「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第21話:本音

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「そうだよねぇぇえええ!」

 

 弾かれたような勢いで、彼は私の方に振り向く。あの氷像の如き美貌はどこへやら。両目から滝のように涙が流れている。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 助けてあげられなくてごめんなさい見捨ててごめんなさい見殺しにしてごめんなさい血族に感染させちゃってごめんなさいぃぃぃいいい!」

 

 怒濤の如き謝罪の連打。先程リアレ殿下の前では「単なる必要な犠牲」と言い放った者たちに対し、アシュベルドは謝って謝って謝り続ける。

 

「いや、あれは仕方がなかったと私は思うが。あの状況でさっさと私たちが撤退していなければ、今頃この城は血族の支配下だ。まるで恐怖小説だな」

 

 私はさすがにフォローする。だが、彼の謝罪は止まない。

 

「そうだけど! そうなんだけど! ああああああ! 本当に本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃいい!」

 

 頭を抱えて彼は叫ぶ。このままでは、床に手をついて全方位に謝罪しかねない。さすがにそんな彼を見たくなくて、私は話題を逸らすことにした。

 

「さて、ここで質問だ。外面を取り繕った君ならば、現状をどう言いくるめる?」

 

 彼の動きが止まった。数秒考え込むと、近くのタオルを取って顔を拭う。目つきが変わった。

 

「犠牲のない勝利などが存在すると、貴公は本気で思っているのかね? 我が月の盾は進軍する。敵の死骸を踏みにじり、味方の死骸を乗り越え、血塗れの勝利を私の手にもたらす。そのために貴公も奏でよ。私が指揮する交響楽の音色となることを許そう」

 

 その自信に満ちた声。他者を駒のように扱う傲慢さ。勝利に対する貪欲さ。何よりも万人を威圧する暴力的なまでのカリスマ。泣きながら謝っていたへなちょこは消え去り、そこにいたのは正真正銘の若き独裁者だった。

 

「はい、完璧だ。今の言葉を月の盾の職員に聞かせたいね。全員目を潤ませて聞き入るよ。連邦のお偉方も感無量だ」

 

 いやはや。つくづく思うのだが、この切り換えの速さと外面のよさ。万人を狂奔させる弁舌と振る舞い。どんな御伽衆でも真似できない、人心掌握の体現だ。

 

「そうだといいけどね…………」

 

 私の感心を知らず、彼は深々とため息をつく。

 

「さすがに今回は犠牲が大きいよ。一歩間違えれば月の盾の責任問題だ。ああ、どうしよう。俺のせいだ」

「いや、うまく言い抜ければ何とかなるぞ。何しろ、我々は今回保安の名目で武器の携行を許されていなかったからね。君はルーンが使えるからいいけど、わずかな投薬武装だけであの数と互角に渡り合うのは難しいよ。むしろ、君の指揮でここまで被害を押さえられたんだ」

「鈴にそう言ってもらえると、少し肩の荷が下りるよ。ありがとう」

 

 素直に彼は私に礼を言う。

 

「どういたしまして。何しろ我らは御伽衆。雇用主の心に降り積もる灰を払うのが飯の種なのだからね」

 

 私の言ったことは世辞ではない。実際、今夜月の盾の職員は武装していない。主催者である帝国の意向だ。携行できたのは、投薬武装という対血族専用の武器がごくわずかだけだ。

 

 アシュベルドはルーンという文字化された神秘を扱えるが、いくら彼でもあの人数の血族から、会場内の全員を守りきるのは至難の業だ。彼は大いに後悔しているが、あそこでさっさと撤退したのは戦略的に見れば正解だろう。万全の布陣で迎え撃つならともかく、奇襲を許してしまった時点で、彼一人でどうにかできる問題ではない。

 

 見たところ、帝国の侯爵が連れてきた侍女たちが感染源のようだが、果たしてどうなのか。何はともあれ、今はこの城から脱出するか、あるいはこの城を丸ごと消毒する必要がある。

 

「あ、そろそろ着替えるよ」

「ああ、すまんすまん」

 

 彼がそう言ったので、私は後ろを向く。そろそろ私も、この動きにくいドレスから制服に着替えたいのだが。

 

「私が言いたいのはね、うまい具合に事態の責任を帝国側に追求できるということだよ」

「いや、それはしたくないな」

 

 私の提言を、彼は否定する。

 

「ほう?」

「リアレ殿下はまだお若い。先程お話ししたけれども、かなり憔悴しておられた。この上さらに責任まで押しつけたら、さすがに可哀想だよ」

 

 ずいぶんと真っ当な意見だ。

 

「おやおや、我が大隊指揮官殿はずいぶんお優しいね。君のことを将来の独裁者と疑っているから、この辺りで少し飴をあげるつもりかね?」

「それもあるけどさ。第一印象は、まさに王族の器、って思ったけど、こうやって事態が滅茶苦茶になると、さすがにお辛そうだった。ここで弱みにつけ込むんじゃなくて、むしろ支えてあげたいんだ」

 

 私は押し黙る。

 

「……鈴?」

 

 その沈黙に、彼が不思議そうな声を上げる。

 

「いや、君はやはり立派だよ。私のような左道の話し手が側に控えるには、もったいないくらいの君子だ」

 

 それが私の正直な感想だ。御伽衆は言葉を通じて人心を操る技術者たち。対して、今の彼は王道を行く正しき為政者だ。後ろ暗い職種の私には、少々彼の立ち位置は眩しい。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

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