「平和的」独裁者の手放せない相談役   作:高田正人

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第24話:有耶

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「俺だって命は惜しい。本当のことをあんたの口から聞いた日には、次の日消されたって文句は言えませんからなあ」

 

 まったくもってこの男の妄想はたくましい。きっと彼の頭の中では、自分だけがアシュベルドの野望(血族の襲撃計画をわざと見逃し、自分が華麗に解決することで帝国に恩を売る作戦)に気づき、危うく粛清されかかっているのだろう。

 

「大丈夫ですって。このシャザーム・バルズスフはあんたの役に立ちますよ。絶対に損はさせません」

 

 生死が天秤にかけられるスリルを楽しんでいるシャザームに、アシュベルドは温度のない声音で告げる。

 

「その言葉、今は信じておこう。ただし――」

 

 言いつつ、彼は笑みを浮かべる。冷え切った氷河のような、見るものの背筋を凍らせる笑みを。

 

「指し手の意を無視して盤上で動く駒に、果たしてどれほどの価値があるのか。貴公も分からないわけではあるまい?」

 

 シャザームがへらへらとした笑みを消して、一瞬怯えたような顔になった。

 

「……お言葉、肝に銘じておきますよ。ええ、俺の安楽な老後のためにも、ね」

 

 そう言うと彼は、真顔で今度こそ私たちの側から去っていった。

 

「……行ったか」

 

 彼の姿が見えなくなり、気配も消えたことを確認してから、私はアシュベルドの方を見る。まったく、彼は変な男に変な期待をされているものだ。シャザームは彼の行動を勝手に深読みし、勝手に彼を深謀遠慮の冷血漢だと勘違いしているが、悲しいかな、連邦の人間は現在誰しも似たり寄ったりの状態である。

 

「ワインだよ」

「ワイン?」

 

 私は首を傾げる。

 

「ここの城に保管してあるワインが、彼の故国のものだって以前ガイドブックで読んだことがあったんだ」

 

 ああ、なるほど。シャザームは無類の酒好きだ。そして彼の故国のワインなど、今移民に風当たりの強い連邦ではなかなか扱っていない。

 

「だから、後でこっそり招くつもりだったんだけど……」

 

 アシュベルドはため息をつく。

 

「分かるよ」

 

 せっかくの彼の親切が、こうして彼への誤解をさらに深める要素に変わってしまったのだ。

 

「分かる?」

 

 私の言葉に、彼は同志を見る目で私を見てくれる。

 

「明らかに彼は誤解しているね」

「そうだよね……」

 

 それでも彼は行く。たとえ誤解され、勘違いされても、月の盾長官の義務を果たすために前に進まざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 不安が、悪寒のように這い上がってくるのをリアレは感じていた。今ここに、長年寄り添っていた侍従長のヒューバーズはいない。そのことが、リアレにとって何よりも心細い。

 

(何を気弱なことを考えているんだ、私は。帝国の王女とあろう者が、この程度で動揺してどうする!)

 

 リアレは内心で自分を叱咤し、事態を直視しようと努力する。

 

 クラーリック・モデルと呼ばれるメイド卿の侍女たち。彼女たちが祝賀会を惨状に変えた。それは厳然たる事実だ。

 

(ならば、なぜあの男は私を責めない?)

 

 リアレは首を傾げる。アシュベルドの行動は謎だ。あの冷徹な合理主義者は、ここぞとばかりに帝国をけん責し、ありとあらゆる不備に対する責任を押しつけてくると思っていたのに。

 

「そもそも、誰のせいでこんなことになっていると思っているのですか!」

 

 不意に大声が上がり、リアレは驚く。

 

「ほう? 連邦で起きた事件に帝国が責任を持つべきだと?」

 

 声のする方に目をやると、二人の人物が言い争っている。片方の巨漢にリアレは見覚えがある。彼女がこの街の駅に着いた時、出迎えた連邦議会の議員だ。

 

「我々に襲いかかってきたのは、そちらのクラーリック侯爵お抱えのメイドたちではないですか! 帝国はこのことについてどんな見解をお持ちなのか、はっきりと今ここでお聞かせ願いたい!」

 

 醜悪なまでに太ったその議員は、顔を真っ赤にして大声を張り上げた。それに対し、中年の帝国貴族は負けじと声を荒げる。

 

「言いがかりもいいところだ! 我々は全員、出国時に血族の検査は受けている。聖体教会のお墨付きだ。むしろ我々の貴重な人材が血族に転化するのをむざむざと許すとは、連邦の血族対策のずさんさには驚くばかりだ!」

 

 二人とも、血族に追われ礼拝堂に立てこもるというこの異常事態に、すっかり精神が参っているのだろう。これは憂さ晴らしだ。

 

「な、なんですと!? それは月の盾が、ひいてはアシュベルド・ヴィーゲンローデ長官が無能だとおっしゃりたいのですか? 今のは聞き捨てなりませんよ!」

「月の盾が、とは言っていない。何か……ほら……ほかにもあるだろう!? 血族の跳梁を許しそうなところが!」

 

 さすがにアシュベルドを非難する気は、貴族になかったらしい。

 

「……ちょうどよかったです、リアレ王女殿下」

 

 リアレが二人をじっと見ていることに、とうとう議員の方が気づいた。内心ぎくりとしつつ、リアレは努めて平静を装う。

 

「私がどうかしたか?」

「帝国の代表者として、この事態をどう思っているのか、責任の所在がどこにあるのか、そして今後の展望を是非、具体的にお聞かせ下さい」

「――――ッ!」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

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