族から人々を守るという点では同じだ。良きところは率先して学び、かつ共に競うことによって錬磨する。良い考えだとは思わないか?」

 

 知らず、リアレは話題を変えていた。何らかの共通項を一つでもいいから、この機械の如き青年に見つけたかったのかもしれない。

 

「人類の理智と文明は競争によって、より高みへと押し上げられてきました。優等な存在のみが、この惑星に居住する権利があります。殿下のお考えには私も賛成ですね」

 

 適者生存を当然とする思想。弱肉強食を鉄則とする信条。間違いない、アシュベルド・ヴィーゲンローデは既に月の盾長官の時点で、紛れもない独裁者の片鱗を見せている。

 

「ほう。つまり、私と貴君とで見解の一致が見られたということだな」

 

 ならば遠慮は無用だ。リアレは初対面からの数分間で、アシュベルドの本質を掴めたことに満足する。もはや、思わせぶりな言動は不要だ。ここからは帝国の王女として、思い上がった連邦のタカを狩るのみ。その風切り羽を切り、鳥籠に入れて飼い慣らしてやろうではないか。

 

「堅苦しいことは抜きとしよう。私を貴君の個人的な客人として、存分にもてなしてくれ」

 

 わざと親しげな態度をリアレは見せる。貴君の行動をこれから一つ一つ品定めしてやろう、といわんばかりの不敵な余裕。そうして悠然とリアレは手を差し出す。常ならば、リアレの態度に意味深なものを感じ、相手はわずかでも絶対にたじろぐはずだった。

 

「殿下がお望みならば、私としては断る理由もありません。貴き客人よ、今宵は連邦の歓迎をお楽しみ下さい」

 

 しかし、その例外がここにいた。差し出したリアレの手を、アシュベルドは平然と握りしめる。同時に、一斉に報道陣がカメラのシャッターを切る。二つの国の両雄が握手したその瞬間は、まさにマスコミにとって理想的な構図だったのだ。

 

 

 

 

「お見事でした、殿下」

「そう見えるか? ヒューバーズ」

 

 用意された送迎車に乗り込み、リアレは大きく息をつく。隣に座るのは侍従長のヒューバーズだ。リアレは素早く周囲に目を配る。要所要所に施された遮音の施術の痕跡を確認する。運転手も帝国人だ。

 

「はい。帝国の王女として、非の打ち所がない振る舞いであったと愚考いたします」

「ならば、私も少しは鉄面皮に振る舞うことができたというわけだな」

 

 リアレは自分で自分を皮肉る。最後の最後で、ものの見事に切り返された。大胆不敵なリアレの態度に、アシュベルドは平然と乗って見せたのだ。しかも、眉一つ動かさず、冷徹な表情を崩さずに。品定めするならば存分にするがいい、完璧に応じて見せよう――と暗に示していたのだ。

 

 何よりも、そのタイミングには舌を巻く。二人がちょうど握手した瞬間に、カメラのシャッターが一斉に切られた。群がる新聞記者たちに囲まれながらも、アシュベルドは冷ややかな笑顔を見せる余裕さえあった。最高の衆人環視の環境。帝国の王女の挑戦を堂々と受けて立ち、さらにそれが高らかに衆目に晒されるよう計算するとは。

 

「ヒューバーズ、あの男にだけは、決して油断してはならないぞ」

 

 底知れない人心掌握の技巧に、リアレは恐怖に近い感情を抱いていた。今までこんな感情など、経験したことがない。

 

「アシュベルド・ヴィーゲンローデのことですね」

「そうだ。こうして実際に会ってみてよく分かった。あの男は、人の形をした野心だ」

 

 リアレは知らず生唾を飲み込む。

 

「恐ろしい男だ。あの男は何ものにも束縛されない。だからこそ、何ものも敬わず、何ものにも満足しない。人にも、神にも、栄誉にも、支配にも。彼は冷え切った、氷山の浮かぶ極北の海のような目をしていた。あれほどまでに全てに退屈したような目を、私は見たことがない。それなのに、氷海の底にはどす黒い野心が暗い業火のように燃えているのだ」

 

 だが、ここでリアレははたと気づく。いったい、自分は何を言っている? この自分が、日没を知らぬ帝国の王女ともあろうものが、あの野心を肥え太らせた独裁者の前身如きを恐れているのか? まるで幼女のように? そのようなことなど、絶対にあってはならない! 帝国の未来のためにも、ここで相手の手中にはまってはならないのだ!

 

「あの男は必ず大総帥の座を狙う。だが、その程度で満足するはずがない。タカの爪は続いて帝国へと伸びるはずだ。私はそれを阻止しなければならない」

 

 リアレはその手を強く握りしめ、決意をはっきりと口にする。

 

「アシュベルド・ヴィーゲンローデ。貴君の野心がどれほどのものか、確かめさせてもらうぞ……!」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 





次回、リアレがアシュベルドに感じた「目」の理由が判明します。


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