「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第19話:暗転

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 血族。その言葉に、大広間に居合わせた帝国貴族たちと連邦政府の要人たちが驚愕するよりも先に、眼鏡の侍女が動く。彼女が手を伸ばすと、隣にいた侍女がその手に陶器のポットを差し出した。眼鏡の侍女はそれを持つと床に叩き付ける。ポットが割れるのと同時に、中の液体が飛び散る代わりに、その周りの空間が見る間に暗くなっていく。

 

「暗幕か」

 

 リアレを守るようにしてアシュベルドは前に出る。

 

「血族だと……?」

 

 リアレは、自分の声が震えているのを実感していた。

 

「ええ、殿下」

 

 対するアシュベルドは、悽愴な笑みを浮かべていた。あたかも、悪魔の討滅に歓喜する懲罰の天使の如く。

 

「どうぞ特等席でご覧あれ。これより我ら、残酷なる歌劇の役者となって、殿下のために歌いましょうぞ」

 

 

 

 

 さて、人間が血族に転じてしまう元凶、即ち線虫について少し話そう。この虫が血中に入り込むことで、人間は血族に転化してしまう。こう書くと、単純な寄生虫のように感じることだろう。しかし、線虫とは実に奇妙な生命体だ。言うなればこれは「受肉した呪詛」とでも呼ぶべき存在なのだ。あるいは「感染する生きた呪い」とでも言い換えようか。

 

 線虫はもしかすると、古代の誰かが蠱毒をやらかした果てに生まれた人工生命体かもしれない。その時の呪いが虫の形を取って未だに息づき、人を血族に変えていく。おかげで血族は病態という異能を有することが多い。光や電波を遮断する即席の暗闇を作る、暗幕もその一つだ。あれをやられると、凡人が血族から逃げることは極めて困難となる。

 

 暗幕によって作り出された暗闇と、血族と化した侍女たち。一刻前まで優雅な祝賀会が開かれていた大広間は、この二つの要素によって一方的な狩り場に変じた。血族たちは次々と犠牲者を組み伏せ、体のどこかに噛み付き、線虫を感染させていく。その感染力は並外れている。もしかすると爵位クラスの血族が、この侍女たちの元締めかもしれない。

 

「さて、私はいろいろ貴君に言いたいことがある」

「何なりとおっしゃって下さい、殿下。私は聞いております故」

 

 私たちが今いるのは、大広間の上階にある、凝った作りの礼拝堂だ。結婚式などのセレモニーも行われるため、内装は豪勢で間取りも広く実に立派だ。しかし今、ここは城を占拠した血族からヒトを守る拠点と化していた。

 

 入り口には椅子やら家具やらでできたバリケードが積まれ、そこに二重三重にルーンによる防護が施されている。先程も書いた通り、生ける呪詛である線虫には、この手の施術が有効だ。放心している帝国貴族たち。混乱している連邦の要人たち。そして彼らの間をきびきびとした動作で行き来し、着々と防衛戦の準備を整える我ら月の盾の職員たち。

 

 まったく、月の盾は有能で実にありがたい。私の隣にいるアシュベルドがいちいち命じなくても、自分で判断して行動してくれるのだ。おかげで彼は、今回一番守るべき対象である、リアレ殿下との会話に集中できている。適材適所という奴だな。そして私の役目とは、アシュベルドの傍らに立ち、彼と殿下の会話を聞き逃さないことだ。

 

 

 

 

「まず、私を助けてくれたことに礼を言おう」

 

 何はなくとも、リアレは素直にアシュベルドに感謝することにした。これは事実だ。暗幕によって見る間に暗がりに覆われていく大広間から、慌てることなく自分を避難させたのはほかでもないアシュベルドだからだ。彼が隣にいてくれなければ、リアレの首筋に血族の毒牙が刺さっていた可能性は高い。

 

「月の盾を預かる者として、血族の暴挙は許せない。私の行動理念は、ただその一言に尽きます」

 

 祢鈴を秘書、あるいは副官のように隣に立たせたアシュベルドは、鷹揚に応える。今の状況を考えるならば、信じられないほどの冷静さだ。血族に追い込まれ、外部と連絡がつかない窮境など、この男には休日の散策と同程度でしかないのだろうか。

 

 しかし。だからこそ。アシュベルドのあまりにも落ち着き払った態度が、逆にリアレから平常心を奪ってしまった。

 

「ならば……なぜ彼らはこのような状況に陥っているのだ!?」

 

 リアレは声を荒げて周囲を見回す。そこには礼服を汚し、戸惑いと恐怖と焦燥感で顔を青ざめさせた、放心状態の帝国貴族と連邦の要人たちがいる。

 

「戦略的撤退です、殿下。これは敵前逃亡などではありません」

 

 しれっとアシュベルドは言い放ち、側を通り過ぎる際に敬礼した月の盾の職員に軽くうなずいてみせる。

 

「大広間にはまだ多くの人々が残っていたのだぞ! 月の盾は助けに行かないのか!?」

 

 リアレの質問に、アシュベルドは意外そのものと言った表情を見せた。

 

「助けに? なぜです?」

 

 リアレの名誉のために補足するが、普段の彼女はここまで感情的ではない。国王の娘として、年齢にそぐわない落ち着きと威厳をこの少女は持ち合わせている。だが、やはり子供であることに代わりはない。今夜のような予想外の事態にも沈着冷静に対応しろと言うのは、無理な注文である。まして、リアレの隣には侍従長のヒューバーズはいない。

 

 

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 次回、独裁者アシュベルドがノーブレス・オブリージュと適者生存について語る!

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